インデックスへ
第010〜019話へ
前へ 次へ

第015話 「降り注ぐ数多の星に思い馳せて」 (1)



彼女の前には中身を平らげた丼が3つ。それからいま攻略中の丼が1つ。
秋水は思わず箸を止め、見入ってしまっている。
それだけまひろの食べ方は威勢がいい。
レンゲいっぱいに豆腐や名称不明のペーストを掬いとっては、子犬がドッグフードにありつく
ようにがふがふと咀嚼して飲み込んでいる。
「君はもう少し、噛んで食べた方がいい。胃に負担がかかる」
「ふひゃ?」
真正面で勢いよく顔を上げたまひろに、秋水はあやうく噴出しそうになった。
頬はハムスターのように左右対称に膨れている。
可憐な唇も台無しだ。麻婆豆腐のタレが幾筋もたれて、顎に糸を引いている。
(このコは繕うという事を知らないのだろうか)
桜花とのあまりの落差に自制を要した。かなりの自制を。
奥歯を噛み締め丹田に力を込め、心情を整えた。
秋水は最近、剣道を通してそういう行為に慣れようとしている。
剣道というのはある程度熟達すれば後はもう、精神の問題なのである。
相手が正面から仕掛けてくるのが大前提である以上、相手は常に緊張と洞察の中にいる。
よって力だけでねじ伏せようとすればすさまじい抵抗が起こり、勝利は困難だ。
だから実力者同士の戦いとなれば、いかにして相手の精神を揺るがし、そこをつくかという
部分に重点が置かれる。
いかな強者であれど虚をつかれれば脆く、弱者であっても揺るがなければ持ち応えられる。
これはある意味、戦争や兵法にも通じる部分がある。
日露戦争において優勢を誇っていたロシアが、日本海海戦でのバルチック艦隊全滅という
史上まれにみる大惨敗に衝撃を受けて講和を申し込んだように、あるいは古代中国の斉に
おいて、田単(でんたん)が名将・楽毅(がくき)の城攻めを知略において凌いだように、勝敗
というのは物量や武力よりも、人の精神に依るところが往々としてあるのだ。
筆者はここで旅順要塞における莫大な死者と戦略的効果の釣りあいについて言及したくは
あるが、この項においては本題でないゆえ省く。少年少女の楽しい食事風景から前世紀の
血なまぐさい戦争に飛躍しては読まれる方はたまったものではないだろう。
というコトで本題に戻る。
かつての秋水は、力を以て敵を排す項羽よろしくの暴虐思想で剣を握っていた。
相手の機微や精神に着目するようになったのはつい最近だ。
剣道部で他の部員に稽古をつけていくうち、徐々に剣道本来の教義というか、ともかく力押し
での攻めより精神を尊ぶ精神を身につけつつある。
ひょっとしたら自らの濁った目を克服しようとする意志が、剣へにじみ出ているのかも知れない。
そしてその意志はいま、まひろの珍妙な顔に対する笑気を抑えるために用いられている。
まったく精神力の無駄遣いといえよう。別に抑える必要はないのだ。
くすりと笑ったとして、よくある少年少女の会話光景で終わる。
にもかかわらず秋水は莫大な精神力を投じて、まひろを笑わないよう務めている。
生真面目もここまでくればむしろ滑稽であり、愛嬌の一つといえかも知れない。
口の中の麻婆豆腐を飲み込んだまひろは、口も拭かずに拳を固めて力説する。
子犬が吼えるような忙しい声だ。
「大丈夫! 私の胃は頑丈だから! 魚の骨だってプラスチックだって何だって溶かしちゃう!」
「君はプラスチックも食べるのか」
「もちろん! お兄ちゃんと斗貴子さんにお弁当作ったときに味見したよ!」
会話がかみ合わない。なぜそうなる。
(このコの胃袋は魔女の釜か何かか)
珍しく洒落っ気のある形容をしたはいいが、そういう自分に気付くとますます臨界点が近くなる。
耐え切れない。せめてもの抵抗として、無言でハンカチを差し出した。
手もハンカチも小刻みに震えている。受話器越しの声も震えている。
まひろはちょっと面食らって、しばらく「いいの?」と誰何していたが、受け取った。
その小さな手の神妙さが、何とも秋水には心地よい。
「うん?」
口を拭くなりまたレンゲをくわえたまひろは、しぱしぱと瞬いた。
横山作品ではないので、ここでぐわわーとか血を吐いたりしない。毒殺されたりしない。
「ねー秋水先輩、いま揺れなかった?」
「さあ」
秋水は感じ取れなかったが、その時、大地には微細な振動が走っていた。

寄宿舎より五kmほど離れた山の中腹。
巨木が落ちて、地響きを起こした。
全長約三十m。幹は大人が数人がかりで輪を作ってようやく抱えられる太さだ。
それらとガサガサした木肌から判断すると、どうもクスノキのようだ。
新装開店のアニメイトが武装錬金トレカを仕入れていなかったコトで有名な三重県四日市の
「市の木」たるクスノキである。まったく恨みは晴れん。仕入れとけよ。
「はっはっはっは!! 怒れ竜の戦士よ! 悪の野望を叩き潰せ!!」
びーんと張り詰めた鎖を握り締め、貴信が吼える。
瞳は大きい。頭蓋骨に中途半端な肉付けをしたような瞳だ。
だが保護欲をかきたてる丸さなどはなく、むしろ肉が腐り落ちた生首のような欠落含みだ。
それが血走り、小さな瞳孔がさらに収縮している上、掌などは胸を落ち着き泣く掻き毟ってい
るから正気には見えない。
「巨木を放った僕の膂力はナイスだ! もっとも!!」
ばさりと樹上で葉が散ると、鋭いうねりが2つ飛び出した。モーターギアだ。右肩下がりで貴
信に向かっている。
「初撃失敗!! やはり不意打ちのような真似は成功しないなああ!!! 大方、巨木が向
かってきた瞬間に戦輪(チャクラム)を射出! 同時に鎖を狙い撃って軌道を逸らし!! 直
撃だけは避けたという所か!! 違うか、どこかに隠れてる新人戦士! 違ったらゴメンだ!」
木陰で剛太は舌打ちした。貴信のいう通りだ。
いわれてない部分といえば──…
右踵からの疼痛に顔を歪めた。左のふくらはぎも内出血をきたしている。
(クソ。情けねェ。足だけ下敷きになっちまった)
なんとかそこから抜け出したはいいが、立っていられるのが奇跡に思えるほど、痛みは激しい。
手近な木にもたれて、脂汗交じりに熱ぼったい息をつく。
(逃げるのは無理か。けど、早く先輩に合流して、割符のコトを知らせなきゃ──…)
ともかく、手にしていた割符をポケットにしまい。なくしたら大変だ。
しかし服の様子ときたらひどい。あちこち飛んで転がったせいでホコリまみれだ。
血のシミだって二ヶ所や三ヶ所ではない。
割符をしまいがてら、ポケットをぱんぱんとはたいた。
いっそ全身をそうしたいが、逼迫した状況だから余裕はない。
(たく。なんで私服を汚さなきゃなんねェんだ。コレなんかより制服を先に支給しろっての)
掌に返ってくる硬い手ごたえに愚痴がこぼれ──…
「…………」
何かを思い出したように手が止まる。剛太はかすかな驚きを以ってポケットに視線を留めた。
(待てよ。逃げるのは無理でも、方法は──…)
すばやく木陰から顔半分を覗かせ、貴信の様子を観察する。見られていない。
密かに手を動かす。気取られないように。目論みが悟られないように。
「回避からこの攻撃につなげたのは見事だが!!!」
貴信は笑った。頬肉をあらん限り水平に伸ばしてくつくつと。そして手首を返す。
通常、人型ホムンクルスの掌には穴が開いている。
香美などはそこから水や空気などを射出していたが、学術的に見ればそれは誤った使い方。
本来は人間を捕食する器官としてのみ扱うのが正しい。
もっとも香美と体を共有する貴信にそういう常識はないらしい。
驚いたコトにハイテンションワイヤーなる鎖分銅の武装錬金は、掌の穴より生えている。
接続している、と捉える方が正しいか。ともかく、鎖は貴信の掌に呑まれていく。
ワンタッチで収納可能な掃除機のコードを想像してほしい。
収納ボタンをぽちっと押されたようなひっきりなさで、鎖が一気に巻き戻る。
巨大なクスノキからほどけ、じゃりじゃりと咬合部分をうち鳴らし、宙を舞い。
今度は貴信の正面で旋回を始めた。こちらは扇風機を想像して頂ければ幸いだ。
金属のぶつかる耳障りな音がした。モーターギアが接触したのだ。
そこで信じ難い光景が、巻き起こる。
「な……!」
位置を悟られるのはマズいと思いながらも、剛太は声を漏らさずにはいられない。
通常なれば、回転中の鎖に当たった戦輪は弾き飛ばされただろう。
だがモーターギアは。
鎖に触れるやいなやブレた。
もっと映像的に明確な表現をしよう。
衝突の瞬間、全く同じ形の光が内側からにゅるりと引きずり出された。
形は同じと描写したが、例えば刃に彫られた円形の溝はない。
陰影や凹凸が皆無の、ツルリとしたライトグリーンの光。
霊なるものをこねて輪郭と大きさのみを真似たような発光体。
それが歪み、避雷針にあたった雷よろしく鎖を伝い落ち、やがて消滅。
残されたのは力なき戦輪(チャクラム)。
だらしくなく地面に落ちる姿は、突然死を遂げた蚊のようだ。
剛太はますます自身の不利を知る。
貴信の眼光が明確に射抜いてきたからだ。位置を知られた。
「そこにいたか! だが顔色と姿勢から察するに、足を損傷したな!!」
『え、そーなの垂れ目!! は、早く手当てしなきゃ大変じゃん!!』
「るせぇ! 誰がてめェらなんかの指図を受けるか」
威勢よく啖呵を切ってみるものの、足の状態は思わしくない。
声を出すだけで痛む。腫れもひどい。スタイリッシュな足が象になるかも知れない。
『あ、そ。じゃあご主人と一緒にあんたを倒すわよ! それから手当てすれば解決じゃん!』
「本末転倒じゃねェかそれ!」
「ともかく!!」
貴信が手を横なぎに一閃すると、剛太の頭上やや上に風が走った。
恐ろしく伸びた鎖に薙がれた! 
ようやく気付いたのは、身を預ける木の上半分が地面に落ちた頃である。
幸い、剛太とは逆方向。怪我はない。が、予期できなかった攻撃に身震いする思いだ。
「僕のハイテンションワイヤーを前に、こそこそ隠れるなど不可能!!」
(その通りだ…… あの馬鹿力をみる限り、その気になればたぶん岩でも砕ける! ちくしょう
せめてモーターギアさえ回収できれば…………って! 落ちてるし!!)
剛太は足元に目を釘づけた。大工が愛想の金槌を見つけた表情に近い。
歯車じみた台形のギザギザ付の戦輪(チャクラム)など、地上にそうはない。
間違いなくモーターギアだ。
『感謝すんのよ垂れ目! ご主人は優しいから、さっきの攻撃のときに返してたのよ!』
何もしてないくせに高慢ちきな猫の声に、剛太はムカっときた。
待望の武器ではあるが、拾うのは憚られる。
「胡散臭ェ! 絶対お前ら何か仕組んでるだろ!?」
垂れた目を更にじっとり垂らし、三十メートル先の貴信を睨む。
元は整った顔の剛太だが、表情を崩すと途端に軽薄でだらしのない印象だ。
もっとも戦団でそれを悔やむ女性は斗貴子を筆頭として一人たりともいない。
でも学校に通えば同級生のメガネ少女ぐらいは、たぶん。
「はーっはっは!! 心外! 心外だぞぉぉっ! 疑心など一つたりともないぞ僕はぁ!!
その証拠にホレ! 何一つ豆知識を披露していないっ!!」
「くそ、暑苦しいなてめェ! というか豆知識とウソがどう関係……」

「豆知識が欲しいか!!

ならばくれてやる!! 野菜にかけるドレッシングは意外に砂糖が多めだ! ウソだと思う
なら原材料を見ろ! 二番目だか三番目だかに必ずいるッ!! 恐ろしいな!!」
「何だコイツ。ちっとも話が進まねェ」
『まー、ご主人こんな調子だからさ、あたしが代わりに話そっか垂れ目』
「勝手にしろ」
げんなりした声で剛太は香美を促した。
内心では助かったという気持ちだが、ホムンクルスへ素直に出せようはずもない。
『よーするに、さっきのままじゃさ、弱い者イジメになるから武器を返したワケ! どよあたし
の説明。感心したらさ、ノドなでてちょーだいノド。気持ちいいから触られるの大好きじゃん!』
「その通り! やはり男は真っ向勝負に限る!! その中で心身を鍛えるべきだ!!」
「あー。分かった分かった」
段々分かってきた。気のない様子でしゃがみこみ、モーターギアを回収しながらもう一度反復。
相手はどちらもバカだ。
それもどうしようもなく手のつけようがないバカどもだ。
「悠久の命を持ちつつ怠けていいのか!? 否!! 学理を収め技を磨くコトこそ肝要だ!!」
剛太はモーターギアを眺めた。流れてくる声はなるべく聞かないコトにする。
「魂が震える! 立ち上がるんだ!! 勇気はあるか希望はあるか!」 
というかココはとても静かなところだ。ああそうだ。開演三分前のコンサート会場だ。
「目的なき人生は精神を黒ずませる! 半端なる目的の人生も精神を黒ずませる!!」
いまだ痛む踵にモーターギアを着装。地面を滑って逃げよう。静かな場所だが逃げよう。
「女! 酒! ギャンブル! そして人喰い! いずれも目的にしちゃならん!!」
足元に鎖分銅が突き刺さった。喚きながらもしっかり監視しているらしい。
(うわコイツ、マジうぜェ! つか、少なくても最初のは目的にしたっていいだろうが!!)
斗貴子が大好きな剛太としては声を大にして反論してやりたいが、するだけ無駄だろう。
相手を見ずに喚くほど、剛太は馬鹿ではない。
斗貴子が絡めばどんな無茶だってするが。
そう。あれは斗貴子がカズキに一心同体宣言をした直後のコト。
剛太は火渡率いる再殺部隊と遭遇した。彼らの再殺対象はカズキ。そして彼に与する斗貴子。
だから剛太はなんと、単身で彼ら6人を相手取り、かつ、逃げ延びた。
以下はそのあらまし……
「若人ならば何かやるのだ! 乾いたノドで荒野を目指せ! 欲望なんて解き放て!!」
あらましが大声にかき消された。
剛太はしんどくなってきた。考えど考えど、わが暮らし楽にならざり。じつと手を見る。
モーターギアを核鉄に戻して足に当てれば回復できるとか一瞬考えたが、さすがに香美の言
を全面的に信じるワケにもいかない。
「ははは! 貴方の考えしかと読んだぞ! 香美を信じて武装解除した瞬間、がーっと捕食
されるのを危惧したな!」
剛太は半ば気おされる思いで貴信を見た。「さとり」なる妖怪をみた木こりの心境だ。
「もっとも貴方自身、実際にはないと断定してはいる!! が、性格上、ありえない現象を想
定の範囲内入れるのがクセだから、足の回復を先延ばしにしてまで僕と相対しているな!?」
いいだろう、と貴信は早口で喚き散らす。口からは唾が飛び散って、汚い。
「よろしい! ならば僕も一歩たりと動かず戦おう!!」
「な……」
剛太は色を成した。いくらなんでも舐められた条件だ。
貴信との間は前述の通り三十メートル。長距離だ。剛太のモーターギアの領分だ。
ゆるやかなサイドスローを右手で描く。
「ふざけてんのか? 確かに鎖は届くようだが、こっちにゃ……」
指先から戦輪が離れた。空をぎゅらぎゅら切り裂き、貴信に迫る。
鎖が楯のようにまた旋回。先ほどより心持ち大きめだ。
接触。またもや金属音。またもや動きを失うモーターギア。
ライトグリーンの光が鎖の表面を伝い落ち、消滅した。
謎めいた現象に息を呑んだ剛太だが、初見の時ほど深刻ではない。
「ははは! 確かに貴方の方が有利だ! 数的にな!! 鎖は一本! 戦輪は二つ! 攻
め手の多さを利すれば、例え弾かれようと止められようと、隙はある!! 例えばこっちに!」
貴信は振りかえりもせず、鎖の先を肩の後ろへ放った。
それについてる分銅は鈴型よりもやや大きめ。大人の握りこぶしほどか。
形は戯画的な星マークを金太郎アメ状に引き伸ばした感じだ。
それが火花を散らした。弾かれるモーターギア。鎖を伝い落ち消滅するエネルギー。
『こっそり攻撃したようだけど、無駄じゃん垂れ目!』
(ちっ。一投目に混ぜてみたけど無理か。そういや──…)

──『ははは! そして僕たちに死角はない!』
──「そゆコト! ご主人がいる限り、不意打ちなんて通じないわよおっかないの!」

先ほど香美たちがこういっていたのは、、片方の顔が必ず後ろを向いているせいなのだろう。
(なんだよコイツら。ヘンな体! だいたい、1つの体を共有するホムンクルスなんて聞いた
コトもねェっての。動物型ホムンクルスは寄生した宿主の意識を殺すんじゃなかったのかよ)
八つ当たり気味に悪態をついてみるが始まらない。敵の情報を探る方がまだ得だろう。
「……てめェの武装錬金、そりゃひょっとすると」
「ふははお見事! よく気付いたな! その通り!!」
鎖を引き戻す。先にはモーターギアが絡まっている。それが剛太の足元に投げられた。
もう片方も然り。やり方はなかなかに水際だっている。
地面に落ちているモーターギアの端をまず分銅で叩く。すると反対側が浮き上がる。
そこに鎖をヘビのように這わせて分銅を突っ込み、絡める。そして剛太へ。
「僕のハイテンションワイヤーは、触れたモノ総てのエネルギーを抜き取る! 触れさえすれ
ばどういうタイミングでもだ! ちなみに十円玉の汚れはぽん酢でもけっこう落ちる!! ぽ
ん酢の”ぽん”はオランダ語で柑橘を示すポンスだというのが有力だ!!」
「何だ。大したコトねェな。運動エネルギーを吸収する武装錬金なら、信奉者でも持ってるぞ」
秋水の武装錬金のコトだ。
ソードサムライXはエネルギーを絡めた攻撃を総て吸収する。
「違う!! 総ての、だ! 静止してようと人間だろうと劣化ウラン弾だろうと、何でもだ!!」
「すげェな。で、他に何ができる」
「吸収などという生易しいものじゃあない! 流れるエネルギーをそっくりそのまま抜き取って、
動きを強制的に止めるんだぞ!! カッコいいだろ!! この特性の前には銃弾だろうと爆
弾だろうと劣化ウラン弾だろうと水風船も同然だ!! なぜなら中に流れる危険なエネルギ
ーだけをそっくりそのまま抜き取って無効化できる!! つまり導き出せるのは!!」
モーターギアを片手で2つとも拾うと、剛太は残った手で頬を覆った。
生あくびを噛み殺した? 違う。引き出した情報から策を得た会心の笑みだ。
「エネルギーというのは物事を物事たらしめるいわば真髄! 流れねば動作などなく、いかな
る動きも生じない!! それを反転して考えた! そして結論! モーターと発電機のような
逆説かつ相互的な考え方ッ! 物事の術理さえ身の内に取り入れれば、エネルギッシュな生
き方ができる筈なんだ!! だから学理を収め技を磨くコトこそ肝要だ! 真髄を捉え真髄
を沸き立たせてこそ男は輝く! 目的なき人生のように黒ずまないッ!」
一方香美は髪を食べた。
「僕の武装錬金も然り! フゥ、フゥゥゥゥ〜ッ……!!!」
力いっぱい鎖を握り、オーバースロー気味に打ち下ろす貴信。
「『総ての真髄を捉える』ッッ! 」
”ひ”の字に大きくたわんだ鎖が、剛太めがけて一直線に軌道を変える。
「それこそがッ! ハイテンションワイヤーだあああああああああ!!」
魔弾の速度が、突き抜けた。
森を、三十メートルほどの空間を、そして剛太の右胸を。
(見え……なかった)
生暖かい灼熱の液体が、ノドの奥からこみ上げてくる。
堰を切る、という現象を初めて唇で味わった。
吐血が強制的に口をこじ開け、地面にこぼれる。
右胸に突き刺さった分銅を剛太は虚ろな目でみた。
(早すぎんだよ。見えてたって、今の足じゃ避け……られ……)
無機質な鉄色に粘性の高い朱の滴りが絡み、滑り落ちる。局所的な血の雨だ。
痛い。苦しい。
あばらにヒビがいっているのかもしれない。ヘタをすれば折れて肺に刺さっている可能性も。
呼吸ができない。痛みに感覚がオーバーフローしている。
だからなのか、脳が意識を天へ捨て始めた。
ケガをしていた足も支えの意志を失った。左膝ががくりとうなだれ、右足が連鎖的に崩壊。
剛太はゆるやかに倒れ始めた。
倒れまいと手を動かす。そこには何もない。つかめそうなものなど何一つない。
「ははは! 一歩も動かずともコレぐらいは軽い! まずは一人目!」
分銅が剛太の胸を離れ、鎖がしなる。一秒とせぬ内に血なまぐさい星が掌に巻き戻る。
「さぁ、まずは貴方の手当て! そして次は、あの女戦士だ!」
「……させねェ」
がぎと鈍い音がした。
木肌に何かがめり込んだ。
「何!」
貴信は見た。
モーターギアを手近な幹にめり込ませ、立っている剛太を。
ただ漠然と刺しているのではない。
(掴めるものがないなら、作ればいいだけ!)
刃の部分を握り締め、斧か肉斬り包丁を扱うすさまじい力で叩き込んでいる。
「ノン気に寝てるワケにはいかねェんだ! 先輩はいま辛い思いを味わっている!」
掌はざっくりと裂けて、血がとめどなく溢れている。放置すれば命に関わる勢いだ。
(こんな傷ぐらいなんだってんだ! 先輩は、先輩は……)

カズキが月に消えた直後、臆面もなく涙を流し続けていた。
ただひたすら、普段の強さも何もかもをかなぐり捨ててて……

(泣きじゃくっていた。きっとまだ、時々そうなんだろうな)
彼女はもう何もかも尽き果てていたワケの分からない暗闇に、光をそっと灯してくれた。
(だから、しばらく戦いから離れてて下さい。こーいう時ぐらい普通の女のコに戻ってて下さい。
でなきゃ辛いだけですよ)
深く静かな微笑を、どこにいるか分からない斗貴子に向ける。
それだけでいかなる痛みも失意も引き受けられる強い気分になれる。
やるべきコトが、分かる。
「あまり喋らない方がいいぞ!! 先ほどの手応えからすると、貴方のアバラは確実に砕」
「だからってハイそーですかと伸びてられっか! 俺に先輩にしてやれるコトなんか、いくつも
ねーんだ! 悔しいけど、いまはまだアイツに比べたら! けど、だからこそ、ココで敵の一
体や二体斃しておかなきゃ、申し訳がたたねェ!」
『う、うわ。何よこの気迫。まるでさっきと別人…… てか、じっとしてなきゃ危ないって!』
「おい猫娘。さっき確か、お前もご主人守るとかいってたよな」
『そーだけど』
「お前の気持ち、少し分かるわ」
(な、なんのなのよコイツ。ほんっとわかんない。でも大事な人がいるならあたしと同じワケで
……ああもう。なんでこう気になんのよ! きぃ!)
「けど……行くぞ!!」
戦輪が掌から踵へとすべりおち、旋回する。
(どうせ投げたって無駄なんだ! なら接近戦で──…)
視界の外で景色が流れ、距離が縮まる。
二十メートル。十五メートル。十メートル。
「玉砕覚悟か! しかしそれでやられるほど、僕もハイテンションワイヤーも甘くない!!」
腕の横なぎ、鎖の伸張。それらが同時に起こって、剛太を撃つ!
はずだった。
「やると思ったぞ!」
傷だらけの足が土をすべりながら、急停止。
「てめェの性格なら、正面切って攻めてくるのは丸分かりだ!」
鎖は剛太の胸の前で弾かれ、後方に跳ね上がった。
原因は……地面と垂直に浮かぶモーターギア。二つ見事にかみ合い回転していた。
投擲に用いるべき戦輪(チャクラム)が、踵から飛び上がっていた。
楯の役目を果たしていた。
「先輩直伝の防御法! 本当は手足を捨てて急所だけガードするけど、必要なかったな!」
いまだ回転するモーターギアを持ち、左右にすいっと押し広げる。
奇妙だ。それは鎖に当たったというのに、エネルギーを抜き取られていない。
(やっぱ真赤なウソじゃねェか)

──僕のハイテンションワイヤーは、触れたモノ総てのエネルギーを抜き取る!

(でも俺は大木を投げられたとき、鎖にモーターギアを当てて軌道を反らした! つまり触れ
さえすれば何でも抜き出せるというのはウソっぱち! どうせ──…)
「気付いたようだな! そう! エネルギーを抜き出せるのは一瞬だけ!! 深く激しく熱くッ!
そんな男ならではの強烈な打撃の瞬間のみ!! 今は不意をつかれ、弾かれたがな!!」
予期せぬ衝撃の余韻。背後に鎖分銅がたわむ。手首が硬直。
そこをモーターギアが一閃!
手首が宙を舞い動く。握ったままの鎖が重傷蛇のように暴れ狂う。
背後の闇に戦輪が吸い込まれると、貴信は静かなまなざしをした。覚悟を決めたのだろう。
「ところで話は変わるぞ! 抜き出したエネルギーはどこに行っているのだろうな!?」
思考と咆哮がいりまじる間に、両者の距離は五メートルをすでに切っている。
剛太の後ろで鎖の落ちる音がした。
もはやハイテンションワイヤーはそれを操る手首ごと剛太の背後。
弊害はクリア済み。
「大気に拡散などはしていない! はーっはっは! 実は!!」
笑う貴信がどうっとゆらめいた。ふくらはぎにモーターギアが刺さっている。
先ほど手首を斬り落としたモーターギアだ。
Uターンするようインプットされていたらしい。
それに傷を負わされた足では即座に回避しがたい距離だ。残り三メートル。
「モーターギア、ナックルダスターモード!」
大きく踏み込む。掌で猛回転する戦輪をブチ込むために。
それを見据える貴信の顔から、笑いが消え。
「エネルギーは僕の体内に吸収されている。鎖を伝って、な」
静かな口調で手を突き出した。剛太の眼前に。まだ残っている掌が重なり。
そこにぼっかりと空いた穴に、ライトグリーンの光が収束した!!
「流星群よ!! 百撃を裂けぇぇぇぇ!!!!」
まばゆいばかりの光が剛太を灼いた!
掌から射出されたのは、小石ほどある光のつぶて。
剛太の服が裂ける。皮膚が微細に断裂する。
果てしないかすり傷から薄い血がじゅくじゅく流れ、つぶてに裂かれ吹き飛んでいく。
さながらピラニアの大群に襲われた野牛だ。
モーターギアは光との激突に金属疲労をきたして、割れ落ちる。
「忘れてもらっては困るな!! 掌から吸収した物を射出できる…… 香美の特技は、体を
共有する僕でも使用可能だというコトを!! もっとも僕は香美とは違い、体内からエネル
ギーすら射出し、攻撃に転用できるがな!!」
剛太の体が勢いよく倒れこんだ。
動かない。身じろぎ一つする気配がない……


前へ 次へ
第010〜019話へ
インデックスへ