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第1話 「劉邦の悩み」



「のう、何かいい知恵はないものかのう」
漢軍のそうそうたる面子を前に劉邦が聞く。議題は「呂后との同衾をいかにして避けるか」である。
ああちなみに、呂后は史記の方の呂后ね。あの腐ったジャガイモみたいな顔の。
「一つよい術がございます」
韓信が一歩進み出て、拱手の礼をしながらこう説いた。
「漢王さまの××に毒を塗って出し入れするのです。さすればあの不細工は死にまする」
「おおそれは名案…待て、それではわしの××はどうなる」
「腐ってしまいやがて落ちますな」
劉邦の周りに例の集中線が走った。
「落ちますな、ではない! わしは戚(すごい美人)とだけ同衾したいのじゃ!
なのになぜ宦官になる危険を、あんな豚人間リョゴーごときのために冒さねばならぬのだ!」
「…呂后さまを殺す事に異存はございませんのか?」
蕭何が尋ねる。まぁ別にいいけどと思いながら。
「当たり前じゃ! ヤツが人質になった時、わしは項羽へ毎日毎日
『呂后さっさと殺せやこの冠かぶった猿め! 殺したらカイ通のハムやるぞ』と手紙を送って挑発していたのじゃぞ!
なのにあの范増めが『これは罠ですぞフガフガ』とか申して止めおった! そして返しおった!
項羽にわしの苦労が分かるか!? きゃつは花にまでなぞらえられる虞姫が正妻なのだぞ!
わしの正妻はなんじゃ? これじゃ!」

ェ  ェ
  」
)ヮ(

ぶくぶくに太った中年女の似顔絵を苛立たしげにパンパン叩きつつ、皆に見せた。
その醜さにまず張良がくすっと笑った。レキ食其は吐いた。
陳平と王陵は怒りをこらえ、周勃や夏候嬰が「おいたわしや」と涙を流し、呂后の妹を后に持つ樊噌は声を上げて泣いた。
劉邦はそれらの反応を満足げに確かめると、似顔絵をじっと見つめた。徐々に手が震え始め、やがて何かが弾けた。
「天はこの劉邦を地上に生まれさせておいて、なぜ呂后まで生まれさせたのだァ〜〜〜!!!!」
「漢王、それは周瑜のセリフです。うん? 周瑜と竜鳳という副題がありますが、それに掛けているのですか?」
「掛けるかアホ! つかそちの先ほどのセリフもホウ統ではないか!」
冷静な韓信の突っ込みを怒り任せに切り返すと、劉邦は似顔絵をびりびりに破り捨て泣き伏した。
韓信(かんしん)はその肩を優しく撫でながら諭す。
「漢王、そう気を落とさずに。勝敗は兵家の常と申します。
おおそう(王双)だ、泣くほどに嫌なれば同衾の際に絞め殺してみてはいかがでしょうか?」
「それはもうやった!!」 「やったのですか」 「じゃが奴めは、トカゲの尻尾が再生するごとく生き返るのだ! 聞けば200年位生きてるらしい!」
「では戦国時代の頃から生きてるわけですな。正に妖怪」
灌嬰が言うと、劉邦はうむ、と頷き
「その妖怪を、あの腕力と美人妻だけが取り得の項羽なれば、牛裂きや油とかで殺してくれると信じていた! 
だが呂后(りょこう)は無事に返され、あまつさえ『やっぱりうちが一番ねブー』とか言いおった。オマエは旅行先から帰ってきた母さんか!!」
「呂后だけに旅行ですね?」
「黙れ韓信! とにかく呂后を殺した者には千金の褒美を遣わすぞ!」
「漢王、それよりまず七十余傷を負った曹参の治療費をぐわわ!」
蕭何(しょうか)が突っ込みかけたが、張良(ちょうりょう)に殴られ静かになった。
「やはり呂后は除くべきですな」
「それも今の内に。さもなくば私らがハムになりまする」
英布と彭越(ほうえつ)が言った。
他の面子も続けて賛同した。
張良は蕭何にボディーブローを叩き込んだ。
「ふむう。皆の意見はまとまったものの、呂后を殺す手段は出ないのう」
悩む劉邦の前で、張良が蕭何を七節棍で打ち据え始めた。
「何かこう、爆発的な破壊力のある策はないものかのう張…げえっ! 何しとるんだ張良!!」
「つまらない横槍に怒り、暴れているのでしょうな。よし、アゴにいいのが入った」
「いや説客の張良がアゴにいいのを入れてどうする! つか韓信、そちは何ゆえ冷静なのじゃ!」
「大元帥ゆえに。ともかく張良どの、それ以上すると丞相が死んでしまいますぞ」
注意されると孔明顔は大人しくなった。
「時に張良、お主はどうして喋らんのじゃ? というか蕭何がピクリともせんが大丈夫なのか?」
張良はその問いかけのどちらにも驚いた顔をして、袂で目頭を抑えた。
「漢王、聞いていい事と悪い事があります。そして丞相は皆の心の中に生き続けておりまする」
韓信は拱手をしながら、ありし日の蕭何に思いを馳せ、泣いた。
「丞相…オオオ、オオー さて、呂后ですが閨で張良どのに惨殺していただきましょう。腹上
死で始末するのです。さすれば漢にはびこる呂氏一族はたちどころに滅ぶでしょう」
韓信はちょっと泣いてすぐ気持ちを切り替えた。
傍らの張良は半笑い。
斧、鉞、七節棍、輪、光線銃、毒虫の小瓶、呂后の似顔絵と言った諸々の凶器を並べるのに忙しい。
「使うのか。しかしのう……時代背景を色々無視していないか…?」
劉邦はほとほと困り果てた顔で問い掛けると、韓信は手を前を突き出し笑った。
有名な例のポーズである。が、目は笑ってない。
「はっはっはっは。時代背景とか描くのは私には無理ですよ。 張良どのの冠の名前すら知ら
ないし。 資料があればもっと本格的なSSにできますが、永遠の扉の方の資料集めが大変
なのでできませぬ」
まったく、精神と魂の違いとか装甲列車の詳細とかどこで分かるんだ。
ともかく、である。
妙に自信をはらみ韓信は答える。
一方の張良は蕭何の周りに燭台を立て、何やら祈り始めた。
「ま、待て、腹上死というコトは、わしはきゃつの下にいなければならないな?」
「もちろん」
「ならわしは下で血とか呂后汁とか呂后ビールスとか浴びる羽目に… 」
「なりますが我慢して下さい。閨で死にさえすれば腹上死で片付きますから。首を刎ねて四肢
を断ち、燃やして殴ってウラヌスの光子弾で消し炭にしても、腹上死ですから。 あと、呂后ビ
ールスに感染しても、ニンニクのエキスを打てば助かりますよ」
「ニンニクはともかく、わしが巻き添え食らいそうな殺し方ばかり選ぶな!
ああもうなんか敵に大事なリモコンを渡した気分じゃ…」
「不安なれば呂氏一族も後で腹上死させましょう。平和の為に呂産も呂禄も呂シュも呂馬通
もみんなみんな腹上死させましょう」
「たわけ! 呂馬通は楚にいたから呂后とは関係ないわ!」
「え、そうなんですか?」
韓信がきょとんとした時、張良の祈りが通じたのか蕭何は復活した。
「キャッホー! なんとか生き返ったわよあたしー! 生け花とバレエとケンカが大好きよー!」
「おお、蕭何が生き返っ…げぇ! 宦官より悪ぅなっとるー!!」
張良もげんなりした。予定では素晴らしき人にするつもりだったのだ。
「バンザイバンザーイ。さて話の…」
「もうええわ! 大体、説客の張良が暗殺などしてどうする!」
劉邦の怒声があたりに響き渡った。
この時の怒りが後に、韓信を殺す動機になったりならなかったりした。
韓信はいかにも心外といった顔をした。
「ふむう… 漢王は張良どのの腕前をご存知ないようで。
ならば少し見ていただきましょう。張良どの、アレを」
それだけで通じたようで、張良は木刀を手にすると 切っ先をすぅっと右斜めに下ろした。
「おお出たっ! 張良どのの霞切り!」
「霞切り?」
はつらつと叫ぶ蕭何に劉邦は眉を潜めた。オマエはそんなキャラだったか?
「そうよあれが張良どのの一番得意業の霞切りよ!」
答えになってない蕭何の叫び声が終わるやいなや、韓信が張良に突っ込んだ!
「デエエエエ」
刹那! 張良は猛然と走り、全体重と加速を込めた切っ先で韓信のノド笛を突き破った!
哀れ韓信は血を撒き散らしながら地に転がり、二、三回大きく痙攣すると、動かなくなった。
劉邦は唖然とした。身を張る意味が分からない。
「へへへ。決まったろう。な、な小手が見事に決まったろう?」
得意げな蕭何に「小手?」とか聞きたくもあったが、なんだか考えるのが面倒くさい。
「まず小手をとられ、瞬間的に面に入っているんです」
「わ!」
不意に耳元で囁かれ、劉邦はびっくりした。振り向けば、先ほど動かなくなった韓信がいた。
無事ではないらしい。鼻血がだらだらでているし、呼吸音もヒューヒューと不規則だ。
しかし意識はいやに明瞭らしく、「まぁ見てください」とばかりに、スっと右腕を差し出した。
「あざになっとるではないか。いや、それ以前に鼻血を拭け! 怖いぞ!」
「面に入るまえに打たれたところゲホっゲホっです。すごい男ですぞ張良どのはぶはぁ」
洪水のごとくドバドバ大量に吐血し始めた韓信に、張良はおろおろした。
「真剣ならばリンゴを四つに切れまする。ああもう限界のようです。あの蒼空極みはいずこで
あろうのう」
「わ、わかったから、張良に呂后を惨殺させる方向性でいくから、孔明のセリフをパクるなぁ!」
だが既に韓信は答えなかった。
人々は韓信の偉大な足跡を思い浮かべその死を惜しんで号泣した。
「などとナレーションを入れてみたいのですがいかがでしょうか?」
血の海の中で韓信が聞いたが、しかし劉邦は無視した。そして決意した
「とりあえず呂后を殺す! このワケの分からない三つのしもべと協力して!」


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