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第012話 「混戦」 (2)



河原近く。土手の頂。道路。
すえた暑気を十数mばかり挟んで相対する3つの影がそこにある。
斗貴子・剛太。栴檀香美。
『もう1つの調整体』起動に不可欠な割符をめぐる攻防は、これより佳境に差し掛かるだろう。
「行くぞ剛太!」
ハスキーな声をあらん限り振り絞ったのは斗貴子!
闇をつんざき住宅街に轟く声の中。
亡者を打ちのめす閻魔よりも傲然とッ!
獲物に向かう断食8日目の狂犬よりも早くッ!
「おおおおおおおおおおおおッ!!」
両手を腰の辺りで後ろに垂らし、斗貴子は再特攻を試みる。
周囲で銀の光を撒き散らす処刑鎌をすらりと避けて、緑の影も前へ行く。
風と振動に揺すられる鋭角的なショートボブを流し目でニヘラと盗み見たのは中村剛太。
「了解ッ!」
スケーターのようにシャッシャッなめらかに足で地を掃き、蛇行しながら向かっていく。
両者とも火中より爆ぜた栗より早く、そして苛烈。
「あいつらが何かんがえててもいいけどさー あたしはブレミュん中でいっっっちばん弱いの
に、なんで2人も相手しなきゃなんないの? 2人ってめちゃくちゃ多い数じゃん」
パイプをつなげ合わせた幾何学的なしっぽが、地面をばしばし叩く。
不機嫌なネコの良くとる仕草である。
「鳩尾もそうとう弱いけど、武装錬金のおかげでかなり強いんだし、あいつが戦えばいいじゃ
ん。あーやんなっちゃう」
香美は眉間へ皺寄せ眉を吊り上げ、「もー帰っていい?」と今にもいいだしそうなしかめっ面。
『愚痴るな香美! それでもお前のスペックなら遠距離近距離どっちでも問題ないッ!』
出所不明な大声に不機嫌がぴくりと蠢いた。
例えるならかつおぶしの匂いを嗅ぎつけて、期待にわくわくしているネコの顔。
『僕は以前からもこれからもずっとお前を信じている! だからファイトだ! ガッツ全開で……
いいいいけぇぇぇぇ!!!』
斗貴子に負けず劣らずの騒がしい声に、香美はややはにかんだ。
照れと元気を含んだ可憐な顔だ。
「うんニャ! ありがとご主人。あたし頑張ってみる! ってワケで……」
掌中央にある一番大きな肉球(掌球というらしい)がサイケな光と共に変形を遂げた。

ぼかりと大きな空洞を開け、左手のそこから空気が吸い込まれていく……
「気をつけろ剛太! 奴は手から武器を射出するぞ!」
斗貴子はかつての経験則から迷いなく忠告を迸らせ、剛太も行動に活かす
「くらえっ!!」
香美の右手にも空洞が開くと、剛太目がけて真空の刃が射出された。
むろん彼も斗貴子も『真空の刃』などと確証をえていた訳ではない。
ただ無手の香美から瞬間的にそうと推理し、事実それは的中していた!
鈍色の処刑鎌の刃先を空気が薙ぎ、不気味なうねりと共に後方へ吸い込まれた。
「ふぇ? 垂れ目狙ったのになんであのおっかない奴に」
「避けたからに決まってんだろ」
剛太はしゃがみこんだ姿勢で左足を大きく伸ばすと、右足を軸に一回転!
踵を香美の脛にブチ当てようと試みる。
(狙うはコイツの足! 動きさえ封じてしまえば)
踵にモーターギアを着装し、機動力を強化するスカイウォーカーモード。
当然、その踵で回転する戦輪で敵の足を切り裂くコトも可能!
『当たらじ当たらじ!』
ハーフパンツからむき出しの白い脛が羽毛のように舞い上がり、その下を黒いズボンが通り過ぎる。
「なんとか避けれた」
ぶるんと左右別々に膨らみを揺らしながら、ほっと一息をついた香美だが。
「飛ぶと思っていたぞ」
頭上の気配に息を呑み、ネコ耳をはっとそばだてた。
星空へつま先を。
頭上を地面に。
それぞれ向けながら刺すような視線を送っているのは……
斗貴子。
通常の重力を無視したありえからぬ姿勢の彼女の周囲で毅然とした金属音が響いた。
バルキリースカート。
それまでブドウと同じくだらりと垂れていた処刑鎌に攻撃姿勢がみなぎり、香美に向き直る!
さながらジェットスラスターの機敏なる方向転換!
ただしそれの吹く白熱は、後方よりも前方へ! 推進よりも殺戮をただ願う!
銀に瞬き空裂くそれが、それこそが!
戦乙女の切札!!
「臓物(ハラワタ)をブチ撒けろォォォォォ!!」
香美は中空ですさまじい汗をかいた。
(やば! 垂れ目の攻撃よけたばっかで自由きかない! とにかく着地、着地しないと──)
「モーターギア! ナックルダスターモード!」
下方より襲いくるうねりに、香美はとことん絶望的な気分になった。
見ればさっき避けた剛太が舞い戻り、手に何かをつけてアッパーを繰り出している。
それが打撃力強化verの戦輪用途とは知らないが、ともかく目前に死があるコトだけは香美
に分かった。
(やだ! あたし死にたくない! でもどーしよーも……)
勝気な様子は顔色とともに失って、香美はぎゅっと目をつぶった。目じりからは涙が少々。
『はーっはっはっは! この程度なら軽い! 軽すぎるぞぉぉぉ!!』
斗貴子は見た。
香美の手からヘビのようにうねる光が伸びるのを。
剛太は聞いた。
金属が群れなす独特の甲高い音を。
光は凄まじい力でバルキリスカートとがっきと絡み、そのまま斗貴子を吹き飛ばした。
「先ぱ──…」
音は踵を返したかのごとく遠方より剛太に向かい、手の甲で回転する戦輪をしたたかに打ち
据えた。間髪いれず、2個同時に。
金属越しとはいえ、剛太の手骨に鈍痛が走り、ついですさまじい虚脱感に見舞われた。
まるで神経伝達と活力を総て奪われてしまったような、行動不能の虚脱感。
しかし、剛太はこの瞬間……
まったく別の物を視界に捉えていた!
宙を舞う斗貴子である!
吹き飛ばされキリを揉み、セーラー服を風になびかせているのにスカートはまるでめくれて
いなかった!
(惜しい! もうちょい早かったら!)
剛太は歯噛みしながら右手を左へ掬いあげるようなポーズで指パッチンした。
手の痛みなど、見逃した素晴らしい光景に比べれば大したコトないらしい。
……なぁ。
お前、真剣に戦えよ。
(てか、今のは一体──…)
そうだ。そっちに目を向けろ。いちいち筆者にこういうツッコミをやらすな。空気が壊れる。
(ただ打たれただけなのに、あの虚脱感はなんなんだ)
剛太はかつて海豚海岸で味わった、異様な経験を思い出した。
エネルギードレイン。
皆さまはヴィクターを覚えておいでだろうか。
日露戦争当時、蝶野爆爵と邂逅した異形の男。
彼は元々錬金の戦士だったが、賢者の石の試作品たる『黒い核鉄』を身に埋められ、怪物へ
と変貌を遂げたという経緯がある。
そして彼が身につけたのが、エネルギードレイン。
他者他生物の生命エネルギーだけを吸収する恐るべき能力──…いや。
本人曰く”能力”ではなく”生態”
呼吸と同じく自らの意思では止めようがない。断ちたいのならば殺すほかない。
ヴィクターならびに、ヴィクターIIIこと武藤カズキが

「存在(い)なるだけで死を撒き散らす怪物(モンスター)」

として再殺の憂き目にあったのは、その忌むべきエネルギードレインによる。
そして剛太も海豚海岸で、気絶中のカズキにエネルギードレインをされた経験がある。
一瞬で2〜3km走ったような疲労。
剛太評ではそれだけの虚脱があった。
(けど、今のは一瞬だけ。あの時のような疲労はねェ。……一体なんだったんだアレは?)
「ご、ご主人。ありがと」
『礼など無用! わずかばかり僕の武装錬金を使っただけだ!! しかし手ごわい連中だ!
これはいよいよ僕の出番かな!? さー注目!! 今から』
剛太、そして香美。
彼らはこの一瞬にして苛烈なる攻防への疲労と疑問に、気付いていなかった。
足元に亀裂が入っていたのを。
地中より何かが出現するのを。
離れていた斗貴子だけ、いちはやくその異変を察知した。
「剛太! その場を早く!」
金切り声をあげた瞬間!
アスファルトを吹き飛ばしながら、巨大な半円状の金具が勃興した!
よく見れば金具から地下に向けて太い支柱が伸びており、まだ全容を現していないのが見て
取れる。
そして支柱は金具ともども、バネ仕掛けのように跳ね上がり!
剛太と香美を乗せたまま、すさまじい放物線を夏の暑気に描いていた!
「な、なに?」
(ダメだ! 加速が強すぎて!)
胸板を押しつぶし、肺腑から呼気を搾り出すGに苦悶を浮かべつつ。
剛太は香美ともども空へ飛ばされていた。
その方角は──…
山。
当初の目的たる場所に向かって2つの影は猛然と弾かれ、やがて流星のように見えなくなった。

「へ、へへ。案ずるより産むがなんとか。どーにかバレずに分断できたぜ」
少し離れた橋の下で、緊張の青色吐息をつく男がいた。
衣装はドクロが描かれた赤シャツ。背は高いが痩せぎすり、血色も青紫とかなり悪い。
釣り上がった目の下にはピアスが打たれ、薄汚い銀髪と併せてみれば到底堅気には見えない。
ホムンクルス佐藤。
L・X・E残党の1人である。
「逆向の奴から戦士とブレミュの奴らの戦いに割り込んで、消耗させるよういわれているから
な。どうにかコレで任務完了。へ、へへへ。使い勝手悪いがよぉ、こういう使い方はありだろ?」
1人残された斗貴子の前から、謎の支柱と金具は消え、代わりに佐藤の掌に核鉄が現われた。
「投石器の武装錬金、フレクスビリティーオズ。コレが地中に潜行させれて良かったぜ……」
恐ろしそうにブルブル身を震わせながら、佐藤はそーっとそーっと斗貴子のいる方を見た。
「んで、俺は直接対決するつもりはない。恐ろしいからな。へ。へへ。代わりに」
斗貴子は川の向こう岸から無数の殺意が走ってくるのを感じた。
「敵ッ!」
さすが歴戦だけあって気が早い。
相手の正体を視認する前に土手から飛び降り、河原に着地するまで2〜3体手当たり次第
にブチ撒けていた。スカートを抑えながら。
「チッ。有無をいわさずかよ、相変わらずよぉ〜!」
「だがテメーは1人。こっちは50体ばかりいるんだ」
斗貴子の周りに黒い影がぞろぞろと歩み寄る。

「逆向曰く、『野良』の連中。俺らに加わらなかった奴らを呼び寄せておいた。ま、半端なく胸
が痛むけどよぉ……  俺らだって生きたいから捨て駒になってくれや。消耗させさえすりゃ、
後は浜崎が料理する。 できればあの戦士を斃して欲しいが、ま、無理だろーな」
佐藤は何度か振り返ると、夜の闇に溶け込んだ。

「L・X・Eの残党か。早く剛太を追わなければならない時に……!」
服装も人相もまちまち、けれど「柄が悪い」という点で一致している周囲を見据えて、斗貴子は
不愉快そうに呟いた。
「そうだよ! てめーともう1人に潰されたL・X」
最前列で悪態をついた奴は、本当に不運だった。
言葉半ばで顔をナナメに斬り落とされたのだから。
「ホムンクルス風情が……思い上がりもはなはだしい」
唾棄するような調子で斗貴子は敵どもをねめつけた。
夏だというのに、凍えるような緊張が河原に満ちて、残党たちは一瞬気押された。
「頭数を揃えれば私に勝てるとでも?」
斗貴子は、フっと笑みを浮かべた。
普通、笑みというのは相手に親愛を伝えるものだと思われがちである。
だが。
笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である。
包囲する敵の中へ斗貴子が躊躇なく足を踏み入れると、その分だけ包囲網が薄まった。
気迫に圧された?
いや。そんな生ぬるい状態ではない。
斗貴子が足を踏み入れる周囲3mでは、銀の光がざんざんと降り注ぎ、音の数だけ。
頭が。
手が。
足が。
耳が鼻が指が脳漿が眼球が。
ホムンクルスのパーツが宙を舞う。
残党たちは冗談のような光景に息を呑むと、乾いた笑いを浮かべて後ずさった。
モーゼの十戒? いやあれは海を神通力で裂いただけ。ここまで残虐非情な実力行使じゃない。
「なぁ。やっぱり復讐とかやめにしねーか?」
「だ、だよなぁ。そういうのって」
やめた方がいい。いいかけたホムンクルスの胸にバルキリースカートが刺さった。
「逃がすと思うのか? 確かに剛太の行方も気になるが、こちらが先決だ」
あがあがと口を開閉する断末魔を楽しそうに見納めると、斗貴子は再び残党たちを見渡した。
「住宅街が近いからな。貴様たちを見逃せば、必ず被害が出る」
一座からはしないしないごめんなさい許してという声がちらほら上がったが、斗貴子は黙殺した。
「さあ来い! オマエたちを殺して残党を全滅させて、ネコ型ホムンクルスの女をブチ殺して、
この街を守り抜いてみせる! 敵は殺す!! ホムンクルスは全て殺す!」
もはやどちらが怪物か分からない。
心なしか、爆爵の玄孫のセリフ(2巻P189)も混じってる。
女性とは思えぬ兇気に浸る斗貴子に、残党たちはやけを起こして襲い掛かった。
「ど、どうせ無抵抗でも死ぬんだ! なら徹底的にやってやる!」
「そうだ! それでこそ化物! 臓物(ハラワタ)を……ブチ撒けろォォォ!!!」

千歳は、唖然としていた。
鳩尾無銘という敵の登場の瞬間。
彼女はすぐ目線を切り替えた。
そうだろう。
彼女の武装錬金は、相対した者を捕捉できる。
斗貴子と剛太をレーダーに映していたのだって、彼女らが香美に最接近した瞬間、敵を捕
捉し、割符探しが円滑に進むよう策を練るつもりだったからだ。
と同時に、そういう婉曲な手段を取らざるをえなかったのは、千歳の能力が既に敵に知られ
ており、ブレミュ一同がことごとく千歳の前に姿を現さなかったせいである。
だが無銘は現われた。
そして千歳は瞬間移動能力も持っている。
ならば。
戦う必要はない。
敵を捕捉したコト自体を最大の戦果として引けばいい。
そういう作戦遂行上の柔軟さを、千歳は7年前の大失態と引き換えに得ている。
もちろん、敵だって千歳の考えを読んでいるというのも織り込み済みだ。
敵の初手は瞬間移動の阻止。
そこまでは読んでおり、実際に無銘は猛然と踏み込み殴りかかってきた。
千歳は、初手に防御を選んだ。全身全霊をつぎ込んだ防御を。
ヘルメスドライブの筺体は非常に硬質であり、楯としても使用可能。
先ほど鉤縄を防いだように、拳を受け止め、相手がたじろぐ一瞬に瞬間移動を行う。
それだけで、千歳の追った役目は果たされる……筈だった。
が。
殴りかかった無銘はたじろぐ様子もなく、ただ自らの拳の形にへこんだ楯を物憂げに見つめ。
わずかばかりそうしてから、くるりと踵を返しこう呟いた。
「終わりだ」
……
千歳は、唖然としていた。
ヘルメスドライブが瞬間移動を選択していたからだ。
”千歳自身の操作によらずして”
”勝手に”
”意思を無視して”
ヘルメスドライブが瞬間移動を選択していたからだ。
行き先は、千歳にすら予測不可能。ヘタをすれば生命に関わる場所へ行くかも知れない。
彼女の姿はその場から掻き失せ、後はのしのしと歩を進めていく。
「第一の任は遂行。次は──…」
黒装束の巨体は愉悦すら浮かべず、のしのしと森をすぎていく。


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