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第011話 「READY STEADY GO!」  (1)



何年前だっただろうか。その言葉を掛けてもらったのは。

──キミにもいつか戦う目的が出来る時が訪れるかも知れない。

樹海でのサバイバル訓練で、傷を負い、無様にはいつくばった自分へその人は。

──どうしても斃さねばならない存在(モノ)が現われた時
──どうしても守りたい存在(モノ)が出来た時
──その時、自分の非力に涙しない様、キミは今、ここで強くなっておけ

優しく真っ向から語り掛けてくれた。

──さあ、立ち上がろう剛太

赤ン坊の頃、家族をホムンクルスに皆殺しにされ、過去も現在も実感できなかった自分へ。
未来への指標を見せてくれた。

だから剛太はその人──津村斗貴子に対して、憧憬を抱いている。
助力できるコトがあれば断じて惜しまないし、現にこの夏の前半部は火渡率いる再殺部隊
から彼女を守るべく、共に逃避行を繰り広げてもいた。
(だから別に急に任務の場所を変えられるのは構わねェけど)
毒島からの指示で突如派兵されてきてみれば。
(なんだよココ)
ちゃぶ台を中心にガスや流しや冷蔵庫などを押し込めただけの質素な6畳である。
それ位は剛太には分かる。
千歳に連れられて来たのが寄宿舎の管理人室というのも、まぁ分かる。
この8月の上旬に彼は銀成学園を訪れたから、その近くに寄宿舎があって更にその中に管
理人室があるのだって分かる。
そこが戦士の会議場なのも、戦士がよく学校へ関係者として潜り込むのを考えれば納得だ。
部屋を照らす蛍光灯は切れかけているらしく、時々チカチカ瞬くがそれもいい。
問題は、管理人室にいる剛太以外の5人のうち4割にある。
防人は戦士長だから充分に知っている。除外。
千歳も何度か面識があり、かつ、剛太が育った戦団の養護施設の先輩という縁もある。
斗貴子はいわずもがなだ。よって見目麗しい女戦士たちは除外。
問題は残りの2名。初対面だから防人から紹介された。その経歴が問題だ。
(なんだって信奉者なんかいるんだよ。しかも2人!)
剛太は「うわっ」という顔をした。
例えば靴裏にガムがついてるのを発見したような鬱陶しい違和感の表現だ。
防人からの紹介では「元」という冠詞がついてはいたが、印象はあまり変わらない。
信奉者といえばホムンクルスに与する者たちである。
剛太はそのホムンクルスに家族を皆殺しにされた立場であり、まぁ、実感はほとんどないに
せよ「うわっ」という印象は変わらない。
そも、剛太の根は現実主義である。
アロハシャツの襟元を大きくはだき、黙ってるときもヘラリと口を綻ばせているせいで何かと
軽薄な印象を振りまいてはいるが、戦闘スタイルはその対極。
彼の武装錬金・モーターギアの破壊力の低さを補って余りある総意と戦略をひねり出し、
そして勝つ。
かの根来忍との戦いにおいてもそうであり、秋霜烈日の風情がある斗貴子ですら「頭の中の
歯車(ギア)がガチッと噛み合った時の剛太は頼りになる」と評している。
再殺部隊の戦部からも太鼓判を貰ったりと新人ながらになかなか評価の高い剛太だが、こ
の局面においては精神面の未熟さと、「信奉者は敵」という現実主義的観念がガチッと噛み
合って「うわっ」という愚にもつかない表情を浮かべている。
「早坂秋水だ。よろしく頼む」
「は、はぁ」
気の抜けた声を漏らしながら、いやに格好よい男を見た。
刈り上げた風味の襟足とは対照的に、前髪は男性としてはやや長め。
分け目は作らず無造作に垂らしているそれは、水気を含んだように額や頬に軽く貼りつき
覗く切れ長の瞳はよく言えば使命感にあふれ、わるく言えば堅苦しい。
学生服を着てこそいるが、どこか前時代的──幕末の剣客のような──な雰囲気だ。
(ぜってー堅物! あの激甘アタマとは別ベクトルで話合わなさそう!)
剛太はそう断定した。もっとも、彼が仲良くしたい人間というのは斗貴子ぐらいなものだが。
軽い自己紹介を済ますと秋水は、まるで事務所からイメージダウン防止のために喋るのを
禁じられている二枚目俳優のように黙っている。
「コラコラ秋水クン。もっと何か喋らないと。まひろちゃん相手にはけっこう出来てたのに」
朗らかな、それでいてどこかトゲのある甘〜い声を発したのは、秋水とよく似た女性。
(双子……? 二卵性の)
こちらも秋水同様、かなりの美人である。
奇麗に切りそろえられた前髪と腰まで伸びた後ろ髪は夜のしとやかさを封じ込めたように
どこまでも黒く、艶やかだ。
更にスタイルもなかなか男心をくすぐるように整っている。
細い体に見合わぬ豊かな膨らみがクリーム色の制服を盛り上げ、かつ、ネクタイを谷間に
埋没させ、スカートからは黒タイツ着用の細く肉感的なふくらはぎが伸びている。
斗貴子一筋の剛太ですらほんの一瞬だけ見とれ、次の瞬間には心中で斗貴子に何十回と
なく謝った。
「でもまさか増援が中村クンなんて」
美人は自分に注いだ視線を嫌がる風でもなく、くすりと笑って剛太を見返した。
「……どうして俺の名を知ってるんスか。こっちは自己紹介もまだしてませんけど」
いちおう年上と見て敬語を交えるが、声や表情の端々に不審は隠せない。
並みの男性なら美人に知られていて悪い気はしないが、斗貴子一筋の現実主義者にしてみ
れば、信奉者に自分の情報を知られているという印象だけしかなく、気味が悪い。
「なぜってそれは御」
言葉半ばで美人は人差し指同士でバッテンをつくった。
「んー。やっぱりナイショ」
総てを許容する慈母のような笑顔だが、どうも剛太は信用する気になれない。
「それにしても逃避行の方、本当にお疲れ様。津村さんを出歯亀して追いかけられたり、太
陽だと思ったら再殺部隊の隊長だったり……。女学院でもいろいろ、ね」
(だからなんで知っているんだ!)
いちいち覚えのあるコトばかり列挙され、背筋にぞぞぞと怖気が走る。
「姉さん、自己紹介を」
「あら秋水クン、自己紹介を薦めるなんてまひろちゃん以外にも関心が出てきたの?」
「……姉さん。ひょっとしてまだ朝の事を根に」
「朝といえば秋水クン、まひろちゃんとのお食事楽しそうで良かったわね。いいのよ別に私
のコトは。秋水クンが自立できるなら私はなんだって我慢するつもり。お食事すっぽかされ
たぐらい、別に平気」
秋水は深刻なため息をつくと瞑目し、まなじりに皺を寄せながら懸命に抗弁し始めた。
「違うんだ姉さん。俺は偶然彼女と出会っただけで、同席したのもヴィクトリアの事について
話したかったからだ」
「あら。意外に冷たいのねまひろちゃんに対して」
「そうじゃない。俺は彼女を無下に扱いたくないと思っている」
やり取りを聞いていた防人がくすくす笑った。
千歳はいつもの無表情だが、若干興味があるらしい。
斗貴子は、まぁ、遺恨ゆえに秋水をギロリと睨むだけだ。
(……そう)
美人だけは一瞬すごく沈んだ顔をして、胸に手を当てた。
剛太はその様子に首を傾げた。
(本当にココはなんなんだ。というか信奉者じゃなかったら案外気が合うかも)
秋水のコトである。
一生懸命、「姉さんとの食事自体は反故にしていない」と抗弁する姿は、なんだかとても共感
できるというか、剛太の人生そのものに似ている。女性に苦労させられる所とか。
「あらゴメンなさい。自己紹介がまだでしたね。」
美人は秋水の抗弁を一方的に打ち切ると、自己紹介を始めた。
「私の名前は早坂桜花。秋水クンのお姉さんです」
さらさらとした美蜜のような声である。
もっとも剛太は聞きほれるより前に、垂れた目を見開いた。
(? そーいやこの声どこかで聞いたような……気のせいか?)
戸惑う剛太を桜花は実に愉快そうに「ふふふ」と眺めた。
実をいうと桜花は御前を介して例の逃避行終盤の剛太を知っている。
女学院では御前搭載のマイクで「人間としての最低限の尊厳は捨てちゃダメ!」と涙ながら
に訴えてもいる。
(だから知ってると思ってたんだけど……あらあら。やっぱり津村さん以外には無関心)
桜花はにこやかな佇まいを消さないが、ちょっとイライラしている。
ここのところ秋水があまり構ってくれず、まひろとばかり仲睦まじいのが響いている。
要するに欲求不満なのだ。
「確かに仲良くさせようとけしかけたのは桜花だ! けど、もう少し構ってくれたっていいじゃ
ねーか! 桜花は桜花なりに色々耐えてんだぞ! ちくしょう!」

桜花の部屋で御前はマイクを手に、歌い始めた。

「もう何がなぁーんだか分からなぁいー なーにを信じたらいい? 寂しさにやられたまま、遠く
流されてゆくぅ 鳥がいなぁぁぁい 鳥がいなぁぁぁい(ウォウウォウ) 喜びも悲しみも見ーえなぁい」

自動車のライトのような大きな瞳から涙が零れた。

むろん剛太はそういう桜花たちの事情を知らない。
いつもどおりの軽薄な調子だ。
「あ、ハイハイ。俺の名前は中村剛太です。よろしく」
ただこういう調子だけで喋るのは防人たちの手前、あまりよろしくない。
剛太のように軽めで頭が回る人間はえてして説教を嫌い、対策を練る。
だから適当に会話を割り増しして、いかにもこの団体に親和したがってますというシナを作る。
「ところで体調の方、大丈夫ですか? さっき辛そうな顔してましたけど」
話しかけられたのは、桜花。
「え?」
成熟した風貌に見合わぬ子どもっぽい表情で、桜花は剛太を見返した。
やがて指摘が、先ほどの沈み込んだ表情に対するものだと気付くと胸を軽くかき抱き、何かを
飲み込むような寂しげな微笑を浮かべた。
「大丈夫。最近、ちょっと暑いからクラっときただけ」
喋りながらも、心臓は軽く鐘を打っている。
秋水ですら気付かなかった変化を言い当てた剛太に、わずかだが心が動いたらしい。
「そですか。なら良かった。で、斗貴子先輩!!」
男性にしてはやや高い声を早口で回して、剛太はでれりとした顔で本命に向き合った。
「斗貴子先輩お久しぶりです! また一緒に任務ができて光栄です!」
「ったく。キミも相変わらずだな。もう少し静かにできないのか。あまり騒いだら他の生徒に
迷惑だろうが」
「すみません。以後、気をつけます」
斗貴子に対してはすごく嬉しそうで楽しそうで、ノリよく敬礼までする剛太である。
桜花はムっとした。
これではまるで、剛太が斗貴子に話しかけるクッション役ではないか。
さっきの指摘にわずかでも心を動かした自分が道化ではないか。
(あらあら。揃いも揃ってこの私を前座扱い?)
故・蝶野爆爵のような感想を抱きながら、限りなく真意が読めない微笑を剛太の背へ向ける。
切れかけた蛍光灯がチカチカ瞬き、部屋を闇と光に点滅させる。
桜花はいいようのない感情に動かされ、剛太にとてもちょっかいが出したくなってきた。
(いいわよね別にそれ位)
(ね、姉さん!?)

┌────────┐
│桜花の顔が     │
│別人に見えたのは │
└────────┘

┌────────┐
│蛍光灯切れかけの│
│薄暗さゆえ       │
└─┐            └─┐              
   │早坂秋水は自分に│              ┌──────────┐
   │そう言い聞かせた .│              │この日              .│
   └────────┘              │生まれた出でた怪物は │
                                │二匹               │
┌───────┐                   └──────────┘
│いや三…………│
└───────┘


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