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第2話 「ナスと豆」



というわけで劉邦たちは呂后の部屋へ向かった。

「うん? お待ちください、なんで私が駆り出されているのですか?」
韓信は首を傾げた。
「私は百万の兵を使えはしますが、武力はありませんよ。股くぐりですし」
その横で張良は、虫の群れで呂后の似顔絵を空中にペイント中。
「ふふふ漢王まあ見てくれよ。おれはまだボクサーになる夢をあきらめてない! だから右手
の指を折られてからは左パンチの威力をますように訓練した! 黄金の左パンチさ!」
喚きながら壁を殴っているのは蕭何(しょうか)だ。
「な、な? ひどいじゃろ! 愛蔵版三国志の価格設定並みに!」
「おお、桃園の誓い来た。やっぱニンテンドーDSの三国志は最高ですよね」
「聞けよ!」
韓信の手からDSがひったくられ、床へゴーした。
ヤフオクで馬鹿みたいに高騰している玩具もこうなって形無しである。
ヴィクターに当たったソードサムライXよろしく砕け散り、劉邦の足踏みの任すままだ。
「うん? いかがしました漢王。そんなに血相を変えられて」
韓信はいろいろよく分かってないらしい。
「くそう。南極基地の入り口を部下に開けられたヨミの気分じゃ!」
先行きに不安を覚え、とたんに劉邦は情けない顔になった。そこへ。
ズーン。ズーン。
地響き。
廊下の遥か向こうから聞こえるけたたましい笑い。
『…来たかおたまじゃくしめ、今はせいぜい笑うがいい。もうすぐそれもできなくなる……クク』
張良が毒虫の群れでそう書いた。
「うむ… そんな手間かけずに普通に喋れと言いたいが、いよいよ最後の戦いじゃ。
韓信、張良、蕭何。…きゃつは不死身な分、項羽よりも手強いがどうにか頑張ってくれ。
きゃつが死に、項羽を倒せば漢は安泰なのじゃ! では物陰に隠れよ!」
「はっ。生命をかけて働きまする」
深々と辞儀をする韓信の横で、張良はうんうんと頷き、蕭何は叫ぶ。
「さあ来やがれ。こんなケンカももうおしまいかもしれねえからな」

呂后征伐が始まった!!

韓信たちが眺めていると、呂后の醜い口姦(指に対し)が始まった!!
劉邦はそれを泣きそうな顔で眺めていた!!
要するに部屋に強引に連れ込まれたのである。

時がたつにつれ劉邦の呼吸が怪しく乱れ…
「おおゥ! まるで馬糞の中にいるような屈辱じゃあ!!」
その口から、かすかなうめきが漏れ始めた!!
「アム…! 長い戦いの人生であったわ……… ア、アム!」
そして、ついに劉邦は呂后を抱きしめ
。oO「こんなブっ細工な脂肪袋など抱きとうないわアホ!! 死ね!」
閨の中でもつれ合いながらため息をついた!!

蕭何はそれをつい立ての影から痴呆のように眺めていた!!
韓信はこんな時でも冷静に状況を判断する男だった。
「なんで兵馬地獄旅のセリフは『!!』が必ず末尾につくんでしょうか」
「ギギギ… ギギギッ ギギィーッ!」
呂后はといえば持参したナスを尻に突っ込んでよがり始めた。
(早く殺せ。なんでロボットモンスターの鳴き声じゃ。一刻も早く殺せ。頼む殺してくれ) 
つい立てから出て見物している張良へ、劉邦はしきりに目配せした。

フレーッフレーッ劉邦 フレーッフレーッ劉邦 

躍動感皆無で踊る張良に、劉邦は涙を流した。
。oO「これでわしの運命は決まった…… つかおまえら腹上死とか忘れてるじゃろ。いい加減
にしろ。そもそも腹上死うんぬんは無理だらけ…臭っ ガス漏れとる! 噴火は近いぞきっと!」

刹那。重い衝撃がつい立てを突き破った。
モロにそれを浴びた蕭何は辺りを見回した。
目に付いたのは床に落ちたナス。それから顔面蒼白の韓信と張良。
状況理解には充分な材料である。
「よりにもよってミソつきかいっ! 今こそ欲する我が正義ー!」
気合をかけるとあら不思議。ナスは外へ向かって飛んでった。
おどろおどろしい茶褐色&紫のまだら弾丸は廊下を抜けて通路もすぎて、いよいよ庭を滑
空した。
すると向かう先に少年が座っているではないか。
彼イズ飯! 開いた缶詰を膝において、スプーンを突っ込んでいる。
呂后の尻よりはなたれたおぞましい弾丸が、狙い定めるように向かいつつある。
「ずべっ ぐばば! くはー、グリコの缶詰うめぇ! やっぱ鉄人のスポンサーやってだけあっ
てうんめー! もっとこーいう食いもんだせやぁ! 闇の顔ふりかけとかよおお! あの猛が
閉じ込められた穴ぐらん中の、はいずりまわってる虫をあられにすんの! で、喰ったらげーっ
って吐いて、原作再現! ぶはは! 売れるって絶対! カマボコにはどくろのプリントな!
って俺のいってんのお茶漬けじゃねーかよぉお!! どいつもこいつもバカにしやがって! 
リサのヤローも俺がちょっと闇の土鬼に似てるからってバカにしやがって! クソが! んなの
いったら猛とディック牧だって似てるじゃねーかよ! ああ!?  リサ、リサ、どこだあああ!」
ナスは迫ったが動きをぴたりと止めた。
「グリコ、グリコ、グゥーリーコー!! げへへ! バリアー最高! 使い続けたら酸欠になる
設定の癖に、島原で俺を小一時間ばかし水の中で生存させてたバリアー最高! 後付けバ
レバレ! ひゃはー。吸着手袋の使いどころのなさってよ、あばれ天童のハヤテに似てるよな!」
同時に一陣の風が吹く。黄砂が巻き上がり、付近の建物を叩く。
それすらも少年の周りに張り付いた。
まるで接着剤を塗りこめたガラスにパウダーを貼るような光景である。
やがて缶詰の中身は総て少年の胃袋に納まった。
「白昼の残月が都市部だけ公開ってどーいう了見なんだよぉぉぉ!」
彼は弾丸になった。建物めがけて飛び蹴りをかましたのだ。
木造の壁がすさまじい音をたてて割れた。構わず渾身の蹴りを連撃、連撃、また連撃。
「田舎者は見るなってか! 田舎者は見るなってか!! あああ!!」
ひとしきり叫ぶと、ぜぇぜぇと身をかがめて息をつく。壁はもうメチャクチャだ。
「くそが。先週の土曜日ワクワクしながら地元の映画館調べた俺のトキメキが哀れだよなああ!!」
狂ったように叫ぶと、懐から何かを引き抜いた。
と同時に建物が爆砕し、めらめらと炎があがった。
原因は彼の手から迸った赤い光線。正確にいうと光線銃。
そこで少年の精魂は限界を迎えたらしく、急にぐったりと口をつぐんだ。
ナスが地面に落ち、黄砂もじゃらりと床に散らばる。
それらを踏みしめ少年はふらふらと闇に中に消えていった……
だがそれは今の韓信たちには関係がない。
「おーふぉーとぅーべい、いー! ちゃん! がっ!」
蕭何は喚き散らしている。剣で大きな数珠(いずれも張良が渡した)をぐるぐる回しつつ。
きっと100年ばかり目覚めるのが早かったとかでおかしいんだろう。
そして呂后は劉邦を押し倒し、彼の指(あくまで指とする)を不毛な地獄谷金山へ飲み込んだ。

重ねてゆく過ち戦いはまだ終わらない……

劉邦の指をヘソに納めた呂后は
「OH! 気持ちいいわぁ。体の相性は抜群にございますぅブヒィー!」
と歓喜の声を上げた。
確かに抜群である。拷問の相性が。
外見とは裏腹の岩のかたまりのような筋肉がぎりぎりと劉邦を締め付ける。
伝わる体温は指が焼けるようであった。
劉邦は苦痛に顔を歪める。
懸命に戚の笑顔を思い浮かべる。すると指に力が戻る
戚は、まぁ歴史的に見たらリ姫(自分の子供を世継ぎにしたいが故に、色々殺した) と似た
ような悪女だが、呂后よりはまだ優しくて美人だから劉邦は愛している。
そもそも呂后は、その父、呂文が押し付けてきたのを貰っただけで、愛情なんざカケラもない。
「劉邦どの、お肉安いですぞ。グラム10銭です。グラムというのは1000キログラムですから
1銭になりまする。いやむしろお金たくさんあげるので持ってって」
という時代考証もクソもない会話で呂后を押し付けられて、何年経ったのだろう。
肉はマズくて喰えたもんじゃないし、閨を共にしないと兵士を陵辱しはじめて士気に関わるか
らいやいや同居を続けている。
余談だが、項羽に捕まった時の呂后は、見張り番の兵士をことごとくレイプして、項羽を閉口
させた。だから返品された。
幸い妊娠はしてなかったので、子供に「ジュチ(客人)」とか名付けなくて済んで良かった。
呂后がガシガシ腰を振り始めると、乾ききった糞便のような匂いが充満した。
指が擦りむけて熱くて痛くて、血が結合部からダラダラ流れる。
飯を口に詰めて湯で流し込むような乱雑な動きで、技巧も恥じらいも何も無い。
戚ならば、奥に当たるのを極度に恐がって腰を中々動かさない。
劉邦が動かそうものなら「きゃ、きゃあっ」と初々しい反応を見せてくれる。
だが呂后は。
「ガンガン当たっておりまする! ガンガン当たっておりまする! ハ、ハ、八ァァー! 大腸
気持ちいいィーッ!! きょろぶげばぎゃあー!」
と伝令兵よろしく濁ったノド声をはりあげるばかりで、なんら面白くない。
しかも劉邦が気絶しそうになる度そうになるたび、「お楽しみはこれからですゾ☆」とウィンク
しつつ動きを止める。
劉邦の血は怒りで冷たく沸騰した。
なにがこれからですゾ☆だ、ここで終われ、傍らにあった剣で心臓を刺してやった。
酔って大蛇を殺した時よりも憎悪を込めて刺しまくったが、すぐ生き返る。
そして剣も流血も意に介さず腰をガシガシ振りたくる。
刺されたショックなのか、締めつけは一層キツくなる。辛い。
劉邦は腹上死などクソ喰らえだと思い始めていた。

張良も同じ怒りを覚えている。
張良。今の所は地味で面白味のカケラもない彼だが、実は芸達者である。
横暴なジジイに媚びへつらって手に入れた『三略』のおまけページに武術とか色々載ってた
ので覚えた。
その一つに、変装術がある。顔だけじゃなく身長も変えられる──
例えば子供に化けても、親にすらバレない、影丸に化けたら邪鬼が勘違いする──
そんな見事な変装術で呂后に化けると、張良は彼自身を七節棍で徹底的に打ちすえ始めた。
そうでもしないと腹の虫が収まらないらしい。
蕭何は止めるワケでもなく、流血まみれの偽呂后を、懐から取り出した六角形の鏡でもって映
してあげた。
次の瞬間、派手な音とともに鏡が割れた。それだけ張良の変装はそっくりであり、醜い破壊
力を秘めている。
考え込んだのは韓信だ。
呂后はちょっと調子こいちゃいまいか。
グラム10銭の分際で、権威を長く貪ろうとしてやがる。
腹上死、などという悠長な手段では何もかもが手遅れになるのではなかろうか。

「あのー。ちょっといいですマメ?」
ちょうどそこへ、柴武(サイブ)が入ってきた。地味な男だ。
作者が6巻を読み直して「周勃と一緒に散関へ潜入したヤツ? いやそれは陳武か」とようや
く気付いたくらい、地味だ。
関係ないがその日筆者は、文庫版鉄人1〜2巻(各300円)を購入して、画質の凄まじさにヘ
コんでいた。
さて、柴武について、あまり知られていない事が一つある。
この物語より8年後、韓信は謀反を企んだ罪で処刑されるのだが、実は柴武、その処刑を
行っている。
でも地味なせいであまり知られていない。
後世の人々は韓信を評し、「蕭何によってその生涯を閉じた」と語り継いでいる。
実に理不尽な話である。
文庫版鉄人の画質が悪いせいで、楽しみにしていた初期の話がさっぱり分からなかった。
分かったのは完全版を購入してからだ。まったく。
でもエッセイは良かった。完全版にも収録されないものか。
そして柴武はそういう後世のできごとなどは露知らず、韓信へただ報告する。
巾着袋を右手に持ってるが、豆が入ってるだけなので報告とは無関係だ。
「白の庭に怪しげな白服の男が居て、捕まえようとした雍歯(ヨウシ)が赤い光を浴びて死に
かけておりますマメー!」
「青面獣には残念な事をした…」
蕭何が沈痛な面持ちで刀を握り締める。駄洒落である。よってみんな無視した。
だいたいにして雍歯(ヨウシ)は、劉邦をさんざ裏切ったクズだ。だから死ねばいい。
蕭何と柴武以外はみんなそう思ってる。
柴武に至っては、ああ面倒くさいなァ、早く家に帰って豆をむさぼり喰いたいなァ、そう思いな
がら報告している。
「白服の男も
『おいコラ、闇の顔ふりかけいつになったら出すんだよ! 江戸じゃなく古代中国とか設定
無視するのもたいがいにしやがれ! そんなのは某偽だけで充分なんだよ! ああん?』
とワケの分からないコトを言って逃げるだけなので、捨て置いても良さそうマメ! そらっ そ
らっ! さやー!」
マメを中空に投げると、口にかぽりと収めて続ける。
「それからマメね、もう一つ。70数箇所の傷を負った曹参(ソウシン)どのが回復したマメっ!」
豆を一つ、巾着袋から口に運ぶ。韓信はフムと頷いた。
大元帥としての勘が、白服の男を用いるべきだと告げている。豆もちょっと食べたい。
「ではその白服の男を探して、呂后征伐に加わるよう説得せよ。曹参どのに関しては、カン
パはやめ、明日快気祝いを……」
張良と蕭何を見る。彼らの思いも同じらしく、力強く頷いた。
「呂后の葬儀の場でとり行う。よって、今夜はゆっくりと休んでもらおう」
「はぁ。じゃあ今から呂后を殺すんですかマメ?」
今から煮豆作るんですか、でも私は炒り豆が好きです。そんな調子で柴武は言う。
豆さえ喰えれば、上で何が起ころうとどうでもいいらしい。
心底からの犬め。
韓信を殺したのも仕事だからであり、その韓信の命令が今は仕事だ。
「後ろに構うな大作少年! お主が成すのは前進あるのみ!」
蕭何が声を上げた。ハイ、と言いたいらしい。
だらだらと腰を振っている呂后を横目で見る。その下で劉邦が泣いている。
泣いている劉邦を見るのは嫌だ。だってみんな劉邦が大好きだから。
大好きだから雍歯の裏切りを憎み、呂后を殺そうとしている。
『つまりはそういう事だマメ』
変装を解いた張良が虫文字を書き、韓信も答える。
「白服の男を捜索せよ。重苦しい口調なのは、部下に命令を下すからです。だからお豆ください」
柴武は差し出された小さな手に豆をたくさんいれた。韓信は食べた。
もぐもぐと咀嚼してから、可愛らしくごくりと飲み込んでにこりと笑った。
「おいしいマメ」
「だろう。ハッハー! この豆うめぇぜー!」
そして自らも豆をドカ喰いしつつ、柴武は去っていった。

蕭何はいずまいを正すと、演説を始めた。
「未来は現在の我々に栄光の光を与えてくれた! そう、ついに総ての恐怖を克服できる
時がきたのだ! 太古には火が(省略) 何の恐れもない夜を我々は手に入れるのだ!!」
指揮者のように仁王立ち、腕をざんざか振りたくる蕭何に韓信と張良も頷いた。
「今度こそ美しい夜を」
『それは幻ではない!』
そして三者は擦り寄ると、腕をにゅらりと絡ませた!! アニメ版三国志の桃園の誓いである!!


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