インデックスへ
第110〜119話へ
前へ 次へ

第112話 「対『海王星』 其の肆 ──汰沙──」




 廃屋地帯現状図。

 A       B     C       D       E       F  ..|
││    ││    ││    ││    ││    ││  |
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─|1
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─|
││ 01 ││ 02 ││ 03 ││ 04 ││ 05 ││  |
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─|2
┐┌──┐┏━━┓┏━━┓┏━━┓┌──┐┌─|
││ 06 │┃ 07 ┃┃ 08 ┃┃ 09 ┃│ 10 ││  |
┘└──┘┗━━┛┗━━┛┗━━┛└──┘└─|3
┐┌──┐┏━━┓┏━━┓┏━━┓┌──┐┌─|
││ 11 │┃ 12 ┃┃ 13 ┃┃ 14 ┃│ 15 ││  |
┘└──┘┗━━┛┗━━┛┗━━┛└──┘└─|4
┐┌──┐┏━━ ☆ ━━┓┏━━┓┌──┐┌─|
││ 16 │┃ 17 ┃┃ 18 ┃┃ 19 ┃│ 20 ││  |
┘└──┘┗━━┛┗━━┛┗━━┛└ ▽ ┘└─|5
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌ ◆ ┐┌──┐┌─|
││ 21 ││ 22 ││ 23 ││ 24 ││ 25 ││  |
┘└──┘└──┘└──┘└──┘└──┘└─|6
┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌──┐┌─|
││    ││    ││    ││    ││    ││  |


太枠部(07〜09、12〜14、17〜19) 藤甲マーキング。植物覆う廃屋。

☆ 虹封じ破り実行地点。藤甲の死体安置。

◆ リバースの特性初披露。

▽ 暴走斗貴子が、『柱石を砕いた』廃屋





 ──斗貴子暴走から、3分。

 夥しい斬撃の傷が刻まれた24号棟北東にて、海王星の後姿に、壱から玖までの予告的な幻影が浮かんだのは、数々の
誘導の数々あったればこそ。背後で膨れ上がる剣気に、乱れ吹く雷雹への応対も半ば、愕然と首ねじまげ振り返るリバー
スだったが一拍遅い。斗貴子は相変わらず暴走状態、しかしそれゆえ……疾(はや)い。飛天御剣流・九頭龍閃を四本し
かない処刑鎌で敢行できるほどに充溢した剣速は確かに真芯で幹部を捉えており、それゆえ建物の角から密かに覗く円
山円に喜色を与えたが……。

 陽炎とけぶるたおやかな少女。九つの斬撃はいずれも空(くう)を。

『なるほど? カーソルで避ける武装錬金』

 斗貴子同様、第三軍状態にある音羽警がひどく怯えた悲鳴を上げながらリバースの背後をまろびつつ駆け抜けた。

 25号棟方面へと消える青年の姿に色めきたったのは円山だ。

(幹部(てき)にかけた!? あの絶対の回避能力を!)

 むろん「洗脳」ではなく「暴走」であるから、100%寝返っている訳ではない。九頭龍閃に到るまでの何幕かの間、ひょっ
こりと登場した音羽が戦士(みかた)に何の前触れもなくリトミックを施したケースは何件か。うち1回は円山。

(今回リバースにかかったのは……たぶん偶然じゃなく…………誘導! 自動人形の廃屋地帯俯瞰によって掴んだ、音羽
のいる方へ行き……リトミックを施されるよう目論んだ! 何のため? 決まってるわ、能力の正体を掴むため!! こっち
に掛けられた場合、どうやって破るか”くらえたら検討してみよう”程度の五分五分運否天賦の心持ちで移動した! に、す
ぎなかったコトが! 津村斗貴子の九頭龍閃回避をもたらしたのは……偶然というか幸運というか……ヤバいわね、流れ
があっちにあるような気がしてならない……!!)

 話に聞くL・X・Eの陣内の鉄鞭のような純然たる洗脳能力でないところが却って恐ろしいと円山は思う。操って、何かを仕
掛けるつもりなら、かのイオイソゴを相手に生還した境地の広がりによって円山は電撃的に感得できたが、「うまくいったら
なんか分析できるかも」程度しか創造者も期待せぬ『暴走』の、乱数的なあやふやさは、つい先般、理詰めの古豪相手に同
じく理詰めの戦法を磨いたばかりの円山には”ひどく、やりづらい”。岩盤への力学的な貫通を学んだ後に出向いた現場が、
沼地だったようなものだ。読みの基盤が、基礎杭が、打ち込みづらいコトはなはだしい。

(何より厄介なのは──…)

 咆哮をあげ、リバースに斬りかかる斗貴子。

(敵を攻撃する、コレが厄介!)

 何を言っているんだと円山自身思いはするが、しかしむしろこと敵が強大である場合、彼方より弱い戦士は、戦士(みかた)
ばかり攻撃してくれた方がむしろ楽、なのだ、精神的にも、肉体的にも。
 でないと、敵への攻撃を見た戦士たちに、『もしかしたら精神力で支配を解いた? また味方に?』といった期待や安堵、
”緩み”が生まれてしまう。”そういったモノ”が裏切られた場合における士気の沮喪もまた無視できぬ。
 肉体的に、というのは純然たる防備の問題。重機関銃顔負けの連射力に、斗貴子が、最大の持ち味たる『冷静さ』を欠いた
状態でたかが四本の脆弱な処刑鎌で躍りかかっていく……これに比べれば、ホームの端に目(ライト)かがやく準急が見えた
瞬間線路に蹴り落とされる程度まったく天国、いくらでもハッピーエンドにできそうだ。

(直接戦闘は避けるっていったのアナタでしょうに!!)

 また何人かの戦士が斗貴子救出に動員される。そのぶん、対ブレイクの戦線が希薄されますますジリ貧……。

(完全なる支配下の方が、明らかにもはや戦士には戻れぬと分かる変貌の方が……まだマシ、割り切って殺せるのに……!!)

 バブルケイジを使えば理性なき斗貴子など簡単に消し飛ばせる。だが海王星の打倒によって正気に戻るのなら? 或いは
ほぼ半々の確率で幹部を攻撃する状態を、一種の戦力として戦略に組み込めるのなら? といった欲目が抹殺を思いと
どまらせる。

 言い尽くされているコトではあるが。

 銃が敵組織に与えるもっとも深刻なダメージは『殺害』ではない。『生存』だ。治療と介助が必要だが、すぐには戦線戻れ
ぬ傷を与えるだけ与えて、しかし殺さず、誠心誠意の心がけを以ってキチンと拠点に送り届ける──…

 拷問の末の殺害より、遥かに! タチが悪い。

 死体は、作業としては、燃やして産めて骨と票を遺族へ送ればハイ完了だが、怪我人は、生きている限り、毎日、食料と
医薬品の調達を要請する。物流は当然、人を要する。看護と介助も然りであろう。応用問題は救出作戦、ひとりの二等兵
を『救わせる』ために、何人もの、救出に長けた精強を使いものにならなくするのも、『銃のもたらす深刻なるダメージ』そ
の系統ッ!

 円山たちはそれを強いられた! 暴走こそするが生存はしている斗貴子によって……強いられた!!

(にひ。くれぐれも戦士の枠、掻き乱してくださいね斗貴っち。そのために生かしてあげてんですから……)

 精悍ですらある薄目で笑うブレイクは唇の端を、舐めた。”あの”津村斗貴子を今ならば容易く葬れるという絶対の機会
に恵まれながら生存を黙過しているのはしかし慈悲ではない。なまじ求心力を殺す方がマズいのだ。戦士らは連携を旨と
する一団……華があり仁もある指揮官を惨殺された場合、その結託は復仇という共通の、絶対的な一存によって想像絶
する領域にまで昇華(たか)められる。義憤による個々の爆発力も恐ろしい。怒りで新たな能力に……ありうるコトだ。

 だから、割る。

(斗貴っちへの対応! 元に戻すか、殺すか、どちらも戦略的に正しいからこそ戦士さんらの意見は割れる! 強大な頼れる
戦力だからこそ、『まだ8人残っている幹部との戦いのため正気に戻す』『ここで全滅したら後も何もない、こういうとき自分を
見捨てていいと言い放てるのが津村斗貴子だから涙を飲んで始末する』、どちらも決して間違いではない判断だからこそ、
処遇に対する論争は大なり小なりかならず起こる!)

 大戦士長の救出作戦に選抜されるほどの面々だから、論争は期待ほど長引かないともブレイクは見ているが、しかしそれ
でも構わぬと思う。

(森でのさくらもっちの様子を見るに何やら一瞬で連絡を取れる【武装錬金(しゅだん)】を持ってるようですが、話し合えるのは
どれほど長くとも30分程度……! この土壇場における限られた意思決定のフェイズを斗貴っちの処遇への論争で削れたら
それは大きい! 5分言い争えば5分ぶん、10分言い争えば10分ぶん、策を練りこむ時間が消える! 熟成を、欠く! 俺っ
ちが期待したいのはそこすね、完全なる意思統合をやられたら本当読みきれず出し抜かれるってのは虹封じ破りで枠(み)に染
みて実感しましたから……!)

 ある意味では窮余の奇策。追い詰めつつも追い詰められているのだと戒めるようブレイクは思う。だから分かりやすい斗
貴子殺害という最善手を敢えて捨て、暴走による意思決定の揺さぶり、一枚岩にするコトなくの各個撃破を目論んだ。

(一対一にさえ持ち込めば勝てる人のが多いんですから、ね……!)
(だから津村斗貴子は敵勢力というより……人質! 暴走は戦士(わたし)たちを直接殺す策じゃない! むしろ人質の
要素すら帯びている! 逃走防止用、あくまで決着まで釘付けるための……極めて攻勢な、人質ッ!!)

 円山は見る。原因不明の成傷に見舞われ全身からじわじわとだが出血していく斗貴子の姿を。

(放置して逃げれば出血多量で死ぬ! かといって連れて逃げきるのは……暴れる以上ひどく困難! 運搬じたいはでき
るわよ、霧または雲に変化した斬撃無効状態のサップドーラーなら”くるんで”私たち共々この場を逃げ去るトコまではでき
る! ただそれは消極策! 残り少ない大駒のうちの貴重な1つをただ津村斗貴子を抑えるため『だけ』に使って、じゃあ
先は、その先は!? 追ってくるのよ逃げても幹部は!! 天候同化って貴重な火力ナシで迎え撃つ? どうやって!?)

 逃げ切るのが困難ってのはそこよ! 円山は叫び出したい気持ちだ。

(振り切るに値する火線を、守るべき対象のせいで皮肉にも削がれてしまった状態で、”あの”幹部2人を振り切るなんて絶
対不可能!! 私(コッチ)はたった1人の木星(かんぶ)すら総角と根来の極めて奇襲的な登場によってようやくギリッギリ
しのげたに過ぎないのよ! その倍の敵を、義姉おそれる鐶を含む消耗した、師範と霧杳以外は全員、総角・根来級より
1つは下な面々で……?無理よ絶対無理!!) 
 斗貴子の出血に対する根源的な、前提への疑問もまた、ある。
(そもそも逃げさえすれば止まるって保証は!? 術者から離れさえすれば収まるって保証は!? もし逃げ切れても継続
する類の能力だったら……死ぬ! 逃げ切れても術者リバースが継続している限り津村斗貴子は……死ぬ!! 変わらな
くなる、放置して逃げたのと!)
 そう。円山視点では『射程距離に比例する能力か否か……分からない』のだ。その検証過程に据えるには、幹部2人から
の撤退戦はあまりに重すぎる。
(津村斗貴子を連れたサップドーラーだけを逃がし高速で離脱(はな)れさせていくってごくごく真当な探り方もあるにはある
けど……)
 その程度、想定されていないとはどうしても思えない。土星の幹部操る量産型バスターバロンの戦闘光景は廃屋地帯から
でも藍鼠(あいねず)色の山影のように見えているが、うち数体が離脱中のサップドーラーの襲撃に向かった場合……
(バ ス タ ー バ ロ ン の 攻撃に晒されるわね津村斗貴子……! 取り巻く天候同化は打撃斬撃を透過させる性質ゆ
え巨拳を止める盾にはならない……! そして振り切れたしても!)
 出血の解除が、術者からの、何か直接的な接触の行為を必要とするものであった場合、離脱は逆に毒となる。間に合わなく
なるのだ。距離を取れれば取れるほど、戻るまでの、血が流れ切り事切れるまでの時間(リミット)が極めて極めて短くなる。
(その辺はリバースを殺害できれば淡雪のごとく解消されるでしょうけど……)
 鐶の彼女への表情を見れなお断行できるほど円山は強者ではない。優しさにも似ているがやや違う。調子に乗って嗜虐的
なコトをした場合、いかなるしっぺ返しが来るかイヤと言うほど痛感させたのがこの夏であり、斗貴子だ。戒めるような胃の痛
み。錐の軽い効力射。義姉を畏れつつも救いたいと願っている少女のささやかな願いを消し去ってみよ、
(恨み、買っちゃうでしょうし……)
 ふふっと「おお怖い、やめときましょ」とからかうような偽悪的な笑み浮かべつつ、姉妹2人の再生を願うのもまた犬飼からの
感染ゆえか。ひどいひねくれをしながらも熱い正心あきらめきれずにいた青年の本質の……伝播。

 だから。

 斗貴子を助けたくば。

(戦って解除に持ち込むしかない!! 終戦後こわい副長の報復を避ける意味でも……リバース殺害は……ない!!)

 短期決戦だ。短期決戦しかない。

(秒おうごとに増えていくあの傷、長期戦になれば解除(たす)けられても復帰は絶望! 戦団には金星のような完全治癒
能力は……ない! 鐶の年齢操作で1年前の状態に戻せば傷だけは治るけど、白い法廷で知ってのとおり『鐶の死亡、
または武装解除』でぶり返すリスクもまた残る!! しかも残る幹部には──…」

 戦団最硬のシルバースキンですら分解してのけたディプレスと。
 あらゆる武装錬金の特性を『破壊』できるメルスティーンが、居る!!

(並大抵のコトじゃ殺せそうにはない鐶だけど、この2人のうちどちらかと戦う羽目に陥った場合……武装解除は生じる、
高確率で生じる!! 銀成組の話じゃ前者の能力は煽りが効かなければ発動しないってコトだけど、優しいがゆえにメン
タルは決して強くない鐶が分解能力スピリットレスを早坂秋水よろしく凌げる保証はどこにもない! そしてそれはそのまま
津村斗貴子を年齢操作で癒すリスクでもある! だから彼女は傷がまだ浅いうちに、幾つかある戦士の治癒能力で回復
可能なうちに、助けないと、いけない! 指揮も戦闘も高レベルの彼女をこんな序盤で退場させるのは敗北でしかない!)

 そも戦略的にいっても逃走は、下策。

(1人でも本陣に飛び込み盟主の所在を伝えさえすればどれほど人的被害があろうと勝てていた木星(あの)時とは全然違
う!! むしろ逆! 逃げてアジト偵察組と合流するのは……破滅!! また暴走させられたら!? 津村斗貴子に匹敵
する戦力が海王星の特性に罹ったら……意味がなくなる分断の! ああいうカウンター的な能力が全軍に浴びせられるの
を警戒した火渡戦士長の保険が、分断が、私の武装錬金以下の泡に帰すような合流は、逃走は、絶対回避!! 偵察組
(むこう)も幹部に苦戦している可能性だってある! そこに脅威を引き連れて参着するとか……なさすぎる!)

 ゆえに。

(幹部2人……ブレイクとリバース! 止めなきゃならない、いま、ここで!!)



 混迷の戦線の渦中、リバース、逃げ去る音羽を

(ふふ。能力が分かったら、次は──…)

 流し目で見送るや、莞爾たる瞑目に移りそして想う。

(ふふ。今はまだまだ序の口よ。私めの『銀鱗病』の怖さはむしろ……ココから)




 金星の幹部グレイズィング=メディック語りて曰く。

「リバースの特性……。銀鱗病(ぎんりんびょう)」

「中国じゃ疥癬の一種を指すコトバですけど、ピッタリでしてよ、色々。クス。だから名付けた……」

「解説……しましょうか?」

「そもそもリバースの特性は『必中必殺』。発動直前最後に声を出した者に必ず着弾し、かつ、解除なき場合は数時間で
確実に、絶対に、相手を死へと至らしめる恐るべき能力」

「そのヒミツは固有振動数。採取した相手の声をもとに組み立てた、崩壊の、固有振動数の乗った不可視なる音波の弾丸
が対象を内部から徐々にですが確実に崩壊へと導きましてよ」

「特性の一貫した症状は譫妄と暴行。以降段階別の疾患を並べていきますと……第一段階は皮膚の剥落。第二段階は
筋肉または骨の崩壊。第三段階は脳や内蔵の溶解。個人差もありますが脳がドロドロになって死亡するのはだいたい平均
で2時間弱。治療の術は、ないですわね」

「クス。そう。このワタクシですら根治は不可。死者ですら24時間以内であれば蘇生するコト相叶う完全治癒ハブオブラブ
を以ってしてもリバース術下にある被害者を完全に救うのは……不可能」

「対症療法だけならできますわ。負った傷だけでしたらいくらでも直してあげられます。しかし……即座に再発です。皮膚
の剥落はすぐさま始まり……やがて脳は再びレバーのスムージーに……ですの」

「大それた攻撃。根本のエネルギーは世界に谺(こだま)する……怨念。激しく覚えつつも対象には炸裂しなかった怒りの
生霊、人間が社会で生きていく中で毎日一回はかならず覚える行き場のないムカつき……あの車が中途半端な速度だった
せいで行きたい方向へスムーズに行けなかったとか、思わぬトラブルが起きたときに限っていつもならすぐ捕まる担当者が
捕まらないとかの、そういった些細な出来事への業腹についてこんな体験はありません?

『一晩寝たらそれほど腹は立たなくなっている』

 起床後、どうしてあんなに怒っていたのだろうと自分でも不思議に思ったりするのはですね、睡眠中、大部分の激情が怨
念となって体から抜け出ているせいですの」

「もちろん一部は残ってますわよ。だから時々なにかの拍子で思い出し、考えるんじゃなくて? 『あのとき徹底的に言って
やりゃあよかった、暴力に訴えてでも二度と関わってこないよう『沈黙』させてやりゃあよかった』と」

「クス。怒りとは常に十全に晴らせぬもの。理不尽ないちゃもんが来たとき、自分の立場やら周囲への配慮やら、雑多な
事情を鑑みガマンして頭を下げたとしても、腹の方は煮え滾っているもの。熱は……冷めない」

「そうして鬱々と、『徹底的に争えばよかった、勝つまで言暴問わずぶち続ければよかった』と根に持つ、持ち続ける人間
のごくごくありふれた普遍的な情動もまたやがて怨念となり、睡眠のなか、飛び立ち」

「リバースのサブマシンガンによって吹断の要領で取り込まれ……相手の声から逆算された固有振動数を帯び……原材
料とはまったく無縁な者に”剥落(とばっちり)”を与えますの」

「故に特性の原料もまた無尽蔵。言ってしまえば総ての人類が味方。総ての人類が供給源」

「それゆえこのワタクシが閥閲する空前絶後の治癒特性ですら除去不可能なのがリバースの特性、『固有振動数の弾丸』。
物理的な崩壊こそ惹起しますが実態はオカルト、世界に渦巻く怨念の声といった圧倒的なエネルギーを対象に無理やり憑
依させ破滅めがけ緩やかに突き落としているのですから、『治す』というあくまで医学的なアプローチに過ぎぬワタクシのハ
ブオブラブでは無理ですの、根絶しようがない」

「したがって……戦士どもの武装錬金では解除不可」

 戦場で鐶は斗貴子を切る。年齢操作は確実に作用した。薄皮を切る程度の打撃だったが斗貴子は確かに『1年』、若返っ
た。リバースの特性をまだ食らっていない頃の『1年前』へと、年齢については、確かに、戻ったのだ。

「が、それもムリ」

 咆哮を上げ鐶へ襲い掛かる斗貴子。

「年齢操作を以ってすらリバースの特性は消えない。クス。鐶より遥かにスゴいウィルさまの時空逆行を以ってしても消えな
かったのが、居座り続けたのが固有振動数の、怨念の弾丸。当たったが最後、執念をふるう。”なかったコト”には……させ
てくれない」

「銀成の混雑の一件を見ても分かるように、年齢操作は『対象の精神』だけは元のまま保持する能力。一方の銀鱗病は精
神に怨霊めいた固有振動数を憑依(セット)する能力。クス。解除できよう筈もない……」

「幹部の中でソレを破れたのはメルスティーンさまの特性破壊のみ。よって御身の写し身たる総角主税なら或いはどうにか
できるでしょうが」

 彼は今、わずか一機のバスターバロンで照星のそれと、10体近くの量産型を相手中。リバースサイドへの急行は、不可。

「……」

 斗貴子を見ていた鐶の視点が別の箇所に止まる。弾痕。さきほど非戦闘員らの虐殺のさい刻まれた義姉の……弾痕
(ことば)。それは荒ぶる告解の文学。なぜ義姉がこうなったかという長い長い独白。或いは義妹に『伝える』ため書きなぐっ
たのかも知れない。明らかな戸惑いを浮かべる鐶光だが同時にかつての記憶、まだ穏やかだった頃の義姉が時おり垣間
見せた奇妙なる挙措がようやく符合勘合を得つつあり──…

 だが、戦況は。

 結論から言う。リバースの特性は破られず終わる。かけられたものを能力によって解除しえた者は結局、足止め組の中
には居なかった。精神力において跳ね除けるお約束の芸当すら鐶ふくむ戦団側においては……0件。津村斗貴子ですら幹
部2名来襲の『結末』までその暴走は終えられなかった。


「銀鱗病の、話でしたね」

「中国では疥癬を指すコトバをどうしてリバースの特性に当てはめるのか?」

「もちろん第一段階で『皮膚が剥落する』さまが疥癬に似ているからというのもありますが──…」


『雄弁は銀、沈黙は金』

 穿(か)かれた。廃屋の壁に。


「雄弁(しゃべ)って害悪を蒙るなら…………銀鱗病、でしょ?」

「クス。比類なき戦慄の能力であるのは確かに事実。声を出したが最後かならず当たり数時間後ぜったい死ぬ。怖いですわね?」

「けどことリバースの総合力からすれば」

「むしろ特性は、弱い」

「だってそうじゃありませんコト? 彼女の通常攻撃たる『吹断』はミニガン並みの連射力ですわよ? つまり先の先の超絶
速攻型の武装錬金。対する特性は……必中必殺とはいえ殺害完了まで実に数時間かかる代物。確かに強力なのは認め
ますが、銃弾を、固有振動数のカタチで当てられるシチュがあるなら……【空気弾(じつだん)】の方で即死させた方がイイ
んじゃないかって、そう、思いません?」

「なぜこんなややこしい”ねじれ”が生じているのか? それは憤怒(ふんど)リバースの煮えきれぬ性分ゆえでしょう。武装
錬金特性とは精神の具現。怒りに身を任したくて仕方がないのに、一方ではそんな自分が嫌いで嫌いでしょうがなく、つい
制動をかけてしまう……『振り切れぬ攻撃性』が、特性を、遅効性の域にとどめてしまってんですわ」

「単に攻撃性だけに振り切れているなら、弾丸は、ディプレスよろしく接触するだけで対象を即死せしめる能力になっていた」

「彼女の戦闘の動機が『殺したい』ではなく『伝えたい』なのも一因ですわね。クス。義母にいくら言っても無理だったトラウマ
ゆえか会話を病的に嫌っている、クセに、弾痕であれほどコトバを紡ぎ、ブレイクにはべらべらと本音を垂れ流す矛盾、しか
し知的生命体ならば誰しも持っている『話を聞いてほしい』『事情を知ってただ一言、辛かったね、そう理解(いわ)れて救
われたい』という存念。リバースにとっては”すっぱいブドウ”への希求ともいえるしかし極めてまっとうな願いが特性を非常
に歪んだややこしいものに変えてますの」

「必中必殺の遅効性とはつまり警鐘。これ以上責めないでという哀願にも似た警告。それを聞き入れてくれた者は心から
許す。しかし……言ってなお義母のごとくなお詰め寄る”分からず屋”は……許さない。決して決して許さない。『投影の刺激』
もたらす者は父にされたネグレクトを以ってやむなく葬るッ! それこそが弁別の怒り! それこそが弾丸(とくせい)!」

「ですから、本来はむしろ宥恕の能力でしたわ。ある意味では正義側の抑止力にすら成り得たチカラ」

「しかし…………クス。リバースの悪意はコレを、寛容の象徴にもなりうる特性を…………」

「自ら最悪の領域へと昇華した」

 リバース=イングラムの趣味は積み木くずしである。幸福そうな家庭を見かけるたび、特性を以って崩壊させた。吹断を
以って全滅させられるだけなら被害者たち、さぞ幸福だったろう。

「言い忘れていましたけど、必中必殺には副作用がありますの」

 幻覚。怨念の着弾によって、己を責めさいなむ固有振動数が……『敵』に見える。『敵』の姿はまちまちだ。源泉たる波(リ
バース)が大きな傷としている実母(首を絞め、声帯を壊した相手)の精神世界上の異形の姿の場合もあれば、幻覚を見る
者本人が憎くて仕方ない人物の姿をとるコトもある。

「いずれにせよ幻覚を見せられた方はかならず暴れるってトコを利用したのよん、リバースは」

 幸福そうな家族の、父を、きまって狙うその初手は積み木を崩す力学だった。不意に怯え、怒鳴り暴れ、そして家族を
傷つけるような父親を、誰がどうして愛せよう。
 数時間放置すれば脳も骨もどろどろに崩壊し死する特性。
 だがリバースは皮膚の剥落のみに極力留めた。父に奇病で死なれた家族はむしろ相互の愛を深めるからだ。だから……
”そいつら”視点では突発的に暴れるとしか思えぬ家長を、死なせぬまま、無作為に、幻覚によって暴れさす。さすれば、誰
が誰を庇わなかったという事実によって団結を、阻める。母または兄弟の一番うえを変則的に狙えば効率はさらに上がる。

「クス。リバースに目をつけられて離散しなかった家族なんてありゃしませんわ。ひとつもね」

 父の暴力から発した紆余曲折の弾みによって右目だけとはいえ失明した女児がいる。絶対音感によってテレビにすら出た
コトのある中学1年生の男子の不幸は文房具のコンパス片手に母へと襲い掛かる3歳年上の姉を止めようとしたコトで、右
耳を貫かれ半減の聴覚にヤケになり中退、悪い仲間のもとで覚えた脱法ハーブの幻誕の赴くまま幼稚園に雪崩れ込み、止
めに入った58歳の園長と、3歳から5歳までの園児4名を次々と果物ナイフで刺し殺した。(心神喪失を理由に無罪が言い
渡された一審の判決はかつてない論議と反発を呼んだ)。

「確かに特性は吹断より弱いですわよ。単に死を撒き散らしたいだけでしたら、確実とはいえ数時間後は待たねばならぬ必殺
よりは、多少撃ち漏らしがあってもあたりさえすれば景気よくすぐさま殺せる銃弾嵐の方が、即効性に限っては……優れている」

 ですが。酷薄なるキツネ目にアイスブルーの冷淡を灯し笑うグレイズィング。

「積み木くずしで培った『悪意』の使い方は……連携を重視する戦士たちに対する最高のカウンターとなりうる」

「ブレイクとただ2人で、非戦闘員コミなら当初70〜80人じゃおさまらぬ戦士らの足止めを任された理由もその辺、ですわ」

「悪意は、銀鱗病を発展させた。戦士らへの最大のカウンターは津村斗貴子を暴走せしめた一時感染ではなく──…」

「『二次感染』」

 また戦士が殺される。
 名も無き者ではない。虹封じ破りに寄与した核鉄持ちが藤甲を追えとばかりに殺される。

 半ばは同士討ちの出来事だ。目を覆いたくなる悪意だった。斗貴子のような火力の高い者の暴走と誘導をして致命傷を
負わす、一般的な、当たり前の方策がしかし選ばれなかった事実こそ却って生存者たちを震駭せしめた。

 戦士を殺すため選定された戦士の能力は……虹封じ破りにおいては下位打線もいいところ、だった。

 なのにそれが、犠牲者の、特性にとって、最悪の作用をもたらした!

 ……。

 いつかの、過去。

「まーたサボってる!!  あんたたち頭はいいんだから訓練ぐらいちゃんとやらないと損よ! 体力とか連携を高める機会
を自分で捨てるとかバッカじゃないのだし、何より周囲(まわり)から信用されないのがゼッタイ損! 戻りなさいよ!!」
 キンキンした赤い声が響くと3人は大儀そうに首を竦めた。出所を見ると、赤毛を後頭部で大きくお団子にしている、それ以外
はキャリアウーマンのようなセミロングの少女がのしのしプンプンと腰に手を当てつつ大股で近づいてくるところだった。
「わー。うるさいのがきたヨ〜」
「ふふ。私は平気ですが、信頼ゆえ連れ戻しにくるお節介ってアナタ実は一番ニガテですよね、シズQ」
「…………るせえよ」
 快晴の正午だった。
 郁々としているが黄ばんだ枯れ草もまた目立つ土手に座るソバカスの青年は、拗ねたように雑草をひとつ、むしり捨てた。
「訓練やりゃあよぉ〜〜〜。カタに嵌められちまうだろうが。ケッ。人のために戦えだぁ〜〜? 知るかってんだ、こちとら
アルビノのクソガキさえ殺せればそれでいい。他のどうでもいい綺麗事なんざよぉ、染みこませたくねェ」
 なるほどなるほど。勝気な顔立ちにそぐわぬ大人しい表情でフンフンうなずく美紅舞の顔が青年の瞳に反射した。
「つまり組織力は利用したいけど、思想面で同調するつもりはない、馴れ合いはゴメンだって奴ね!」
 人を怒らせるものの1つは要約である。主たるものはレッテル貼り。人間は常に純白の意思決定ができるとは限らない。
資金力だったり、声がデカいだけの面倒くさい者への配慮だったりで、どこかしらちょっとした暗いシミのある判断をばせざ
るを得なくなる場合が大抵なのだが、その僅かな汚れをして黒の大綱へ放り込みハイ論破というカオする口達者は確かに
いる。
 もちろん美紅舞は斯様な愚劣な類ではない。ただシズQの思惑をあっけらかんとした鸚鵡返しで先打ちしただけだ。が、
それも人によりけり、茶化されているとしか思えなくなる類型は確かにあり、シズQの瞼が露骨に引き攣ったのもまた類型
ゆえだ。もともとアルビノ差別で凌虐を振りまいていた男でもある、プライドへの攻撃に威嚇的なブレスが唇の間(ま)を縫い
かけたが──…
「別に染まんなくていいじゃない」
 当たり前のように、拳2つ分開いた隣に座り込んだ少女に、ごくごく僅かだが毒気を抜かれた。膝まであるスカートを
左手によって太ももの前で抱くようして臀部を短い草々につけている美紅舞は、軽いドヤ顔で右手の一番立てやすい指を
立てつつ、こう述べた。
「あのね、復讐したいから戦士やってるって人ね、別に珍しくないんだから。真希士さんとかそうだし。で、そーゆう人らは
大なり小なりアンタたちと同じ。綺麗事に染まれるかって調子よ。そりゃそうでしょ、何か大切にしてたモンをある日トツゼン
奪われて、傷ついてんだから。それ終えらんない限り、倫理? みたいなん一色で生きられないのは当然よ当たり前。やり
たいのに出来ないって悩んでるなら決着つけてからでいいでしょ。復讐終わったけど戦いたい、自分が復讐で苦しんだから
こそ1人でも多くやらなくていいよう『未然』の戦いを選択したいってのは、そーいう心境になってからでいいのよ、そっから
折り合いつけてきゃいいでしょ」
「…………」
「復讐は何も生まないってのは奪われたコトない人のアレよ、バッカじゃないのっていう道徳的なアレよ。そりゃ総合的にゃ
プラマイゼロで終わるとは思うわ、かなり思う。コイツ許さねえってブッ殺したらそりゃスッキリよ。だって腹立つ野郎を、捨て
おけばまた同じコトやるだろって奴を世界から消滅させられるんだから、爽快よ」
「…………」
「まーそん代わり、爽快に殺した奴の縁者からの復讐が、こちとらの縁者に跳ね返って後は現代においちゃもはや御伽噺
かってぐらいテンプレな復讐の連鎖とやらでグダグダのドロドロに陥る場合もあるかもで、だから対消滅? 爽快と連鎖が
帳消しあって結果『何も生まない』かもだけどさ」
「………………」
「でも学窮(わたし)はやんなとは言わないわ。うん。だって輪を、友達を、殺されたら性分的にゼッタイ敵討ちするだろうなっ
て思うもん。あんないいコ殺した奴にゃキッチリ落とし前つけさせないとね、つけられないのよ、踏ん切り。やらかしやがった
奴が何の裁きも受けずにヌクヌクとこの世のどっかで幸福を味わっているのだろうと考えたら、本当、耐えられないから」
「…………」
「だいたいよ? そもそも戦団ってホムンクルス殺すのが当たり前な組織よね?」
 くいっと顔を横向けてきた気配を感じたが、向き直るのはなんだか尺なのでシズQは仏頂面で正面を、見続ける。
「何をいまさら」
「まあそうだけどさ、でね、戦士が殺すホムンクルスって基本、自分には何の損害も与えてない連中じゃない? そりゃどこ
かで誰かに害を成したから斃そうって話になってんのは事実だけど」
「……」
「怪物とはいえ、何の恨みつらみもない連中を殺すのは良くて、恨みつらみのある相手に復讐するのはダメって、それどー
ゆう線引きなのよバッカじゃないのって、時々、思う。普通の殺人で考えてみなさいよ、むしろ前者のが悪いでしょおかしい
でしょなんなのこの逆転現象! おかしいわ!」
 シズQが一瞬だが噴き出しそうになったコトに気付いたのは当人以外では月吠夜クロスのみであった。美紅舞はというと
むしろ自分がつねづね持つ根本的な疑問を開陳するのに精一杯で隣にまでは気が回らぬ様子。
「ホムンクルスにしてみりゃ戦士(わたし)たちなんて通り魔よ通り魔。初対面が『向こうで悪さしたな、殺す!』とかいきなり
言ってくるとかこわすぎでしょうよ。ならむしろ被害現場で見覚えを得た人に『だれだれの仇だ、許さない!』といわれる方が
まだ筋が通ってんじゃないの? 復讐はダメって警察的なコトいってる癖にやってるコトは警察の管轄外もいいトコな結審と
処刑よ? 司法判断と行政代執行まで自分らの裁量でやるってソレまずいコトよねいつかまた100年前みたく暴走するわよ。
ほんとなにこの戦団構造バッカじゃないの!」
 だのに向こう曰くの『通り魔』の血道をあげる教育が『人のために戦え、復讐は何も生まない』なのはもはや洗脳、ただの
殺戮を公益の名を借り神聖化するカルト的なこわさすらあるんじゃないと美紅舞がいうたびシズQの肩の震えは露骨に増
した。
「だいいち復讐が悪いってなら、じゃあ通り魔の行為で怪物どもに反撃(ふくしゅう)の口実、毎日のように与えまくってる戦
団って何よ? 何も生まない火種を、なんの話し合いもナシで撒いてんのよ? おかしくない?」
(わハー。ブラボーさんの弟子の癖して火渡寄リー)
(いえむしろ彼の系統だからこそ逆にウマ合ってる感も)
 ああそーいやこのコ、理に合わぬ指令はたとえどれほど偉い者から降って来たものでも徹底して噛み付くタイプだったなあ
と再認識するいのせんと月吠夜。特権を振るい好みの少女戦士むりやり使用人にしようとした出資者の次男が5時間にも
及ぶ説得をせせら笑い続けたのにとうとうブチ切れ思わず殴り飛ばしたのは先週の水曜日。ようやく昨日、謹慎(つとめ)が
開けた彼女はしかしまったく懲りた様子もなく、喋る。
「いっとくけど便利な武装錬金たっくさんあるのよコッチ? 殺さず償わせる手段なんて考えればいくらでもある筈なのに、
『敵は殺せ、必ず殺せ』ってソレ変じゃないの? いやそりゃヘリクツ次男を結局暴力でしか左コメカミへのハイキックでしか
屈服させられなかった学窮(わたし)が言うのもアレだし、そもそも100コしかない核鉄すら全部集め切れてない戦団が、
安い設備でいくらでも製造可能なホムンクルスへ対抗しようと思ったら見敵必殺こそ実務的って結論は分かるけど、キリな
いのも事実、いい加減もとを断て、再人間化のメドぐらいつけなさいよって思うでしょシズQも!」
 いよいよ横合いから覗き込まれた青年は、不明瞭な声で面倒くさそうに応諾した。(一瞬ドギマギしたネ)。いのせんだけ
はニンマリしたがツッコむと怒鳴られるのは経験上ワカっているので口には出さない。
「…………で、何が言いたいんだよ財前てめえは」
「面従腹背ぐらい覚えなさいってコト!」
 ぐぐいっと顔を近づけ、指差す少女に、わずかだが瞳の色を変える青年。ソバカスもややバラの色彩を帯びた。
「あのね、抜本的な解決を示さないくせにアレヤコレヤと注文ばっかは多い上層部にバッカじゃないのって思うトコまではね、
組織人としてはごくごく普通、やっていいっ!!」
 学窮(わたし)が許す!! 元気よく眉をいからす少女に「いやオマエになんの権限あるんだよ」とシズQは小声で混ぜか
えすが、頷かれつつ、無視された。
「復讐をセーブしてくるのもきっと7割ぐらいは倫理観というより暴走されたら責任問題になってメンドいからね間違いない!
だからせめて事前に止めましたとか釘は刺しましたとかいっておけば、それでなお私的な動機を押し通したアイツにこそ瑕
疵があると、お上品な場で理屈の姿借りた責任転嫁できるんだろうなァって邪推すんトコまではね、勝手だし、自由よ!」
「…………お、おう」
 やや呑まれた声を出してから「しまった」とばかり青年は悪相(いずまい)を正す。部下2人はいよいよ腹を抱えている。
「でも反抗を原液そのままのドロっとした濃さで示しすぎんのは、最終目的にとって損よゼッタイ損! あ、アンタの復讐の動機
が正しいかどうかまでは分からないわよ。性分的に逆恨みなんじゃないかなってカンジもするけど、でも兼ねてより生存を唱えて
るレティクルがやっぱり現存してて、判明したとき、まだ幹部のひとりにどうしても復讐したいっていうなら、それはきっと開幕す
る大決戦の中、欠かせぬ大事なひとつとなる!」
「…………」
 シズQの瞳に揺れ始めた光の正体はなんであったか。
「アンタに大義がなかったとしても、行動が、巡り巡って他の誰かを助けるキッカケになるかも知れない。それはアンタの
参画があって初めて生じるものかも知れない。それは復讐を終えたアンタの心を本当の意味で正しい方向へ導くキッカケ
にさえなるかも知れない。だったら……ヘンな反抗心の累積で、待望する戦いへの選抜を外されるのって、損じゃない?」
 そっとシズQの両手に肩を添え、ふふっと笑う美紅舞。信望と友愛の微笑であった。
「……近ぇよ」
 プイと顔を背ける青年が、ただ不貞腐れているだけとしか思えぬ程度にはまだ、美紅舞の人生は、短い。だから。
「ともかく学窮(わたし)はアンタたちの能力を評価してあげてるんだから、訓練ぐらい、出なさい! 思いを遂げるまでの
カタチだけでいいから従っとくコト! いいわね! 組織のチカラなしじゃ復讐できないってのはどうせ薄々ワカってん」
 でしょとまでは言い切れなかった。とつぜん転倒した視界の末で最初ただきょとりとするほかなかった。いっぱいの青空を
遮って逆光を帯びるソバカスだらけの青年を見ても何が起きたか分からなかった。
 背中に密着する土手や、細い腕を上から押さえつけている節くれだった腕、それから太ももと太ももの間に割って入って
いる青年の膝といった諸要素を順番に認識してゆくコトやく3秒。

 活発だが男性の調略はいまだ未経験な少女はようやく事態の容易ならざる変転を知った。

(え!? アレ!? 組み伏せられてんの学窮(わたし)!!?)
「知ったようなクチきいてるがよぉ〜〜。俺が過去(むかし)なにやってきたか全部知った上で言ってんのかァ〜〜〜? え?」
 身を沈めてくる青年は仕留めた草食をいよいよ貪り出す肉食に見えた。少女にとってまさしくそれは思いもよらぬ『豹変』だっ
た。(なななんでこんなコトしてくるの!? さっきまでおとなしく話聞いてたのに!!) 先入観こそ不幸の胚胎、沈黙の花
言葉のうち恭順の方しか知らなかったのがマズかった。『反撃の決定』、ジャブ受けきってブロウを入れる判断を、『忍耐(パ
サヴィアレンス)』なる隊伍の長がどうしてしないと考えられなかったのはまったく不覚という他ない。
「で、でもその……体勢はともかく…………えと、話してくれたりするの……?」
 恥ずかしさに熱く潤む瞳を、とても直視はできないとばかり青年からは外しつつ途切れ途切れに呟く美紅舞。特性が特性
なのだ。”そういう方面”に無知でありすぎると、性的な搾取の未来しか訪れないから、能力判明後すぐ危惧した戦団からよ
り応用的な性教育を施されている。
 だからオトコに組み伏せられている状態はたとえ白昼の土手であっても非常にマズいとは認識している。
 部下2人……いのせんと月吠夜にそれぞれ左右の手足を押さえつけられるだけで破滅はくる、訪れる。5分。手際によっ
ては2分足らずで機微に満ちた、男女の生臭い決着は、つきうる。
 という危機感に満ち満ちた眼差しをしている癖に、頬を赤らめるだけで一切無抵抗な美紅舞にシズQはむしろ不快感を
露にした。ちょっとビビらす程度で済ますつもりだったのだ。怯んだらそれを小ばかにして、付き纏ってくるたびそのテの恫喝
でスズメでも散らすよう散らすつもりだったのに……相手はたじろぎつつも留まっている。毅然と跳ね除けてくるだけならそ
れこそ部下2人に手足を任せるコトぐらい検討できたが、「話してくれたりするの……?」。こわごわとしている癖に、どこか
期待にも弾んだ声を漏らしてくる少女の心のありようがわからず、だから彼は混乱を吐き捨てるよう、問いに変じる。
「話すって何をだよ」
「だだだから、そのっ! アンタの過去よ!! てかなにバッカじゃない自分から言い出したんでしょなんで忘れてんのよ!
もー意味わかんないし!! ううう!!」
 涙目で抗議して、頭上の青年を直視して、また真赤になって、目を逸らす。(恥ずかしいよぅ)。閉じた瞳は角の向き合う
不等号。
(んー想定外なコトになってきたネー。てかなになに財前ってばシズQに気があったノ?)
(ただ対話を求めているだけですよ。斬られながらも突っ込むのと原理は同じ。恥ずかしいが話はしたい、ただそれだけ)
 もっとも『今は』ですがね。右面のモノクルを月吠夜クロスは静かに直す。
「……聞いて、どうすんだよ?」
 シズQの声音にはやはり戸惑いが濃い。(バカくせえつってさっさとコイツ解放すりゃそこで済む話、だろうが〜〜。なに
構ってんだよ俺は)。最善手はワカっているのに、少女の持つ、瑞々しい意思に、どこかの心が呼応して埒もないコト言って
いる。
「き、聞かなきゃ……ワカらない…………でしょ…………?」
「訓練サボる理由なら言っただろうが」
「じゃなくて、それの、もっと奥の、根本的な……原因がよ。ア、アンタがそんなふーに……ヒネくれちゃった理由とか、なん
で悪の組織の幹部に復讐したいのかとか……いろいろよ」
「……知ってどうすんだよ」
「譲歩……する」
 とろんとした、夢寐さえ帯びた瞳の光は極限の羞恥と、無条件の『慈』織り成す複合のものである。正面きったそれを見る
シズQに、部下2人がクスクスと忍び笑いを漏らしたのは、青年が健全な打撃をモロに浴びたのが分かったからだ。
 ふてぶてしさ極まりない、豪胆なシズQだ。未来(かこ)において目論んだ悪行を『最強の戦神』に完膚なきまで覆された
コトがあるがその時でさえ、息を飲んだり、目の色を変えたりはしなかった。
 それが、いま、起こった。とろりとした少女の眼差しで起こった。マウントへ、ブロウが、入った。
 とんでもないクリティカルヒットを眼差しひとつで稼いだとも知らず、少女は、猛禽の爪に押さえつけられた雛鳥のような
格好で切々と告げる。
「その、人は、人は、よ? 傷ゆえにちゃんとした行動がとれないってコト、けっこう、あるから……。痛いって訴えるコトさえ
検討の段階でひっこめちゃう、し。ゆっても、どうせ、ガマンしろとか、不注意でケガしたお前が悪いとか、誰だってその程度
は傷はある甘えるなとか、いわれるんだろうなって先読みして飲み込んで……。で、どうせ周囲は、そーいう、言ってもワカ
らない、バッカじゃないのな奴らばっかで、だから気に喰わない指図がきたら、『アイツらは頭が悪いから、これこれこーいう
事情でやり辛いって説明して緩和を求めたとしても結局つっぱねられて終わりだろ』って考えになって……先打ちでなにも
かも跳ね除けてガン無視決め込んで…………そーやって段々段々信頼なくして不信感との悪循環に、悪いと思いながらも
ハマりこんでくコト……けっこう、ある訳で…………」
「じゃあオマエなら何もかも聞くのかよ」
「…………ぜ、全部は無理よ。分かるでしょ……。学窮(わたし)、こーいう……性分、だし。理に合わないってコトいわれた
らどこが自分にとってまんまは通せない部分なのかハッキリいう、し……」
 当てにならねえ。鼻白むと少女はますますオロオロした。
「だだ、だって、人間たべちゃうホムンクルスが……相手、だから、『コレはよくない』って直感したコトを、妥協して、通したら
……普通の人も……今まで私と同じ場所で一生懸命たたかっていた人も……死んじゃうかも……知れない、から…………
だから、『よくない』って思った……コトが……本当にただ対策不十分なだけな危ないコト、なのか、それとも学窮(わたし)な
んかの想像を超えた、もっと大きな、たくさんを救える手段なのか、ちゃんと話して…………見極めない限りは……力の出し
ようも、貸しようもないっていうか…………」
「…………」
「そもそも学窮(わたし)の力じたい、色んな人から貸して貰っているもんな訳で…………。つぎ込む先がちゃんとしているか
どうか…………話して、考えて、見極めないと…………ダメ、だから……」
 だからアンタのいうコト総て通すっていうのはたぶんできない。できない……けど、活かせる部分があるなら、それは、たと
え上層部がノーを示しても、たえず変動する現場の中における最善手なら、通るよう掛け合うつもりよ……。火のように赤ら
んだ少女の、青年の指がやわらかく食い込んだ二の腕は軽く火照り、しっとりと汗ばむ。
「で、でも、話さないと……アンタが何に怒り何に悲しんでいるか分からないと、取り持つ……コトすら……できない、から……」
 要するに恩を着せようってコトか。敢えて嘲るよう告げると、美紅舞はひどく慌てた。
「ちが……! そーいうのじゃなくて……」
「じゃあなんだよ」
 首筋へとわずかに顔を近づけるただけで少女の青く生硬い体は艶かしく強張る。強張り、怯えに跳ねつつも、逃げ口上で
はない、真実の言葉は紡がれる。
「さ、さびしすぎる……でしょ」
 同情かと蔑みかけたその時にはもう錐のような早口が刺さっていた。
「ひひ人が人と寄り添っている集団で人が人を見捨てるとか寂しすぎるでしょ!! だいたい組織のチカラなしじゃ復讐でき
ないってカオしてるくせに、共同体は作ってないんだからねアンタたち!! 労力だけいうなら下っ端戦士やるより人間襲って
人間で実験しまくって金銀財宝も占有できる共同体のがラクでしょラク!! なのにソレ選んでない時点でまだ『話せる』ん
だからっ!! わ、学窮(わたし)はそう、信じてるんだからっ!!」
 じゃあちゃんと話さないとダメでしょーーー!! 頭から湯気を噴きつつぴょこぴょこ指差す。強気な姿ではあるが、依然
組み伏せられたままな状態とはチグハグだ。
 なのに。
(…………)
 シズQの表情はやや融和を見せた。遠巻きに見る部下2人も然り。モノクルの青年は「対戦団のリスクを考えただけで
すよ」と務めて無表情ながらに、頬にケロイドのある少女は「ソ。アンタみたいな甘い人釣り込めもするしネー」と歪み笑い
ながらに……少しだけ、融けた。
(でも一番意固地なシズQは無駄に粘るからサ、水、向けたげなヨ)
 ハイハイ。呆れ混じりながらも月吠夜クロスは外野より美紅舞へ呼びかける。
「というかアナタなら、ちょっと戦時国債でパワーアップするだけで今の絶対不利の体勢、文字通り覆せるのでは?」
「な! なにバカなコトいってんのよ! バッカじゃない!」
 頭は決して悪くないのに、性分ゆえまっすぐな少女は目論見に一切気付かずただ本気の感情だけを高らかに、吐露。
「仲間から借りた力で仲間を力づくでどかすとか……だめなんだからっ!!」
 シズQの揺らぎはまた増した。(ああ動かしやすい)(ホントどっちも動かしやすイ)。月吠夜もいのせんも長閑な線目。
「あと学窮(わたし)はホムンクルスとだって話はしたい!! 本当にただゲスなだけな奴なのか、それとも親兄弟とかの
逃れられぬ因縁ゆえ望まずしてなっちゃったのかは知りたい!!」
「キリがねえな」
 とはホムンクルスの生産体制のみを評したのか、どうか。少なくても美紅舞は自分にも向いた文言だとは解釈しかなかっ
た。故に、続ける。
「キリがないからよ。敵が無尽蔵に生まれるからこそ、”なったから殺す”じゃキリがない。なっても生きられるんだって体制
を作れば、ホムンクルスとだって協力できるかもじゃない!! こっちが、コイツらは許してくれないんだって目で見られてる
限り、ホントは争わなくてすんだ人(ホムンクルス)たちとの泥沼は終わらないし! でも協力、協力できたら、ひょっとしたら
再人間化の研究だって──…」
「……駄目だったがな」
「え?」
 シズQの顔は、やや離れた。
「俺のいた未来じゃ、”それ”に似たコトやったせいで人口爆発。死なねェホムンクルスらに生存権を認めたばかりに食料
も燃料も枯渇の危機を向かえ、結果大戦争。30億死んだ傷跡のせいで下らねェ差別が生まれ」
 俺はグランパを亡くした。だからてめェの考えは納得いかねえ。双眸を輪郭ごと吊り上げ歯噛みするドス黒い表情に、
しかし美紅舞は、ぱあと笑った。
「やっと話してくれた」
「ア?」
「アンタの過去、ちょっと分かった……」
 うっとりと瞳を細め、慈母のごとく唇を歪める少女。さらされた傷の痛みへの感応(ひかり)を黒目に灯しながらも、それを
晒してくれたコトを心から喜んでいる笑顔。両手さえ差し伸べ、頬をなでようとする仕草に、シズQの顔は引き攣ったし、ね
じくれる。心のやわっこい部分をかき混ぜてくる感情に、”どーいうカオをしていいかわからない”。
(ワー。陰キャを勘違いさせる女ダー)
(恋愛じゃなく友愛ってのが始末悪いですね……)
「??」
 シズQの動揺の理由がよく分からないと笑顔のまま瞬きする美紅舞だが、いまだ自分が組み伏せられたままなのを認識
するとまた顔の真紅の度合いを強める。
(やややっぱ恥ずかしいよぅ!! ででででもでもこのタイミングでどいてっていうのないわよねないわよ、話は聞けた用は
済んだの速攻ポイみたいで失礼よ!! だいたいもっと話聞けるかもだしそっから更にみんなとの仲立ちが可能…………
うわーんそうは思うけどやっぱ恥ずかしいもんは恥ずかしいのよーー!! シシ、シズQの手、足ーーー! 意外にがっしり
してるけど身長からはちょっと痩せ気味かなってカンジの体格だから、ほ、骨、ホネホネホネ! ところどころ骨が当たって
んのがなんか恥ずかしいのよドキドキすんのよ心臓に悪いわ悪すぎよ!! とはいえ最初は向こうも脅し? のつもりだった
このカッコがどーいうわけか話の流れになってんのはいい傾向な訳でこっから更にポロっと色んなコト来るかもで、あああ
だけどやっぱり恥ずかしい脳が煮立つのこんなの久々よメイド服とかネココスプレとかで戦時国債のツケ払ってるときにも
にたそれ以上の恥ずかしさが、恥ずかしさがーー! うわーん! オトコのコとの肉体接触がメインな『債務』だけは作るなっ
て戦団から言われてるからーー! 言われてるからーーー!! 免疫ないのよ学窮(わたし)こーゆうのーー!! バッカ
じゃないの! バッカじゃないのーーー!!)
 そーいえば組み伏せられたのも今日が初めてだったわーーー!! 混乱に両目をナルト渦にする美紅舞。
「オマエはそんなにどいて欲しいのか?」
「だだだだって、こんなトコ戦団の誰かに見られたら」
(ハイハイ、ウワサになったら恥ずかしいネー)
「アンタたちの立場が悪くなっちゃう、し…………」
 まなじりに薄く涙を溜めながら、軽く横を向き、打ち震える柔媚の表情に今度こそシズQらは決定的に、呑まれた。
(心配を本気でとか陰キャ殺しにも程が)
 当事者ですらない月吠夜ですら軽く赤面し咳払いする始末だ。爆心地にいたソバカス青年のダメージたるや。
「…………てめえなんざ相手してもつまらねえよ」
 組み伏せを解除すると、「え、は、話は…………?」。喜ぶよりまず悲しそうな、物足りなさそうな顔を美紅舞はし、
((だから!!))
 いのせんと月吠夜に思われた。そーいうのばっかナチュラルにしてるといつかストーカーに刺し殺されるぞと。
(こーゆう性格だからこそ国債発行であっちこっちからエネルギー集められるのは分かるケド)
(ええ。非戦闘員ゆえどこか暗い性分の者が、明るくも健全で、しかし羞恥を孕んだ『用益の提供』に我先にと名乗りを上げ
るのは当然……でしょうね)
 写楽旋輪いわくの『人柄と特性の天文学数的な奇跡の一致』である。

「話すコトなんてなんもねえよ」
 去り始めるシズQに、「あ!」と赤い声が上がった。
(ひ! 引き止めたいけど引き止めてまたあんなコト……なっちゃたら…………)
 組み伏せられている自分の記憶にかあぁっと首筋までもが染まる。だが一方で勝気な性分でもあるから、照れて何も言
えなくなったと見なされるのは癪だ。弱気を見せたばかりにつけこまれ、また……は考えるだけで頭がバクハツしそう。
(最近チョロいって言われてるし! なら強気よ今日は見逃してやるとばかりの強気を見せ付けてやるのよ!)
 結果選択したのは……ドヤ顔の、腕組み。
「ふふんつまり今日は勝負を預ける的なアレね!!」
(頭いいのにアホだナー)
(アホですね)
 今日はこれぐらいにしといたるわを、途轍もなく得意ぶった表情で──やや頬赤らめつつ、ドキドキと──言う少女にシズ
Qの取り巻き2人は呆れたが、しかし嫌悪感はない。
「まあいいわ無理には聞かない! いまは突っ込まないであげるわ」、恩着せがましく指など振りつつ言っている間に、段々
復調してきたらしい美紅舞は、「でもさっきので分かったと思うけど私はちゃんと聞くタイプだから!!」。去り行く青年のその
背中につんざきを投げる。
「ギャーギャーギャーギャー言いはするけど、最終的にはどっかと結ぼうとはしてるって、『話した』んだからねっ!! 怒りで
も不満でもドンと来なさい! 言うだけでラクになるんだから、月吠夜もいのせんも鬱々ためこんでないとちゃんと言うコト!!
わかった!! あと訓練! 今日は気乗りしないっていうなら体調不良でもでっち挙げて誤魔化しといてあげるから! でも
ポツポツでもいいからやがては来なさいよ!!! 来ない方が目的に対し大義に対し損なんだからっ!!」
 手を振ったり、唇の横に手をあてたりして……最後は満足の笑みで見送ってくれた少女の姿が
……遠ざかって、いく。

(うるさい女だ)

 シズQの鼓膜を荒々しくひっかくのは、絶息したとしか思えぬ財前美紅舞の叫び声。

(カラみやがって、だからこんなトコで尽きるんだよ、運が)

 貫かれた体。成しえたブレイクすら目を剥いているのは極めて偶発的な事態だからだ。まったく馬鹿げたお節介だったと
シズQが内心毒づくのはそうでもせねば込み上げ続ける絶対的な後悔を塗りつぶせぬから。

 血の雫が落ちていくのが相変わらず見える。瞬く間に二十滴を超えたそれはもう血だまりに微細な王冠(へんか)ぐらい
しか作らない。

 この先、意外な形で義弟の苦杯を目撃するシズQがかかる羽目に陥ったのはなにゆえか。

 悲劇の舞台は15号棟北西、E列通路と3行通りの交差点やや西寄りの地点。

 事態の発端はこうだ。

 斗貴子の暴走を機に、撤退を、極めて現実的なレベルで検討し始めていたシズQの眼前に15号棟ブチ割りつつ飛ばされ
てきたのは財前美紅舞であった。かの戦時国債のエネルギー増強は、かねてよりの費消と、つい直前の債権者たちの殺害
によって随分弱まっていたとみえ、しかも暴走する斗貴子という、思わぬ敵性勢力の追加による混乱の脇腹を、2名もの幹部
によって遂に突かれ……クリティカルヒットを許してしまったようだ。シズQの後方1mほどの距離で随伴していた月吠夜とい
のせんが無言ながらさざめく気配を見せたのは、兼ねてより好意的だった美紅舞の窮地に”らしからぬ”助力を催したが故だ。

 遠くない過去を思いながら、ソバカスの青年は、毒づく。

(……だから、染まるべきじゃねェつったんだ。人のためになんざ動くから…………こうなるんだ…………)

 シズQらと思わぬ合流を果たした美紅舞は一瞬目を丸くしたが、電光の速度で接近する幹部らの足音を聞くや、忍耐の一
派を守るような位置取りをし…………かつ、横目で退避をうながした。それが戦闘継続のための配置換え的な退避だった
のか、それとも戦闘そのものの放棄たる逃走をも肯定した指図だったのか……知る機会はなかった。そこからの戦闘の
結果が、シズQから、永劫に、奪った。

(何かにつけて……カラんで、とりなしてきたからって……なんだってんだ…………)

 ブレイクとリバースは15棟北東部の角を曲がって現れた。美紅舞を挟んではといえ遂に恐るべき幹部らと直接相対する
破目に陥った部下らがめいめいの戦慄を浮かべる中、シズQのみが上空を見たのは退避最大の障害を懸念したからに過
ぎない。(上空(うえ)からの攻撃……何度もありやがったからなァ)。”また”マッシャーやランチャーで絨毯爆撃されてはた
まらぬと、その程度の発想だったが、結果としてこれが『犠牲者』の断絶を呼ぶ結果となった。

 自動人形、だった。サブマシンガンを持った小型の自動人形が、音のない、異様な高速で上空から美紅舞の背後めがけ
降りつつあるのが見えた。それは特性使用に際し合身合一しなかった方のセットであり、美紅舞が、廃屋突き破りに見舞わ
れている最中別行動させたペアでもある。とにかくミニガン並みの火力を装備した小型の伏兵を、シズQが美紅舞より速く察
知できたのは、彼が、彼女に、守られるよう立っているという位置の相関ゆえだ。角を曲がって現れた幹部らを注視せざる
を得ない美紅舞にとっては死角の背中を、シズQは無条件に見れているという、構図ゆえだ。

 敵は背後かつ頭上の死角から迫りつつある!

 平生ならば大声で喚起すれば済んだ! だがリバースの特性は『声を出した者への必中』! 斗貴子がそれを浴びるさま
を遠巻きにとはいえ見ていたがゆえ撤退を検討していたシズQだ、リバースの手にいまだ合体形態の、つまりは特性使用可
の一挺があるのを認めれば、大声で美紅舞に呼びかけるなどというコトは流れ上……しようがない!!
 そして美紅舞の背後のエネルギー防壁は…………消費によって堅牢に程遠い濃度!!
 何もせねば無警戒ゆえの脆さ突かれ貝殻骨ごと心臓を銃殺されるのは明らか!!
(くっ!)
 見捨てるという選択だってあったはずなのに、気付けば彼は彼女の背中めがけ駆けていた! 吹き矢の武装錬金・ブロ
ンズカリキュラムの特性は特定条件下における絶対防御、ダーツにおけるクリケットよろしく『クローズ』した方角からの
攻撃は絶対に受け付けぬとは01号棟屋根におけるリバースとの戦闘の通り。それを使いさえすれば……というのは論理
の上では正しい。シズQという男の性分からすれば離れてはいるが、そこは瑣末。
 猛然たる足音に美紅舞はだいたい何事が発生したか察したらしい。察しつつも振り返れなかったのは2名もの幹部が
眼前から殺到していたが故だ。引き金を引く自動人形。封鎖(クローズ)はしかしすんでのところで了しており、そのままいけ
ば平生どおりシズQは総ての銃弾を防ぎきれる筈だった。

 しかし。

「余オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 咆哮ともにシズQにとっては左ナナメ前3m、美紅舞にとっては背後ややナナメ後ろの、10号棟の脆い壁をコントのように
ブチ割って乱入してきた人影が!

 総ての運命を瓦解する!

 銀鱗病! いつ罹患したるか壁村逆門! 斗貴子に次いで暴走したる彼がシズQに正面を向けたのも偶然であれば、彼の
身体のすぐ前にバリケードを出現させたのもまた偶然!
「見ればその向こう側に行きたくなる」不可思議の障壁! むろんそれのみであれば本人すら”つまらぬ特性”というぐらい
無害きわまる武装錬金、なぜなら見たとして生じる行動は

 バリケードを飛び越えてしまう。

 その程度!

 他の術者であれば斯様の行為は致命にはならぬ、当然ならぬ! だが『指定した方角』にのみ絶対防御が張り巡る……
言い換えれば指定を欠いた方角においてはまったくの無力でしかないシズQにとって、不意の移動とはつまり方角の変動、
防御線撤廃しか……意味しない!! 

(だが俺がそれを考えなかったとでも!?)

 津村斗貴子が暴走したとき真先に懸念したのが正にその壁村の暴走である。そもそもシズQ加入の発端となった岩手事件
の最後の決め手となった者こそ壁村、クローズの仕掛けに気付いた火渡の采配により『飛び越えたくなる』で絶対防御を突破
され砂利を味わった経験あらばこそ、偶発の発動で同じ轍を踏まされる危険を描き……備えていた!

(バリケードの弱点は分かっている! 見なけりゃいいだけのコトだ!)

 ウォールサージの強みは『見せる』ための工夫である。ある時は普通物のように違和感なく配し、ある時は突如として対象の
足元から出現させ、とにかく策を以って対象に『見せる』手管こそ強さの原動力。

(理性(それ)を欠いた壁村のウォールサージなど……当たらねェよ!)

 瞑目するシズQがバリケードの武装錬金に対して最善手を打てていたのは確かだ。判断に間違いはなかった。
 だが!!
 彼は知らなかった! サブマシンガンの武装錬金マシーンの特性の……恐るべき事象というべき副産物、

『二次感染』をッ!!

 運命は目を閉じるその前すでに決着していた! 「余オオオ」。壁村逆門の咆哮を聞いたその時点でもう、決着していた!!

(なっ……)

 勝手に動き始めた己の体にシズQの全身が強張りそして冷えた。左斜め3m先のバリケードは確かに見なかった。なのに体
は”それ”を見たように……飛び越える仕草を、始めている! 目は閉じた! なのに瞼の裏にバリケード! 幻影なのは明ら
かなのに……”見た”と扱われ、体は動く、座標を変える!! 

(なんでだ!? どうして俺の体は勝手に動く!? 壁村のバリケードは見ていないのに!!?)

 真正面に跳んでいたのであれば、自動人形と美紅舞の間に割って入ったシズQは能力上防御を継続できた! 敵の金
将と正面切って角逐する銀将のような位置関係で始めたのだ、問題はない。
 が、彼はあたかも左斜め前にバリケードがあるような跳躍をしてしまった! つまり銀は……左斜め前に出た、出てしまっ
た! シズQの今のクローズは銀、横には展開していない! だのに横へ金を置くような配置へ……移動した、させられた!!

 焦慮のあまり目を開いたら。

 入ってくる。にっこりと、無機質きわまる戯画の笑みを浮かべる自動人形が、視界の左端に、入ってくる。
 来たのではない。
 居る場所へと、自ら、飛び込んで、しまったのだ。

(ク……ソ……!!)

 もはや銃口は左耳の至近、吹き矢の差し替えは間に合わぬ!

(ここでかよ……?! こんなところで……なのかよ!!?)

 観念に引き攣るソバカスをよそに!!

(みくまいちゃんと2人同時に狙うって手もあるけど……)

 純朴な、状況にはあまりにそぐわぬ純朴な笑みをリバースは浮かべた。

(分散したばかりにどっちも仕留め損ねたら最悪。まずはカンペキ防御崩れた方から、重点的に、ね)

 思念が弾かせた。人形にトリガーを弾かせた。

 かくてバリケード飛び越えに準ずる挙措のすえ安全ではない方角を自動人形に向ける羽目になったシズQの横顔で、容
赦なき血の花が咲き乱れた。
 弾数は、すさまじい。
 貫通してもなお頭部に厖大な量のエネルギーが留まるほどだった。だがそれも、はじけた。青白い発砲炎の中でディスコ
を再現していた手足が胴体もろとも舞い飛んだのは、左頬中心を10.79cmの一円とする顔面の部分だが完全なる崩落
部分から弾速のエネルギーが吹き上がったせいである。
 不発な、ただ大きいドングリのような砲弾でも浴びたような吹き飛び方をサブマシンガンの身で敢行できるマシーンは超
常の錬金という他ない。
 結果力学は思わぬ解放を遂げる。シズQが美紅舞をアーチで飛び越えたのだ。ぐさぐさの眼窩から、糞便の粒のような
色合いで撒き散らしていた脳漿と大脳の混合物が二滴三滴、哀叫にもつれてなお愛らしい少女の頬へ滴り落ち涙と紛れて
下へと垂れた。果然なんたる運命! 吹き飛ばされていたシズQはブレイクのハルバードの穂先へと落ち……背中から腹
腔まで貫かれた。まるで己が絶息してしまったような悲痛をあげる美紅舞の声をたっぷり聞いたシズQは、苛立ちと、悔恨
を順に巡り──…

「本当は君、新君を殺したいんじゃなく……止めたいんじゃないかい?」

 よぎった。義兄たる星超奏定……チーム天辺星のナンバー2の、声が。

「そもそも君が真に復讐していいのは私の筈だ。私が、君の大切にしていた老人を、過失とはいえ殺してしまったからだ。
だから君は恨んだ。その老人を不当に差別し不当に死へと追いやった歴史的背景を恨んだから、その原因たるアルビノ
の血を引く新君に……行き場の、やり場のない怒りを向け…………彼から両親を奪った。道を……踏み外した。直接的な
責は私にある。私があの老人を殺さなければ新君は普通の家庭で生きられたし……君だって手を汚さずにすんだ」

「だからただ運命に復讐したいだけなら、新君ではなく私を討てばいいだけの話じゃないか。お互い300年先からの遡行の
果て戦団に属した身。近いんだ、矢は届く。もはやブルは容易く穿てる。レティクルの彼方たる水星より遥か遥か易々と」

「なのにそれをこの決戦前夜までしてこなかったのは」

「君はもうとっくに、自分の過ちに気付いているんじゃないのか? 大事に思っていた老人を殺された、果てしのない悲しみ
を、まったく無関係の家族にブツけ壊してしまったコトは、何の正義でもないと。憎んでいるはずの歴史的背景……老いた
友人を苦しませてきた憎むべき差別と、自分が、まったく変わらぬものを振りまいていたのだと長い旅路のどこかで気付き
……悔やんでいるんじゃないか?」

「だから……新くんには、まさに『同じ轍』を踏ませたくない」

「君は未来(むかし)私と戦った時、メルスティーンに力を貸されつつ操られていたようだった。今の新君も同じだ。最愛の
恋人の、勢号君の、復活の障壁になるからと、メルスティーンの排除に躍起になり、大掛かりきわまる歴史の改竄へ手を
伸ばした。そうせざるを得ない数々の制約があの轍(わだち)の剣士によって設けられてしまっていると気付きながらも……
やむなくね」

「動機は同情に値する。だが波及はいただけない。1995年時点で滅すべきだったレティクルを新君がこの2005年時点ま
で延命したがため巻き込まれ、悲運に見舞われた人たちは数多い。無関係を巻き込む。今の君ならどれほど罪深いコトか
……わかっている筈だ。だから思っている、新君にはこれ以上を許さない──…」

(殴ってでも、止める…………)

 かつては恨みなき数多くのアルビノを殺害していた青年。

──(特性が大きく様変わりしちゃってるシズQが心身に得た『変化』って相当よ。

──(黒い核鉄を埋め込む以上の成果を得てるんだから相当よ)

 最強の戦神への衝撃から始まる旅路の果て、収奪の漆黒よりをも凌ぐ改心(へんか)を或いは密か得ていたやも知れぬ
青年は──…

 見た。
 美紅舞には一発の被弾もなかった事実に。
 生身ゆえ確実を期され己に振り注いだ集中攻撃の、偶発の中の必然に…………らしくもなく守ろうとした少女の無傷に、
最後、ほんのわずかだが、アウトローらしからぬ”想い”を抱いた彼はやがて。

──「え!? あ、あんたが握手!? したら債権者になってエネルギー搾り取られるのに!?」
──「……るせぇよ。津村斗貴子がイザって時のためにやれっつって、うるせえんだよ」

 廃屋地帯についた直後かわした約定を基底とする”ぶわり”とした生命波動の放出が財前美紅舞に向かうのを霞みゆく
視界に捉えつつ、

(………………)

 斧槍鉾から振りぬかれた体で、夕映えすら薄まっていく10号棟東側の影へと朱線したたる孤を描きつつ吸い込まれ……
落ちた地面(さき)で二度跳ねた。

 唯一のこる右目にはもう義弟への激情すらなかった。


 シズQ(星超静叫)死亡。



 同刻。25号棟北東、5行通り。

 気象サップドーラーと泥木奉(ドロキ・タテマツ)が呆然と立ち尽くしていた。

(みくまいちゃんを吹っ飛ばして、追いつくまでのわずかな時間に……なの……!)
(…………っ)

 赤く染まった大きな桶の、かたわら。
 横向きで目を見開いたままの黒髪短髪しょうゆ顔の戦士の頬で黒い点が3つ、動いている。ショウジョウバエであるらしい。
青く染まりつつある眼球を横切られても動かぬ彼の鼻腔から更にもう一匹のハエが卵でも産み付けるのだろうか、落ち着
き無く出入りを繰り返している。
 ヒビ1つない桶の底から側面へと血痕を塗りつけながら突っ伏した顔は血の沼にもまた、ドップリ。天を向くコメカミの、垂
直下降線上を中心に放射する致死量の血液はそこが原因だと物語っている。
 銃創、だった。
 桶が血にぬめりつつも無傷なコトから、被弾は、『頭部を押し付けての処刑スタイル』ではなく、直立時または歩行時に発
生したものと推測される。
 終焉し、前のめりに崩れ落ちた先にあった桶は奇しくも生前のかれが例の廃屋のマーキングにと手ずから配したもので、
どういう訳か長年の風雨にもめげず腐食ひとつない頑強なものだった。

 前のめりに転び、額を撃ちつけてなお衝撃が桶じたいの破壊に逃げず、ツケを第三頚椎と第四頚椎に回すほど、それら
を螺旋状に骨折させるほどその桶はとてもとても、頑強だった。

 だから発見された音羽は一目で死体と分かるありさまだった。顔が殆ど仰向けで、胴体がうつ伏せなら、誰だって希望を
衝撃に追い出される。

 首は洒落たロウソクかというぐらい、肉で皺を旋条している。
 手足はヒゲダンスの途中、駅のホームから蹴り飛ばされたような滑稽で、おぞましい方向へとそれぞれ投げ出されていた。

 音羽警 死亡。

 茶髪ソース顔の親友は慟哭がはじけそうな、ねじくれた目の見開き方をしかけたが──…

 愛銃ベクリシリファーから引き抜いたペイント弾を無言で握りつぶすと、内溶液でドロドロに汚れた掌をめいっぱい開き、
顔面へとなすりつけた。

「死因は、銃…………」

「銃、か」

 やがて手指が夕映えを遮って作ったドス黒い影の中で、冷酷の蛍光を灯した黒曜石の鏃(やじり)は泥木奉の、眼差し。
撃破数3位の気象サップドーラーですら男性恐怖症ぬきで軽く震える圧威をいよいよ全身から噴き上げ始めたかれはユラリ
と亡霊の如く歩み出す。すわ感情に駆られたか、すわ作戦外の行動か。慌てた天気少女、袖を引くや、渦巻く瞳で訴える。

(気持ちは分かるけど、勝ち筋の成否が分かるまで、自重しろ、なの)
(あはは。そこまで軽挙じゃないですよ。分かってますよ。大勝負まではね、いらんコト、しませんって)

 からからと笑う青年は気さくだが、親友の死後そうするのは明らかに、おかしい。天候少女は不穏を感じ小さな体を震わ
せた。

(でも勝ち筋がしくじったら、そっからの散発的な攻撃はもう自衛とか、撤退のための、やっていい行為、ですよね?)
 軽い問いかけが、反論を許さない異様な圧力に満ちている気がしてサップドーラーは慌てて三度うなずいた。下手に反論
すれば”オトコ”に何をされるか分からぬ……兼ねてよりの宿痾(しゅくあ)ゆえ、呑まれたのだ。

(はは。じゃあそのときなら、や っ て、いいですね)

 まだら模様に彩られた泥木の面頬に刻まれた皺はしかし狂想の笑みである。

(仇は絶対に討つという……表情(カオ)……なの……!)

 音羽警の核鉄を拾い上げた彼は廃屋の影に、幻が失われるよりも密やかに吸い込まれた。


 復仇の連鎖は、止まらない。


 シズQだった肉塊の跳ねる音を前方かなたに聞きながら、哀切の炎やどる瞳をキっと尖らせる財前美紅舞。眺める幹部ら
が計算どおりとばかり喜色を浮かべているのならむしろ良かった。だがブレイクも……リバースも、ハルバードのはやにえに
ついては本当に予想外だとばかり瞳をまろくしているばかりである。

(つまり……今のは、純然たる…………事故…………!)

 壁村に特性がかかった時点から既に偶然だったのであろう。リバースが特性弾を放ったとき、何かの拍子で声を漏らした
彼が暴走し、暴走の結果、なんという魔天の配剤か、ウォールサージがもっとも致命的となるシズQに発動しその落命を
促した。

(本来なら学窮(わたし)が死ぬ筈だったのに……守ろうとしたシズQの方が、事故で、事故程度の、死に方で…………!!)

 事態をようやく把握した幹部らは、感興を、抱く。

(わー。槍に刺さるとかなんて偶然)
(にひ、これだから青っちの特性は)
(私の特性は…………)

((面白い…………))

 一切の同情は寄せずただ楽しげに薄く笑う海王星と天王星に美紅舞は咆哮しかけるが──…

『ちなみにそっちは、流れ弾♪』

 嘲弄するよう足元に刻まれる弾痕と共に。

「え、あ、あレ………………」

 胸部から下を『弾痕のミシン目』で割ったチーズのようにトロかせながら血を噴き海老反るいのせんが。

「余オオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 顔面が虫食い穴だらけになっているのも気付かず吼え続けていた壁村逆門が。

 相次いで崩れ落ちる

 いのせん(射之線) 死亡。
 壁村逆門 死亡。

──「直接対決は、避ける」

 斗貴子の提唱は命脈だった。足止め組各個の総合力は決して低くはない。が、先般森にて屠殺された戦士らを大きく
超えるものでもない。ほとんどの者は、同格。正面切って戦えばまず負ける。だからこその「直接対決は、避ける」。廃屋の
影に潜み、各自の武装錬金特性を活かした間接かつ攪乱の戦法で挑んでいたからこそシズQ直接戦闘に劣る戦士たちで
も生きてこられた。
 されど方針は、崩壊。斗貴子暴走という未曾有の危機に混乱して瓦解した。

 いのせんと壁村の呆気ない死は、残酷だが当然の帰結といえよう。

(私しか守れなかった……! 離れていた壁村氏はともかく……いのせんはすぐ傍にいたのに……!!)

 ストリークミサイルの残滓たる紅炎が揺らめく戦場で月吠夜クロスは歯噛みする。シズQ被弾の衝撃も覚めやらぬなか
間髪いれず流れてきた吹断に虚を衝かれた。流れ弾とはいうが元の弾丸がそもそも桁外れ、一般的なマシンガンを2人
がかりで正面切って撃たれた程度には多かった。対する月吠夜が咄嗟に展開した弾幕は薄く、とても総ての弾丸を捌ける
ものではなかった。彼のみが難を逃れたのは結局、【確率(うん)】の問題であるだろう。特性ゆえの引力が救ったとしか思
えない。

(そして『コレ』が破壊されたら……私自身、攻撃の手段を失くす……!)

 ミサイルを放った『装置』のシルエットを左翼に据える青年の顔色は、すぐれない。

 犠牲者2人の周囲で、核鉄が、跳ねた。


 金星の幹部、グレイズィング=メディック語りて曰く。

「なぜ目を閉じていたはずのシズQがウォールサージの特性に罹ってしまったのか? クス。そのヒミツこそ、

銀鱗病の『二次感染』

ですの」

 美紅舞もまたバリケードの幻視に端を発す不可解な跳躍を行っていたが、それは偶然、幹部2人への応戦行為と被って
いたため難を逃れた。

(バリケードの気配は遠かった。何より過去のゆきがかり上、見たりする迂闊なシズQじゃない! ならあんな近場で跳んだ
のは……まさか!!)

 美紅舞の脳裏に浮かんだのは先ほど01号棟内部で見た『謎の腕』。リバースの特性の「置き」とみたそれとの邂逅直後、
彼女は『リバースを殴り飛ばす』という幻影に囚われ……背後を取られた。同様の事象は虹封じ破り直後、斗貴子たちにも
作用したと白い法廷で聞いている。

(幻影にまつわる特性なのは確か! けど……だったらこの違いは何!? 『置き』に何かされたらしい学窮(わたし)は割
とすぐ正気に戻れたのに、リバースから弾丸を浴びた音羽先輩や斗貴子先輩が今もって暴走しているこの違いは、差は、
どこから!?)

 優れた思考力の持ち主とは、物事への考察を、推測ではなく羅列によって行えるものだ。主観をただかき混ぜるだけの作
業が真理に辿り着けたためしなどまずない。事実をありのまま並べその共通項を探る地道に耐えられるものだけが隠され
た世界の準則に辿り着けるのだ。
 己の文言によって真理に気付くのは純度の高い羅列を行えている証拠であり、それはちょうど今の美紅舞に該当する。

(待って。一次感染と二次感染の違いじゃないの!? 後者はつまり『置き』にかけられたものからの、副次的な、波及的な、
ものだから……罹ってしまった学窮(わたし)はすぐ戻れた! 二次被害でもあるからその発動が輪の予知に写らなかった
という説明にもなる!)

 対する19号棟前のリバースの写真……つまり音羽に特性をかけた姿は『一次被害』だから写り──…

(一次感染でもあるから強固! 継続している!)

 そして。奇遇にも他の戦士より二度多く二次感染を体感している美紅舞のみが更なる恐るべき事実に気付く。

『腕の置き』から感染した彼女は、リバースを殴り飛ばすという幻影を見た。

 だが一次感染者たる壁村の接近を許してしまったシズQと美紅舞は、壁村の武装錬金が”あたかも近くにあるように”……
つまりはそこに”バリケードの幻影があるように”、取るべきではない跳躍を選んでしまった。

 種類が、まるで違う。だから、気付く。

(まさか1種類じゃ……ない!? というかまさか、二次感染の幻影って……!)


 金星の幹部、グレイズィング=メディック語りて曰く。

「クス。せーかいですわ。『二次感染』とはつまり、『一次感染者の武装錬金特性が乗った幻影』! そしてそれが罹る条件は
一次感染者の立てる声ならびに物音を聞くコト! されば彼らに憑依した固有振動数の怨霊どもは、分派し転移する! も
ちろん副次的な被害ですから効能は短く皮膚などに端を発する剥落もまたありませんが──…」

(その代わり一次感染者……壁村さんの場合ならウォールサージの『見たら飛び越えたくなる』特性が作用する、作用してしま
う! ”見てしまった”という幻影に囚われ、ありもしない障壁を……飛び越えてしまう!?!)

 ならば美紅舞に「リバースを殴り飛ばす」風景を見せたあの腕は……何の特性を、持っていたのか?

「あの腕はリヴォのですわ」

 グレイズィングは、言う。

「土星の幹部、リヴォルハイン。閾識下に巨大なるネットワークを形成する民間軍事会社の武装錬金リルカズフューネラル
を有する彼の進化は留まるコトを知らぬため、リバースはずっと制御をかけている。マシーンの剥落崩落の作用を以って
手綱をはちきる成長を阻んでいる。ずっと、ずっとですわ」

「彼女がダブル武装錬金を使っているのはつまり、銃ひとつだけではリヴォを抑えるのに手一杯だから」

「ターゲットを増やせば増やすほど1人あたりの剥落が弱まるから、いまひとつの銃を用立てそれを戦士専用としている。な
お、特性使用後に銃と人形の合体を解除した場合でも特性、継続しますの。あの合体はあくまでこの世の怨念を着弾させ
るための行為。銃痕は銃を分解しても残るでしょ? それですわ」

 斯様な事情がどうして美紅舞への幻影となったか。

「カンタンですわ。リヴォの民間軍事会社はわずかですが『未来予測』すらできる。数多くの人間の脳髄に己が一部たる
細菌型ホムンクルス……サイズ的にはもはやウィルスですが、それを住まわせ、いわゆる人体の『使っていない帯域』を
白血病などの解析でおなじみ分散コンピューティングの要領で稼働し、閾識下のネットワークにつなぎ、日々厖大な演算
を行っていますから……簡素とはいえ未来予測……まあ、入力したデータからのシミュレーション程度の意味合いですが
”さき”を描くコトができる」

 それが二次感染の幻影と絡み、美紅舞が煙幕あげる01号棟を脱出した時点において、もっとも確率の高かった

『リバースを殴り飛ばす』

 未来を、彼女に見せた。
 そう。恐るべき話だが、何事もなければ美紅舞は虹封じ破り最中におけるリバースの狙撃を防げる立ち位置にあった。
煙幕満ちる01号棟内部における数々の攪乱を見事切って捨てた判断力と精神力はそこまでの領域にあった。埒外予想
外の行動であったから、殺到されるリバースは真実の驚倒を垣間見せた。
 同時にそれは土星の幹部の演算能力が創造主にあたるリバースの判断力をも超越していたという証だが──…

「さすがに銀鱗病に頭を押さえつけられている都合上、刳り込みまではできない。腕は、己が見せた幻影が変数せしめた
未来……つまり財前美紅舞が『未来予測の閲覧に囚われて』しまったがゆえリバースに殴り飛ばされる未来までは描けな
かった」

 が、土星個人の助力ではない。むしろリバース個人の才覚! 『置き』とはつまり彼女すら想到しえぬ未来への保険だった。
万一敵に想像を超えた行動をされたとしても……その成功を、未来を、いついつ混迷したか分からぬリアルタイムの予知と
して幻影すれば……現実のリバースが回避しても、気付けない!! 卑怯と罵れる戦士はいないだろう。彼らとて輪と連携
しているではないか。彼らとて予知に縋っていたではないか。リバースがしたのはあくまで『予知もつ仲間との連携』……戦士
と同じ手札を切っていたのだ。こと一般人の家族に対しては卑劣きわまりない八つ当たりをしてきた少女だが、少なくても美
紅舞への幻影については卑怯でも何でもないと言えるだろう。

 金星と経路こそ違うが、『腕』の有する特性が写楽旋輪のような『予知』系統だと仮定した美紅舞は考える。
 虹封じ破り直後の、斗貴子や自分たちが見た「バスターバロンの襲来が近い、燃え盛る森」はどうか……と。

(あれももしかして……有り得た未来? まさかだけど恐らくあの”森”は藤甲さんの暴走によって変貌した廃屋地帯だった
のかも。……けどたぶん、藤甲さん……その幻影に囚われたばかりに隙を作り…………殺されちゃったんだと思う。だから
森になる未来は消えた。腕の見せる未来図はつまり変動しうるもの…………。つまり量産型バスターバロンがいよいよ来る
その時、斗貴子先輩が復帰してくれているとは……限らない…………!)

 なんにせよ。愛らしい面頬を苦渋に波打たせる美紅舞。

(私の債権者さんたちや師範の門下生さんたちが外に出ていたのはきっとバスターバロン襲来の未来図を幻影されたせい!
幻影に騙され逃げる人たちのうち19号棟近辺を通ってしまったメンバーが……犠牲になった! そうとしか考えられない!
だって予知はちゃんと全員に伝えてた! 『リバースは19号棟近辺で特性を使うから、つまりはやがて来るから』絶対に近づ
くなって周知徹底されていた人たちよ、平常心が残っていたなら何があろうと近づかない! もし万一量産型バスターバロン
が急襲してきたとしても、19号棟に差し掛かる南方面ではなく東方面へと落ち延びていくのが安全ってのは誰だって分かる
コト!)
             マトモ
 19号棟に近づくなど正気ではない。つまり……幻影によって混乱し、マトモな頃うけていた指示を遂行する理性を奪われ、
ただ見せられる巨人たちへの怯えのまま随意反射的にてんでバラバラ逃げ出したもののうち、19号棟に近づいてしまった
不運のクラスタが犠牲となった。

(そうなってくると例の腕──冷静になって考えると最初の邂逅んとき咄嗟にプロファイルした『2mある男』ってパピヨンから
ヴィクトリアさん経由で戦士側に伝えられた土星の特徴そのままじゃない、じゃあ奴の、リヴォルハインの腕ね──の所在
はなるべく早く抑えとくべきね。離れて点在していた戦士たち恐らく全員へほぼ同時に幻影をかけられたというコトは、射程
距離、最低でもこの廃屋地帯全域をカバーできるとみるべき。ンなもん野放しにしとくのマズすぎよ、だってイザ勝負ってと
きまた幻影撒かれて妨害されるセンだってありうる。しかも……破壊不能である公算すら高い)

 虹封じ破りまえ01号棟で吹き飛ばした筈の腕が、虹封じ破り直後すぐ上記の幻影を撒いたのだ。複数あったとも考えら
れなくもないが、『銀成でパピヨンと交戦したリヴォルハイン』の情報が腕の不壊不刊を裏付ける。

(学窮(わたし)……01号棟で遭遇したときちゃんとチリも残さず消し飛ばしたのよ、なのに……復活してる。話じゃ銀成で
パピヨンの黒色火薬に幾度となく焼き尽くされたのに武装錬金の特徴、『会社組織が存続する限り、本体ですら役員の1人
程度の扱いで、死するたび復活(ほじゅう)』的な恩恵で、空気中の細菌乗っ取って増殖して肉体再構築……みたいな反則
もいいトコのコトしてたっていうし……)

 同じぐらい厄介なのが戦士に着弾する『特性』。

(ホント始末悪い!! 戦士(てき)を暴走させるばかりかその能力をも使役可能なんて……!! そんなのバッカじゃない!
最悪よ!! こっちは大戦士長救出のため選抜されたメンバーばかり! つまり……武装錬金総て上位クラス!! それが
強い味方の強い暴走に加担する!? 話に聞く無銘くんの敵対特性よりも始末が悪い! あっちは術者本人に一発カマ
したら終わるのよ! 何度でも広範囲を蝕むなんてしなかった)

 ツメを噛みたくなる気持ちの中、考える。

(待って。そもそも壁村さんはどうして一次感染したの……?」

 金星の幹部、グレイズィング=メディック語りて曰く。

「銀鱗病の源泉たる必中必殺。その条件たる『声』は、吐息にまじる程度のささやかなものですら、アウト」

「たとえ敵集団総てが仕組みに気付いていたとしても、人間である以上、思考が、無意識のうちに声を漏らすコトはあるし」

「リバースの特性は放たれる直前、半径300m圏内で声を漏らしたものがあれば必ず着弾する」

「周囲に遮蔽物があったとしても無意味……。装甲列車の更に堅牢なる区画に籠もっていたクライマックスですら被弾した
事実がある」

「検証しない限り断言はできませんが……クス、ともすると最悪、シルバースキンですら透過するかもですわね」

「クス。この2点を悪意によって統合した場合の最善手が何かお分かり?」

「とぉってもカンタンですのよ。『とりあえず、撃ってみる』。目の前に敵影がなかろうが、構わずにね」

「そうするとフシギなコトに、声を殺し潜んでいる方ほど着弾を許し、暴走し、味方の勢力に何らかの打撃を与える」

「奇運めいた天運ですがコレは恐らく、長らくのあいだ家族(つみき)を崩すといった悪意にどっぷり浸かった使われ方をして
いたが故の、リバースにとっては最良な、正義にとっては最悪な、運勢の引き寄せ方って奴……でしょうね」

 つまり無作為の強さすら得ている。誰がいつ着弾するか、いかなる能力がどのタイミングで戦線を崩すか……仕掛ける
リバースですら完全には予見できない。

(そして二次感染は、二次被害、だから、それらの様子は……輪の予知を以ってしても……捉えられない!!)

 美紅舞の危機感は、いや増すばかりだ。

 今から再び虹封じ破りばりの連携を組み立てリバースを撮影したとしても、分かるのは『彼女が、次に、いつ』特性を、一
次感染を撒くかという部分のみ。

(コレですら、厳密には誰に着弾するか分からない、からっ……!)

 戦士からの二次感染……彼らの武装錬金特性の乗った幻影の作用がいつ来るかなど……なお読めない!
 これは戦士を撮影しても同じ話だ。『彼らが武装錬金を使う』姿は予知できても、『彼らの体を通して出る二次感染の特性
乗り幻影』がいかなる時季に訪れるかは……予測不可!!!

 ああなんたる事態か。海王星は輪の能力などまるで知らない! にも関わらずまるで示し合わせたように弱点を衝いて
いるこの偶然!! これもまた長らく悪意を持って研鑽したがゆえの奇運めいた天運か。

「とまあ、銀鱗病のこわさ、ご理解いただけまして? クス。そう。有用な能力を持った敵の方々を暴走によって相克可能な
ものこそサブマシンガンの武装錬金『マシーン』。敵が強大な武装錬金を持っていればいるほど効能が増すという点では
L・X・Eの陣内と同系統ですが、弱めとはいえ『操作』可能なあちらに比べれば……まあ下位互換ですわね。何しろ、暴走
しかさせられませんから。怯えすくみ幻影を攻撃するといった状態は、創造者リバースにすらコントロール不能、時には彼女
自身すら攻撃されるという点においては、制御を誇るノイズィハーメルンより遥かに下」

「ですがなまじ下位互換であるだけに始末が悪い」

「下位互換に過ぎぬものをいかに用立てるかと考えられる悪意によって運用されてきたから……始末が悪い」

 行き着いたのはむろん前述のとおり……無作為の強さ。清楚で理知的だが内包する激情ゆえ知略を放擲したがるリバ
ースらしい混沌の戦法だ。

 だが、と美紅舞は思う。

(唯一の救いは『声を出したら着弾』が早い時点で分かったコト! 音羽先輩が自分を犠牲に暴いてくれなかったら、被害は
もっと大きくなっていた! 二次感染は更に大量に起こっていた!)

「しかしそんなささやかな幸運さえドス黒く塗りつぶすものがある。それは──…」

 シズQの死を経てなお一瞬の思考で敵のカラクリにおおむねの見当をつけられる『冷静』を保てるほど意思強きはずだっ
た財前美紅舞が、報告のための生還すら忘れ逆上しかけたのは──…

『安心して? 全滅は……させないから』

 刻まれた、思わぬ文字。(まさか……足止め組の精鋭全員暴走させて……アジト急行組を背後から……?)攻撃させる
悪魔の企みを一瞬うたがった美紅舞だが、しかし、ああ、しかし! そうであったのなら彼女は逆上などしなかった!

『光ちゃんだけ生き残ったら、疑われるでしょ?』

 美紅舞の目は点になった。何を書(い)われているのかまったく分からなかった。

『私は勝敗がどうあれ光ちゃんを生き残らせるつもりだけど、その場合さ、他の戦士が全滅してたら、ホラ、まずいし』

『だってそうでしょ? 幹部の義妹だけが生き残って、戦士だけは全員死んでたとかなったらさ』

『誰だって疑うでしょ? 内通していた、裏切っていたと』

 美紅舞の理解が進むたび、肩にかかるか否かの決して長くない髪の毛は、膨張を、増す。激情の、震えも。

『証言してもらわなきゃ困るのよ。光ちゃんは裏切っていなかったって、証言してもらえなきゃ、困るのよ』

『だから戦士は全滅させない。証言用に何人かとっておかなきゃ、可愛い光ちゃんがあらぬ疑いでイジめられるから』

『弱そうなのは、残してあげる』

(コイツは……っ!!!)

 それでも、死と生の裁定への思いあがりだけならば、

『ところでシズQだっけ? 私を殺すような大口(コト)言ってたけどさぁ、あんなみみっちくて使い勝手の悪い保身一辺倒の
武装錬金でどうやってやるつもりだったのかしらね? 笑っちゃうんだけど? ああまで身の程知らずだと、逆に』

 挑発見え透く故人への誹りだけならば、怒髪はまだ天を衝かずに済んだ。決壊を、促したのは、

「にひっ。そーいうイミじゃそこの2人……惜しかったすねぇ」

 ブレイクの、言葉。

 強靭な冷静さも生真面目ゆえの憤りも、何もかも、美紅舞の心の旋律(ながれ)総て総て見透かしたような物言いに、

(2人……!?)

 視線を追った美紅舞は気付く。

「あーあ。事故らなきゃ、残れたかも、なのに」

 いのせんと、壁村の、もはや物言わぬ冷たい体を、目を細め笑って見守っている幹部らが、せいぜい、小粋な漫談でも
聞いた程度の感興しか抱いていないのを。

(偶発で殺し質を嘲る?!? 許せない!!!)

 戦時国債の強さは人望の強さ。それだけに復讐も是とする少女だ。充填したばかりの金色の波濤が爆発的に膨れ上がり
総身を包む。ブレイクが言葉を発したという事実そのものもまた攻撃意欲慫慂(しょうよう)のピース。いまリバースは特性
を使えない。やれば恋人に当たる。ならば……機会。

(鐶のお姉さんだから話し合わせる必要はある! だから殺すつもりなんかこれっぽっちもない! けど!! 殴る拳に怒
りは籠める! 腐った性根は痛みしか生まないんだってコトは……反省(わか)らせなきゃ、反省(わか)らせなきゃダメよ!!!)

 義憤と哀切と後悔に、わずかだが瞳に涙が滲む。

(学窮(わたし)は…………学窮(わたし)は、シズQのコト…………結局アレ以上は聞けなかったんだから……っ!!!)

 先ほどシズQからきた金色のうねりはとっくに全盛のうねりを上げている。貸倒償却。死に際し一括で貸し付けられたエネ
ルギーについてはむろん履行なしで使用可能。

 枯渇が潤ったとという事実が怒りを後押しする。フルなら幹部ですら2人同時に圧倒できる能力だ。しかも源泉はシズQ
……。庇って死んだ者の魂も糧に仇を討つ…………そんな衝動が思考をトバした。

 激昂のこわさを──正負とも──身に染みて理解している幹部たちだ。

(にひ。かかった!!)

 限界ギリギリを耐えているとき予想外の方角を刺激された人間は、『キレる』。ブレイクは足を刈る役目だ。リバースが
直接的な話題──この場合は、美紅舞にとって『かばって、落命した』存在であるシズQ──で以って怒りを釣り上げ、
それを耐え切れる相手であればブレイクはまったく予想外の話題で口撃し激昂させる……慣れた挑発の手際、役割分担!!

(消耗してなお斗貴子さん並みの火力破壊力を有すこのコが充填した以上、暴走させぬ理由はない! 怒るのよ怒りなさい、
虹封じは確かに見抜かれたけど、怒りで我を忘れたコなら、連携から孤立しているコなら、いける! 銀鱗病と禁止能力の
コンボは必ず通る! 暴走、させられる!)
 シズQの最期の行為でリバースは美紅舞の能力を確信している。『託す』行為が能力の暴露になっているのはいささか
皮肉でもあるが、どのみち遅かれ早かれだ。リバース、そうでなかったとしてもある程度の見当はつけていた。
(シズQがブラフかましてなかったら、みくまいさんは……『味方からエネルギーを借り上げるタイプの能力』! だったらそ
の暴走は有利! 非戦闘員すら消耗させれる! 『足止めにこそ不向きだが、他の幹部、たとえばデッドちゃんのような搦
め手で攻めるタイプになら有用な能力』を秘めている非戦闘員がもしいるなら、ココでの枯渇は後(のち)への有利! 暴走
なさい!!)
(……にひっ)

 もはや猪武者の美紅舞など軽いとめいめい構える幹部ら。
 だがその期待は意外な衝撃音によって打ち砕かれた。

(……へ…………!?)

 正月の町内会の餅つきに動員される石臼を金属バットでフルスイングしたら斯様な響きか。リンゴーンといった凄絶な音が
額の奥で弾けて驚いたのは……美紅舞である。

 幹部らは、見た。
 腰まで伸びる長い鬢(びん)おどらせる忍び少女の膝が美紅舞を痛打せしめたのを。どことはもはや言うまい。

(アレは……痛いすよ)

 ブレイクの頷きは、重い。

(久那井先輩!? なんで学窮(わたし)を……ってああ落ち着けってコトね確かに熱くなりすぎてた!!)

 短冊状の伸びやかな髪を幾つも持つ、涼やかな、物理的に湿っぽい少女の目に度は少し戻り──…

 白い法廷。

「やっと通じたわね……! 」

 焦りつつも歓喜の笑みを浮かべるのは円山円。

「っ!? 31分30秒までなら会話しても現実では一瞬未満な法廷(ココ)に呼ぶってコトは何か策……あるんですか!?」

 新人王とはいえ弱冠14歳の美紅舞だ。20歳の円山には敬語を使うとみえる。

「込み入ったのは無理よ。ただ津村斗貴子が暴走してしまった最低最悪の状況だからこそ、指揮系統と方針ぐらい明確に
しておかなきゃ…………全滅よ」
「……まず…………指揮官は…………以前からの取り決めどおり……円山さん……です」
「それは、まあ、うん、津村先輩が健在だった頃から、予め言われていたからナットクだけど……」

──「いいか、幹部が相手である以上、私だって人後不省に陥るコトはある」

──「その場合の指揮官は円山だ。年齢的には艦長に任せたいが、犬飼の助力があったとはいえ木星の幹部を相手どって
生き延びられた経験、レティクルへの感覚の鋭さを持つ円山なら、イザという時かならず頼れる」

「……ま、自分でも何枚か落ちた感はあるし……そもそもイオイソゴとリバースじゃまったく戦法が使うから、正直役立つ気は
しないけど……」

 己を卑屈に哂(あざわら)って見せたのも一瞬、円山円は麗しい顔を上げ、粛然と告げる。

「犬飼ちゃんから学んだ『弱いなりの裏のかき方』、それから導き出した唯1つの勝ち筋に、悪いけど賭けてもらうわ!」

「分散するけど集中よ! あれもこれもと求めたら押し切られる、から……!!!」

 そうして刹那の間に濃縮されたブリーフィングを経て戦士らは──…
 現空間に、戻る。

 戛然と瞳に光を戻した美紅舞が、霧杳から『何か』を投げ渡されたあと選んだのは。

 離脱、であった。廃屋は09号棟の屋根へと飛び移った彼女は一瞬、怒りに縁どられた名残惜しさを以って、東隣10号棟
の軒の端かすかに見える『彼』の足と、眼下にある2つの死骸と、そして幹部らを順に一瞥したが、黄金の波濤を身の裡に
収容すると……西方へと飛び降りた。そして遠ざかる、駆け足の、音。

(……ち。見事な判断。暴走リスクに気付いて逃げた)
(斗貴っちの二の舞やってほしくて挑発したんですけどねェ)

 まったく余計な鎮静をしてくれた……膝で美紅舞を落ち着かせた霧杳への幹部らの目は、厳しい。

(やれやれ。戦士さん方はどうやら『勝ち筋』を定めたようで)
(勝ち筋の候補は……『大別すれば4つ』でしょうね。そのうち決め手の1つを残り3つで後押しする連携で来るとみるべき)

 ブレイクとリバースの想定する、戦士らの『勝ち筋』は以下の通り。

(1つ目は当然バブルケイジ。身長吹き飛ばしによる消失または無力化)
(2つ目は光ちゃんのクロムクレイドルトゥグレイヴ。年齢操作で胎児にすれば殺すコトなく勝利できる)

 いずれも一発逆転の手段である。個々の能力で劣り、連携さえも崩された戦士たちはバクチに縋るほかないのだと幹部ら
は肩を揺する。

(その文法でいくと3つ目は当然……私の、マシーンの、特性)

 声を出した者に必ず着弾する能力ならば、リバースに声を出させればいい……戦士らがそう思っているのは想像に、難く
ない。

(もっともソレわかってる私が? 特性使用直前に? 声出す? みたいなポカ、よっぽどハメられない限り絶対ないから)
(4つ目は、3つ目の応用でしょうね。ずっと姿が見えなかった)

 無銘の龕灯が、気象サップドーラーの傍、浮遊する。
 もとより鐶に同伴していた龕灯だ。戦士集合地点に幹部2名が来襲したあたりからフツリと姿を消していたのは鐶のポシェッ
トに潜んでいたため。温存していたのだ。リバースの特性を返す、伏兵として。(厳密にいえば当時はまだいかなる特性か皆目
見当もついていなかったが、判明しだい、使えるものであれば使おうと、そういう理念だ)。

 いずれにせよ、鳩尾無銘、銀成は聖サンジェルマン病院の一室にて思う。

(性質付与。スキャンした特性をコピペできる能力。コレで──…)

 勝ち筋を構成するために、サップドーラーと無銘は『とある戦士』を探していた。

 ブレイクは、考える。

(確かに、銀鱗病にかけられた方をスキャンすれば、俺っちか青っちに銀鱗病をうつすコトは可能でしょう)

 もっともワカっていて許すようでは馬鹿である。馬鹿ではないから、戦闘力においてはさしたる脅威もない音羽警を、やり
ようしだいでは絶対回避をかけてくれる便利なツールを、さきほど、美紅舞を10号棟方面へ吹き飛ばした直後、『たまたま
傍を通りかかったので、布石の為とりあえず』銃殺した。

(銀鱗病は死ねば止まる。止まれば採取不可。よって殺害。にひっ。どうすかこの筋道)

 困るのだ。弱い戦士を、手軽に、スキャンされては。壁村逆門だって事故らなければ殺していた。運がよければ生き延び
られたようなコトも言ったが、それは無駄死に感で美紅舞を煽るための方便にすぎない。
 以降だれかが事故で罹患したとしても、それが弱い戦士であればちょっと用立ててから殺して、使い捨てる。上空俯瞰図は
当時リバースの自動人形の手の内だった。罹ればすぐさま把握できた。

 天候少女は、泥木と連れ立っているころ音羽の死体を見た。泥木が去ったあと鐶が現場に来て龕灯をサップドーラーに
渡した。音羽からの銀鱗病採取は上記の理由ゆえできなかった。

 戦士は、『勝ち筋』に必要な能力のスキャンをしなくてはならない。だから、移動した。

(そして今から……我たちは)
(そう、なの)

 21号棟北東。

 龕灯と天気少女が少し離れた十字路に認めたのは……血の獣。

 落屑と出血でセーラー服をドス黒く染め上げ、咆哮し、死神の鎌を乱舞させる斗貴子。

(にひ! 銀鱗病を採取しうる手段はただ1つ! ”あの”斗貴っちの暴走をかいくぐる! 苦労しますよ〜。素早いし、狂暴
だから!)

 幻覚の方角が不運にも一致したらしい。身の毛も弥立(よだ)つ咆哮をあげながら龕灯とサップドーラーに飛び掛る黝髪
(ゆうはつ)の少女。

(かつて降した兵馬俑はないが……やるしかない!! 津村斗貴子しか居ないのだ!)
(幹部攻略に不可欠な『あの特性』をいまこの戦場で持っているのは斗貴子さんただ1人、なの!!! )

 高速斬撃に秀でた斗貴子を相手どる以上、天候操作で斬撃無効化可能なサップドーラーが対戦線に動員されるのは当然
の話だ。並みの戦士では最終決戦クラスの絶大な集中力を以ってしても無傷で済まぬ、それが斗貴子!! ちなみに龕灯に
ついては秋水操るソードサムライXですら破壊不能な頑健、パワーで劣るバルキリースカート相手の心配はない。
 が、そういった装甲を有する戦士は足止め組生存者の中にはいない。

(学窮(わたし)ですらジリジリと押しやられやがてはガス欠によって無防備を斬り裂かれる……!)

 新人王・財前美紅舞ですら戦慄せざるを得ない『ガチ戦闘のバルキリースカート』を、命のやり取りなしでやり過ごせる特性
はこの戦線においてはただ1つ。スノーアディザスター。創造者の身体を雲や霧に変化する能力でもなければハデスの鎌の
輪舞曲(ロンド)、とてもとても凌げるものではない。

 それこそが幹部2人が斗貴子を生かしているいま1つの理由! 生かしている限り、サップドーラーは斗貴子の方へ行く
しかない! 仮令(たとえ)龕灯のスキャンが終わったとしても、それは続く。なぜか? 防ぐためだ乱入を。勝ち筋のため
行われる他の個別戦闘に、『斗貴子』が、暴走おもむくまま乱入した場合、破壊されるのだ、あらゆる、構築が。

 よって斗貴子にかかりきりになる他ない。幹部らは、それが嬉しい。吹断を消し禁止能力を潰す風や虹の持ち主が、他
の戦局に専念せざるを得ないのは、非常に嬉しい。相性的に不利な相手との戦いなぞ、避けるに越したコトはないから、
だから斗貴子は生かすのだ。

 そこまでは想定どおり推移した。

 が、思い通りにならない戦士もいる。久那井霧杳。敵の額を膝蹴りするのが大好きな、忍びの少女。つい今しがたも、せっ
かく釣れそうだった美紅舞から針を外しそして逃がした。面白い訳がない。

 15号棟北西。十字路。

(そーいや植物の人を殺した時も、たった十数合で見事逃げてくれましたっけ……)
(妙な忍法さえ連打しなきゃ、あの場でさくらもっちちゃんも殺せたのに……)

 自分たちと何度も交戦しているにも関わらず生きている……その時点で幹部らはもう不快である。不利になるや退却し、
気を緩めるやすかさず再び攻撃してくるのも業腹だ。”そのテの不快感を撒いて楽しんでいいのはコチラだけ”、つくづく
と身勝手な思いから、芽吹く、

((ここいらで、そろそろ……))

 殺意は色濃い魔界の瘴気。
 血と肉と漿と脂にべっとりと彩られた凄絶の気配にやや遠くの森、ギャオギャオと鴉どもがけたたましく飛び立った。
 廃屋地帯を遠巻きに見通せる地帯に避難した非戦闘員たちですらこぞって胴ぶるいし死をも確信した圧倒的な死の
靄の原液の渦中にあって、しかし久那井霧杳は甘い春の霞でも頬で味わっているような顔つきで掌中クナイを回しつつ、
ゆらりゆらり茫洋ゆらりと歩み出す。
 だが瞳に灯るは、絶大なる、自信。美紅舞が捕捉可能圏外へ脱するまでの足止めぐらいならば軽くこなせるという確信す
ら光っている。なんならヒマつぶしに片方葬ってやってもいいとばかり、片頬つりあげ黯(くろ)く笑いさえ、した。
(〜♪)
 自称盤上の支配者にこれ以上効く挑発は、ない。

 ひどく乾いた、冷然たる声が海王星の、薄桃色の果肉を塗りこめたような唇を、ついた。

「コンボかけたらすぐ抹殺。心の一方から復帰したっていう謎の技……銀鱗病にも効くとかだったら厄介、だし」
「ええ。始末したらみくまいさん追って暴走! よって! 沈黙を、禁ずる!!」

 ハルバードの輝きは……霧杳に、あっけなく、かかる。そう、虹封じ破りなる一大事業によってカラクリが露顕した、『防ぎ
える攻撃』に、あっけなく。

(……?) 一瞬なにか罠を疑いかけたブレイクだが、リバースは違う。
(虹の要たる天気のコを戦士たちはいま『勝ち筋』のため別働させざるを得ないから、つまり……防げな…………え!?)

 怨念のチャージを終えあとは発言を待つばかりと北叟(ほくそ)笑んでいたリバースの氷結も無理からぬコト! 

「………………?」

 喋らない!! 沈黙を禁じる光が確かに直撃した筈の久那井霧杳は……喋らない!

(どういうコトよ!? まさかあのクナイ……キャンセルできるの!? ほぼ無敵の……禁止能力を!!)
(或いは俺っちと同じ『フィルター』が、目に……?)

「違う。慣習だ」

 キャプテンブラボー、談。

「戦士・霧杳は根来に輪をかけて無口というか……そもそもだな、ないんだ。戦士の誰も声を聞いたコトが無い。大戦士長
が呼び出しても上層部が尋問しても、一言もだ、一言も発した記録がない」

「喋れない……という訳じゃない。両親の話では戦士を志すまでは、まあその時点でも恐ろしく無口だったらしが、必要があ
ればちゃんと喋っていたというし、戦士になる際の身体検査でも、舌ならびに声帯には異常なしと診断された。精神の問題?
ないな。彼女は個人主義だが、ノリは存外いい。無言でこそあるが、遊興の集まりではむしろ要所要所で意外な笑いを取
るタイプ。健全だ。精神は」

「どうして、喋らないのか?」

「本人が文書で説明した理由のうち片方はこうだ。『声の悪用を防ぐため』。つまり声真似、なりすましを警戒している訳だ。
実際俺も鐶との戦いでは戦士・斗貴子の声真似によって裏返しを先撃ちさせられ痛い目を見たから霧杳の用心は理に叶っ
ている、ブラボーだ」

 離脱中の美紅舞もまた、思う。

(そしていま1つの理由は、『声をキーとする武装錬金特性の、回避』! 録音系統のものだけではなく、物音に反応して追
尾してくる特性をも警戒し、普段から沈黙を守ってる! 忍びらしく、念入りにね!)

 能登忍法、舌とかげ。文字通り舌を切り離す能力。根来曰くその使用すら疑われるというが、真偽はさだかではない。

(そして)

 禁止能力直撃をして饒舌いたらぬ忍者に海王星、よほど激昂したとみえる。ベアナックルが大気を擦(す)った。

(あーあ。キレると弾より拳が飛ぶんだから……)

 握り締めるグリップが歪曲しミシミシいうほどの握力に基づいて放たれた剛速球ゆえの摩擦だろうか。軌道上のリンとい
うリンが緑炎にくゆる威圧の拳はむろん常人なればちぢみあがる代物だが。

(………………)

 にぃっと悪相する忍び。同時に発動する、ダブル武装錬金に海王星が虚を衝かれたのは事実である。無手と見ていた
手に突如としてクナイが現れ斬りつけてきたコトにリズムを崩され、怒る。
 隙ありとばかり僅かな火花。続いていくつかの肉を打つ音。海王星は舞った。屋根より高く高く舞い飛んだ。(っ! まっ
たく見え……! 速っ、足を刈り顎を蹴り上げ……!) 血煙。クナイで要縫合の傷をつけつつ更に天へと駆け上った影は
後方宙返りを打つ。放胆その一言、むっちりとした両太ももの裏に両踵が密着するほど綺麗に折りたたまれた足は、
最下点たる膝をそろえ、リバースの、額を。

(だからなんで、ココ蹴るの!!?)

 赤く晴れ上がる額を喜怒哀楽総てが籠もった器用な引き攣り笑いでさすりながら、それでも手だけは滑らかにジャキリと
銃を構え発射に移るリバース。吹断が虚空を流れたのと、鞭のような水平蹴りが左耳に着弾したのは同時である。いよい
よ青筋が浮き始めた少女にどうしようもない絶叫を選ばせかけたのは、ふわりと銃の上に両足を置いたまま、直立不動で
指を”ちちち”と振る無表情長髪少女の、余裕に満ちたその姿。
 まったく体重を感じさせぬのは忍法あらばこその芸当だ。
 能登の……浮舟。伊賀や甲賀では浮寝(うきね)鳥ともいい、特に後者のうち尾張御土居組のとある一族に伝わったもの
は数々の応用秘技を有するが……リバースの関心はそこではない。

(避けつつ攻撃……! みくまいちゃんとは違った強さ、技の強さ……!)

 感服している間にも影と溶けた霧杳はもんどりを打ち、膝を、額に。

(っ……!!)

 体重が乗り切っているとはいえ華奢なる少女のそれである。しかも趣味の範疇にすぎぬコトを人間の生身の膝でやって
いる以上、ホムンクルス調整体たるリバースにはさしたるダメージもない。
 が、痛い。
 よく、もっとも痛い攻撃は皮鞭だと言われる。それを超えるのならむしろまだリバースは我慢できた。が、受けたのは、
きわめて原始的でフザけた痛みだ。例えるなら、デコピン。そう、デコピンの究極的な痛み。
 どういう工夫があるのか、こと痛さを与えるという点では、僚友グレイズィングの拷問にもヒケを取らぬよう思われた。筋肉
という緩衝材が薄く、しかも鍛えようのない額の、すぐ下にある骨を膝の骨でただただ全力で痛打するだけの、術者だって
同じ衝撃を味わう馬鹿げた非効率的な攻撃を、霧杳はしかし徹底的に極めているようだった。それもダメージを与えるため
ではなく、ただ、痛みを感じさせるため”だけ”に! 

 痛いから、人は怒る。

 こ ろ
(射 殺 す !)

 額直上の忍びだ、向けさえすれば銃は近い。中空あお向けのまま地上へ”ぶっ放された”最中のリバースは本名と同じ天
蓋を彼方に見つつ引き金を引いた。敵の上半身は吹き飛んだ。熟したイチゴをギリー・スーツにしたレンジ中の卵のように
爆ぜ飛んだ。切り売りの豚足のようになった細い腕や、長いさらさらの髪をやる気のないパートに包装された中元のように
グシャグシャと巻きつけながら落ちていく生首をリバースは確かに見た、見届けた。

 なのに。

 不意に元の姿を取り戻した忍びの少女は、膝で額を弾いた反動で空中殺法継続。

(……! 復元能力……!? いえそれとは異質な気配!! 何、何をされたの!?)

「戦士・久那井の一天地六は敵の攻撃をキャンセルできるが、それは発動1回につき1つまで。迫ってくるフルオート射撃の
総てを悉く撃墜というのは本来ムリだ」

 キャプテンブラボー:談。

「だが例外もある。『フルオート射撃の発端たる”1つの挙動”』を防げた場合、銃弾の嵐は総てなくなる。要するに引き金
を引くという挙動をなくせばいい。と……簡単にいいはしたが、コレを実際やるのは……な。挙動への認識はあくまで戦士・
久那井本人の観察力や動態視力に基づくんだ。そして銃のガードに隠れているのが敵の指……。離れれば離れるほど見
え辛くなる。かといって接近しても銃身の陰になるコトはかなりあるし、何より観察し損ねればキャンセル不能のフルオート
を至近距離で、だ。慎重な彼女としてはそもそも『銃使いを相手にする』という挙動そのものを、特性以前の、判断力で回避
するコトこそ最善手だと思い……実際いままではそうしてきた」

 だがリバースという少女については、相手どる。

 実戦上きわめて難しい芸当を成したコトと、随伴していた、守りえた、藤甲地力を殺害されたコトは決して無関係ではない。
が、美紅舞じみた友愛の憤激とは違う。誇負を、自信を、経歴を、よくも傷つけたなという冷酷なる怒り。護衛という、初歩も
いいところの任務をしくじらせ泥を塗ったリバースに、久那井霧杳は激しく激しく、キレている。
 にも関わらずブレはない。濡れそぼる少女は心で盛る極めて温度の高い青白い炎を総て集中力に、注ぎ込んで、いる。

──「あのっ! 霧杳せんぱい! たぶんこっからは従軍記者2つあっても逆に守り辛くなるので!!!」

 クナイは2つ。両手に1つずつ。つまり写楽旋輪の提案によって霧杳、『2つまでなら』無効可能。

 猛攻の火花またたく! 一枚の落葉の如くリバースの周囲をひらひらと纏わりついた霧杳は銃撃の悉くを回避した! 時
には海王星のロングスカートの間すら抜ける縦横無尽、クナイが防御寄りでなければ人智を絶した切れ味を有していたの
なら、波若リバースは介者剣法の要領で大腿部に重篤な傷を負っていただろう。

「………………」
(ふふふいいわねあくまで喋らないのは良いわねでもそれって自分が言葉なしでもリア充になれるって自信がある訳よね
そこは腹立つ絶対殺す!)

 光る線分と化した両名の衝突が、始まる。

 ここまで1秒の四半世紀にも満たぬ刹那のできごとだ。ブレイクが割って入れていないコトは決して怠惰ではない。彼のすぐ
傍にいた筈の恋人は、忍びに殴りかかった次の瞬間にはもう顎から火花噴きつつ、垂直に、屋根より4mは高い地点に飛
んでいた。

(交戦経験のない青っちから惑わせ仕留める算段!? そうは──…)

 させないとハルバードを振り忍びへの突撃を試みたブレイクであったが、足元への着弾が合流を阻む。

(ミサイル残骸、破片……! 勝ち筋エクストラ、5つ目……!!)

 映っていたのがサブマシンガンであるコトに気付き、冷や汗交じりに飛びのく。上空にあるとはいえリバース、特性ガチャの
射程距離までも脱していなかったらしい。操作され向かいくる破片に軽くだが血相を変えたブレイクの迎撃は、ハルバードで
削り取った廃屋の、大きめの砕片が鏡映のカケラを割るまでの0.58秒ものあいだ続いた。

「私を、お忘れですか?」

 モノクルをくいと直す月吠夜クロスのプラチナサクロスは、単騎なれば、ブレイク、実力上、砲撃引き裂きつつ本体に迫り、
殺して終われる代物だ。実際天王星はそのプロセスに移りかけてはいた。

「まあ、正しい判断でしょう」

 燕尾服の青年は胎動しつつある死の颶風を前に涼やかに笑う。奇妙な余裕。弱者のみが時おり発する、勝利にわずか
足らぬ時間を命で以って埋め繋ぐ勇壮の行為を、戦士への敬意ゆえ疑ったブレイクの足取りがその場に止まる。手を出す
方がむしろ敵側全体の勝利に繋がるのではないか……危惧としては概ね正しく、実際それは結果として彼の受難の度合い
を引き下げた。いのせん。死骸が目に入ったのは偶然かそれとも無意識下の看破ゆえか。あお向けに斃れ臥す彼女の、
死亡によって強制武装解除している彼女の、周囲に核鉄は、ない。

(……。ない? 下敷き? いえ! 死んで斃れたとき確かに跳ねていた! なのに、ない? まさか!!)
「ダブル武装錬金!!!」

 月吠夜クロスの右翼に現れた装置はすでに左翼に設置されていたものをマルっと鏡写しにしたものだ。
 縦に規則ただしく3基ならべた筒型のミサイルコンテナ兼ランチャーの側面に、大人の胸像が原寸大で入るほどには大
きな正方形の照準誘導装置をガスっと差し込んだような、とてもメカニカルな武器こそ彼のミサイルの源泉だ。
 支柱最下部から突き出ている支持架は羽根型でその数3枚。うち2枚がピタリと直角を描いている後ろで残り1枚がやや
離れた箇所から、直角の、前に突き出る方の羽と平行を描くよう後ろに伸びている不揃いな形は、折りたたみの構造上、
やむを得ない結果である。
 バラエティ番組でスタッフがイジられた時たまに目にする、大型のビデオカメラのカメラ部分を無骨なランチャー3つに置
き換えたような姿でもある『プラチナサクロス本体』はいま、2つ目の核鉄によって倍化した。違いは色と照準誘導装置が
ぶっ刺さっているランチャー部のミギヒダリぐらいだ。創造者の左翼にある1基めはモスグリーンかつ、筒の右から。右翼
に現れた2基めは熟れたドクダミのようなくすんだ赤紫、かつ、筒の左からそれぞれ『横っちょを軽くネズミにかじられた
四角いクッキーのような』照準誘導装置を生やしている。
 スマートだが成人男性の平均的な身長よりは高い上背を持つ、総量およそ70kgの鉄の兵器だ。2基も侍れば流石に
偉容も出てこよう。正方形の右上と左上で野獣的な煌めきを帯びるは、アメジストでこしらえたような横2連のレンズ。

 亡き僚友の衣鉢を継ぐ基本兵装によって倍する火力を手に入れた月吠夜クロスであるが、むろんそれ自体はまだ脅威の
範疇にはない。ダブル武装錬金それ自体はブレイク自身すでに成している。むろん超重武器ゆえ活動はむしろ1つの方、
つまりは両手持ちで行ってこその本領だが、斗貴子にまんまと禁止能力を掛けたときのような『2つ目は待機モード、虹封じ
の糸で繰(く)るサブとして』なら充分有用。しかも待機モードにおいても──威力こそ半分以下だが──さきに廃屋群へ放っ
たような『光の穂先』は充分使える。

(それでセルフ支援砲撃しつつ斬りこめば……いま倍化した敵性の飛翔体、『火力上は』問題ないす。かの高名なジェノサ
イドサーカス級のミサイル嵐(あらし)になったって”だけ”なら、ね)

 啓開は容易い。どころか砲撃が発動するより速く踏み込んで首を刈るコトだって可能だが──…

(……)

 青白い燐光に縁どられた月吠夜クロスの、萱で切ったような利剣の眼差しが細胞のパルスを警戒に染める。

(『仲間の仇だ、相打ち覚悟』って枠(め)ぇですね。ま、確かに火力はともかく特性は怖い。なにしろダブル武装錬金……
破片は、コピーできる特性は、『倍』……。道連れにされるリスク、飛躍的にあがってます。認めましょう)

 破片。まだ壁村が生存していたころ垣間見たバリケード鏡映から、それが特性を上乗せする類の能力だと認識しているブレ
イクだ。迂闊無思慮で踏み込んでいく方がおかしい。

(……俺っちの不利な点は、転写の条件、まだよく分かっていない……ってトコすね。任意に自由なのか、それとも無作為
の乱数なのか……。しかも対象範囲も……不明! 総角さんよろしく一度見たものなら総てなのか、それとも付近にあるも
の限定か。仮に後者だとしても今度は半径どれだけまでか……。わからぬうち無闇に突っ込むのは、危ない、ですね)

 怖いのは。先ほど決まりかかっていた──…

(青っちの特性が破片に乗った場合!! そして万一特性が『一度みたものであれば何度でも、任意に』鏡映可能な能力だった
場合、砲弾のカケラの中を無闇に突っ切るのは……危険!! 繰り返しですがダブル武装錬金、もはや2倍、虹封じ破り前の
2倍……!)

 月吠夜クロスは、佇む。

(特性の強力すぎる仲間と組むのも考えものですね。せいぜい迷うコトです。そして──…)

 光点の拡大は速かった。無造作に降ろされたと見たハルバードの先端に夕日が一瞬紅色にチカっとしたと見た瞬間にはもう
伸びてきた奔流の穂先が眼前で猛然と土くれを吹き飛ばしながら迫っていた。雷鳴を零距離で聞いたような爆音もして、それは
青年の体を本能的に……固まらせた。肌が焦げそうな熱がもうあるのに、”焦慮”すら、できぬ、ほどに。

(なっ!!?)
(よーするに、近づかなきゃいい訳すね。コレ慎重有熟慮。オーケー?)

 ブレイクにしてみれば『膠着すれば敵は味方と合流する』。実態かんがえも及ばぬ謎特性を暴きもせず力押しするのは
危険といえば危険だが、だが連携を獲得されるよりは遥かに良い。リターンに目が眩むあまり”また”全容不明な特性と合流
されるぐらいなら、リスク覚悟でイチかバチか、1つの正体不明の抹消に打って出る……数で遥か勝る戦士たちとの戦いに
おいてはこの回答、部分最適でこそないが全体最適ではあるだろう。そう。多勢の一員相手に考えあぐね膠着するコトに利
点など何1つない。一番安全に殺れそうな手段を1つ1つ、とりあえず試していくコトこそ活路といえよう。

(不明(ディスアドバンテージ)を覆すものが何かご存知で? でかい音とひどい熱す。感情ある生物はすね、でかい音とひど
い熱に弱いんですよ。コレ乱打されたら、どんな人でもね、必ず怯えるんですよ。隙、産んじゃうんですよ)
 戦争の基本だろう。
(どれほど素晴らしい連携の策を授けられていたとしても!! 親愛との訣別にかつてなく猛っていても!! でかい音とひ
どい熱は総て掻き消す! 想定外のタイミングで射程外から放たれた”もの”には人、原初の獣に立ち返り……固まり竦む
ほか、ない! それが枠! それが戦争!! 心を折れば策はつぶれる!!!)

 廃屋の破壊に用いられた出力に基づく迅激の中距離。短期という言葉すら長久とばかり目論まれた一蹴は抵抗のため放
たれた20近いミサイルすら藁の塊のように”ほぐす”高熱源体。月吠夜クロスに抗する術はもはやない。

(ととと融かされたら破片も何も……!!)
(さーて青っちの加勢加勢)
「さー!!!」

 気の抜けた掛け声。ぴらぽんというどれほど丁寧に修辞してもアホみたいとしかいえぬ打撃音。渾然となったそれらが
ブレイクの表情筋に数瞬前の月吠夜を再現させた。(なっ!!?) 靴下を裏返すと輪の部分から丸い先端が出てくる。
光の穂先は靴下となって翻転(ほんてん)した。外周と中央の狭間は、急速に窪んだとみるやブレイクに向かって鋭く跳
ね返り始めた中心点に引きずられる形で一気に『円錐の中腹』と化しやがて完全に攻撃の向きを変更。光の穂先は逆流
した。まるで最初から月吠夜がブレイクに放っていたとみまごう自然かつ鮮やかなる叛徒が奔(はし)る。

 思わぬ展開に一顆の汗を頬に浮かべるブレイクは見た。月吠夜の前に立つ、特徴的な緑髪の少女を!

「サソリ対決、してみるさーー!!」

(……ち。でかい音とひどい熱まで予想済み、すか…………!)
(あああ良かった何とか間に合った打ち合わせどおり間に合った、一時は本当マジで死ぬかと……!)

 月吠夜をエサにしてまで発動した能力は!!

 鳥目誕(イツワ)、自衛モード!!!

 己の戦費(エネルギー)を1つの核鉄につきただ5枚の一万円札へ変換し扇状に持つ彼女は物理攻撃であれば総て反射
可能!! 面攻撃かつ自動で相手へという小札零のホワイトリフレクションと異なる点は、右手の万札の扇(以下、万扇
(まんせん))の当たったものだけを、スナップの向かう先にしか返せないという点!
 つまりいわば自動の小札に対し手動の鳥目! 旧型かつ下位互換の感はいなめない。

 が!!

(古物への熟練ほど強いものはないさー!)

 技術上の先鋭特化といった話柄など小領域もいいところだ。熟練もたらす真の強さは『どれほど情念を篭めようが、感情
レベルの粗が出ない』。

 そして先ほど月吠夜と光の穂先の間に割って入った鳥目は、万扇を、振りぬいた。

 ただでさえ最高速だった光の穂先をいっさいのブレなく真芯で捉え……急行列車級の衝撃を実に3割増の球速で打ち返
していた。90kmがザラな高速道路ですら117kmのものが走ってくれば誰だって肝を冷やす。しかもブレイクが受けたのは
その 逆 走 版 。

 かくて時系列は、打ち返した直後に戻る。

「サソリ対決、してみるさーー!!」

(第二波で迎げ……)

 斬り付けるような風と共に前触れもなく背後すぐ後ろに現れたプレッシャーに覚えた既視感は実際ただしい。急降下角度
45度の場合、実に時速350km。500系新幹線を軽く50kmは凌ぐ速度によってたっぷりと重力エネルギーを孕んだ二対
の後趾の禍々しき爪らの正体はハヤブサのそれ。背後は……鐶。今度は本物。

(あああ青っち無視のなんつー挟撃を……!!! 空から来たなら……狙えたでしょうに!!)

 度肝を抜かれたという他ない。鐶はリバースに挑む……無意識にそう思い込んでいた『枠』の虚をつく不意打ちだ。なおハヤ
ブサはカラスとほぼ同サイズだが、それでも急降下はアオバトの片翼ぐらいならいともたやすくフっ飛ばす。人間サイズの、
しかもリバース最高傑作の出力を持つホムンクルスのやる同じコトの威力は、たとえ幹部級であっても直撃したが最後、四
肢なら吹き飛ぶ前に破裂して血の霧となり、胴体ならば40型の丸い蛍光灯ぐらいのランドルト環に”えぐり取られる”……
というのは、今回の任務前のブリーフィングにおいてリバースが算定かつ説明した威力。

 それを、眼前では、猛然と打ち返された光の穂先が雪崩れ込みつつある状況で、やられた。

(どっちかを迎撃すればどっちかにやられる!!)

 ため、よける。左へ。

 先ほどダブル武装錬金を行使した身上でこそあるが、バキバキドルバッキーは斧と鎌を併呑している都合上、突撃槍より
遥かに重い。カズキが蝶野邸でしたような芸当は、できない。ホムンクルス調整体の腕力を以ってすら片手では十全に
は扱えぬ重量武器の二槍流を土壇場で試せるほど無謀ではないブレイクだ、まずは光の穂先の圏外にと左へ避けた。

 果たして灼熱の熱風、右半身の78cm横を通り過ぎた。

(穂先はオーケー! あとは追いすがってくる光っちの爪にだけ注意を)

 しようと振り向き始めたブレイクの面頬が硬直し、鉛色を帯びたのは、毒蛇の上下の牙のように羅列する爪たちの、『口の
中』が赫奕(かくやく)と、爛々と、極限まで圧搾した光熱をブレイクめがけ撃ち放ちつつあったからだ。

 通過しつつあった光の穂先が急激に減衰し”しおれて”いくさまで、気付く。

 円盤に細いワイヤーがついたような『ヒヨクドリ』の尾羽が、奔流に浸っており、かつ、吸収を行っているコトを。

(レティクルに居たころはできなかった芸当……! つ、つまり……『アレ』に、『アレ』にもう突入している……!!!」

 ようやく鐶の全容を、見た。純白の光──厳密にいえば夕映えを照り返しているため、荘厳な紅銀色だが、全色盲のブレ
イクにはモノクロでしか映らない──純白の光を金属的に照り返す装甲に包まれている鐶の、全容を。

(『鳳凰モード』!! 青っちとの最終決戦に用いるとばかり思ってたのに、ココで、すか……!!!)

 全身のあらゆる部位を他の部位にも変形できる究極の切り札! 尾羽で光の穂先を吸収しエネルギー変換できるのは、
”そこ”をホムンクルス捕食孔有する『手』に変換したがゆえ! 趾もしかり! そして! ホムンクルス捕食孔を動員した以
上、鐶が放つ技は数量どうあれただ一種!!

「超新星よ!! 閃光に爆ぜろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 一気に直径7mにまで膨れ上がった光球がブレイクめがけ左右の趾から合計2つ同時に轟然と艦砲されたのは、むろん
本家たる貴信ですらかつて敢行したコトなき破壊の絶技! 発射衝撃それ自体がもう凄まじい! 前方に向かって時速300
km超で進軍していた鐶ですら、高出力(ハイパワー)な翼の運動ですら、駐退も停空もなく次の次の瞬間には15号棟ブチ割り
つつ20mは『後退滑翔』する……否、させられるほどの、反動!

(けど昆虫を基底とする調整体(おれっち)の俊敏性であれば!)

 かわせたのだ。

 ミサイルの破片さえ直撃していなければ!!

 背中で弾けた爆圧の花にブレイクともあろう者がまるで無防備に海老反って一瞬硬直したのは、もちろん。

(っ! 光っちに気を取られた隙を……!)
「言いましたよね、さっき」
 モノクルを直す燕尾服の青年は限りなく静かに、しかし絶対の敵意を篭めて言い放った。

「仲 間 2 人 殺 さ れ た 私 を、お忘れですか……と」

 破片が選定していた特性のうち片方はいまだ射程内にある久那井の確率操作だったため実質ハズレだったが。

                   SSR
 倍化の恩恵ッ! 残る1つは年齢操作!! 
 むろんその着弾はコラテラルダメージの域を免れないし何より複製であるから「かする」で吸収したのはたった2年、たっ
た2年に過ぎなかった!

 だが!!

(マ ズ い !)

 見開くブレイクの強膜に轟くは紅(く)の稲妻! なんという運命! 彼がホムンクルスになったのもまた2年前!! ゆえ
に人間の体に戻る……というコトを危惧したがゆえの「マズい」なのか。

 否!

(ホムンクルス化それ自体は年齢操作では戻らない! だってそうでしょ! 戻るなら『じゃあどうして光っちは自分を戻して
いないのか』ですよ! 5倍速で年老う特別制なホムンクルスの体になったのはわずか1年前……。もし年齢操作がホム
ンクルス化すら解除する代物ならば、光っちが己に使わぬ道理がない!! 自分だけが5倍速くおばあちゃんになってしま
うコトは、まだ核鉄ナシなレティクル在留時のころから怯えていたコト、かかる精神的不安から生まれた能力こそ年齢操作
ならば、まだ人間だった頃の年齢になり人間の身上に戻る、という根治は試した筈! そして結果人間に戻れたのなら……
……その年齢(まま)でいる筈!! ホムンクルスなんかのままでいたら、物凄い速度で年、取っちゃうんですから!!)

 年齢操作がホムンクルス化を解除しえぬという今1つの実例的根拠がある。ヴィクトリアだ。まだ音楽隊が戦士と敵対して
いたころ銀成学園で行われた、鐶と斗貴子の最終決戦、その更に最終局面において、『さまざまな理由』で加勢すべく乱入
したヴィクトリアは、当時枯渇していた年齢の補充を求める鐶に深々と切られ、『年齢の総て』、つまりは100年以上の生き
てきた期間総てを肉体から吸収されたのだが。

──斬りつけた少女が異常な胎児になって床に転がっている

 のを見た鐶は、気付いた。

──(……ホムンクルス幼体? え? あのコは……河井沙織さんは人間の筈では……?) )

 その顛末はブレイクも知っている。リヴォルハインの『社員』は当時から既に銀成学園含むあちこちに居たのだ。

(無理なからぬ話! だって『ヴィクター化を解除した白い核鉄級の出力がなければ』、動かせないのがホムンクルス化と
いう『状態』ッ!!)

 それはリバースの研究成果であり、また……『別の時系列における』、『後の後』の、蝶。

 ゆえに複製かつ劣化の、プラチナサクロス鏡映から年齢操作でブレイクが人間の体に戻るというコトはありえないが!!

(ダウングレード、コレがまずい!! 何年吸われたか不明ですがその年数分の改良がフイ、性能低下!!!)

 ホムンクルス調整体ゆえの『調整』、日々最新鋭へと向上している身上こそ逆に仇!
 防人の警戒した『急速な年齢変化による動揺』は、ケガがブリ返すという事柄に対してだったが、改造行為無効化による
身体能力低下もまた、大綱においては同義であろう。

 最新テレビゲームをプレイの際、コントローラーがファミコンのそれになったような動揺!
 突如旧式化した図体の、今日(こんにち)との感覚のズレに戸惑うブレイクの硬直は、直近の艦砲2門に取るべき回避行
動を決定的に遅らせた!!!

 だから放たれたそのとき、天王星は光球の50cm右に居たのだ。咄嗟に地面に向けたハルバードの、『その使い方だけは
2年前からさほど変わっていない』武器の穂先から放出されたエネルギーが、『破滅の枠』からの脱出を見事成功させたのだ。

(…………さすがブレイク……さん。土壇場で……身体の違和感で鈍るのを咄嗟に気づき、武装錬金で)
(なんとか避け)
「さー!!!」

 扇に打たれ射出速度を無理やり捻じ曲げられた光球が、安堵に息つくブレイクに、直進。

(へ!?)

 ミサイルの傍でひらひらとスピンし日本舞踊する少女はもう、立て続けに光球2つ、同数の扇でぴしゃりぴしゃりと打ってい
る。天王星の回避行動が遅れたというのは”コレ”込みだ。

(年齢操作に逡巡したあげく武装錬金に頼るという微妙な『間』を作ったからこそ、本命への対処が遅れたのですよ。私の
サクロスに掴まり急接近した鳥目誕が鐶光の艦砲射撃を打ち据え軌道を変えるという『本命』へ、ね)
(手動の……利点…………です。私にだけ返る、小札さんの自動反射(ホワイトリフレクション)では、できない芸当、です……)
(……扇が増え…………? っ! しまった!!)
「むよーんから受け取りし、ダブル武装錬金ーーーー!」
 間延びした声の中、

(おそらく核鉄は、バリケードの──…)

 天王星の幹部が白熱に飲まれゆく中、高速飛翔体から飛び降りた急加速を鮮やかに殺しながら旋転しながら轍つくり前進
する戦費の少女は最後の加速減殺を兼ねたターンを1つ打ち……扇をびしりと構える。右掌は頭上、左手は顎の前。

「なんくるないさー!!」

 言葉とともに、超新星の爆発が、背負われた。爆光は、逆光。



 07号棟西。

(気になるのは……藤甲さんの核鉄ね)

 指定された目的地めがけ急行中の美紅舞は考える。

(シズQのは学窮(わたし)に、いのせん先輩のは月吠夜先輩に、壁村さんのは誕に、それぞれさっき霧杳先輩が配っ
た。その霧杳先輩2つ目の核鉄は輪の2つ目がそのままスライド。虹封じ破りが終わって使いどころがなくなったから
……なんだけど)

 他3名の死亡者の核鉄が順当に継承者を得ているなか、藤甲地力のものだけが所在不明。
 報告者は同伴者、久那井霧杳……の代弁を務めた写楽旋輪。

──「見当たらなかったって気にされてるんですけど、みくぶー、どこかで見なかった?」

(順当に考えるなら、あの2つ目のハルバード、津村先輩に禁止能力を掛けてくれた2つ目のハルバードが藤甲さんの核鉄
由来なら、いきなり増えたコトの説明にはなるけど……。でも現地調達なのブレイクの方は? リバースは最初から2つ持って
たのよ? だったらブレイクもってレティクルの組織力ならやれそうなのに……。それとも超重武器だから敢えて1つに絞って
いた? で、たまたま藤甲さんのを手に入れたから、ああいう奇策を、演劇畑らしいアドリブでやった……?)

 ありえるが、ありえなくも、ある。

 霧杳の膝を喰らった直後の白い法廷で、どこか釈然としない思いを抱えていた美紅舞の思考を変えたのは、輪。

──「怖いのはブレイクじゃなく、みくぶーが遭ったっていう『土星の腕』が持ってる場合だよね」

 あ。美紅舞は瞠目した。

(確かにブレイクすら出し抜かれた側なら……怖いわね。ネットワーク系統の武装錬金を重ね掛けするコトに一見意味は
なさそうだけど、処理能力の倍化っていう恩恵がある場合もある。だって学窮(わたし)の戦時国債が正にそうだもん。吸収
と反映の速度が飛躍的にあがる。土星もそうなら……? ちなみにアイツが1つしか核鉄持っていなかった可能性はたぶん
高い。際限なく増殖する細菌型ホムンクルスよ。きっとリバースは例の特性でほどよく崩落させて釣り合いとってる。レティク
ルが手に終えなくなるまで巨大にならないよう、日々崩落させてるだろうから、核鉄だって1つしかやらないでしょ当然)

 そんな一種奴隷的な冷遇を受けている土星が、造反のための戦力増強をもくろみ、藤甲の核鉄を密かに奪取、初のダブ
ル武装錬金を……というのはありうるし、恐ろしい。

(何より藤甲さんが死亡する少しまえ、腕(それ)らしい影が付近にいたって言うし……。久那井先輩はジャスチャーで、輪は
言葉でそれぞれ伝えてきた。輪はともかく久那井先輩が見間違う訳はないから)

 すぐ傍に居たという状況証拠にしていいだろう。それは、大きい。

──(その辺、全ッ然かんがえてなかったわ。あんたホントときどき鋭いわよね……)
──(ふぇっ!? え、そ、そりゃあ、予知仲間、みたいな相手だし? 気になって考えちゃうっていうか……)

 もちろんこのやり取りのだいぶ前、美紅舞の推測の披瀝で、戦士ら、土星の腕の情報……シェアしている。

──「そこ考えるとさ、ブレイクに、『よくも藤甲さんの核鉄でダブル武装錬金を』って言うのは有効かもねみくぶー」
──「アレが自前なら気付くってコトね。土星の暗躍。天王星、アタマだけはいいから」

──「うん。言われた瞬間『え、コレ俺っちの核鉄すけど』とか言っても」
──「あとで気付くか、もしくは返事じたいが土星に騙されているのを土星に悟らせないための演技なコトも……」

──「うまくいけばそっちへの対応に思考を裂く……? んー。幹部同士で牽制しあってくれればそりゃラクだけど……」
──「うん。だからあのダブル武装錬金が藤甲さん由来かどうか聞くのも戦略としてはアリじゃないかな……?」

 そうかもと考えかけた美紅舞だったが不意に「いやいやいや! バッカじゃないの!?」と親友に目を剥いた。

──「ほへ? どったん?」
──「どったんじゃないわよ! 特性!! 声だしたら罹る特性持ってるリバースがすぐ傍にいんのよブレイクの!」
──「あ」
──「折角の策だけどノらないわ! 質問で声だして特性に罹るとか最悪よ!」
──「ごめん……」

 このときの親友の謝り方が、普段とは格別の、申し訳なさの色濃いものだった理由をこの時の美紅舞は気付けなかった。
単純に、危機的な戦況ゆえに、らしくもなく焦って、アレコレと余計なコトを考えているだけ程度にしか、思えなかった。

──「ったく、アタマいいようで抜けてるんだから」

 腕組みしつつ憤然とする。憤然とするからこそ、”このコは私が守ってやらないと本当ダメね”と強く思った。

(だいたい輪のいう『天王星に土星を牽制させる』からして穴だらけじゃない! ブレイクにしてみりゃ戦士(てき)かかえた状
態で同格相手にするより、弱い戦士(てき)を平定してから話術で懐柔する方がめっちゃラクだろうから……食い合いは望
み薄でしょバッカじゃないの!!)

 だから。

(土星のダブル武装錬金って伏兵がどこかのタイミングで来るかもね、警戒しないと……!!)


 一方13号棟制空圏内の、霧杳。
 数合の打ち合いの末、元いた15号棟近辺から14号棟を飛び越え現在に至る彼女は、銃持つ両腕をいずれも敵の、腰
のあたりで交差させるよう押さえつけつつ……直下の屋根めがけ諸共に落下開始。ただ叩きつけるための行動でないコト
は、「とかかっ!」と行く手に打ち込まれた無数の”ある物”によって証明された。
 無数の、尖った枝。
 むろんただの枝ではない。故藤甲地力によって植物(コーティング)されていた、つまりは錬金術の威勢を帯びたホムンク
ルス有効のオブジェクト武器である。それを霧杳はどこからか拝借していたらしい。

(死亡(かいじょ)しても残る能力……!!!)

 義妹の年齢操作同様の難儀は針山地獄の景観を成している。一帯へと無策で落下した場合、まず全身が貫かれるが、
政治上の配慮というのは面白いもので、野党からの献金問題追求は、議事堂そのものが空爆された場合、無条件で有
耶無耶になる性質を有している。野党だろうが与党だがとにかく逃げねば死ぬからだ。

 総角主税を前提とした血液採取の問題もまた献金程度のお話だ。縦横それぞれ3mの矩形範囲内にびっしりと直立密
集する鋭い枝は、陥穽の下の竹槍であり、空爆だった。クナイによって鋭く加工されたのが明らかな枝山地獄のド真ん中に
リバースの全身が叩き込まれた場合、野党とも与党ともとれる章印、まず無事ではすまない。背中側からいっても、左胸、
ブチ抜かれて貫通するのが明らかなほど、切先は、するどい。

 だから出血は献金問題だと、言うのだ。先ほどクナイで刻まれた傷からのもの含め……もはや慮外。針山での「はやにえ」
をどう避けるかという命題しか描けない。

(たかが人間の膂力……!!)

 調整体なら当然振り切れる程度の拘束だ。だがそれを阻むものがある。クナイの武装錬金一天地六確率操作。もがいて
ほどき、或いは銃殺を試みるたび、リバースは拘束に戻る不可思議に見舞われる。斯様な事象が頻発するからこそ、15号
棟の恋人と同伴していてこそ真価を発する少女が、遠く離れた13号棟にまで引き剥がされているのである。
 むろん数多い手数の前ではやがて押し切られるのが一天地六。今回の攻防においては実に17回におよぶ確率希釈を経
て遂にリバースは枝へ到る軌道から脱す。
 が、時おそし。
 戻されていたのはあくまでリバースの挙動であって、時間では、ない。ひらたく言えば17回ウダウダやっている間にもリバ
ースらは実空間を落ちていた。

 だからもう屋根は間近で。

 海王星は仰向けとはいえ、”そこ”へ首から落ちた。
 臥薪というぐらいだ、枝とは別口の、生前藤甲がマーキングしていた不揃いなツタどもは、叩きつけられると、痛い。しか
も今度は実害もある。(…………!) たおやかな少女は唇から、唾液によってピンク色に薄まった血液と…………打ち震
える苦鳴を漏らした。こらえているのが却って淫靡ですらあった。
 だが攻撃は終わらない。バチリと凄まじい火花が散ったのは、胸の章印めがけ繰り出されたクナイをサブマシンガンの
銃身がみごと代わりに受け止めていたからだ。(無駄よ! 必殺狙いぐらい読んでた!)。発砲で過熱した銃身がクナイから
滴る水滴を蒸発させるなか、銃は豊かすぎる胸が扁平につぶれるほど強く強く押し付けられた。潜り込んでの章印破壊は
不可とする完全の防具を手にしたのだ、多少の火傷は仕方ない。
 霧杳は、ひるまない。
 影も見せず海王星の上半身を抱き起こすやその背後に回りこみ。
 グイッ! 白蛇のような左腕が海王星の首に巻きついた。肘の内側に巻き込む極めて男性的な捉え方の目当ては窒息
以上。「…………っ」。修羅めいた波若はしかしごく普通の少女のように心から怯えすくんだ表情を見せる。だが濡れて冷
たい左掌は構わない。縮こまるリバースの豊頬に吸い付いたとみるや、反対側に、海王星の頭の後ろを抜けた右掌が躍
り出て──…

 やばい柔道整復師が”しくじった”ような音が周囲に漏れた。誰かが傍で会話していたら聞き逃してしまいそうな音量だっ
たのが却ってリアリティのある、おぞましい破滅の音だった。

 時計の順路をめぐる扇風機の羽根よろしく368度ダイナミックに旋転する視界の中でリバースは確かに聞いた。音が、己
の首の蝶つがいから鳴り響いたのを。

 ねじられたのだ。折られたのだ。霧杳は両掌で幹部の顔を掴むや、一切の躊躇もなく、なにも乗っていない轆轤(ろくろ)に
でもするよう、全力で回したのだ。

 ゴギン。ささやかだが確かに発生した不気味で破滅的な音階は、いかにも哂(わら)いそうな霧杳だが、ットと首を離し飛
びのいた後の表情は笑みの中にも一抹の不快感が滲んでいる複雑なものだった。

 己の指を見ている。先ほどまでいたあたりで吹き飛び舞う、小指と、薬指を。

『ざまあみろ♪』

 首を折られながらも屋根に刻んだ弾痕だ。攻勢の瞬間こそ最大の隙。首を絞めていた左腕の先めがけ放たれていたのだ
吹断が。胸をガードした銃の口は既に敵の指を、向いていたのだ。

(ま、本当は顔面吹き飛ばすつもりだったけどね。それを首ヘシ折りつつ咄嗟に避け”たかが”指2本で済ませたこのコの身の
こなし……並大抵じゃないわね…………!)

 忍びの少女が苦渋に波打った……のはしかし一瞬だった。無事な方の手の、無事な指で

『ざまあみろ♪』

 を指した瞬間、上空から、ばらばらになった自動人形が、彼女とリバースの中間点を一瞬の通り雨のような速度で通り過ぎ
屋根に当たってまばらに跳ねた。大部分はひっかかるコトもなく、ぱらぱらぱらぱら、軒下へと。

(なっ……!!?)

 廃屋地帯についてからこっちずっと上空から数々の偵察と攻撃を行っていた副兵装の思わぬ破壊に、平素は笑みに細め
ている眼差しを童女のように見開いたのは原因となった攻撃に気付いていなかったから……ではない。逆だ。気付き、回避
行動を行っていたからこそ、動揺は大きい。

(首折りと指飛ばしの瞬間、自動人形視点で、あのコが、『何か』を投擲(なげ)つけてくるのが見えた。速度こそ銃弾なみだっ
たけど、上空ゆえに距離はあったし、何よりもともとそっちへの攻撃は警戒していた。ホムンクルス相手では必殺にはなら
ない首への攻撃のため銃使いに密着するのはおかしいって思ってたから……)

 本当の狙いは自動人形ではないかと咄嗟に気付き、気付いたからこそ回避行動は、リバースの主観の中では完全に間に
合っていた。人形の傍を『何か』が破砕の音を奏でながら空高く昇っていくのを見たあと振り返り、Uターンがないコトも確認済
み。『何か』が空の途中で自然消滅するのを、しっかりと、見たのだ。

(にも関わらずアレが自動人形に着弾!? 何を……したの!?)

 クナイの武装錬金・一天地六の特性は確率操作!! それによって『なかったコトにできる』挙動は大別すると2つ!

 自分の被弾。

 または

 相手の回避。

 平素の霧杳であれば前者のみを敢行するが……今回は違う!! 『自動人形の”何か”の回避』を確率操作によって……
無効化! 当たったというコトに、『した』!!!

 結果彼女は指2本を吹き飛ばされた訳だが、はてな、ダブル武装錬金状態にある以上、己へのそういった被弾は、残り
1つの確率操作で消せるのではないか?
 いや違う。実は消している。頭部への被弾を消している。先ほど首をねじり折ったとき顔面めがけ放たれたフルオート射撃
の文字通り『トリガー』たる動作を、消している。指を吹き飛ばしたのはもう一挺のサブマシンガンだ。そちらは射撃寸前、身
を引いて回避していたが、さすがに秒間70〜80発の弾丸嵐すべて至近で避け切るのは不可能、上記の破目と相成った。

 つまり本来の当時、起こる筈だったのは

・ヘッドショットによる、即死
・指2本の喪失
・自動人形の攻撃回避

 以上3つの事象なのだ。よって1つは、一天地六ダブル武装錬金をフル活用したとして残る。起こったコトとして、残る。

 ならばなぜ指二本を犠牲にしてまで自動人形を潰したのか? 上空にあるとはいえ機会などいくらでも巡ってきそうなの
に……『どうして、このタイミングで』、破壊しなくてはならなかったのか……?

(もしかして……特性を封じるため……? ありえるわね。確かに自動人形は銀鱗病発動に欠かせぬパーツ。戦士がその
現場を見た以上、自動人形の破壊の方で特性を封じにかかるのは……心理として当然ね)

 で、ある以上、これ以上の上空俯瞰はデメリットの方が多いのではないか。リバースは、検討する。確かに上空で廃屋
一帯を観察していれば、誰が偶然銀鱗病に罹患したか把握でき、そこからの二次感染を利用した、『誘導』の戦法をとれ
る。魅力的だ。が、そのために浮かべていた自動人形を、そのために破壊されたら本末転倒、二次感染もなにもない。

(自動人形は残り1つ。下手に別行動させておくと、またさっきの忍法? みたいなので破壊され……頼みの特性が、使え
なくなる。だから待機モード。自動人形部分は私の裡(うち)に収蔵。以降は銀鱗病発動時のみ発現…………!!)

 という保身的な策を見透かしたのか。

(…………)

 霧杳の瞳に灯るは狂奔の光。相手が狙い通りになったという会心だけではない。もっと上な領域の、おぞましい魔酔が
滲んでいる。勝利のため平然と犠牲を出さんとする酷薄の、突き刺さるような零度だった。

 耐え難い不快がリバースの中に広がっていくのはそれを感じたからではない。ズキリと痛んだ首に神経がいったからだ。
自動人形うんぬんの考えは吹っ飛んだ。多くの心弱い者が時々みまわれる”引き戻される”にただただ支配された。

(赤ちゃんのころお母さんに首を絞められた私の、『首』を攻撃……する、なんて……!)

 というトラウマの抵触ももちろんあるが、何より。

(情けないのは……首を、さわられた瞬間…………恐怖に……幹部たるこの私が…………恐怖に硬直し、隙を与えたコト!
その動揺がなければ殺せた! コンセントレーション=ワン! 集中(はつどう)さえできればこのコがどう逃げようが致命傷な
箇所を見つけ出し撃てた筈! 超速火力を有しておきながら、すぐ傍の敵をたった指2本で逃すなど……幹部としては恥も
いいとこ! 首への動揺で集中を欠いたのは全く不明よ、光ちゃんに顔向けできない!)

 と、己を鼓舞するが、首をさわられた瞬間を思い出すたび動悸は早まる。過呼吸の兆しさえ見えた。汗もまた、氷の如く。

 抗いえぬ恐怖だった。いまだにブレイク以外の者に触れられるのが恐ろしくて仕方ない箇所だった。暴虐を振りまく化外が
何をというなかれ。むしろ克服しえぬ畏れを有する者ほど弱者を己の秩序で裁く。誤った強権を以って己を迫害するものから、
『真なる秩序』によって救われなかったものは……弱くそして脆いのだ。

(あのとき……私がお母さんに首を壊されているとき……誰かが、お父さんが……駆けつけて……止めていて……くれたら
…………こんな恐怖……、味あわなくてよかったのに……。誰かに、光ちゃんに、味あわせず……生きられた……のに……)

 薄く開いた眼差しが悲哀に潤む。言うまでもない。責任転嫁だ。だが”それ”をやる者は往々にして斯様な、人が、人と真当
な関係性を築くために必要な”何か”を得られなかったコトを、得るまであと一歩というところのリカバリを『理不尽な何か』に
妨げられ、修復不能なシステムエラーを脳に抱え『られさせてしまった』コトを、長年悲しみ苦しんでいるものだ。もちろん……
だからといって自分自身が『理不尽な何か』として君臨し他者を傷つけていい道理にはならないが……根源の、どうしようもない
ゆがみを正してくれる存在を求めており、”それ”がない限りは何世紀懲役しても更生しないというのもまた事実だろう。

 故にレティクルエレメンツの蜂起は、歴史上、武藤カズキが月に消えている期間にしぼられたのだ。10人居る幹部のうち、
もっとも彼に説得されやすいのは……間違いなく、リバース=イングラム。

 鉄火に水がかかり……アドレナリンの深醺は、醒めた。風邪のとき布団に倒れ込んでようやく発熱を認識するように、リ
バースは現実の体調を知らされた。

 経絡を嫌な痺れが指先に向かって走っている。救いはそれが非錬金術の攻撃ゆえ永続せぬ厳然の事実。それでも銃身
からの火傷しそうな熱がトリガーにまで回ってきているのではないかと錯覚するほど指先の感覚神経は狂っている。

 恐怖の残り香と微かな焦りに笑顔を曇らせる海王星は注ぐ視線に気付き……そして見た。
 まなじりの端も、くちびるの端も、裂けんばかりにくわりと見開きニンマリと薄ら笑んでいる忍びの少女を。

(弱点を見つけたって……形相(かお)……!!!)

 人の心の傷の一端に触れてなお次は塩だと笑っていられる精神性は異常だと(己を棚に上げ)リバースは思う。
 シズQ同様、霧杳もまたレティクルに近しい性質だとココでようやく感得したが、しかし実力については雲泥という他ない。
指2本吹き飛ばされた動揺すらない。リバースが首について焦慮している隙にだろうか、何やら薄紅色した生物的な薄膜を
指の断面にぺとりとつけていた。血があふれてこないところを見ると相当な止血作用があるらしい。もっともクナイの握り方は
流石にぎこちなく、そちらからの斬撃はもはや牽制程度に使えぬよう思われた。

 が、その程度なのだ。数多くの戦士を屠ってきた海王星の射撃を零距離で浴びつつ、その程度で、済んでいる。

(強い……!)

 かるく呻き、うなる。

(声を発さないから銀鱗病にはかけられず、銃殺しようにも無効化と体術で抵抗され叶わない……! なんなのこのコ聞い
てないわよ! クナイに刻まれていたのが名前なら……『久那井霧杳』! イソゴ老が調べた12日まえ時点における20
位以内どころか50位以内の記録保持者にすらなかった名前、なのに……明らかに10位、いえ、5位以内の実力者!! 
どういうコトなの!!!?)

「記録させちゃいないからな。撃破数」

 防人衛:談。

「根来曰く、忍びにとっては誰をどれだけ斃したか把握される方が恥であり屈辱……らしい。だから彼は撃破数圏外で少なさ
を霧杳と競う。知られぬように、証拠を残さぬように。少なさは”うまくやった”証。逆に記録されるのは己の仕業と見抜かれた
が故の失点、忍びとしての不備であり汚点でしかない……という話だった」

 なら実際のランクはどれぐらいか?

「諸説あるが……戦団任務関係者のうち、敵または内通者あるいはそれに準ずる立場の者の、『病死』『事故死』『不審死』
『行方不明』のうち根来と霧杳が時間的・距離的に成しえたものを彼らの撃破数へとみなし加算した場合の最大順位は」

「根来4位」

「霧杳は5位だ」

 むろん推測に推測を加えたものでありあくまで非公式。霧杳に到っては端正かつ豊麗な艶姿にアテられた男たちの”推し”
的な希望的観測やらコジツケやらが大いに混じっているから、「7〜8位ぐらいだろ」というのが一番多い意見でもある。

 が。それでも。

 ロケットスタートとはいえ幹部2人同時に相手どって互角以上だった新人王・財前美紅舞より、3〜4位、高い。何よりその
戦いぶりは見た者総て5位以内だと確信させる絶対の迫力に満ちている。

(強者とはいえ被弾はした! つまり! 特性は常に必ず私の吹断を阻める類のものではないというコト! なら!!!)

 中距離戦に移行したリバースの予定はただ1つ! 『2挺、フルオート』!! 何割かの確率で攻撃を防ぐ(とリバースには
映っている)”クナイの武装錬金”なら、母数を増やしに増やしていけばいつか押し切れる……ブレイク同様の力量任せゴリ
押しな戦法だが、存外理にかなってもいる。戦いの基本は畢竟『相手より速く当てる。自分より早く死なせる』。基本の徹底を
強さとするなら、速射に全振りするリバースは間違いなく強者。知らずしてだが霧杳の弱点もまた衝いている。『手数の多い
ものは捌けない』。一度にひとつしか無効化できない一天地六にとって吹断フルオートは最悪の敵でしかない。

(もちろん何の消費もなく使えてる訳じゃないわ。『弾数じたいは無限』。しかし『ガス欠はある』。気をつけるべきはそこよ。
戦士は必ずそこを衝こうとしてくる)

 戦士らが検討した『勝ち筋』のうち制式採用されなかったものの内1つがそれである。

 17号棟西。財前美紅舞は、思う。

(武装錬金を使う以上、リバースにだってガス欠は、精神力の枯渇は、ある! だけどそれは『弾丸の生成』ではなくむしろ……
『銃身の磨耗』によって発生するとみていいわ!!)

 空気を取り込む都合上、通常のサブマシンガンの5倍以上、秒間70から80発もの連射が可能な『マシーン』。
 だがこの『空気吸入ゆえ、無尽蔵に』はただ弾丸を生成する以上の疲弊を創造者に強いる! そも連射力で遥か劣る
通常の機関銃ですら銃身にかかる負担は甚大。熱変形はかならず起こり、起こるからこそ銃身は消耗品、交換して当然
という気風がある。
 1分あたり4200から4800という気の狂った連射数──毎分1200発あるだけでマシンガンとしては相当上質──を誇
るリバースの武装錬金もまた銃身そのものは決して無傷ではない。にも関わらず暴発どころか精度のブレひとつないのは
銃身内部が

 再生

 しているからだ。精神力の消耗はそこなのだ。弾丸精製それ自体にはエネルギーを使わぬタイプの銃型武装錬金──
例えば実物の弾丸を使用可能、など──に必ずあるタイプの、戦団の教本には半世紀以上前から記載されているほど
ありふれた弱点なのだ。

(そこいらの相手なら撃たせ続ければ30分もしないうち銃身を保てなくなり武装解除に追い込めるけど)

 まるで傍にいるよう海王星の思考は続きを紡ぐ。

(私には『憤怒』がある! 汲めど尽きぬ怒りのエネルギーが!)

 銃身再生行う無尽蔵の資本と、なっている。

(…………ある意味、戦部先輩の激戦に近いんでしょうね。『弁当』の代わりはたぶん『過去のムカツキを思い出す』。問題
となってくるのは……銃身がどれだけの弾数まで耐えられるか。白い法廷でなされた予測のうち一番大きい数値は15万。
秒間80ぐらいとすればだいたい30分ほど。既に森や虹封じ破り前後でかなりの数撃っていて、しかもダブル武装錬金ゆえ
の消費の早さ、特性使用や自動人形操作による消耗を計算に入れると……あと20分戦闘すれば『或いは、ガス欠に』という
意見もあったけど……楽観はできないわね。だいいち武装錬金が使えなくなったとしてもリバースには格闘能力がある。フル
パワー状態の学窮(わたし)ですら手を焼くほど図抜けた『殴る蹴る』がある)

 とはいえ弾丸換算総計40万発分ほどの戦闘さえ覚悟すれば凌げる……美紅舞がそう見ている中で。

 リバースは霧杳に告げる。

「私の銃身が崩壊に至るまでの弾数は」

 3時間48分ずっと全力全開フルオート射撃してようやく到れる

「109万4400発よ」

 冷然たる忍びの様相が、わずかだが驚愕に波打ったのを皮切りに。

 微笑む少女はトリガーを引く。

 遠巻きに廃屋地帯を見ていた非戦闘員たちはこの日しった。

 映画などで耳にする銃の速射はどこかタイプライターを叩くような軽妙さだが、現実の殺し合いにおける容赦のない連射


 金属製の一斗缶を、堅い木の棒で殴りまくっている

 ような暴悪こそ奏でるものだと。

 リバースの頚椎を捩り折ったコトは却って霧杳への銃撃を増やした。すぐには癒えぬ指先の痺れによって精密射撃──
銃口の向きにあわせて、タイミングよく弾丸を放つ規則性──を、意思どおりできなくなったリバースが選択したのは極めて
単純な行為。『引き金に指を、掛けっぱなし』。実銃でやれば瞬く間に弾倉がカラになる撃ちっ放しだが、

(うふふあはは。周囲の空気を無尽蔵に取り込み弾丸とするサブマシンガンの武装錬金・マシーンにそういった問題なんて
一切ナシよ!! もちろんテンションが下がれば瞬く間に銃身が使いモノにならなくなるって弱点こそあるけど、怒りで度を
忘れているのが私よ、激戦なみの修復力は依然健在、光ちゃんがお姉ちゃん大嫌いお嫁さんになんてしたくないとか言っ
てこない限り連射は続く、終わらない!!!)

 距離を取るため足を乗せた隣家つまり08号棟の屋根が、にじり寄ってくる弾痕群の前にまるで最初から地雷原だった
かの如くそこかしこで爆裂しモクモクたる煙を噴き上げたのを認めた霧杳は更に北隣03号棟の、更に北面通路側の影に
素早く逃げ込んだ。問題があるとすれば頼りの掩蔽物が、今からでも改修すれば古民家として大人2人は起居できそうな
ぐらいには大きな建物たる08号棟と03号棟が、2軒あわせてなお、敵にとっては薄手のトタンほどの脅威もなかった点で
あろう。

(強装散弾モード。『紅蝶』!)

 交差した両腕の先で旋転する短機関銃が僅かだがメタリックな赤味を帯びた。
 限りない連射で磨耗する銃身を内部で絶え間なく再生回復するコトによって命中精度を保っているのがマシーンだ。再生
の仕組みは皮膚の新陳代謝と同系統……つまりは古い部分がどんどん『銃の口腔』表面に押し出される形だ。破損や熱変
形を遂げてしまった『古い部分』は、ぐんぐんと表面へ押しやられ、やがてはカサブタでも取れるよう、ツルリと削げる。皮膚
と異なるのは、押しやられた老廃的な部分がトリガーを引かれるたび剥離し、粉となり、打ち出される空気弾に乗って外部
へと排出される点だ。元はリバースの精神ゆえ、分解は、速い。

(余談だが空気弾速射に伴う摩擦熱もまた金属粒子と共に排出されている。弾丸1発あたり摂氏83度の高温が出て行く
冷却作用がなければマシーンの銃身はかなり早い時点で溶融し、使いものにならなくなる)

 吹断の強力さとはつまり、マシーンという武装錬金の、古くなって使えなくなった『金属の微粒子』を空気弾が含有している
が故の……ショットガン的なものといえよう。もちろん9mmパラベラムのなか不規則に詰まった散弾なるものは実銃ではま
ずない、不可解なものだが、そこは超常の錬金術、個人個人の精神に”ありよう”を大きく左右される武装錬金である以上、
奇抜な代物であるコトはむしろ当然と割り切るほかない。同時に、空気鉄砲との違いでもある。痛み剥落した微細な金属片
を大量に含んでいるからこそ、破砕手榴弾の様相を帯びているからこそ、マシーンの吹断はざくりざくりとよく殺せる。


 強装散弾モード『紅蝶』がいまより振りまく猛威の根源こそ斯様の構造。


 リバース=イングラムは、銃身内部で絶え間なく剥落している尖った金属の老廃物を、任意の構造で編むコトができる。
一種の弾丸作成スキルといっていい。戦闘前に設備を使い、真鍮の弾頭をテフロン加工するような行為を、リバースは
戦闘のさなか、愛銃の中で敢行できる。さきの虹封じ破りのさい、写楽旋輪に化けた鐶を撃った『濡鴉』も、狙撃用に、
弾頭部分を金属のデブリで覆い、尖りきった口紅のようなライフルの形へと実は成型していた。

 ただ1つの武装錬金しか使えぬがゆえ磨かれる技能は確かにあり、リバースの弾丸作成スキルは間違いなくその1つだ。
職人めいた誇りを以って蓄積された技術は、仮に総角主税がマシーンを複製できたとしても、1週間やそこらではまず到達
できぬ固有の強さ。

 その『強さ』が、廃屋の向こうに隠れた久那井霧杳を抹殺するため編んだのは、空気弾なる透明な薬莢のほぼ中央部
に、凹レンズよろしく中央くぼむ金属板が嵌め込まれた弾丸である。一見すると、散弾状態の方が貫通力は高いように思
われ、事実廃屋に着弾したその弾丸たちは壁や柱、或いは生前の藤甲の残した植物のツタといったものに、原始的な”つ
ぶて”のようにめり込み、弾速運動の停止に移りかけた。

(恐ろしいのは、ここからよ)

 乱射のツールたるサブマシンガンで字を描ける精密性によって”つぶて”たちと寸分違わぬ位置に叩き込まれた通常弾、つま
りは散弾内包の吹断たちは先人のレンズ状の金属……正しくは『金属ライナー』の尻を叩き、ユゴニオ弾性限界を突破する
に足る爆轟を惹起。
 レンズ状だった金属ライナーは平面爆轟波の進行方向つまりは霧杳のいる方角へと秒間およそ秒速2500mで螺旋状に投
射されつつ異形の弾丸へと姿を変える。
 ”それ”は健康なまま抜歯された奥歯を横から見たようなシルエットだ。
 弾頭の平たい、フラットノーズ型の弾丸後部上下に尾びれをつけたような形といってもいい。

 SFF。自己鍛造破片弾。

 戦車装甲破壊をなりわいとする化学エネルギー弾の、爆発成型侵徹体の、一斉射を浴びた朽ちかけの木造建築が無事
でいられたら世界はおかしい。
 再動し、箇所を抉る弾丸群。霧杳が1枚目の盾にと選んだ08号棟は、着弾後、一瞬の静寂を置いてからバラバラに吹き
飛んだ。

 民生利用すれば「はやぶさ2」の小惑星のサンプル採取の一助のような平和的な活用も可能な自己鍛造破片弾であるが、
こと火力については成型炸薬弾(HEAT)の2.5倍、射程距離に到っては(直径比基準で)100倍といわれている。反面、威力
を持たせるには最低でも20cmの直径が必要なため小型兵器には不向きという欠点もまた抱えているが、リバースの精製
する自己鍛造破片弾は錬金術の超常性ゆえ実に9mmパラベラムのサイズで運用可能。

 400マイクロ秒の早業で冷間鍛造された強固なる弾丸の投射速度は最大で通常戦車砲弾の4倍。威力に到ってはどれ
ほど極小であっても9倍を下回らない。秘密は一点集中。着弾においては弾丸内部で生じた爆轟で以って銃弾をあつらえ、
破壊力総て極めてミクロな一点に集中するのだ。しかもリバースのマシーンにあっては吹断そのものの破壊力がある。吹断
で破壊したのち更に零距離からの筆舌尽くしがたい『2発目』が起動し、物体を抉る。むろん精製の手間や、火薬&雷管代
わりの『後部にブチ当たる係の弾』の発砲が欠かせぬため秒間70〜80発というハイペースでの連射は不可能。対象に
炸裂しうる自己鍛造破片弾は現状最高秒間10発前後。少なく思えるが『グレネード弾が、マシンガンの速度で』だ。1分
あたり600発もの爆発成型侵徹体が飛び交う戦場など地獄以外のなにものでもない。

(自信あるわよぉ。コレなら戦団最硬のシルバースキンだってブチ抜けるってね)

 戦時中の建造物としては異例の保存状態の良さを誇り、更に藤甲の植物(コーティング)によって類まれなる堅牢さを得
ていた08号棟をペーパークラフトのように易々と貫いて進行した18発の爆発成型侵徹体は瞬く間に03号棟をも直撃。
 そこに生じたのは、インスタントの春雨スープの凝り固まった”タネ”をやや熱めの湯でほぐす程度の破壊であり、散りよ
うだった。建物二軒は一瞬で無数の木屑となって舞い散った。梁も骨組みも大黒柱も、何も一切残らなかった。一瞬で更
地になり、更地になった一瞬のあいだに瓦礫の山が不法投棄されたような”ありさま”へと成り果てた。

(『余おじさん』からシズQにかかった二次感染が『バリケードの特性』だったのを考えると、『ワイヤーの能力者』はもう消去法
で絞りこめる。さっき偶然仕留めた『顔にヤケドのある女のコ』ね。エイリアン衝撃波がなくなったいま、私たちはもう建物なん
か気にせず壊せる)

 破壊の形相は、一斗缶のバリトンのラップを遠巻きに聴いていた債権者や門下生にも映り、ある者は迫撃砲を撃ち込ま
れたようだといい、またある者は解体用の爆弾を要所要所に仕掛けられていたようだと囁きあった。ショットガンの零距離射
撃でも5人がかりで20分は掛かりそうな建物2棟の完膚なき破壊を、わずか2挺のサブマシンガンは2秒で成し、

(はぁ。40発中おなじ箇所に雷管代わりが着弾したのは発動できたのは……半分以下の18発……。やっぱり指が痺れ
てると、鈍っちゃうなあ精密性)

 本調子では、なかった。

 島嶼防衛に有用なクラスター爆弾を、『大量の不発弾となりうる大量の爆発性子弾を撒き散らす』とするオスロ条約によって
封じられた形にある自衛隊が代替手段として検討しているものこそ自己鍛造破片弾だ。限定条件化でしか破壊力を発揮しえぬ
金属ライナーそれ自体は不発弾にならない、人と、環境に優しい兵器をリバースはしかし平然と破壊に用いた。

(ま、半分以下でもこの威力。あの忍者もう生きては──…)

 一拍遅れ、崩れた廃屋の後ろで。

 舞い飛ぶ破片が渦を描いて爆ぜ消えた。その向こうで、とっくに建物ごと粉になっている筈の少女がまったくの無傷で口角
を吊り上げているのを見た瞬間、本日最大級のレッドアラームがリバースの中でけたたましく鳴り響いた。

「『五大忍法』。俺のブラボー技(アーツ)に匹敵する、久那井霧杳の切り札だ」

 物質概念が異次元の輪廻へと弾き飛ばされるような異様の音を後方から聞いた財前美紅舞もまた「出たわね」、快哉を
送る。

「アレは忍法・金剛楼閣」

 久那井霧杳の前方に穿たれたその小さな”穴”たちは最初、人魂の花火のような緩徐たる上昇をしていたが、脅威を
電撃的に感知したリバースの(マズい! 全力で応射しつつブレイク君と合流!! あの技の内包する火力は)、この当
時、恋人と次々交戦状態に陥りつつあった月吠夜クロス、鳥目誕、そして上空から正にいま滑降し彼の背後に迫りつつ
ある義妹・鐶光といった面々のいる場所においては強力すぎるがゆえに使えぬと踏んだ判断力の、積極的な退避行動を
絶対に阻むとばかり、一気に膨れ上がり辺りの空気を猛烈に吸い始めた。
 宇宙船内部にまで浸徹した穴を想像するがいい。
 現空間の空気は別次元の宇宙へとグングン流れ込んだ。吹き荒れる天候の戦士もかくやの風にゆるふわの短髪を
おいしい甘草のように揺らされるリバースがブレイクとの合流を諦めその場に足を止めた理由はごくごく単純。バスケッ
トボール大に膨れ上がった10では収まらぬ虚空の穴の数々が、霧杳の横殴った細腕に纜(ともづな)でも切られたよう
な速度で殺到してきたが故だ。(コンセントレーション=ワン鍛えるために使ったピッチングマシーンの最高速より……
速いわね)。舞う破片を削り喰いながら飛んでくる獰猛な穴を、照準さだめ辛い横走りをしたまま、いまだ痺れる指で迎撃
するのは大変に危険である。

(様子からわかんなきゃアホよ!! アレは触れたが最後、防御力無視で消し飛ばす忍法!! てか自動人形壊したの
アレよね絶対そうよね!? 吹断はおろか『紅蝶』でも消せるかどうか……。とにかく術者本体を重点的に狙いひとつでも
多く防御に専用(まわ)させなければ…………最悪、110万発撃ち尽くしても防ぎきれない!!!)
(…………)

 霧杳もまたリバースの思惑を理解している。つまり。

(全力攻撃の応酬!! どっちがどっちの本体を先に殺せるかの……勝負!!!)

 指の痺れを意思で捻じ伏せ、『紅蝶』秒間30連発という新記録をやがて更新する全開射撃と、反物質の穿孔が到るとこ
ろで衝突し砕けあい始めた
ころ。

──「あなた助けたっていう天気のコの、せいよ」

 元の身長で、写楽旋輪は思い出していた。まだ1cmだった頃の『虹封じ破り直後』……つまり斗貴子たちが「森で、迫りく
るバスターバロンに絶望する」幻影に囚われていた頃のコトを。

 そのとき現場となっていたのは07号棟北東の通路。

 一団が土星からの幻影に罹らなかったのは、藤甲地力の咄嗟の防御ゆえである。ほんとう直前目覚めた彼がいちはやく
『土星の腕』の存在を感得したのは、それが廃屋の、エネルギー与えたゆえ感覚麾下にある植物(コーティング)の傍にあっ
たからだ。
 美紅舞の邂逅の一件知らぬ咄嗟の彼はそれをリバースの自動人形と誤認したが、結果からいえばそれが霧杳と輪を救っ
た。2人を、爆撃にもフルオートの銃撃にも持ち応えられるブ厚い樹木のうろで囲んだのち、更に、熱帯的な、ツルリとした肉
厚の細長い葉で幾重にもコーティングしたコトは、遮蔽と水分による、腕からの音圧カットを存分にもたらした。

 が、藤甲自身の運命は違う。
(後手に回ればやがて人形(あれ)は幹部らと合流! 単独であるうち各個撃破! 奇襲と監視両方をツブせるのは大きい!)
 被弾覚悟で自動人形破壊へと走り出した決断力が皮肉にも彼の死因となった。
 物陰から現れたのは異形の腕。
 藤甲は未知なる敵への対処にわずかに悩んだが、突撃して壊すと決めた。
 決めた時にはもう腕の音の虜になり……幻影に罹患。
 植物まみれになって死んだのは、幻燈する地獄絵図のなか、防御力をひたすらに高めようとした結果である。現実のかれと
幻覚のかれの装甲状況はひどく乖離したものだった。いかに植物をまとおうと尽力しても薄手が変わらず焦る後者の藤甲の
行為は、そのまま前者の、実空間における藤甲の図体を、過剰増殖気味な良性腫瘍のような植物でおどろおどろしく彩り
続けたのだ。やがてかれが、自身の、『植物の死骸に生体エネルギーを与えて操る』消費おおき能力で、消耗を極めたころ
幹部らが到来。刺し殺したのはブレイクだ。異常増殖が死後も続いて足場を乱しては厄介と投げ捨てたがため藤甲は17号
棟は斗貴子らの眼前に落下するのだが……本題は違う。
 以後霧杳が繰り広げた撤退戦のなか行われた、リバースと、輪のやりとりこそ今は重要。

──「そう。補助に適した戦士たちがかなりの数、ディプレスにやられたのって、天気のコの、怠慢ゆえよ?」

──「あのコがディプレスを斃してさえいれば……ううん、どころか相打ち覚悟でそれなりの重傷さえ負わせておけば」
──「あっちこっちで殺される戦士の数は今より少なくなってた筈よ」
──「彼、深手を負えばグレイズィングさんのところへ向かったろうから。その時間の分だけ犠牲は減った。間違いない」

──「でも現状はたった1人よ? たった1人助けた程度よ? それってさあ結構」

──「無意味って、思わない?」

 蘇る声はリバースのものだ。挑発だとは分かっている。当時、霧杳に頑として守られいっさい攻撃が通らなかった輪をどう
しても始末したかったから、人相風体から思い出した火星の話にかこつけ、神経を逆撫でし、激昂させ、無意味に突出した
ところを刈ろうという算段だったのは、ときどき恐ろしく鈍い輪にだってハッキリと分かる。

 が、怒りとは理屈を超えた部分で生じるものだ。

(殺す方が、絶対に悪い)

 サップドーラーという正義がいかに無力で、無能かという滔々たる演説にはコンセプトからして不快しか浮かばない。まがり
なりにも輪(ひと)1人は確かに助け出した天気の少女を、10人20人平気で殺して薄暗く笑っているような幹部が……嘲る?

 温厚な少女ほど臨界すると怖い。挑発時点において無言で、幼児のような「ちょっとなに言われているか分からないですね?」
と困惑の笑みを浮かべていた輪は、幹部らから”幼すぎて挑発すらよく分からないタイプか”と失望され見下された少女だが、
何のコトはない。

──「ち ょ っ と な に 言 わ れ て い る か」

──「分  か  ら  な  い  で  す  ね  ?」

 倫理のまるで通(かよ)っていない物言いに、きっぱりとした、人生初の、総毛だつ怒りを覚えていた。表情が困惑の笑みにし
か見えなかったのは、ほわほわとした性分ゆえに、表情筋が、怒りを示すプロトコルをまったく有していなかったせいだ。

 成長だった。負の、成長だった。純粋すぎるからこそ幹部の悪意にアテられた。染まった。激情への招待状を、得た。

 同時に輪は決めていた。『一刺し』だと。怒りを最も効果的に叩きつける手段は『一刺し』だと。

(感情的にまくし立てたところで幹部たちは止まらないと思うんですよ。むしろ挑発に乗ったとばかりヘンな優越感を覚えて、
ますます調子に乗りますから)

 触れれば凍りそうな青白い獄炎が胸中ひそかに燃えているのは、恩人をけなしたリバースへの好感度が一瞬にして黒い
虚数になったからだ。

(殺す方が絶対に悪いんです。だから私は殺しません。鐶さんを悲しますようなコトしません。でも)

(危険を冒し助けてくれたドラちゃんさんのためにも)

──「でも現状はたった1人よ? たった1人助けた程度よ? それってさあ結構」

──「無意味って、思わない?」

(無意味じゃなかったってコトだけは、教えないと──…)

 気が済まない。

 ひどく攻撃的な衝動に支配された輪はしかし……破面(わら)っていた。怒りもあるが愉悦には負けた。命の使いどころを
遂に見つけたという、打ち震えるような興奮こそ原動力だった。

 戦士たちの『勝ち筋』がしくじった場合の、戦士たちすら予期せぬ補助を輪は目論む。目論んでいる。

(『一刺し』。さっき成長した瞬間移動能力で、幹部たちが一番困るタイミングで乱入してかき回す! ドラちゃんさんのため
(ていっ)
「あう」

 首筋の後ろに叩き込まれた衝撃によって、輪はあえなく気絶し、ぽふりと地面に倒れ付した。
 同時に、手刀うちおえた姿勢から、カメラより戻る核鉄をば手早く横からひったくったのは誰でもない、財前美紅舞。

(なーんか良からぬ自爆企んでるフンイキだったからとりあえず気絶。ったく。次の戦場に必ず行けってさんざ言われてコレ
なんだからもう……バッカじゃない)
 片目つぶりつつ、つくづく呆れたように思う(言わないのは無論、リバースの特性への警戒ゆえの)少女、心で独白。

(指揮系統が寸断されたいま、複雑な守護のいる予知をコレ以上試すのは危険。独断じゃないわ。円山先輩たちと密かに
話し合った結果)

 幹部らの特性はもう概ね明らか。あとは直接戦闘の応酬だから発動(スパン)は短い。いつ来るか・どこに来るかを予知
する旨味はない。これが二次感染をも予期しうる能力であればまだ活用もできたが、二次被害は埒外とくれば……無理に
前線に措(お)く必要はない。

(輪。津村先輩も言ってたけど……あんたの能力はまだまだ他の戦場で活きるのよ。幹部のどっちに何を言われたか知ら
ないけど、安い挑発への反発でやるコトは、どんなに効果的だったとしても結局はね、単なる個人の報復……幹部(アイツ)
らと変わらない。私自身、私を庇って死んだシズQのコトで、怒り狂って、幹部らの罠にあやうく嵌りかけたから……反省ととも
にね、そう思う。だから輪。ドラちゃん先輩に救われた命をちゃんと使いたいなら……独断は、自己犠牲は、ダメ……なん
だからね。代わりに私も、シズQたちの為に今は耐えるから…………)

 慈母のような姉のような眼差しで輪を見る美紅舞。だが実は彼女こそ数週間程度だが年下というから人間は分からない。

(とにかくコレで核鉄は没収。虹封じ破りのときしていたダブル武装錬金のうち片方は核鉄に戻し霧杳先輩に……っていう
のは白い法廷で見ているから、いまの残りひとつの没収で輪は無手、乱入に使える『予知の瞬間移動能力』使用不可よ)
 更に、寝たふり→時期到来とみるや不意に飛び起きる→核鉄奪うのコンボを警戒し、うつ伏せの親友を反転して顔面を
観察。
「ふぎゅう〜〜〜」
 両目をバッテンにして寝こけている輪へ更にふたつみっつ『起きていたら絶対に反応を示さずにはいられない』きわどい
質問──たとえば入浴時、まっさきにどこを洗うか、など──をしてみるが、まったく無反応である。
(よし。大丈夫そうね。後はまあ)

 ここは22号棟南東。廃屋地帯の際である。やや霞んでいるが逃げ延びた非戦闘員たちが見えている。

(輪はもうアッチへ搬送! 門下生さんたちいるし幹部たちから離れているし、師範も近いし、たとえ量産型バスターバロン
が来襲してもまず大丈夫! ついでにいうと核鉄持ってる人はいないから、輪がひったくって乱入ってコトもない!!)
(着くなり大変ねェ)。口パクしたのは円山だ。後ろに居る、艦長ほか随伴2名もめいめいに頷いた。
(……これ以上、仲いい人が死ぬの……イヤですから)
 瞳を湿らせたのも一瞬、新人王は本題に戻る。
(っとそうだ。いま没収した核鉄、本物かどうか、発動できるかどうか試してもらえます?)
(構わないけど、なんでまた……)
(いえ、杞憂でしょうけど)、顎に手を当てた美紅舞は片目やや藪睨み──やたらそこが開かぬのは、ひょっとすると、先
ほど眼球が飛び出た後遺症かも知れない──の思案顔で告げた。
(瞬間移動能力で思い出したんですけど、銀成の六対一の最終盤で千歳さんが決め手になったのって、それ以前に、根来
先輩が核鉄を偽造してたお蔭じゃないですか。ナントカって忍法で、千歳さんの核鉄を、奪取(つか)まされてた鐶すら気付
けぬ精度で偽造していたからこそ、実はまだ核鉄持っていた千歳さんがあわや津村先輩敗北って際どい状況に、乱入(ワー
プ)できたからじゃないですか))
(写楽旋輪もニセモノ作ってると?)
 無言でやるには複雑すぎる意思疎通だが、実際にはさまざまなジェスチャーを交えている。パーの中央に指一本つけたり、
鳥のポーズをしたり、手首のあたりでヘルメスドライブの形を作ったり色々。
(ええまあ。といっても技能的にも、時間的にも、『輪が偽造、まっさかー』ってな感じなんですけど、どうにも、胸騒ぎが……)
 美紅舞の目は何かを予期したような不安に揺れる。
(言ってしまえばつまらないゲンかつぎ……でして)
(うん)
(あのとき盤外からの瞬間移動で敗れたのは鐶。で、今回相手どっているのはリバース。義理とはいえ姉妹だから最後の
最後で輪の瞬間移動能力がなにかやらかしそうな……。だってこのコ、ときどき物凄い裏のかき方しますからね? 普段の
ほほんとしてるくせに、戦団全体の勝ち筋が絡んだ時は、ほんっと、マジで、バッカじゃないのってぐらいフザけた発想で、
学窮(わたし)たち出し抜いて目的達成する、ワケのわからないトコ、ありますからっ!)
 無言ながら妙な気炎を上げて詰め寄る新人王に円山はちょっと気圧された。
(と、とりあえずバブルケイジは発動できたわ。本物よ)
 光と共に風船爆弾のベルトが輪の核鉄に戻るのを見た瞬間、(ぬぶぁ)、愛らしい少女にあるまじき安堵を美紅舞はつき、
がっくんうなだれ前足を地面に。よほどヒヤヒヤしていたらしい。

 そして美紅舞は非戦闘員達の居る場所へ親友を運ぶ。

 写楽旋輪、廃屋地帯から離脱。



(あとは)
(ええ。勝ち筋最後の局面が来るまで……安全な場所で待機よ)

 勝ち筋のため動き出す戦士らは気付かない。気付きようがなかった。

 泥木奉(ドロキ・タテマツ)。
 斗貴子によって崩落した20号棟の東側で、亡き友のため一矢報わんと機会を窺っている戦士をこのとき25号棟内部か
ら密かに窺っている影があったのを……円山たちは気付けなかった。気付ける方がおかしかった。

 泥木が単独行動を許されたのは『勝ち筋』の構築とはまったく無関係だったからだ。
 だからこそ『影』は泥木を尾けていた。『自軍』の勝利のため、泥木を、『能力』の『対象』にする必要がどうしてもあり、その
光景は『とある都合上』絶対に、『敵』はおろか『味方』にすら見られてはならなかった。

 ああ。誰が予想しえただろう。藤甲地力。その核鉄の行方が、足止め組と、幹部2名の凄惨きわまる戦いに、予想だに
しない決着をもたらすとは。

 そう。

──「怖いのはブレイクじゃなく、みくぶーが遭ったっていう『土星の腕』が持ってる場合だよね」

 写楽旋輪の、気楽な少女の軽い思いつきにしか思えなかったこの言葉、実は──…


 そして天王星を包んでいた爆発が晴れたとき、鐶光は、瞠目した。

「これは…………!!」

前へ 次へ
第110〜119話へ
インデックスへ