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第012話 「混戦」 (1)



「あ、聞いたとおり垂れ目じゃんコイツ。やっぱあたらしいの!」
『こら香美! あまり僕たちの知っているコトを教えるな!! 情報は何より大事だ!』
(なぜ知ってるんだ)
訝しみながら、剛太は傷口を確認する。
幸い、右腕は服が破れた程度。
頬からは血がカーテンのようにだらっと溢れているが、放っておいても治るレベルだ。
「こら剛太! 何をボサっとしている! さっさとモーターギアを拾え!」
斗貴子の鋭い叱責の声が飛ぶ。
見れば彼女はすでに香美目がけて突進中だ。
(いや先輩。俺の体勢が整うまで待ってくれたって)
などと剛太は思わない! いささか短慮な先輩をたしなめない!
「やっぱ先輩はカッコイイ!」と内心で喝采すら送っている。
ちなみに斗貴子がくすんだアスファルトに足裏を叩きつける度、白い美脚が濃紺のミニスカ
ートをひらひらたなびかせる。
剛太としてはそれを後ろからいつまでもいつまでも(目で)追い続けたい。
けれどいまは戦闘中。断腸の思いでモーターギアを探しにいく。
一方、斗貴子。
(こいつ、体の一部だけをホムンクルス化……!)
一般的に確認されているホムンクルスの形態は2つ。
人間の姿と、ベースとなった生物を模した怪物の姿。
だが極まれに、体の一部だけをホムンクルス化する個体も存在する。
数ヶ月前、斗貴子がカズキと共に戦ったオオワシのホムンクルスがそうだ。
名を鷲尾といい、蝶野爆爵(Drバタフライ)の玄孫の配下。
斗貴子がカズキと2人がかりですら苦戦を強いられた実力の持ち主である。
(種類は違えど、並みのホムンクルスよりは上と見るべき。剛太の体勢が整うまで、ここは
私が手の内を暴いておく! 仮に逃げられても追跡すればいい!)
大腿部を覆う無骨な筒から可動肢を両側に向けて展開。
高速かつ精密をうたうだけあり、各関節部分は滑らかだ。
走る斗貴子の上下につれて重く揺らめく。白骨化した4枚羽のコウモリさながらに。
ただしコウモリと違うのは先端についた4本の処刑鎌(デスサイズ)
その刃先を総て向けられた香美は……動く気配はない。
メッシュ入りのロングヘアーの上で猫ミミをぴくぴくさせてるぐらいだ。
「コソコソ逃げ回るのはもうやめか」
「ホントはそーしたいけど、できないの!」
香美の鼻先を掠めたのは、びりびりと大気打ち破るプレッシャー。
横薙ぎに経過……いや、避けられたのだ。
無論そうされるのは予測済み。
加速を殺しつつ全可動範囲をきゅっと収縮させ、袈裟懸けに切り払う。
同時に2本の処刑鎌が距離も角度もバラバラに香美を襲う。
「避けるというなら攻撃が届く範囲を手当たりしだい斬り裂けば済むコト。死ねッ!!」
青い光が鈍く瞬き、そのまま香美に吸い込まれた。
「やったか!?」
モーターギアの片方を拾い上げつつ剛太。斗貴子たちとの距離は30mほど。
「まだだ」
処刑鎌は。
両腕の肉球、そして八重歯むき出しの口に受け止められていた。
「ほーよひっはふひふひゅーひははほひっ! (どうよ必殺肉きゅー白刃取りっ!)」
以下、香美が処刑鎌を口でがじがじやり始めて聞き取り辛いので意訳。
「死ねとかそーいうおっかないの、やなのよあたし! あーもう。これももりもりのせい。ムカ
つくムカつくムカつく! きぃ〜〜〜っ!」

話は、斗貴子と剛太が寄宿舎を出た頃に遡る。

「ほう。なるほどな。新しい戦士は髪をツンツンと尖らせた垂れ目の少年。衣装はアロハシャ
ツ……か。その発想はなかった。今度買ってみるかな。ところで、おいお前たち」
携帯をぱちりと閉じると、総角は眼前にいる部下たちへ呼びかけた。
ここは例の神社の中。広さはおおよそ6畳。
風雨を凌ぐのに問題はないが、集団生活には不向きだろう。
ここにいるのは総角を含め4人というからやや手狭。
「やっぱさー。さっき使ってたアパートのがいいじゃん。あたしはまー平気だけど、あやちゃん
やご主人は辛そう」
『そうはいうが普通の住居にいては戦士に見つかりやすい!! もっとも連中が本気を出せ
ば僕たちはすぐに見つかるが、いまは一応見つからずにいるしな!!』
「フォローしますが香美どのおっしゃるさっきは1週間ほど前であります
やはりホムンクルスといえど、電気・ガス・水道の備わった住居の方が良いらしい。
「フ。話を聞かないのは相変わらずだな。まぁ、それはお前たちの個性だから声を荒げたり
はしないが、あまりに話が聞かれなければ相応の対処をせざるを得なくなる」
総角は認識票を軽く握った。
喚いていた香美と貴信はぴたりと静かになり、冷や汗まじりに総角を見た。
つい先日、後頭部をニアデスハピネスで爆破されたばかりなのだ。
「偉いな。よく分かってくれた。でだな。1つ厄介なコトが起こった」
「と申されますと?」
小札はシルクハットのつばをくいと直して反問。
「鐶(たまき)からの報告だ。新しい戦士は例のセーラー服美少女戦士と寄宿舎を出た」
「常なる事では? もう1つの調整体起動に不可欠なる6つの割符を求め、L・X・Eのアジトを
虱つぶすが奴らの常」
巨椀を組む黒装束の男は鳩尾無銘。
「だろうな。だが常ざるコトが発生した。なんと目的地はココ。この神社だ」
『はーっはっは! そうか! それは参ったなぁ!!』
「そういえばL・X・Eのアジトだったからな。割符の隠し場所だと思われても仕方ない」
「な、なに落ちついてんのよバカもりもり! ご主人もわらってる場合じゃないし!」
香美は瞳孔を見開いてふーふーいいながらまくし立て始めた。
「こっち来ちゃったらすごいケンカになるじゃん! そんなの、あたしはや! てきとーにちょ
っかいだして逃げるのはいいけどさっ! 人間はホムンクルスと違ってすごくぎゃーしやすい
からすごいケンカはイヤ!!」
叫ぶたびにツンツンの髪の毛と豊満なバストがゆさゆさ揺れる。
小札はその様子を見ると、胸に手を当てほろりと泣いた。
(あぁ。なぜに不肖はぺたんこ)
(だがぺたんこだからこそいい。気にする姿を見て楽しめる。ちなみに俺はれっきとした微乳
派だが小札にはいわない。いえば喜ぶだろうが、こう、俺の目を気にして時々容量の少なさ
にため息をつく姿が見てて楽しいからいわない。あぁ、小札は俺を想って苦労してるんだなと
いうのが分かり、安心できるしな。フ。俺はどうにも根が軽い。もっともそれを後天的努力で
補っている所に、俺という奴のえらさがある)
総角は額に人差し指と中指を当てて、フっと気取って見せる。
いつものコトなので一同は誰も突っ込まない。
ただ無銘だけは黒装束から覗く瞳に、冷淡な光を宿らせた。
「我の武装錬金を使えば総ては終わる」
「フ。確かにお前なら可能だな。特にあのセーラー服美少女戦士ならば恐らく一方的に勝て
るだろう。お前の美徳を別にすれば、の話だが」
意味ありげな笑みを向けられたのは鳩尾の足元にいるチワワ。
ヘルメスドライブで連れ帰ってきたちっちゃい子犬である。
「安心しろ。俺は別に卑怯卑劣な手段を責めるつもりはない」
「……」
「ともかくだ。鐶が知らせてくれたおかげで時間ができた」
「やた。じゃあ逃げるかてきとーにあしらえれるっ!」
「でだな。香美、貴信、無銘」
「な、なにさ」
『何か!?』
「我、いかな任も遂行する所存」
総角は紺碧の瞳で一座の反応を心地良さそうに確かめると、呟いた。
「奴らの動きが活発になりつつある。だからそろそろ、お前たちの実力を底上げしておきたい。
だから戦士と戦え。勝敗は問わない。なに、負けても大丈夫だ。きっちり俺がフォローしてやる」

(あぁもう。結局おっかないのとやりあわなきゃなんないの? やだなー、ほんとやだ)
香美は鼻でため息をついた。ネコは基本鼻呼吸なのだ。
「だから不意打ちでサクっとかたづけよーと思ったのにコレよ。あ、でも……」
ネコ口でバルスカをはむはむねぶる香美は新たな発見に目がキラキラ。
「コレけっこうおいしい!」
処刑鎌がアスファルトに火花散らしつつ香美目がけて跳ね上がった。
『はーっはっはっは! 音から察するに受け損ねた4本目らしいなッ!!』
「げっ。やば! もうー。せっかくおいしかったのにぃー!」
慌てて処刑鎌からと手を口を離し、香美はその場からかき消えた
アスファルトに積もった砂を巻き上げて。
「チッ。意表をついたつもりだったが」
バルスカは香美のツバを空中に撒きちらしながらむなしく砂煙を切り、静けさだけ残る。
「今のは、瞬間移動? 千歳さんのような」
ようやくもう片方のモーターギアを拾った剛太の視界に、鉤状の爪が現われた。
「ちぃーがーうー。あたし本来の持ち味! ネコはすばやさが売りじゃん!」
正に怒涛。
香美は斗貴子の攻撃を避けがてら、ゆうに30m近い間合いを詰めていた!
その鋭い爪が剛太の胸板めがけ鋭い軌跡を描く。
とっさに身を引く剛太だったが、シャツごと薄皮一枚斬り裂かれうっすらと血を流した。
「ふふん。けっこー本気のあたしを避けるなんてなかなかなかなか。けどっ!」
例えば鉄の塊が強風に煽られ顔面に飛んできたとしよう。
恐らくこの時剛太が右頬に感じた気配は、そういう凶悪な重量の破壊意思。
人間ならば奇形と呼べる巨大な平手。
肉球つきのそれが剛太の頬げたをしこたま殴り飛ばした。
彼は骨の軋むいやな音を聞きながらゆうに5mは飛んでいき、そのまま土手の下へと落ちて
いく。
「わるいけどさ垂れ目、ちゃっちゃと終わらせるつもりじゃんあたし。だってそのほーが安全
なワケよ」
剛太を叩いた掌を、紅色の舌でざらっと舐め上げた。
「鳩尾だって長い戦いはやばいってなんかの本よむたびいってるしさ」
『ははは! そして僕たちに死角はない!』
「そゆコト! ご主人がいる限り、不意打ちなんて通じないわよおっかないの!」
「チッ」
いま正に背中を撃たんとするバルキリースカートを振り向きもせず引っつかむと、フルパワー
で回転。
「っの!!」
声にならない叫びを上げて攻撃に転じようとする斗貴子から、重力の干渉が消滅した。
見れば刃先は香美の手から離れている。
そのまま39kgの華奢な肢体は剛太同様、なすすべなく宙を舞う。
「どよっ! ヒットアンドアウェーも得意だけどさ。真っ向からやりあってもこれ位」
「失礼します!」
土手を何か高速の物体が駆け上ってきて、斗貴子目がけて跳躍した。
「んにゅ?」
アーモンド型の眼窩の奥で瞳をまんまるくして首を意味もなく伸ばす香美。
『心持ち斜め上に伸ばすのが習慣!! 何か見つけたネコはみんなそうだッ!!』
そして右に伸ばした首を左に伸ばしなおす香美である。
斗貴子と影は交錯し、香美のはるか向うに背を向けて着地。
「助かった。恩に着るぞ剛太」
「い、いえどういたしまして」
剛太は斗貴子を抱えながら、天を仰いで感泣に浸った。
見よ、その胸中を。
右手は斗貴子のほっそりした肩を抱き、左手は恐れ多くも膝を抱いている。
要するに……
お姫様抱っこだ! お姫様抱っこだ!! バンザーーイ!!
(あ、あぁ。生きてて良かったなぁ俺。まさか先輩にお姫様抱っこが出来るなんて!!)
バルキリースカートが「ばさぁ」と剛太にしだれかかっており色気は皆無。が、この際無視だ。
「そろそろ降ろせ。降ろさないと肘鉄だ」
「ハイ!」
拒否されてるのに何が嬉しいのか、剛太は満面の笑みで斗貴子を下ろした。
ちなみに彼の足にはモーターギア。土手を駆け上って斗貴子をキャッチした原動力である。
「スカイウォーカーモード」といい、高速でのローラー移動が可能なのだ。
「ちょっと段取り狂っちゃいましたけど、どうします」
スケーターのように優雅に踵を返すと、剛太の表情からヘラヘラした様子が消えた。
あるのは本来の冷徹さのみであり、斗貴子より21cmもある上背と合いまると実に頼もしい。
「いかな事情があるか知らないが、奴は逃げる気配がない。好都合だ。キミと私で一気に
追い込みを掛けるぞ!」
「了解!」
軽い調子で敬礼を取ると、剛太はボソリと囁いた。
(要は俺たちがアイツの近くにいればいいだけですからね)
斗貴子は頷き、香美のしっぽが「?」の形をとった。
(ねーご主人聞いた?)
(ああ。聞いたとも! どうやら何か裏があるらしいな!! 僕たち同様に!)

そこでは何か小規模な爆発があったようだ。
木製の壁や屋根が無残に飛び散り、月光にあぶり出されている。
「定時連絡なし…… つまり始まったようね」
千歳はヘルメスドライブを発動すると、筺体を覗き込んだ。
映されているのは斗貴子と剛太。

「相手の立場に立って考えるのは重要だ。そうは思わないか小札」
「え、ええ。確かに不肖もそう思い、なるべくもりもりさんの心情を斟酌しようと」
ロッドの武装錬金、マシンガンシャッフルをくるくるーっと回して
「日々精進!」
総角に突きつけた。
「フ。そういうワケの分からない動作がいちいち良い……じゃなくて、戦う相手の心理を読む
のは何かと重要だ。相手の手練手管を見抜ければ、対処の幅はグンと広がる」
総角と小札の足音は辺りに反響し、その反響もまた反響する。
空間は狭く、そして薄暗い。
どうやら彼らは地下道にいるようだ。
「よって俺は考える。新たな戦士を得た戦団の連中が何をするか、考える。恐らく真にキー
とするのは垂れ目の方じゃあない。中核に据えるのは……」

千歳は思う。L・X・E本拠地の跡で。
(私のヘルメスドライブは、出逢ったコトのない敵は捕捉出来ない。けれど、その敵と近距離
で遭遇した戦士を捕捉できさえすれば)

「画面越しにしろ、瞬間移動で合流するにしろ、敵を捕捉するのは可能だろう」
「と、とゆうコトは、香美どの貴信どのもあえなく捕捉でありますか……? となるとお2人は
戦士の皆様方に所在が常にばれてしまい、不肖たちと合流できぬまま斃される恐れが……」
小札は怯えたように瞳をきゅうっと伸縮させて、上目で総角を見た。
(何かご助力賜わいますよう)
そんな懇願が篭っている。
「フ。そういう目は可愛いが似合わない。案ずるな。対策はちゃんと練ってある」
シルクハットをポンポンと叩きながら、総角は自信たっぷりに笑ってみせた。
優しさと頼もしさの混じったごくごく父性的な笑みだ。
小札はそういう表情をする総角にどきどきしてしまう。

(でもこの策は、一度敵に露見すればそれで終わり。次から戦士の接近を許さなくなる。だか
ら戦士・斗貴子と戦士・剛太が、敵に最も近づく瞬間に捕捉を……)
ヘルメスドライブ付属のタッチペンを握る千歳。
その面持ちは緊張に満ちている。かつて根来と組んで久世屋と戦った時のように。
彼女は常に任務においてミスをせぬよう務めている。
7年前、敵へ不用意に核鉄を見せてしまい、自分が戦士と知られて以来。
ここは森の中。辺りは静寂に包まれている。
張り詰めた神経にはその静寂が良くもあり、ひりついた精神の熱をますます内面に追い込
んでくるから悪くもある。
ツ……と千歳は不意に森を見た。
なぜ見たかは分からない。
あるいは研ぎ済まれた精神が、そこにある異変を捉えたせいかも知れない。
「忍六具(シノビロクグ)の武装錬金・無銘が弐。鉤縄」
黒い鉤状の金具がついた縄が千歳に向かい殺到しつつあった!

「こちらも向こうと同じく増員が来た。ならば使わない手はないだろう?」
「確かにそうでした! 無銘くんの武装錬金ならばレーダーの捕捉はけして通じぬ筈!」

ヘルメスドライブの裏側で甲高い金属音が響くと、鉤縄が空に向かって大きく跳ね上がった。
千歳の武装錬金は非常に硬質。楯としても使用可能なのだ。
たわんだ縄が一気に引き戻された。
「古人に云う…… 千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆ。如何な些細な綻びですら、我らが決定
的な綻びと化す。よってそれへの対処をいまから行う」
森の中から現われた巨躯の黒装束を、千歳は冷静に見つめた。


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