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第013話 「分岐の先の、その向こう」 (1)



……雨はどこまでも激しく降りしきり身を濡らす。
冷たい水が傷口に染みる。ナイフよりも冷たく染み渡る。
手についた傷は指標そのものへの無残な傷。
晴れて戦士になった自分。
けれど、再会した斗貴子の眼中に、自分はいなかった。
砂浜で彼女が見据え、生死を共にすると誓ったのは、いずれ怪物へと変貌する敵。
ヴィクターIII。人間だった頃の名前は武藤カズキ。
彼の右手の傷口──岩を叩いた程度の軽微な──にその人はすぐ気付き、手当てを申し
出た。
斗貴子に右手を刺された自分が、すぐ傍にいるにも関わらず。

雨中での彷徨の末、剛太は遭ってはならぬ者たちと遭遇してしまった……
目の前にいた戦士は6人。

火渡赤馬。
根来忍。
円山円。
犬飼倫太郎。
戦部厳至。
毒島華花。

破綻しきった性格性質ゆえに奇兵と呼ばれる者たちだ。
火渡はヴィクターIIIに与する斗貴子を敵と見なした。
再殺部隊はみな、異を唱えなかった。
脅威を知り、なお脅威に与するのであれば敵。
無情なる断定と曲げがたき真実が彼らにあった。
進軍を許せば、斗貴子は粛清されるだろう。

氷雨の中、剛太は1つの言葉を胸に抱いていた。
それが導く結論は──…

映像はそこで途切れ、もやもやとした半覚醒の感覚に移り変わった。
頭が痛い。
目を開けるのも億劫だ。
体がじんわりと湿っているが、拭く気にはまだなれない。
(夢、か。ったく、あまり思い出したくねェのに……ところで俺、何してたんだっけ)
剛太はやっとの思いでぼんやり薄目を開けた。
視界もはっきりしない。
それは意識が判然とせぬゆえの、認識不足か。
ひとまず少しずつ伝わってくる感覚を元に、自分の状態を探ってみる。
仰向けに寝ているようだ。
背中や半そでからむき出しの肘が土に濡れ、体温が奪われつつある。
にも関わらず、頭の辺りはやけに暖かく、そして柔らかい。
だが剛太はそれを追求するどころではない。
嗅覚で外界の情報を得るのに忙しいのだ。
幸い呼吸に支障はなく、新鮮な空気と共に草や木の匂いが流れ込んでくる。
(外、だよな。……アレ? なんでこんな所で寝てるんだ? 確か先輩とネコ型ホムンクルス
と戦ってて、それから、それから──…)
「あ゛───!!」
「ふぎゃ!!」
「痛っ!!」
跳ね起きた剛太は何か硬いものに額を打ち付けて、頭を元の位置に沈めた。
先ほどの、正体不明の「やけに暖かく」「そして柔らかい」場所へ。
「うぅ゛〜〜! や、やっとおきたと思ったら痛いじゃん!! 大丈夫そうなのはいいけどっ」
甘い匂いがした。頭の先では、大きなふくらみがぷるぷると揺れる気配がした。
で。
頭を打った衝撃が幸福方面に作用して、剛太をまっとうに再起動。
判断力が戻ってきた。
額を押さえて涙目の香美が、上下さかさで自分を覗き込んでいるのを見て。
気付いた。
香美の太ももに頭を埋めて寝ていたと。
そして周りの風景から、ここが山だとも。
「う、うるせェ! というか何で膝枕してるんだッ!」
慌てて跳ね起きる距離を取り、踵を返し、戦闘体勢を整える。
(ちくしょう。俺のファースト膝枕は先輩だと決めていたのに!)
さらば俺のファースト膝枕。
剛太は血涙を流す心持ちでだばだば滝涙である。
(って、待て! 核鉄取られたりは──)
慌ただしくボディチェックを繰り返すと、ポケットに硬い手応えがあった。
引き出し、確認する。辺りは暗いが、仄かな月光で見えた。
LV(55)の核鉄。
支給されてそれほど間はないが、すっかり掌に馴染んだ核鉄だ。
(良かったぁ)
結び目を解かれて空気が抜ける風船のようにゆるりと剛太は笑った。
剛太にとってコレはようやく戦士になれたという証。一種の宝物なのだ。
そんな彼のささやかな喜悦を吹き飛ばすように、香美は叫ぶ。
「だってだってだって! あんた吹き飛ばされて頭うって仮ぎゃーしたのっ! 寝てなきゃ、
寝てなきゃ、危ないでしょーがああああ!!!」
のどちんこが見えるぐらい大口開けて、八重歯むき出しで香美は叫ぶ。
「るせぇ! いちいち叫ぶな!! てかなんだよ仮ぎゃーって!!」
「き、気ぜなんとか!」
「気絶か!」
「それ!」
もふもふしたネコハンドから爪をちょっぴり覗かせて、香美は剛太を指差した。
指先はかすかに震えている。
どうも落ち着きがない。
会話の合間合間に、辺りを怯えたようにきょろきょろ見回している。
「だ、だから起きるまで待ってたってワケ! 寝てる奴をいじめるのってやなの!」
「嘘つけ。お前ホムンクルスだろ。何か企んでるに決まってる」
剛太がジト目で指摘すると、香美はびくりと瞳孔を見開いて、ネコ耳やしっぽをしゅんとさせた。
「……ぶ、ぶっちゃけるとさ、ね?」
横座りでほじほじと地面を爪でえぐるホムンクルスは、普通の少女のように気まずげ。
「はぁ?」
「実はご主人も気絶中! 飛ばされてるさいちゅうにさ、ハイテンションワイヤーで手近な木に
ひっかけてにげよーとしたんだけど、暴発して、ご主人頭うって…… でさ、その…… あた
し……」
剛太は鬱陶しそうな目を香美に向けると、武装錬金を発動した。
(コイツが何考えてようが関係ねェ! さっさと倒して先輩と合流──…)
「暗いところがニガテなのっ! せまいところも高いところも、1人じゃダメなの──っ!!」
香美は怯えとやけの表情でやけに可愛く絶叫した。
シャギーの入ったツンツンセミロングが、声の反動で舞い上がるんじゃないかと思えるほどだ。
「はぁ!?」
剛太は思わずモーターギアを取り落とした。
人差し指を軸にぎゅるぎゅる回っていた戦輪が、地面でネズミ花火のように旋回する。
「な、何いってんだ!! お前、ネコ型ホムンクルスだろ!!」
ネコは暗いところとせまいところと高いところが大好きな生物である。
「ネコでもさっきいろいろあんのっっ! 暗いとこじゃ1人じゃやなの。だからあんたが起きる
まで待ってたってワケで…… う゛ぅ〜! あたし、あたし、どーすりゃいいかわかんないっ!
あんた倒さなきゃなんないけどさ、倒したらひとりで暗いとこ歩かなきゃなんないから、すごく
恐いの!!」
おかしなコトになってきた。



おかしなコトになってきた。
鳩尾無銘の一撃で飛ばされた千歳。
真暗(まっくら。真っ赤が真赤なので)な辺りを見渡し、ため息をついた。
(どうやらさっきの敵は、武装錬金に干渉する術を持っているようね)
ヘルメスドライブの画面には砂嵐。
青白い光で千歳の顔を闇に浮きぼるだけである。
(操作不能。しばらく瞬間移動は無理。とりあえずここがどこか調べておかないと……)
とりあえず軽く片足で地面を蹴ってみる。
カツッ、と硬い音がして、遠くに響いた。
(反響がある。そして空気も奇麗。というコトは廃墟ではない建物の中ね)
あいにくライトの持ち合わせておらず、遠くをはっきり視認できないが夜目を頼りに千歳は進む。
どうやら廊下らしい。
両側には等間隔で大きな扉がいくつか設置されている。
開けてみようと試みたが、施錠されており入れない。
ドアの上にはプレートがあるが、辺りの真暗(まっくら。しつこいようだが真っ赤が真赤なので!)
に呑まれているので分からない。
ためらう瞬間のようにその闇に呑まれてるので、自分の可能性を疑うより信じてみても、目
醒めてゆく未来の世界を諦めなくても、分からない。
ただその茫洋とした影が千歳の記憶に符合する。
(……? なんだか見覚えが。ひょっとしたら)
ヘルメスドライブは千歳の行ったコトのある場所へのみ瞬間移動を実行する。
ならば先ほどの強制転移で、見知った場所に来ても不思議ではない。
ただ、と首を横に振りここが未知の場所である可能性も描く。
見覚えというのはあやふやなもので、旅先の路地とかで「近所に似てる!」と珍しがって写真
を撮り、帰郷後に見比べて「うわ。全然違う」とか笑うのも良くあるコト。
まして周りが暗ければなお当てにならない。
おばあちゃんが言っていた。
嫁と反物は明るいところで選べ。
光がなければ美醜などは分からない。
(それに、大手のショッピングセンターだったりしたら、必然的に内装が同じ。現に婦人警官
の制服を売ってるお店だって、東京と大阪でまったく同じだったから)
どうやら趣味で東京大阪を渡り歩いたらしい千歳は冷静に分析する。
引き合いがアレだが、表情は真剣そのものだ。
(でも、この匂い。もしかし)
もしかしたら。
思索半ばでヘルメスドライブの画面を見た千歳は。
気付いた。
砂嵐が掻き消え、別の映像が割り込むのを。
「はーるかとおくのぉー」
千歳の聞き覚えのある声ともに。
和太鼓みたいな紋様を刻んだ丸が回転しながら、画面の中心に移動した。
で、同じような丸が左上と右下に出た。
異常異質。本来ならば人と景色しか映らぬヘルメスドライブが別なモノを映している!
呆然とし、いい知れぬ悪寒に浸る千歳。
草原らしい景色が覗いている丸は回転しながら中心へ重なり、ズームイン。



「ちへいせんからぁ〜♪」
すると草原を歩く1人の青年を引きで映した。鬼とかじゃなく、青年だ。
中肉中背、髪は短くやや童顔。どちらかといえば整っているが、美形というほどでもない。
彼はバストアップで移った。スーツ姿だ。
腰には太鼓と音叉をぶら下げている。
千歳は息を呑んだ。
「ひかりあふれて〜くるよぉに〜!」
青年は……画面に触れた!
本来、『対象を映す』だけのヘルメスドライブ。
だがまるで水槽の中で泳いでいるリュウキンやらランチュウやら黒デメキン2匹のように!
ヘルメスドライブの中にいるように!
青年は画面に触れたのだ!
手の平はガラスに押し付けられたように薄く黄ばんで、じきじきと幾何学的な雑音と波紋を
軽く撒き散らし!!
「きーみのみーらいはぁぁぁ〜♪ はじまったばかりぃー!」
影が猛然と画面を突き破り、千歳の頬を掠めた!
(そ、そんなコトがある筈……。だってあの時、確かに彼は死んだはず──…!)
「お久しぶりです」
影はそのまま天井に向かって逆さに立つと、
「ところで、以前お会いした時っていろいろ忙しかったですよね」
のんびりとした口調で千歳に話しかけた。
「忙しいって嫌じゃないですか? 俺は嫌ですね。すごく。他の人の惰性に飲まれてしまって、
大事なコトがちっとも伝えられない。部長を殺す前も色々ありましたし。おっとそうそう。本題」
なんといえばいいのか。
再殺部隊の制服の下で、恐ろしい汗が流れるのを感じた。
「名前って社会じゃ大事ですよね? 悪魔とかそーいう名前だと、面接の時に落とされて、
おもちゃ買うお金が稼げなくなる…… だから俺は偽名を名乗っていたんですよ。あの時
名乗ってた名前は、えぇと。えぇと。なんでしたっけ?」
千歳はやや掠れた声で、その名を告げた。
「そう。そうそれ。けれどありゃ偽名なんですよ。俺の本名は」
右手に真赤な筒を現出させると、青年は逆さづりのまま微笑しつつ
「久世夜襲。姓が久世で名が夜襲。コウモリな俺にぴったりでしょ? 久世屋秀ってのは社会
生活を便利にするための偽名にすぎません」
踵を返す千歳に対し、人差し指と中指を立て、しゅっと息を吹いた。

千歳は今回の割符争奪戦に参加する前、別の地で根来ともども任務に就いていた。
その時倒したホムンクルスこそ。
いま目の前にいる久世屋秀こと、久世夜襲である。
「月並みな質問だけど」
顎を毅然と上に向け、千歳は夜襲を見据えた。
あくまで現状把握が第一。狼狽しては勝てる物も勝てないと踏んだのだろう。
「ハイハイ。ご疑問ももっとも。俺は確かに死にました。千歳さんには好感持っているので、
ちょっとだけヒントあげましょうか? 笑顔可愛かったですしね。で、ヒント。俺は、別に生き返
ったワケではありません。しかしこれ以上は企業秘密。ま、死んで退職してますけど」
ボトボトと床に真赤な筒を落としながら、夜襲は楽しそうだ。
「ふー。この感触。やっぱおもちゃはいいですね。手からダイレクトに抽出できるのがもう」
(百雷銃の武装錬金・トイズフェスティバル……核鉄がないのにどうして……?)
「ふっふっふ。といっても再生怪人は弱いのがお約束ですがね。まったくどう思われます。
俺はおもちゃが好きなんです。あと、何か抽出するのかとね。人間っぽい奴じゃないですか。
ならモグラ獣人とかみたいにヒーロー側についたっていいというのに、再生怪人に甘んじてます。
だいたい、俺は奇麗に散ったんですよ? ならそこで終わっておけばいいって話ですよ。で
も再登場。はぁ。これも惰性ですかね。死してなお惰性に縛られるってちょっと癪ですが……
諸事情により逆らえませんので、行きますよ!」
真赤な(誤変換で真っ赤にしたらどうしよう……)筒がヘビのように連結し、千歳に躍りかかった!


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