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第009話 「例えばどんな風に悲しみを越えてきたの?」  (2)



「武藤さん」
やや面食らった様子で秋水はその少女を呼んだ。
どうも一昨日から妙に遭遇しやすい。しかも逢うたび距離が狭くなりつつある。
路上から学校の屋上、学校の敷地内、一つ屋根の下の寄宿舎。
些細ではある。が、意図せぬところで他人と接近するのにはまだ抵抗を感じてしまう。
けしてそれは嫌悪ではない。けれども手放しで喜ぶコトはできない。
現在の秋水は一種の過渡期の中にいる。
過酷な幼少期の経験ゆえに鎖してきた心をわずかに開き、世界の中を歩こうとしている。
他者との関係を構築しようとは望んでいるが、払拭しきれぬ黒の記憶に足を引かれてもいる。
そういう未整理状態の雑駁(ざつばく)とした心持ちゆえ、喜べない。
ただ、まひろ個人への感情はけして悪くない。
桜花を慮ったりヴィクトリアの世話を快く承諾したり、演技に対して一種の活力を持っていたり
ロッテリやではわざわざ秋水の食べる分を切り分けてくれたりする一挙一動には、カズキを
見るような眩さと一種の敬意を覚えている。
だから「武藤さん」などととっさに呼んだ。が、それはまひろの気に召さなかったようだ。
(うーん。どうしよう。丁寧な呼び方は嬉しいけど、私としてはやっぱりまっぴーの方が……
でも秋水先輩にいうのは何か失礼だし……もうこうなったら奥の手よ!)
瞳にめいっぱい力を込めて、太い眉毛をぐぐっといからせてみる。
まっぴーって呼んでまっぴーって呼んでまっぴーって呼んで……
念を送った。
本人のイメージとしては円状の光線がぴゅらぴゅら出てる感じだが、もちろんそこにいるのは
おかしな形相で秋水を見つめる少女が一人。
秋水は生真面目な表情でどうしたものかと悩んでいる。
効き目はなさそうだ
(て、手ごわい! さすがは秋水先輩! でも私だって負けるワケにはッ!!)
秋水はため息をついた。
「1つ聞きたい」
「何でもッ!」
「……さっきから君は何を考えているんだ?」
「内緒!」
「断っておくが、あだ名で呼ぶつもりは毛頭ない」
まひろはぎょっとした。

「な、なんで分かったの。秋水先輩もしかして超能力者? それとも宇宙人? 未来人?」
1オクターブ高い声でまくしたてるまひろはほとほと手に負えない。
秋水にとっては疾風のごとき死神の列である。抗う術は我が手にはない。
「あ、そうだ。ところでどうして秋水先輩が寄宿舎(ココ)に?」
まひろは気楽だ。勝手に逸らした話を勝手に軌道修正した。
「マンションの部屋からアスベストが出て撤去が終了するまでにここで暮らすコトになった」
桜花から教えられたとおりの口上である。
だが、ほどよく低い声で息もつかせず喋ると、二枚目俳優さながらの説得力が発生する。
「そうなんだ。あ、ひょっとしてびっきーのところへ?」
「この見取り図で寄宿舎の案内をしようと思っている」
「私もちょうど今から行くところだよ!」
人懐っこい笑みのまひろを見ると、秋水は罪悪感に囚われてしまう。
カズキを刺した件があるから、まひろに無条件な信頼を寄せられると辛い。
詫びねばならないと分かってはいるが、そのとっかかりをつかめずにいる。
更にちょっとした悩み事が1つ。
こっちは黙ったままでいても埒が開きそうにないので相談した。
「やはり時間をずらした方がいいだろうか?」
「うん?」
まひろは可愛らしく小首を傾げた。
「まだ早朝だ。寝起きに立て続けて訪ねるのは良くない」
あ、という顔でまひろは元気一杯に返事をした。
「大丈夫! 知ってる人が来てくれたらびっきーも安心するよ、絶対。それに秋水先輩も、寄
宿舎はまだ分からないと思うし。一緒に行こうよ。案内、私も手伝うよ!」
「あ、ああ」
剣道の試合ではめったに相手の気迫に呑まれぬ秋水だが、どうもまひろはその限りではなく……

数十分後。
ベッドに腰かけ中のヴィクトリアは、5mほど先で壁にもたれる秋水を睨んだ。
苦虫を噛み潰して粉雪をびっしりまぶしたような冷たい形相だ。
「あのコは一体何よ?」
「武藤カズキの妹だ」
ものすごく直球な答えを秋水はした。もっとも直球以外の答えができるほど彼は器用じゃないが。

「道理で」
実に苦々しい表情で、まひろが去っていった方をヴィクトリアは眺めた。
胸中は、先ほどまで繰り広げられていた茶番のような会話劇に映る。

「おはよーびっきー!」
「お、おはようまひろ」
ヴィクトリアには2つの顔がある。
「裏」は冷然とした毒舌家だが、「表」は見た目そのままの気楽な少女。
普通の人間には「表」で対応するのだが……
いかにもおたおたとした調子で返事をしてから、ヴィクトリアは秋水を見つけた。
(何でアナタがココにいるのよ)
(……まさか君が姉さんと同じタイプだとは)
絶対零度のツリ目に射抜かれながら、秋水は自らの不明に気付いた。
というのもまさかヴィクトリアが人間に対して猫を被っているとは予想していなかったからだ。
こうなるとマズい。
彼女は「裏」を知った人間の前で「表」の顔を延々と演じなければならない。
それは例えるなら、手品のタネをあらかじめ総てばらされたマジシャンの芸披露。
いかに繕おうと本質がバレている。茶番でしかない。
が、軌道修正はもはや不可。
「ね、ね。朝ごはんまでまだ時間があるしさびっきー。寄宿舎を見て回ろうよ!」
「わー本当? ありがとー」
トロくさい口調で答えながら秋水を睨む。
(ジロジロ見ないでちょうだい。それともアナタ、私をからかうつもりかしら?)
屈辱の極みだ。
英米攻撃機に追いまわされ害虫の様に地べたを這い回るような屈辱の極みだ。
見え透いた芝居を嫌いな戦士の前でやり続けねばならない状態。
結局、案内の時はまひろに何か答えた後、秋水を睨むというパターンに終始した。
最後にまひろは。
「困ったコトが言ってね。ちなみに私のケータイ番号は……」
ヴィクトリアと秋水にそれを教えると笑顔で去っていった。

「すまなかったパワード。今後は会話中の君に近づかないよう務める。他の戦士にもそう頼んでおく」

「何を今さら。当然の対応よソレ」
口をへの字に結ぶヴィクトリアは、いかにも生意気な少女という風体だ。
人外たるホムンクルスでそれ止まりなのはまだ幸いだが。
「大体何よパワードって」
「君の苗字だが」
秋水はいかにも意外という風だ。
恐らく名前で呼ぶコトが失礼に当たると思って、この呼び方を選択したのだろう。
いちいち細かい配慮だが、ズレている。ついヴィクトリアは冷笑を漏らしてしまった。
「ふーん」
秋水の性格が少しずつ分かってきた。騙そうと思えばいくらでも騙せる生真面目君。
それゆえに学校に誘ったコトに陰謀はなさそうと思い始める。
もっとも、指示を下した戦団が罠を隠している可能性もゼロではないが。
「呼び捨てが嫌ならば敬称もつける」
「アナタ、つまらないコトに拘るのね」
折り目正しい青年に対して鼻を鳴らした。
「別にいいわよヴィクトリアで。びっきーとか変なあだ名で呼ばれるよりはマシ」
「不服なら彼女(まひろのコト)に掛け合おうか?」
いやに親身な秋水に「どうせ無駄だと思うけど」と答えかけて、ヴィクトリアは口をつぐんだ。
(というか何で戦士なんかと普通に話してるのよ私)
考えるとまたイライラしてきた。イライラすると秋水を排斥せずにはいられない。
「もう用は済んだでしょ? 早く出て──…」
「その前にもう1つ話しておきたいコトがある」
のそりと歩み寄ってきた秋水に、心臓がヴィクっとなるヴィクトリアである。
(あ、案内の時の後遺症よ。ただ切り替えが上手くできてないだけよきっと)
怯えとも怒りでもない奇妙な感覚を抑えようと、敢えて冷たい声を出す。
「何よ」
座っているせいか、眼前に佇む秋水はいやに背が高く見えた。
「前にも話したと思うが、あの衝動だけは耐えられないはずだ」
人喰いの衝動のコトを秋水はいっているらしい。
「だから出てきた時は俺たちにいって欲しい。これは俺だけの意見ではない。戦団総ての意
向だ。施設面や技術面で協力できるコトがあればなんでもする」

「いいたいコトはそれだけ?」
ヴィクトリアは鼻白んだ。なぜか期待を裏切られた気分で腹が立つ。
「ああ。とにかく君がココで人喰いをするコトは絶対にないと思うが」
「あるわけないでしょ。100年ずっと抑えたくないモノを抑えてたのよ?」
母・アレキサンドリアのクローンの『出来損ない』にあたる部分を食べてきた。
だから実のところ普通の人間には食指は動かない。
「コレも今さら。アナタたちの協力なんて別に必要ないわよ」
「だが」
秋水は真剣な表情で一拍おいた。
「予期しない形で衝動が出て、人を傷つけてしまうコトもある。だからそうなる前に相談を……」
「随分と身に覚えがありそうな口ぶりね。アナタにはそういうコトがあったのかしら?」
ヴィクトリアとしては話題をすり替えがてら、気に入らない元信奉者を嘲ったつもりだが
「……ある」
とだけ答えて部屋を出て行く後姿に、軽く胸を刺された。
そういえば女学院で見た秋水の瞳には、自分と近しいモノがあった。
軽い皮肉にも真剣に答えるような男がどうして人を傷つけ、瞳に翳を宿しているのか。
ヴィクトリアは気になったが、強引に振り払った。
(知ったところで何になるのよ。アイツは戦士)
やはり疲れた。といっても同じ姿勢を続けてきた今までの疲労とは一味違う。
例えるなら凝り固まっていた部分を動かしたような。
疲れはするがどこかかすかな爽快感もある。
しばらく何をする訳でもなくじっとしてから、ヴィクトリアは腰を上げた。
(朝食でも取りにいこうかしら。たまには普通の料理も──…)
「ヴィクトリア、起きてる?」
とつぜん扉の向うから掛かってきた声にヴィクトリアは面食らった。
(ママ?)
理知的で慎み深い声に母を想起したが、首を振る。
その声は確か、昨晩自己紹介をしてきた大人しげな少女の物だ。
「う、うん起きてるよ」
(名前は確か、ワカミヤチサト)
がらがらと扉を開けると、例のごとく「表」の顔で対応する。
「お、おはよう千里」

「覚えててくれたんだ。ありがとう」
嬉しそうに笑う少女は、とかくアレキサンドリアに似ている。
ショートヘアーで理知的な美人。声は優しい余裕にあふれていて耳に心地よい。
なお、アレキサンドリアの人間時の身長は172cmとかなりの長身である。
その点を容貌と絡めると、むしろ169cmの千歳の方がアレキサンドリアに近い。
もっとも千歳はぴしぴしと物事を断定していくタイプで基本的には事務口調。
優しげに話す分、千里の方が似ているだろう。
髪を真ん中で分けメガネをかけている所や、アレキサンドリアより一回り小さい158cmの
身長を差し引いても、つい母の面影を千里に見てしまうヴィクトリアだ。
「え〜と。ご飯食べに行こうか?」
「うん。私もそのつもり。あ、でも」
千里はヴィクトリアの髪を見ると、こんなコトを言い出した。
「髪、ちょっと寝癖ついてるよ」
「えっ」
髪に触れると確かにところどころ乱れている。
気付くと彼女はまひろと秋水を恨んだ。なぜ、指摘しなかったのかと。
もっとも髪に無頓着そうな連中だからやむなしだ。
ホントだと追従笑いを浮かべながら、ちょっと困ってみせた。
「ゴメン。先に食堂行ってて。髪を梳かなきゃ」
ヴィクトリアとしては千里に配慮したつもりだ。
あくまで彼女は戦士やホムンクルスが嫌いなだけで、人間自体は憎んでいない。
更に千里は亡き母に似ているから、邪険にはしたくない。
けれど。
「良かったら私が梳くけど。ほら、長いと色々大変でしょ?」
意外な申し出に、ヴィクトリアはドキリとした。
母に似た少女にそれをされる。
100年生きた少女らしからぬ甘ったるい期待を抱いてしまう。
短い沈黙の後、ヴィクトリアははにかみながら髪梳きを依頼した。
もしその時の表情を秋水に見られていたら、武装錬金で地下空間に叩き落して3日は閉じ込
めていただろう。それ位の気恥ずかしさを不覚にも浮かべていた。

髪を留めていた6本の筒をするりと引き抜くと、艶やかな光が1つの流れになった。

背中の半ばまで伸びたストレートヘアーを千里に褒められると、ヴィクトリアの鬱屈していた
部分が溶けていく。
「………」
ヴィクトリアはまたベッドに腰掛けて、千里はその後ろで両膝立ち。
丁寧に丁寧に髪を梳く千里に、限りない郷愁を覚えてしまう。
幼い頃、アレキサンドリアもよく同じコトをしてくれていたのを思い出した。
しゃっしゃっと梳られる感覚は、懐かしくも切ない。
「どうしたの?」
黙り込んだヴィクトリアを心配したのか、千里は声を掛けた。
「ずっと昔に、ママもこんな風にしてくれたなーって……」
「私もよ。なんていうか落ち着くよね」
「うん」
できるコトなら、毎日髪を梳いて欲しいと思った。

まひろは業務用炊飯ジャーをがぱりと開け、しゃもじで一生懸命ごはんを盛り始めた。
量は実に多い。通常の生徒ならすりきれ一杯が目安だというのに、まひろは山盛りだ。
まんが日本昔ばなしの老夫婦を彷彿とさせるほどに。
ちなみに米は千歳が炊いて、いまは食堂のおばちゃんと一緒にめざしを焼いている。
「あとはコーラ、コーラ。エイ!」
おぼんにご飯を乗せたまま、まひろは食堂備え付けの自販機を操作して、真赤な缶を乗せた。
よくもまぁバランスを崩さない物だと、秋水は妙なところで感心した。
朝食を摂りにきたらまた出逢った。時間的には当然だが。
「秋水先輩、隣は……あ、桜花先輩が座るよね。じゃあ前に座っていい?」
「ああ」
近寄ったまひろに答えてから、秋水は疑問を抱いた。
「食事はそれだけなのか?」
まひろの持っているお盆には山盛りご飯とコーラのみ。
「もちろん! 一緒に食べるとおいしいよ!」
シャキンっと引き締まって生真面目な、しかしどこかユーモラスな形相でまひろは答えるが
さすがに秋水でも拾える範囲の奇行であろう。
「栄養が偏っている。もっとバランスよく食べるべきだ」
そういう秋水の前には、ごはんと味噌汁と香の物。更にめざしが焼けたら食べる予定だ。

「そーかなぁ。炭酸を抜いたコーラって栄養あるんだよ。だから!」
まひろはしゃかしゃか缶を振り出した。
炭酸を抜きたいのだろう。
で、手が滑った。まひろの手元を離れた缶は秋水の額を直撃した。
いかに剣腕鋭い秋水といえど、まったくの不意打ちには反応のしようがない。
机でバウンドしてから床にごとりと落ちる缶。
「ご、ごめん! 大丈夫? ケガはない? 指は何本に見える?」
まひろはピースサインを差し出した。
「気にするな。至って無事だ。ケガはないし、指は……3ぼ」
言葉半ばで秋水は昏倒し、イスから転げ落ちた。流石に400g近い缶の直撃は答えたのだろう。
さて、秋水を語る上では避けて通れない文言というのが2ch界隈にはある。
だがよもやこのSSにおいてこれを用いるコトになろうとは。筆者もいささか驚いている。

秋水死亡。

「たた大変、秋水先輩が燃え尽きた──!!」

千歳はしゃなりしゃなりと厨房から出てくると、秋水の顔に自分のそれを近づけた。
息がかかるほど近くでまじまじと額を見て、瞳孔を見たり脈を図ったりした。
最後におどおどとコトの成り行きを見守るまひろの前で秋水の身を起こし、活を入れた。
「これで大丈夫よ。安心して」
実に手際がいい。しかし場の状況が状況だけに、クールさが却って滑稽だ。
「ありがとう寮母さん!」
千歳が去る頃に秋水が復活し、ついでに桜花が来た。

「災難だったわね」
秋水の右隣で桜花はクスクス笑った。だがどこか笑顔の雰囲気ではない。
「姉さん、まさか怒っている?」
「怒るワケないじゃない。おかしな秋水クンね」
その頃、彼女の自室では御前が枕を殴っていた。
「チクショー秋水の野郎! 桜花より先にまっぴーと朝メシ摂りやがってェー!」
目を吊り上げて御前は八つ当たりを続ける。「このド畜生がァッ!」と枕を蹴りまくる。

桜花と意識を共有して、わりと彼女の汚い意見をダダ漏らす御前が。
「そんなにっ、そんなにまっぴーが好きなのかよ! もう桜花には見向きもしないのかよ!」

「おはようびっきー、ちーちん。あ、枝毛発見!」
沙織は開口一番、ヴィクトリアの髪を引き抜いた。
「え、枝毛なんてあった? 千里に充分梳いてもらったのに」
食堂の入り口近くで、ヴィクトリアは微妙な痛みに顔を歪めた。
「そうかなー? 梳いても1本ぐらいはあるよ」
それを見たかったが、沙織は手際よくポケットにしまったから見るコトはできない。
廊下に捨てればいいのでは? という疑問も生じたが、恐らく後でゴミ箱に捨てるのだろう。
「おはよう沙織。朝部屋にいなかったけどどこへ行っていたの?」
「んー。急にラジオ体操が見たくなっちゃって。でもこの時期はあまりいないねラジオ体操」
ヴィクトリアに同伴していた千里はため息をついた。
いいコだが幼すぎて、時々高校生らしくないコトをやらかす。
そして食堂に入ると、まひろがいた。彼女の友人なので千里は沙織ともども彼女の横に座り
ヴィクトリアは秋水の左隣。
期せずして秋水は女性陣に囲まれて、他の男子生徒の嫉妬と羨望を浴び始めた。
もっともそれも束の間だ。
沙織がヴィクトリアを誘ってコーラを買ったのだ。
この瞬間、秋水は嫌な予感に囚われた。席を立とうとした。だが。
「あら秋水クンどこへ行くの? 私との食事がまだじゃない」
桜花は微笑んでいるが、根底にあるのは何やらザラっとした恐ろしげな感情だ。
(俺の事情も少しは分かってくれ姉さん)
やむなく着席。同時に前方でコーラを振りはじめる少女2人。
席に座らずそれをやる行儀の悪さはともかくとして、その位置で手が滑れば缶は必ず秋水へ。
右か左か──
すでに額に傷を負ってる今の秋水にとって、一瞬の遅れ、一瞬の判断違いが命取りになる。
彼は回転某六連に向かう緋村某のような緊張を以て、沙織とヴィクトリアの手を見た。
果たしてヴィクトリアの手が滑った。缶が飛来した。
彼女の抱く感情や先ほどのやり取りから考えればそれは故意の疑いもあるが、追及は後。
戦うべき時は今。缶を見るべき時は今。
うねりを上げて額を狙う缶を秋水はキャッチ。さすがホムンクルスが放っただけあり重い。

強烈に痺れる掌。そこへ休むコトなく強烈な打撃が加わる!
(一缶目に隠れて全く同じ軌道のニ缶目────!?)
沙織の放った缶が寸分たがわずヴィクトリアの缶に重なって、掌ごと秋水に直撃した。
その重さはヴィクトリア以上に感じられたが、恐らく手の痺れのせいだろう。
「あ! ゴメン秋水先輩。手が滑っちゃって!!」
素っ頓狂に叫ぶ沙織の声を聞きながら秋水は昏倒した。
それから千歳はしゃなりしゃなりと厨房から出てくると、さっきと同じ手順で活を入れた。
「これで大丈夫よ。安心して」
「ありがとう寮母さん!」
女性陣は感謝の声を上げた。そして秋水はコーラが嫌いになった。


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