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第01話 【始】スタート



俺はホムンクルス(※)らしい。
けど、俺はちゃんと職についてマジメにやっているからいいじゃないか。
ところで、職場において「優秀」という認識されるのは、非常によくないものだ。
そりゃ俺だって優秀って自認してるけど、本当のコトを言われる方が嫌な場合だってある。
だって優秀だと思われたら、難しい仕事が回され易くなってしまうから。
苦労したくない、出世も苦労が増えるからしたくない。
と思う俺を、卑怯という人間もいるだろう。
現についさっきも部長に説教された。
「若いうちの苦労は買ってでもしろ、苦労は人を成長させる」って。
だが本当に、そうなのか?
ことスポーツ選手や研究者ならそうだろう。彼らの苦労の原因ってつまり、生涯全てを費やし
ても悔いがない!ってな覚悟で決めた目標と、現状のギャップだ。
それを少しでも埋まるべく、鍛錬を続けて痛さや辛さに耐えるのが、苦労の内容だ。
けれど苦労にも負けず、彼らは決めたコトに向かっている。向かい続けている。
なんかすごいエネルギーが感じられるし、何より合理的で一番確実だ。
だから苦労を重ねる彼らは尊敬できる。
けれど職場の苦労なんて、突き詰めてしまえば、他人が出した不都合不利益の後始末だ。
だってそうだろ? 仕事なんて、得意な物を選ぶんだから、普通にやってりゃ苦労しない。
仕事そのもので苦労するのは、得意な分野を選べなかったか、そもそも得意な分野を作れ
なかったそいつの失敗だ。
大体、人間いつかは就職するなんて、小学生の頃から分かってるんだぞ。
だったらなるべく早く、何が向いてて何ができるか把握して、その技術を磨いておくべきだ。
みんながみんなそういう考えで、必ず何かの技術に長けてて適材適所を地でいけたら、あぁ
社会はどれだけ良くなるか。
そうすりゃ誰でも存在意義があって、リストラとかイジメとかなくて、貧困ゆえの強盗とかもな
くなってひいては技術を間口に信頼しあえる、平和な世の中になるに決まってる。
でもこういう考えは理想論というか、遊び呆けて実行しない人間がほとんで、だから職場に苦
労が満ちている。

そう、みーんな惰性で動いてる。特技なんて何もないまま、下らんコトをやらかしてる。
普通にやれば簡単に済むコトを、連中はいらん手順を踏んでややこしくしてるんだ。
だからマジメにやってる俺が苦労してる! 優秀ていう理由で残業と後始末をさせられる!
なんというか毎日、頭の悪い子供が曲げまくった知恵の輪を、ちゃんと元に伸ばしなおして
そこから解きにかかるよーな、くすんだ煩わしさと時間の搾取の繰り返しだ。
…そんなん、なんの成長にも繋がらねーっつーの! そもそも成長になんか興味ないし!
……ああ、こうやって内心で怒鳴っているのは疲れる。
嫌な脳内物質が心を重くして生きる喜びを奪ってく。正直いって、毎日辛い。
ストレスで髪の毛がよく抜ける。もっとも俺はホムンクルスなのですぐ生えてくるけど。
そんな歩き疲れた道の途中で思い出す物がある。俺の心を少年のように輝かす物がある。
それは夢だ。夢はやっぱり大事だ。
だから俺は仕事を与えられればすぐ、どうすれば早く正確にできるかを考えている。
やっぱり、仕事には真剣に向き合うべきだ。間違えれば中身のない説教をされるし、手間取
れば残業する羽目になり、結局は夢すなわちおもちゃで遊びまくる時間が搾取されるから。
…………イヤなんだ!
仕事のせいで、おもちゃを振りまくってバシュウバシュウ叫ぶ夢のような時間が搾取されるの
はイヤなんだ!
なのに神よ! あなたはどうしてこれ以上、搾取しようとされるのですか! やめてください!
やめないならやっちゃいますよ! 根はマジメなので心臓がバクバクいうほどヤバげなコトを
やっちゃいますよ! でも返事次第じゃやめますよ! だからさぁ返事を! 
1分経過。2分経過 ……5分けーか。なぁオイ、聞いてんのか神よ! 聞いてねぇのかよ!
へっ、ならやってやる! スポーツ選手みたいなギャップを埋める為の苦労をやってやるぜッ!

白い光をスポットライトのごとく浴びる二人の男がいた。
片方は40をすぎたと思しき、のっぺりとした無個性な顔。
片方は20の半ばをややすぎた、茶髪で軽そうな印象の顔。
パソコンや書類を前に話し込むところは何か打ち合わせをしているようであり、時折ハハハ
と笑い声が響くのは雑談しているようでもある。
会話の流れからして、のっぺりした顔は部長らしい。
その部長が胸ポケットを自慢げに叩き、
「ここに面白くて懐かしいゲームが入っているから後で貸してやる」
とか言ってる所をみると、ほとんどが雑談、残業代欲しさにだらだら居残っているのだろう。
やがて二人はジャンケンをし、茶髪が負け、朗らかに苦笑しつつ「ではコーヒーを買ってきま
す」と事務所を出た。
部長は書類に目を通し、独り言を唱える。明日以降の算段を練っているのだろうか。
5分ぐらい経った。
不意に、扉が開いた。
扉のある方は既に消灯されていて、遠目では詳しい様子は分からない。
そちらへ手だけを、部長は相変わらず書類に目を通したまま、労うように振った。
足音は闇の中を無言のまま、進み、やがて光の下に出た。
「珍しく早かったな」とおどけて言おうとした部長は、足音の主を見て、表情を凍りつかせた。
いたのはスーツこそ着ているが先ほどの茶髪でなく、レスラーのような黒い覆面をした男。
右手にはナイフ。
更に侵入者が左手で覆面を取り、ニっと笑った瞬間、部長の顔は歪みきった。
未知なる物への怯えでなく、見知った者への意外性。歪んだ表情はそれを雄弁に語っている。
次にナイフが一閃。
部長の喉笛がばっさりと切り裂かれた。
生暖かい液体がスプレーのように噴出し、気管に詰まる嫌な水音がした。
白いワイシャツや机上のパソコンや書類などが赤黒のまだら模様で汚される。
椅子から死体寸前の肉塊が一つ、血溜まりにべちゃりと落下した。
机の引き出しに赤い飛沫が散り、部長は、不本意に生涯を閉じつつあるのを実感した。
大きく息を吐き、氷のように冷たい指で、胸ポケットより何かを取り出した。

血文字でそれへと、文字通りの死力、最後の力によって

──犯人はこのゲームと同じ

と書いたのに、侵入者は気付いたかどうか。
部長は胸倉をつかまれ、強制的に立たされた。
そして虚ろな顔に、手のひらが当てられ──…
真っ赤に熱した鉄を水につけるような「バシュゥ!」という音が、事務所に響いた。

5分後。コーヒーを買って戻ってきた茶髪は、床に広がる血だまりと部長の着衣を見た。
それから、ファミコンのゲームソフト。
さきほど部長のポケットにあったと思しきそれには血文字が書かれていたが、メガドラが
好きな茶髪にその意味する所はわからない。
この状況に真っ当なる判断力は麻痺している。
茶髪は事務所を狂ったように徘徊し、震える声で何度も
「冗談でしょ」「脅かそうとしてるんでしょ」
などと部長の姿を求めた。だが、返事も、姿もない。
やがて茶髪は震えながら携帯を取り出すと、警察に通報した。
警察の人も現場検証のあとファミコンのソフトを押収したが、警察の人は3DO至上主義なの
でやっぱり内容は分からない。

影抜忍者出歯亀ネゴロ

さて、ホムンクルスの退治と核鉄(ホムンクルスを倒すアイテム。縮れ毛があるのが強い)の
管理運営をする組織がある。
其の名は錬金戦団。
こういう組織というのはたいてい、警察とかCIAとかFBIとかTRFとかとつながりがあるものだ。
あるに決まっている。
ともかく、紆余曲折を経て、前出の事件を錬金戦団が担当するコトになった。
時は、戦団を100年に渡って悩ませていたヴィクターが死んだ夏の頃だ。
正確にゃ死んでないが、月にいったからもうおしまいなのは確定とみていい。
問題はその後だ。彼との戦いでほとんどの戦士が活動不能。

新しく入った早坂秋水という戦士も活動不能。
極度の飢餓状態におかれた人間が、一気に食事を摂ると死ぬという。
弱った消化器官が食事を受け付けずショック状態に陥るからだ。
それが秋水にも起こった。
出番を摂取できず弱り果てたキャラ性に、総計4ページの再登場は非常にこたえた。
セリフを間違えもした。恐悦至極を僭越至極と間違えた。
それが最終的な引き金となり、彼はブッ倒れた。
なので他の戦士ともども入院中で、姉の桜花に連日連夜プリンをあーんして貰ってる。
で、登記名簿の業務内容の欄に「ホムンクルスの退治、並びに核鉄の管理運営」などと書い
てる戦団だから戦士がいなきゃ牛肉を断たれた吉野家のごとく商売ができん。
だがその時点で動ける戦士といえば、数は限られている。ブッちゃけ、10人ぐらい。
司令部は困り果てた。

何に困り果てたかというと、件のワケのわからん殺人事件の調査だ。
着衣だけ残して消滅という手口は、ホムンクルスのそれではあるが、しかし奇妙なのだ。
ホムンクルスが好んで食べるのは、思春期前後の少年少女だ。狙うのは学校。
だが今回の被害者は、40代の男性である。事件現場を聞けば、工場だという。
その辺りが良くわからない。されど、犯人らしきホムンクルスが工場に狙いを
定めていたとすれば、捨て置けないのもまた事実。
普段の戦団はホムンクルスの集団を捕らえるために、戦士を学校に潜り込ませる。
具体的には学生寮の管理人とか保健の先生とかに扮し、有事のために控えている。
で、今回もその要領でいく、いくわようという話にまではなったのだが、しかし誰を送るかは
決まらないしやっぱりどうにも判らない。
なぜ犯人は、子供でなく40過ぎた男を襲ったのか?
「なぁに。ホムンクルスとてたまにはゲテモノを喰いたくなるものさ」
「そうかしら」
場所は錬金戦団日本支部。人員不足のあおりで人影もまばらな食堂。
の更に窓際でヒソヒソ話す男が二人(?)。
かたや筋骨隆々のいわゆる「ムサい」大男。かたや綺麗なお姐さん。
戦部と円山という、二人の戦士である。

この時、食堂に見知った顔が約二つあるのに、彼らは気づいた。
しかしそれらは、会話というのがひどくやりづらい顔だと戦部も円山も心得ているから別に声
をかけたりはせず、件の事件についての雑談を再開するコトにした。
「わざわざ工場なんかに侵入してまで喰べたいゲテモノ」
こっそりパクった被害者の写真を、円山は見た。
映っているのは脂ぎっている所ぐらいしか特徴のない、いわゆるおっさんだ。
なんでも見た目にそぐわぬ、人材発掘に熱心で優秀だった部長サンとか円山は小耳に挟ん
だが、あまり興味を引く話題ではない。
おっさんの顔はひらりと宙を舞った。写真が投げ捨てられたのだ。
「私ならパスね。やっぱり若いコがいいわ」
やる気なさげに円山は、イスにもたれながら両手を前後に、ばたばた動かした。
「俺ならやるな。強ければの話だが」
戦部はでかい包みを机に乗せて、開けた。
猿型ホムンクルスの生首が出てきてきーきー鳴いた。
「またゲテモノ」
「どこがだ。こんなに旨そうじゃないか」
「私はそーゆーのもパス。なんで男ってそういうロクでもない物に興味を示すのかしらね」
「気に入るモノは仕方ない。俺のように、いつしか原動力にすらなる」

──案外、工場に出たホムンクルスとやらもそうだったかも知れんな。
というかオマエも男で感心しがたい趣味もあるだろうに──

戦部は色々なコトに苦笑しつつ、とりあえず生首の頭にかぶりついた。
ギッ!と短い悲鳴を上げて、ホムンクルスは白目を剥いた。
「きゃあ恐い」
円山はおどけた様子で両手を口に当てた。当てたまま身を乗り出し、喋る。
「ところで、潜入捜査だけど誰がするのかしらね?」
「さあな。だが、できそうな者は限られている」
「例えば?」
「彼女か、」
戦部は猿の脳漿まみれのアゴを、見知った顔めがけてしゃくった。
「カレ?」

つられて円山も見知った顔を指差した。
「ま、そんなところだろう。普通の会社に潜入できそうなのは」
さらに前者は社会的な潜入が、後者は物理的な潜入が、各々できると戦部は付け加えた。
「少し、似てるわよねあの二人」
「表情を崩さない所がな」
「トモダチ少なそうな所もね」
戦部と円山が交互に差した人物たちは、ともに一人で慎まやかに食事を取っている。
片方は手弁当を、もう片方は崩した豆腐をごはんにかけて食べていた。

※換気扇のガンコな油汚れや急な発熱によく効く事でおなじみ。
これを用いてレギュラーガソリンをリッター110円にする裏技が、伊東家の食卓で紹介され
すらしたメジャーきわまる物質であるが、実は意外な一面を持っている。
なんと人間を食べるのだ。そりゃもう、頭からがじがじっと。もしくは腕からばしゅうっと。
日常と切っても切り離せない心優しき隣人である所のホムンクルスが、実は床下でポン刀を
手入れしている恐るべき殺人者だったという衝撃たるその事実に学会は震撼した。
モンゴルの大平原を駆ける最後の騎馬部族は赤く光る凶星を夜空に見つけ、馬上で涙した。  



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