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第010話 「レティクルと会す銀の星」  (1)



「回復次第、残党を再編成するぞ佐藤。浜崎。それまでせいぜい上手くまとめておけ」
薄暗い実験室の片隅。大人がゆうに2〜3人は入れそうな巨大なフラスコの中。
逆向はたゆたっていた。顔の修復はゆるやかに進行中。
例の光線の上にパキパキと肉片が乗り、頭蓋骨の復元肯定さながらだ。
「ま、待て。その間にココをかぎつけられたらどうすりゃいい! 戦士が来たら全滅だぞっ!?」
血色の悪いサメのような男が声をありありと震わせた。
さほど広くない部屋に情けない声が響き、逆向の顔が引きつる。
「クズが。そうならないように俺自らが新設してやったんだろうが。いかに桜花の奴がアジトの
所在をハッキングできるといっても、それは過去のデータ。新たなアジトまでは突き止められ
るワケがない。いい加減少し考えて喋るコトを覚えたらどうだ? 佐藤」
「ぐ。じゃ、じゃあいま残党狩りにあってる連中はどうすんだ」
「捨て置く。どうせ俺の参集に応じなかったいわば『野良』の連中だ。せいぜい戦士の的にし
て時間を稼ぐ。そんなコトも考えられないのか? それからもう一つ」
フラスコを満たす紫色の液体に巨大な気泡がニ、三個ぶわりと浮いた。
「ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズの連中も戦士の的にしろ。いいな。俺のライダーマン
の右手を真似ていい気になってる盗人野郎はおそらく、部下連中と戦士とのいさかいを避け
ようとしているだろう。が、させるな。徹底的に妨害し、否が応でも戦うよう仕向けろ! 互い
に衝突(ぶつ)けて消耗させろ! そこを回復した俺と再編成した残党、そして『奴ら』に救出
されたムーンフェイス様とでつく。いいな!」
歯噛みする佐藤の横に、褐色肌と赤刺青の大男が進みでた。
「かしこまりました逆向様。ご心配には及びません。当面はタガが締まるコトでしょう」
「昨日散々クズどもを粛清してやったからな」
物分りの良い回答に逆向は目を細めると、眠りについた。

(次目覚めた時にまだクズがいれば殺してやる。残り少ないL・X・Eだからこそ腐り肉(み)は
徹底的に断たねばならない。断って断って断ち尽くして、バタフライ様の意向に沿う者だけを
残して! 必ずL・X・Eを蘇らせてやる! もう1つの調整体を手に入れ、バタフライ様をも!))

「お、おい浜崎。逆向の奴に報告しなくいいのか」
浜崎はむっつりと口を結んだ。
「先日、銀成学園裏手の廃工場で早坂秋水たちに倒された調整体か。野良の動向など逆向
様に報告してもお叱りを受けるだけだがな」
「おかしいだろ。バタフライ様しか管理してなかった調整体どもがどうして流出……」
凶悪そうに吊りあがった目を不安そうにきょろきょろさせながら、佐藤は尋ねる。
「滅びかかった組織にはよくあるコト。何者かが持ち出したのだろう」
岩のような表情でまんじりとしない浜崎に、佐藤は怯えの色を隠そうともしない。
「ま、まぁそれもそうだな。分かってる分かってる。怒るなよ。ヘヘ。同期のよしみじゃねェか。
だが俺ァ見たんだ。あの廃工場の地下で」
「独断行動か」
「馬鹿いえや。俺だって命は惜しい。逆向の許可を得て偵察に行ったんだ。そしたら」
と佐藤はサッカーボールぐらいの輪を両手で作った。
「これくらいのホムンクルスの幼体を2ダースぐらい見たんだ。あっただけじゃねェ。俺が見た
限りじゃ他の場所でもかなりの数のホムンクルスが同じ目に」
「ほう。通常ならば5cmもない幼体が。というかあちこち偵察か。お前意外にマメだな」
浜崎の表情は柔らかい物に変わった。佐藤は血色の悪い肌を赤らめた。
「るせェ。褒めんな。つーかおかしかねェか? たぶんブレミュの奴らの仕業だろーがな」
「だろうな。が、なぜ奴らは殺さなかった? 殺すコトそのものが目的ならば、章印を攻撃す
ればいいだけだ。『殺さず、敢えて中途半端な幼体の形態に留める』、か。その辺りから能
力を暴けば、逆向様に報告する価値を帯びるが……」

「フ。鐶の奴は順調に『集めて』いるようだな」
サッカボールほどあるホムンクルスの幼体を見ると、総角は認識票に手をかざした。
「出でよ! 弓矢(アーチェリー)の武装錬金、エンゼル御前!!」
高速射出の矢が放たれ、幼体は粉砕された。

「お見事! 鐶どの操る武装錬金はゼロにできないのが欠点ではありますが、されどされ
ど斬りつけられた幼体どのはダメージゆえに半日は身動きが取れないのであります! そし
て本来フラスコの中以外にて生存は絶・望・的っ! この大きさではもって半日、ゆえにダメー
ジから回復する頃には消滅であり、道行く方に悪影響を及ぼさぬコト必定。けれど見つけた
以上、念のために倒されるのがもりもりさんなのであります。なーむー」
木立を縫って砂利に金色の光が注ぐ。あたりは鬱蒼とした林道だ。
そこにいるのは学生服姿の総角と、いつもの格好の小札(シルクハットも修復済み)だ。
「むむっ? というコトは鐶どのは半日ほど前にここへ来られたのでしょーか?」
小札はマシンガンシャッフルを口元から離すと、横の総角に聞いた。
「そうなる。まぁ、基本的に夜から朝にかけて『集める』よう命令してあるしな。ついでにもう
1つ、別の物を取るように命じてある。といっても対象の正体はいってない。表情に出ると
厄介そうだからな。ま、俺の求める武装錬金かどうかは五分五分だが」
「よく分かりませぬが……しかし鐶どのがココに来られたとなると、不肖たちが探す必要はな
いのでは?」
「確かに鐶の奴も探しただろうな。『もう1つの調整体』の隠し場所」
「いかに割符を揃えようとも、それを供える隠し場所が分からねば無意味ゆえ、こうして探して
おりますが……環どのが探されたのならば他を当たるできではないでしょーかっ」
総角はまっすぐに降ろしてある金髪を払った。ふぁさりと。
「甘いな。表層に見えなくてもそれ以外の場所にあるのが基本だ。割符がそうだっただろう?」
「そうでありました! 割符探しは見えざる場所を当たる苦難の連続! 貴信どの香美どの
鐶どのと不肖と無銘くん、そしてもりもりさんが一丸となり苦難を重ねた冒険譚! 思い出す
だけでも懐かしゅう……」
総角は気障ったらしく目をつぶり、小札の騒ぎを聞いた。
(フ。いま世界でお前の声を聞いているのは俺だけだろうな)
変な独占欲を充足している。

(もし俺が最悪の状況に立たされても……まぁ、そうならないよう色々講じておくのが俺だが、
最悪の状況に置かれていても、お前の声さえ聞ければ奮い立てるだろうな。10年前、ブレ
ミュを創った時もそうだった)
瓦礫に埋まる建物の中。出口の扉までは5m強。しかし出るコトは叶わない。
動きを封じているのは手だった。全身甲冑そのままの、巨大な手。
落下してきたそれが天井ごと自分の足を潰して動けない。
ただの瓦礫ならば即座に回復し脱出できた。だがその手は武装錬金であり、回復は不能。
様々な激情にもがく総角の耳を叩いたのが、繰り返し彼の名を呼んだのが──小札の声。
(まぁ、思い出に浸るのはほどほどにしてだ)
「苦労して集めた割符とお前のマシンガンシャッフルの特性を応用したら、もう1つの調整体
の隠し場所を探し当てるのも可能だろうさ。これ俺の仮説」
「おお、また昔の口調」
「お前相手でない限り使わない口調」
総角と小札は顔を見合わせると、照れくさそうに笑った。
「確かに不肖の武装錬金ならばそれも可能! でもやる前にトランプ占いをば!」
小札はトランプを勢いよく取り出すと、気合充分でシャッフルし始めた。
「よーし頑張れ小札。クイーンが出ればきっと見つかるぞ」
小札はきぇぇ!と藁束のような髪を揺らしてカードを引き抜いた。それは……
「Q、すなわちクイーンであります!」
「よっしゃ!」
総角は小札のテンションに合わせるようにガッツポーズを取った。
平素の彼からはかけ離れた挙動である。
「いますぐ隠し場所を発見できましょう!!!」
割符にロッドをかざすと、一瞬緑色に光ってそれから消えた。
「きゅう……」
小札は露骨に肩を落としてしょんぼりした。
「なさそうです」
「根気よくやればいい。そう落ち込むな」
総角は小札のシルクハットを取ると、クセっ毛をくしゃくしゃと撫でた。
「……」
くすぐったそうに小札は目を細めているが、総角に撫でられるのは嬉しいようだ。
「ちなみにこの探索方法を昨日試さなかったのは」

「のは?」
ほんのり赤い顔を上げると、総角もつられてちょっと赤くなった。
「お前の体力回復を待つためだ。例のセーラー服美少女戦士との戦いで少し武装錬金を使
いすぎたからな」

「前々から思ってるけどさ、もりもりの奴、あやちゃんには過保護じゃん」
『ああ全く!! しかし男とはそういう生き物だぞ香美』
「そーいやご主人も昔は私に過保護だった。うん。呼吸が早いだけで獣医連れてったり」
『はーっはっはっは! 確か夏場でしんどかっただけだったな! だが心配だったぞ!』
「ありがと。まーそれはともかくとしてさ、もりもりの奴、さっきまでどこ行ってたのさ?」
『お前のいうさっきは数日前のコトだな! 皆神市への出張はだな、戦力になりそうなホムン
クルスを引き入れるためだともりもり氏はいってたぞ!! 仮に仲間にならなくても、僕たち
が潜伏できるような武装錬金の使い手ならブレミュで使えるようにしたいとも!!』
「へぇ。で、そいつ来てないけどどーなったの?」
『死んだ!! 上司をなんかスゴい理由で殺したせいで、錬金の戦士に殺された!!』
「うげ、弱い者イジメした感じの奴だけど、殺されてちゃ悪くもいえないし……フクザツ」
『そして結局、僕たちが潜伏できそうな武装錬金の使い手でもなく、振り出しだ!!』
「でも本当にそんな武装錬金あんの? まーどっちでもいいけどさ。で、後ろの奴は?」
『敵ながら天晴れ! ちっとも速度が落ちないな!!』
香美は木々の中を俊敏に飛びながら「ありゃー」と呆れた。
その背後10mほどの箇所では。木々が先ほどからばりばりとスゴい音を立てている。
まるで香美たちを追うように。
(しかし一応、もりもり氏から命じられた撹乱自体はできてるな!!)
「うわ、ちょっと速くなった。スゴい執念じゃん。追いつかれたらマズいかも」
斗貴子は歯軋りした。
彼女が割符の探索をしていると、香美が現われた。
最初は割符を優先し放置に務め……られる斗貴子ではなかった。
見るなりフルスロットルで襲い掛かり、処刑鎌(デスサイズ)を縦横に振りかざした。
が、香美はそれを軽々と避けて逃走。
樹上5mにおける追跡劇が幕を開けた。

4本の可動肢と4本の処刑鎌からなるバルキリースカートで木々をブチ叩き、人智を超えた
速度で飛びすさる斗貴子。
とはいえ香美の速度はそれ以上。
昨日はヴィクトリアを抱えたままで斗貴子の吶喊を避けたほどだ。
『素で跳べばあの戦士が追いつける道理はない!! だが!!』
「そっ、ご主人のいうとおり!」
たんっ! と木の幹を蹴り上げると、豊満な胸がゆったりと揺れた。
(ははは! この感触! 香美をヒットアンドウェー用に教育してよかったと思える瞬間!!)
貴信がアホみたいなコトを考えてる間に、香美は木の枝に手を伸ばした。
「どーりとかそーいうの、執念で結構ひっくりかえるのよねー。だから念の為」
香美の手に触れた木の枝がバシュゥ!と小気味よく消えた。
と同時に、斗貴子めがけて突き出した手から、細かい木片が無数に射出される。
「くっ!」
斗貴子はとっさに2本のバルキリースカートで目を守る。
守りながらも、残り2本で木を叩いて追跡が途切れぬよう務めるが……
「ざんねん。いー判断だけどさ。前だけに気をとられるのはマズいじゃん」
「!!」
香美は斗貴子の背後にいた。
(一体どういう方法を……!?)
身をひねりとっさに防御を試みる斗貴子の後ろは、相変わらず騒がしい。
『はーはっは! 僕の武装錬金を使えばこれ位は朝飯前!!』
「あ、よく見たらあたし好みのうなじじゃん。つーワケでちょっと味見」
香美はちろりと舌を出すと、斗貴子の首筋からうなじをゆっくり舐め上げた。
(ははは! この感触! 香美が女のコ好きでよかったと思える瞬間!!)
「ひああっ!?」
斗貴子は瞳孔を見開いて、いやに情けない叫びを上げた。
首筋にザラっとした感覚が走った。それが舌だと気付くと凄まじい怒りが沸いた。
「っの! カ、カズキですら触れたコトのない場所をよくもォォォォォ!!」
「カズキって誰かしんないけどごちそうさま。そしてくらえカラミティエンドォ! てりゃ!」
首すじに食い込んだのは力のない手刀。
破壊力はないが、中空で硬直していた斗貴子を地上に落とすには充分だった。
「ほんとは耳たぶも噛みたかったけど、なんかやばそうだから退散」
『さらばだ!!』

夕方。寄宿舎管理人室。
「今日だけで3回目、か」
「すみません」
「気にしないで。うち2回は私が撒かれちゃったし」
「そーだぞツムリン。むしろよく追いかけた方だって」
御前と桜花は気落ちする斗貴子を笑って諭した。
「しかし、こう行く先々に出てくるとなると困ったな」
防人はため息をついた。
「そうね。戦士・斗貴子ですら追いつけない相手となると、捕獲もできないし」
千歳も同意だ。
「それでなくとも元々手一杯。せめてもう1人ぐらい欲しいところだが……」
戦団はヴィクター討伐の余波で慢性的な人員不足。
手一杯なのはどこも一緒だし、5人もの戦士(正確には桜花は違う)がいるだけ恵まれている。
防人が悩んでいると、突然千歳の携帯電話が鳴った。
彼女はかけてきた者の名をみると、細い眉毛を疑惑に細めた。
「誰からだ?」
「火渡君からだけど……」
実に珍しい。かつては千歳や防人と同じチームだったとはいえ、7年前の惨劇以来、個人的
な親交はほとんどない。。
しかもこの夏、火渡は意見の対立から結果としてではあるが、防人を殺しかけた。
以来、任務上でも顔を会わすコトはない。
そんな彼が何故?
千歳は得体の知れない不安を覚え……やがてそれは現実の物だと知る。
電話に出た彼女は、かすかに色めきたった様子でヘルメスドライブを発現した。
それから何かを探したようだが「見つからない」と電話口に述べ、2、3やり取りをしてから
一座にこう告げた。
「……結果から、いうわね。もうすぐこちらに戦士が1名派遣されるわ」
「なーんだ。そういう連絡ならラッキーじゃねーの?」
「待って御前様」
桜花は千歳の様子がおかしいコトに気付いた。
美しい顔からは血の気が引き、言葉を紡ぐのにも躊躇している。
「結果から……? では、その原因になったコトが?」
「第一、そういう指示は大戦士長の領分だ。なぜ火渡が?」
斗貴子と防人の問いに、千歳は意を決したように言葉を放つ。

秋水は、斗貴子が寄宿舎にいる間だけ部活に出るコトを許可されている。
彼は昼ごろからいつものように、他の部員に稽古をつけていた。
稽古をつけるというのは、相手の動作をつぶさに観察するというコトだ。
ただ打ちのめすのではなく、相手の性質を知った上で対処する。
いわば基本ともいうべき戦い方を徐々に彼は知りつつある。
先日の逆向との戦いでにもそれは出た。
そして稽古を積むたび、以前まであった強さへの停滞感は晴れていく。
部活が終わると、彼は寄宿舎に戻った。
管理人室に入ったのは、千歳が電話の内容を告白した数分後。
だから彼は、なぜ一座が異様な緊張感に包まれているのか理解できなかった。
そんな彼に、千歳はもう1度口を開いて説明した。

「大戦士長が何者かに誘拐されたの。同時にムーンフェイスが脱獄」

その頃、火渡赤馬は怒っていた。
「赤馬」などという放火犯の隠語を名に持つこの男は年中何かに怒ってはいるが、今回ばか
りは実に凄まじい。
昔で言う「総髪」を乱雑にアレンジした豊かな髪を後ろで散切りに結わえて、眉は太く、怒ると
すぐに犬歯をむき出す所はとても人々の安全を守る戦士に程遠い風情だが、一応は防人と
同じく「戦士長」。戦士を束ねる立場である。
もっとも束ねる戦士というのは、かの根来忍や楯山千歳のように性格や前歴に瑕疵があり、
とても正規の作戦に組み込めない者ばかりである。
いうなれば彼は、厄介な者を力づくで抑える役目を負っている。
彼もそれを、天に賦された自身の圧倒的な能力でしか成せないと自負している。
だからこそ目の前の惨状には、怒りを禁じえない。
顔面が陥没し目玉をどろりと流す戦士の死体。
獣の爪で腹を抉られ、辛うじて皮一枚で上半身と下半身が繋がっている戦士の死体。
腰を万力のような物でぐちゃぐちゃに潰れされて制服に血を滲ます物もあれば、明らかに毒
物を注射されたとみえる疱瘡まみれの紫死体もある。他にも酸鼻を極めたものが5〜6体。

総て、照星の護衛につけられた戦士である。
「ハッ! クソッタレどもめ! あの老頭児(ロートル)を過信するからこうなんだよ!!」
けして死んだ者を悼んではいない。
自分たちのいる場所は錬金術という不条理の世界。
生きる不条理も死ぬ不条理も、それは当然のコト。
苛立っているのは、それを踏まえぬ連中の無能の姿勢。
ここは捉えたホムンクルスを収監する施設。
かつては基地内にあったが、火渡にとって因縁深いホムンクルスの脱走をきっかけに、移設
が検討されこちらへ独立。
そしてココにはL・X・Eや『もう1つの調整体』の全容を吐かせるために、ムーンフェイスという
謎めいた月顔の男が収監されていた。
だが彼はなかなか口を割らず、意を決した照星がわざわざ尋問に出向き。
現在に至る。
火渡は、ここに出向く直前の照星と会話をしたが、周りにいた護衛の顔つきをよく覚えている。
安心と油断に緩みきっていた。
どいつもこいつも本来護衛すべき対象の力を信じきり、自分たちの出番などないと最初から
決めてかかっていた。
不条理の世界にいるコトを理解せず、才覚も力量も覚悟もない分際で、重大な任務が果たせ
ると思い込んでいた。
火渡が怒る部分はそこだ。
7年前まで彼は自らの才能によって世界を救えると信じていた。
だが結果は違った。世界どころか小さな島の小さな集落すら救えなかった。
火渡の才能を以てすらその結果だというのに、いま死体になっている連中は……
「火渡様。犬飼と円山が到着しました」
毒島華花という小柄なガスマスクの少女の呼びかけにも答えず、火渡は手から炎を放った。
紅蓮に輝く奔流の目標は──…戦士の死体。
「燃え尽きちまえよてめェら。失敗して勝手にくたばった連中の埋葬なんざ知るかよ!」
「お、おやめ下さい火渡様!!」
毒島は大慌てでガスマスクを操作し、排気筒からガスを炎に吹きかける。
ガスマスクの武装錬金・エアリアル=オペレーター。特性は気体の調合。
彼女はとっさに二酸化炭素を作り、炎の周りに吹きかけた。
「てめェ。何勝手なコトしてんだ。殺すぞ」
「ででで、ですが、戦士の死体は正規の手続きを踏んできちんと埋葬しないと。痕跡から敵
の情報を得られる可能性も、あの、その……」
「ああ?」
サラマンダーのような凶悪な瞳で睨まれ、毒島は声が出なくなった。
その横を不気味な顔の風船の群れがゆるやかに通りすぎ、死体の上で弾けた。
「まぁまぁ戦士長。死体の処理なんて、私の武装錬金を使えばすぐ済むわよ」
中世的な声がするとどうだろう。死体たちは一回りもニ回りも小さくなっていく。
風船爆弾(フローティングマイン)の武装錬金・バブルケイジ。
紫とピンクの半円を組み合わせてできた輪郭に、唇を上に剥いた垂れ目の顔をあしらった
やや大きめの風船だ。これが当たったものは1発につき15cm身長を吹き飛ばされる。
「でも死体なんて汚いモノ持つ趣味、私にはないのよねぇ。ゴミ捨てとかトイレ掃除嫌いだし」
艶やかな短髪と三白眼の美人(※男)は円山円(まどか)。
彼はしばらく考え込むと後ろの男に声をかけた。
「というコトで犬飼ちゃん。やっといて頂戴」
「ぐ。何で僕がそーいう下らない作業を!」
こちらはやや端正な顔立ちの長髪青年。名を犬飼倫太郎という。
眼鏡をかけて亜麻色の髪をあちこちではねさせている所はオシャレだが、けして美形に見え
ないのは内面の卑屈さや劣等感がにじみ出ている証拠だろう。
「そう騒ぐな。どうせ少し摘んで箱にいれる程度の作業。俺がやろう。たまには人間の臓腑を
見るのも悪くはない」
じゅらり、と肉食動物じみた舌なめずりに、円山・犬飼は驚いた。
「え」
「意外ね。あなたも来てたの?」
「というよりこの異変を戦団に通報したのが彼です」
十文字槍(クロススピアー)の武装錬金・激戦を携えてのっそり出てきたのは戦部厳至。
陣羽織を羽織った野武士のような長髪の大男だ。
「別任務の帰りしな、騒ぎを聞き駆けつけてみればこれだ。残念ながら敵はすでに去っていた。
こうなると知っていれば俺も大戦士長の護衛に志願したものを」
いかにも大魚を逸したというように戦部はアゴをなでながら笑う。
そこにあるのは自らの参加により犠牲を食い止めたかったという悔恨より、ただこの惨禍を招
いた実力者との戦闘を逃した口惜しさと、いますぐ追跡に望みたいという狩人の希求だ。
「ようやく全員集合か。相変わらず遅ぇぞクソッタレども」
火渡は一座を見渡すと、くわえ煙草で作戦概要を述べ始めた。


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