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第9話 「蕭何の指」



「待て韓信。お前いろいろ魔界衆の道具使えるじゃろ。例えばでっかいロボットを出して自動
修復と絶対防御と幻影を見せる霧と無限のミサイルと五千百度の炎で攻めれば……」
「無理よそれ。だってもう韓信の精神は尽きかけている」
「バレましたか。そう。実はいま握っている刀を維持するのが精いっぱい」
なお、彼が魔界衆の道具を発動しているのは胸にかかったある道具による。
その物体が「認識票」だとは、古代中国人の劉邦にはわからない。
ともかくもコレを用いると数多くの魔界衆の道具を際限できるのだ。奴の武装錬金なのだ。
「そう、すでに私の精神力は限界。この魔界衆の残した道具は使えません。いま手に握って
いる刀を砕かれたら、私はあなたに対抗する術を失うでしょう」
劉邦は頭を抱え、呂后は笑った。
「終りか」
「終わりよ」
今まさに光線が発射されんとした瞬間、韓信は無表情でおかしなコトをいった。
「そうそう呂后。張良どのの霞切りは痛かったでしょう」
「それが何だってのよ韓信」
「実をいうと、アレは私が伝授したものなんですよ」
韓信は銀光りする銃を瞬きもせずに見た。
「他の特技は張良どのが三略を読んで覚えたものばかりです。しかし霞切りだけは、私が伝
授したんですよ。まぁ、本家本元の私よりも張良どのの方がはるかに使いこなしてましたが」
「すました顔でつらつらと! あんた、私が指を弾くだけで終りなのよ!
呂后は、甲高い声をあげ散らした。
はるか遠くの劉邦が思わず顔をしかめて耳を塞ぐほど、声は大きい。
だがそれを真正面から受けている韓信は、さほど表情を変えない。
劉邦は心底この大元帥に腹が立ってきた。
もはや勇猛というより痴呆の域ではないか。
「はぁ。普通にみればそうですね。でも、私たちは勝ちますよ。残念ながら」
呂后の頬が怒りに引きつった。
「ですができれば、銃は体の正中線上に沿って頂ければ一挙両得になります。沿わずとも私
はうまく繕いますけど。さぁ、どうなされます。降伏も一つの選択肢です」
韓信の言葉に憤懣やるせないという歯ぎしりで地団太すら踏んだ。
「うわああ、この股夫ずれがまたワケの分らないコトをぉぉぉ〜っ!」
美少女の全力の挙動というのは、その造形に一種の趣すら与えるらしい。
不覚にも劉邦は見とれかけたが、韓信の危機に気づいて蒼白にあった。
(彼奴の命そのものはどうでもいいが、韓信死んだらわしも死ぬ……あわわ、あわわ)
彼の恐れを別として、運命の瞬間が到来した。
「じゃあやるわよ! いい! 挑発したのはあんたなんだからねっ! もう知らない! ばかぁっ!」
呂后が引き金に指を掛けたのと、韓信が柄に手をかけたのは同時であった。
通常なれば、剣が殺到するよりも早く、光線が彼を打ち貫いていただろう。
だが次の瞬間!
呂后の右肘より先は、光線銃を握り締めたまま闇夜に高く舞い上がっていた!
血煙りが無軌道な螺旋を描く。紅い霧が色濃くけぶる。
それは正しく鉄人28号のロケットにも負けぬ劣らぬ勢いであった。
何が起こったのか。それは韓信のセリフに譲る。
「後から出でて、先に切る。相手の剣とは一度もふれず。刀と刀のふれあう音も立てずに。
一撃で相手をたおす一撃必殺の剣法…… 音無しの剣」
韓信はふうとため息をついた。
「これ、張良どのでも覚えれなかった、私の切札なんですよ。私は確かに弱い。でもそんな私
が隠し持っているからこそこの秘儀は切札たりうる。相手の虚を突くのは、兵法の基本中の基
本ですからね」
剣持つ右手を横に伸びきらせたまま、韓信はいつものように淡々と呟いた。
「や、やりおった! 韓信めが!」
劉邦の目線の先には、肘から先の腕が空を飛んでいる。
「破ったぜぇぇぇ! 天地魔闘の構えええええええええええええええ!!」
行者も叫んだ。
「え、何? 私バーン様!? えーとじゃあ……余の、余の腕がいかなる武器にも勝る筈の余
の腕がぁー……じゃないわよ! 早く銃、銃回収しなきゃやられる! レイプされる! そうい
えば皆! この作品はね、元々はエロパロ板で連載されてたんだよっ!」
つまりそれだけの活劇であり活躍だったのだ。にも関わらず韓信自身はまるで喜色がない。
ただ、韓信は。
(まぁ仮に振り遅れたとしても、この刀はソードサムライXなので光線は無効でしたし)
現実主義者らしく身も蓋もないコトを思った。

燦然たる金色の星々の前で舞い上がる血煙は、さながらほうき星のように尾を引きそして消え
ていく。
流れ流れていつか、消え行くとしても。
「韓信! その手に握られた銃を奪うのじゃ! さすればもはや呂后に勝ち目はないっ!」
「おぉ、漢王、久々のセリフで…グバァ!」
永遠に止まらない。時の河は続いていく──
「させない! あと僅かで勝利は我が手なのよ…! 諦めれるワケ……ないじゃない!」
呂后は韓信を遥か彼方に殴り飛ばしながら、銃めがけてあらん限り手を伸ばした。
ああ、もはや術は劉邦にない。ただ銃を取られ呂后専横を許すのみか。
だが韓信はなぐられた頬をさすりながら、起き上がり、こう呟いた。
「ああ、ところで正中線の事ですが」
距離は呂后よりかなり離れている。劉邦とはもっと遠く。そして銃は刻一刻と呂后に落ちつつある。
「また何をやっとるのじゃ韓信! 早く銃を」
「正直ですね、呂后。私はあなたを銃ごと二等分してみたかったんですよ。でも、それに沿って
構えてくれませんでしたよね? だから腕を切断するに留めたんですが」
「ええいまだるっこしい! そもそもお前が銃を破壊していればこうは…」
劉邦の文句に対して。
「それは譲るべきでしょう。張良殿が蒔いた種が、今まさに花開いたのですから」
漆黒の荒野にうすくけぶった影がゆらりと伸びた。

「手伝ってやろうか?」

影の前で列成す瓦礫をあぶる朱の光がその全身をすぅっと呂后に傾け、消えた。
風が吹いたようだった。
形容すればかまいたちのようだった。
何物をも引き裂く不可視の刃が影の指から発せられ、呂后に向かったようだった。
「……ただし、真っ二つだぞ」
ぱちん。ぱちん。
小気味のよい音に一拍遅れ──…
光線銃がそれを握り締める腕ともども二つにスライスされたのは……
実にあっけなく、銀色の内部機械も剥き出しに、伸ばした腕の両側を滑り落ちてく光線銃は……
呂后にとって屈辱であり絶望であり、声の主を睨む直接的動機でもあった。
視線の先に、脇役に毛が生えた程度の地味な顔したおっさんがいた
ただしいつもと違って、白目だ。後ろ髪も若干跳ねていて、オレンジがかっている。
「やぁ。私の名は素晴らしきヒィ…」
「おお蕭何!」
「そろそろ頃合だと思っていました」
「ってなんであんた生きてるのよ! 確かに日吉に喰われたじゃない!
「あれは幻だよ。残念だったね。君は勝利で目を曇らせていたから気づけなかったようだ。と
はいえ、張良どのは幻術を使えないゆえあのまま日吉と一体になってしまったよ」
「くぅぅ! 何よそれチートじゃない! ああこうなったら腕一本で全員殺すしか……!」
これ以上ない憤りに呂后は顔をゆがめた。
「は、母上ぇ…」
「!?」
暗い荒野からひたひたと歩いてきたのは、彼女と劉邦の息子、盈(えい)だった。
「盈、どうしてココに!」
「うぇぇぇん。寝る前に辛い物を食べすぎたら瞬間移動能力が芽生えちゃったよぉ〜!」
「あるある……ねーよ!! オッシコ催すノリで銀鈴みたいな覚醒するな!!」
行者は目を剥いて叫んだが、ちょっと口をつぐんだ。
「あぁでもリサの娘ならありえるのか? どうなんだ? というか僕は恋人を寝取られたという
のに何でこうも平然としているんだろうか……」
盈は、傷だらけの母と、父と、それをとりまく二人の重臣を見比べてひどく怯えた顔をした。
「ほぅ、これは面白い展開だな」
蕭何が肩を揺すって笑う横で、韓信が劉邦の袖を引いて耳打ちした。
「漢王どの。一つよろしいですか?」
「何じゃ?」
「呂后めの不死身の原動力は、きゃつが愛する男のDNAにござりまする」
「おう。走っている時とかに聞いた。ところで蕭何、盈は傷つけてはならん。愛する我が子じゃからのう」
「愛といえば、『愛』の範疇に、親子の関係が含まれていれば、どうなりましょう。たとえば子供
からも漢王のDNAは取れまする」
「蕭何、やれい! 子は何度でも作れるが、呂后めを始末するのは今をおいて他にはない!」
「ちょ、劉邦! いちおうコレ私とあんたの子供なのよ! 慈悲とかないの!?」
「歴史改編を目論む外道に言われとうない!」
「そうだぜこのジョジョオタ!! 少年漫画的にヒロインの妊娠・出産はご法度なんだぞ!」
行者も加勢した。
もはや正義も悪もあったものじゃない。
しかし史上に残る戦いなど、すべてそういうものなのだ。勝者の恣意が敗者を純然たる悪にする。
「させない。させない…!」
大の字になりながら盈の前に立ちはだかった呂后の四肢が嫌な音と共に裂けた。
蕭何は続けて指を弾いた。
今、衝撃波が虚空を駆け抜け、身を呈する母を容赦なく斬り始めた──…

「ダメよ。子供を殺すなんて。それだけは出来ないの!」
愛する息子を残る片手で抱きかかえ、守る背中に衝撃波が降り注ぐ。
「んん?」
蕭何が怪訝を浮かべたのもむべなるかな。
もはや創痍、回復せぬままなすがまま、なます斬りの呂后、されど倒れる気配は一切ない。
手を止めた蕭何はやがて、腹に手を当て、痙攣にも似た哄笑をあげた。
「…ククク。フハ、ハハハ! ハハハハハハハ! 残念だなァ、話相手ももうすぐいなくなる」
腹を震わせながら蕭何は呟いた。口調には、まるで長年の知己に話すような余裕がある。
呂后は今にも燃え尽きそうな中で懸命に子を抱えた。
そうされる盈の表情は暗がりでよく分からない。
ぱちん。ぱちん。ぱちん。
蕭何が情熱に身をくゆらせるたびに呂后の体に傷が増えるが、力尽きる気配はない。
変わらず盈をひしと抱き留め、この女らしい身勝手な理屈を並べ始めた。
「お母さんが守るからね。だからおとなしくしててね」
呂后の目にじんわりと涙が浮かんだ。
他の行動がどうであれ、子を思っての涙だ。
美しい涙声を見上げながら、盈は唇を軽く振るわせた。
気配が伝わったのだろう。呂后は優しく言い聞かせた。
「頑張るから私。何でもするから。だから怖がらないで」
盈は無言で頷いた。
そして笑った。
頬が裂けんばかりに唇を歪めて。
彼の意思表示は、こうだった。
『じゃあ、死ね』
微かな羽音が、森に木霊する。
極薄の血がとろりと胸を伝う。
レモンのように眼を剥きながら呂后は自身を襲ったモノを見た。
短剣。
盈は豊かな白い胸に、短剣を深々と突き刺さしていた。
呂后の霞み行く世界に黒い粒がさっと文字を成していく。
蕭何の笑い声を伴奏に、朱く濡れ浸った小さな手がみるみるうちに節くれだった。
『やれやれ。成り変っていたとは言え、豚に扮していた輩の胸中は臭くてたまらん。まぁ、服に
匂いが移ろうがどうなろうが私には関係ないか。どうせ本人からの借り物だ』
盈の顔が変わり、盈の足が伸び、盈の体が膨らんでいく。
「あ、ああ」
声にならない声を漏らしながら、呂后は頭に鈍痛が走るのを感じた。
頭に踵を踏みつけられた。認識すると同時に顔が地面に激突し、砂利が口の中で不快な音
を立てた。
『さて、どこから聞きたい?』
盈だったモノは呂后の頭を愉快そうに踏みにじりながら、けぶった黒い文字を展開した。
『答えろよ。なァ? 私はずっと楽しみにしていたんだ。もっと無様な声を上げて誰何しろよ』
それが礼儀だと文字をウェーブさせながら、影が何度も何度も呂后の頭を踏み抜いた。
『まぁいい。一方的に喋るのも勝利の役得か。貴様は化け物だが、しかし親だ。子に対しては
甘く、無警戒の、な』
黒い風が吹き始めた。
『私にはそれがよく理解できるのだ。おかげでひどくやりやすかったぞ』
風は黄砂を掃い落ち葉と共に虚空へ巻き消えていく……
『負けた自分が愚かに思えるほどに』
盈だった男が二、三歩後ろへ下がると、支えを失くした呂后が地面に倒れた。
『そして勝った自分が貴様を見下しながら、ゆうゆうと着衣を直せるほどにな』
男の周囲を、ざざざっ!と虫が飛び交うと、彼は全裸でなくなった。
纏っているのはゆったりとした文官衣装である。
「今日は特別でね。もう一人来ているんだ」
蕭何は無意味なスキップをしながら、左右に指パッチンをした。
すると小さな光がきらきらと闇をたゆたって、しばらく向こうの木を真っ二つにした。
それらが倒れる重苦しい音が響いたが、しかし劉邦や韓信には関係ない。
男は一仕事終えたという顔で、冠を取り出し、被ったのだ。
ひらべったい独特の形のそれを被る男は、漢の中では一人しかいないのだ。
虫文字で喋る男は、一人しかいないのだ!
「お、おお! おおお!! よくぞ生きておった!!」
「張良どの!」
『恥ずかしながら戻って参りました。日吉にはビッグゴールドに対するマスクザレッド方式で融
合しつつ隙を見て逃げ去っておりました』
「ところでなんで盈の姿じゃったのじゃ?」
「変装術ですよ」
韓信がずいっと一歩前に進み出て解説した。
「張良どのは変装術も得意なのです。ほら、第2話で呂后に化けてたじゃないですか」

>張良。今の所は地味で面白味のカケラもない彼だが、実は芸達者である。
>横暴なジジイに媚びへつらって手に入れた『三略』のおまけページに武術とか色々載ってた
>ので覚えた。
>その一つに、変装術がある。顔だけじゃなく身長も変えられる──
>例えば子供に化けても、親にすらバレない、影丸に化けたら邪鬼が勘違いする──
>そんな見事な変装術で呂后に化けると、張良は彼自身を七節棍で徹底的に打ちすえ始めた。
>そうでもしないと腹の虫が収まらないらしい。

「……本当か? wikiとかHPのを都合のいいように改ざんしとらんか?」
「してませんよ。ウソだと思うのならお手元にある過去ログのPart48スレ>>109をご覧ください。
流石に過去ログまで改ざんするのは無理ですよ。ははは。ちなみにこれはエロパロ板時代以来、
実に三年越しの伏線です」
『そして日吉から脱出後、大至急で盈どのの元へはせ参じて蹴りなどくれつつ服を奪い取り、彼に
化けたというワケです。もはや彼奴を倒せるのは騙し打ちしかない、と』
思い思いの歓声をあげる二人へ手を上げて答えると、張良は身を屈めた。
そこでは地に伏し、息も絶え絶えに涙を流す呂后がいる。
母の愛情を踏みにじられた上に、致命の一撃を受けた心中はいかばかりか。
しかし張良、容赦がない。
呂后の髪をむんずと掴み、強引に持ち上げた。
そして自分の顔を呂后のそれへと息が掛かるほど近づけ、虫文字を書いた。
『三傑どもを、舐めるな』
それだけで飽き足らないのか、呂后の顔を地面に叩きつけると、七節棍を取り出した。
「ファーッハッハッハ!! 三傑どもをっ 舐めるなァァァァァアアア!! 」
そしてレッド笑いをしながら七節棍でびしびし叩いた。
一方、蕭何は親指を力強く立て、ウィンクをした。
「よぉしいい子だ。行って来い! ロボがっ、待っているぜ!!」
待ってない待ってない。


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