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第090〜099話へ

「毒島華花、音楽隊を引率する」



〜戦士と音楽隊が合流する少し前〜

「そもパピヨンどのとヴィクトリアどのの馴れ初めをば紐解けば、前者が後者の胸をば貫く惨憺劇! にも関わらず憎から
ず従いまするはなにゆえなのでありましょう!?
「母上、何の話を」
 忍び装束の少年が怪訝な顔をした。その横で美丈夫が薄く笑った。
「かつて不肖たちの敗戦直後、パピヨンどのは述べました!」
 シルクハットが揺れ、タキシードの肩にかかったおさげがぴょこりと跳ねた。
『ヴィクターの娘を探している』 探す、その意味すなわち必要求めている! それをヴィクトリアどのは秋水どの桜花どのか
らの伝聞で聴いたコトでありましょう」
「フ。もっとも奴らは「でも近づくな」という意味でいったのだろうが……」
「しかしいやはや決して聞けぬ理由アリ、なのです」
「恋……ですか?」
 金髪の影で少女が頬を染めた。
『というよりだ!! 彼女の、いや、彼女の母親の悲願を叶えるにはパピヨンとの連携が必要不可欠!!』
 甲高くしかもボリューム過大な声が雑踏を貫いた。
「まー、あたしらがもりもりと一緒にいるのと似たようなかんじ? ついてけばなんとかなる、そう思ったかも知れんじゃん」
「そう! それなのであります! そして悲願成就のため歩み寄りたい方がです、何とヴィクトリアどの自身を必要としている!
そう聞き及びますれば近づきたくなるのは正に必定!」
「過去の行きがかりに拘らぬのは、まぁ、秋水たちとの触れ合いで成長したせいかな」
 この一団にすれ違う人々は必ずといっていいほど「ほう」と目を止めた。それもその筈だ。1人を除いては美男美女ばかり。
 一団の最後尾にいる長身の男性は髪こそ金色だが、往年の時代劇映画から飛び出て来たような雰囲気がある。
 そんな彼の横で先ほどからまくし立てているタキシード姿の少女はひどく明るい。活弁士顔負けの獅子吼に友人との雑談
を遮られた者はちょっと文句言いたげに彼女を見るが、明るい双眸やほんのりした笑顔についつい許してしまう。
 女子高生ウケがいいのはタキシード姿の少女にピタリと寄り添う少年だ。年の頃はまだ10歳という所か。まだ残暑が尾を
引く街を厚ぼったい黒装束で腕組みしつつ不愉快そうに歩いているが、菓子を貰うととたんにはにかむ。
 一団の中腹で時々後ろを振り返り、少年に熱っぽい視線を送っているのは赤い三つ編みの少女だ。バンダナを巻き裸足
でのそのそ、虚ろな瞳で歩いている。
 その前で歌っているのはラフな格好の少女で、白いタンクトップは今にもはち切れんばかりに膨らんでいる。デニムショー
トパンツから覗く脚もまるで女豹のようなしなやかさと肉付きだ。
 そんな彼女はカツアゲや信号無視を見るたび「ダメでしょうがぁ!」と突っ込んでいくが、すると決まってどこからか大声が
響く。甲高いその声は少年の物で、熱を帯びてはいるがどこか空回っている。
 はてな。大声を耳にした者は首を捻る。周囲を見回すが特に該当人物はいない。実は少女の後頭部から大声が響き、髪
の間にはレモンのような大きな瞳が覗いているのだが、流石にそれは分からない。
 そして。
「ああ、駄目です。静かにして下さい。火渡様からはあまり注目されないようにって命令がですね……」
 一団の中でもっとも衆人の注視を浴びているのは、先頭。

(なんだアレ)
(男? 女?)
(ちっちぇ)
(というか)

 先頭の人物を見た人間は、驚きと共に必ずこう思った。

(ガスマスク脱げよ)

 と。

 まったく性別も年齢も国籍も分からない人物だった。
 小柄な体に不釣り合いな大きなガスマスクを被り、一団が何かするたびくぐもった叫びをあげている。
 声たるやまるでプライバシー保護の加工音声だ。野太くてまったくいかがわしい。
 まったく一団の美男美女っぷりとは別次元の意味で目立つ存在だった。

 毒島華花。錬金の戦士である。かつては再殺部隊の一員として斗貴子、剛太、そして武藤カズキを追う立場にいた
 そういう経歴の持ち主が銀成市に来たのには理由がある。

「オイ毒島。例の音楽隊の引率、てめェがやれ」
「成程。一時的にとはいえ、彼らを信じるという訳──きゃん!!」
 毒島が頭を押さえたのは、灰皿が直撃したせいである。ガラス製のそれはひどく重く、頑丈なガスマスク越しにもかなりの
痛みが広がった。
「信じちゃいねェよ」
「で、でも、相手は5体。うち一体は防人戦士長たち6人と互角にやりあった鳥型です。もし本気でかかってきたらエアリアル
オペレーターでも抑え込めません。にも関わらず私1人でいいっていう事は、彼らが大人しく従うって──きゃん!」
 また灰皿が直撃し、毒島は悲痛な叫びを上げた。
 灰皿を投げた相手を見る。まったく恐ろしい形相だ。野太くも刺々しい眉の間に皺がよっている。食い縛った牙の奥でギリギリ
と奥歯が軋む音さえ聞こえ、毒島は身を竦ませた。純粋恐怖が思慮を殺した。
 火渡赤馬。毒島の直属の上司だ。
 鍛え抜かれた上半身に上着一丁という荒々しい姿、総髪を乱雑に結わえた様。
 正義の戦士というよりそれに討伐される賊軍の大将の方が相応しい。
 そんな賊軍の大将は毒島に灰皿にぶつけて多少気分を晴らしたのだろう。くわえ煙草に指を当て手近な椅子に座りこんだ。
一拍遅れて煙草の先に火が点いた。火炎同化。武装錬金特性により彼は火種要らずだ。
「勝手な推測並べてんじゃねえよ。とにかく人手不足なんだ。てめェは言われた通り1人で連中抑えこんどけばいいんだよ」
 まったく不条理な申し付けだ。とはいえ毒島も慣れた物で「はい」とだけ答えた。胸の前で両手を固める様は明らかに乙女
のそれだった。
「火渡様の期待に沿えるよう頑張ります。睡眠については心配ありません。武装錬金の特性で眠くならないガスとか気持ちよ
くなって疲れを忘れるガスとかを調合してずっとずっと起きてますから。寝ずに彼らを見張ります」
「……オイ」
 火渡はやや物言いたげに瞳を細めた。
「ところで、やっぱり無銘サン以外は核鉄没収ですか?」
「どれもこれもクソったれた武装錬金だからな。一応連中の核鉄はてめェに預けておくが……『敵』どもが現れるまでは絶対
に貸すな。いいな?」
 と火渡は言うが実際その是非はどうだろう。引率者が核鉄を持っているとくれば普通奪わぬ馬鹿はいない。まったく危なっ
かしい指図だがそこは毒島手狎れたもので迷わずハイと頷いた。彼女に言わせればこれは信頼の表明なのだ。お前なら
音楽隊連中全員カンタンに制圧できる。核鉄5つ持ったところで襲われようがない。だから、問題ない。強面の戦士長がそ
う信じているのなら毒島もそう信じるし信頼を守るべく死に物狂いで頑張れる。彼女にとって火渡は絶対者なのだ。
「そうですね。犬型……無銘サンに龕灯(がんどう)を発動させているのはこちらへの状況報告のため。4つある龕灯のうち
1つを戦団本部に置き、リアルタイムで彼らの様子を中継させる手筈ですから」
「もし中継が途絶えたならそれは奴が兵馬俑の方を発動したか、武装解除し核鉄を他の仲間に渡したか……いずれにしろ
連中をブッ殺す理由にはなる。仮に大人しく従っていたとしても、あの老頭児(ロートル)を助け出したら必ずブッ殺す!」
 老頭児というのは坂口照星という大戦士長だ。
 彼は収監中のムーンフェイスへ会いに行ったきり、杳として行方が掴めない。護衛の戦士が施設の周辺で無残な骸を晒
していた以上、誘拐されたのは間違いないが現時点ではまだ詳しいコトは分かっていない。火渡が追跡に差し向けた部下
たちもまったく手がかりを掴んでいないという状況だ。
 そんな時、手がかりを持って来たのがザ・ブレーメンタウンミュージシャンズという流れの共同体だ。
 誘拐事件について戦団と彼らの間にどのような協定が交わされたのかまでは毒島は聞かされていない。
 ただ。
「不機嫌そうに見えますけど、火渡様、実は今の状況を楽しんでいませんか?」
 毒島は可愛らしく首を捻った。
「調査によれば収監施設の近くにはバスターバロンの足跡があったとか。つまり、大戦士長は『武装錬金を発動した状態で』
誘拐された点…ですよね」
 椅子の上で眼光が煌いた。その凶悪さに毒島はわずかだがたじろいだ。
「あ? 何だよいきなり。何がいいたい?」
「あ、いえ。敵はバスターバロンを物ともせず大戦士長を攫える……不条理な相手です。そういう相手は条理も合理も打ち
捨てて、不条理を不条理でねじ伏せる。それが火渡様だから敢えて音楽隊(ホムンクルス)と手を組む不条理を選び、敵を
ねじ伏せようとしているのだとばかり……違っていたらすいません」
 痛む頭をペコリと下げる。火渡が怒ったのも無理はないだろう。彼は天才肌だ。人から「お前はこう思ってるだろ?」と的
外れな推測を押し付けられるのを何より嫌う。だから自分のそういう意見は失礼だし、傷つけたようで申し訳ないと毒島は
思うのだ。
「納得なんざしてねェよ」
 豪快に噛み縛った犬歯の影で煙草の潰れる音がした。
 はてな、毒島は一瞬彼が笑っているように見えたが真意ははたして。存外敵の敵にブツけ摩耗さえ手軽に殺す……
みたいな不条理極まる処理を目論んでいるのかも知れない。
「とにかく日本支部にゃ置かねーからな。下手に相反されても下らねェ」
 だから銀成市に送ると彼はいう。
「銀成、ですか」
 どうも最近そこへ戦力を送りすぎているきらいがある。以前──照星が誘拐されたとき──もそうだった。派遣されたの
は剛太だ。そして今度は音楽隊……。
(防人戦士長への配慮でしょうか)
 自身の手で再起不能に追い込んだかつての僚友。和解こそしていないが何か思う所があるのだろう。
(実際ムーンフェイスが脱獄した時はすぐでしたからね。戦士・剛太の派遣は)
 当時としては防人が報復されてもおかしくなかった。剛太をやったのはつまり護衛代わりだろう。
 そのくせまだ防人に謝罪の一つもしていない。
 まったく不条理で訳の分からぬ精神構造だが、毒島は火渡のそういう所が──…天才が嫌ってやまぬ不条理という奴に
敢えて同化し克服しようとしているところが──…
「なにぼーっとしてんだ。殺すぞ?」
「ふぇ、あ、ああ。スイマセン」
 毒島は思わずガスマスクの両頬に手を当てた。中はほんのりと熱を帯びている。赤らんだ素肌を見られなくて良かった。
そう思うと、小さな胸の中で動悸が波打つ。
「本当ならさっさと情報絞りだすだけ絞りだしてブッ殺してェが、上層部(うえ)の方針だ。銀成に連れていけと。しかも陸路で。
ヘリは敵の襲撃がどうとかで使うなだと
「本当は年齢操作と瞬間移動で全員一度に運ぶのが最良ですけどね。連行時はそうでしたから」
「ケッ。タイミングの悪いコトに千歳のヤロウは根来ともども例の鉤爪殺しの調査中。つくづく必要な時に役立たねェ」
 鉤爪、とは戦団でも名の知れた戦士のコトだ。先日消息を絶ち、調査の結果「何者かに喰い殺された」という結論が出た。
「確か、別件とも関係あるんでしたよね。お二人が共同捜査しているのはそのせい」
「ああ。とにかく上層部(うえ)は「一瞬でも離れるな」って厳命してやがる。何しろ鉤爪のヤロウも学生寮襲撃の調査中だっ
たからな。千歳はともかく根来を単独行動させて二の轍踏ますなとよ」
「もし何かあってもヘルメスドライブを持つ戦士・千歳と一緒ならば」
 大丈夫。というコトで目下千歳は根来とコンビを組んでいる。

 しかしそのせいでザ・ブレーメンタウンミュージシャンズの移動は困難を極めた。

 スタートは瀬戸内海近辺。ゴールは銀成市。銀成市は、埼玉県にある。距離は相当の物だ。

 電車。バス。徒歩。道中毒島は旗を振って彼らを引率した。難儀だったのは虚ろな目のホムンクルスで、彼女は眼を放すと
すぐ消えた。極度の方向音痴でしかもそれに対する自覚がない。だからすぐどこかへ行くし、彼女に乗って銀成へという最適
の選択肢は──1回試してみたところオーストラリア経由で北極に到着した。南極ならまだしも北極である──完膚無きま
でにブッ潰された。
 旅館に泊まれば「じゃんじゃん」うるさい少女が風呂場で泳ぐし、忍び装束の少年は伊賀へ寄れだの甲賀へ寄れだの駄々
をこねるし、シルクハット少女は路銀目当てのマジックショーを路上でする。リーダー格の金髪がいくら窘めても彼らは聞か
ない。毒島は何度も胃薬を買い、金髪の青年と分かち合った。

 そしてやっと銀成市に着いたがまだ気は抜けない。

「いいですね皆さん。目立たないよう静かにして下さい」
 引率係の印・黄色い三角旗を振る。
「フ。了解だ」
「ムムっ! 確かに戦団の方々と不肖らが締結しました条約によりますれば絶対服従静かにしますのがまったくの筋道!」
「母上! 母上! そこの店に忍者刀が売っています! 肩叩きしますから、その、買って下さい!」
「ドーナツの屋台さんも……あります……! ちょっとだけ……ちょっとだけ……お願い、します…………!!」
「だあもうッ! きゅーび! ひかりふくちょー! 静かにするじゃん! あのヘンな匂いのちっこいのが困ってるじゃん!!」
『そうだぞ二人とも!! ワガママは良くない!!』
「だから静かに! 目立つのは厳禁なんですーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 ガスマスクの煙突から白い煙が噴出した。刺激臭のそれが辺りに立ち込めるや、先頭以外の一団はバタバタと昏倒した。

「フ。流石は……ガスマスクの武装錬金・エアリアルオペレーター……」
「毒島どのが引率に選ばれたのは……気体調合の特性あらばこそ、です」
「有毒ガスで…………我ら全員……制圧可能……ゆえに」
「私達を制御可能……です。しかも…………火渡戦士長と違って……生かすも殺すも……自由自在……です」
「うぅ、しびれて動けんじゃん……」
『僕たちが悪かった!!』

「ぜぇ、ぜぇ。鳩尾さん以外は核鉄を持っていませんし、そもそも敵意がないから私なんかでも制圧可能です。でも!」
 もがく彼らを見下ろしながらガスマスクは拳を固めた。震えているのは怒っているようでもあり泣いているようでもあった。

「大戦士長をさらった敵がどこで見ているかわからない以上、目立つのは厳禁です! 皆さんくれぐれも目立たないようにして下さい!」

「いや、でもだなお嬢さん?」
 金髪の男が引き攣った笑みを浮かべ、ガスマスクの後ろを指差した。
「あ……」
 振り返ったガスマスクはそれきり黙りこんだ。
 雑踏を形成していた人々。それが一様に地面へ倒れこみ、苦しんでいる。
 それは一団の左右や後ろも例外ではない。一団を中心とした半径50mは死屍累々という有様だった。
 路上に多くの人々が倒れふし苦しむ様は正に地獄だった。
「フ。街中で使うのは、少々マズい」」

「なんだ! 何があった!!」
「分からない! ガス管にヒビでも入ったのか!?」
「テロだ! テロかも知れない!!」

 悲鳴と怒号があがる。100mほど向こうはもはや大混乱だ。逃げる者。彼らを押しのけて様子を見に来る者。携帯電話
片手に必死に状況説明する者もいれば、口にハンカチを当て救助作業をする者もいた。

「あああ、目立っている。目立っています火渡様ぁ……」
 拡がり始めた悲鳴と怒号にガスマスクはただただ立ちつくした。ゴーグルは心なしか涙に溺れているようだった。


 そして気を取り直し更に歩き──…


「あ……寄宿舎、です」
「さっき来たでっかい建物! ひかりふくちょー置いたじゃんさっき!!」
「フ。あれからだいぶ経っているがな」

 合流まで、もう少し。


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