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第111話 「対『海王星』 其の零参 ──瀾翻──」




 チーム天辺星所属コードネーム”アサルト”。突騎指弘(トツキ・イイホ):談

「シズQ戦団入りの経緯? 大変なさわぎだったから結構有名な話だと思うが……ああでももう6年前だしな、そりゃ
最近加入した新米戦士と元信奉者じゃ空など知らぬ深海魚のように知らないか。話してやる」

「俺もたまたま居た。最初は志願の態だったな。別任務を終え期間途中の俺らの前にシズQとその部下2人が現れた」

「で、言った。『予知を授けてやるから戦士にしろ』と」

「もしこのとき俺らを率いていたのがキャプテンブラボーのような穏健派だったらああまで揉めなかったろうな」

「しかし引率者は火渡戦士長だった」

「なのに向こうは戦士長待遇で迎えろとか撃破数30位以内の戦士を最低でも8人以上部下に寄越せとかまくし立てたからな?
交渉が決裂したのはごくごく自然な流れといえるだろう」

「俺たちは最初5分ぐらいで決着すると思っていた。何しろ核鉄持ちは、火渡戦士長と、天辺星さまの所から出向中だった
俺と、さらに別部隊からきた連中あわせて5人いたからな。銀成学園防衛すら結果的にはわずか2人の核鉄持ちで成された
のを考えれば5人ってのは相当だ。更に事後処理班が13人……無手とはいえ、全員、刃物を振り回す麻薬中毒者ぐらいな
らライオンに喉首を噛まれるインパラよりも容易く制圧できる程度には強い事後処理班の精鋭どもが実に13人随伴していた。
なら誰だって思うだろ? そいつらに攪乱を任せれば、5つある武装錬金のどれかは必ず命中、呆気なく決着できると」

「予想は、裏切られられた」

「6時間12分だぞ? 真冬の夜中に、6時間ブッ通しの、馬鹿げた追いかけっこをする羽目になった俺らの気持ちが……
分かるか? いっとくがこっちはだな、そこそこの規模の共同体を潰した直後の、ケガや疲れアリでだからな? 前日の大
雪がいまだ点在する岩手の夜をずっと、東の空が明るくなるまで、あちこち駈けずり回るのがどれほど辛いかなんてな、
やったヤツらしか分からんぞ絶対。ユキヒョウでもあるまいに……」

「原因? シズQどもが正面対決を避けたからだ。火渡戦士長の火力と真向戦っては勝てないと、逃げては不意打つゲリラ
戦術を徹底してきたからだ。その後のコトを考えるとデモンストレーションだったんだろうな、実力を誇示し、好待遇を勝ち得
る為の」

「下町の入り組んだ部分ではワイヤートラップで攪乱され」

「必死の知恵ふりしぼってようやく誘導して追い込んだ河川敷ではサクロスの破片に悩まされた」

「前者に引っ掛かった者は、人間関係上、連携を密にしている戦士にフレンドリーファイアを与える羽目となり、後者につい
ては戦団最強の火力を含む5つの武装錬金のうちいずれかを転写され返される始末」

「俺たちの連携は、組織力は、ズタズタにされた。崩壊寸前に追い込まれた」

「相手との総兵力の差が開けば開くほど破壊力を増す武装錬金ってのはイワシぐらい珍しくない。エアリアルオペレーター
とかな。だが連携が緊密であればあるほど厄介さを増すというのは三毛猫のオスぐらい希少だ。寡兵を以って大軍を討つ
……アルビノ狩りなどという反社会的な活動に身を投じていたいのせんや月吠夜ならではの能力であり、運用だ」

「なんだ中村? 『だったら火渡戦士長はどうしてその2人を見逃していた』だと?」

「カンタンだ」 

「シズQが引き付けていたからさ。仲間2人に降りかかる炎総て」

 攻防の果て降り立った01号棟屋根。
 そこを襲った鳴動の果て、リバース=イングラムの全身に降りかかったのは摂氏100度の源泉であった。どこからともつ
かぬ大地より咎徴の抜く手ひとつ見せず間欠した新月村の温泉が、少女の全身を鞭打ったのだ。

 四方に散る熱湯。断崖にしぶく高潮のごときものが草吹き穴開く屋根を濡らした。

 人間の身であれば深刻な火傷はまず免れえぬ高温水であるが、どうやら錬金術は加法されておらぬとみえ、雪のような
少女の肌は一瞬わずかに発赤したのみですぐさま艶を取り戻した。にも関わらず彼女の表情が微かにとはいえにがにがし
く歪んだのは、打ち拡がる水がかなりの数、弾道に覆いかぶさったせいだろう。

 リバース=イングラムの銃弾は空気を圧搾したものだ。よって大気圏内においてはほぼほぼ無限の連射力を誇るが、で、
あるがゆえに、ひとたび水中に侵入すると浮力によって空気が、泡となって上へ上へと減衰しやがては消滅する弱点をも
孕んでいる。
 先だってデッド=クラスターが火渡封じに際し、温泉地の新月村にありながら地下の源泉ではなくやや遠方のダムを水源
とした理由はこの辺による。月は、かんがえた。例のクラスター爆弾による地下温水脈の利用が、別の箇所における思わ
ぬ噴出を呼び起こしたら? その噴出がリバース勝機を妨げる悪夢のような偶然に加担したら? 己が主体の勝負こそ破
滅の匂いのする方を好んで選ぶデッドだが、こと仲間との連携となると万が一億が一を勘案できる意外な慎重さもまた有
している。
 よってデッドが出現を避けんとした間欠泉はしかしいま現出した! 現出し、吹断の悉くを気泡と揉み崩しながら無効化し
つつある! 煮沸によって対流する無数の白銀の泡もまた銃弾分解に、加担!!

(っ!! けどそれだけなら進入前の、持ち前の速度で突っ切れるのに!!)

 第二の妨害は戦費の武装錬金、ウォーエンドノーマネー!! かねてより財前美紅舞(ザイゼン・ミックマイ)ともどもリバ
ースを牽制していた『敵性勢力の攻撃の強制割引、威力を通貨または紙幣に変換し弱体化する』鳥目誕(トリメ・イツワ)の
特性は悉く、銃弾が間欠泉に飲まれてなお執拗とすらいえる粘強さで以って絡まりついた。そしてばらばらと、手品の如く、
あるいは接着剤の溶けた水中花の如く、恐るべき無数の凶弾を他愛なき小銭へと解号! その作用が水泡分解と相まって
これまでどの戦士すら成しえなかったリバース銃撃完全無効化を成し遂げた!!

(こーいう連携、アリ……?!)

 雲散霧消する我が攻撃に、平素笑みに細まっているリバースの双眸がひろびろと拡がった。(どうする……? こういう
ときムキになって乱射するのは相手の思うツボ、だけど……!) 二度三度おなじ轍を踏んででも解明に移らねば完璧
むこうのペースだと敢えて銃撃。果たせるかな、再び屋根を貫く間欠泉が奔騰し、シズQを守る。

「奴の能力には俺のアサルトライフルも苦労させられた。並みの甲殻類型ホムンクルスなら一撃で消し飛ばせる爆裂弾を
破裂した水道管の噴水に包み込まれるや間髪入れず切り替えた水中弾……ロシアじゃなくソビエトのAPS水中銃でお馴
染みMPS弾……水深40mにおいてすら有効射程11mを誇る長さ12cmの串型針なんだが、”それが”地上に噴く、1m
の厚さすらないヴェールを3分の1も貫けず停止した」

「断言する。海王星の幹部も銃を使うらしいが、その銃弾は『特性の恩恵が高いものほど』、シズQの能力によって弱められ、
止められる。俺がそうだった、間違いない」

(……専念さえすれば。専念さえすればどんな厄介な特性だろうと3分以内に実力差で押し切れるけど)

 ちらと12号棟方面を見る。

(シズQたちの目的はあくまで足止めと時間稼ぎ。他の戦士たちがブレイク君の虹封じを破るまで私めをココに釘付けて分
断するのが使命。そしてシズQ投入のダメ押しぶりから考えるに……んー、虹封じ破り決行まで2分もあれば多い方、かな?)

 財前美紅舞は鋭敏だ。もう視線を防ぐよう天空から舞い降りて拳すら放っている。ぜったい往かせぬ絶対的な決意を見て
とったリバースは軽くだが奥歯を鳴らす。

(ほんっとキレたい。お父さんらのコトで大概あたまに来てるのに、ブレイク君と合流するコトさえ許さないんだから……!)

 拳を銃身でいなすと火花が散った。だがすかさずの銃撃は間欠泉と通貨によって阻まれる。つまり彼女を斃すにはその
能力の持ち主のうちどちらかを消す必要がある。

(でも通貨の方の使い手は姿が見えない。となると視界内にいる戦士のうちすぐに殺せそうなのはシズQ……? 能力を
攻勢に転じぬ防戦一方の姿勢はいまのところアタッカーではないと断じさせるには充分、なら殺しやすよう……ってなるけ
ど、執着すれば得たりとばかりこの人たち足止めに全振りするわよね……)

 連中の目当てはやや離れた場所における対ブレイクの虹封じ破りというのは前述のとおり。言い換えれば、だ。リバース
は別に囲いを突破できなくてもいい。

(マークは一瞬だけ外せばいい。自由になるのはブレイク君の虹封じを破る何らかの攻撃が発動したその瞬間だけでいい。
サブマシンガンとはいえ銃は銃。ライフルほど長距離狙撃に長けてはいないけど、それでも距離の不利を一瞬で縮められる
利点は刀槍の比じゃないわ。何より私の『隠し持つ技』はここまでの銃撃など足元に及ばぬほど『一瞬で遠くまで達する、
撃ち抜ける』)

 広い通路数本と決して小さくはない廃屋数軒を挟んだ向こうでやがて恋人に注ぐであろう、戦士達の勝負を賭けた一撃。
通常のサブマシンガンによって阻止を目論むのであればはなはだ成功は見込めないが、武装錬金という超常の兵装で敢
行するなら話は別だ。

(そうなってくるとむしろ3つもの難儀な能力を私めの側(がわ)に引きつけられている現状はそれほど悪くない。ブレイク君
の方に『防御能力2つの掛け合わせで強化された超絶火力持ち』が行ってしまうと、虹封じ破りはきっといま想定されている
ものより遥かに強引なものになる。だって向こうには光ちゃんや斗貴子さん、天気のコが居るから)

 確率こそ低いが、いざ勝負という瞬間、シズQ達の方がブレイクの方へ飛び出していく可能性すらリバースは描いた。もっ
ともその場合、水星の幹部に復讐するまでは死にたがらないであろうシズQが、戦費の使い手と違ってすぐ近くにいる美紅舞
を囮のイケニエにしてまで逃げ延びる(=貴重なアタッカーをやおら下らぬ戦況で浪費する)公算が、高い。でも誰だか知ら
ないけどここまでの采配を揮っている指揮官よ、戦場特有の咄嗟な人情を勘案できぬ筈がないとリバースはみているが、
(もし戦士の方が一斉離脱をかますなら、むしろ見逃してやるべきよねシズQ。相手組織の調和を乱す人とか味方以上に
最高よ、頼もしい。能力が中途半端に便利なのもいいわよね、切るに切れない人ほど後で取り返しつかなくするし)と念のた
め決めてもいる。

(……抜けがたいってトコでカマしたのに涼しいカオね憤怒の幹部)

 乱れ飛ぶ黄金色の拳やつま先の中で美紅舞もまた確信する。怒気ひとつ漏らさぬリバースに感得する。

(やっぱり銃使い、持っている! 『遠距離狙撃または追尾弾』! どちらかまでは分からないけど包囲網を一瞬切り抜ける
だけで建物2棟もの向こうにあるブレイクへの攻撃を妨害しうる何らかの隠し玉を……リバースは持っている!!)
(ってカオね。さすがみくまいちゃん、私めのコトわかってくれる! ふふ、察しがよくて賢くて可愛いとか好きよ、大好き。
永劫殴り合っててもイイけど、抜け目なくて優秀だからこそ出し抜くモチベが高くなっちゃうっていうか、女同士の友情と大
好きな男のコじゃやっぱり後者をとっちゃうのがさ、女子って、もんだよね♪)
(だからコイツ絶対どうにかして隙ついて……撃つわね!?)

 殴る拳に力が籠もる。

(…………。輪はもうすぐ『二度目の撮影』に入る! 『そこまでの移動』はともかく、まさに撮影な瞬間だけは回避力随一と
謳われる音羽先輩の武装錬金のカバーを得てなお回避不能なのは検証済み! よって、強制的な、二度目の撮影の最中
は……無防備!! 私への事前説明じゃ、津村先輩が護衛になるってコトだけど、鉄壁きわまるバルキリースカートの防御
でも、半透明ゆえに軌道の読み辛い、秒間40発オーバーの空気弾総て撃墜するのは実務上困難、やれば処刑鎌の方が
連撃に耐え切れず破壊される! 捌けるのはせいぜい学窮(わたし)が打ちもらした分だけ! だから……守らないと! 
危険すぎるコイツの射撃から……輪を! 守らないと!!)

 受けた少女はてへりと笑う。
(さくらもっちちゃん(注:輪のコト)とかね。あのコが虹封じ破りトドメの一撃を担当してくれるならだいぶ楽なんだけど……さっ
き森でブレイク君とニアミスしたときの様子から能力は補助向きと断定すべき、だから虹封じ破りのときは下準備担当で、
だからいち早く出てくる。したがって隙をついて撃つのは2回……あ、1回でもいいのかな、前準備を担当するさくらもっちちゃ
んを撃って仕留めればその時点で戦士達は打つ手なし? 他にも代役が咄嗟に前準備をする? まあいいや、そこはさく
らもっちちゃんをさ、とりあえず撃ち殺してから様子見て考えればいいよね)
 腕を薙ぎ払いながら銃撃。右に左に避けるみくぶー。
(バッカじゃないの……。厳密に言えば守るべきは輪じゃなく泥木先輩。輪は虹封じがどの座標で出現するかっていう写真を
すでに撮っている、予知している。そういう意味では……用済みよ。今からブレイクの傍に現れ撮影せざるは得ないけど、
予知を終えたのならそれこそインスタントカメラのように使い捨てても差し支えないでしょうね、輪は)

 そう、特性上、予知した場面を撮影し終えるまで生存が確約されているならそこまでのガードは実はあまり必要ない。そし
て、予知の場面を写す、『二度目の撮影』を終えた後であれば、予知は、つまり一度目の撮影で出力されていた写真は(実際
にその場面が撮影され、過去に送られているという因果律上)、確定した未来というコトになる。

(それは二度目の撮影直後すぐ輪が死んだとしても覆らない。予知は、あの子を犠牲にしたとしても保証される。言い換えれば
『輪が死んだとしても、少なくても予知の写真にある未来は変わらない』。なら、よ? 最善は輪の犠牲って話になる。だっ
てそうでしょ? わざとリバースなりブレイクに殺させて、囮にして、その隙に泥木先輩の『決め手』をブレイクに当てるのが一番
……!! わかってる)
 もっと言うと、リバースの特性使用が虹封じ破りの後であれば、”そこまでは”、輪は死なないという保証がある。
 なのに誰しもが輪を守ろうとしているのは……『予知は便利だから何度もさせた方が得』といった打算……ではない。
 人間としての最低限の感情だ。
 仲間を使い捨てにして勝つなどホムンクルスと変わらない。だいいち輪自身の性根が危なっかしいのもある。年相応に臆
病な癖に、使命感が絡むと妙に命知らずで、死にたがりな少女。なのにそこを感情的に喧伝せず、窘められればそれこそ
正しいと純粋に信じ、自分なりに奇癖を治そうと色々頑張る、まっすぐで、ほわっとした好ましい『仲間』だから、
どうしても死なせたくないと思わせるのだ。
(輪は……友達は! 絶対に絶対に、狙わせない……!!)
(この気魄。誰か知らないけど近しい誰かが決め手を担っているようね。となると隙を突けそうなのは……やはり)
(シズQ! 向こうからすれば精神的にも、能力的にも、充溢がいっこう尽きそうにない学窮(わたし)とか、そもそも攻撃し
ようにも姿が見えない誕(イツワ)とかより、眼前にいて、能力を突破すればそのまま本体を葬れそうなシズQを……狙うほ
かない! そこに執心させてドツボに嵌めるのがこっちの狙いだと分かっていても)
(敢えて乗って能力を解明し、その綻びを突く方が……確実! だって、なにしろ)
 リバースがさきほど念頭においた『一瞬で遠くまで達する、撃ち抜ける』隠し手は既に美紅舞に……読まれている!!
(で、ある以上、さくらもっちちゃん狙撃が発動したら絶対この人たちは阻止する、能力を以って、阻止する! そのとき厄介
なのは……シズQ! そろそろ能力の正体が見えてきた他の2人は弾速さえ高めきれば『私の隠し手』、必ず振り切れるって
確信を持って言い切れる)
 だが。
(シズQの能力はなんていうか物理的な防御能力というより……論理能力。そう。一定条件下なら速度とか属性とかお構い
なしで封殺しそうな気配がある。でなくても警戒はすべき。理由は不明だけど、義弟のウィル君の証言とはまったくかみ合わ
ない別の能力に変貌しちゃってるんだから、土壇場でなにをやらかしてくるか分かったもんじゃないよ)
 シズQを狙わせたがっている戦士に敢えて乗ると決めた理由はそこだ。
 構いすぎると向こうのペースだが、かといって完全放置を決め込むと今度はいかなる能力か分からなくなる。斯様な状態
で天王山を迎えてみよ、知っていれば防げたはずのやり口に狙撃を妨害されてしまう。妨害されれば恋人への虹封じ破り
が了してしまう。
 それは彼が生命線ともいる禁止能力へのカウンターを破るため用意した手立てを失うというコトである。
(失ったとしても戦えるよう幾つかプランを練っているのがブレイク君だけど、残念ながら代替案は総て下位互換、さっきの
森の中でやったような広域への禁止能力散布には及ばない。同時にそれは『私めの特性とのコラボ』の無敵性が著しく減
じるってコト……!!)
 いちおうメリットもあり、それはのちに実際開示されもするが。
 リバースにしてみれば大好きな青年が切り札を失い死亡確率を上げてしまうコトそれ自体がもう耐えられない。

(避ける為にもまず、シズQ、攻略の糸口は必ず掴む……!!)

 海王星の幹部と同じぐらい、新人王も考える。

(『次にリバースが特性を使うのは19号棟近辺。予知の写真にそう出た』。だから19号棟に近づけなければ特性は発動し
ない……。普通はそう。あちらに行かないよう抑えている学窮(わたし)の現状はまず正しい)
 美紅舞もまた考える。
(けど……どんな能力にだって網羅できないコトはある!)

 白い法廷で、輪は言った。

「私のゴットフューチャーが予知できるのは、『一回目の撮影のあと、初めての』特性発動にすぎないんですよね。必ずしも
『その戦闘中、初めて』の発動じゃ……ないんです」
「ん……? どういう違いが……あるん……ですか……?」
 鐶は小首を傾げた。雪見だいふくのようにキメ細かい肌の傍で鮮やかな紅の三つ編みが舞った。応えるのは、斗貴子。
「毒島で考えればいい。あのコの特性が『毒ガス調合』なのは知ってるな」
「はい……。瀬戸内海から護送される最中……何度かしょうもないハプニングで……喰らって……痺れました、し……」
 私もついさっき聞かされたばかりなんだがと斗貴子、輪の能力を解説。
「毒島に使って予知できるのは、『撮影後最初に行われる毒ガス調合』という話なんだが……考えてみろ。『もし撮影直前に
毒ガスを調合されていたら』? そしてその毒ガスが密かに撮影者の、輪の、風上に配置されていたら?」
「……それは……読めない……です、ね」
 ぬぼーっとした性格のため初耳の話題にこそ反応が悪く見えるが、地頭はけして悪くない鐶である。何を言われているか
分かれば実年齢8歳なのがウソに思えるほどの理解を示す。
「なまじ予知の写真で『ココがこうなった瞬間にガス調合が行われる』って先入観を植えつけられているぶん……その条件
が整う前に……”ココがこうなる前”に、『置き』みたいな調子で配置された毒ガスが流れてきたら…………自分から勝手に
不意を突かれて……モロに……くらいます……」
 アレ、でも調合されたガスが継続して残っているならそれは予知の対象たる『特性の発動』では……長い睫毛で天を掃く
よう”おとがい”を上げ、クロームイエローとインディゴブルーのクエスチョンマークを交互に浮かべる鐶。
 よってきた美紅舞は「じゃないのよねー」と指2本立てつつ軽くドヤ解説。
「輪の予知にある『敵の特性発動』の定義はいわば武装錬金による一次被害な瞬間なワケ。武装錬金で、『直接』、生命また
は物質のありようを通常ありえない方角に変貌させる瞬間だけが『予知の対象』だから」
「調合ガスの残存といった、副次的な事象は『予知の対象たる特性発動』に該当しないらしい。極論になるが調合された毒ガス
は桜花の矢でいうと”壁や床に開けた穴”なんだ。”そういった痕跡”のようなものなのだ。化合調合を終えたあとの毒ガスは」
 輪は、にこりと笑った。
(あれ私ゼンゼン分かってないよ!? 自分の能力解説されてるのにサッパリだよ!?)
 笑ったまま白く入滅する彼女は若干だが鼻水をたらしていた。
 鐶もほぼ同じ気持ちらしく、半信半疑といった様子で述べる。
「…………フクザツで、パっとは飲み込みづらいですが…………、私の年齢操作でいうと…………『木に年齢を与えている』
瞬間の姿は予知できても…………『年齢操作で枯れてしまった木』は、特性が世界に遺した傷跡は……視れない、と……?」
「げ、現象としてはそんなカンジですねっ! 難しい言葉じゃ説明できないですけど、木が折れたり倒れたりでのピタゴラスイッ
チ的危害を目論んで配置された攻撃……もしくは毒ガスを漂わせているみたいなのは、私も『置き』って呼んでいますけど、
『置き』みたいな攻撃を密かにできる相手はですね、予知にとっては天敵もいいところだったりするっていうか、実際なんど
も痛いメ見させられてるんですよっ!」
「景気よくいうコトか……?」
 両目を不等号にして熱弁する輪に斗貴子が呆れる中、「理解しました」。鐶は腑に落ちた表情で頷いた。
「撮影時点において一回も特性を使っていないよう見える人でも、見えざるところで『置き』を仕掛けている場合がある……と。
予知に出る、『撮影後、初めての特性発動』が『その戦闘において初めての特性発動』と必ずしもイコールじゃないってのは
……そういう話……ですね。撮影前の特性発動で毒ガスのような『置き』をされていたら……事故ってしまう、と。相手は予知
されるなんて一切予測してなかったのに……いつもの調子で、攻め口で、ただ何となくやっただけの『置き』が……輪さんたち
戦士さんたち……、『予知に出た状況がそろうまで相手の特性は絶対こない』と思い込んでいる人たちの……油断している
柔らかい脇腹を盛大に突いてしまう……笑い話のような事故が……相手の特性によっては起きてしまうと……」
「ここ一年だけでも大小あわせて13件あったわよね輪」
「うん。これでもだいぶ減ったけど潰しづらいよねーみくぶー」
 英語のあの分野だけは何度やっても引っ掛かるよねーみたいな軽い調子で言い合う女子ふたり、更に続ける。
「で、範囲をここ数年に広げた場合の全体的な傾向としては事故原因、散布型が一番多く、実に94.39%です。あ、散布
型っていうのは毒島先輩のエアリアルオペレーターや、L・X・E盟主のチャフのような『何かを、広く撒く』タイプ。そだ、雲や
霧になれるドラちゃんさんも捉えようによっては散布型かも」
「……怖いのは」。辛辣すら刻んだ深刻の表情で斗貴子、両腕を強くもみねじった。
「リバースの特性が散布型またはそれに準ずる何かだった場合だ」
「え……? お姉ちゃんの武装錬金は……フルオートの銃……ですよ? いま輪さんが挙げたモノのような……『一定時間の
滞空可能』とは対極正反対の……速攻で撃ち貫く……タイプなのに…………散布型って……いうん、ですか……?
「そりゃ普通の銃弾を使っていればドラちゃんも散布型とは結び付けなかった、なの」
 でも彼女……、ドラちゃんは無意味に鐶を指差した。
「吹断の銃撃は『空気を取り込んで撒き散らす』、なの!」
「あ!!」
 蒙昧つらぬく閃電も背景に、鐶はかるく目をむいた。
「そう。戦士(てき)への到達が異様に速いというだけで、仕組み的には『何かを、広く撒く』のが可能なタイプ。なにしろ圧搾
空気で横列(おうれつ)を十人単位で喰い破ったからな……」
 だから、機構的には有り得るんだ。斗貴子はひどく緊張を孕んだ表情で呟いた。
「アイツが散布型だったり、予知の前に『置き』をやっていたりする可能性が」
 具体的にはどういうものか? 推測するのは財前美紅舞。
「特性が絶対、通常攻撃の延長線上にある訳じゃないっていうのは、犬飼先輩とか早坂桜花の特性を見ればわかるけど、
リバースのような攻撃的な奴は統計上、おっそろしくストレートな延長線上をやる傾向にあるわね」
「通常攻撃に……なにか……足すと?」
「火力か速度か……もしくはチーム天辺星のアサルトさんのような『銃弾の種類の変更』なのか……。なんにせよ、普通に
撃った時より遥かに厄介な現象おこす特性なのは確かね」
 ほー。音楽隊にはない、戦団ならではの経験の集積に感心したよう聞き入っていた鐶だが、クレバーな”たち”である。すぐ
矛盾に気付いた。
「……あのー、銃弾を強化する特性って推測と、散布型うんぬんの……置きへの懸念は……両立しない、のでは…………?
だって……不可視の弾丸を周囲に散布して……任意のタイミングで射出、相手を貫く……みたいな特性は………………
便利には違いありませんが……銃を……無視して……います」
 はい? 今度は戦士一同が目を点にした。
「銃を無視……? んー、不可解な指摘だけど、あ、ソレってもしかして相手の、精神とか、思惑を、理解できているが故の
推測ってヤツ?」
 ずいっと寄ってきたみくぶーに、鐶は何となく気圧された。元々は似たような気質だったがいまは義姉のせいで大人しめ
の性格に矯正されてしまっているので、ややニガテらしい。いや、似たようなタイプは音楽隊(みうち)にも居るには居るが、
(ああ……。香美さんって、私が「びくっ」ってなったらすぐ察して引いてくれるタイプ……だったんですね……)
 活発にみえて根っこは臆病で優しいネコだ、1年とはいえ付き合いもある。お互い機微の住み分けはできていた。
 が、逢ったばかりの勝気はバンバン来る。
「えとね! 統計を持っちゃってるがゆえ先入観に縛られやすくもある戦士(わたし)たちにとっては『時に特性は、武装錬
金の形状を無視したものにもなりうる』ってのが一種の暗黙の了解で、だからそれゆえ推測は自由になる反面、敵の人生
とか本当の願いを知った後じゃ「あ、しまった、あのとき全然的外れだったバッカじゃない学窮(わたし!)」ってコトも結構あ
るから、うん、あなたの意見ぜひ聞かせて、てゆーか、聞きたい! めっちゃ聞きたいっ!!」
「え……。こーいうときいかにも正規軍エリートな戦士さんって……『なに言ってんだコイツ』『ケケ、俺達には先人から受け継
いだ伝統的な情報があるんだよ』『お前らとは比べものにならない集積があるんだ、たかが怪物の部外者は余計な口を挟む
な』『お前らは指示にだけ従っとけ、な?』とかニタつきながら意見黙殺してそれがゆえ滅ぶのがお約束……なのでは……?」
 肩をがっくんがっくん揺さぶってくるみくぶーに鐶は──勢いこそあるが割りと理性的な側面もあるギャップも含め──とて
も困惑させられたが、助けを求めるよう一瞥した斗貴子の、
「? 情報は多い方がいいに決まっているだろ。むしろ敵を知らないがゆえ出来る私たちの客観的な推測を、身内からの
『あの人はこういう人です』でより実像に近い方へ補正していく作業は大事というか、基本だ」
「武装錬金は精神の具現ですからね。相手の人生とか、人となりの影響はモロです。私たちの大まかな推測が、鐶さんの
知るお姉さんの人物像と食い違うならですね、こっちから寄せるべきです、絶対」
 事務的に言い放つ様子とか、輪の、にゃはーとユルい微笑で線目を垂らす──極太マジックで引いたような目だった──
表情に、(あ、戦団って……きっとブラボーさんの気風が……主流……ですね……。で、ソレを斗貴子さんや火渡さん……み
たいな……誰かのために敢えて怖く振る舞える人がコントロールしてる……と)、己もまた抱いていた戦団への『なんとなく、
斗貴子ばっかなカンジのこわい場所』な先入観を補正して話に応じる。

「そっ! だからあんたもちゃんと意見、言いなさいよねっ! 昔はともかく今は共に戦う仲間なんだから!!」
(うう。ホムンクルスな私を差別なく受け入れてくれるいい人なのは分かりましたけど……やっぱり……)

”美紅舞さん”はちょっとニガテだと、思いながらも。

「その……たぶん、お姉ちゃんが…………サブマシンガンに熟達したのは…………『伝える』ためです」
「?」
「だって……声が小さいって言われると怒り、ますから……。それで暴走するの、レティクルに居たころの私、何度も……」
(そういえば養護施設で彼女が暴れ出すのを見ていた戦士長曰く──…)

──「おねーちゃん、声小さいけど……かわいーーー!」

(養護施設の女の子にそう言われたのを契機に)

──「声が……小さい?」

──「よくも人のコンプレックス刺激してくれたわね我慢ならないもう任務とかどうでもいい殺す殺す殺すあははははははは」

(リバースは豹変し、逆上し、結果施設に相当な破壊を撒き散らした……という。たかが声の大小でどうしてそこまで怒った
のか正直見当もつかないが、コンプレックスというからには刺激されぬよう会話そのものを避けてきた……筈。……だが)

「人と何の交流もせず生きていける人はいません。斗貴子さんなら……分かります……よね? 銀成に来た最初の理由が
理由……ですから」
「……そう、だな。傲慢で人の命を命とも思わぬ最低のド変態ですら、求めてやまぬのが交流だ。唯一名前を呼んだからと
固執し決着のためならばと救援すら辞さない」
(ふぇ? 誰のコト)(パピヨンよパピヨン。戦団でもめっちゃ有名でしょなんで気付けないのほんっと時々ニブいんだから)、
みくぶーが友人のプニっとした右腕を左肘で小突く間にも、鐶は義姉を語っていく。
「どうして声が小さくなって、どうしてそれを指摘されるのを病的に嫌うのか分かりませんが、会話をしたがらない…………
お姉ちゃんが『気持ちを伝える手段』で縋ったのは……きっと」
「例のサブマシンガンの弾痕文字って訳ね。てゆうか言われて思い出したわ。確かにさっきブレイクもそんなコト言ってたわ」

──「青っちはむしろ格闘寄りっすよ? 精密射撃はあくまで副産物……。サブマシンガンで字ぃ書くっていう無茶を練習しまくっ
──た結果、射撃もうまくなったってだけで。むしろ好きなのは拳と拳の勝負。伝軍さんら相手に遅れたのは『たっぷりと堪能し
──た』からであって……圧されていた訳ではないっす」

「なる。トリの話を総合すると、サブマシンガンは意思を伝えるためのツールだから、銃口から弾丸を吐き出すのは、口から声
を出すメタファーだから、リバースがやりたくてもやれない会話の代償行為だから、精神具現の極地たる【特性(こえ)】は絶対
【銃口(くち)】を無視しない……と。弾丸をどう強化しようと、それを『置いて』つかうのは、クイズの回答で使うような小型のプラ
カード……文字が機械印刷な味も素っ気もないヤツ、なの、何枚かある奴を必要に応じてただ『見せる』ようなもので、『喋る』
ではないから…………声と会話に拘泥するリバースはやらないと」
「……はい。ただそれをいうと、弾痕文字も『見せる』の部類なんですが……お姉ちゃんはアレ、ですから……。精神具現の
サブマシンガンで、その場その場の文字を刻めるならそれはもう喋っているのと同義とか、絶対あほな考え持ってます」
「えらい言いようだな……」
「まだ人間だったころ……好きなアイドルさんの同じCD、何枚も何十枚も買ってたぐらい……哀れで、だめだめ、でしたし……」
「いや……ヴィクトリアから聞いたが、キミだってナントカってロボットのゲーム、複数所持してるんだよな……?」
「好きなモノを……たくさん買うのは基本……です。保存用観賞用布教用もみがら食べるときに眺めて食欲増進する用……
いっぱい買って何が悪い……ですか……? だいたい携帯ゲーム版は……DLCコンプしてる奴としてない奴の違いを把握
するためにも……複数、必要……ですし……、周回ごとの……分岐別にセーブするだけで案外いっぱいに……なりますし……
更に隠しキャラ参加な会話の差分検証にだってソフトは……いり、ますし、というかいっそ話数と同じ数あっても………………
いいぐらい……です……。戦闘前会話総てを起動後すぐ見れたら……楽、ですよね……」
 集え、私のもとにです。虚ろな瞳の前に白魚のような指と、きらりんした一等星を浮かべる三つ編み少女。
「…………。で、姉のCD集めは?」
「あほの、所業です」
 無表情で断言する鐶。(そーいうとこ姉妹、なの。どっちもどっち、なの)。ドラちゃんは呆れつつも来歴上、軽く笑う。
 以下、輪とみくぶー。
「てか銃か自動人形をスピーカーみたいな特性にして普通に喋るのは……ダメなん?」
「自分の声そのものが嫌いなタイプなのよ。声質そのものは冗談のように綺麗で正直ビビったけど、向こうはきっとそんな
美質に気付くより速く思考を止めてる。『人生において何度も不都合をもたらしてきたお前なんか大嫌い』とばかり思春期
前後からかしらね、ネグレクト決定したのよ、声を」
「だから銃弾を『置く』のは録音してたのを……ラジカセで流すようなものでもあるから……ない、ですし──…」
「奴はディプレスを軽視しているからな」
 突然あさっての方向に話を持っていった斗貴子に、輪と美紅舞は面食らった。口調に妙な重厚さすらあり、しかも鐶が
「おー、さすが斗貴子さん……です。気付いてました……か」と尊敬の眼差しすら見えているのが混乱に拍車をかけた。
「あーなるなる。例の分解能力の……自動防御、なの? ドラちゃんも見た、ディプレスの全身を守ってる、襲いくる攻撃総て
分解して撃墜な攻撃版シルバースキンみたいな……アレ、なの?」
「そう、だな。強化した弾丸を己の周囲に張り巡らし、隙を見て撃つといった用法はまったく火星そのものだ。だが銀成の養護
施設で戦った時……桜花の煽りが原因だったか」

──「あらあら外しちゃったからかしら? でも今から私を狙うと恥ずかしいわよね。リバースさん……仲間が傍にいるんだもん。
──私は多分殺せるでしょうけど、後で『唯一相手を圧倒できなかったマレフィックマーズが、一番弱い早坂桜花に目論み暴か
──れて逆上して殺した』……惨めな横紙破りでやっと勝ち星1になったって……仲間たちから言われ続けるんじゃないかしら」
──「ぷっ」
── 笑顔の少女(リバース)が顔を背け噴き出した。天使のような声だがだからこそ火星の顔面に浮かぶ無数の血管が
──太くなる。海王星は拳で口を押さえていた。嫌いな咳の防ぎ方で押さえていた。小者の耐えがたきを加速させたのは
──それだった。

「あの笑いはつくづくと小馬鹿にしていないと出ない類の笑いだった。それほど見下しているディプレスと同じ戦法になるよう
な、『特性』は避ける筈だ」
(……私もディプレスの自動防御は見ていた筈なのに、全ッ然おもいつかなかった……。経験の差だなぁ)
 輪は感心するが、それほどの洞察力を持つ斗貴子ですら要するに「まったく分からない」のがリバースの、特性。

「欠如ゆえ生まれた能力は、欠如ゆえ破られる」

 不意の声にややぎょっとした斗貴子、鐶、サップドーラー、輪、美紅舞は出所を見る。

 発言者は……バリケードの使い手・壁村逆門。

「いかなる特性であれど、欠如ゆえ生まれた能力は、欠如ゆえ破られる……!」

 エキセントリックな男の、珍しく静かな物言いに誰もがただただ唖然とした。

(そもそも輪の経験上、銃で散布型だったケースはゼロ)
 では散布型以外の、予知の横腹突ける『置き』は?
(初年度もっとも多かったのはA類の自動人形でおなじみ『他律型』。創造者と離れて活動できる有形の戦力もまた『置き』!
予知に写り込んだ再発動に対し輪が初発動という見解を示し脇腹をつつかれるに到った件数じつに18!)
 少ないように思えるが、こちらは輪のゴットフューチャーが戦団の武装錬金台帳に登録されたその日から指摘されていた
『武器本体に注意を奪わせ付属物で不意打つのを基本中の基本とする他律型にはA類B類問わず弱いのでは?』を克服す
べくサバイバル訓練や新人研修や慣熟模擬戦闘でさんざん特訓したあげくの……みくぶーに言わせれば”バッカじゃない
数字”である。
(だってこんなん関係代名詞へのニガテ意識克服するための合宿1ヶ月もやっときながらテストで18問まちがえるようなも
んじゃない! しかも初年度の輪に回ってくる任務なんて生存最優先のカンタンなお仕事よ!? 先生が難度下げてくれた
テストで……18問よ18問!!? 『合宿』にあたる過程だって恵まれてたし!! 自動人形さばきで名を馳せた名だたる
先輩たちが、どんだけ、どんだけ一生懸命考えて克服カリキュラム考えてくれたと思ってるのよーーー!」
 これらの失敗の大半は、新人ゆえの純然たる注意力不足……で、あったのならまだいいとみくぶーは昂然そう思う。
(そう! 本っ当に心底っ、敵から出し抜かれたのは最初の1〜2件! たったそれだけの回数で実は輪、自動人形使い
が奇襲のため戦力を別行動させている時特有の気配を……分かるようなっていたのよ完璧に!! これは天才性という
より素直なる努力の賜物! 合宿的な先輩方からの教導の数々を、実戦の風のなか、本当にただただ素直に実感し、
理解した!)
 ならどうしてそこから更に16回『置き』で横腹を突かれたのか? ……だいたい想像がつくだろう。そう。例の、妙な
死にがたりゆえだ。戦団が勝てるなら、誰かの命が救われるなら、自分は別に死んでもいいやという悪癖のせいだ。
(あのコは……自分からいっていた! 横腹を突かれにいっていた!)
 あろうコトか最も奇襲を受けやすい場所を予知の写真から逆算し!
 そこへ行き! 
 エサとなり! 
 そうしていぶり出した自動人形を仲間に討ち取らせるという無茶を、重ねた! 
(予知から奇襲のスパンが恐ろしく短い時に至っては、咄嗟に傍の味方を突き飛ばし代わりに自分が9針のケガを……!!)
 さすがにそんな、『予知の弱点こそ突かれるが、それゆえ味方が何らかの恩恵を受ける』不自然な状況が16回も続けば
誰だって気付く。(あ、コイツもう自動人形対策カンペキだわ。奇襲先撃ちさせて囮になれるとかカンペキだわ)と。
(っとあの時はビビったわ。だって輪と訓練場出たら大戦士長よ、大戦士長が突っ立ってるのよ? 新人なんて呼び出せば
いいものをわざわざ直々に訪ねてきて)
 諭した。『そういう釣り込み方はいけませんよ。他の人にはただ貴方が敵にハメられたようにしか見えないんですから』。
咄嗟に庇ってくれた人が落命したら、貴方は一生その十字架を背負いますよと言われてようやく輪は自動人形釣り込みの
危険性に気付き……以降は普通に読み、周囲に周知するようなった。
(だからリバースが自動人形で『直接』、『置き』をやるなら輪は読める。何しろダブル武装錬金を使っている癖していま上空
にいるのはたった1体。残りがどっかのタイミングで奇襲してくるんじゃないかってのは戦士全員想定済みだから、特にそれ
に弱い輪は他の誰よりも警戒している。犬飼先輩みたく1つの核鉄につき2体だった場合も含めて)
 A類に自動人形を持つ『他律型』の更に片方は頤使者(ゴーレム)。土に護符を与え人形を使役する類の能力だ。
(古代居たと言う、武装錬金すら行使可能な知性ある存在にちなんだ分類ね。創造者によってまちまちな形した『護符』を
適合する『素材』に投与して精製できる頤使者は、自動人形より小型で、単純な条件反射しか持たない代わり……数が
効く)
 ゆえに予知なしでは「いつの間にか包囲され、物量で押しつぶされる」コトもありうる恐るべき能力だが、一方で、
(予知さえできれば、『どんな素材に』『どんな形の護符を埋め込んでいるのか』分かるので、例えば砂に擬態し、上を通り
すぎる集団のうち、心臓のテンポが一番遅い者を引きずり込む……みたいな怖い能力でも、グンと対処しやすくなる。相手
の能力が『地下を移動する』類じゃなく、『砂そのものに干渉している』ものだって絞り込めるから)
 犬飼の遠縁の戦士の使う『戦車犬の武装錬金』もまた頤使者型に属する。犬に爆弾を取り付け、写真または似顔絵で図
示した標的めがけ延々と特攻させるのだ。(なお、爆発前・爆発後とも犬はダメージを食らわぬ無敵状態にある。ただし追
跡に要する速力や跳躍力は、犬自身のものではなく創造者本体の体力を以って代用されるため、大量使用は事実上不可)。

 ここ数年で輪の予知を突破した『置き』は、ICチップ型の護符などを生命または物質に取り付けていた頤使者型が9件、
乗っ取り・精神操作系で戦闘開始前すでに戦士をコントロールしていたのが5件。残り10件未満の案件はそれぞれまった
く別個の、変り種特性による予測不可から構成されている。ひとたび字に起こせば3冊は上梓できよう。かくなる奇絶怪絶、
濃厚なる勇気と愛憎の群像劇やら大どんでん返しに次ぐ大どんでん返しにまみれた精妙玩味の駆け引きが過去たしかに存
在していたが、残念ながらこの場においては本題でないため詳述は避ける。

 思考の間にも無限の攻防は振動と火花を散らしている。

 シズQを銃弾が狙った。狙えば美紅舞への防護など比較にならぬほど盛大な間欠泉が吹断を消去する。
 何度目だろう。清純をきわめる海王星の頬がきゅっと歪む。

(術者本人に近づけば近づくほど強固になる防御能力、かな……? とにかく一体どんな仕組みよ……!!)
「火渡戦士長のときは電柱やガス菅だった」

 突騎指弘ふたたび告げて曰く。

「火渡戦士長に捕捉されるたびシズQは凌いだ。獰猛なボアのように地面から壁から飛び掛ってくる戦団最強の火炎放射を
……奴は凌いだ。それは一見するとただの恐るべき好運だった。4本の電柱が炎を防ぐよう倒れこんできた。シズQが片足
を叩きつけるだけで埋設されたガス管が直上4mの土や舗装もろとも欠け割れ、引火し、酸素の瞬間的焼尽で炎蛇を消し去っ
たコトもある」

 間欠泉は、続発した。リバースはそろそろ疑い始める。

(あ、そうだ。不意つかれたり色々で考えてこなかったけど考えてみればさコレ、『どうやって惹起してるの』? シズQが地
面へ、地下へ、なにかしているんだろうって観察してはみたけど……おかしな素振りは全然ない。そういうのさえあったら、
ウィル君からの前情報『刺したものを操る』と合致するのに……全然ない)

「岩手でコトを構えた火渡戦士長もまた疑った。『不自然なまでに頻発する好運』、その正体を」

「疑えたがゆえに、だろうな。シズQが打破され、拿捕されたのは」

(そう。シズQが『なにも働きかけていない箇所から』自分を守る間欠泉を、事象を、引き出せているのはおかしい!! ただ
物体を操るだけの能力だけなら絶対できない芸当! だからやっぱ特性(コレ)もっと上位の、総合的な、代物ッ……!!)

「などという結論に達したらマレフィックは始めるぞ。火渡戦士長もやったような検証を、な……!!」

(そう! 火渡さんの部下に収まっている以上、一見完璧に見える防御能力にも穴がある!)
 加えて。
(デッドちゃんの話じゃシズQたち、戦士たちと合流前、危うくムーンライトインセクトに殺されてかけていっていうじゃない?
つまりソレもまた無敵じゃないって証拠! 『媒介狙撃』のような全周全方位の攻撃なら……殺せる!)
 笑顔の少女は楽しげに己が得物を交互に見る。サブマシンガン。連射力こそ常軌を逸しているがこと制圧力に関しては
せいぜい狭めの『面』程度。『媒介』さえハマれば立体広範囲級の飽和火力を発動できるデッドのクラスター爆弾とは比べる
べくもないというのが実情だ。範囲だけなら廃屋地帯における戦闘開始時おこなわれた自動人形によるポテトマッシャー散布
はまあまあ比肩しうるが、しかしあくまでこちらは既存兵器に立脚したもの、しかも既に相当数撒いてもいるからムーンライト
インセクトの『筒』ほどの量と速度で供給するのは実務上むずかしいし、何よりそれでシズQを狙った場合、部下が黙ってい
ないだろう。

(確か月吠夜……さんだったっけウィル君の話じゃ。月吠夜さんがミサイルの滞空迎撃でシズQを守るコトは充分考えられる。
それだけなら別にいいけど、あれの破片は『近くにいる人の武装錬金特性をコピー』するから、『なるべく私(てき)の近くで迎撃
の炸裂が起こるよう弾道調整』とかされると……ヤバいかな。半ば事故な形で我がマシーンちゃんの特性を暴かれかねない)

 先ほどまであった遠距離からのプラチナサクロスが今はすっかり止んでいるのは”そのため”だろう。上空の自動人形の
ポテト投げを警戒しているのだ。そしてそれを凌ぐ制圧力は……マシーンなるサブマシンガンには、ない。連射力こそ物凄い
が、相手はミサイル、数は多いし爆発時の範囲もデカい。

(こっちがせいぜいやれる迎撃は『三次元軸を活用した十字砲火』程度……だけど、『二体目』はなるべく温存したいし)

(何より私のウリは……『精密性』!!)

 五の段を唱えるような幾何学的な銃声が何度目かだろう、廃屋群で乾反(ひぞ)って響いた。

「カスがぁ!! 効かねえってんだ」よぉと呟きかけた悪徳の青年を余裕から急転、回避行動に移らせたものはリバース
の笑み。口の端(は)を、ガマンしたけど耐えられないとばかり微かに吊り上げているのも道理、間欠泉を大きく迂回した
『攻撃』はほぼ99%決まりかけていた。分類すれば跳弾だ。銃撃が削り散らした屋根の板が余勢でさらに弾き飛ばした別
の板の、それも一部が五寸釘ほどの長さと太さに尖りきった奴が切先も先頭にシズQの首の”ぼんのくぼ”めがけ飛んで
いた。

(ヤロウ……!!)
(こっちは銃、二挺あるのよ!)

 ならば片方の射線は敢えて塞がせればいい。そのうえで残る片方で以って間欠泉を迂回、むろん道途あらたな物が妨害
のため噴き出してもいいよう、相手からは読みづらい『跳弾』を仕込んでおけば、

(たとえ防がれたとしても、向こうに迫れた距離のぶん確度は高まる……! 一連の防御現象が手動ではなく自動である可
能性が高まる……!! だって私の跳弾は予測不可、目視できるころにはもう反射じゃおっつかない距離、だもん!)

 よって創造者への攻撃に自動反応する能力と断定できるわけだが、それはともかく、遠くの鳥目、色を失くした。

(ななな、なんてコト考えるさーー!! コラテラルダメージは……!)
(そ! あの貨幣(とくせい)の埒外! つまりはガードを失くしたシズQよ、うまくすれば、殺れる!)

 期待に可愛らしい小鼻の穴をちょっとだけふくらませるリバースだが、同時に、嗤う。

(万一殺れなくても『手繰れる』けどね……!)

 尖った木片をめりりと崩したのはリバースが半ば予期していた間欠泉……ではなかった。轟然と降って湧いた炎を帯び
た隕鉄が引き裂いて屋根に飛び込んだ。床板か何かやられたのだろう。小気味いい破砕音を伴う軽い地響きの中、「ほー
う」とリバース、『不自然に』上半身を捻じ曲げているシズQの姿で何かに気付いたよう清純に、

(間欠泉の次は……隕石。なるほど? じゃあさ、最初に撥ねて、防いだ『屋根の板』っていうのは……)

 豊艶に、微笑む。

(ふふ。手繰れそうね。一見むたいに見えるシズQの、妨害能力の綻びが……!!)
\__   _______________________________/
     \|
    【01】 【02】 【03】 【04】 【05】

    【06】 【07】 【08】 【09】 【10】    廃村25棟北半分の簡略図。リバースとブレイクの位置関係。

    【11】 【12】 【13】 【14】 【15】
  _____/|_____________________
/                                      \
(青っちの方も膠着……! 打破するにはコレしかない!!)
 クナイを柄で受け止める。霧杳は迷わずヒザをみぞおちに叩き込んだ。呻くブレイク。一方それをやや離れた屋根の上で
確認し追撃に移りかけた藤甲地力はしかし予想だにせぬ光景に硬直する。後姿の霧杳が数度頭を振ったとみるや力なく
倒れ臥したのだ。

(ハルバード直撃!? いや見たところ出血がない! ならどうして霧杳が倒れた!? 禁止能力? 発動した気配がない!)

 にへりと笑いながら槍を振るブレイク。藤甲が慄然としたのは……見られていたからだ。笑みに細まりきった糸のような
眼差しでこそあったが、ネットリとした膜に包まれているような嫌な感触は確かに視認のそれだった。ヘビに見られたカエル
の喩えを感情の根底から追体験した。

(マズい! 俺が攻撃されるにせよ久那井にトドメが行くにしろ、攻撃、攻撃しなくては……!!)
 植物廃屋に手を置き大技に以降しかけた藤甲は知る!! 久那井霧杳が突如喪神したその、理由を!
「にひっ」
 恐るべき魔光が彼の全身を貫いた! 氷刃よりも冷たく鋭い波動だった! (な……に……!?) 指の一本足りと動か
なくなった我が身にエネルギー攻撃による致命傷さえ疑う藤甲に更なる残酷を知らしめたのは目玉2つ、電磁石に向かう鉄
片の如くある一点めがけ眼窩から零れんばかりに吸い付く目玉2つであった!
(目……! 天王星の、目…………!)
 おお、見よ! 突如開いた双眸を! ブレイクは勁(つよ)く濃厚な気魄を放射していた! 輻射される無数の針すら藤甲
地力が幻認した瞬間、かれの全身は居竦み、あらゆる挙動を封じられた! 数mの距離や高低差など軽く超距する魔技だった!
(霧杳もこれにやられたのか!)
 条件さえ整えばあらゆる攻撃をキャンセルできるクナイの武装錬金・一天地六をして防ぎ切れなかったとくれば最大の弱点・
『速攻不可避の』眼力にやられたとしか考えられない。それは、正しい。理屈の上では正しい。
(だがこれはなんだ!? 禁止能力……? いや違う! ずっとハルバードを注視していたから分かる! 輝きは1ルクス
たりとなかった! な、なら、この力…………いったい、『何』だ…………?!)
 意識が暗転した藤甲の大きな体が廃屋の屋根を滑りそして落ちた。麻痺により立つコトすらままならなくなった訳である。
どころか気道回りの筋肉が一斉に痙攣を起こし、内へ内へと波打つではないか。よろずの植物で身体を鎧(よろ)える藤甲
といえど気管支をぎりぎりと圧搾されてはたまらない。窒息状態に追い込まれるまでさほどの時間は掛からなかった。そして
それは霧杳の呈する苦悶とまったく一致したものだった。落ち行くさなか一瞬見えた、横倒しの彼女は目の下をどぎづい青
紫の隈に彩りながら酸素を求め悶えていた。
(二階堂兵法……『心の一方』)
 ぺろりと唇の端を舐めながら槍を逆手に持つブレイク。
(やれやれ。今やった最大出力は中規模共同体の盟主クラスなら例えホムンクルスであろうと一瞬で生命活動停止できる
ほど強力なんですが……さすが大戦士長救出作戦部隊。ある程度警戒できた植物の人はともかく、カンペキ不意を突かれ
たむょっちすら呼吸器麻痺レベルで持ちこたえるとは……)
 心の一方とは気迫を叩きつける一種の催眠術であるから、藤甲・霧杳双方とも精神力で持ちこたえたと見える。
 ズキリ。鈍く痛むはブレイクの双眼。
(やはり最大出力二連発は大きいすね負担。こうなったら最速でもあと5分は使えない。しかもこの情報……向こう視点で
いうところの『天王星は、相手を金縛りにできる瞳術を使う』を共有(シェア)されたらこっちが回復しても無意味、簡単には
掛けられなく……なる)
 だからこそ穂先は急降下し霧杳を狙う。先ほど気絶し足元に崩れた霧杳が”口あり”になっては大変と、狙うのだ。
(意識なき状態でなお例の不死めいた特性を続ける……。できようはずもない)
 特性と特性の戦いにおける王道とは相手方の能力を完全に把握するコト。盲点を衝き、出し抜くコト。だがそんなものは
御伽噺のルールにすぎぬとブレイクは思う。『分からずとも、勝てればいい』。
(強力な相手だからこそ……隙あらば急いで殺す。見逃したばかりに予想外に手間取らせてくれた植物の人の前例もある。
能力解明などしなくていい。永遠の謎としてでも殺せるうちに始末……!)
 馬鹿正直に正々堂々向かいあったところでどうせ降りかかるのは勝つため編みこまれた理不尽きわまる【戦術(わく)】
なのだ。だったら絡め取られるより先により理不尽で難解な【戦術(わく)】を”そういうお前をわしゃ食った”で浴びせれば
いい。実際の戦争などそうではないか。相手方の兵器の特徴総て把握して? 逆利用して? 出し抜く? 一体どの国が
いつした? 
(だってそうじゃないですか。ベトナムとか湾岸でありました? 三国志とかならよくある『敵の策謀を見抜いて鮮やかに勝
った奇跡の名将』……みたいな逸話がベトナムとか湾岸で……ありました?)

 現代戦争など結局、囲んでツブせる方が、強いのだ。
 それを多対少とはいえ個人戦に収まるレベルの戦闘に転用するのは作劇上、ほとほと面白くない方策だがしかし忘れて
はならない。ブレイクは判明しているだけでも戦士と言う能力者、既に10人以上、同時に相手どっている! 1人1人との王
道的な戦いに没頭する余裕は、ない! 体力精神力がもたないし、何より横槍で討ち取られる危険もある。だから撫で斬り
で流れ作業で手早く片付けていかねばならぬのだ。漫画のように弱点の正解を推理して、かつ、当てるといった作業は……
いらない。戦士はブレイクに対しやりたがっているようだが、それは非力ゆえのコト……。

 力で勝るブレイクは、やらなくても、いい。

(なーんの恨みもありやせんが)
 実戦、ですんで。歯を尖らせ瞳孔を干からびさせる破滅的愉悦の笑みで肉厚の斧部分を少女の細首めがけ薙ぎ落とす
天王星。

 正にその時であった。彼の背後で水面の如く揺らめいた空間が輝く巨剣を吐いたのは。

 ぴかぴかに磨きこまれた決して細くはないハルバードの柄に”それ”を鏡映させ認識したブレイクを、『さほど離れていない
場所』で隠匿に浸りつつ観察する斗貴子は一握の安堵と共にこう結ぶ。

(ギリギリで間に合ってくれた! 鐶の【光学迷彩(じゅんび)】!)

 フィギュアのブリスターに水銀が滴下されているような凹凸の迷彩。行く手の遠目で闇色の口開けるトンネルのなか駆け寄
りつつある黒の軽乗用車にも似た保護色と反射光。
 虚無と実像の狭間で揺れる三つ編みは不安定な解像度の中ですら燃え立つような緋色を放っては消える。異次元のブレー
ンを出入りする幻炎のようだった。頭に該当する座標にはバンダナらしき影も見えそれによってブレイクは人定の断定を為す。
(……光っち!! このタイミングで来ますか!)
 その主、果たしていつの間に接近したのか。ブレイクとの距離が『竹刀剣術であればもはや両者、鍔迫り合いを執るほか
ない』レベルのものであるといえばどれほど近いか分かるだろう。致命の間合いだ。そして刃は強靭なるバネで射出される
スペツナイズナイフ顔負けの恐るべき速度で……突き出されている。

「…………」
 喋らぬ影が急行させる光刃を、斗貴子は『とあるモノ』に姿形を隠しつつ凝視する。

(この距離からこの速度……ブレイクが避けるにしろ受けるにしろ、霧杳へのトドメだけは中断される!)
「にひっ」

 顔を右にねじまげ背後に流し目を送ったブレイクは悪戯っぽく口の端をゆがめた。驚いたのは突き途中の半透明した
少女である。ブレイクの得物はこの期におよんで”なお”だった! 肉厚の斧部分は依然として急降下中! 意識を失くし
横たわる霧杳の首筋めがけ……止まらない!!

 鐶は、息を呑んだ。

(止めない……!? そっちに集中したら塵還剣が……刃渡り3m超のエネルギーの刃が背中を串刺し……なのに……!?)
(にひっ。その技の枠ぁもうさっき見切ってんですよ! 青っちに使われた時にね! ゆえにギリ両立できると判断した
次第!)
(回避できると……!? 霧杳さんを始末して……からでも背後すぐ傍から来る串刺しを……回避できると!?)
(むょっちはかなり怖い部類の戦力……多少のリスク負ってでもツブせるときツブしとかなきゃあ……仲間のためにならな
いでしょ! 後に控える仲間のために……ならないでしょ!!)
 斗貴子も心中瞠目せざるを得なかった。
(コイツ中程度の被弾ぐらいなら覚悟している……! 万一けっこうな傷を負ったとしても『そこは目算を誤った己が悪い、
それでも厄介な戦力を排除できたのは僥倖、名誉の負傷』と割り切るほどに仲間を強く思っている! 悪党だと、いうのに!)
 恐るべき胆力を顔色から観察した『隠匿のなかの彼女』の脳髄を慌しい検討が通り抜けた。
(どうする!? 何もしなければ霧杳は死ぬ! 段取りを破算にしてでもバルキリースカート、使うべきか……?!)
 不慣れな、指揮官としての葛藤が斗貴子の判断をらしくもなく遅らせたのは否めない! 無情にも事態はもう、もう彼女が
覆せる領域を離れていた! 振り下ろされるギロチンの刃にも似たハルバードの刃先はもう久那井霧杳の首筋に接触して
おり──…

 鈍い切断の響きから間髪入れず、地面に『何か』が衝突した。斬られた時のエネルギーがもたらした旋転と回転は落下
とバウンドを経てもなお収まらないらしい。ゴロゴロと回り音を奏でた。

(……くっ)

 取り返しのつかない判断ミスを犯してしまったと原状から目を背けた者はしかしブレイク=ハルベルドであった。
彼は、中空にあった。はてな。先ほどまで大地を踏みしめ霧杳の首を狙っていたはずの彼が、どうして中空に浮かんでいる
のか。

「余の能力はつまらぬ能力だと誰もが言う……」

 粗末な木と有刺鉄線の絡み合った破片はまだ地面を転がっている。頭と体が繋がったままな霧杳の傍を転がっている。

「認めてやらなくもない! 『見たら必ずその向こうへ行きたくなる』程度の武装錬金など、笑われるのも当然よな!!!」

 角の欠けたバリケード。ブレイクが飛び越えてしまっているのはそれだ。

(……やられた! あと一瞬もあればむょっちの首を撥ねられるという時!)

 当たり前のように、彼女の付近へ生えてきたバリケードをブレイクは見てしまった! 斬首のため凝視せざるを得なかった
少女のすぐ傍にあらわれた障壁なのだ、視界に入れてしまったのは不覚でもなんでもない、純然たる不可抗力!!

(気付いたら飛び越えていた! 飛び越えながらも、むょっちの首を切るための挙動は継続していたから、斧槍がバリケードに
掠り……切断した!)

 転がったのはその破片である。跳躍で畳みきった足のすぐ下を光の刃が貫いていく。背中を狙っていたものを、跳んだ拍子に
回避できたのは好運という他ない。が、ブレイクに安堵はない。光の刃はひどく緩慢に見えた。走馬灯が発動しているようだった。
さしものブレイクにすら、世界の推移が緩慢に見えるほどの、焦燥と恐怖を味わわせていたのはしかしバリケードそのものでは
ない。

「そうだあ〜! 余のバリケードは本当に、『見た物をその向こう側に移動させたくなる』程度の特性しかない! どう操っても
殺傷力は皆無よ!! ゆえにどいつもこいつも叩き寄るわ陰口を! つまらぬ能力、ハズレもいいとこと、と!!」
(……そ、そりゃあ、単体で、なら、でしょ!? な、なんていう使い方するんですか、ふざけないで下さいよ!!)
 飛び越えた行く手に充満していたのは──…

 いつのまに張り巡らしたのだろう。

 無数の、風船爆弾であった。

 バブルケイジ。すでに何度も登場している。犬飼ともどもイオイソゴの追捕と戦っていたころは主に高速移動と偽装工作に
転用されていたが……その本質は、特性は、あくまで。

『接触した者の身長を1回につき15cm吹き飛ばす』

である。
 それが50近く、充満している!! バリケードを飛び越えたばかりの、いまだ前進を続ける、身長180cmと少しのひょろ
長いブレイクの行く手に、50近く、充満している!!!

 どこぞの物陰に潜んでいる壁村逆門は鼻息を噴いてまくし立てる。

「覚えておくがいいのだあ!! つまらぬ能力でも要は使い方である! 向こうへどうしても行きたくなるというなら!! その、
『向こう』に恐るべき能力を配すればいい! 毒島の毒ガスや火渡戦士長の業火といった、危険性ゆえに相手が察知して避け
たがる物でもッッ! 我がウォールサージをそれらと敵の間に発動すれば、誰もが意に反し其(そ)に向かい、死ぬと知れ!!」

(くっ! まさか虹封じ破りを放棄!? 確かに最善ではある! 俺っちの見せた虹封じの片鱗が、青っちの特性当てるため
の撒き得であると見抜けたのなら……それへの攻略いっさい放棄の身長ゼンブ吹き飛ばしで殺す方が合理的……!)
(そうだ。本当はそれで片がつくのが一番いい!)
 数多い敵を抱えているのは斗貴子も同じだ。10名いる敵幹部の誰ひとりとして未だ斃せずにいる以上、ご丁寧な能力
攻略とやらはなるべく避けていくべきだろう。『理不尽だろうが盛り上がりに欠けようが、一撃で葬れるならそれで良し』と
いう理念を一番てっとり早く体現できる物こそバブルケイジ。使って早期の決着を導けるなら越したコトはない。
(輪の出力するブレイクの写真で私が期待したものは虹封じ破りの現場そのものではない。『無』だ。何も写らなければそ
れはブレイクに『次』がないというコトじゃないか? 虹封じとかいう何らかの調整体能力を『次』使う前に死ぬというコトじゃ
ないのか?)
 だからバブルケイジ+ウォールサージのコンボを思いついた頃の斗貴子は、輪の一度目の撮影が出力する予知の写真
が真黒な虚無であるコトを心中ひそかに期待していた。能力攻略に移行する前に、身長を消し飛ばされて死んでくれていれ
ば楽でいい、と。
(残念ながら虹封じが写りこんだ以上、天王星(オマエ)は身長吹き飛ばしでは死なないとそう、『私たちには』わかっているが──…

そ ち ら は 違 う ッ !!)

 ブレイク当人にしてみれば助かるか否か……わからない! 必然のがれるため必死にならざるを得ないし、同時にバブ
ルケイジという盤外からの一手によって『戦士たちはもう虹封じ破りを行わない? 撒き餌にはもう掛からない?』と軌道修
正せざるを得なくなる。

(せいぜいそうやって迷え! 動揺しろ! 必殺の連携を破られるのは癪だが、言い換えればお前は必ず逃れられる攻撃を
前に思考力ゆえあれこれと勝手に推測し! 方針を捨て! 揺らいでブレる!! 平然と切り抜けられた筈の攻撃で余計な
葛藤を抱え込むんだ!! 用意していた筈のお前有利の方策すら咄嗟には再び手にできぬ状態に成り下がるんだ!!)

 グーを出すつもりだったのに揺さぶられ、パーを選びかけている状態で「やっぱり相手はチョキで来る!」と気付いても……
切り換えは、間に合わない。虹封じ破りへの対処を持っているであろうブレイクに、虹封じ破りそのものの放棄を50のバブル
ケイジによって示唆するのは……そういうコトだ。『パー』という余計なワンクッションで、万端だった準備の遂行を妨げるのだ。
虹封じが破られても大丈夫なよう次なる手を用意しているであろうブレイクの手際を、風船爆弾のちゃぶ台返しへの懸念をして
自ら遅延に追い込むのだ。

 予知をタネに津村斗貴子は心を攻むる!
 次なる方策に掛けやすくするため無形の攻めで綻ばす!!

(予知の写真を契機に、何があろうと虹封じ破りに総てのリソースを費やすと決意した私たち戦士と、優秀だが未来を知らぬ
が故あらぬ可能性へと心を散らしてしまった悪辣の幹部ならば……差は必ず出る! 土壇場で必ず心構えの差が出るッ!!)

 予知を得ているが故の強さではない。あらゆる事象を正しい、あるべき方向へと収束せんとする……覚悟の、強さ!

(一見確定したように見える写真! だが心情までは写していない! なら極論揺さぶりによって狼狽を極め撮影後すぐに
でも狩られうる心理状態になっているというコトだって……ありうる! 有効! キミいわくの無形の攻めは……有効!)

 早坂秋水が剣道より得た『心理の攻め』は対レティクルの特訓のなか斗貴子ら銀成組に伝播しているとみえる。

 そして。

 戦士の真なる刃をいまだ知らぬブレイクはただ眼前の恐怖にのみ心奪われる。

(バブルケイジ! 盟主さまですら恐れる能力をたかが部下の俺っちに差し向けるとは……っ!!)

 手は、動く。死地に追い込んだとはいえ『飛び越えて、向かわせる』以外のコトはできぬウォールサージであるから、その先に
ある物騒を撃墜する自由は残されているとみえる。

(だからハルバードの、エネルギー出力部分だけで総てのバブルケイジを掃海すれば、身長吹き飛ばしは避けられる。『精神
具現たる武装錬金との接触』も、破壊に動員されるものが放出エネルギーのみであるなら回避できる……!)

 だがそれも罠だと気付く。

(バブルケイジA・T! 俺っちが今ある風船爆弾を全部撃墜しにかかった場合、円山っちは絶対特性を切り替えてくる!!
『攻撃を受けるたび増殖して充満する』、別時系列の能力を発動する!!)

 そんなコトのどこが恐ろしいのか?

(だってA・Tがきたら青っちとの連携が阻害される! 俺っちの虹封じに釣られ出てくる『戦士さん方の切り札』を、青っちが
狙撃して殺すという連携が……妨害される!)

 追撃戦の概要はすでにイオイソゴから聞いているが、恐らくそれも”コミ”での二者択一だろう。軍用犬に乗って逃げていた
犬飼と円山の、耆著による狙撃密殺への対策もまたバブルケイジだったのだ。

(ただの天丼じゃないってのが泣き所……! バリケードとのコンボで俺っちを消滅させるための舞台装置が、破壊されるや
今度は連携阻止の壁へと様変わりするっつー難儀な応用かましてんすから……!)

 対象に当たるや自動で”もろとも”溶解するイソゴの耆著と違い”青っち”のサブマシンガンは貫通力を有しているが……話
は結局変わらない。『撃つべき地点』が風船爆弾に遮られ見えぬのなら、いかな銃器であれ、狙撃は、できない。

(さくらもっちか誰かの、虹封じ破りのキーマンが出てきたとしても……それがどこに出現したか青っちから見えなければ……
『射出速度最高峰のあの技』を以ってしても……殺(と)れない…………!!)

 ブレイクを殺(と)れればベスト、殺(と)れずとも、必然的生ずる虹封じ破りへの海王星最善手を潰せればこれまたベスト。
飄々としながらも酷薄の感があるブレイクですら、素直に「お美事」とうならざるを得ない見事きわまる采配だ。

(身長吹き飛ばしによる俺っちの即死! 青っちへの狙撃妨害! 両方を解決するには……コレしかない!!)

 首だけを背後にねじ向けるブレイク。握り締めるハルバードをツタのように取り巻いていくのは淡き、輝き。

 少し前。白い法廷。

「『風船爆弾への突撃自重を禁ずる』!? そんなややっこしいの掛けてくるんですか天王星!?」
 裁判長こと棠陰王源(トウインオウ・ゲン)は素っ頓狂な声を上げていた。余談だが棠陰とは裁判所のコトである。むかし
中国で召伯なる者が棠……とあるナシ科の植物の陰で裁判を行ったという故事に基づく。
 閑話休題。ブレイクがいかなる禁止能力を用いるかはいま棠陰王が述べたとおりだが……。

 それは果たして”誰に”なのか。

「奴の背後で塵還剣を振りかざしている者だ。向こうにしてみればこっちも相当厄介だからな」
「……? あ、なるほど。バブルケイジを突破できたとしても、気を取られたら、後ろからバッサリですものね」
「はい…………。いまも世んなか荒れ放題、なので…………」
 鐶はボーっとしたまま生真面目に頷いた。そろそろ彼女への理解が熟(な)れてきている斗貴子は「さらっと何かこう、シュ
ミ? のようなモノを通そうとするな、非常時だぞ、真剣にやれ」と瞳をゲンナリ尖らせたが、
「……はい……ワガママで誤魔化さないで……す。ワガママは勝手でしょ、とか……言わない、です」
 向こうは反応されたのが嬉しいらしくエヘラとややドヤ風味でフンフンと鼻ずさむ。(くそう注意しても調子のりやがる)、ヌケ
た安物の脱力を喰らいまくった感ある斗貴子だが、懸命に己を鼓舞し……凛然と指を立てる。
「とにかく奴らが捨てる駒は敵の駒。ウォールサージとバブルケイジのコンボで追い込まれたブレイクは必ず禁止能力を背
後に掛ける。掛けて剣の者を自分より速くバブルケイジの群れの中へと突っ込ませれば

・後ろからの脅威を排除しつつ
・風船爆弾の解除をも迫れる

からな。捨てる駒は戦士(てき)の駒。大戦士長あやつって以来のうすぎたない方策だ。しかもやれば路線を虹封じ破りに
戻せるというオマケつき、しない手はない」
 僕なんか全然予想できなかったコトです、棠陰王は舌を巻いた。
「でも確かに言うとおりねェ」
 円山はうっとりと笑った。
「なんの気構えもない状態で、仲間を、大量に浮かぶバブルケイジの只中へ叩き込まれたら、『A・Tに切り替えさえすれば
味方を殺すコトなく狙撃妨害の方へ移行できる』って最善手も忘れて、ただただ反射的に解除してたわよ私」
「……人を鳥カゴで飼おうとしてた奇兵に言われてもその、調子が狂うんだが」
「やろうとして」 円山はギィーっと腹部の前で十字を切った。「アナタにあんなコトされたらそりゃ反省のヒトツぐらいねェ?」
「ブレイクさんなら…そういう…………この夏における円山さんの……【心境(わく)】の変化まで織り込んで…………突撃
させる……でしょうね……。特性切り換えで……身長吹き飛ばしと狙撃妨害の二者択一を……迫れる……バブルケイジを
……撤兵させるには…………塵還剣の使用者を…………禁止能力、で、押し寄せる悪意かつ加速する危機な風船爆弾
に突撃させて……仲間を犠牲にしてでも勝ちたいのかと……揺さぶるのが…………最善だって……気付くはず、です」

 もちろんこの案には先ほど円山が言ったような『A・Tへと咄嗟に切り替えるだけで、味方を殺すコトなく狙撃妨害に移れる』
という穴はある。
 が、戦場における突発事態を前に最善手を取れる者は稀である。
 前触れもなく『アナタの能力で死にますよ、味方が』、と”圧”を掛けられた場合、細かな切り換えはまずできない。もっとも
迅速な救命活動に該当する『全解除』を反射的に選択してしまうものだ。ゆえにブレイクの策とはつまり、『突っ込めば誰で
あろうと必ず死ぬバブルケイジの強力さ』を逆手にとったもの、鉄火場で味方を投げ込まれてしまったとき生じる咄嗟の動
揺もろもろやら一瞬の判断力低下やらに付けこんだ脅迫のような特殊詐欺のような手口といえよう。

「ともかく心構えができた以上、剣の者は禁止能力にかかったとしてもA・T切り換えで助かるが」

 斗貴子は叩いた。拳で、掌を。

「だからこそ虹封じ破りは……そこでやる!!」
(なるほどねェ。さっき言った路線うんぬんはそういう意味って訳ね。それに……)
 円山は、舌を巻いた。
(虹封じ破りとは禁止能力発動へのカウンター。そのカウンターが万一しくじったら当然ブレイクからの催眠的な指図を完全
に受け入れてしまうって訳だけど……)
「風船爆弾への突撃自重を禁ずる』が奏功した場合の最善手『バブルケイジA・Tへの切り換え』を既に準備できている以上、
虹封じ破りは、失敗すなわち即時死亡ではないから……『そこでやる』」
 ほー。麗人はただ感服したように口を開けた。
「おっそろしく合理的ながら部下には非常に優しい案ねェ。案外アナタ戦士長とか向いてるんじゃない?」
「茶化すな。ただ必死に考えているだけだ。何しろ実力で遥か上回る連中を相手にいきなり指揮権を委ねられたんだからな」
 犠牲を避けるのはヒューマズニムゆえじゃない、仲間を巻き添えにするような策を練れば不信を買い瓦解するからだ……
自分に言い聞かせるよう呟く斗貴子に(一団の保持すらコミで策動できるってソレ将器)と円山はますます評価を高くしたが
言うと不興を買いそうなので──自分が彼女に軽躁だと思われているのは分かっているので──黙る。
 が、斗貴子、間違いなく仁の類の将であろう。古今こういった者の麾下はとみに士気たかく実態以上の勇猛さを発揮する
ため後世主従ともども大いに愛される傾向にある。反面その智が良識的であるぶん西国における義経秀吉のごとき理外
非道の快勝とはとんと無縁であり、慢性的に膠着しやすく、武力の喧伝単位としてはやや心もとない。
 清爽ゆえ正道を履(ふ)み、内外の犠牲を最小限たらんと務める。
 正しくはあるが戦争において犠牲を恐れ、”つっこむ”べきところへの大張りを渋った場合かえって増えるのだ、犠牲は。
 斗貴子は、輪を生かそうとしている。
 仁将だが、兵という、末端の概念への保存に手数を裂きがちな指揮官が初撃で決着をもぎとるコトはまず有りえない。
 膠着のすえ辛勝するかさもなくば全滅かの、いずれにせよ両極端な悲劇的側面に彩られるコト甚だしく、で、あるがため、
指揮官は人格を評されつつも策謀においては無能だったと鑑定されるコト甚だしい。
 が、忠であろう。
 所属組織への仁に悖る内通や降伏だけはどれほど戦況が酸鼻極まろうが決して選ばぬため、その性格は概ね忠といっ
ていい。
 鐶は、直感的だ。
(しくじれば必ず誰か死ぬって局面で仕掛けない斗貴子さん…………優しい……です)
「もちろん風船爆弾を撤兵させたブレイクが、跡地に浮かぶ剣の者を例のハルバード最大出力の光槍で殺害しにかかる
可能性は非常に高いが……その時はその時だ。剣の者だって突撃を了した以上禁止能力は解けている。反撃は、可能! 
どうせ向こうは格上……剣の者が身長吹き飛ばしで死ぬという最悪さえ避けられれば良しとする!」

 時系列はスクラッチされ

「風船爆弾への突撃自重を禁ずる」
「は、掛(や)らせない、なの!」

 背後めがけ禁止能力発動途中のブレイクと、剣の者の中間点に!!

「スノーアディザスターいっけえ、なの!!」

 果たして虹はきた! 禁止能力の輝きを中和するサップドーラーの天候操作が現れた!!

((こ こ だ !!))

 重なる想い! 斗貴子とブレイク、勝負の時!!

(この虹封じは天王星の調整体としての能力! いかなる生物のいかなる機能かこの瞬間に見極め泥木を当てる!!)
(戦士側に硬貨以上のカウンター能力があるならこっからの攻防戦に必ず出てくる!! 虹封じのカラクリを敢えて匂わせた
のはそのため!! 最高位のカウンターさえ見切るコト相叶えば俺っちと青っちの特性同士のコラボ……安心してかけら
れますから!))

 ぴくり。写楽旋輪の全身が意図とは無縁の硬直に見舞われる。

(いよいよ強制的な『二度目の撮影』! そのタイミングは──…)

 ブレイクが12号棟付近の辻で虹封じ破りを使い。

 且つ。

 リバースがブレイクから10m前後の地点、07号棟北東の隅ギリギリの地点に達した時だ。
 予知の写真にそう出ている。

(霧杳ちゃんでさえ軽くいなしたブレイクの傍に……私は行く……! 撃ち殺されるかもだけど、それでも、撮る!!)

 決意する輪は意外な光景を目の当たりにする! 01号棟!! リバースが居る筈の建屋上部が不意の轟音と共に崩落
し始めた!

(なっ!)

 異変はそれだけではない。不可解な強風が一瞬吹いたと見えた瞬間、どう見ても古い家屋の倒壊時特有のものではない
雲顔負けに純白な煙がわあっと現場周辺に溢れに溢れた。リバース。美紅舞。シズQ。屋根の上にいた戦う者たちの姿も
また白煙に包まれ見えなくなる。

(む、向こうで一体なにが…………!?)

(やられた…………!!)

 全身から溢れる金色の奔流をして濛々たる煙の中を飛ぶみくぶーは爪を噛む。

(屋根を落としたのはリバース! 睨み合う膠着の中いきなり片足を叩きつけた! ライオンの調整体の高出力が第二次
大戦中から碌に手入れもされず放置されていた小さめの廃屋に炸裂したのよ、屋根なんて抜けて当たり前…………!)

 同時に溢れた謎の煙の正体をみくぶーが見極められたのは、咄嗟にシズQを庇おうと動きかけたからだ。

(『自動人形』! 発煙筒を手にした自動人形が、そこに居た!)

 その時のみくぶーが咄嗟に空を見たのは、かねてよりそこにいた物が降りてきたのかとそう推測したからだが……

(例の自動人形はいまだ上空にて監視中! つまり発煙筒を持ってきたのは……『二体目』! 二体目の自動人形!!)

 同時に知る! 火力に秀でた自分ではなくシズQの足元を起点に煙を巻き上げた、その、真意を!

(煙幕発動直前吹いた妙な強風は……)

 サブマシンガンの通風孔から放たれた物! 銃弾圧搾のため空気を取り入れるそこが、逆流によって一種のブースター
となるのは、森における鐶たち3人との攻防や、みくぶーとの交戦からも明らかであるが、しかしリバースがこのとき行ったの
は飛翔ではない。純然たる、ツムジ風の、放射だ。

(カマイタチで斬り付けるのが目当てならまだ良かった! でも違う! 殺傷力はゼロだった! 殺傷力がゼロだったからこそ
……『シズQにとっては致命的』!」

 屋根の突然の崩落によって不安定な姿勢にあった彼は風によって、わずかだが、全身を独楽のように回された!! 
そして同時に煙幕! いずれも常人にとっては取るに足らない変化ではあるが!!

(ヤバイ……!!) 凄まじい寒気を覚えながら未だ霽(は)れぬ白煙の中、必死にシズQを捜すみくぶー。

(あれらの挙措はつまり……

『リバースがシズQの特性を完全に理解したという証拠』!!!」

 煙の中、ひとつの執筆を消音にてやりとげたリバースは屋外へと向かいつつ、思う。

(恐らく……『クリケット』ね)
 ダーツの一種である。命中したナンバーに応じたポイントが持ち点に加減されるカウントアップや01ゲームとは異なりこち
らはやや陣取り合戦の妙を帯びている。例えば15から20、それから中央点たるブルを用いたシンプルなクリケットの場合、
それらから点数を取るには「クローズ」という行為が必要になる。クローズした部分にもう一度当てないと取れないのだ、点が。
 ダーツに馴染みのない方は、野球で、ピッチャーが、バッター相手に勝ち星を上げるにはどうすればいいか考えればいい。
 ストライクを3回取れば凡退で、撃墜したといえる……のは言うまでもない常識だ。

 クリケットにおけるクローズとはつまりストライクバッターアウト、3回ストライクを取った状態である。
 ダーツにおけるストライクを『マーク』という。マークした部分に更にもう1回当てて初めて点が取れる仕組み上、厳密には
野球のストライク”そのもの”ではなくむしろデッドボールにこそ違いが、そこは敢えて無視する。
 マークはストライクと違い、1投で2回分3回分とれる場合もある。ダーツの的に赤や黒の妙なエリアがあるのは何となく
お分かりだろうが、そういった部分は大きさに応じて

 ダブル
 トリプル

と区分されているのだ。
 で、読んで字の如く、ダブルにヒットすれば2回分、トリプルにヒットすれば3回分のマーク(=ストライク)が得られる。無地
部分ならもちろんシングル……1回分だ。
 だから「”15”の数字エリアの”トリプル”にヒットしたら、『15をクローズした』という言い方になり、以降は一部の例外を除き、
15にヒットするたび点が得られる。
 では、得られなくなる例外とは? 

(自分の次に”敵”までクローズしてきた場所ね。以降は最初クローズしたプレイヤーであってもその数字ではポイントを得
られない。たとえトリプルに当てたとしても……入らない。……ま、その場合、”敵”もそこで稼げないのは同じだけど)

 シズQの能力はそれだとリバースは見抜いた。

(何度あの人に銃弾をかましても間欠泉とか隕石に阻まれ当たらなかったのは、その方角が『クローズ』されていたから!!
そう、方角。ダーツというと透明な丸いバリアみたいなのが術者の前にあるよう思われるけど、ブロンズカリキュラム……だっけ、
あの吹き矢が展開したクリケットの障壁は……シズQの周囲360度に展開しているはず! フラフープでもつけているな
格好というか、ダーツの的の書き割りが倒れてきてちょうどブルのところを頭を突き破っているような格好というか、とにかく
シズQを中心に円形の領域が展開していると、みていいわね!!)

 交戦開始直後、かれがただ屋根を踏み抜くだけで板が浮き上がり吹断の数々を防いだのも、その方角がクローズされていた
からだ。敵が点(ダメージ)を取れぬよう、クローズしていたからだ。

(気になるのは……彼の義弟ウィル君の識(し)る『人を操る』からどうしてココまで……『運命を操る』領域にまで変貌を遂げて
いるか、ね。ヴィクター化を経たサンライトハートですら『エネルギー放出による突貫力補助』っていう根本設計思想それ自体は
遵守していたのを考えると……特性が大きく様変わりしちゃってるシズQが心身に得た『変化』って相当よ、黒い核鉄を埋め
込む以上の成果を得てるんだから相当よ)

 かなりの代償こそ予想されるが──…
 悲しいかな、それを得てなお無敵の能力ではないとリバースは思う。

(だってクリケットの『クローズ』の対象は20ある数字エリアのうちたった6つよ、6つ。そりゃ中央点ブルも対象だけど、でも
さ、シズQから見て領域が水平展開してるなら、対応できるのって頭上または足元よ、そっからの攻撃だけよ?)

 要するに、水平軸に限っては『シズQは自分を中心とする20の方角のうち、6つしか完全防御できない』! 吹き矢の刺突点さえ変更すれ
ば特性範囲は切り替えられるが、サブマシンガン相手では……ヒマがない。

(デッドちゃんの全周全方位の媒介狙撃に成す術なかったのもその辺りの理由ね。クローズできていない残り14の方角か
らも攻撃がくるとなると、あの能力は……無力!)

 ゆえに彼はリバース戦に際し常に、銃撃が『クローズ』された方角から来るように、そしてリバースにクローズされた場合
は新たなクローズの方角で受けられるよう微妙に微妙に立ち位置を変えていた訳だが……

(そこまではみくまいちゃんのせいで見れなかった。というかあのコ、見れないよう私に殴りかかっていたし)

 クローズではない方角からの攻撃が偶発的に成功した場合は

(例の貨幣の防御能力が……ガード。このせいで『どっから攻撃しても完全に防げる謎能力』に一見なってた)

 ただそれらの必死の庇い立てが災いした。「あれだけの防御能力を持っているシズQを庇う? ならタネが割れたら恐ろしく
呆気ない能力ね彼」。そして憤怒と理性を奇怪なまでの配合率で有する海王星は、あまり深く考えず直感で決めた。

(ダーツっぽいもの使ってる人が、妙にダメージを負わない能力をふるってくるならクリケットでしょ? もし違ったとしてもそれ
はそれでいいのよ。足場崩して煙幕張った以上……『抜けれる』! 推測が間違っていても、虹封じ破り防止を成し遂げる
までの僅かな時間相手のマーク振り切れるって点は変わらないわよねー)

 この辺りの合理性の正体は、気絶中の霧杳へのトドメに移行していた辺りのブレイクを見れば分かるだろう。

 だから、落下するシズQに強いツムジ風を浴びせた。宙に浮く彼が、強風に煽られ独楽のごとく回転して、そのうえ煙幕で
視界を覆われたら……『方角を、見失う』。どちらに己が身を向けるのが安全か分からなくなる。

(北東とか西南西とかの区分でクローズを塗り分けているならさっきの攻撃でどっちがどっちか分からなくなって混乱する!
もし十時とか十二時とかの、自分の向きをそのものを基準とした絶対番地的なクローズだったとしても)

 煙幕があれば、リバースがどこから撃ってくるか分からなくなりこれまた身の向けどころが分からない。余談だが煙幕に
対しウォーエンドノーマネーの硬貨が絡みつかないのは、武装錬金ではないからだ。人の精神具現にあらざる通常武器は
減殺不可……それを検証するためでもあったのだ、廃屋群での戦いが始まった当時、ポテトマッシャーを広域散布したのは。

(ふふ。ちょおっと裏技的な崩し方だけど、でも戦士たちだって絶賛孤立中の私を複数でボコろうとしてるもん、卑怯はお互い
さまってコトでひとつよろしくー)

 01号棟の屋根から姿を消す海王星。

 リバースの目的はもちろん……虹封じ破りの現場に現れるであろう”さくらもっちちゃん”こと写楽旋輪の狙撃ならびに殺
害。そのために囲いを抜けたのだ。

(……そして標的の影はいま、捉えた)

 暮れなずむ茜色の空に浮かぶ自動人形はただ黙然と見た。14号棟正面をまっすぐに西進し始めている2つの影を。
 制空権の主を警戒してか宇(のき)の下を通っているそれらであったが遮蔽物といえばただそれだけ、浮遊の座標をわず
かに変えるだけで全体像は──遠景かつ宇の影の下にある以上、不鮮明さは当然あるが──おおむね分かった。

(1つは上空からでも分かるほど鮮やかな桜餅色の髪の持ち主。服装からして……間違いなく『さくらもっち』ちゃん。そして
随伴しているのは……)

 黝(あおぐろ)い髪でセーラー服、且つ、鎌が待機状態で鈴なる金具で以って大腿部を覆っているとなると──…

 もはや誰か考えるまでもない。

(斗貴子さん。光ちゃんをも倒したコトのある斗貴子さんが護衛に回ってるとか……よほどの戦略拠点ね、さくらもっちちゃん)


 みくぶーが、01号棟内部に充満する煙幕を、発見し対面したシズQごと、風圧だけで破壊力はない全身からの衝撃波に
よって屋外へと吹き飛ばすまで1秒もなかっただろう。

(これでブロンズカリキュラムの『クローズ』は復活……! あ、外いった瞬間に狙撃されて死なないための注意ってのは、
自分でしなさいよ! あ、あんただったらやろうと思えばちゃんとできるっていうか、ち、違うからね! そこまで面倒見る余
裕ないってだけなんだからっ!!)

 晴れつつある煙幕を見ながら、考える。

(視界不良に乗じて施した何らかの細工で『シズQを殺しに行ったんじゃないないのか』とか『それとも誕(イツワ)の始末?』と
か惑わせて、狙撃途中の自分のもとへの急行をわずかでも遅らせるつもりだったんでしょうが……バッカじゃないの、掛か
らない!!)

 なぜならみくぶーは予知の写真を知っている。

『リバースがブレイクから10m前後の地点、07号棟北東の隅ギリギリの地点に達した時』

(つまりはココ01号棟からは南西の四つ辻に達した時)

 例の虹封じが起こるのを知っている以上、リバースの行き先について迷う必要は一切ない。

(……怖いものがあるとすれば……『リバースの、特性』)

    【01】 【02】 【03】 【04】 【05】
          ☆
    【06】 【07】 【08】 【09】 【10】
         
    【11】 【12】 【13】 【14】 【15】
          ◎
    【16】 【17】 【18】 【19】 【20】
          ◆          ▲
    【21】 【22】 【23】 【24】 【25】

(輪が『撮影後最初にサブマシンガン特性が使われる』と予知した▲部分へと、リバースがさっきの煙幕に乗じて向かうのは
可能性の1つとしてなくはない。学窮(わたし)があっち行くなとばかり牽制していたからこそ、何があるかと向かっていくのは
心理的に正しい)

 ただそうなると、もう始まりつつある虹封じ破りの、予知の写真にあるリバースの座標が矛盾する。

(01号棟から▲行って☆に戻るルートは”時間的にありえない”。▲に到達したうえで◎部分の虹封じに加担するなら◆にい
るのが妥当。それをせず、☆に居るというなら、01号棟→☆の直通なのは確かね!)

 こういった写真からの鑑別ができるのは、事前にさまざまなマーキングを25棟総てに施していたからであろう。

 ただ……とみくぶーは警戒を強める。

(虹封じの予知の写真には……学窮(わたし)、写っていないのよね。煙幕はなかったのに。リバースが構える頃にはもう
……晴れていたのに。リバースの抑えにと配属された学窮(わたし)が、予知によって彼女が最終的にどこへ来るのか分
かっていた筈の学窮(わたし)が……動ける限りは絶対に彼女を抑えにいくと決めた学窮(わたし)が……

ど う し て 銃 を 構 え て い る リ バ ー ス の 傍 に 、 い な い の …… ?)

 ずっと気付いていた不吉に改めて汗が流れる。

 単に建物の影に居るだけで、そこでは次の瞬間にはもうリバースの狙撃を妨害できる体勢にあるのではと楽観したい気
持ちが鎌首をもたげて仕方ないが……ぶんぶんと頭を振り、覚悟を決める

(たぶんココから……『まだある』! 学窮(わたし)を振り切るか殺すかして予知の写真に『写れなくした』何事かが……
必ず、来る!!)

 そこに動揺さえしなければ

(たとえ私個人が最悪の結末を迎えてしまったとしても……他のみんなの助けになる行動だけは……最期に取れる!)

 刹那にも満たぬ意思決定の終了を待っていたかのごとく、屋内の煙幕が完全に吹き飛ばされた。わずかに固まるみくぶー
の表情。金色の波濤に覆われた面頬の中で、双眸だけがガラス玉のように透き通った。

『通貨のコ、これから死ぬわよ?』

 壁一面に荒々しく広がる弾痕の文字に思考が麻痺したごくごく刹那!!

 背後右斜め2m。未練がましく残っていた屋根の板を何かを凄まじい音たて割り砕いた! 囮を警戒しつつ一瞬だけそ
ちらに這わせた視線が捕らえたのは……腕! 根元からちぎられている、腕!!

 完全に”持っていかれ”ても不思議ではない怪奇ごとの続発を受けてなおみくぶーが神韻縹渺ですらある冷静さを保てて
いたのは予知を含む様々の、かねてからの予想ゆえ。

(あの腕は恐らく……『置き』!! 輪の予知の天敵の!)
 もちろん向こうが対予知のカウンターとして用意したものではなく、リバースなりブレイクなりが『いつもの攻め手』として
配置した布石の1つだろう。そういったものが時々偶発的な事故の様相で予知をかいくぐるとは前出の通り。
 いつ置いたかは考えるまでもない。自動人形がポテトマッシャーを撒いたとき、”まぎれて”だろう。あの爆撃は腕の仕込み
から目を引くための囮でもあったと見てまず間違いない。
(で、海王星が配したものであれば『輪が予知の撮影をするまえ実はすでに一度発動していた特性』を帯びた”何か”である
可能性が……非常に高い!! つまり! 19号棟にさえリバースをやらなければまず発動しないと思われていた謎めく
特性と、いま、この場で! 交戦状態に陥りつつあるって訳ね!!)
 結論からいえばこの推測は当たっていた。もし戦団や輪が予知を妄信し、その弱点の洗い出しを怠っていたのなら、財前
美紅舞はただ死ぬ以上の甚大な被害を戦団にもたらしていただろう。並みの組織人であれば愚かなほど呆気なくかかって
いたであろうこの罠を、予知にも勝る予期を以って邀撃(ようげき)しえたのは人命保全に基づく弱点検出ならびに対応の周
知を組織だって行える”現在の”──百年前の体質とはまるで違う──現在の錬金戦団の体質に拠るところも非常に大き
いが、

(戦士に仲間の肉体の一部を見せて動揺させその隙に何らかの大技をブツけるのは、木星の幹部が犬飼先輩たちにもやっ
た手段……ではあるけど! でもいま落ちてきてる腕に関しちゃ誕(イツワ)のじゃ、ないわね!!)

 実力で新人王を獲得した財前美紅舞個人の洞察力もまた同じぐらい大きい。

(……壁村さんが言ってたわね。『欠如ゆえ生まれた能力は、欠如ゆえ破られる』。何やら会話を嫌いつつも会話に憧れて
て仕方ないってその矛盾こそが、綻びなのよリバース!)

 矛盾を持つ者は結局”まやかし”に頼るほかない……戦歴浅い新人王でもそれ位、わかる。

(壁には誕(イツワ)始末したようなコト書いてあるけど、まだ数秒でしょ煙幕が立ち込めてから! なのに学窮(わたし)で
さえいまどこにいるか分かんない誕を探し出して? 殺して? 腕切断してからまーたここまで戻ってくる? バッカじゃない! 
絶対ムリ! しかも『自衛モード』に移行した誕は戦士長クラスが特性を使っても瞬殺できない! もちろん移行前に狙撃
で暗殺されれば話は別だけど……さっきの屋根の崩落を見て『自分の方へ……?』程度の警戒はできる誕が油断丸出し
で暗殺……? 絶対ない!!)

 だから弾痕の文字で動揺させ『置き』を当てにきたと考えるが、同時にかすかな疑問がよぎる。

(『銃口を経由するものではない、置き』……? 鐶光の姉への人物評が外れた? それにアレ……『誰の腕』……? 
リバースのじゃないわ。切り離してなお動かせるってなら銃ぐらい持たせるだろうし、何より太さからすると男性……。長さ
からすると……身長2m近く……?)

 2mというフレーズに何かが繋がりかけたが、状況はリソース総て対策につぎ込むべき状態にある。

(ロケした場所に限っては生命体登場という『変化』をもリアルタイムで白い法廷に上映可能な亀田さんの記録映画の武装
錬金シャイニングインザストームがあの腕を報告してきてないのも気にはなるけど)

 まずはとみくぶー、袂で大至急、口を覆う。

(あの腕! 一体なんだか分かんない以上、接触どころか近くで呼吸すんのも危険!! というか同室じたい自爆などを
考えたら好ましくない! ああもう! 壁を砕いて脱出するのはいのせんちゃんのワイヤーへの刺激とか、逃走経路を読ん
でたリバースの更なる罠とかのリスクもあるけど……!!)

 屋内で落下物に対し最低限の回避を示すのは硬直とほぼ同義、屋外からの壁貫通フルオート射撃がきたらいい的だ。
リバースの未来位置への急行だってある。結局は屋外へ行くほかないと決断したみくぶー、諸々の警戒に対する対策対処
を迅速に敢行しつつ──…

 背を向けて逃げる彼女の脇の下から一閃した光線が、謎めく腕を焼き尽くした。
 手馴れた無表情で美紅舞は、思う。

(捨て置いたら後で奇襲される。他の戦士(ひと)も襲われる)

 バックショット。左腋の直下へと、胸抱くように回した右掌が攻撃したのはむろん相手が自立の意思ある場合に備えた
奇襲(フェイント)である。『逃げると見せかけ敵を討つ』。

 結果収束放射された高エネルギーによって分子レベルで焼き尽くされ落ちていく対象を横目で見ながら部屋を去り行く。

(ま、怖いのはアレ自体が『置き』じゃなく、幻覚ってケースね。話に聞くアリスインワンダーランドのような『散布系のなにか』が
味方を謎めいたあの腕に見せかけていた場合いまの始末、実はけっこうヤバいコトよ?)

『通貨のコ、これから死ぬわよ?』という壁の文字は予告ではないか、幻覚作用で鳥目誕(イツワ)を腕と誤認し射殺してしまう
──つまり、みくぶーのせいで『これから死ぬわよ』状態にある──のではないかという葛藤じたいは光線射出直前かすか
に脳裏を占めもしたが、

(そのときはあのコ『自衛モード』で防げるし、何より味方殺しっておいしーコトさせられるなら、わざわざ壁で予告する必要、
ないじゃない! あれは要するに二重のブラフ! 『怪しげな腕など抹消すべき』って最善手を幻覚ハメあったらどうしようっ
て葛藤で咄嗟に打てなくするためのいわば抑え!)

 近くにいるシズQが幻覚の祭壇にささげられた場合でも心配はない。腕は煙幕の外にあった。つまりシズQだったとしても
彼はクリケットの視認によって光線を無効化できる。

(でもどうやら本当にただの……腕、だったようね)

 01号棟を西方面に貫通し、脱出! 

 一方、腕がしたコトは……少し前の、焼き尽くされるその瞬間、ごくごく微かに音を立てた程度。

 ジュっという音を、響かせた。

 ジュっという音を、響かせたのだ。

 それは本当にごくごく僅かな音だった。焼き尽くされる腕が上げた断末魔は、タバコを灰皿の水で消火した程度の極めて
密やかなものだった。或いは雑踏で聞く衣擦れの音より静かだったかも知れない。
”それ”は音である以上、空気を介し到達した。みくぶーの鼓膜に到達した。
 もたらされた振幅は、たとえ戦時国債の特性で聴覚を最大級に高めたとしても聞き逃してしまうほど、極小なもので、しか
もわずか数回で終了した。

 直接的な攻撃力は、ない。
 直接的な、攻撃力は。

 ……。

 財前美紅舞の名誉のために断っておくが、彼女の、『腕』に対する対応は最適解だった。迂闊に弾いたり、受け止めたり
していれば、この先かつてない大苦戦を強いられる斗貴子たちは、より最悪な地獄を味わっていただろう。
 だが強毒とはほんの僅か摂取するだけでも重篤なる事態を引き起こすものだ。リバースの、01号棟内における極めて局
地的で短期的な勝利は、彼女が屋根を崩落させた時点で既に決まっていた。いいかえれば、屋内という、緊急脱出が困難
な悪魔の檻に落とされた時点で、財前美紅舞の「置き」に対する……『不幸中の幸いを辛うじて獲得できたに過ぎぬ』敗北は
……確定、していた。

 灰ですら比すれば恒星に見えるほどミクロな素粒子の1つが瘤を1つ、盛り上げた。
 2つ、3つ、4つ……。内部からボコボコと瘤が盛り上がるたび、素粒子は少しずつ大きくなっているようだった……。

 素粒子は、焼き尽くされた腕の残滓。

 そうとは知らぬ彼女、(腕。リバースの特性に繋がる以上、シズQ呼んで『クリケットのクローズ』で安全確保した上で遠巻
きに観察できたらベストだったけど……時間がない。まずは虹封じ破りのサポートに専念!!)と、路(みち)に、01号棟南
西……つまりは予知にあった『リバースが虹封じを破りにかかる07号棟北東の辻』に出るや手近な人影に向き直る。

「マジ? あんだけかましたのに腕もシズQも無視で…………迷いなく私のもとへ……!?」

 みくぶーの視界の中で。
 リバース=イングラムは、軽くだが目を丸めた。見られる方に言葉はない。ただ全力で……殴り飛ばす。

 果たして海王星は路の東へと吹き飛んだ。ジャイロ独楽のようにもんどり打っていたのも刹那、みるみると下がった高度
が海抜と等しくなるや水面を切る扁平な石のように回転しながら夕陽まぶしき廃屋地帯の最外郭へ流れていく。

 海王星の姿は、予知にあった虹封じ破り妨害の地点から除去、されたのだ。

 任務達成の安堵に一瞬満たされそうになったみくぶーだが(いや安心するのは早い!)と残心。

(咄嗟のコトだったから私は向こうを見ていない! 津村先輩たちの虹封じ破りの現場を見ていない!! 輪がブレイクに
二度目の撮影を行うその瞬間ジャストタイミングでリバースを殴り飛ばせていなかったのなら……意味がない!! まだ
二度目の撮影が終わっていないのならこっからリバースが巻き返してくる可能性だって……!!)

 現場まではもう一本道だ。10mと離れていない。

「…………ってんだ」

 いまだ西日の中でうずくまるリバースを鋭く注視しながら、ゆるやかに、ブレイク側へと視線を……移していく。

「なにやってんだ財前!!」

 光学迷彩めがけ注ぐ禁止能力の輝きを中和しつつある虹が更なる玄妙のゆがみに曲がりつつある事実を、つまりはいま
だ虹封じ破りが了しておらず従って『こっからリバースが巻き返してくる』可能性が十割だという状況を、何故か他人事のよ
うに見るみくぶー。耳鳴りがした。鼓膜が疼いた。目覚めさせたのは声だった。02号棟屋根にあるシズQの喉から湧き上
がる焦燥の声だった。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「なんでテメェ海王星の横でボーっと突っ立ってやがんだあああああああああああああああああ!!!」

「!!!?」

 正気に戻ったころにはもう遅い! 暴悪の電瞬で薙がれた銃床がみくびーの頬骨にめりこんだ! 右の視界に生じた変
転は事象としては他愛ない。落下途中パっとチューブをつままれた胃カメラなら容易に再現できる。レンズのヒビどころか
ノイズすらない。『ただちょっと、いままであった位置より若干下の方へズリ落ちて、垂れた』ぐらいの変化。外部からの急激
な圧迫によって重積孕む骨折きたした頬は、追い出したのだ、眼球を。内へ内へと折り重なる破片の極めて獰猛な将棋倒
しによって押し出された”それ”は露出する視神経と相まって老婆の乳房のようだった。
 活発さと含羞を併せ持つ愛らしい少女の酸鼻きわまるダメージを目撃できた者はいない。
 咄嗟の一撃の前ではさしもの堅牢なるオーラを完全にはめぐらせる時間がなかったとみえ、痛烈なる一撃に無事な左目
をぐろりと青白く剥いたみくぶはーそのまま殴り飛ばされ……ああ、なんという皮肉か。

 果たして美紅舞は路の東へと吹き飛んだ。ジャイロ独楽のようにもんどり打っていたのも刹那、みるみると下がった高度
が海抜と等しくなるや水面を切る扁平な石のように回転しながら夕陽まぶしき廃屋地帯の最外郭へ流れていく。

(ふふん。さっすがみくまいちゃん。殺すつもりで殴ったのに『その程度で』済むなんて)

 眼球の1つをブラさげている少女のおぞましい姿を笑顔で見守るリバース。

(あーあと「マジ? あんだけかましたのに腕もシズQも無視で…………迷いなく私のもとへ……!?」ってのは『現実』の
声よ、本当ビビったわ。…………どうしてああまで正確に『予測』できたのか興味は尽きないけど……。『誰か』の『何の
特性』なのか……殴る蹴るで聞き出したくもあるけど……)

 重要なのはひとつ。

 美紅舞の姿が予知にあった虹封じ破り妨害の地点から除去されたというその一点!

(ど、どうして……? こっちに殴り飛ばしたはずのリバースが……いない……? いなくて、殴り飛ばした方の学窮(わたし)
の……背後に…………? な、なにを……された……の……?)

 辛うじてもんどりうち着地する少女であるが余勢は、殺しきれぬ。

(マズい! 何がマズいってリバースが、せっかく背後を取れた学窮(わたし)を『銃殺』ではなく『ストックで殴っ』たのが……
非常にマズい!! 撃たなかったんじゃないわ、『撃てなかった』それがマズい! 空気を圧搾できるサブマシンガンがわざ
わざ撃てない状態を選び続けている以上、答えは1つ、それがマズい!!)

 路についた五指がオシログラフの速度で轍を刻む。中腰で西へ西へと遠ざかる。止めるべきリバースから遠ざかる。

(普段なら跳躍なり光弾なりで邪魔、できるのに……!!)

 流れ込む戦時国債の力を回復へと、右目の整復へと優先して当てるのは、保身ゆえではない。立体視ひとつ満足にできぬ
ボロボロの状態でかかれば瞬殺され……本当の意味での沈黙を強いられる。

(傷が傷……! 回復までは2〜3秒! 更にそこからリバースへ肉薄するまで1秒弱……! 数字だけなら余裕に思える
けど……)

 発煙筒をラチェットに持ち替えた自動人形はいっさい余裕を許さぬ構え。大マグロ専用の解体包丁顔負けに長い物騒な
刃を両手持ちしている以上もはや先ほど程度の煙幕(ちょっかい)で済ますつもりはないらしい。

(二体目の自動人形! 足止めのため追いついてきたって訳ね……!)

 1mもない場所に浮かぶ点目笑顔に対する焦燥は、どうにもならぬ制約ゆえ。

(殴り飛ばされる直前チラリと見たブレイク方面の様子からして虹封じ破り開始までもう時間がないってのに……!)

 斬りかかる自動人形は足止めの、意趣返し。何が何でもリバースの虹封じ破り妨害まで釘付けるという、意思。

(やがて始まる『二度目の撮影』……学窮(わたし)の状況がどうだろうと……)

(強 制 的 に 発 動 し 、 敵 の 視 界 へ 輪 を 運 ぶ …… !

「!!?」

 12号棟南東の四つ辻、ブレイク背後(みなみ)の光学迷彩より更に南に、桜餅色の髪した少女がショートボブのセーラー
服戦士ともども飛び出してきたのはまさにみくぶーが上記が如き焦慮に駆られたその瞬間。

(ようやく、逢えたわね)

 にんまりと薄く笑うリバースにビクリと全身ふるわす少女だったがその手はもう止まらない。

 ゴットフューチャー二度目の撮影は中断不可!!

 ゆえに少女は逃げられない! リバースが利き手の右にて銃を構えるのを目の当たりにしながらなお!
 何かに強制されているような動きを続け──…

(マズいさ! ウォーエンドノーマネー!!!)

 防御へと集い始める硬貨群であったが。

「……ふふっ」

 詩(うた)うような笑いと共に銃口から放たれた弾丸こそ遥かに速い。一瞬巨大な螺旋の颶風をぶわりと巻き上げたと見る
や次の瞬間にはもう乗用車軍団相手にかまわれたF1のロケットスタートかというぐらい無数の硬貨を抜き去っていた!

(な、なんなのさーこの速度!!?)
(…………っ!)

 バブルケイジATへの切り換えもまた成されずに終わる。

 リバースは風船爆弾が一瞬見せた逡巡の動きから……理解した。

(そう。咄嗟には切り替えられない。アナザータイプの存在は盟主さまやイソゴ老から聞かされているけど、いまそれに切り
替えたら最後、『身長吹き飛ばし+強制移動バリケード』のコンボ失効により気にせず着地できるようになったブレイク君の
更なる介入が来ちゃうもんね)

 迷うのは当然だよ。微笑む少女に影が差す。

(その一瞬の逡巡が命取り。最速の弾丸の前では命取り)

 風船爆弾逡巡の動きのまさにその一瞬であった。

 数こそ50ある風船爆弾の、しかし球体ゆえ生じる僅かな間隙を突っ切った弾丸が──…

 庇いに動いた処刑鎌の少女の努力も空しく。


 桜餅色の髪した少女の左胸を貫いたのは。


 遅れて響く乾いた銃声。こふりと吐血し崩れ始める少女。事態を理解したのだろう。ブレイク背後にある光学迷彩の少女
がただならぬ気配を見せた。「防げなかった。防げ……なかった…………!」 どこからか響く嗚咽は鳥目のものか。その
声で状況を察した戦士たちは瞬く間に悲壮の気配を広げていく。

 かちゃり。銃が肘曲げに捧げられた。

(速射狙撃モード。『濡鴉(ぬれがらす)』。瞬間最大約98.3kgの圧搾空気総てをただ一発のロケットスタートに転嫁する
ため速度は絶大)

 悠然と笑うリバース。みくまいさんの銃殺をガマンしてまでチャージし続けた甲斐もあるとばかり円満具足。

 彼女有する短機関銃(サブマシンガン)の武装錬金・マシーンは特徴の範疇においてモード切替が可能! ここまで戦士
たちを圧倒してきたのは火力連射力とも平均的な『無印』。濡鴉はそこから連射力を極限までそぎ落とす代わり、ただ1発
の弾速を極限まで高めるいわば速射特化モードである。無数の空気弾にかかる圧搾をわずか1発に集中するその速度は
絶大、殺気を察知し自動(オート)で回避する忍法暗剣殺持ちのハエ型ホムンクルスを、実に792m先から銃殺してのけた
コトさえある。

「代わりに一回につき一発きりでしかも空気のほとんどが速度に費やされている都合上、威力は低めだけど……特に鍛え
ていない人間の女のコぐらいなら、ね」

 倒れゆく少女。胸や背中の傷口から跳ねたのだろう、甘やかな桜色の短髪がドス黒く穢れていく。

「チクショウがあ〜! 財前も鳥目もしくじりやがってえええええ!」

 屋根に足を叩きつけるはシズQ。少女の落命を悼むタマではないから、平素えらぶっている癖に用立たない連中への
怒りだろう。写楽旋輪が死ねば海王星天王星攻略が遠ざかる。遠ざかればシズQの復讐の道、水星へのルートが断たれ
るのだ。

(ち、こうなりゃあフけてやんのも手かあ? さいわい海王星の注意はいま天王星に向いている! 月吠夜といのせん捜
し出して合流する余裕はあr)

 撤兵に移りかけたシズQだが奇妙なコトに気付く。

(なんでアレ以上撃たねえ? 写楽旋を始末したなら次はブレイクの背後だろ! 光学迷彩を使う鐶は義妹! なんで
放置する!? 後回し?)

 いや違うと気付かせたのはリバースの全身から立ち上る集中力ゆえだ。

(コイツまさか『何かを、待っている』……? だが……何を!?」
「いま気付いたけどさ、濡鴉が撃ったの」

 つまらなそうな、それでいてからかうような口調で海王星は呟いた。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「光ちゃんでしょ?」
(え……?)
 誰よりも面食らったのは意外にもブレイクであった。背後から光学迷彩の襲撃を受けつつあるブレイクであった。
(じゃ、じゃあコレ『誰』すか!!? 赤い三つ編みでキドニーダガー使ってるのに……光っちじゃない!?)
 その動揺を待っていたとばかり破断塵還剣を上空の敵めがけ斬り上げる謎の影!! 攻勢に転じた反動で迷彩が一部
解けたらしい。殺意とはいえ確かに瞳に毫光を宿す、鋭い印象を持つその少女は馴染みのないバンダナを巻き、12歳相
当にまで若返っているが……近距離で凝視すれば明らかに鐶ではない特徴が……その顔に、認められた。

 鼻の上に引かれた、一文字の、薄紅色の傷跡が。

(斗貴っち!!? え!? ずっと俺っちの背後に居たっていうなら『さくらもっち』傍の人……誰すか!? ななな何がな
んだか、どういうコトすか!!?)
(本当によく間に合ってくれた! 鐶の【光学迷彩(じゅんび)】!)
 合羽とウィッグが舞い跳んだ。
 光学迷彩機能有する羽毛の合羽も。
 細かな羽芽を編みこまれて作られた赤い三つ編みのウィッグも。
 いまとなっては……必要ない。

(ちなみに津村斗貴子に化けてたのは私)

 羽毛のウィッグ。斗貴子のセーラー服。彼女に発動してもらった2つめのバルキリースカート。といったモノをつけているの
は円山円。鐶の短剣で5歳若返っているとはいえこれまたよく見れば明らかに別人と分かる扮装がしかしまったく気付かれ
なかったのは、傍の輪へと視線が集中していたからか。

(……。どうする? 加勢するか……?)

 今から戦士が陥っていくであろう攻勢への参陣を考えたシズQであったが──…

(待て。確か『さっき』、海王星の幹部から妙な音と『色』が飛んでたな……? ひょっとすると、だ)

 ふとした着想のため行動を開始する彼はやがて見る。
 ここからの別行動が巡り巡って見事にっくき義弟に一泡吹かせる光景を──…
”とある場所”から存分に見て長年の溜飲を、下げるのだ。

 過去。白い法廷。

「写楽旋を敢えて殺す?」
「ええ。正確には偽装工作です。化けた鐶に被弾をさせます。死んだと思わせるコトができれば、殺せたと信じさせるコトが
できたのなら、以降、輪は敵の目から外せます」
 白い法廷で斗貴子、艦長にそう答えた。航海長と水雷長はめいめい呟く。
「確かにな。写楽旋は森での邂逅で天王星たちに『サポート役ではないか』と目をつけられているから」
「虹封じ破りが何とか上手くいったとしても、そのままいけばやがて乱戦の中で……か」
「どころかリバースが『置き』を仕掛けていた場合、虹封じ破りの現場で落命する恐れさえあります。予知の写真に映った範囲
でこそ認められませんが、置きの性格上、輪にそうするつもりでは無かったものが彼女を撮影後ほどなくして背後から……
といった事故は充分考えられます」
 すっかり指揮官になりつつあるわね……感心する円山に「おや?」と思わせる言葉が届く。
「なお、この作戦は財前や鳥目、それからシズQ一派といったリバース担当者には伝えません」
 偽者の方を命がけで守らせてこそ、本物だと思い込ませられる……基本だな。艦長は了承だが円山は、違う。
「敵を騙すには何とやら……ってのはわかるけど、じゃあどうして私には伝えるの? 騙さないの?」
「万が一虹封じ破り前に音羽が殺された場合の保険だ。鐶を囮にした場合、輪は『例の状態』で撮影を行う。
「例の状t……あ、アレね?」
「ああ。バブルケイジの間を抜けていくのが尋常なく危険な状態だ。それでも音羽の『イルカ』の庇護下にある限りは、輪本
人が妙な気を起こしさえしなきゃ安全な方角を選択できるが……」
「肝心の音羽が万一虹封じ破り前に葬られていたら……って訳ね」
「その場合はリバースが予知の場所に来ると同時にA・Tだ。逆に音羽が生存している場合は何があろうと通常のバブルケイジ
を保持。海王星を止め切れなかった場合、奴は間違いなく追尾または速攻の『技』を使ってくるだろうが、その場合キミが、咄嗟
の事態を前に、ブレイクへの圧を継続するか輪(鐶)を守るべきか逡巡して一手遅れたという雰囲気を風船で出してくれれば……
輪の死亡偽装はより真実に迫ったものとなる」
 とにかく、いいな。禁止能力にかかった私がバブルケイジの中へ突撃しない限り絶対A・Tには切り換えるな……念を押す
斗貴子に「ハイハイ」とあしらうよう対応しつつ、一応それなりの真剣さで問い返す円山。
「んーと。ソレって鐶の被弾を確実にする以上に……『こっちが予知できる』の隠す意味もあったりする?」
 ほう。鋭い斗貴子の黄金色の瞳が若干まろくなった。
「あのイオイソゴから逃げ切れただけはあるな」
「犬飼ちゃんの影響よ。あのコ頭使うようになったもん、うつされたわ」
 きょろっとした瞳を楽しげにきらめかせる円山に、「再殺の時は利用していたくせに」と今の友誼──忘れがちだが、一度は
照星が殺害され生首になったのだ、そうなった原因は追跡担当の犬飼の遅延にあると言えなくもないので、フォローのためか
円山、帰参以来ちょくちょく犬飼を持ち上げている。同道救われたが故の義理らしい──のおかしさを指摘する斗貴子だが
表情はやや柔らかい。
「そうだ。リバースが虹封じ破りの現場に来るのは既に分かっているからな。だからA・Tで奴の弾道を塞ぐコト、実は容易い」
「ケドあまりに反応が良さすぎるとソレはソレで向こうは疑っちゃうわよねェ。『まるでワカっているように反応できた、一体どう
して?』って」
「そういう細かな疑惑を重ねられるとマズい。連中ならすぐ予知されていると気付くからだ。戦力で大きく劣る私たちが持ちえる
数少ないアドバンテージまでもがツブされると本当に勝てなくなるから……連中の動きを読めている素振りは極力見せずに
行きたい。人命が危うくない、負けていい部分では二、三、わざと出し抜かれるぐらいがちょうどいい」
「だからA・Tへの切り換えはリバース起因ではしなくていい、と」
 これは円山が斗貴子に化けるという観点からも必須であった。斗貴子の格好でバブルケイジを頻繁に操作した場合、そこ
から一連の変装が見抜かれる恐れがある。だから、最小限に、だ。
「まあもっとも予知の写真のバブルケイジが通常版である以上、こんな釘など刺さなくてもいいような気もするが」
 言わなくてもA・Tにならなかったんじゃないか、これだから予知はややこしい。瞳も三角に吐き捨てるよう言う斗貴子に
「ふふ、むしろ今の念押しがあったからこそ確定したんじゃない?」
 更に混乱させてやるとばかり”彼らしく”おどける麗人の、傍で。
「あのー。というか……」
 輪は遠慮がちに手をあげた。
「本物の私の死体を鐶さんの年齢操作で復活させるっていうのは無理だったり、します……?」
「?」。小首を傾げる水雷長に「若返りのコトだ。キドニーダガーで死の一年前に戻せるならそりゃ実質蘇生能力だからな」と
航海長。
「また無茶を……。だいたい、だな」嘆息する斗貴子に続いて、鐶。
「残念ながら……無理です。私の年齢操作は……無機質や植物が相手でない場合……『意思』とか『記憶』は……よほどの
逆行がない限りもとのまま保持される……類……のもの、です」
「銀成の人混みにおけるコイツとの戦いで年齢を削られた私や戦士長たち6人が『肉体は数年前のものになっているにも
関わらず』、『どういう状況か把握できていた』理由だな。精神まで過去にタイムスリップする能力じゃないんだ。スリップして
いたら『ここはどこ、アイツは誰』だ」
「ので…………『死』という……意識の、絶対的な喪失状態で使った場合……肉体じたいは一年前二年前の元へとなりは
しますが…………意思は……依然消えたまま……ですので……蘇生能力には……なりえません……」
 以前から調整体等の共同体構成員を材料に固めていたこの仮説は、義姉リバースによって殺戮された戦士たちへの臨床
実験を経て不可であると確定した。
「…………瀕死の重傷のうち……昏睡状態に陥る前の段階なら……なんとか救(たす)けられましたが…………それだって
一時的なもの、です。ワダチなどのキャンセラー系能力で年齢操作が解除……されたり、もしくは創造者本人たる私が死んだ
場合……実効支配によって生存していた人たちまで芋蔓式……ですから」
「戦士長……、あ、キャプテンブラボーの方がキミ達には分かりやすいか。戦線復帰が絶望的な傷を治すのに最も効果があり
そうな年齢操作を、私や桜花が提案したにも関わらず突っぱねた理由もその辺にある。万全に回復できたと安心している
ところで突然重傷の身へ逆戻りすると体の使い方などで混乱するから、更に弱体化しかねないから……敢えて重傷のまま
居るんだ。最悪の状態だからこそ、せめて常に100%意のまま操れるようにと」
「フムフム」。一生けんめいな咀嚼のカオで頷いていた輪だが「ほへ?」と戯画的困惑の表情で首を反時計回りの方向へやや
捻る。
「じゃあ何で鐶さんは急所の章印貫かれても年齢の蓄積ある限り必ず蘇るんですか?」
「銀成で聞いた話じゃ偶発的な産物……らしいな。鳥の換羽とか人としての生存本能とか、時間を操るクロムクレドルトゥグ
レイヴの特性とかがそういったものが合わさった結果のものらしい、と」
 斗貴子の説明に「はい……。ただこれ……実は……私の推測……で……」と鐶。
「正確な……仕組みは…………私をこんな体に……しやがった……お姉ちゃんでも……ないと……分かりませんね」
 リーダーですら構造がよくわからず5倍速の老化を直すには到らなかったいわばブラックボックスなのが私の体……ですから
と虚ろな目の少女はこう結ぶ。

「例えばお姉ちゃんが……追加……予定だった……何らかの能力のプラットフォームが…………お姉ちゃんにさえ想定外な
効果を発揮してしまっているのが……瀕死時限定の……自動回復能力だったりする可能性だって……あります……」

 話は逸れたが、要するに『本物の輪をわざと殺し、年齢操作で蘇生』する裏技は、無い。ギリギリの重傷状態での救命だっ
て、現場では鐶の接触が必須、だが変に近づけばブレイクなりリバースなりが感づき妨害する可能性が高い。
「連中にキミが死んだと思わせるなら断然変身能力だ。鐶に化けさせるべきだ」
「でも私……討たれるコトぐらい覚悟、できてますけど……」
 ぽろっと本音を漏らし「あ! いや! 反論した訳ではなく!」と慌てる輪に斗貴子は「だからキミは……」と嘆息した。
「いいか。予知は貴重な能力だ。そして幹部はココでリバースとブレイクを斃せたとしてもまだまだ8人……。攻略のために
能力は1つでも多く必要だ。予知は特に有用だ。死ぬなと言っているのは、個人的な生ぬるい感傷ゆえじゃない。仮初とは
いえ授かってしまった指揮権に賭け、組織人として、生きろと、そう命じているんだからな、私は」
(感傷だ)
(感傷なの)
(絶対感傷の方で言ってるよな)
(斗貴子さんは……優しい、ですから、ね……)
 副部長めいた凛々しい顔つきでこんこんと指鉄砲を交えつつ輪を説教する斗貴子に、皆、思った。
「そ、そうですよね。『次』の戦場で他の誰かを助けられる方が、いいん、ですよね……」
 ワカってはいるが眼前の使命に対し命を燃やすコトも諦めきれないという様子のカメラ少女。我を張るというよりは、どち
らも等しく正しく思えるがゆえ選びきれないという様子である。
「これだからですよ」。斗貴子は艦長に向き直った。「因縁ある火星との再戦をチラつかされてなおココでの死を選びそうな
危なっかしさがあるから」。
「鐶に化けさせ、被弾させ、死亡を偽るのが……写楽旋を『次』へ行かせるコトに繋がると」
 水雷長は頷いたが、航海長は「待て」と反問。
「だから鐶の変身能力で死亡を偽装するっていうのは分かるけど……それほどの傷なら今度は鐶が死なないか?」
「動物型ですので左胸なら大丈夫です」
 キリっと無表情でいう斗貴子に(それでも激痛ハンパないんだけどなぁ……)とスパルタンぶりに呆れる質問者をよそに、
話、続く
「万一章印がある方を、額を、やられたとしても鐶にはさっき輪が言ったとおり『瀕死時限定の自動回復』がありますから……
死体を下げるようなフリでもして幹部たちの目から外せば問題なく戦列に戻せます」
「いや、戦列に戻せますじゃなくてだな」
「鬼か。囮にされたあげく死の激痛にのたうってる女のコを間髪いれず地獄に戻すとか、鬼か」
 艦長の侍従ふたりは呻いた。非道きわまる用兵を淡々と述べる斗貴子はある意味マレフィックより異常に見えた。
「…………。ああ…………。私がホムンクルスだからって…………対応が……輪さんへのと……違いすぎ、ます……。
囮にしたいから囮にし、ツブしたいからツブす……斗貴子さんに慈悲温情などないのさです、私だけが地獄だです……」
 目減りしない”モノ”だから少々ぞんざいに扱ってもいいと言わんばかりの斗貴子の策にさしもの鐶も涙を一滴滲ませた。
実際斗貴子はメチャクチャであった。ブラックであった。
「……分かるわよ、気持ち。だからカバーするわ。章印への軌道周りに心持ち多くバブルケイジを配置するわ。そしたら
左胸で済むから。こっちもたいがい痛いだろうけど、章印貫かれるよりはマシだから……」
 斗貴子被害者の会の先輩たる円山は鐶の肩をそっと抱いた。犬飼に発揮されたヒロインぶりまでまろびでる。
「動物型が人間の姿になる際の細胞変化を、基盤(ベース)とは異なる人間の容姿への変貌にまで昇華した鐶の変身能力
……。根来たち6人の戦士を銀成の人混みでさんざん翻弄し、どころかそれ以前からずっと生徒の1人(河井沙織)として
寄宿舎に潜伏していたにも関わらず親しい人間に疑い1つかけなかったというズバ抜けた変身能力なら絶対ボロは出さない
わね」
 しかも、麗人は笑う。
「騙す幹部たちが写楽旋ちゃんを見たのは今日が初めて……。細かい人となりを知らない彼らを比較的遠距離での死亡
偽装で騙すのは、今からの僅かな練習期間でも充分よねェ」
「……まあ確かに、普通の相手ならば完全に騙せる。……普通の相手ならば、な」
 ? 含みのある艦長の物言いに円山がキョトリとしていると、斗貴子は「やっぱり気付いていましたか」と軽く嘆息。鐶も
「ですね……」と頷いた。
「斗貴子さんが私に光学迷彩の羽根を……作れと…………言ったのは……そういうコト……ですね……」
「? なに? どういうコト?」
「そうだ。ただ輪に化けるだけならリバースとブレイクは絶対に気付く」
「……? そりゃリバースは義姉だけど、でも離別してから約1年、鐶だって独自に変身能力を磨いているんでしょ? 音楽
隊での修行の成果って奴で誤魔化せないの? というか…………どうしてブレイクまで気付くって思うの?」
 鐶に変身……というかその後の人真似を仕込んだのが彼だからだ。斗貴子はキッパリと断言した。
「いいか。あくまでリバース側のアイツにしてみれば、鐶などは不安要素でしかない。義姉(あね)に両親を殺され義姉に人
ならざる体に改造(され)てしまっているんだからな」
 あー、『完璧な変身能力』を与えるのはリスクでしかないって訳ね、円山は納得した。
「だっていつ復讐に打って出るか、いつ完璧な変身能力を復讐に使ってくるか……ワカらないものねェ」
「そう。私が……意外な人に化けて……お姉ちゃんを背後から刺すかもって…………ブレイクさんなら予期……できます」
 だから奴が演技指導において保険をかけた公算が高い。斗貴子に言われた円山は「公算?」と聞き返す。
「変身されても自分達だけは見抜けるようしておくというコトだ。鐶本人は気付いていない、鐶固有のわずかな癖を、わざと
残しておけば、思わぬ人物に変身されたとしても、咄嗟に見抜いて防げるからな」
 円山は色を失くした。ただただアングリと口を開けた。
「……どんだけ考えてるのよ、向こうも、アナタも」
「? 爾後どう出るか不明な強い戦力だぞ? だったら協同できるうち弱点の1つや2つ捜しておくのは当然だと思うが? 
私だって気付いた個癖は黙っている。似たようなコト横浜でパピヨンにしたしな」
 円山は呻いた。呻くほかない”読み”だった。
 ただこれは策士めいた洞察というより、質実な警戒から出た偶発的な”気付き”に過ぎない。
(犬飼ちゃんも木星にやっていた『劣るがゆえの思考力』、ね))
 斗貴子のそれは、一昨日にあたる9月14日の朝、鐶に対し下した「アイツの力量自体は認めている。でなければ危機感
を持って対処できない」評価にこそ集約されているといっていい。
 もともと鐶属する音楽隊との協力関係は一時的なもの、レティクルエレメンツという、より強大な勢力の出現を前に、ホム
ンクルスと手を組むやむなきに到っただけだ。ゆえに共通の敵を打破してからの話つまり斗貴子いうところの『爾後』は、
現段階においてまるで不透明。
 ヘタをすればふたたび鐶が敵になるコトだってありうるのだ。たった1人で6人もの戦士を圧倒した鐶が。
「なら今のうち(変身能力の)弱点を掴んでおけばいいと観察を始めたのが演劇の準備やら特訓やらあった期間」
「へー。どんなの? 独り占めはズルいわよ、教えさないよ」
「……。キミ……。いま鐶が傍だぞ?」
 聞かれてはマズイと話しこそしなかったが。
 老若男女いずれに化けた場合でも平均約80秒から110秒に一度、眉付近の皺眉筋(すうびきん)が注意ぶかく観察せ
ねば分からぬレベルとはいえ一瞬ななめ上へと不自然に釣りあがり、付近にあるツボのひとつ『攅竹(さんちく)』を刺激、
分泌される涙によって鐶にはない瞳の輝きを産生する──ちなみに間隔は、化けた瞳が大きくなればなるほど短くなる
──とか、男性に化けた場合は両足の間のとある質量的問題で勝手がわからず若干だが不自然な歩法になるとか、そう
いった見分け方を6つほど得た時点で──余談だがこういう観察力を得るに到ったのはきっと防人のおかげだろう。彼が
半ば強引に演劇部へと入れなければ『人を観る』という機微は恐らく磨けなかったに違いない──斗貴子はふと考えた。

「鐶がいつか敵対すると予期できていたブレイクなりリバースが……あ、その時点ではまだ戦っていなかった連中を認識で
きていたのは鐶から情報だけは聞いていたからなんだが、とにかく鐶の変身を見抜く術についてあれこれと考えている時
ふと軽い気分で『こういったコトは敵の幹部もしていたんだろうな』と考えたんだが……」
「なるほど。気付きが芽生える瞬間のよくあるアレね。何の気ない、お遊びの筈だった思考に『なるほどそうか!』と」
 で、その考えを一歩進めて「化け方を教導する過程で安全対策を施した。個癖を、残した」という結論に到ったという。

 話は写楽旋輪死亡の偽装工作に、戻る。

「個癖の問題がある以上、『何の工夫もなくただ漠然と鐶を輪に化けさせる、だけ』程度の工作ではほぼ絶対見抜かれる。
あまりに呆気なく被弾させると連中はこう疑う。『戦士が切り札をこうも呆気なく? おかしいぞ。まさか鐶の変身した偽者?』
と」
「そーなったら後は個癖から芋蔓式に……って訳ね」
 それを巡り巡って防ぐのが『光学迷彩の合羽』だと斗貴子はいう。
「私がコレを纏い、あたかも鐶が攻撃しているよう見せかける。迷彩でほとんど姿が見えず、しかもブレイクの背後にいるの
であれば、咄嗟には個癖からの人定は不可能」
「しかも斗貴子さんは……私との…………コンビネーションも特訓して……いますから……そこから……逆算……すれば……
私っぽい動きも……けっこう……可能、です」
 あー、銀成でキャプテンブラボーが指導してたっていうアレね。円山はうなずいた。
「よって合羽を纏ったアナタがブレイクの背後から急襲すれば、幹部らはそれが鐶の仕業だって思い込む、と」
 光学迷彩は鐶特有の技であり、しかも先ほどリバースに使っているため鑑別しやすい。使われればすぐ『鐶の』光学迷彩
だと敵らは見抜ける。
 すると、である。『致死ダメージを負わせた”写楽旋輪”が、実は鐶』という可能性は……いっさい、考えられなくなる。鐶が
ブレイクの背後に居るとそう、認識してしまった以上、『彼女は”誰か”に変身して死亡偽装ができる能力の持ち主』というごく
ごく当たり前の考えが、騙し、への警戒が、まったく停止して鼻づまりになる。
「けど、大丈夫なのか? 確か鐶の光学迷彩って……」
「ええ。周囲の景色をリアルタイムで把握して初めて発動するものです」
 航海長への斗貴子の答えはいかなる理屈に基づくものか?
 そも鐶の光学迷彩を支えているものは『羽毛の構造色』である。構造色とはCDの読み取り面やプラモのメッキ部分など
のような『光の反射』ありきのものである。羽毛にもそれはある。有名なのはカワセミだろう。あの青さは色素の青ではない、
輝きの青なのだ。緑色のオウムも然り。黄色の色素に青の輝きが加わった結果だ。
 カワセミやオウムをああ見せている秘密は羽毛の構造にある。
「メラニン層」「空気層」「角質層」といった材質ことなる三層に、これまた外部の光がめいめいバラバラの反射反応を示し
た結果、色素や塗料では絶対だせない味わい深い輝きが生まれるのだ。
「鐶の光学迷彩はその変形だからこそ……リアルタイム処理が必要です。何しろ産毛や衣服の羽毛の構造を、角質などの
三層総ての構造を、変身能力の応用で変化させ……『周囲に溶け込める”構造色”』を作るんですから」
 周囲への絶え間ない視認と、羽毛への絶え間ない変更がどうしても欠かせない。
「でも”それ”って合羽でも出来るのか」
 航海長の疑問はもっともだろう。
 合羽にするというのは鐶の体から離れるというコトだ。『周囲の景色にあわせる』ための、目視準拠のリアルタイム変化を
欠くというコトだ。それでどうやって光学迷彩を成すというのか?
「虹封じ破りの現場がどうなっているかって部分だけは、法廷(ココ)くれば亀田さんの映写機で見れるだろうが、その風景を
落とし込むっていうのは」
「無理……ですね、遠隔は……。一応事前入力っぽいコトはできますが……離れた場所のは……無理です、ね」
「どこでやるか分かっていても? 予定地を下見できていても?」
 円山の問いに「はい……」と鐶、ぽつりと切り出した。
「合羽による光学迷彩は……事前入力ゆえに……『発動直前またはその最中、周囲に現れるさまざまな汚れや破壊の跡』
だけは……どうしても……反映……できず…………だから迷彩が不完全になって……身を隠す、どころか……顔すら露出
みたいなコト……過去けっこう、ありました……」
「え、それって津村斗貴子が速攻顔バレしてこっちの目論見ゼンブ見抜かれるってコトじゃないの……?」
 危険きわまりなくない? 円山の問いにもっともだと鐶はあろうコトか頷いた。
「しかも……今回は…………輪さんに化ける都合上……斗貴子さんに合羽を貸してからしばらく……別行動、ですから」
「合羽を作ってから発動するまでのスパンが長い。つまり作成終了後以降、光学迷彩の現場周辺に生じる様々な『変化』が
多い。だから鐶単体ではまあ、極めて低いだろうな、ステルス精度」
 ならなおのコト戦士・津村の光学迷彩は成立しないんじゃ……うめく水雷長。
「いえ」
 鐶は輪を指差した。一瞬を意味を理解しねた航海長だが二度三度まばたきをすると「あっ!」と鋭く叫んだ。
「予知の写真か!! ブレイクの虹封じを写す都合上、その背後を取っている戦士・津村もまた撮影(よち)されているから!!」
「はい……。『まさにその瞬間の』、周囲の様子を……合羽に織り込み……ます。具体的には……私の体を離れたがゆえ
の……壊死で……『構造が壊れていく』……という……『変化』を……逆利用して……迷彩できるよう……事前入力します」
 サラっととんでもないコトいうわねえ。軽い汗まじりに言う円山に、「衣装のうち……唯一羽毛じゃない……ポシェットを……
隠すとき……よくやってる近距離&短時間用の手法……ですので……そこは、慣れて、ます。そこは予知さえあれば、遠距離
&長時間後でもやれ、ます」と鐶があくまで淡々と答える中、斗貴子。
「私はさらに確度を高めるためあと3つ、鐶を思わせる装飾を施す」
 1つ目は鐶の羽毛で作った赤い三つ編みのウィッグ。2つ目は鐶本人から借用のバンダナ。
 以上は要するにただの変装道具だが、3つ目は、やや違う。
「鐶の武装錬金、クロムクレイドルトゥグレイヴ……か」
「なりきる以上、必須ですね。武装錬金は指紋が如く各人固有ですから」
「逆にいえばコイツさえ手にしてりゃ鐶だって誰でも思うわな。そもそもあらゆる者に変身できる鐶が逆に姿をパクられるっ
ていうのは、なかなか想像しがたい」
「というか……私が…………斗貴子さんに……キドニーダガー貸しちゃうと……もしお姉ちゃんに左胸じゃなく……章印の
ある額撃たれた場合……そのまま……死んじゃうの……ですが……」
「私に貸すのは別の核鉄で発動したヤツでいい。幸いといったら御幣があるが、予備は一応……あるからな」
「サップドーラーの回収した核鉄ね。元はディプレスに斃された撃破数5位だか6位だかのチームの」
 この点、組織の強みであろう。保有がある。流失を防がんとする意思がある。
「で、もちろん私の年齢もコレで鐶と合わせるんだが……それ以上に、鐶と誤認させるため必要な、最後の、ダメ押しは」

(破断塵還剣!! これが誤認を決定付けた!!)

 ありえぬコトだと目を剥くはブレイク。

(やられた!! この技は数時間まえ、演劇の最中うまれた光っち最新のもの!! 観劇をしていた俺っちがこの技イコー
ル光っちと思うのはまったく当然の話!! だがコレは偶然ではなく……斗貴っちたち戦士の”ハメ”!)
(そう! リバースが演劇の舞台たる養護施設にいた以上、相方たるお前もまたどこかで塵還剣誕生を見ていたとそう踏んだ!
いまとなってはクライマックス主宰の劇団といかなる関係性を有していたか知るべくもないが……演技の神様として私達の前
に現れたぐらいだ、仲間が劇と絡むなら……必ず見る!)
 そういう鐶とブレイクの間でのみ生じうる先入観に付け入ってこれ見よがしに塵還剣を使い! 斗貴子は己が鐶であるよう
偽り……本命、つまり『鐶による、輪の死亡偽装』を……普段のブレイクなら予想しえて当然の策を……見えなくした!!

 そしてブレイクがこの事象を想像だにしえなかった理由2つ目は!!

 系統の違い!

(塵還剣はサンライトハート同様、莫大なエネルギーを一気に放出する技! なのにそれを……斗貴っちが使える!?)

 まだ産湯のぬくもりすら残っている技を他者がさっそくにと使用するコトじたい既に想像を絶しているが、それを、『能力上、
不向きな』者がやるとなるともはや混迷すらきたす異常事だ。

(ですよ! おかしい! どうして……使えるんすかっ!!? だって斗貴っちのバルキリースカートは生体電流で以って静
謐かつ敏速に処刑鎌を動かす代物!! エネルギーの放出や爆発でダメージを与える類の武装錬金では決してない!! 
だのにまったく系統の異なるエネルギー放出の塵還剣をこの土壇場で光っち並みに操れている……!!?)

 クロムクレイドルトゥグレイヴがソードサムライXよろしく、鐶本人から込められたエネルギーを時間差放出しているだけと
も考えかけたブレイクだが、いいや違うと内心で首を振る。

(そもそも後者が放出にラグを設けられるのは”それ”自体が特性だから! 年齢操作が本懐のキドニーダガーじゃそこまで
細かい芸当は不可能!! せいぜいが、『蓄積した年齢を操作による物質変容から、より直接的破壊力有する時空的エ
ネルギーに換算する』程度!!)

 鐶本人ならそれは直感でできる! だが斗貴子では、ブレイクの知る斗貴子では絶対できようのない行為! だからこそ
まんまとかかった! 塵還剣を放っているのが鐶であると無条件に……信じ込まされた!!

(ありえない! どういうカラクリ!!?)

 斗貴子はただ冷然と考える。

(剛太のアドバイスが……活きたな)

──「ある程度の蓄電は出来ます。後はそれを放出できるかどうかです」

──「本当にできるのか? 生体電流の、生体エネルギーへの変換なんて」

 やがて控える『総角主税のサンライトハート複製!』 バルキリースカートとはまるで異なる操作体系をブッツケ本番で使う
コトを危惧した道中はヘリの剛太による『モーターギアの生体電流インプット』を利用した”放出”のレクチャーは

──「試してみるか。剛太に教わった、生体電流のエネルギー放出転換を」

── 停止し、首をもたげた処刑鎌の表面のあちこちで、僅かだがスパークが、弾けていく。

 戦団本隊との合流を妨げんと現れた無数の自動人形相手の商量多によって一気に実戦レベルへと昇華した!!

 なおレティクルは悪辣だが無能ではない。斗貴子がエネルギー放出の予兆を冥王星の軍団へと露骨に示していたのなら、
創造者クライマックスは配下からの映像で気付き、報告しただろう。コレは彼女自身の才覚というより、木星の幹部・イオ
イソゴの釘刺しによる。

──『銀成で我々まれふぃっくの強さを痛感した連中じゃ、あれからの数時間足らずで思いも寄らぬことを考えとるかもじゃ』

──『策とは無縁そうな早坂秋水ですらこのわしを奇策で出し抜いたぐらいじゃ、油断するな。僅かな異変も見逃すな』

──『自己判断をするな。共有を、怠るな。些細な異変が敵の新技や……成長の一端であることは非常に多い』

──『全員に”あげろ”くらいまっくす。これは社会人女教師であったヌシにしかできぬ勝利への貢献よ』

──『もし己の気付きが的外れだったら……じゃと? 安心せい。わしが、笑わせん』

──『指示に忠節なる者の事細かな報告は時に愚鈍ととられ嘲笑されるが……でぃぷれすあたりのそれは、わしが、抑える』

──『よいか。異常報告とは百に九十九”なんでもなかった”でも構わん。まずいのはただ一度の”密かな異変”を見逃すことよ』

──『99ぱーの的外れは修練と思え。1ぱーを掴むための。その過程を笑う者がいればいえ。箍ゆるめる者はわしが〆る』

──『自動人形を以って銀成の輩どもを監視できるのはヌシだけじゃ。奴らの異変を最初に察すこと叶うはヌシだけじゃ』

──『連中の成長の兆候さえ掴むこと相かなえば地力で勝る我々は必ず勝てる。ヌシなら貢献できる、心強く思っとる』

(そういった入れ知恵をするのは目に見えていた。イオイソゴとは一度戦った程度の間柄だが……あれほど老獪な幹部なら
己の起こした戦闘が、生き残った私達にいかなる影響を及ぼすか想像できぬ訳がないと、そう、踏んだ!)

 と思ったのは斗貴子であり、ゆえに彼女は例の自動人形の大軍相手の『経験値稼ぎ』において

(エネルギーの炸裂は──温存も兼ね──ごくごく一瞬に限定した! 斬り込んだ処刑鎌が自動人形の胴体へと潜り込ん
でから抜けるまでのごくごく僅かの間”だけ”放出した!!)

 されば敵からは……視えない! 外部からはやや切れ味が増したようにしか見えず、それは銀成における格上イオイソ
ゴとの戦闘による境地の向上の、誤差の範囲としか認識されない! 

 斗貴子はつまり隠したのだ! 自分が、エネルギー放出に長けつつあるという事実を、乱戦のさなか、コトもなげに! 
隠したのだ!! めぐりめぐってイオイソゴに成長の兆しを感得されれば本命たるサンライトハート使用に重大な支障が
出るとそう、警戒し!!


 そしてキドニーダガーに蓄積された『年齢』という、時間的なエネルギーを数十度の試行の果て、己が生体電流で励起か
つ起爆するコトに成功した斗貴子は光学迷彩の合羽のなかそれを使い……ブレイクに対し己が鐶であるよう偽り、騙した!

(まあ冥王星の件を踏まえれば天王星海王星の前で披露するのもまた下策……)

 絶対の激越なる意思に双眼尖らせ、思う。

(見られた以上は両方殺す!! 口封じだ!)

 過去。白い法廷。

「で、鐶の居るのが背後(そこ)だという先入観を植え付けられた幹部2人は虹封じ破りの瞬間あらわれる『写楽旋』を一発
では鐶だと見抜けない。普段なら、光学迷彩の囮がなかったのなら、『救出作戦に選抜されるほどのサポート能力の持ち主
を戦士たちがこんなにも呆気なく見つけさせるのはおかしいぞ、もしや』と疑い個癖頼りで見抜けたであろう鐶の変身を……」
「……『先に、鐶固有の能力である光学迷彩と塵還剣を』見せ付けられてしまっている都合上、鐶は奇襲担当で、座標はブ
レイクの背後だと、そう、認識が無意識に固着してしまっているから……騙される。パっと見の、初見までなら」
 とは艦長と水雷長

「特にブレイクは気付けたしても”それまで”が長い。”そこから”が長い。何しろ同時期、禁止能力発動や虹への対応、すぐ
背後にある塵還剣の回避といった様々の事象に忙殺されているからな。さらなる後ろから来援してきた『輪』が『鐶』とまで見
抜く余裕は……ない。最悪の場合でも、リバースが指摘するまでは…………騙される」

 枠外は黒、厳粛の斗貴子。枠外は白、相方によって錯誤解かるるブレイク。

(っ……! あの光っちまでもが死亡偽装なんて裏方めいた仕事に動員された以上、さくらもっちが相当重要な能力を持っ
ているのはもはや明らか! 本物は絶対殺さないとですが、捜す余裕は……ないすね)

「コイツへの事前策は必要ない。その場での対処は考えるが、『本物の輪』を見つける余裕についてはないと言い切れる。
なぜならばウォールサージの特性でいまだバリケードを飛び越えつつある不安定な状態で私の塵還剣に対処せねばならな
いし、予知の写真によればその時点でなお通常版に留まっているバブルケイジだって、慎重なヤツにしてみれば『もしいま
気象兵器の大風で殺到してきたら?』……だ」
 斗貴子たちが虹封じ破りを放棄し身長吹き飛ばしでケリをつけに来ている”かも”という疑心暗鬼がある以上、ブレイクは
ヨソ見ができぬのだ。風船爆弾への注視に相当な割合の神経を傾けざるを得ないから

(……く!!)

 いま、呻くブレイク。過去。呟く斗貴子。

「本物の輪を捜す余裕は……絶対に、ない。鐶を囮にしてまで生存させた以上、いかなる能力(わく)かと一層の興味を
引かれてはいるだろうが」
(”だからこそ”その隙をついた身長吹き飛ばしが……怖い! 捜したいですが風船爆弾を警戒しつつの塵還剣迎撃で……
手一杯…………!)

 光波を放つ剣と槍が激しくぶつかり熱を散らす。

「怖いのは……相方(リバース)だ。奴には『本物の輪』を見つけて殺せる若干の余裕と……術がある……!」

 枠外は黒、確信の斗貴子。枠外は白、まったくしてやられたとばかり笑みにひとしずくの汗まぶすリバース。

(撃つまでは本物だってガチで騙されてたわ。光学迷彩のせいで、変身で攪乱っていう光ちゃんの基本、すっかり忘れてたわ)

「予知の写真によれば財前たちの対処に追われるコトなく、遠距離からとはいえほぼ正面きって『偽者の輪』を目視できるリ
バースは……こちらの小細工を見抜きやすい立場にある。しかも鐶への妄執はブレイクの比じゃない。合羽や塵還剣といっ
た大量の小細工で誤誘導しても、『偽者の輪』を撃った瞬間のわずかな──…」

(撃たれた特有の懐かしくも可愛らしい反応で、ふふ。分かったわ。だって──…)

「姉妹ゆえの、機微で」

 ごくごく僅かな反応からリバースは鐶の偽装を……大方の予想通り、見抜いた!
 つまり!!
 計略は破綻しているよう一見思える! だが!!

「見抜かれるのを見抜いた以上、逆手に、取る!!」

 悲壮ですらある斗貴子の策動、それは!!






(狙うは本物のさくらもっちちゃん! さーあドコから来る?)

 あれだけの策を打った戦士だ。『本物』が虹封じ破りに寄与するその瞬間もまた何かの謀略で覆われていると見るほか
ない……リバースはそう考えた。考えたが、どこから来るかだけは分からない。

(……。てかずっと上空から監視しているのに、さくらもっちちゃんの移動が見えたのはさっきの偽者の、あ、ううん、光ちゃん
が化けてたならそれは偽者だなんて絶対呼べない本物以上の尊い何かだけど、とにかく私の捉えられたさくらもっちちゃんの
移動が光ちゃん版のが駆けつけた瞬間だけって……おかしくない?)

 性格のせいで時々恐ろしく短絡的になるリバースだが、最愛の義妹が軸となったせいかだいぶ落ち着き平生の論理的思
考力が戻ってきたとみえる。

(『本物のさくらもっちちゃん』の移動が自動人形による上空からの監視に一切かからなかったってコトはよ? まず考えら
れるのは『私たちが来るまえから勝負の瞬間までずっと、どこか1つの廃屋に篭城している』だけど……それはそれでリス
ク高いんじゃないかな? だって私達がどの建物から壊すかなんて分からないのよ? その巻き添えで死ぬ可能性が常に
あるのよ? 何より篭城場所によっちゃ虹封じ破りに間に合わなくなる恐れもある。なら状況に合わせて、信頼できる護衛と
一緒に移動するのがベストなのに…………どうやって上空の自動人形の監視を……かいくぐっ……あッ!!!)

 それまで視界の中で漠然と揺らめいているに過ぎなかったバブルケイジがおぞましい天啓をもたらした。

(『縮んだのね』!! 確かにソレなら……上空からでは分からない! 風で落ち葉とか移動してたし! てかあれもひょっと
したら天気のコの補佐……!? そう、なると!!)

 コンセントレーション=ワン、発動!!!

(『いつ来る』じゃない!! 『もう来ている』! 視えないだけで……もう、来ている!!!!」

 静止した世界の中を探るリバースは……見つけた! 見つけてしまった!!

 倒れ行く『光ちゃんが化けたさくらもっちちゃん』のすぐ傍に浮かぶ……全裸ながらも同じ顔立ちした1cmほどの少女が……
カメラを! 構えているのを!!

 しかしはてな。円山の風船爆弾は万一の場合A・Tに切り替える算段ではなかったか? そうした場合、特性が無限増殖へ
と切り替わった煽りで、秘匿すべき輪が元のサイズに戻り、それをして幹部らに発見されるのだが……まさかそんな簡単な
リスクを”あの”斗貴子が……見落として、いたのか?

 いいや違う! 獅子座の戦乙女、保険はちゃんと掛けている! 
 風船爆弾の特性が切り替わったとしてもなお身長吹き飛ばし状態を持続しえた抜け道は、ある!

 本物の写楽旋輪は、思う!

(円山さんのダブル武装錬金! 1つ目は壁村さんとコンボしてて、イザってときのA・T担当! 2つ目は私にかかった奴!
よって万一1つ目がATになったとしても2つ目の効能で1cmのまま、だよ!)
(やるわね光ちゃん! やるわね戦士! 囮がそのまま運搬役とは見事!! 撃たれ倒れるまさにその瞬間、髪かどっかに
潜んでさくらもっちちゃんを……宙に浮かした! 心理的盲点も突いている! 銃殺(あんぜん)にした場所はどうしても注
意の対象から離れてしまう! そこにまた来る……いえ、まだ居たのはだいぶ虚を突かれたけど、見つけた以上は撃てる! 
銃は2つ! 最高最速の濡烏をチャージしたマシーンは……まだある!)

 周到にもこちらにもまた『二の句』を装填していた残る片方の銃、そのトリガーに指をかけた瞬間であった、斗貴子渾身の
策謀が炸裂、したのは!!!!

「お父さんとお母さんは……生きています…………」

 形のいいリバースの耳が冗談のように激しくピクリと動いたのもむべなるかな! 声は鐶! 最愛の妹!! 集中した
一瞬の中で声が響くのはやや奇妙に思えるが、これは恐らくコンセントレーション=ワン発動直前、滑り込みで鐶が紡いだ
言葉が一拍遅れでいまようやく脳髄へと浸透したからではなかろうか。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「戦士に殺されたというお父さんとお母さん、実は……生きています……」

 銀成で戦ったイオイソゴさんから……聞かされました…………。幽鬼のような声にリバースの精神は氷結する。集中した
一瞬の中にあってなお驚愕に冷たく固まる心は、緩やかに流れ始める『一瞬』という時間から少しずつ取り残され始める。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「お父さんも……お母さんも…………戦士に殺されたあと……実は間に合っていたたグレイズィングさんに蘇生されていて」

 息が乱れる。指が、震える。集中が動揺に食いつぶされるたび、コンセントレーション=ワンという静止画であるべき世界は
動的な色彩を帯びていく。
 見計らっていたのだろう。最後に鐶は、事実から導き出される、”そうとしか思われえぬ推測”を……投げかける。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「お姉ちゃんにそうと伝えなかったのは…………戦士へと焚き付けるための、体よく利用するための……策、では……?」

 トリガーを引き切れぬ指が、露骨に震える。感情の、凄まじい発露が胚胎していく……。


 過去。白い法廷。

「利用させてもらうぞ!! 銀成でイオイソゴが鐶を動揺させるため暴露した家族の事実!!!

 斗貴子の叫びはむしろ追い詰められた者の気配こそ強かった。それ自体が一撃必殺にもなりうる光学迷彩をも囮にした
鐶の変身が、見抜かれるような事態になればもはや人倫を踏みにじるしかないという瀬戸際の声だった。憤怒の化身を
憤怒の化身たらしめている『実父と義母の殺害』という戦士全体への怨恨(ぜんてい)をば覆す文言は、説諭説得以外
のものに使ってはならぬのだ本来は。隙を作り動揺させるためだけに使うなどそれこそイオイソゴのような悪党でしか
ないし……決定的な、破滅の、暴走の呼び水にだってなりかねない。

「だが危急の秋(とき)だ!! 人命を踏みにじる者が策ですら上回るというなら、それ以上の悪辣で以って叩き潰す!!」

 さなきだに予期せぬ事実を突きつけられたリバースはいよいよ蠢動を解き放ちつつ、ある。

 鐶の顔は依然、化けている少女のものだ。物理的には写楽旋輪の容貌(かんばせ)。だが精神の対話においては異なって
いく。少なくてもリバースは最愛の妹だと認識したから……彼女には、そう見える、見えていく。

 ……。

 普通であれば。

 味方に騙されているぞと告げられた者は、あの人が裏切る訳はと知能障害を起こすか、或いは恬然たる面持ちで薄々気
付いていた、自分だって時々裏切るからお互い様だと割り切って流すかのどちらかである。

 暴露をした鐶自身、義姉は両極端な性格上、どちらにも振れうると覚悟していた。
 難儀なのは一見理性的な後者のケースだろう。真実に近い絆で以って癒着しているからだ。組織体から引き剥がすのは
ほぼほぼ絶望的であるから、よって鐶は前者のケース、つまりは『裏切らない安牌だから』と一種甘えた、依存めいた感情
でよりかかっている状態であれと祈念していた。
 むろんその場合、不信と混乱、正常バイアスで、「真実(ウソ)をつくな」と狂獣のごとくリバースが暴れまわるリスクがあるとも
充分承知しており、ために鐶は、飛び掛ってくる義姉をいなすべく姿も輪のままに拳を強く固めていたのだが。

「よかった……」

 滾々たる熱涙を、めいっぱい見開いた清純な瞳から臆面も溢れさせる”お姉ちゃん”はあらゆる予期を超距していた。最初
ただ呆然と瞠(みは)っているだけの瞳に反射的な涙をなすがまま蓄えているだけだったゆるふわウェーブの海王星は、告げ
られた事実を受け入れていくにつれ、徐々に俯いていき……くしゃりと双眸を鎖した。以降は総て、現空間においては一瞬の
出来事である。姉と、妹のみが、圧縮された精神の世界で、刹那の切り絵を全枚数感得したのもまた骨肉の因縁ゆえか。

「よかった、よかったよぉ。これで…………これで、私、光ちゃんにお父さんとお母さんを返して……あげられるんだね…………」

 天上の甘露が、堰を切った。戦闘中だというのに、恋人の能力が、かねてより警戒していた桜餅色の伏兵によっていよいよ
攻略されるかも知れないという瀬戸際だというのに、リバースはそんなコトなどと最初からなかったように俯いたままただしゃくり
上げ……真夏の夕立の降り始めのような大粒を次から次へとぼろぼろ流した。もっとも現実の時流にある斗貴子たちからは
そうは見えぬ。義妹のみが感受しうる一瞬の、心因の幻影であった。

「殺されたって聞いたときから……ずっと、光ちゃんに…………返してあげられっ、ないって……なんで戦士が、光ちゃん
に、なにも悪くない光ちゃんにっ、そんなひどいコトするのよって、思ってて、許せなくて…………でも、いちば、いちばん、
わるい、のは、最初に、殺して……引き剥がした私だって……いうのは、わかってて……だからっ、だから、とりかえしの
つかない、こと、しちゃったって……ずっと、ずっと……! 後悔してて……でもっ、生きてて、返してあげられるのは……
嬉しい、嬉しい、よぉ…………!!」

 とうとう童女のごとくふぇええと泣きじゃくり始めた義姉に冷静な鐶は虚ろな瞳を白黒させるほかできなかった。リバースの、
いや、玉城青空の、そういった表情は人生の大半おなじ屋根の下で暮らしていた妹ですら一度たりと見たコトのない、あり
得からぬものであった。

(お、お父さんたちをアレだけ楽しげに虐殺しておいて……!?)

 義姉は身勝手と、いう他ない。生存を聞き感泣にむせぶぐらいなら──グレイズィングの蘇生能力という保険があるとし
ても──最初から殺すなと、温厚な鐶光ですら軽く切歯し……握りこぶしを震わせた。

(泣いている、のは……、返せさえすれば、自分への……色々が……緩むからって、許されるからって、そういう感情、ど
こかに、あるから……です…………!!)

 両親の件である。やや邪推も混じっているが、さんざんと恐怖や苦痛を味あわされた義妹としてはむしろ正常な反応だろう。

 ああ、だのに。

 同時に。

 自分の両親の生存を心から喜び”べそ”すらかいている義姉のありさまに鐶の心は揺らぐのだ。しとやかな羽化を遂げつつ
ある12歳の肢体とは裏腹な、実年齢いまだ8歳に過ぎぬ精神は、平素のクレバーさからは考えられないほど甘く生ぬるい
希望的観測を……紡いでしまう。

 それは心のどこかにある、もう取り戻せないとどこか思っている分野専門の記憶領域に、すうっと入った切れ目のせい。

 無邪気に「ねー、ねー」と姉を伊予弁で発音し、ついて回って甘えていた頃の記憶。
 ふたり粉まみれになりながら不恰好なドーナツを一緒に作っていた日曜日の昼下がり。
 歩いているうち見知らぬ場所で夕陽すら沈み震えているとき必ずどこかから迎えにきてくれた優しげな微笑。

 虐待の恐怖で黒く塗りつぶされていた暖かなものが切れ目からとろりとろりと胸に満ちる、満ちていく。

 まだ「ねー」はあの頃と同じで、同じ日々だってまた再び送れるのではないかという期待にノドの奥がきゅうっと塩辛く締め
付けられる。

(まだ、まだ……!! あの頃、あの頃のお姉ちゃんに戻れる……筈、筈なんです…………!!!)

 氷結した時の中、闇に沈みがちな瞳で、かつてそこまで追い詰めた姉(あいて)へと……必死に、訴える。

「もう……戦士さんたちと争う理由……、ない、です……! もうこれ以上の魔道は……! 戦団の誰も、お父さんやお母
さんを殺して……ないんです……! 今までは、イオイソゴさんに……騙されて、けしかけられていて……だからお姉ちゃん
も被害者……ですから……」

 ここで止まれるんです、止まれなきゃ終わりなんです……滲む涙は真実のもの。たとえそれさえも敵の行動束縛の材料と
する斗貴子の指揮の中にあると鐶は認識していたが…………或いはここで。或いはこの訴えをして姉が止まり、降伏し、
暴走を止めてくれるのではないかという淡い期待があった。両親の生存を知ってまだ泣ける姉ならば、まだ普通の姉妹と
して笑いあって過ごせていた頃の優しさを僅かにとはいえ有する姉ならば、或いは……と。

──「説得については、好きに振る舞え」

 白い法廷で斗貴子は突き放すように告げた。それから「ホムンクルス同士の親族の情などどうでもいい」と言わんばかり、
過剰な仕草で、顔を背けた彼女の背中にしかし鐶は見たのだ。己に向かう、申し訳なさを。勝利のためとはいえ情愛を
利用せねばならぬやるせなさを、確かに斗貴子は背負っていたのだ。サンライトハート発動に繋がる秘密を見られた以上は
ブレイクともどもリバースを殺すと表明した”さき”のコトと矛盾しているようにも思えるが、しかし殺す斃すといいつつもいざ
いたいけな訴人にせがまれるとついつい温情をかけてしまうのが斗貴子でもある。リバースの処理については決めかねて
いる部分はあるようだった。

──「どうせ説得がしくじっても、撃つまでのラグは必ず出る。輪の硬直が、二度目の撮影の強制力が抜けるまでの僅かな
隙ぐらいはできる。義妹の説得なんだ、その程度の役ぐらい果たせる」

どこか『姉妹双方』にチャンスを与えたがっているよう見えた斗貴子の策は。

 迷うコトなく左手でトリガーを引いた海王星によってもろくも崩れ去った。

(!!!? 泣いて硬直した瞬間から……ノータイムで、狙撃!!?)

 融雪しゆく時のなか、激しい旋風を伴い収束する最速の弾丸に鐶はただただ目を剥いた。

(そんな!! もう戦士さんたちとは争う理由なんてないのに!)
(甘いわね光ちゃん。イソゴ老の性格を知らなさすぎ)
 ふふっと笑う姉の目に目が留まる。
(言動すべて狡(くる)った計算づくなあの人が、考えなしで『お前の姉を騙しているぞ』なーんていう訳ないじゃない? という
かこんな説得の格好なタネばらしておいて、使われないだろと思う方がバカよ。つまり光ちゃんたちはこの情報を自らの意思
で戦闘に利用したと思っているようだけど実は違う。釈迦の手の内。イソゴ老はめぐりめぐって私に聞かれても構わないと……
いえむしろ、聞かせるためにこそ、バラした!!)
(なん、で……そんなコトを…………!?)
 騙したままの方が操りやすいのではないか、騙したという事実など伏せに伏せるべきではないか……訳がわからないと
虚ろな瞳をゆらめかせる鐶。
(簡単よ。私の戦闘テンションのコントロール。『お父さんたちが殺された』で着火して暴れさせて、でも仇はもう死んでるからっ
てダレてきたところで『実は生きてる、イソゴ老の手中にある』でカンフル入れて回復。ふふっ、八つ当たりじみた弔い合戦より
取り戻すための戦いの方が頑張れるっていうのは……光ちゃんにだって分かるでしょ?)
(…………)
 義姉を殺すではなくかつての姿に……で戦っている少女だ、否定はできない。
(つまり無言の威圧って奴よ? 生きてるとだけ伝えたのも、その情報を私に又聞きさせたのも、『利敵行為を働いたら、ど
うなるか分からんぞ』って、そーいうアレよ)

 寝返りも厄介だが、さらに難渋を醸すのは音楽隊リーダー総角主税の存在! 条件さえ整えばいかなる武装錬金をも
複製できる彼とリバースの協同はレティクルにとって非常にマズい。海王星本人ですら恐れる『マシーンの特性』が純然た
る倍化を遂げて戦団(てき)に帰属……脅迫してでも止めたい事態だ。

(だから…………引き金を引くの……ですか……!? 戦わなければ、戦団と敵対しなければ……お父さんたちが殺される
……から……!)

 絵に描いたような『こういう場合独自の止まれぬ理由』を指摘しつつも必死に打開を考えている様子の鐶。
 だがにっこりと笑みに細まる瞳はやんわりと返す。

(大丈夫。釘を刺されてるのはあくまで『寝返るな』って部分だけ)
(……?)
(いいコト教えてあげよっか? もしいまココで私が戦団への攻撃をやめてもお父さんたちは殺されない)
(!!?)
(どころかー。ふふっ。私がね、今から軌道に乗る一連の大決戦総てに不参加を決め込んでもきっと大丈夫)
 鐶の混迷は極まった。大怠惰ながら、放免? 軍隊であれば裁判すらまどろっこしい誅戮の対象がどうして許されうるかも
不明であれば、攻撃をやめても人質は殺されない分かりつつ引き金はとっくな義姉もまた……不可解。
(そ。大丈夫。戦団を攻撃しなくても、寝返りさえしなきゃ……イソゴ老はお父さんたちを殺さない。人のまま五体満足で光
ちゃんに返すでしょう)
(…………そんな……。無銘くんの体は……あんなコト、したのに……)
 想い人の少年は胚児の状態で、幼体を、だ。
 斯様な悪。だが愚かではないとリバースは瞳で告げる。
(大好物の人間でも、それが仲間にとって大切な存在であるなら、絶対に手は出さず、どころか義理を果たすまでは死力を
賭けて守る……そういうコトが信頼を得るため一番大事なコトって……分かってる人よイソゴさん。身内には優しい)
 銃弾はもう、はなたれている。ここまで数多くの戦士たちを吹断した致死の攻撃が真実の写楽旋輪めがけ撃たれている。
特段の感慨もない新たなルーチンの1つとして。

(イソゴ老は報酬をくれる。開戦前アレコレ迷っていた私のような者を小細工で焚き付けるコトこそあれ、いざ働きさえすれば、
報酬はね、ちゃんとくれるの)

 鐶の側からすれば分からぬ理屈だが、しかしリバースにしてみれば説明すら不要な”当たり前”。
 何しろ足止めを請け負った彼女、既に結構な数の戦士を殺している。先にゆけぬという意味において殺害、魂魄の足止
めであろう。生き残った戦士たちもまた消耗を強いられているし、能力すら露顕の憂き目にあっている。内容はリバースが
ココからの永世中立を決め込んだ場合、彼女の口からこそレティクルには伝わらぬが、残るブレイクによって……というの
は充分ありうる。イオイソゴも期してはいるだろう、フィードバックをしてゆうゆう戦士の足止め組残党を始末しうる構図を。
斗貴子がエネルギー放出に目覚めつつあるという情報もまた持ち帰れば称揚される……。

(つまりもう充分仕事してる訳。だからハイ終わりと撤兵しても人質殺害(ペナルティ)はありえない。戦士の味方さえしなきゃ、ね)
(だったら、どうして輪さんに発砲を……)
(イオイソゴさんの性格上、もう充分足止めしてもう充分戦士を殺した私へと、更に人質タテにして戦い強要するコトは絶対ない)
 義姉は答えない。ただ己の言い分だけを被せてくる姿に鐶の産毛は軽くそそけ立った。文言こそ微妙に違っているが、ほ
ぼ同じ意味合いの言葉を敢えてもう一度というのが奇妙を通り越して奇怪だった。異常ではないようで極めて異常な雰囲気
をリバースは纏っているようだった。
(だってそうでしょ、私の性格考えてよ? 騙されたあげく『逆らったら光ちゃんの大事な人たち殺すぞ』なーんていわれたら、
ほんっっとブチ切れよ? レティクルぶっ壊して取り返した方が早いって離反するから)

 鐶には告げなかったが、レティクルの足止め組はいずれも外様であるからこそ気脈通ずる党でもある。リバースから
みてブレイクは恋人、リヴォルハインは研究製造物ゆえのメンテを通じた利害関係者。もし海王星が激怒し離反した場合
彼女は土星天王星を引き連れ金星グレイズィングを押さえにかかるだろう。押さえさえすれば、人質の意味がなくなるから
だ。誰が父母を殺そうが、24時間以内に取り戻せさえすれば問題なく復活できる。鐶に、返せる。

(でも……しないわよ? だって寝返りさえやらなきゃ返してくれるってワカっているから。あ、これは悪党同士のよくやる
身内にだけは優しい癒着的な絆って奴じゃないわ。損得勘定。レティクルって異常者ばっかだもん、ヘタに自分の思うまま
操ろうとしたらどえらい反発かまされて……結局大損ぶっこいちゃうもん。だから自分が損しないギリギリのラインで協力
させるのがコツで、イソゴ老は特にそーいうの、信望の面からうまくやってくれる人だから、働きさえすれば絶対おかしな
罠にはハメないから、だからノるの。戦団に非協力的な立場を固持すれば、あとはウィル君よろしく怠けまくってもお父さん
たちは返してくれるってそこそこの付き合いからワカってるから、だからレティクルは裏切らない)

 逆に裏切れば父母の命はわからなくなる。
 そこは鐶にだって”ワカる”。イオイソゴとは銀成で戦った。彼女ならリバース造反用の最悪の策を用意しているだろう。
その揺さぶりで父母がまた落命する恐れは充分考えられた。

(だからお姉ちゃんが……私達と共に戦うのは……むずかしい……)

 しかし彼女曰く、『ここで戦闘をやめるだけなら、安全』。

(だ、だったらどうして!)

 リバースは輪めがけ銃弾を放つ!?

(リア充だからよ)

 うふふと酷薄に両目を見開き嗤う義姉。黒い強膜にらんらと光る紅瞳を灯す義姉。

(仲間に騙されもせず何の苦労もなく信じ合えるどころか様子からして誰からも死なせたくないと力を貸して貰えて無条件に
支えてもらえているカンジのこのコが憎い憎い腹立つの不愉快なの私は実のお母さんにすら首を締められ見捨てられたの
に実のお父さんにすら暖かな言葉ひとつかけてもらえた記憶がないのにこのコだけはさくらもっちちゃんだけは今日あったばか
りの光ちゃんに協力してもらえてるのが守られてるのが気に食わないからお姉ちゃんの私差し置いて光ちゃんとイチャついて
るから連携したらそれはもうイチャつきだから殺すの殺すの戦士は誰もお父さんお母さん殺していない? どうでもいいわ
関係ないわリア充なら全部殺すだけよコロスコロスコロス絶対コロス世界には理不尽なコトごろごろしてて私のように苦し
み続けてる人がいるってコト知りもせず自分たちだけヌクヌク過ごしてる奴ら全員不幸な私と同じ領域に引きずり下ろさな
いと気が済まないの戦士と敵対する理由なんてそれだけで充分よ充分よねそうでしょ充分でしょふふふあはははは)
 息を呑んだ鐶、ただ1つ、思う。

(最っ低……!!)

 感得しえた”だいたい”に歯噛みしつつ輪のガードに回らんとする鐶だったが……
「ふぅん。私の味方は、しないんだ?」
 己以上に乾ききった黎黒(れいこく)の瞳だった。瞳孔を彩っていた筈の紅の毫光さえも飲み干す虚無の眼差しだった。
まったくの無表情で凝視してくる義姉に「あ、あああ」、虐待に端を発す根源的本能の呪縛が生じ……動きが鈍る。
(っ!!)
 事態がいかなる再開を遂げ始めているか知った斗貴子、頬に苦々しい波を散らさざるを得ない。
(父母の真実を明かされ、一瞬とはいえ最愛の者からの説得さえ受けてなお何の躊躇もなく狙撃!? むしろ抑えに回った
鐶が逆に抑えられる始末……!!)
 想像を遥か超えるリバース=イングラムのドス黒い腐敗であった。
(右手のマシーンはまだ濡鴉の再チャージ未完了だけど、銃は二挺、左はなお撃てる状態だった訳! 戦士の撃つ何らか
の策に備えてね!)

 あとはもう鐶が被弾したときの再現である。通貨を抜け、風船の間隙を縫った超速の弾丸が1cm足らずの写楽旋輪へと
吸い込まれ──…

 走馬灯という概念については今さら説明するまでもない。

(ゴットフューチャー二度目の撮影は、予知対象すぐ傍への強制移動、ですからねー)

 他の動きは、取れない。未来を知れたが故の硬直(リスク)のなか迫りくる亜光速の死風をまざまざと直視した輪は、もと
よりの死の馴致ゆえか、牧歌的ですらある態度で記憶に浸る。

 浮かんだのは斗貴子だった。廃屋の傍で処刑鎌をあれこれと振っている。幹部たちが来る前の話だ。森でブレイクの力
押しを受け止めた彼女は点検作業をやっていた。
 高速機動を旨とするバルキリースカートだ、力尽くの相手に負わされた僅かなヒビが使用の過程で自らの猛スピードをし
て大きく拡がるコトはままある。思わぬ場面で崩壊してみよ、自分のみならず周囲の味方にまで大小さまざまな破片が高速
で鋭く突き刺さり……最悪その命を奪いかねないから……確認するのだ、念入りに。

「…………っ」
 鎌の動きをチェックしていた斗貴子の顔色が変わったのは、輪が(実務的カッコよさ溢れる点検の姿ふつうのカメラで撮り
たいなー)とウズウズし始めていたその時だ。
「先輩?」
 カメラ少女は斗貴子の様子に首を捻った。処刑鎌を前に一瞬思案にくれたと思うや、彼女は軽く目を見開きながら自分をじっ
と見つめ始めているではないか。
「どうしたんですか?」


「輪。1つだけ、いいか?」


「ほへ?」


 弾丸は、なおも迫る。

(あー。そういえば津村先輩、あの時)

「すぐ傍っていうのは……どういう定義なんだ?」
「はい?」
「強制転移の話だ。予知に必要な、二度目の撮影のとき、キミは対象のすぐ傍に強制転移してしまうと言っていたが……
その……”すぐ傍”っていうのはどういう定義なんだ? 距離にして……メートル法で、どれだけだ? 変えられないのか?」
 ? ?? 輪は疑問符をたくさん浮かべた。デフォルメキャットの漂白ドクロのような顔つきだった。眼窩とみに丸く白く、
口元のふぐりが非常に目立つ。
 キミは鋭いのか鈍いのか分からないな……呆れながらも「聞き方が悪かった」ともいう斗貴子、続けた。
「だから。一口にすぐ傍といっても、色々あるだろ。人間同士の座標的な問題では、ちょっと右にいくだけで肩が触れる距離
を”すぐ傍”というが、建物同士の位置関係なら、平均時速30kmの自動車ですら1分はかかる距離を”すぐ傍”って……
言うだろ?」
「えっと。つまり……、”すぐ傍”は、状況によってどんな距離でも当てはまる、漠然とした、曖昧な定義ってコトですか?」
「一般的なものではそうだ」
 だが武装錬金を操る限りは違う……少し離れるよう目で促した斗貴子は、輪が従ったのを見届けると処刑鎌を一本、そ
の身の”すぐ傍”で振った。
「そう。”すぐ傍”だ。長年の修練を経た私ならば”すぐ傍”と念じるだけでバルキリースカートは今の距離を動いてくれる。
経験で、メートル単位にしてどれほどの距離が”すぐ傍”か、体に染み付いているからな。定義づけが、できてるからな」
「修練? あ! もしかして私のカメラも何らかの修練で変えられるってコトですか?」
 そうだ。斗貴子は頷いた。
「私だって最初からバルキリースカートをいまのよう使いこなせていた訳じゃない。見ての通り複雑な武装錬金だからな。
どこをどう動かせば”すぐ傍”に行かせられるか皆目見当がつかなかった」
「どうやって掴んだんですか?」
「色々やったが一番光景が想像しやすいのは『一定間隔ごとに棒を立てる』だな。最初は大まかに1m区切りでやった。
地面に浅く刺した棒を倒さぬ程度の力加減で切先を刺した。切先を使ったのはまず処刑鎌の全長を感覚に刻みたかった
からだ。いきなり側面の刃でやると混乱するからな。端か真ん中で微妙に射程が変わるんだ」
 2mと念じた時は2mのものへと、4mと念じた時は4mのものへと切先を刺していき、棒を倒すコトなく連続10回でヒット
させられるようになれば今度はタイムの方を短縮……。2秒で16ヒット……つまり4つの可動肢それぞれが1m2m3m4m
全種類の棒をコンスタントに打撃できるようになったのを契機に変更した50cm間隔クラスは『棒に隠れる棒』という新たな
難しさ目視の困難に手間取りはしたが18日間でどうにか克服、更に間隔を狭めるたびそのクラス特有の新たな障害に悩
まされはしたが、最終的には1cm間隔ですら自在の結果を出せるようになったと斗貴子はいう。
「ほへー」
 輪は唸るほかなかった。忍者の修行みたいだとすら感嘆したが言うと茶化しているようで申し訳ないので自重した。
「で、そういった訓練の結果、『私の体から3cm±1cmほどの距離』を”すぐ傍”と定義し、咄嗟の場合すぐそこを攻撃でき
るようしたんだが……」
「あ。さっきバルキリースカートを見てたのはそーいうコト思い出したからですね!」
 でもそれが私とどうゆう? うーん。腕組みして考える輪に「重要な話なんだ」、斗貴子。
「キミのゴットフューチャー二度目の撮影で強制移動してしまう”敵のすぐ傍”……。コントロールできないだろうか。バルキリー
スカートの処刑鎌の1本1本が、修練の果て、各鎌(かくれん)4つある可動肢の微妙な角度の組み合わせで射程距離内の
あらゆる座標をカバーするコト相叶うようなったように、キミも強制移動先を……変えられるよう、なれないか?」
 ぷしゅうう。半笑いのまま頭から黒煙を噴く輪。ちょっとよく分からないらしい。
「……予知ができる癖して未知の意見には本当弱いな…………」
「いえ……。未知の意見にどうしようもなく弱いから……予知とかできるようなったかと……」
 自分が情けないですと牧歌的にえぐえぐ涙ぐむ輪に斗貴子、嘆息しつつ。
「とにかく強制移動先を操れるか否か知る為にも、その条件とか、定義を、知るべきだ。武装錬金(ゴットフューチャー)が、
”キミ”の精神具現である以上、完全無作為の荒唐無稽である可能性は低い。キミの中の何事かが、理の通ったロジック
が、”すぐ傍”の距離を決めている筈なんだ」
「でしょうか。うーんでも予知の写真撮るとき考えるコトなんて『なるべくハッキリ写したい』ぐらいでして他のコトはあまり……」
「充分だ」
「え」
「ちなみにキミの写真は常に同じカタチ同じサイズで出力されるか? それとも敵や現象の大小に合わせた、その時その時
でまちまちな形状と面積か?」
「え? 一緒、ですけど……。どれも一律、普通のカメラで現像してできあがるのと同じ、一般的なサイズの、長方形ですけど」
 ならば『定義』はとても掴みやすい。頷く凛呼たる先輩に輪はだんだん歓呼の気分を覚えてきた。何か凄い指摘をしつつある
斗貴子への好感度がむしゃぶりつきたいほどの領域になりつつあるし、しかも彼女のお蔭で何やら自分の能力が新たなステー
ジに導かれそうな春の予感にさえ彩られている。戦闘開始直前だというのに、不覚にも、浮き足立った軽い酩酊に心臓わくわく。
「まかり間違えば今から死ぬかも知れないのによくもまあそんなカオができるな……」
 呆れたように言いつつも(ま、こういうタイプの方が人を引っ張れるしな)と斗貴子。
「覚えている範囲でいい。今までの予知で一番大きな敵と、一番小さな敵を思い出すんだ。強制移動直後の間合いはどうだっ
た? 完全に等しかったか?」
「え、ええと。あ、いえ。身長3m近いゾウ型の周りの地面ふっとばすスタンプ写した時はそこそこ離れた距離でしたね。逆に
身長110cm足らずの見た目が子供なホムンクルスの毒針使用は心持ちいつもより近い場所で撮ってた記憶が」
「なら”すぐ傍”の定義はベストショットの位置じゃないのか?」
 間髪入れぬ指摘に、輪は固まる。わが能力ながら考えたコトもなかったというカオだ。
 斗貴子は、粛然。
「一度目の撮影のとき見た被写体の体のサイズから、無意識的に割り出した『能力使用時の姿を必ず一枚の写真に収め
られる』距離こそ”すぐ傍”……という仮説をだ、一度立ててみる」
 なるほど先に写真のサイズと形状を聞いたのはこの絞り込みのためなんだ……気付いた輪は、更に気付く。
「あ、そういえば……戦闘開始前開始後を問わず『予知対象がどんな能力』か知っている場合、規模とか武装錬金が大振り
なものほど対象から遠かった気がします。逆に小さいと戦闘終了後、みくぶーとかから『もー近づきすぎ! 相手がちっちゃかっ
たから何とかできたけど、だからって無茶しすぎ!』みたいな怒られ方したコト多かったような気がします」
 ただ私そこまで厳密に距離を意識してた訳じゃなく、しかもすぐ人の話に同調しちゃうトコあるから今も津村先輩の話に引っ
張られているというか寄せてるだけかも知れませんけど……意味もなくしょげる輪に斗貴子は「素直すぎるのも考えものだな」
と軽く苦笑して、告げた。

「幹部達が来るまでにできるだけ検証しておこう。白い法廷の中なら巨大(ディープブレッシング)で検証し直しても悟られない」
「え? い、いえ、他にもやるコトはあるでしょうし、何より検証しても『敵との距離がほんのちょっとだけ変わる』ぐらいですし」
「今まで通りの発想なら、な」
「???」
「だがもし仮説が正しければキミは『強制移動中、敵の攻撃を瞬間移動で回避できるかも知れない』」
「はい!?」
 輪にしてみればありえない話だった。移動と撮影以外の一切を運命強制力によって封じられるまったくの無力状態こそ二度
目の撮影なのだ。なのにそのさなか回避ができる……? 一体どういう理屈だろう。
「結論から言うとだ。ベストショットの候補地を複数設ける。そして最初の候補地への移動中そこで不可避の攻撃に見舞われ
た場合、別の候補地での撮影を念じる。『別の候補地で撮影した未来』をキミの手で【変更(つく)】れば、軌道は自ずと変更
される」
「そーしたら瞬間移動……ですか……? あれでもベストショットの候補地を複数? 予知の写真はその時もう出力されてる
のに……? 構図が確定している訳だから……ベストショットの候補地だって1つにしか……絞られていないように…………
私なんかには思えますけど…………」
「そうでもない」
 凄烈なる傷の少女は告げる。
「キミは漫画を読むか? 私はカズキの好むピンクダークのナントカっていうのをわずかに読んだ程度だが、それに出てくる
『予知』というのは非常に曖昧なものだった」
「あー。ソレ好きです。2つぐらいありましたねー予知。どれも垣間見た未来の映像が『一見Aに見えるけど、実はBという現象
の結果だった』みたいなヒッカケでした」
「キミの予知にだってそういう曖昧さはある」
 ほえ。気の抜けたコーラのような声を漏らす輪。もはや慣れたと凛然たる斗貴子。
「いいか。予知によって確定したキミの未来っていうのは、『出力された予知の写真を、その構図で撮影する』部分だけだ。
撮影前キミが、敵の体の大小や、事前に見ていた能力の範囲から無意識に思っていた『あの場所で撮ればベストショットに
なる』、その『あの場所』へと移動するという部分だけは実のところ確定しちゃいないんだ。今までそう見えていたのは、キミ
自身が『あの場所以外で自分が撮影する未来など考えられない』と他の選択肢を自らそぎ落としていたからだ。本当は原理
上、複数の撮影地点を、移動先を、用意するコトは可能なんだ。本質的には私のバルキリースカートの可動肢の動きと同じ
ぐらい変えやすいのがキミにとっての座標(みらい)なんだ」
「うう、ええと、あの……」
「分かり辛いのは分かっている。噛み砕いて説明しよう」
 斗貴子、バルキリースカート2つで同時に円を書いた。ハの字に開く左右それぞれのつま先から10cmばかり離れた地点
にて処刑鎌が濡れ鼠色した砂の削り節を立てつつ作成した円はソフトボール大で、やや離れた輪からもハッキリ見えた。
「私から見て左のものを甲、右のものを乙とする」
「はい!」
 何が起こるかよく分かっていないがきっと意味のあるコトを言われるのだろうと、返事だけは元気のいい輪。(こーいうトコが
ちょっとカズキに……)、わけもなく若干照れに見舞われる頬をかきつつ、視線逸らす斗貴子、気を、取り直す。
「この円について説明する前にまずおさらいだ。キミの強制移動先が写真の、ベストショットを収められる地点だとするならだ、
二度目の撮影への移行期間中……発想しだいで変えられるように思う」
「まだ全然さっぱりですが、コレが結構重要な話なのは分かります!」
 無知だが蒙昧ではなく、清爽。素直全開な桜餅少女に斗貴子は知らず知らず頬が緩む。
「そう。今のままなら移動ルート固定の二度目の撮影は、敵からの捕捉イコール死だ。もちろんそうならないよう私達はベス
トを尽くすが、敵がその上をゆく場合は充分にある」
「だから攻撃された場合に備え……二度目の撮影への移行中、撮影地点、つまり移動先……状況によってはワープ先、を、
変えられるように……ですか? んーと、確かにそれができるのなら、敵の攻撃きっと避けられるって部分はわかります。
うまく応用して修練したら、千歳さん級の瞬間移動連発回避! とか可能かも知れませんから。……でも」
 カメラ少女は、もっとも根源的なコトを述べた。
「やっぱり私、ベストショットの地点……、一ヶ所しか思いつけないんですよ。プロのカメラマンならもっと沢山、でしょうけど……」
「そこで、この円だ」
 斗貴子は例のつま先やや遠くの円をしゃくった。

 ○     ○
 甲     乙
    ▼

「甲と乙、どちらから撮っても私の、同アングルの写真になる……というコトは有り得ると思うか?」
 輪は一瞬「え、なんですかその右を見ながら左を見る的難題!」と背筋をヤマアラシにしかけたが「右から……左?」と何や
ら気付いたのち少し考えて、答えた。
「まずどっちの点であっても津村先輩と向き合うコト前提ですけど……甲から撮るときは乙側に、乙から撮るときは甲側に、
それぞれ身を乗り出せば……或いは、ですね」
 もちろん体の微妙な角度などを勘案すると100%同じのものにするのは難しいが、甲−乙ラインの中間点から斗貴子を、
『正面アングル』で撮れるよう計らえば、構図の全体的な分類は同じとなろう。
「何より二度目の撮影時点で予知の写真は既にあるんだ。多少齟齬があろうが例の強制力で修正される」
「……ムチャクチャ強引な理屈ですね…………」
 運任せならぬ運命任せな辻褄合わせをしてくる斗貴子に輪は困ったように顔をくしゃっとさせたが、俄かに声を張り上げる。
「! あ、でも! 円!」
「そうだ。ブレイクやリバースを撮る時もこれで行け。連中のつま先の前にそれぞれ円があると考えれば」
「なるほど……。たとえば甲へと決めたルートを強制移動中、不意に」

 見舞われた、相対的に巨岩サイズな空気弾を、身長1cmの輪は、眼前ギリギリで、

──「乙ルートに切り替えれば」

 瞬間移動で掻き消え最速の弾丸の軌道外へ逃れるコト、可能!!!

(やった! 練習どおりできた!)

 右側を宇宙船よろしく最大船速で流れていく濡鴉の吹断に会心の笑みを浮かべられたのは刹那のコト。

「…………ふふっ」

 逃れた先の軌道上に無数展開していた銃弾の嵐にカメラ少女の口角が凍りついた。

(よ! 読んでた!!? 初めて見る私の能力の、しかもついさっき習得したばかりの裏技的回避を一体どうして!!?)
(保険掛けただけよ)
 ブ厚い弾幕を張ったのは、直前に濡鴉を放った左ではなく……右の銃。濡鴉再チャージさえ中止すれば従前の如く撃ち
まくれるという訳だ。もちろん例の硬貨が纏わりつきつつあるため速度こそ逓減しているが、輪が突出したぶん距離は近い。
よって弾丸は、完全停止するより速く輪の方から衝突され……半ば被害者気味に、砕くだろう。
(さくらもっちちゃん? 私はあなたの能力なんて知らないけどね、戦士たちがこの土壇場で縋るぐらいだから、能力的に
かなりの素養があって、しかも信頼に応えるぞとばかり弱いが故の計算外した爆発力をして最速の弾丸すら一度ぐらいな
ら回避できるだろうって信じていたの。大ッ嫌いなリア充だからこそ、私を怒らせるような妙手を打ってくれるって、予め考え
て、覚悟しとかなきゃ、ほんっとイラついてブチ切れて隙突かれて勝たれるだけだから、精神衛生上、信頼したの)

 リバースがゴットフューチャーを初見だったコトはむしろ彼女にとり幸運だったといえよう。なまじ以前の輪を知っていたら
『軌道修正が不可能』という前知識のせいで術者曰くの『さっき習得したばかりの裏技的回避』発動に混乱し、隙を突かれ
ていたろうが、初めて見た姿が、発展後のものであれば、
『これが平常、初発動からこの姿』
としか思われない。
 つまり新能力開眼は、開眼したという事実それ自体が有する、先入観への奇襲的なアドバンテージを、リバースに対して
は発揮できなかったという訳だ。

(あー。土壇場で『つま先の前の○』、16個ぐらい浮かぶようになったけど)
 うふと輪は笑う。
(弾丸多いからなあ。だめだ。どのルート選べば助かるか……わからないや)

 だが被弾によって死去したとしても、ブレイクを、虹封じの瞬間を、撮影するコトだけは予知上確定している。

(たぶん死体になっても自動で動く……かな? ……ん? 死体になっても?)

 輪は気付いた。

(あ、死体が撮影するなら……生存補正って実はなかったり……するん? どうなんだろ)

 微かな疑問も浮かぶが──…

 撮影さえ担保されているなら今から死んでも大丈夫と、『今夜はめずらしく早くお菓子食べ尽くしちゃったから、9時前だけ
どハミガキしちゃおう』ぐらいの気軽さで。

 輪は、あっけなく、受け入れ──…

(「軍用イルカの武装錬金! リトミックQ.T.E!)
 大声で囁くという、器用なる音羽警の声芸によって魔酔から引き戻された。
(あ……! 『さっき初めて練習したばっかだから、忘れてた』!!!)
 視界内には黄色の矢印が15個。赤色の矢印が1個。いずれも3DCG特有のテカリを発しながら前方を指しており、まさに
紅一点というべき矢印は忙しなく点滅を繰り替えている。更に額を軽く覆う前髪の付近には4桁の数字。真ん中をコロンで区
切られたそれらの数字は、右にいけばいくほどに、9から0を目指す降順の変動が凄まじく速くなっている。タイマーで、あった。
総ての数字はいま、黒から赤へ変じた。
(「00:14」!! あ、コレ! 一番おっきな桁ですら「10秒台」……だったよね!!?)
 白い法廷におけるブリーフィングにて聞いている輪は……

──「いいか。予知は貴重な能力だ。そして幹部はココでリバースとブレイクを斃せたとしてもまだまだ8人……」
──「そ、そうですよね。『次』の戦場で他の誰かを助けられる方が、いいん、ですよね……」

 何かと死にむかいがちな精神の舵を、斗貴子の説諭で『次』にむかって切り替えつつあるから──…

(……。可能性がある以上は、だよね! 急がなきゃ! 早く選ばないと弾丸! 本当に、よけられない!)

 前を指す矢印のうち赤の物を大慌てで選択した。

「どこへ逃げれば安全か分かる武装錬金?」
「そ! 音羽警の武装錬金ってばチョーチョー軍用イルカの自動人形だもの! 周辺一体への音波反響で安全ルートを割
り出すなんてチョーチョー朝飯前!!」
「ちなみに自動人形といってもだね、御前君のように自由自在動き回れるって訳じゃないよ。ふふ、私みたいに不自由だね……。
でもあっちはイルカだから陸上じゃ自由に動けないのが当然だね、だから自動人形と一体化してるチョーカーで音羽君の
首に装着して使うんだ。音羽君の声帯の振動を増幅して人間には不可聴の超音波へと変換してるんだ……。だのに私ってば
人間で陸上にいるのに、イルカ並みに動けてないとか……駄目だね……ふふ、ふふふ……」
 アジト急行組。何がどうなってかかる会話になったやら。ともかく桜花は天辺星と奏定から音羽警の特性を聞いていた。

「しかもこれって他の武装錬金特性ともチョーチョー併用可能! 中村剛太あんたのモーターギアのそのシャーってチョーチョー
なるモードはもちろんのコト……」
「スカイウォーカーって言えよ教えただろ何度も……」
「無理だ。天辺星さまの短期記憶領域は過食実験用の手術を受けたネコの満腹中枢よろしく壊れている」
「千歳さんのような瞬間移動系能力ともコラボできるって、だいぶ前にチョーチョー検証済みよ!」

 むろんQ.T.E(Quick Time Event)というぐらいだ、時間制限は、ある。これは音羽警のゲーマーとしての感性とも
決して無関係ではないが、実戦ゆえの迅激きわまる状況の変化を極めて正確に反映できるがゆえの止むを得ない、きわ
めて現実的な仕様である。

(ひいい、次から次にルート指定があああ!! 弾幕の濃い部分に入ったせいかスパンどんどん短くなってきたしぃいい!!)

 1回押し間違えるだけで即死亡ゲームオーバーのQ.T.Eを必死に捌く輪。泣き笑いでくっしゃくっしゃの顔から飛ぶ涙は、
海藻ミネラルで真白なワカメの形を呈している。

(けど、これで!!!)

 距離的に恐らく最後だと思われる矢印を心の中で思いっきりブっ叩いた瞬間!!

(っ! 私の銃撃を……抜けた!?)

 輪は稠密(ちゅうみつ)極まる弾丸嵐の僅かな隙間を輝くジグザグの帯となって抜き去った!!

 それは能力の副産物に瞬間移動を有し、かつ、クロムクレイドルトゥグレイヴの年齢操作で身長151cmへと成長したの
ちバブルケイジ10発でキッカリ身長1cmになれた輪ゆえが成しえる奇跡……否! 連携の、恩恵!

(あのコが持ってるのは……『カメラ』!? 『写真の傾向』! 大なり小なり、『動きを封じる』!)
 最愛の青年に斯様な特性(もの)など浴びせてなるか、
(妙な回避能力を持っていると分かったいまあのコ本人への狙撃に執着するのは下策! こうなったらバブルケイジ! あの
コの近くにある風船爆弾の破裂の風! 1発浴びせれば消滅だから……切り替える!!!)
 左手の銃をも動員したフルバーストに移りかけるリバースの動きを
ごくごく遅延させたのは耳朶への痛打!!
「流星群よ!!! 百撃を裂けえええええええええええええええええええええええええええ!!!」
 鐶!! 呪縛した筈の彼女が右掌からまさに閃電の速さで撃ち放った光のつぶてが義姉の全身ごとごとくに着弾し動き
を止めた! 集中した一瞬を持つ筈のリバースが斯様な被弾を許したのは直前それを終えた硬直のさなか、しかも一斉
射に移行しかけた”おこり”の呼吸を突かれたからだ。ダメージこそほとんどないが、(栴檀貴信、さんの、技!!?) 着弾
の微妙な振動は2つもの銃口から、輪に向かうネバつく視線を……奪う! 外す!
(なん……とか、間に合い、ました無銘くん……!)
 トラウマの制動は、半覚醒のなか立ち上がろうとするより難しい。意識があるにも関わらず全身の神経がいつもの如く駆動
せぬ乖離に苦しむような状態に鐶はあったのだ。輪の撮影は妨害させたくない、だが義姉は恐ろしい。背反と葛藤のなか
なおも動かぬ鉛の如き図体を辛うじて最終局面で動かしたのは──…

──「本当に姉を愛しているのならば止めて見せろ! これ以上の魔道に貶めてやるな!!!」

 恋してやまぬ少年の、言葉。

(で、立ち直るやいなや……貴信さんの速射の模倣!!? くっ! これだから声の大きい人は……!!!)

 銀成で超新星の方を借りたのはリバースだってイオイソゴから聞いている。で、あるから原理上不可能ではないが……
局面に合わせ、一発かわされれば終わりの大光球ではなく火力こそ低いが連射力ゆえ瞬間制動に長けた流星群を選択
してきた判断力こそ我が義妹ながら恐ろしいとリバースは思う。

(乱撃ながらバブルケイジの間を縫っている手腕は見事! けど所詮は数だけの攻撃!! 並みのホムンクルスなら制圧
されるんでしょうけど!!)

 レティクルエレメンツ海王星の幹部リバース=イングラムはすぐさま我を取り戻し……射撃体勢へ!!

「っ!!? ぬ、ぬううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!」

 鐶はさらに輝くつぶてを激しくするが悉くを浴びている筈の義姉はわずかなぎこちなさを帯びたにすぎぬ。

(撃たれながらの射撃が命中率を1%にするっていうなら!! 100倍撃てばいいだけよ!!)
(マズい……です! 想像通りバブルケイジの逆利用に行き着いているのもさるコトながら、リトミックQ.T.Eの弱点は確か!!)

──「連続使用に弱いんだ。使えば使うほど、選べば回避できる矢印の、その表示時間がグングン短くなる」

 つまりミニガン並みの連射力有するリバースには本来……構造上、弱い!!
 ぎぎぎとなおも執拗にトリガーへ指を伸ばす海王星の発する凄絶な陽炎は斗貴子ですら戦慄させうる魔海の瘴気!

(動く!? わずかとはいえ説得の硬直をしている状態で、不意の流星群を浴びたんだぞ!? しかも連携による連続回避
に動顛しているのに……!)
(殺す殺す殺すもう使命とか足止めとかどうでもいい趣味で殺す理念で殺す口先三寸で温かな恩恵まわりから受けてるよう
なリア充さくらもっちちゃんは絶対殺すブチ殺す!!)
 とうとう引き金に辿り着いた指が絶対的な執念のもと引かれた瞬間、破裂音がし、輪は血の花に彩られた。

「ぐ……が…………」

 虚脱の呻きと共にガッポと血を吐く。リバースが。

(な、こ、これ、は…………)

 くすんだ黄色の福沢諭吉はその皺にみるみると朱を吸っていく。生えていた。一枚の一万円札が、襷懸けに生えていた。
袈裟斬り……というべきかも知れない。細身ながら豊かなリバースの、右肩から左脇腹へと抜けた紙幣は、右肺と、何本か
の肋骨をすっぱりと切断しており、それがためか、夥しい量の血をぼったぼったと未舗装な土色に落としている。右肩から左
脇腹に抜けるぐらいだ。尋常なサイズの紙幣ではない。そこそこの特番なバラエティ番組でレースクイーンが両手で掲げる
一千万の小切手ぐらいの、短い辺で地面に立てれば間違いなく大型看板級なサイズであった。

(た、確か……バスターバロンにも、発動した……)
(ウォーエンドノーマネーさ)

 ザっ。背後4mの地点で足音がしたがリバースに振り返る暇(いとま)はない。『ある対処』に脳髄が奪われつつあったからだ。
 建物の角の陰とはいえ来ていたのは……ライトグリーンしたサソリのハサミのような双鬢をもつ少女・鳥目誕(イツワ)! 
 心中軒昂と、さけぶ!

(ウォーエンドノーマネーさ!!)

 戦費の武装錬金! 敵の精神由来の攻撃を戦費に換算しその威力を減衰せしめる能力とは既に幾度と述べたが

(それはあくまで『硬貨』状態の話さ!!)

 リバースたちは気付いていなかったが、日本国の通貨または紙幣の姿を擬して発現する『戦費』は種類によってさまざまな
能力を有する!! まず硬貨であるが

(単位:円玉)
001 …… 減衰(小)
005 …… 貯蓄(小)

010 …… 減衰(中)
050 …… 貯蓄(中)

100 …… 減衰(大)
500 …… 貯蓄(大)

 額に応じた減衰をすぐさま敵攻撃に施すものと、攻撃を減衰ナシで受けつつその威力を『貯蓄』するものに分かれている。
(なお減衰/貯蓄の割合は『敵攻撃の威力×受けた硬貨の額×0.01』)

 貯蓄とは何か?

(バスターバロンやリバースに炸裂した『内部からの攻撃の、資金』!!)

 攻撃を受けた『貯蓄の硬貨』の額が、1000、5000、10000に達するたび鳥目は、『攻撃直前または攻撃中の対象の、その
身長の3倍以内の半径圏内にいる場合』に限り、任意のタイミングで(対象を)内部から紙幣で攻撃できる! 
(むろんその威力は『貯蓄硬貨が、紙幣額に達するまで受けた攻撃威力総計×紙幣額×0.01』)

 リバースは誕が『造幣』と呼ぶ内部からの炸裂により、輪に敢行しかけた発砲の威力の実に248%に匹敵する類型貯蓄
攻撃力をその身に浴びたのだ。
 すぐさま消える1万円札。だが傷は、残る。なおも淋漓たるバラの飛沫が落ちる、リバースの、足元に。

(みくぶーちゃんやシズQのサポートでちまちま貯蓄していたのはこーいった場合の布石さー!! バスターバロンの体当たりの
ような一発で何万円分もの貯蓄ができる威力と違ってマシーンの威力は(人間にとっては恐るべき即死の威力ではあるけどさー)
錬金術的には弱い部類だから、いっぱい稼いでおかないと『造幣』の威力を返せないさー)

 斗貴子曰く『精神の具現ゆえアトランダムはありえない』のが武装錬金ではあるが、鳥目の戦費は意図的にその様相を取りいれ
ている。というのも戦場に流通しうる硬貨は『安いものほど多くなる』。理由は簡単、精神の具現だからだ。精神の具現だからこそ、
100円玉や500円玉といった各部門最高の能力を有する戦費は量産が効かない。その気になればこれらだけでの運用も当然
可能だが……

(バスターバロンのような巨大兵器またはリバースのような手数の多い奴が相手の場合は質より量さ!)

 広範囲をカバーするため敢えて性能低き1円玉や5円玉を、産生。

(そのため『貯蓄』側へのヒットは想像より低く今までのリバースの総攻撃の4割程度! それのさらに100分の1となると
流石に即死級じゃないさ! だって防御力無視まではできないから、調整体な幹部級はその防御力で皮肉にもこっちの攻
撃を減衰するさ、でも、それでも! 戦費が最速の弾丸に”おっつけない”としても! 2つ使いきった後の、通常、なら!!)

 写楽旋輪を巡る攻防さいごの土壇場で妨害するコトは、可能!!

(……っ!! 被弾の仰け反りの中でも、一応は……!)
(そう! 一番怖いのはこの土壇場でなおコラテラルダメージの狙撃で輪さんを狙うコト、です!! 封じるには……!)

 ごく一瞬。鐶光の面頬が変じた。物理的には輪のものだった筈の顔が、白皙の、清爽たる自信に満ち満ちた金髪の男の
ものに、刹那の間だがモーフィングした。

「……フ」
(総角主税の……顔! くっ! 確かに血を残したら……複製される! 私のマシーンがそっくりそのまま敵(むこう)へ渡る!
変身はつまり怒っていてもこの件思い出さそうようって魂胆だけど……いやいやいくら私でもDNA落としたら絶対に絶対に気付

──(コンセントレーション=ワン発動前に直撃するほど速く……光ちゃん以上に、強い……、かぁ)

── 吹き飛ぶ幹部、『口の中の違和感』をぷっと吹き捨てる。過ぎ去る屋根の上でエナメルが白く跳ねた。びきり。沸騰する思
──いに両目を見開く。赤と黒に彩られた2つのレモンに宿るはむろん絶対の殺意である。

ギャー!!!)

 まずいわまずいわアレどうなったの回収されたの回収されてたら大ポカまずはどうしましょうそうよこの場を切り抜けましょう
切り抜けてから探しましょううわーんポカかもだよブレイクくんんん!! などと動揺したのは素粒子が生まれて死ぬまでの
僅かな時間。

 いまは鳥目の造幣もたらす血のしぶきをどうにかしなくてはならぬ。
 宙を舞っているそれなど一見回収しようもないように思えるが、こと吹断の銃手に限っては別である。

(銃弾製造用吸気性能を……転用!!)

 ハイパワーなモーター搭載の掃除機顔負けの音を奏でる銃二挺に不可視の空気が集中していくとみえたのも束の間、いま
だ宙で玉すだれを描いていた紅血がガボガボと凄まじい音を立て銃身は吸気孔に没した。
 吸引は、凄まじい。
 砂埃が舞ったのは地面に落ちた血液を雑多な砂利ごと回収するその、予兆であった。質量ひくき砂礫の方がまず、という
訳だ。むろん現実の銃に砂利の類なぞ入れ込めばまず発射機構、致命的な損傷を免れ得ないが──…
 錬金術は、超常!
 対処はまったく放胆きわまる曲芸だった。回転したのだ垂直方向に銃が。西部劇などでよく見る「くるるっ」は拳銃に限られ
るものだがあろうコトかリバースはそれをサブマシンガンで敢行したのだ。フォルムは、溶けた。残影の円盤と化したのは9
00度つまり2回転半でありしたがって空中静止した2挺の銃は銃床を天に向ける”さかさま”だった。が、それがよかった。
リバースがわずかに両掌を前進させるだけで『ホムンクルスの捕食孔』は銃口を数cmばかり咥えたのだから。
 銃口というがアサルトライフルのような細ッこい円筒ではない。拳銃のそれですらライターより絶対小さいとは断言できぬ
縦長のゴテゴテしたサイズなのだ。いわんや、サブマシンガンをや。捕食孔は確かに人間を喰うための器官ではあるが、
その方法が『特殊な酵素で骨等を溶融せしめたのち吸い尽くして摂取する』、さながらトコロテンや蒟蒻ゼリーを啜って啖(く)
らう方式である都合上、その”口”が顔面のものを超えるコトは希であり、現にリバースのそれもまた矩形のひび割れも見る
や控えめな可憐な小型正方形であるコトを考えるといやはや彼女の物ながら銃口、咥えているのがややインモラルですら
ある。
 そして。発射。
 決め手は清純な少女の頭頂部から伸びる長大な癖っ毛いわゆるアホ毛。我が身の左前方へと一度は歪曲を極め伸びた
プラチナ色の毛髪はさかまさの銃ら目がけ舵を切るや例のワイヤートラップもかくやというほど強(こわ)くまっすぐにビィんと
伸びた。(神業……!)。一瞬の光景をただひとり目撃していた鐶光の瞠目もむべなるかな、義姉のアホ毛は細身とはいえ
成熟した少女の肩幅の分だけ離れているサブマシンガン2つのトリガーガードと引き金の間のわずかな隙間をそれこそ針に
糸を通すような精度で抜けていた。神経の通わぬ毛髪が行ったこの超常の絶技がホムンクルス調整体としての後天的機能
……ではないというから恐ろしい。鐶は見たコトがある。まだ人間だった頃のリバースが──…
 米に! アホ毛で! 字を! 書くのを! 
 つむじに何か、異常発達した筋肉でもなければまず説明のつかぬ特技であるが。
 それが今、銃を撃った。素早い。左右とも一瞬で2度3度撃った。
(私は戻す血を戻す……!!)
 熟練した看護婦の静脈注射もかくやの手際でドウンドウンと体内へと送り込まれたのは血であり……砂利。

 鐶、瞠目。

(リーダーの複製を防ぎつつ、異物のジャマを銃から除去……!)

 鮮やかな判断、そしてやり口だと感服すらした。残る片方の銃も同様の処置。

 無論それだけであれば造幣の傷から再び出血する堂々巡りに陥るがリバースは『直前行ったある対処』によって回避
を見事遂げていた。以下は銃を投げる前の行為……。
 吸引という、装具と空気の摩擦を極めて恐るべきスピードで成したせいで過熱状態にある銃身を、先の造幣傷痕に当て
たのだ。つまりは焼いて行う類の……止血! 
 じゅっという音が肉体でした場合、人間であれば肉の焼ける匂いの1つもするが、ホムンクルス調整体はやや違う。金属を
体組織に有する都合からか、甘くふわとろな少女の香気に合金用試薬の事務的な刺激臭が織り交ざり、しかもそれは溶融
特有の、不安定でうだるような熱気によって百戦錬磨の戦士たちですら未知の奇馥(きふく)と形容する他ない『郁』であった。

(ま、予知の写真にあったのは衣服の破れこそあれど止血済みの姿。鳥目の最高額を以ってしても血液は得られないのは
予め分かっていた。『総角の古巣の幹部である以上、奴対策は充分に叩き込まれているから絶対防ぎにくる』のは更に、な。
だがそれでも……よくもまあ、一瞬で)

 見事な手際と斗貴子ですら皮肉まじりにとはいえ感嘆したが。
 リバースは余裕に浸れぬ! 無理もないコト! 通路は右手より、破壊エネルギーを帯びた二体目の自動人形が剛速球
で殺到している! 大砲に撃ち出されたとみまごうばかりの圧威は着弾を許した場合頑強きわまる調整体のリバースですら
四肢または腹部や胸部、或いは頭部の喪失を免れえぬコトを雄弁に物語っていた!

(こ、このタイミングで!!?)
(鐶と誕(イツワ)の作ってくれた隙……ムダにしない!!)

 ばっと掌が飛び去った右目で彼方より睨みすえているのは──…

 財前美紅舞。

 いまだ廃屋群の端で夕映えしょいつつ駆けている彼女はどうやら一瞬前、

(鐶が、言葉と、星で、アンタを封じてくれたから間に合った! 自動人形を投げつけるのが、間に合った!!)

 例の戦時国債のエネルギーを身体の回復に回している都合上いまは撃てぬ光弾の代わりにと、リバースの自動人形を、
彼女が差し向けた足止めを、なけなしせめてものオーラで包み……剛速球で投げつけていたとみえる。
 そして言葉からするとどうやら造幣については想定済みでこそあれ、それのみでは間に合わぬ、際どさの中にあったら
しい。

(しかしさっきの海王星の言葉……。おそらく鐶が化けてたのは……輪、でしょうね……。まさか摩り替わってとは……)

 完治には程遠い状況での渾身の投球に膝から崩れ始める美紅舞。

 かくして投げ放たれた我が自動人形のただならぬ破壊制球ぶりを見るリバースの目は……怒りと焦りに見開き、血走る。

(この気魄……! 受ければ壊れる! 銃身で、すらも!!!)

 平素であれば『濡鴉と同列の、火力特化のマシーン術技』または、コンセントレーション=ワンと併用した体術によって
まず捌けた攻撃であるが、前者は濡烏連発による枯渇状態、後者は輪捜索で使用直後で、しかも先ほどの造幣発動に
よってリバースはいま、失われた血を入れなおしたばかりの循環再開前・虚脱状態にあるためいずれもできぬ。そも、銃は、
撃てない。先の変則輸血ゆえ銃口はいまだ捕食孔に刺さったまま……。
 だからこれにて弾くにしても『掌に刺さったまま』という、不安定な姿勢である以上効果はあまり見込めない。銃床で眼球
を老婆の乳房にできたのは強烈なる『握り』あらばこそなのだ。

(最善手は自動人形の解除だけど……!)

 心に去来する土星の幹部が『できない』理由であるのはリバースのみが分かる機微……。

 ロングスカートがまろぶように舞った。遊泳する天女のような姿のすぐ後ろを、凶弾と呼ぶにはあまりに華麗な黄金の
球体が轟然と通過した。

(急いで銃を戻して狙い直s)
(もう、1発!!!)

 薙ぎつけてきた水平の円盤に笑顔の少女がねじくれた皺を浮かべるのも仕方なきコト! 何せ飛んできたのは──…

(マチェット……! 私の自動人形の装備品!!)
(時間差で投(や)られないとでも思ってた!? バッカじゃない!)

 崩れ行くなかなお執念でみくぶーが行ったそれは本当にただの投擲だ、エネルギーも何もない。弾速も先ほどより遥か遅
い。
 が、刃物だ。包丁程度なら小刀に見える長い刃物だ。
 それがブンと旋回しながら……幹部に迫る! もちろん錬金術製の武器でない以上、直撃しても調整たる幹部への致命傷
には成りえない。むしろ逆に弾かれる公算の方こそ高い。……『普段』なら。

(けど今は違うわよリバース!! 造幣の傷!! つい今しがた焼いて止血したばかりの傷にソレ当たったら……どうなる
かしら!? 腐っても勢いよく旋回している刃物よねソレ!)
(開く! いくらホムンクルスでも塞がったばかりの傷に当たれば開く、血が出る、採られてしまう!!)
 繰り返すが銃口は掌にある。吸引の行使は銃床を握っていなければできない。つまり立て直して再吸引するまでの”ラグ”の
間に採取される危険性が、高い。更に輪めがけ1歩進むリバース。失血と蹈鞴(たたら)でよろめく最中にあってしかし必死に
『半回転』を始める。ヒュルっと旋回したサブマシンガンら。しかしそれらが再び握られるまでの時間はリバースにとって永劫に
思えた。

(まっさきに握りなおすべきだったのに……みくまいさん2つの投擲の回避を優先せざるを得なかった! わずかな時間しか
ないというのに……攻撃ではなく回避に注ぎ込まざるを得なかった!)
 輪狙撃に執心すれば血を採られ……総角にマシーンを複製される状況だった。仲間が己の能力で傷つくのは、はみだし
者なりの連帯感ゆえ耐え難くはあるが、それ以上に複製をさせてはならぬと思わせたのは……実父と義母の存在ゆえだ。
たとえ戦士側に許してしまったサブマシンガンの収奪が不可抗力によるものだったとしても、ひとたびイオイソゴに内通利敵
を疑われた場合、『口はあまりうまくない』リバースにはもう覆す術がない。つまり……最愛の妹に返すべき両親が、あと一
歩のところで、自分のせいで、再び奪われてしまう恐れがあるから……採血に繋がるあらゆる攻撃を過剰なまでに回避さ
せた。
(この土壇場での前進は致命的だって分かってるのに……!)
(そうよそこを考えた上でやった訳! もうメチャクチャでしょ測距! わずか1cmぽっちでいまだ二度目の撮影の強制力
で空中推進移動中な輪を! 新たな場所で僅かな時間で狙いなおして撃てと言われた銃使いの感想なんてただ1つ!!
『バッカじゃないの』!)

 銃弾の嵐を避けきってなお、二度目の撮影の強制力で推進するちっぽけな標的(りん)に、たたら踏みつつ乗り出した
新座標から、撮影までの1秒もない僅かな間に、再び狙いを付け直すのは……銃使いにとって非常に困難であるが。

(戦士なんかに、弱みは……!)

 ハッタリも大事と、なお悠然と銃を構える。

(総角さんへの処置で二手三手遅れたのは事実。だけどこっちには、まだ──…)

 上空で無数の火球が花開いて消滅する音を聞いたリバースは、一瞬息を呑み、瞠目すると……

(ポテトマッシャーなんか比じゃない速度した『コレ』を防ぐ……!?! 読んでなければまず間に合わない、のに……!)

 今度こそありありと敗亡を浮かべた。

(『彼』だけなら出し抜けてた……! 備えるよう言い含めていた敵の指揮官こそ……有能……っ!!)
(ご理解いただけましたか? 特性ガチャ抜きでも充分利用価値がある、と……!)

 どこかで燕尾服の青年がモノクルを直す。

 上空。自動人形が何度目かの反動に見舞われた。炎を噴き雲を引いて遠ざかっていくのは爆風/破片弾頭搭載地対空
ミサイル。発射装置はFIM−43レッドアイ。1.28mの全長は、ぬいぐるみほど小さなリバースの自動人形には甚だ不釣合
いな大きさだ。この、有効射程500〜5000mの携帯式SAMは航空機をも撃墜する火力ゆえ、風格にじむ風貌たるやまず

 ロケットランチャー

といっていい。

 それのしかも連発を以って現在わずか1cmにすぎぬ写楽旋輪を着弾の広域爆圧で惨殺しようと目論んでいたのはいや
はや背筋も凍る発想だが、

(スターストリークミサイルの武装錬金……プラチナサクロス!)

 斗貴子の読みによって地対空で配備されていた月吠夜の通常攻撃が悉く……阻んだ。

──「土壇場のリバースは必ず自分を囮にする」

──「囮にして、自動人形で、輪を狙う」

──「ポテトマッシャーか、或いはそれ以上の火力で……狙わぬ手はない」

 そもそも戦士は武装錬金でしか敵(ホムンクルス)を殺せないが……幹部は違う。相手は戦士(ひと)だ、市販の凶器で
充分殺せる。

(よってサブウェポンに軍隊じみた兵器を選択するのは充分正しい判断というか、大手の共同体はだいたいそうしてます
からね。武装錬金を持たぬ信奉者を対戦士の戦力にできる数少ない手段ですし。通常兵器で損耗させるだけ損耗させて
初見殺しの特性で仕留める! お手本ですよ、波状攻撃の)
(ま! 純然たる錬金術師に率いられてるトコは兵器なんて邪道ってばかりぃ? 武装錬金一本でやっちゃうけどねー。
最近じゃあ、L・X・Eとかー? キャハハ!)

 かくて別働隊たる月吠夜に最後の手段を封じられたリバースだから、『ありありと敗亡を』……。

(コレで……あのコが…………!!!)
(撮影ッ!!!)

 ブレイクに対する写楽旋輪のシャッターが、切られた!!! それ即ち……

(来るッ! 虹封じ!!!)

 果たして螺旋状に歪んでいくサップドーラーの虹! もとよりこれはブレイクが、身長吹き飛ばしと射撃妨害の二者択一迫る
バブルケイジを撤兵させるため背後の剣の者……つまり斗貴子に掛けた禁止能力を中和するため放たれたものではあるが、
本質的にはあくまで、『虹封じ』なるブレイクの、調整体としての謎めいた能力を引きずり出すための囮に過ぎない。
 そして実にまったく夥しい苦労の果てようやく奏功した写楽旋輪の二度目の撮影もまた!!!

 虹封じが所定の座標にきたという合図に!!

 すぎない!!!

(ペイント弾の武装錬金・ベクシリファー!!!)

 どこからか無音で飛翔してきた大ぶりの弾丸が虹をば飲み干しつつある謎の歪みを直撃した!

(──────────────ッ!)

 常に飄々としているブレイクの灰色の瞳が純然たる驚きに見開いた。

(し! どーにか命中ゥ! 本当は単体でやれたらいいけど、形状が形状ゆえ弾頭が丸っこいからなあ、弾速遅いし、しか
も中身が中身だから量産効かず基本1回に1発……。格下ならいざしらず幹部級相手だと予知なしじゃ、どこに来るかの
事前情報なしじゃとてもとても……。リバースがいつも通りだったら絶対サブマシンガンで撃墜されてたし……)

 当てられない、と本人ですら評するものを数多くの連携と策謀の果て浴びてしまった天王星の動揺は、大きい。

(い、一見おなじ場所にあるようで実は『常に座標を変えている』コレをピンポイントで!? 何の攻撃!? 本命じゃなかっ
たんですか、さくらもっち!?)

 しかし動揺はわずか一瞬である。自分めがけシャッターを切った、背丈ゆえ全裸ゆえまさしく妖精のような少女を

(通常なら絶対わからない『座標』を確定しえたのは間違いなくこのコの能力! だったら最接近できている今こそ始末!!)

 ハルバードから溢れた光弾のつぶてが輪を襲う。第二の撮影までであれば状況ゆえ輪を探す余裕のなかったブレイクだが、
撮られてからであれば話は別だ、別なのだ。それこそ兼ねてより指摘されていた『近くで撮影する危険性』によって殺害の憂き
目に遭いつつある。撮影地点は斗貴子の教導によって微調整こそできるようになったが、まだホヤホヤ、『すぐ傍』の範疇まで
はいまだ脱していないが故の危難である。

 斗貴子は緊張の面持ちでそれを見つめ──…

(が、それも読んでいた!!)

 ブレイクの額で謎めいた衝撃が弾けた瞬間、湿っぽい黒い影が輪を攫って手近な建物の影へと音もなく降り立った。

(……ひ、額に一撃かまされた、つーコトは……!!)

 久那井霧杳。夕映えで濃厚なる影に溶け込む寸前天王星を振り返った彼女はにいっと悪相で……笑っていた。髪も肌も
ずっくり濡れそぼっている水妖の美少女なだけに邪美はいっそう凄まじい。
 回収したのは輪だけに留まらぬ。先ほど後を追うよう気絶した藤甲地力をも小脇に抱えており……何故だか右足立ちで、
ト、ト、ト、と跳ねつつ闇に消えていく。

(な、なんで動けるんすか!? 浴びれば行動不能確実な、心の一方をモロに浴びた筈なのに!!)
(初めて見るが見事なものだ。……『仮睡自在剣』)
 とは、眠りまたはそれに属する攻撃を浴びたときその効果を肉体の一部に凝集する技である。
 武装錬金・一天地六が弱点とする速攻不可避の行動不能技への対処は既にあったと見える。右足立ちで去っていくのは
恐らくだが心の一方の麻痺作用を左足に集めたからではないか?
(本来は雨師とかいうあまり馴染みのない流派の忍法の、更にカウンタースキルだから果たして忍法といっていいかどうか
分からないが……とにかく久那井はそういった物を数多く所持しているらしい)

 伊賀、甲賀、根来といった有名どころから外れた能登や飛騨、真田その他のものを、数多く。(ちなみに少し前ブレイクに
施した『巨大な女の生首』は能登忍法「食虫花」)

──「キミの能力はマトモにやり合う限り絶対持久戦になる。だからブレイクは必ず禁止能力での昏倒を目論む」
──「…………」
──「昏倒させられた場合でも、話に聞く仮睡自在剣で伏せ札になれそうか?」
──コクコク
──「ならば伏せ札は任せる。喪神したと見せかけ、撮影直後の輪をブレイクの眼前から攫い遠ざける伏せ札を」
──「…………」
──「本当は鐶のキツツキの舌でもいいんだが、輪への偽装が看過されなかった場合を考えると、な」
──フムフム
──「見抜かれた場合は場合で、義姉(リバース)の威圧で硬直して……というのもありうるから、キミに頼む」
──オケオケ
──「なぜ指で輪を作ってウンウン笑う。キミ、案外ノリのいい性格なのか……?」

(例の奇妙な技直後の、トドメを刺されかけているのにピクリともしていない時は本当に焦ったが……)

 二度目の撮影がいよいよ終わるというころ、リバースが自動人形を投げつけられていたあたりで、斗貴子は付近に横たわっ
ていた久那井がわずかに動いたコトでようやく自在剣の発動を知ったのだ。

 詳細などいっこうあずかり知らぬブレイクだが、確かなのは。

(むょっちのせいで、さくらもっちを仕留め損ねた……! その上!)

 泥木の、ベクシリファー。
 破裂した弾丸から溢れた液体はさほど多くない。そこそこの入りの小瓶を倒した程度だ。おおむね透明だがラヴェンダー
の花弁で淹れた三番茶程度にはほんのりと薄く紫がかっている液体は、虹封じ破りの歪みの上でそのまま四方へ飛散する
かの如く思われたが……劇的な変化を遂げる。
 ぴしゃりと”そこ”にある何かの丸っこい輪郭の上でひとしぶきしたと見えたのも刹那のコト、不可視だが存在が確定した謎
物体の上に、ぽた、ぽたと落ちた数多い雫たちが、なんたるコトか、クレイアニメのうろつく粘土の如くモゾモゾと左右に振
れながら潜り込むような動きを見せ……細長くなって急速に伸び始めるではないか!
 垂直や水平に、ではない。ぐねぐねと不規則に曲がりくねっているのもあれば、伸び始めた途端ふたまたに分かれ螺旋を
描き始めたものもある。一番多かったのはどんどんと枝分かれをしながら葉脈状の模様を描くものだろう。
 他にも違うものが2〜3あったが、共通しているのは、それらが総て、ブレイクの方へブレイクの方へと伸びていくコト……。

「ぞーえーって……なにさ?」
「造影は造影だよっ! いくちゃんは医学に詳しくないけど、血管に、レントゲンで映るようなお薬流し込んで見やすくするよう
な技術☆!!」
『それが泥木奉氏の武装錬金、か!!』
 アジト強行偵察組。栴檀貴信&香美とコードネーム:城田いくの会話。

(そうだ。造影剤。戦士・泥木のペイント弾『ベクシリファー』は造影剤!! 着弾した箇所から、その相手の急所にと繋がる
部分を特殊な色素(どろ)が内部から造影し、抜本的に変色させる! この点カラーボールにも似ているな。効果はもちろ
ん解除まで続くが、ベクシリファー創造者の殺害またはそれに準ずる行為によって解除された場合は例外! 造影は怨念
の要領でしろますます……悪化する!)
 斗貴子の把握に続く創造者の思うところは、ひとつ。
(塗装の『塗』ってのはさぁ。”どろ”とも読むからさぁ)
 特性上、変身または透明化によって行方をくらます相手への識別マーキングにこそ最適と思われがちだったこの能力の
価値を営業によって一躍前線重宝のものとしたのは泥気奉本人の才覚によろう。

 かれは、『着弾箇所から、急所に』という部分に目をつけた。

 巨大かつ複雑な動植物型ホムンクルスのような、一見ではどこに章印があるか不明な敵は肥厚や触手によって躯幹へ
の直撃すら阻むためその攻略は非常に難渋を極める。ベクシリファーはそういった、特徴ゆえに被弾を軽視する敵にこそ
……最適。ひとたび当たればそれだけで章印のありかが分かり……戦士たちは損耗最低限の状態で”そこ”へ戦力を集中
できるのだ。
(ただしカラーボール! 虹封じ破りにおいてはカラーボール!!!!)
 四原色で世界を解釈可能な鐶ですら不可視と言わざるを得ない謎めいたブレイクの能力を映像化するには造影こそ最適
解。
(何しろ一度対象の中に入ったペイント弾の薬液は……)
 ヒュっという音と共に葉脈だらけの謎めいた物体が宙を飛び地面に落ちたのは、ブレイクが切除したせいだがもはや遅いと
斗貴子は思う。
(無駄だ)
 捨てられた器官からブワっと薬液が飛び上がりブレイクめがけ殺到する。凶悪な原生生物の反撃のようだった。
(自動造影。対象のDNA情報に接触した薬液はたとえ排出されようが再び体内に潜入すべく纏わりつく。最初に着弾した
器官が複数あるのならそのうちどれかを、一点モノであるなら再製造されたそれを、それぞれ再び『彩る』ためにな)
(だったら焼くだけっすよ!!)
 薬液は……エネルギーの刃で電撃され焦げて、蒸発。
(これで──…)
(無 駄 だ)
(!!?)
 ブレイクは見た! 地上から消滅した筈の薬液が塵大から真珠大の真球となって膨れ上がるのを!
 当たり前のように合一しアメーバ状で再び向かい来る薬液にはもう、恐怖しか、ない。
(くっ! ディプレスの旦那でもない限り……破壊不能!?)
 いいや違うね。物陰で茶髪の少年は北叟(ほくそ)笑む。
(最初に着弾したのがアイツの場合に限っては分解能力ですら……無効! この薬液は直接攻撃力をいっさい持たぬ代
わり有してんだよ、激戦並みの修復力を!)
 源泉は着弾した創造者の精神力! 対象の身体機構または武装錬金の、『超常の現象』によって破壊された場合薬液は、
加害行為の構成材料たる精神そのものを喰って……再生する! 分解能力スピリットレスを喰らってなお、という所以だ。
武装錬金は精神の具現なのだ。
(もっとも、しぶとい分、直接攻撃力は皆無でね。人間にすら注入しても無害だから、毒性をしてホムンクルスを葬るコトは……
ま、不可能。……けど!!!)
(……やられた!!)

 数合の槍を縫い薬液は……着弾。ふたたび彩色された『その器官』を視界の隅に捉えるブレイクは……歯噛みする。

「そうか。それが……虹封じの……正体!!」
 斗貴子の塵還剣がブレイクの柄を痛打した。小兵なれど中空にあって全体重を掛け、しかもそれを後ろから掛けられた方
は例のバリケードの強制移動作用によって『上半身だけを後ろにねじまげつつ』、前方へ跳躍しつつあるという極めて不自然
な体勢にあるのだ。天王星は、その慣性も手伝い風船爆弾の群れめがけ非常に危険な速度で弾かれつつ……落ちゆく。
ばちばちと弾ける斗貴子の光刃に圧されて。
 そんなブレイクの周囲には奇妙な繊維が漂っていた。クモの糸のようにひらひらと頼りなく戦場の風にゆらめいているそれ
らはしかし引き合いたるクモの糸より限りなく細い。ベクシリファーの着色がなければきっと見えず、現にそれがなかった先ほ
どまでの状況では戦士の誰ひとりとして捉えられていなかった。
(……っ。推理が披露される前に始末……! もはや望み薄いすけど……!)
 同時であった。ハルバードが光のつぶてを斗貴子めがけ放ち始めたのと……
 無音無動作で発動した斗貴子のバルキリースカートが影も見せず無数の薙ぎを見舞ったのは。
 疎開住宅街のあちこちに着弾し煙をいぶす光球はむろん弾かれた結果である。
「一見すると蚕やクモのそれに見えるが……この肌触りはむしろクラゲ……。中にある無数の粒は……恐らくサソリ!!」
 抜け目ないとやや深刻な微苦笑をブレイクが浮かべるのもむべなるかな。斗貴子。切断した謎の器官を……手にて見ている!
どうやら先の斬撃のどさくさで採取したらしい。そもそもこういった分析こそが彩色の主眼、やらぬ方がおかしい。

 ……。

 β-カルボリン。幻覚剤や神経毒にもなりうるこの物質はサソリの外皮にもまた存在する! それによる毒的効果はともかく
いま重要なのはβ-カルボリンが特定波長の紫外線と反応して発する……その蛍光!

「ブラックライトを当てられたサソリ型ホムンクルスが輝くのを昔みたコトがある。なのにそうと分からなかった秘密は──…」

 極限まで細く引き伸ばされた寒天状の……クラゲ成分!

「種類までは特定不可能だが……組み合わせたんだ。クラゲ固有の生物発光を、サソリの反射と」

 極めて乱暴な分類をすれば、樹脂に封じ込めたラメであろう。含有のラメが光を反射するなか、樹脂それ自体も独特の
作用で発光し……色合いを変える。

「加法混色、だったか。光と光の混ぜあいでお前はサップドーラーの虹を中和するどころかますます取り込み、禁止能力に
必要な輝きを産生したんだ」
「…………」
「それこそがお前の調整体としての能力!! 虹封じの正体は、お前の禁止能力の輝きを抹消する光学的作用を加法混
色し造り替える……サソリとクラゲの発光能力!!!」

(視えなかった……訳です) 鐶は思う。
(あれが展開していたのは十中八九、虹と槍の中間……。ただでさえ極細のものが、まばゆい光源2つの近くで、片方の
色と同化しつつもう片方の色へと変化していたん……ですから。つまり常にどっちかの色にほぼほぼ溶け込んでいた……!
世界を四原色で視れる私でさえ……分からなかった理由……ですね)
 はてな。そういえばよく考えると、”それ”を見ていた鐶が当時の禁止能力にかからず済んだのは何故なのか。この辺り
はのちに議題に上るであろう。いまいえるのは、視つつも被害を免れていたのは遠巻きの者が多い……という一事。

 なお繊維はブレイクの襟足から伸びているが……斗貴子は敢えて指摘しなかった。着色によって誰が見てもそうと
分かる状態になっているからだ。

(……。そう。視える状態になった。その繊維たちがハッキリと視認できるようになったいま、虹封じはもはや通じない。展開
している場所を攻撃し、破壊すればいいだけのコト!)
(そして俺の着色が敵によって解除されたコトはこれまで一度もない! なーんていったら破られるのがお約束だが、少なく
ても俺への危害によって強制解除された場合はむしろ強く継続する!!)

 そう! ブレイクとリバースは泥木を殺しても解除できない! ペイント効果はむしろ強まって続く!!

 1年と少し前、泥木はその能力の解除を求めるホムンクルスらによって誘拐され凄まじい拷問を受けている。対象は難攻
不落を謳われたシュロ型ホムンクルスである。章印を突き止めるまではいつもと変わらぬ順調だったが、しかしこの日は
違った。突き止めた時点でもろもろの戦況が悪い方に重なり、対象の撤兵を戦士たちが許してしまうという失態が出来した。
 そのとき泥木は、戦士として数年前から紛れていた敵構成員──これが凄まじい奸智の持ち主で、戦士らがシュロ型撤
退を防げなかった理由の大半を占めていた──の手によって誘拐されてしまった。
 並みの相手であれば泥木など混乱に紛れて殺害する短慮をしてますますペイント弾を永劫のものとしていただろうが、狡
猾極まる構成員はその可能性を考えていたらしく……泥木本人による、正規の手順に基づいた解除をアジトにて求めた。
 軽薄だが、応じる泥木ではない。
 犬飼家ほどの貴種でこそないが代々戦士という誇りが恭順を妨げた! 剛太とほぼ同い年ながら彼より3〜4年先輩と
いうのは、それだけ幼いころからホムンクルスと戦う家風にあったが故だ。
 構成員は最初、金品による解除を求めた。
 提示されたのは恐るべき額であった。そこから今に至るまでの1年と少しの間、相当の大活躍をしている野球選手の年俸
がいくらかニュースで見るたび泥木が「俺の6割ぐらいだなあ、ああクソ貰うだけ貰って裏切りゃよかった」と後悔するほどの
『巨額』だった。
 が、応じなかった泥木の鉄心、相当であろう。
 業を煮やした構成員はついに言語に絶する拷問を……敢行!
『彼女』は長い黒髪で豊麗な10代後半、信奉者であった。
冷徹を絵に書いたような鋭い容貌(かんばせ)は人でありながら”ならざる”幻妖の美しさであり……それがしゅるりという衣
擦れの音とともにしらじらとした、艶かしい裸体を晒したときから泥木の地獄は始まった。
 肉体的な痛苦は初回時の構成員のみが味わう、消耗だけの、地獄! 彼は救出部隊が来るまでずっと仰向けであった。
親友音羽を含む、数少ない当時の事情通は折にふれ「役得」と肘でつつくが、泥木本人はトラウマである。臨まぬ絶頂を
何度も強いられ、しかも衝動をどよもしても両腕のみならず両足、果ては腰さえも拘束されている環境下において一切の
男性的反撃は許されず、ただただ構成員の媚肉をほぐす道具として扱われ続けたその4日間は、経験したものでなけれ
ば地獄としか形容できぬ。
 水は6時間に1回、500mlペットボトル1本。『他』にも給水の手段が幾つかあったが、もっとも量多き経口補水の手段に
ついては書くコトさえはばかられる甘美の禁忌。

 斯様なる地獄にあっては発射機構たる銃部分が核鉄に戻ったのも無理はない。
 が、それでなお着色(どろ)だけは対象から落ちなかったのが泥木奉のベクシリファー!
 これはちょうど、毒島のガスで糜爛した敵がガスマスク解除後も”ただれ”ているのと似ている。

(だったらまさに『死んでも継続する』! 継続させる!!)

 …………。

 無言で発動した光刃が充満する風船爆弾を薙ぎ払った。

「青っちの狙撃パートが終わった以上、A・Tにされても問題、ないんで」

 すちゃりと降り立ったブレイク、槍を動かす。戛然。ふわりとした笑みと共に咲いた衝撃の一輪は背中追いすがる塵還剣
を斗貴子もろとも轟然と打ち払う。。

「不可能すよ」

 ハルバードを持たぬ側のめいっぱい伸ばした左腕にて二本指突き出す天王星。

「ちっちゃくて可愛らしい人間の女のコが、着地済みホムンクルス調整体のそれも男に押し勝つなんて、ね」
「クッ!」 吹き飛ばされつつもクルリともんどりうった斗貴子、手近な建物の壁に両足ついて加速を殺し……着地。

「やはり真向勝負では、しかも若返り中、人の武装錬金では……無理か…………!」
「囮の1つに過ぎない攻撃で仕留められると思ってたのが……斗貴子さん……らしいdいや無理だろ、です」
 当たり前のように背後に現れた鐶がするコトはむろん年齢の賦活である。光学迷彩偽装のため12歳に若返っていた
斗貴子の年齢、18歳へと、復元。バンダナも持ち主へ。
「だが虹封じのカラクリを見抜いた以上、禁止能力による殺戮はもはや阻止できる代物!! サップドーラーを守りつつ
クラゲとサソリの器官を絶えず破壊し続ければ……必ず勝てる!!!」
「え……。ブレイクさんの槍撃もお姉ちゃんの銃撃も……大概こわい……のですが……」
「だがいかに強力な攻撃といえど連携すれば必ず勝てる 現に正体不明だった虹封じだってつい今しがた……破れただろ!」
「…………!!」
 斗貴子の気勢に鐶が打たれたように立ち竦むのは、強さを得てなお被虐の恐怖を拭いきれていないせいだろう。義姉への
トラウマを克服できていない、いわば弱い立場だから、つい敵方の強力さに目を奪われてしまう。勝利へのストレートな気迫を
……持てないでいる。クレバーで、優しく穏やかな、マイペースな少女だから熱血に吼えられずにいる。
「……でも……確かに…………皆さんの協力と連携で……ここまで、来れましたね……」
 この1年、家族のようだった音楽隊から離れている心細さは、しかし斗貴子や、戦士の存在を深く思うと埋まるのだ。肉体
こそ彼らの敵のホムンクルスだが、それでも同じ、なのだ。人を、自分のような惨劇には『巻き込みたくない』一点だけは。
(戦わないと……です。これ以上戦士さんたちを死なせないためにも……)
 葛藤はある。義姉はもう両親の件において戦士を憎まなくてもいいのに、個人的な憎悪でなお殺戮の道を選ばんとしてい
る。
 彼女を『斃す』ではなく『元に戻す』で戦っている鐶にはそれが辛い。
 もはや死でしか止められないのでは……斯様な、最悪だが最速の決断がチラつく時、まさにフラッシュバックのように暖か
な日々が胸を刺す。
 自転車か何かに潰されたカブトムシを助けられないかと問いかけたとき、何故か自分のノドを抑えながら『戻せないもの』
だってあるんだよと首を振りつつ教えてくれた姉は『命』の象徴として強く強く焼きついている。

 歩きつかれた自分をおぶってくれた時のぬくもり。
 身勝手な父に誕生日プレゼントのグレードを落とされ泣いたその年の聖夜、枕元に本命を置いてくれたのが誰なのか、
今なら……分かる。

 遠い日々のようで実はほんの2年と少し前までは確かにあった……なんてコトのない日常風景。
 そんなものに縛されるあまり暴走の根絶を怠るのは、被害者や遺族にとっては不快な話、それは事実。
 だが何かを失った人間が渇望するのは結局のところ……過去なのだ。ありし日なのだ
 誰しもどこかで失った日々を求めている。
 一瞬の不覚で手を離し、風の向こうへ飛ばしてしまった『何か』と再び巡り逢いたいと思わなければ、いったいどうして旅を
しよう。出逢ってきた総ての物いまも十全のままいつでも逢えるなら、どうして茨の荒野へ出かけよう。

(私の旅は……お姉ちゃんを元に戻すための……物……!)

 それが絶望のなかただ1人救ってくれた少年の、示してくれた道だから。

(どんなに、どんなに不安でも…………戦わなくちゃ……いけません…………)

 なけなしの闘志。義姉への恐れですぐにでも消えてしまいそうな勇気の炎。
 だが。

「戦士は孱(よわ)い。だがその正しさは負けない、負けないんだ! 諦めを破壊で誤魔化すような連中には、決して!」

 炎。斗貴子の傍に居る限り昂然と燦然と輝き続けるような気がした。

(リーダーとはまた違った部類の……いい戦術指揮に……”すっかり”です……)

 敵の策を見抜き、連携を構築し、輪の能力をも向上させ、そしていま、鐶の闘志をも無意識にだが支えた。
 もとより銀成において半ば事故とはいえカズキを教導する立場にあり、再殺逃避行においては”打開”というなかば作戦
行動じみた状況下において後輩ふたりを引率──不慮の別行動も一時期あったが、基本的には──引率する立場に
あった『指揮』の経験はここにきて急激により高位のスキルとして開花しつつある。斗貴子本人も言っていたが、決死の決
戦を突如任されたという緊張感が本来以上の能力を引き出しているのだ。
 更に、記憶。
 赤銅島という7年前の、彼女自身のオリジンにまつわる記憶の再来が、喪失ゆえあやふやだった『戦う理由』を確たる
ものにしつつある。むろん、カズキとの離別に揺らいでいた心がまひろや防人といった様々な人間との”ふれあい”で正し
い方向へと再び導かれたのも大きい。

(だからこそ、この、新たな息吹を纏っている斗貴子さんは……守らなきゃ……です! もはやただ強力なだけの一勢力
じゃ……ないです……! 策の起点! 士気の源泉! 本人はまだ自覚ない……みたい、ですけど、輪さん並みかそれ
以上に重要な……位置を、戦団で占めつつあるのは……音楽隊(がいぶ)の私から見ても……もはや明らか、です!!)

(…………)
(なるほど?)

 幹部らは、察した。致命的な何かを……察した。

 鐶の想念は一瞬。

「あとは規定どおり……虹封じ破り成功後のプランで行くぞ!!」

 隠れ潜む戦士らよ動けと斗貴子が号叫(ごうきょう)するまでの一瞬。

 破局はそこで、訪れた。

 リバース。肩のあたりで一瞬”なにか”をけぶらせた彼女の、

「光ちゃん、お父さんとお母さんと、幸せに、ね」

 どこか突き放したような微笑に「────」鐶が”当然の反応”を示しかけた瞬間──…


 ──

 ────

 ──────

「どうしろって……言うんだ…………!」

 燃え盛る森の中で、斗貴子は膝をつき戦慄いていた。かつてない地獄だった。銀成の寄宿舎のとある夜あじわった恐怖
の何千何万倍の震えが止まらない。暴動、だった。撃ち合ってはならない者たち同士が互いの血を流しあう、狂乱の舞台
だった。

「そんな……。あらゆる天気が、通じない、なの…………!?」

 戦士たちを襲う幻影に着弾した雷轟は付近の樹齢300年ほどの太い木をロールケーキのように引き裂く威力だったが、
しかし攻撃すべき本命は揺らぎさえせず戦士を襲い……そしてまた混乱は大きくなった。

「奴が叫ぶ。大地が鳴る」

 火の発災を催しつつある山あいの、うすく紅蓮が滲んだ蒼穹に巨人が踊る。遠ざかった筈のバスターバロンが徐々にだが
確実に斗貴子たちの戦場に近づきつつある。

「巨大魔神激突」

 笑顔の少女は歌い、踊る。その背後の空に、彼女の真名どおりの場所に、殴りあう真鍮の巨人、2体。

「ここまで来たらもうどこにも 逃げ場所はないー♪」

 なみなみとドレープの寄った可愛らしいスカートを体ごと一回転させた清純な美少女は、茶目っ気たっぷりにその裾を銃把ごと
ちょいと摘みつつ、もう片方……右手のサブマシンガンの銃口を義妹の額に、鳥型の章印(きゅうしょ)ある額に、密着させた。

 膝と、息をつく義妹は、血まみれだった。

(クロムクレイドルトゥグレイブに蓄積した年齢が……瀕死時の自動回復が……)

 尽きている。代償をつくづくと払わされたらしきリバースもまた全身朱に染まっているが、直立するだけの体力は、ある。

 また地響きがした。バスターバロンの巨影が一段と大きくなった。戦士たちは暴動している。ブレイクの特性をリバースの
特性で強めるコンビネーションの前で成す術なく『互いに攻撃しあっている』──…

 ………………。

 直立で目覚めた鐶が覚えているのは”そこ”までだった。
 更に義姉との会話もあったような気がしたが、思い出せない。夢を見たあとのような感覚だった。さまざまな映像と音声が
脳髄で渦巻いていた実感だけは確かなのに、詳細はいっさい分からぬ月並みきわまるもどかしさの中、やっと魂魄が現実
に回帰した少女は大慌てで周囲を見渡す。

(い、今のは……!? 眠りでも……してたの……ですか…………?)

 夕陽がまだ照っているところをみると時刻それじたいはさほど変わっていないらしい。(丸何日か気絶してたケースだって
あるには……ありますが……) ここまでの戦闘の痕跡のさまざまの生々しい匂いがそうではないと訴える。

(…………!?)

『何か』が建物の角へ消えるのが見えた。人影ではない。『細い何か』だ。鐶にはそれがロケットパンチのように見えた。
『腕』のように……見えた。

(……っ)

 それよりも鐶を硬直させたのは……不在だ。ブレイクもリバースも、鐶にとっての『さっき』まで居た地点から……忽然と
消えていた。

(い、いったいどこへ!? そもそも何秒間か何分間か意識を奪う術があるなら……)

 絶対に始末しておくべき戦力が鐶の傍なお健在なのが奇妙を通りこし奇怪だった。

「なんだ今のは…………」

 呻く声。斗貴子のものだ。頭を抑えながら現状確認に移りかけた彼女が身を強張らせたのは……

 藤甲地力の死体が空から降ってきたせいである。鐶と斗貴子が咄嗟に”それ”を人の死骸だと認識できなかったのは図体
の過半数が植物に彩られていたからだ。纏っているのではない。内部から突き出していた。衣服のあちこちにできた破れ目
では、死の蒼白になりつつあるごわごわした象皮から、決して細くはない枝や、根が、貫通した肉の淵からドス黒い血液を
湧出させつつしかもいまだ異様の速度で伸び動いている。顔に至ってはツルやイバラが十重二十重に巻きつき、輪郭を締
め上げたり、或いはやりすぎたハリガネの如く切り込みつつ食い込んだりだ。
 口からは毒々しい黄色や紫のシダが歯をめちゃくちゃな羅列に押しのけつつ生えており鐶の背筋を泡立たせる。右目か
らは柿の枝がインパラの角のように天を衝いており、艶のない橙の果実に紛れて1つゴミのようについているものがどうや
ら眼球らしいと知れた。

 それが鐶らの足元でバウンドした瞬間、胞子とも花粉とも知れぬ黄金色の粉をばふうと巻き上げた。口元を押さえ飛びのく
両名を責めるいわれはない。何がしかの呼吸器感染を避けるためが正当防衛というやつだ。

(馬鹿な! ついさっき霧杳に回収された筈の藤甲さんが一体どうして!? 他ふたりは!? 霧杳と……輪は!?)
(しかもどうして……空から!? 私達が夢? のようなものに掛かっている間いったい何g)
「っっぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」

 命の途絶が明らかな男の悲鳴にハっと2人が向いたのは……南東。

(斗貴子さん……。あの方角)
(ああ)

 斗貴子は、息を呑んだ。

(19号棟。リバースが特性を使うと予知された建物の……方だ)

 彼女はそこにいるのか? 居るとしても向かうに到った動機はなんなのか。もちろん予知が19号棟近辺での使用を写した
以上それは確定した事象といえるが、リバースにしてみれば合わせる義理はないしそもそも合わせる以前に知りようがない。
ならば何故19号棟近辺での使用に踏み切るのか? もちろん財前美紅舞のそちらに行かせまいとする執拗な足止めによっ
て『あの方角になにか、戦士たちの弱みがある?』と疑い始めてはいたが、だからといって突然19号棟のみに狙いを絞る
のはいささか飛躍がすぎるのではないか。

(マズいぞ……!!)

 斗貴子の動揺は当然の話だ。

(予知がある以上当然、リバースが19号棟近辺へ移動した際どうするか決めてはいた。虹封じ破りと同等かそれ以上の
策と連携を用意して)

 だがそれは『いよいよ向かわれつつある最中、布陣を変更しつつ』の話。当たり前だ。虹封じ破りは

(1) 美紅舞やシズQたちリバース足止め組は役割の性格上斗貴子たちから離れざるを得ない。
(2) 対ブレイク二度目の撮影終了後の輪は霧杳に回収され対リバース二度目の撮影までなるべく遠方で待機。

といった分散を避けては通れぬもの。よって19号棟という新たな協同と集中には再編成が必須。対リバースの布陣だけで
はない。今度はブレイクの方を足止めする必要だってある。前者の特性開陳に際し『理想は速攻で撃破、最悪でも正体だ
けは見極める』のを是とする戦士たちだ、天王星の妨害などどうして喜ぼう。

(それら再編成はリバースの移動中かならず遂行できると思っていたのに……!)

 予想外の意識喪失? によって戦士を纏め直す時間を失ったのは痛手と言わざるを得ない。

(連絡じたいは白い法廷を使えば一瞬でできる! だが布陣の方は違う! 肉体のある現実空間でやるしかないコト、
虹封じ破り終了直後の”まちまち”な座標にある各員を規定どおりの有用な作戦単位へ整えなおすにはどうしても!!
時間が、要る……!!)

 集合と協力を欠いた戦いは絶対にしないというのが本作戦における斗貴子の骨子だ。個人個人の戦闘力は総じて幹部ら
に遠く及ばないとは先の森における虐殺で証明済み。しかもそれは孤立した者だけ狙いうった結果ではない。ある程度の徒
党を組んでいた戦士たちが奇襲ではなく真向やってきた敵によって崩されたのだ。
 ゆえに斗貴子は白い法廷で最初訓告したとおり『正面対決は、避ける』。極めて有機的に絡み合った戦略構造体たる一団
を構築してなお横槍向背と権謀術数に傾注しなければ戦士などあっという間にやられてしまのだ。
 現に何秒か何分か連携を失念しただけで藤甲地力は死んだ、殺された。足元に転がる半植物の無惨な死骸は、防人が
退いたせいで開いた戦士長の席にいま一番近いと言われていた熟練の戦士だ。

(そんな藤甲さんですら呆気なくやられたんだ。布陣はなおさら確実に組みなおさないといけないのに……)

 更に悪い要素が1つ。”連絡じたいは一瞬”である筈の白い法廷への召喚に応じぬ戦士が何人かいる。輪と霧杳はその
筆頭だ。

(気になるのは……亀田さんもその1人というコト……! 例の映写機が健在でありさえすれば疎開住宅地一帯に生じた
『変化』の上映で、いまの輪たちの様子が見れるのだが……)

 白い法廷にあってはいま、終映状態にある。亀田三馬(サンバ)が不在のため。

(前線には居なかった筈なのに……『何があった?』 そもそもさっき聞こえた悲鳴だっておかしい。19号棟にリバースが
来ると分かっていたんだぞ、だからあの周囲には戦士の誰も配してはいなかった。なのにそっちから……声? なぜ来て
いた? 門下生か債権者の誰かか、或いは……)

 亀田その人とすれば上映中止の説明がつく。ついてしまう。

(応じれば一瞬とはいえ意識を飛ばしてしまう都合上、『対象が一瞬でも気を抜けば死ぬ修羅場』にある場合に限っては
呼び出せないのが【白い法廷(コネクトアラート)】……。つまり輪と霧杳は何らかの危機にある……?)

 或いは……考えたくはないが……。藤甲地力のように死亡しているか。

(霧杳はともかく輪に限っては『リバース二度目の撮影』がある以上、「いまは」予知の補正で生存しているだろうが……)

 シャッターを切るや事切れかねないのがゴットフューチャーの、写楽旋輪の恐ろしいところ。

(……。つまり今から私は! 何人かの戦士に予定外の先行をさせなきゃいけない……! 輪を回収するただそれのため
だけに、戦士を、少数で、幹部らの近くという死地めがけ送り出さなければならない…………!)

 理屈だけいえば。
『19号棟におけるリバースの特性使用』に対し、戦士側の集結が到底間に合いそうにない現状への最適解は『放置』で
あろう。
 中途半端に集まった連中を向ける方が危ない。規定どおり集まらないならいっそ19号棟近辺には誰も近づけず、ひた
すらに遠巻きになり、距離をとり、進軍してくる何がしかの『特性』を悠然と観察しつつ防御をとり、防げば、最小限の被害
で弱点を探れる。
 逆に予知の写真にあるリバースが斯様なコトを察し、嫌い、戦士側が山津波のように押し寄せてくるまで発砲を自重して
いたものであったとしても、それはそれで戦士側には好都合だ。なぜならやっと布陣が追いつく、予定通りに、できる。なら
あとは虹封じ破り同様の、十重二十重の連携をして『特性』に挑める。

(だがそれをやれば)

 輪は、孤立する。前者2つのケースのうち、『遠巻き』への特性使用だった場合、彼女は確実に孤立する。予知の写真と
は輪が現場で撮ったもの、現場に赴き撮ったもの……。幹部2人の前で孤立した非力な少女がどうなるか……考えるまで
もない。

(助けるのは……感傷じゃない。連携のためだ。私達が戦力で幹部に劣る以上(いま)、最も必要なのは……『信頼』!!
それは予見しえた孤立に対し何ら手を打たず見殺しにしたような者が得られるものじゃ絶対ない! 信頼を失えばもう誰も
私の指揮など受け付けない。この夏の逃避行は戦団にしてみればやはり裏切り、大局的には再殺対象への個人的な思い
入れで離反したコト変わらぬ『瑕疵』だ。瑕疵のある指揮官はマズい。戦況が悪くなればなるほど追い詰められ恐怖した
戦士たちがコレ以上の死路はゴメンとばかり”そこ”を衝く……からな……! まして見殺しというこれ以上はない分かりや
すい過失があれば尚更だ!)

 むろん信頼をいうなら、火力低き少女1人を救うため”だけ”に動員される数名の戦士らの、命令に対する感情だって
本来は度外視してはならないものだ。誰だって己の能力こそが一番、属する組織の役に立つと自負しているのだから、
『なのに』、あのコこそが最重要人物だからお前は命張ってそれを助けろなどと言われれば、ああその程度にしか組織は
己を買っていないのか、あっちが助かりさえすればこっちは死んでも構わないのかと、不信が募るコト、ままある。

(だから能力だけでなく……輪に対する好感さえ織り込んで選ばなければならない……!)

 一枚岩を保たなければ個人の武力で劣る戦士たちはもう各個撃破されるほかなくなる。指揮官とは有用な策を提示しさ
えすれば務まるものではない。もっと大事なのは『保証』だ。従ってくれさえすればキミが望むもの私が必ず守る、獲ってく
る保証して初めて部下は心より従う。そして保証とは、臨まぬ死には動員せぬコト……でもある。命を賭するに値すると心
から思えぬ任務へ無理に狩り出された者が成果をあげたためしなど古今例がない。
 が、知将の類であればあるほど、それはやる。
『知恵を授けてやる』といわんばかりの態度で接したり、示された難色にいいからやれとばかり(指揮官本人にとっては『な
んて理性的な、私の』)声をざらつかせたりするのだ、知性はあるにも関わらず。で、数式のツジツマを力任せに合わせる
ようなやり口を選らず。要するに……威圧で呑ませにかかる。ただの暴力ではない。智によって、断れば損をするという構図
を作り、囲って、追い詰めて、従わせる。
 まったく下策であろう。
 が、むしろ上司とはこの類こそ多い。
 だからこそ、目が離れればさあ居ぬ間の洗濯だとばかり適当に逆らわれる訳であり、そういった戦士たちをを斗貴子は
数え切れないほど見てきたから……この辺の機微にはさとい。仁将の素養とはつまり下積みの長さだろう。

(火渡戦士長も”すれすれ”ではあるが)

 こと戦闘狂どもにしてみれば『保証』であろう。再殺など好例、『おいしいところは早い物勝ち』。
 付記すると彼は己の才覚さえ十全に発揮できれば良いタイプであり、一般的な倫理には無頓着。戦団に提出すべき敵の
財貨を懐に入れるのはむしろ推奨さえしている。(それが部下を能力以上に動かし、かつ、己の邪魔をさせない一番の手段
であると理解している)。だのに一方、例の第308条の戦没者遺族『保証』については、財源がないと渋る上層部に『ブッ
潰したレティクルの研究やら機械やら強奪して換金して充てりゃいいだろ』と言い放ってもいる。粛然と扱われるべき弔慰
のものをピンハネ後のものとする不条理、これが仁であったら世界は明日ほろびる。
 合理のみだ。最適解を阻む倫理は陋習と断じ灰にして突き進むばかりだ。ゆえにこそ『恐ろしいが、口やかましくはない』で
ビクつかれつつも支持される、それが火渡。

 話は逸れた。問題なのは『写楽旋輪の回収』。先ほどそれを担当し今は随伴している筈の霧杳と白い法廷からコンタクト
が取れない以上、何らかの障害に見舞われているのはもはや明らか。霧杳が死んだか、引き剥がされたかまでは不明だが
『一天地六と仮睡自在剣で大抵の攻撃は無力化できる彼女ですら疎通不能に陥れている』何らかの攻撃に対処しつつ輪を
回収するには霧杳級の戦士……最低でも2名は居る。最低でも2名は先行させなければならない。

(できれば最低人員のうち片方は私が引き受けたいが……!)
 鐶が、袖を引く。
(確かに……戦力としては申し分ない……ですが……、斗貴子さんは、指揮官……です……。万が一お姉ちゃんの特性で
……死んだり…………行動不能になったら…………)
 指揮を執るものが居なくなり、結局は、瓦解。輪を回収して”負ける”など桂馬かばった王が詰まれるようなものだ。
(……。だな。未知の特性に突撃したばかりに人後不省に陥るのは……銀成のころはともかく、今はマズい、か……)
 性分としてはむしろ玉砕上等の猪武者だ、斗貴子は。カズキ相手の理性感は相対性ゆえだ、カズキは斗貴子ですら私が
抑えに回らねば死ぬぞこのコと唖然呆然たらしめる猪武者であったから、相対性だ。芯から理知の徒なら「二人仲良く一緒
に死ね!!」と言い放たれた早坂姉弟を必死に庇う彼を痛めつけたりしないのだ。
 斯様なやや常軌を逸した闘志こそあれ。
 バルキリースカートはあらゆる特性に対応しうる武器ではない。物理攻撃であっても不可視不定形には対処不可、いわん
や精神攻撃をや。初対面の総角主税のアリス・イン・ワンダーランドには冗談のような呆気なさでかかっている。
 よって斗貴子は輪救出から除外。

(つまり……! 選ぶべきは……!!)

『3人の戦士』。それらが建物の間を走り抜けていたのは数秒後の話。

(お姉ちゃんに決着を願われている都合上、特性によってすぐさま殺される可能性は低い)

 鐶光と。

(物理・精神を問わず大抵の攻撃は天候可変によって無力化できる)

 気象サップドーラー。

 音楽隊副長と撃破数3位のタッグであれば例え未知の特性が相手でもまず間違いはない。輪(場合によっては霧杳も)を
回収した後の離脱力も両名たかい。片や翼、片や雷。

 そして『最後の一人』は。

 先ほどリバースを抑えていた新人王・財前美紅舞……ではない。

 彼女は高速移動1つ打つにも『国債』の莫大消費が必要であるから、この点、輪の速攻回収には(長期の、継戦観点か
らは)不向きであるため除かれた。

 では誰が代打か?

 過去。白い法廷。

──「津村先輩。かねてよりの予定どおり、やっておきますか?」
──「『キミ』か。確かに『アレ』の仕組みなら、リバースの特性への推測をある程度裏付けられるが……」

──「しかし戦闘力という点では輪とどっこいどっこいだぞ?」

(くれぐれも無理はするな、か……)

 建物の影を縫うよう走る戦士。果たして誰か。

 とまれ鐶光の胸を締めるはただひとつ。

──「光ちゃん、お父さんとお母さんと、幸せに、ね」

(そんな……。お姉ちゃん……。どうして……。どうして)

 虚ろな瞳が湿ってゆらめく。
 思い出すのは義姉が家から居なくなった後の光景。父も、母も、自分も。ずっと空席を眺めていた。食事のたび眺めていた。
居なくなってしまった『家族』がかつて座っていたその席を……さまざまな後悔や……再会できたのなら今度こそ優しくすると
いう懺悔にも謝罪と共に眺めていた。待っていたのだ3人ともずっと。家族の誰よりも愛を受けられずに居た筈なのに、文句
ひとつ言わずいつもニコニコとしていた彼女こそが一番家庭に暖かな色彩を与えていた存在なのだと知ってから、ずっと。
 なのに義姉は、言った。

──「光ちゃん、お父さんとお母さんと、幸せに、ね」

(どうして……他人事…………なん……ですか…………?)

 感じた。『一緒にまた暮らそう』ではないコトに…………絶対的な、離別の意思を。
 しかもそれは『家族』が自分を待っていたものであるともはや一切信じられなくなっている絶望より更に更に悪いものであ
るよう鐶には感じられた。正体は分かる。だが……言葉には絶対起こせない。実質まだ8歳の少女は”そう”であると……
思いたくない。

(………………)

 サップドーラーが何か言いたげな目を鐶に向けるのは、彼女の”そう”を味わってしまった妹ゆえか……。

「トリ、ひとついいか、なの?」

 やがて始まる会話もまた少女らの運命を変えるもの──…


(ほんとーにあるんすか? ”歯”を保管または転送可能な武装錬金)
 意図的に遭遇を強いられた門下生のひとりが血煙を上げ倒れていく傍で語るブレイクの声ときたらウィンドウショッピング
をする程度の気安いものだ。
(分からないけどこの辺りの建物とりあえず見てこうよ。外観はもう自動人形で俯瞰してるし、あるとしたら見えない内部)
 17号棟に続いて18号棟をチェックし始めるリバースはまったくの笑顔。すぐ前で、がぼりと開いたコメカミから脳漿と脳髄
を撒き散らして痙攣する17歳ぐらいの少女に弄ぶような銃撃を食らわせる間もまったくの笑顔。財前美紅舞の債務者のひ
とりは完全に生物としての機能を停止した。

『手ひどいコトやられてようやく重い腰をあげるように悪かったと待ちわびさえすれば謝罪した? 反省した?』 

『あはははうふふ面白いわね最高よね』

『やりたくないコトは徹底的にやらず可愛がりたいものだけは徹底的に可愛がり結果家出でツケ払わされたら今度は 自 分 が
悲しいからわんわん泣きまくる。ふふっ、泣いて訴えればそうされた側の感情が溶けるだなんて考えるのは赤ん坊でも出来るコトよ』

『全ッ然私の気持ち考えてない』

『ただ自分のメソメソを押し付けて分かれと赤ん坊のようなやり口でいつものごとき強引さでやりたいよう丸め込むつもりでしょ
分かってる見え透いてる私の空席どれだけ見ようがどんな顔でみようが……』

『こっちの気持ちはもう切れてる』

『私が! どれだけ! 信じ直そうと努力したかわかってないでしょお父さんもお母さんも』

『裏切られるたび次こそは次こそはと必死に信じようとしてでも何も返ってこなくて磨り減って乾いての繰り返しで辛くて泣きたくて
それを独りで耐え続けるコトがどれほど辛いかというコトすら理解しようともせず光ちゃんばっか可愛がって』

『光ちゃんばっか可愛がって』

『幸福な家庭とやら満喫してた人たちはね根本的なところからもう無理わかりようがない分かってくれようがない』

『特にお父さん私が本当のお母さんに首絞められて大きな声でなくなったって知ってた筈よねでも一切なんのフォローして
くれなかったわよね』

『自分だけいい思いした。自分だけは”次”を、お義母さんを見つけた』

『私にはもうお母さんは居なかったのに。暖かい言葉をかけてくれる人はいなかったのに』

『声帯壊された怒りを地上で唯一ブツけていい相手にすら自殺されて、向けどころ無くしてたのに』

『お父さんは何もしてくれなかった自分だけあの女といい思いして光ちゃん授かって光ちゃんだけ可愛がって満喫した自分だ
けが家庭を満喫した苦しむ私だけはガン無視で満喫した』

『で? イザ? 家出されて? ようやく? 申し訳なくなって? 謝る? ハッ、それって要するに挫折感じゃない幸福な家庭
とやらが長女の行方不明って形で社会に破綻を晒したから、自分がそういう家庭を作ってしまった奴だってのがあらゆる人間
に露顕しちゃったから、敗北者なレッテル貼られてしまった気になって、それは私に謝罪さえすれば剥がせるって、家庭の問題
を解決できた奴って周囲から認められるからって、だからメソメソした必死感あふれる下手(したて)で私に接したんじゃないの?』

『で、ソレさえやれば? ホームドラマのようなオマエも辛かったんだよなが表現できると思ってた?』

『ム ダ よ』

『気持ちもう切れてるんだけど? 思春期まで何年ほったらかしだった?』

『ああそっか、私に興味なさすぎるから放置した年数すら分からないんだ? 同じ年数ガン無視されたらお父さんどれだけ絶望
するかしらね? ああ私からじゃないわよ放置は。大好きな光ちゃんからね。ふふっ、だって私じゃダメージないでしょ? 何の
愛も感じていない相手から不必要と断じられても人間なにも思わないもんね? いまの私がそうだもの、お父さんに対してそう
だもの』

『あとあの女は消えろ消えろ消えてしまえ天使みたいな光ちゃんにクソな影響与える前に消えろ消えろ死んでしまえあははは』

『何がファイトよクソ腹立つわ無責任なガンバレがどれほどのっぴきならない運命におかれちゃった人くるしめると思ってるの
それわからなかったあの女はキライ本当キライ消えろ消えろ死んでしまえ汚いもの光ちゃんにうつす前に死んでしまえ』

 といった文字は老若男女さまざまな『債権者』たちそのものか或いは周囲に刻まれているのを集めた総計だ。

(あぁ。ホント可愛い)

 天王星は、ほっこりした。

 実父と義母生存を知った自分なりの動揺──義妹にとっては慶事だが、リバースにとっては厄介だ。『一度殺した相手と
どうやって向き合えばいいか分からない』。戦士に殺されたと聞いて怒っていたくせに、実はどこかで安心してもいたのだ。
”ああよかった、自分と無関係な人間に殺されてくれて。せいせいしたわ”。そう。最愛の義妹の件さえ抜きにすればそっちの
方が実はよかった。実父と義母への怨讐はそのまま加害者の立場で被害者ぶれた。何しろ一抹の申し訳なさやるせなさ
は敵討ちの名を借りた戦士の殺戮で晴らせていたのだから──動揺まったく甚だしく、したがってそれを落ち着かせるため
”だけ”に、リバースは非戦闘員の数々を『弾痕の、まくし立てで』殺害してのけた訳だが。
 およそ最低としかいいようのない動機で10人近く、そう、最愛の妹に返すべき親達を別段永遠に奪い去った訳ではない
と判明したばかりな組織の、まったく無関係な構成員達の10人近くを、無辜と知りつつ瞬く間に殺してのけた恋人の姿に
天王星はただ緩む。

(いいですねェ。この、世界の不自由な枠がどんどんどんどん壊されていくカンジ)

 戦士らの使命感は理解している。人を喰う怪物から人々を守ろうとする意思には敬意すら覚えている。いま死んだ者たち
だって『枠』の非力さを理解しつつそれでも誰かを救いたいとこいねがいやってきたのだろうなァと思う。

(でも、既存すから)

 ふふっと笑う。地面を握ろうともがく、まだ辛うじて生きてた20代ぐらいの女性の首を刃で貫く。

(ただヌクヌクと守ってやってるだけじゃ、人は人を裏切りますから。裏切り続けるだけ、すから)

 頚動脈からビュっと吹き上がった灰色の血が、ブレイクの頬を汚す。彼には灰色としか映らぬのだ。

 自分を交通事故に巻き込み色覚を奪っておきながら、裏切ったかつての恋人。ブレイクの兄とヨリを戻し結託し手ひどい
言葉を投げつけた恋人。ささやかな再出発のなか発覚した妊娠で幸福を味わっているところをリバースの『特性』によって
『流された』恋人。それから4人、男を乗り換えたのは知っている。いずれも奇跡的に善人だったがリバースの『特性』で希
なる暴力の権化となり地獄の日々を送っているが──…

 陶酔すら込めて柄をさする。

(禁止能力ってホント便利す。『自殺を禁ずる』。ああ、ホント、便利……)

 亭主に殺されたら、グレイズィングの、蘇生能力。ただし流産だけは、救わない。

(もはや子孫すら残せないってのに、にひ、ホント何のために生きてるんでしょうねーあの人)

 斯様な悪意、無限獄に追いやってもなお癒えぬ『裏切られた痛み』に彩られているのがブレイクだ。人間全般、嫌いとみえ
る。その癖、芸能方面での熟達にだけは価値を見出しているのは異常である。

 リバースには、からかうよう、告げる。

「普通にお父さんお義母さんに『私は色々怒っていい立場だけど、殺したのだけはやりすぎよねゴメンナサイ』って謝っちま
えばいいだけじゃないすか?」
 といわれた疾患偏執の女性は得てして「は?」と瞳孔開いたヒヨコ口な『お馴染み』の形相で応諾するのが鉄板であるが、
リバースは「いやそれはわかってるけどさぁ、わかってる、けどさあ」と存外ふつうに眉をもしゃもしゃさせて苦悩の溜息。
「ソレはソレで負けっていうか、腹立つっていうか、特にあの女はなんていうか絶対ようやく間違い認めたかってドヤ顔かま
してくるのが目に見えてるから腹立つ。だいたいなんなの女のアレ?」
「アレ、といいますと……?」
「口で勝ってるとき殴られた時の『アァ、あなたは暴力でしか勝てないんだ』みたいなヘンに粛然とした瞳の光。いやいや違う
でしょ何で自分が被害者ぶってんのよ、何で自分が崇高な意思の使者みたいなカオしてんのよ?」
 憤懣やるかたなしといった様子で身振り手振りする恋人に「ほうほう」。清聴してるよと頷くブレイク。
「いっとくけど意図的に言葉で人傷つけるような奴なんて……クズだからね? 被害とか崇高な意思とか、訴えられる立場
じゃないわよマジで。殴られるほどのコトを言う方がマズ悪い絶対悪い。暴言で心傷つけるのが良くて暴力で体傷つけるの
は悪いみたいな線引きってなんなのよ本当腹立つ。傷つけなくてもいい人間を傷つけんのはどっちも同じでしょ。言葉で? 
それ? やんのは知性で? 手足で? それ? やんのは野蛮? アホくさ。口達者特有の論理よ」
 口でやろうが手でやろうが悪意は悪意、仕掛けた以上反撃されるのは当然でしょとリバース、苦悩すら交え首を振る。
「だのに口達者連中はやり返されるのが怖いから、暴言を暴力で捻じ伏せるのは「ヤバーン」とばかり口先三寸で風潮作っ
て予防線。ああ卑怯。クッソ腹立つわムカつくわ」

「やつら内股膏薬のああいえばこういうを呆気なく覆す暴力の絶対性が怖くて怖くて仕方ないから『手を出したら負け』とか
勝手にルール作ってるんじゃないの?」

「だいたい相手の言い分が分かるだけの知性を有しておきながら突っぱねて自分だけ得する方向に持っていこうとする精
神はね、ときに社会を国家戦略レベルですらおかしくするって点で意味において『暴力より、悪い』」

「てゆーか身勝手な理屈べらべら抜かす悪党を主人公がブン殴って性根叩きなおすのは歓迎されるのに、なんで先に人を
言葉を傷つけてきた奴ブン殴って痛み分からせるのはダメなのよワケ分からない」

「不可視の琴線を無遠慮に弾くコトがどんだけヤバいコトか都度ちゃんと経験させる風潮を作らないから、手を出したら負
けとかいうクソルールで阻んでいるから、だから鬱積したものがある日ささいな一言で爆発して親なり恋人なり殺させるのよ」

「子供のころから『人はたかが言葉に思える傷の前でさえ呆気なく一線を越える』生き物だと身に染みて学習させておかな
いから犯罪が増えるのよ」

「気付こうよ。暴力は口達者の保身のためだけ封じられていると。だから暴言は暴力で返そうよ」

「バンバン返してその場で決着させりゃみんなカラリとなって減るわよ犯罪とか変な奴」

「まあ、『言う』以上は殴られる覚悟ぐらい固めとくべきすね。身ぃ張らない人間の『枠』なんて知れてますから」
 したがって発言にも説得力がない。人の心を真の意味で動かすコトなどない……さんざ暴悪をふるっている癖に妙に説教
くさい文言だが、リバースは怒りもせずただまったくだとばかり三べん頷いた。
「ホントそれよ。世界がどんどんどんどんおかしな方向行ってんのはやっぱね、暴言を暴力で返すなとかいうルールのせいよ。
殴りたいときに殴るべき奴をしっかり殴れておけばね、悪意なんて蓄積しないわ蓄膿しないわ。だって私がそうだもの、ガマン
にガマンを重ねまくったからこんなヘンな性分になってんのよ苦労してんのよ」
「そすか? 清楚さとのギャップで萌えすけど?」
 あっけらかんと──世間一般の観念とは隔絶したむきのある──愛を示すブレイクにリバースは「……」頬にぽっと朱を
ちらした。
「あ、また可愛い」
 照れてる照れてるカワイーと囃された少女は「う、撃つよ!?」と狼狽丸出しで銃口を向けるが「それはそれでいいカンジの
プレイかも」と期待すら浮かべる天王星に「……ばか」と、降ろす。
「とにかく自分より口下手でおとなしい人をグジグジグジグジ口八丁で苦しめ制限してブレイク君いうところの『枠』ゆがませ
る奴ってのは絶対絶対殴りたいときに殴りたい奴殴れなかったザコどもよ私含め!!」
「……せーだいな自嘲すね」
「だって光ちゃんああした理由だもん。そしてお父さんお義母さんにゴメンひとついえないもん。いえないのです……」
 ぽかんと白痴のデフォルメで固まるリバース。
「だいたい殺戮しといて暴言暴力の悪さ指摘すんのもどーかと」
「はい。じゅうでひところすの、よくないのは、わかってます」
 累々たる死屍をアホ毛でぴょこぴょこ指差す。
「…………ならますますやめるべきじゃないすか? こんなコト」
 のっぺりとした、とても人間殺戮について語っているとは思えぬ細目の笑顔で何の気ナシに問うブレイク。
「うん。まあ。そうね。心が晴れるコトはないし、なにやってんだろ私って時々叫び出したくもなるのは確かよ」
「お。だったら今から静観決め込みます? 2人して」
「それはやらないかな」
 だってこの道。リバースは嫣然と微笑んだ。
「思い通りになるコトのが多い」
 人間のままだったら、口うるさいだけで無能な義母(あのおんな)に頭を垂れるままだったら、こんなカタルシス絶対味わえ
ないわ。耳の後ろの方角で空気を噴いた銃口は、そこに飛び掛っていた男の頭蓋を風船の破裂より気安くこの世から消し
た。手から落ちた剣が核鉄に戻らなかったところを見ると門下生……リバースを森で足止めしていた殿軍連中の仲間らし
い。
 で、銃を腰の後ろに回したロングスカートの少女は、やや前傾で、髪ともども「ふわっ」とした微笑を浮かべる。
「辛いけど、時々報われるコトもあるから悩みながらもやっぱ続ける……。道ってさ、そういうもんじゃない? ブレイク君」
「正論すけど、人間で、日常で、それやってくれる青っち見れたら俺っちの人間不信も癒えるっての前々から思ってるって
コトだけは、『言っ』ときますね」
 もう、ヒドいんだから。軽く頬を膨らませたリバースはちょっとだけ殴る手マネをした。
「まだマトモだったころの私はソレ、散々やろうとしてたわよ。でも逆に傷ついた。報われなかった。うまく……いかなかった。
たぶん才能の問題じゃないよ。結局ね、人間が、他人が、どうあっても好きになれなくなってるから、『誰か』との交流は……
会話は、できない。ええそうよ。私は大きな声を出せない体だけど、問題はそこじゃないわ。声をネタに人を嫌いになってる
から、話しかけようという意欲がわかない。お父さんお義母さんへの謝罪をやろうともしないのもソコね。どうせ向こうはまた
言葉でいいよう丸め込んでくるんじゃないか、殺されたっていう大損ぶっこいて怒ってるんじゃないか、怒ってるから力では
絶対勝てない私を口先三寸でうまく調伏して傷つけて……やり返してくるんじゃないかと、こわがっているから、あの人たち
が私を受け入れてくれるだなんて決して『信じてはいない』から、だから話す気にはなれない。到底なれない」
「そーゆうコト、俺っちには話してくれるんすね、ありがとうす」
「…………ブ、ブレイク君は希望をくれた人だもん。とくべつ……」
 つまりこの少女は自分以外の誰もを──結局は鐶をも──愛してはいないのだとブレイクは改めて感得した。
(そこが嬉しくもあり……哀しくも、ありますね)
 同時に。
 リバースが人間として再生する姿こそ自分をまっすぐにするのだと信じていながら……自分が人間として正しく歩む姿を
してリバースに再びの希望を与えるというコトは、いまやもう、不可能だとやる前から悟れている自分の『枠』にブレイクは
疲弊混じりの感慨を覚えた。

 ともかく迂闊にも”歯”を打ち捨て、総角主税に回収される危険を冒してしまったリバースは考えたのだ。美紅舞の執拗な
進路妨害は、まさにその”歯”にまつわる何かではないかと。もちろんまったくの誤解である。戦士……というより音楽隊の
面々が仰せつかっている『幹部のDNA採取』は、彼ら独自の特殊な器具によるものであり、つまりは戦士側の武装錬金に
立脚したものではないから、いくら建物を当たろうが斯様なものは出てこない。

 だが運命とは正しい決断によってのみ紡がれる概念ではけしてない。むしろ誤解からの激発こそ変転の分節ではないか?
そもリバースのレティクルエレメンツ遭逢(そうほう)の遠因たる家出じたい、のっぴきならぬ事情で義妹の頬をはたいてしまっ
たリバースや、その彼女の頬を事情も聞かず更にぶった義母の軽率に基づいているではないか。そういう意味ではリバー
スの運命を変えうるものが『誤解』というのはむしろ符合上自然とすらいえる。

 話している間にリバースらは移動していた。
 導かれて、いた。

 特性を使うと予知された運命の場所へ。

 響くはサップドーラーの、声。

「居た、なの! 19号棟の前!」

 三軒目を覗き込んでいたリバースは「やれやれ」というカオをしてからブレイクを一度見、了承を得ると声のした方めがけ
悠然と構えた。

 この次の瞬間じつは依然1cm状態の輪にリバースは撮影されていたのだが、気付かずに終わる。さまざまな成長や事情が
あるが、そちらは同伴者たる藤甲地力の顛末もろとも後に回る。

 青空を戯画化したような自動人形がサブマシンガンの銃口にブラ下がった。上空からほぼ瞬間移動の速度でシュンとやって
きたそれは頭頂部から伸びる長い毛を銃身へ巻きつけるコトによって初めてブラ下がる権利を獲得し……そして直立不動の
姿勢によってサイレンサーへと変化した。

(虹封じを敢えて見せたのは足止め組のカウンターがいかなる物か見定めるため)
(そのせいで禁止能力との連携(コンボ)の実害はほぼ半減なのが痛いけど……)

 彼らのカウンターがせいぜいエイリアン衝撃波または造幣な、『特性をそっくり返すものではない』と分かった時点で

(使える……。私でさえビビる『マシーンの特性』をやっと安心して……使える……!!)

 青白い、真暗な夜中の部屋にただ1つ灯るテレビの明かりのような青白い光が一挺のサブマシンガンを輝かせたのも
わずかな話、弾丸はすぐさま発射される。弾丸は毒の爆心地そのものな深い紫のプロミネンス。髑髏の目鼻立ちをも持ち
大小はさまざま、それが6つから20までの範囲で忙しなく分裂しながら咆哮を上げ弾速を上げ……サップドーラーに、迫った。

(やはりドラちゃんから、なの……!)
(でしょうね……! お姉ちゃんは邪魔なしで私と決着つけたい……から……!)
(だが無駄だ。さっきビビらせちゃった分、必ず、守るぜ!)
 サップドーラーたちからやや離れた後ろの家屋の角の陰。サポートに回る『最後の一人』は──…

 音羽警。

 さきほど輪に回避をもたらした男である。

(いかなる特性であろうと俺のリトミックQ.T.Eは正しいカーソルを選び続ける限り必ず回避できる!!)
 そしてサップドーラーの反射は……神経系統を雷に天候可変できる都合上、トップクラスに優れている! 
(オトコに頼るのは癪だけど、対特性の切り札、なの! まずはこれで正体を見極め──…)
 怨霊の弾丸はサップドーラーの傍を通過した。無視を、した。
(…………。ドラちゃんに着弾するとしか思えぬ軌道が)
(俺に、向かうか……!)
 弾丸が殺到しつつあったのは……音羽警。ご丁寧にも角を曲がってまでの追尾だった。
(問題は『コレ』がどちらかというコト! 手動か自動かで話は変わるだいぶ変わる!)
 リトミックQ.T.Eは創造者本人にも作用しうる武装錬金! 迫りくる弾丸を回避しうる軌道(カーソル)が音羽の視界で
けたたましく鳴り響く!
(創造者本人の修練(はんしゃ)を舐めるな!)
 ひらりと避けられた弾丸は廃屋の壁を貫通。破壊ではなく埋没……ちょうど根来が亜空間に潜るような「とぽん」とした
呑まれ方であった。
(これで物理破壊系統の特性じゃないってのはわかった。そして……!)
 カーソルが再び瞬いたのと、弾丸が埋没した部分とほぼ同じ部分から再度出現したのは同時である。

 ……。

 音羽警操る軍用イルカの武装錬金リトミックQ.T.Eは

『絶対回避』!!

 そして!!

 彼に向かうリバース=イングラムの武装錬金マシーンの特性第一の秘密は──…

『絶対命中』!!

 いずれも特定条件を満たした場合のみ発動する作用であるが、大綱においてはまず矛盾の構図を免れえぬ激突がここ
に生じた!!

 鐶らの、行動は早い。二度目の撮影を終えたいまだ1cmサイズの輪を回収するや、向かい来る幹部2名相手と壮烈きわ
まる撤退戦を演じている。

 どよもす魔界の騒音がやっとBメロに入るころ、音羽の、回避しては向かわれる繰り返しは50を超えた。

(リバースがあの2人に専念しているにも関わらず特性の弾丸は正確に俺を狙う……。『自動』か!)

 そして自動追尾の条件は恐ろしく単純だと座学の徒たる音羽は思う。

(そこにだ。鐶から聞いたリバースのコンプレックスを総合すると)

──「その……たぶん、お姉ちゃんが…………サブマシンガンに熟達したのは…………『伝える』ためです」
──「?」
──「だって……声が小さいって言われると怒り、ますから……。それで暴走するの、レティクルに居たころの私、何度も……」

(『声』だ!! 声を出した物を優先して追尾する能力!!!)
 地味だが、試験の点においてはかの中村剛太すら上回っている音羽の分析、続く。
(あの特性の弾丸が最初サップドーラーを狙っていたのは、幹部たちを発見してすぐ)

──「居た、なの! 19号棟の前!」

(と叫んだから!! ちなみにコレはミスではなくわざと! 声への自動着弾は推測の1つにあったから検証用……鐶に
叫ばせなかったのは敢えてリバースに撃たせるためだ! もちろん周囲の戦士への注意喚起も兼ねている。リバースが、
予知の19号棟前に居るというコトを伝え、特性使用が近いと言外に訴えた!!)

 にも関わらず弾丸が途中、彼女ではなく音羽に狙いを変えたのは!!

(リトミックQ.T.Eの特性ゆえだ!! 何しろ、ふふ、何しろさ、コレ)

──「音羽警の武装錬金ってば(中略)周辺一体への音波反響で安全ルートを割り出すなんてチョーチョー朝飯前!!」
──「自動人形と一体化してるチョーカーで(中略)音羽君の声帯の振動を増幅して人間には不可聴の超音波へと変換してるんだ」

(『俺の声を』周囲に撒いて安全ルートを探る能力!! ゆえに!!)
 ああなんたる皮肉か!! 声ゆえに絶対回避を誇る能力が声ゆえに絶対命中の条件を満たすとは!!
(そして)
 条件は五分のようでいてそうではない。
(リトミックQ.T.Eのカーソルは、回避を重ねれば重ねるほど表示時間が短くなる……。もう80連続はしたか……。ふふ、
今までの最高記録が62だったのを考えると…………流石に、な……)
 選び損ねた。エラーを示す赤色が音羽の視界内で瞬いた。

 弾丸はすかさず、彼の体へ。

(だが上出来だ。コレで……声に基づく自動追尾というのは……わかったろ?)

 輪を抱えた鐶がすぐ傍を飛んでいくのを横目で見る。すれ違う少女達は申し訳なさそうに視線を這わした。

(回収と離脱の間ずっと未知の特性を引き付けられたんだから……な。これが致死性であっても……ないさ、悔いは)

 ほぼほぼ非戦闘員の自分としては上出来だ……瞑目する音羽に不服はない。

 電瞬の速度で音羽を置き去り消える鐶。戦士らの跫(あしおと)もまた近づいてくる。


 銀色一色の、瞳。白目も黒目もない。眼窩に鈍く光る銀の義眼を押し込められたようなおぞましい変貌を遂げている音羽
は……鐶らの存在など最初からなかったかの如く……ぶつぶつぶつぶつ誦(ず)していた。



 過去。白い法廷。

「『声』は音だ。音に纏わる特性で真先に浮かぶのは陣内の催眠操作」
「あー。銀成で斗貴子先輩が斃したっていうL・X・Eの」
 そうだ。アイツは寄宿舎のコたちを操り核鉄を奪還を目論んだ訳だがと前置きした斗貴子、
「それと同系統の特性をリバースが有していた場合、私達にとって非常な脅威となる」
 深刻きわまる表情で粛々宣告した。
「え……割とあっけなく突破した鉄鞭の…………特性なのに、ですか……?」
 あれは操られたのがあくまで寄宿舎のコたちだからだ。一本傷の上で瞳が尖る。
「桜花いわくノィズィハーメルン……だったか。あれはむしろ武装錬金持ちの集団にこそ使うべきだった。強力な武器を
持つ敵たちを、自ら仲間同士殺し合わせるコト可能な能力……想像するだに恐ろしい」
「お姉ちゃんのも……それだと?」
 断定はできない。凛然たる少女の口調は安易な先入観を許すまいという自戒にすら彩られている。
「だが火渡戦士長の言葉を借りるなら『少数で多数を足止めに来たものたちは』」
「『必ず一斉攻撃に対する厄介なカウンターを持っている』でした……よね?」
「リバースの特性がその一助を担っているのは確かだ。故に」
 喰らって確かめるを強い戦士でやるのは危険という訳、なの。とは天気少女。
「仲間を攻撃させる特性だったら、それこそ大戦士長の二の舞、敵に取られてヤバイ、なの」
「そういう意味でも俺は検証に最適ですよね」
 音羽は冷や汗まじりに笑って見せた。
「何しろ『仲間にかけても、回避ルートが浮かぶだけ』ですから」
 万一幹部らが自分達に掛けさせても、もともとの回避能力からすると恩恵は少ないですし、しかもこっちは身内の能力ゆえ
破り方も分かっているから損はない。「しかも俺、格闘能力に関しちゃ女のコの写楽旋並みですから暴れても抑えやすい。乗り
ますよ、この役目」。やや蒼白ながらも瞳に光を灯し笑う青年。
「……すまないな。だが即死能力でない公算は高い」
「ええ。お姉ちゃんの『声がコンプレックスだから、伝えたい』に立脚した特性であるなら、遅効性の、何かを、思い知らせる
ための現象……です、必ず」
 といった鐶は斗貴子の背後でもじもじしている天気少女に気付く。彼女は音羽をちらちら見ては口を開きかけ、また斗貴子
の後ろに隠れるといった繰り返しだ。
「本当……オトコの人、ダメ……ですね……」
 呆れたようにいうと「ちちち、ちがうし、こわくなんかないし、なの! オトコはただ嫌いなだけででもその、あのっ」。なおも
頬を赤らめおろおろする”ドラちゃん”の肩を叩いたのは斗貴子。
「伝えられるうち伝えた方が……きっとうまくいく」
「そう……です。それとも……ドラちゃん……さんも……お姉ちゃんみたく……なりたいですか……?」
 うううううう。ただでさえ渦を巻いている瞳孔を更に更に紅くゆだらせ回転させたドラちゃんは
「リリリ、リバースの特性が広域破壊即死級の威力だったら、バスターバロンで増幅してドラちゃんたちにブッパしてたの!!
ききき、きっと、じゃなくて!! ぜぜぜ、ぜったい、狭く深く遅く抉る特性だからアイツはバスターバロンでぞうふ、ぞうふく
しなかった、から……オ、オトコのお前は喰らってもすぐには死なない、から……、ドドド、ドラちゃんは、決意に免じて、
助けてやらんコトも、ない! なのーーーー!!!」
 細く絶叫すると白い法廷の中をどたどた走り、隅のほうでふごーふごー威嚇しながら涙目で音羽を睨んだ。
「財前並みのアレだな……」
「でも役得じゃね?」
 悪友の泥木に肩をポンと叩かれた音羽、悪い気は……しなかった。
「でも斗貴子先輩。催眠特性だった場合、俺、戦場、うろつきますよね、絶対……」
「……。ああ。無防備かつ、幹部らの近くで、な。輪の二度目の撮影より危なっかしい」

(つまりココからは輪ではなく音羽を守る戦い!!)
 敷き直した布陣を率い幹部らの近辺へと到着した斗貴子は考える。
(リバースの特性。全貌こそ完璧には把握できなかったが、『声を出したものを優先的に狙い、着弾する』部分だけは音羽
のお蔭で確定した! 代わりに彼の回避能力を失ったのは痛いが……財前たち火力に秀でた戦士を催眠操作かも知れな
い特性に掛けつつ検証するといった下策を打つよりは……遥かにマシ!)
 つまり! 沈黙を守り抜けば……リバースの特性は、封じられる!!

(あ)
 周囲を取り巻く戦士たちの気配が、自発的な緘口令に彩られつつあるのを感得したブレイクはくしゃりと相好を崩す。
「(見抜かれちゃったなら隠す必要ないすね)。沈黙を、禁ずる」
(ムダなの)
 ハルバードの発光は虹によって制された。例のサソリとクラゲの器官はベクシリファーによって着色済みであるから、プラ
チナサクロスなどのそう強くはない飛翔体によって破壊され、失っていくのだ、効を。
 黒血に染まっている繊維にサップドーラーは思う)
(ペイント弾喰らってもう可視だからってんで、返り血もかまわず非戦闘員の戦士たち殺しやがって、なの……!)
 ブレイクの表情はきわめて感情の希釈された描写に困るものであったが、恋人の方は苛立ちも、露骨。
(……ち。腹立つわ。さっきヘンな方向に行ってたマシーンの特性……。『誘引』か、或いは『声』に基づく何らかの武装錬金
の方を狙っていたようね。事故なのか意図的なのかまでは不明だけど、必中だからこそ自動な部分が裏目に出た……)
 リバースらの構想では、特性を暴かれるまでに戦士3人は無力化できる筈だった。まずは初見ゆえの不可避で1人。次に
手動か自動かでの懊悩で1人。更に着弾の条件の不明さで1人。そこからの絞り込みを攻勢によって難渋させれば混戦の
中でより多くの戦士を……とさえ。
(それを1人目で……着弾の条件に関しては完璧に見抜くとは……!!)
 声を出せば着弾する。そこは事実。
 だからこそリバースにとって最高の相方は……ブレイクなのだ。

──「沈黙を禁ずる」

 ハルバードの特性によって『声を出さないコト』を禁止してしまえば、敵はまず、掛かり放題。
 ならば最初からそうしておけば良かったようにも思えるが、しかし冷静に考えるとこれほどの下策もない。

(だってそうでしょ? 『沈黙を禁ずる』とかやられちゃった人にだけ必ず青っちの特性が当たるなら、んなもん一回目です
よ一回目、一回目で『沈黙を禁じないと当たらないってコトか、じゃあハイハイ、声に着弾ね』って見抜かれちゃいますよ)

 しかも戦士(てき)が『攻撃を、放ったものにそのまま返す』能力を秘蔵している恐れもあり、事実だった場合その被害は
リバースの特性をただ見抜かれた場合より遥かに甚大! だのにそれを踏まえず、『禁止能力で沈黙封じて声出させて
必中させれば無敵だ絶対勝てる』とコラボを濫発してみよ、破滅するのはブレイク・リバースらだ。
 よってブレイクは敢えて虹封じの一端を開示し……探ったのだ。虹を加法混色で消し去る能力を更に『突っ返して』くるカ
ウンターの有無を。で、サソリ発光の繊維が『ペイント弾による着色』で攻略された時点で……つまり鈍足な弾丸を夥しい連
携と策謀で着弾させるという涙ぐましい努力を戦士らがする他なかった時点で、『まんま返す便利なカウンター』はまずない
と断定できた。
 で、安全を確定した上での特性使用で、かつ、『沈黙を封じる』を言わなければ、安全かつ確実に、戦士を最低3人無力化
できる……としたのは決して甘くない見込みであろう。そもこのルートであれば虹封じは破られるため『封じるを言わぬ』もなに
もない。並みの敵相手なら遠慮なく振るえるコラボそれ自体が不可……なのはリスクだが、安全確保と引き換えならむしろ
安くもあると幹部らは考え、濫発は自粛した。

(虹封じを先に破っておいて良かったな。捨て置けば正体不明の弾丸の着弾を何発も補助されるところだった)

 予知がなければまずできなかったコトだと斗貴子は思う。

(だが……気になるのは…………)

 路地に点々と降り積もる死屍の存在。戦士らだ。いずれも門下生や債権者といった核鉄を持たない後方支援の者たちだ
から、予知でリバースが現れると告げられた19号棟周辺には配備していなかったというのは前述のとおりだが。

(『何故、きている』? 虹封じ破り直後、何秒か何分か私や鐶らが気絶していたのと関係が……?)

 考える間にも財前美紅舞と久那井霧杳のタッグが幹部らに突貫しつつある。後者は鐶の回収した輪によって所在がもた
らされたため合流済み。彼女らがバシャバシャと跳ねたのは血の泥。夥しい数の非戦闘員たちが殺戮されているため、
あたりは一面、紅である。

「沈黙を禁ずる」

 ブレイクのハルバードの光は虹によって散らされた。果敢にも攻め立てる美紅舞と霧杳。斗貴子が後方からそれを見る
のは、例の気絶、そして非戦闘員たちの移動をもたらした『何か』を警戒するがため。

「リバースの特性はおおむね分かってきたが、今度はそちらを暴かない限り勝利は」

 津村斗貴子の黄金色の瞳がハっと見開いたのと笑み崩れるリバースの特性弾丸が電光の速度で発射されたのは寸毫
も違わぬ刹那であった!!

「ば、ばかな……。私は今…………『喋った』のか…………?」

 ぐわんと頭が振れた拍子に斗貴子は見た!! 足元やや数m先にある戦士の死骸! 後頭部の艶やかさからすると十
代後半ぐらいの門下生の、うつぶせた背中を貫き終え宙で踊る忌々しき刃の武具を! それはらんらと、紅い!

「ブレイクの……ハルバー……ド……!? 馬鹿な! ブレイクは持っているのに!!?」

 よりは小型。バルキリースカートを持つ斗貴子は気付いた! 「待機モード……!?」。明らかにそれな物体は……
確かに! 禁止能力の輝きを放っている!!

(ふふ。ぬかったわね津村斗貴子さん。禁止能力の要諦は輝きよりもむしろ言葉……。そして輝きは言葉と同じ場所で起
さなくてもいい。言葉さえ耳に届いたのなら、別の場所から浴びせても充分かかる、かけられる。……今みたく、ね)
(そしてこの襟足から伸びるサソリとクラゲの繊維は虹封じをやるばかりが能じゃない……)
 久那井は歯噛みし、財前と鐶は気付いた。
(まさか! 例の繊維が返り血まみれなのは)
(ペイント弾のせいで見えるようになったが故のヤケ、ではなく……!!)
 よぅく目を凝らすと地面に、血の泥濘に降りたまま、果てしなく果てしなく伸びている。斗貴子に向かって伸びている。にも
関わらず戦士の誰も気付かなかったのは……。
(保護色なの!! 戦士たちの血で紅くなった地面で斗貴子さんめがけ這わせても気取られなくするための保護色、なの!)
 或いはただそれだけのために非戦闘員たちは虐殺されたのかも知れなかった。血、という戦闘区域に撒布されていても
敵が浴びていても、誰も不思議に思わない『色』を塗りたくるためだけに、最低でも20名もの得難い命を……幹部らは刈った
のかも知れなかった。
(そして繊維が動かしたハルバードは言うまでもなく……ダブル武装錬金)
 待機モードで発動したものを、戦闘の最中、斗貴子に近くなるであろう死骸に仕込んで置いたのだ。ちなみにその”近く
なるであろう”の基準は、自分達との相対距離。力ではブレイクに劣り連射力ではリバースに及ばない斗貴子であれば、
前衛を務めるよりむしろ後方にてさきほどの「気絶」「非戦闘員の移動」の原因を探すと考えた。で、ならば自分達の待機
する場所よりかなり後方の区域となるとヤマを張った。ちなみに方角については言うまでもない。12号棟近辺で気絶させた
斗貴子が、その周囲にいた戦士らを回収してやってくるのだ、12号棟方面以外ありえない。

(虹封じ破り直後、俺っちたちは理解した。あれら十重二十重の策を巡らしたのは)
(指揮官を務めていたのは……津村斗貴子さんだと。光ちゃんが見せる絶大な信頼で確信した)

 確信した以上、頭は潰す。

 かくして禁止能力の暗示の抜け道とダブル武装錬金の伏兵によって沈黙を破られた斗貴子は──…

 リバースの特性に、かかった。

 銀色一色の、瞳。白目も黒目もない。眼窩に鈍く光る銀の義眼を押し込められたようなおぞましい変貌を遂げている斗貴
子は……陥穽に落とされという自覚すら有せぬらしく……ぶつぶつぶつぶつ誦(ず)して──…

 ブレイクらと切り結ぶ霧杳・財前両名へと瞬く間に走り寄り……背後から斬りかかった。

(…………!)
(や、やっぱり催眠操作……!!?)

 からくも薄皮一枚の出血で回避した少女たちだが、動揺、逃す幹部ではない。

(陣内っちのノイズィハーメルンよりかはマシで、だからこそ更にタチが悪い……)
(私のマシーン第二の秘密の恐ろしさは……ココからよ!!)

 刃の迫る美紅舞。乱射を浴びる霧杳。それぞれ致命の間合いである。にも関わらず咆哮をあげる斗貴子の乱刃までも
が……発動。

(やばい、死んじゃう……!)
(……u)

 不可避の死を救ったのは……。

 斗貴子、であった。乱れ狂う刃がハルバードの先端と、サブマシンガンの銃口部分をそれぞれ激しく殴打したため少女ら
は呆気に取られつつもすぐさま面をあげ……虎口を脱する。
 脱しつつも美紅舞、斗貴子が、意思によって支配を脱却しつつあるのではないかと推測したが……唐竹割りに打ち下ろ
された処刑鎌によって打ち砕かれる。反射的に飛びのいて避けこそしたが、混迷はますます深まった。

(ど、どういうコト!? 幹部らも攻撃して学窮(わたし)たちも攻撃!!? まさかこれは催眠操作じゃなく……)
「殺す!! 敵は全て殺す!!!!!」
(暴走!?!)

 咆哮し、何もない空間を切り刻み始めた斗貴子の異常はそこだけではない。何の攻撃も受けていないはずなのに、首筋
や大腿部といった皮膚にみるみると裂け目ができていく。純白のセーラー服までもが内側から朱色に湿っていくのを見ると
どうやら全身同じ現象に見舞われているようだ。

(手傷を負いつつある!? 暴走しながら!? いったい……何の特性!!? 喋れば当たるのはもはや確定……です、
けど、その、効果は……!!?)

 鐶が慄く間にも、双眸銀一色の斗貴子が手近な廃屋に飛び込み……めちゃくちゃに刻み始めた。障子の桟を肋骨のよう
に断ち割り、襖を引き裂き……何かに怯えているような声をも時おり交え破壊を尽くす。追って廃屋に入れる者などいなかっ
た。取り押さえ正気に戻す、当然取りうるべき行動には誰一人として移れなかった。瞬間最大火力だけなら斗貴子に比肩し
うる美紅舞や霧杳、鐶が異様な気魄に圧され踏み込めずにいるのだ、彼女らより弱い戦士らは竦むほかなかった。

 いかなる特性が斗貴子を蝕んでいるのか……。

(確かなコトがひとつだけある)

 遠巻きに状況を見ていたシズQは両側の部下2人に目で訴える。

(今までの均衡は……連携と、策謀は、総て津村斗貴子が居たからこそ成立していたものだ)

 その指揮官が、廃屋の中で大黒柱に刃が喰い込むたび唸りを上げ狂ったように再攻撃するだけの愚かな舞台装置に
成り下がってしまった以上──…

(もうオワリだぜ、ココ)

 柱石の砕ける音がした。

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