インデックスへ
第110〜119話へ
前へ 次へ

第114話 「対『海王星』 其の零陸 ──鳥歌──」




 財前美紅舞 戦闘継続不能。

(バッカじゃない! いまのは恐らく核融合、そんなんまでも来るなんて…………!)

 廃屋地帯南方やや遠く。核鉄を持たない戦士たちの避難場所はいま標高20cm弱の切り立つ崖。名残である。廃屋地
帯を横溢し襲いかかってきた光の丘陵が、咄嗟に割って入った美紅舞の障壁によって左右に割り開かれた、名残である。
鐶らを救ったディープブレッシングはあくまで南北に落着したもの、横への核爆発は遮蔽できたが縦は不可。むしろこれに
よって堰き止められた破壊のドームが”あおり”で美紅舞らの方角へ舵きったむきさえある。

(全員……直接的な被害は、ないけど…………!)

 放射線障害らしき僅かな衄(はなぢ)や微かな瞳の白濁を示す何人かこそあれ死者重傷者のない仲間に少女らしくほんの
り丸い胸を撫で下ろすが……虚脱はくる。容赦なく、くる。膝を消しゴムで消されたようにガクリと右へ傾ぐ。

(払底……! いまの防御障壁で……現状借り上げられるエネルギー……総て尽きた…………!)

 核融合、である。シズQの遺産ともいうべきエネルギーを使い尽くしてなお防ぐには足りなかった。少し前、収容した生存
者の態勢を立て直すと同時に行われた新たな契約を余さず動員しなければ全滅していたほど敵の火力は、優れていた。

(ゴメンねシズQ……。アンタの力で…………アンタを殺した海王星…………裁けなかった)

 代わりに仲間は守られたからいいでしょ……という感傷も胸をよぎったが、故人がそれを喜ぶかどうか分からないので、
向けられない。

(すー、すー)

 輪はというとスヤスヤ寝息など立てている。気楽なものね。呆れながらも微笑する。微笑できる概念がまだ戦場にあるうち
はマシなのだと思う。月吠夜を考えると、特に思う。

(問題はあの核融合……。何発撃てるかってコトね…………。あれだけの破壊力だから、今の一発こっきりだと思いたいけど)

 美紅舞は知らない。核融合に必要なレーザー発振だけいえば、銃弾110万発撃てるリバースの総エネルギー量のうち、
わずか1%分しか消費しえぬと。無論、水素重水素からなる複雑怪奇な球殻それじたいの精製にも結構な精神力──生体
エネルギーがガソリンならこちらはさしずめ軽油である。似て非なるが、リバースの『心』という、重油のようにドス黒くネバ
ついた、ひとたび炎上すれば大災害な概念から精製されるという点では同じ──が消費されるし、第一ここまで会戦規模
の弾丸消費を実験兵器ばりに”値の張る”特殊弾コミで繰り広げてきてもいるから、さすがに核融合あと100発など原理上
不可だが、しかし霧杳と鳥目、容易ならざる大戦力ふたつ排除した先の一撃にてもう打ち止めという訳でもない。
 上の下の共同体の盟主の放つ奥義級の破壊力など、リバースにとっては通常技、核融合プロセスが長く、幹部(マレフィック)
のような力量同等の相手からは確実に妨害されるという欠点こそ抱えているが、だからこそ1発きりしか受てぬ劣悪な燃費
に陥らぬよう鍛錬済みだ。
 拮抗する同輩連中を出し抜くには、時に、『臨界への冒涜を、はたらきつつある』と見せ掛けるコトもまた重要。
 ディプレスのような攻撃的な外面からは想像もつかない、『遠距離戦に欠かせぬ精密を大いに欠くからこそ、相手を挑発
で飛び込ませ、分解能力からなる、鑢(やすり)のかかった防御壁と、さすがに至近ならば命中する航空戦力で迎撃する』
のが得意なタイプに、穢れたるその領分を発揮させたくないのであれば、『見せかける』、大事であろう。”待ち”をやる相手
の眼前で核精製移行の気炎を銃に纏わせ、迎撃態勢を続ければ超火力で死ぬと言葉の外で訴え、相手の方から仕掛け
させる外交戦略のようなコト……もはや必須。
 集中した一瞬は極高速の凶鳥すら解像しうる。
 自治会のクリスマス会でじいさまらが子供らへの接待のため用立てた、”ボロい”射的の手描きの的レベルの静止画へと
解像しうる。
 リバースの本分もまた迎撃なのだ。本分へ釣りこむためなら、敢えて大火力の、真実(ほんとう)の精製を浪費してみせ
るぐらいすべきだ。浪費なる一種の必要悪すらカードにする以上、核融合、1発しか撃てぬ類のものに留める理由は……
ない。幹部にはクライマックスという、『本体がサブカルへの愛一片吟ずるだけで、億殺すたび京生まれる自動人形』のオー
ナーだって居る。核は、多く撃てる方がいい。絶対に、いい。駆け引きでは勝てるディプレスにすらリバース、中遠距離なら
いざ知らず近接では負け越し……なのだから。

 12発。

 先の規模なら、まだそれだけ。最大値ゆえ状況に応じ別の技へエネルギーと集中力を費やせば費やした分だけ大規模
破壊は減じるが、現時点においてはいまだ核、ダースで激怒は残している。

(ハッ!!!)

 眼前に落ちる、巨大な影の帳に思考がちぎられ目を剥く美紅舞。振り返った彼女は見る。

 10数体もの機械巨人が、わずか200mほど後方に居るのを。

(な!? 増えてる!? 襲撃じたいはさっきからあったけどペースはせいぜい一度に4体! ど、どういうコト!? 量産型
の襲撃は、総角が、総角が増殖させたバスターバロンが防いできたのに……!! そ、それに、影!!)

 距離からすると影、相当伸びたらしいが……はてな、彼らが居るのは南方、秋の黄昏とはいえ西日を受けるには、やや
おかしい。

(原因、あれだよ、アレ)

 気楽な気配が美紅舞の袖を引いた。機械巨人らの背後の山からチカチカと閃光が起こっている。影はそれに照らされ
伸びたらしい。

(あ、あっちは、確か!!)

 総角たちの方でも問題、起きたみたいだねー。美紅舞のすぐ後ろで女子高生ルックの師範・チメジュディゲダールはやれ
やれとギアを上げる。それだけで彼女の姿は趣きある風速に溶け消えた。

(……相ッかわらず速い。国債全部スピード強化につぎ込んでも、おっつける気、しないわ………………)

 美紅舞の、まばたき1つ分の変化しかない次の視界のその果てで、直前後ろに介在していたチメはもう血豆のサイズ。二
重の堵列を描く巨人の、前列の右端の機体の足元にもう居て、なのにそれはゴールではなく助走の終わり。最高速に達した
彼女はもう見えない。リバースの吹断の透明な線条痕すら捉えられる新人王でさえもう見れない。辛うじて機械巨人の左膝と
右大腿部中腹で、翔波らしきモノが順々に立った……のよねと半信半疑で首を傾げるのが精一杯だ。
 巨人らはくぐもった咆哮とともに振り上げた拳を足元に送りかけるが──…

 とっくに右端機の胸元に飛んでいた師範は、

(お そ い ぜ ?)

 ざらついた凄味のある快笑を浮かべ……毛抜型太刀もつ腕伸ばしつつ、独楽のように半回転。
 一芒の光が機械群を右から左に薙いだ。成される斬爵。10数体の巨人たちの胸から上の部位の悉くが切断され吹き飛
んで、爆発した。

(すげえ……。巨人の後ろの列まで斬れるのかよ……)
(しかもアレ、特性抜きで、だからな? 純然たる身体能力のみで、やったからな?)
(ウス。師範の真価す)
(特性の方はフザけてるっす! ウス!!)

 債権者と門下生が呆れ混じりに見ている間にも、両腕をガラガラと、八百屋店頭で大根のザルでも引っくり返したような
気安さで零した巨人たちは閃光を集中させ……爆発球となって溶け混じり、膨れて消えた。

(((((((さすが撃破数2位…………!!)))))))
(すー、すー)

 口元をもにゃもにゃしながら心地良さそうに眠る写楽旋輪以外の、起きている戦士たちは、或いは師範、戦部より強いの
ではないか、というかこれほど強いなら何で幹部2人との戦いに参加しないんだといった勝手な雑論をめいめいあげる。

(バッカじゃないの! 撃 破 数 2 位 がリバースの特性に罹って暴れ始めたら……終わりよ終わりおしまいよ!! だ
から敢えて対決を避けてる! この判断きっと正しい! だって元19位の津村先輩の暴走にすらあんな苦労──…)
(ギアあげると、疲れますなあ)

 何事もなかったように師範は美紅舞の後ろに居る。さっきまで無かったはずの紅い座布団に座り、さっきまで持っていな
かった筈の湯呑でいかにも渋そうなドロドロの緑茶を熱い熱いと啜っている。衣服の、肩の部分がズルっとした美紅舞は、

(つ、つっこまないん……だからねっっ!!)

 戯画と尖る三白眼に涙滲ませる、辛うじての抵抗を、した。



 量産型を抑えられなくなったのは、分身をやめたからだ。分身をやめたのは、ヘルメスドライブを出すためだ。右肩のサブ
コックピットに飛ぶ、ただそれだけの理由で他戦線に重篤な影響の出る行為をはたらくのは、褒められたものではないと彼は
自分でも思ったが、切迫する事態は四の五のを許さなかった。
 サブコックピットに飛んだのはそこが増幅に必要だからだ。百雷銃の武装錬金、トイズフェスティバルを、拘束する量産型め
がけ咄嗟に設定しなければ、総角主税の青銅巨人は唸りを上げて飛んでくる砲弾によって首脳部を砕かれ決定的な破損を
得ていただろう。

 百雷銃の特性は、『入れ替わり』。設置設定したものを城兵にする能力といってもいい。創造者(キング)が攻撃(チェック)に
見舞われたとき自動で入れ替わり被弾するこの能力は、かの根来忍と楯山千歳のコンビですら苦戦した代物だ。

 かくて総角は押し付けた。アームストロング砲の一撃を量産型に押し付け己はまんまと脱出した。気付いた量産型どもが
縛り殺す糸を伸ばしてきたが問題ではない。

「操縦は任せた。鈴木震洋」

 以下、鮮やかなる総角の手際。

 以前から右コックピットに居た震洋に百雷銃を仕掛ける→自身は生身で脱出、男爵の肌を伝って飛んで頭部メインコック
ピットへ帰還→道中拾っていた装甲の、かなり小さめな破片を天井に当たらぬ力加減で垂直に投げる→金髪にあたりかけ
る→トイズフェスティバルの特性の自動発動→仕掛けられていた震洋と入れ替わる

 これによって彼、『メインコックピットとサブコックピットの乗組員を入れ替えた』。
 小札もビックリのマジックだ。能力をうまく使いこなしてはいるがなんだか地味くさいところがビックリのマジックだ。
 あと破片はさほど震洋の頭にダメージを与えなかったというか、2分のち髪の中でなんかごわごわしてるなあと指を入れ
てようやく「潜水服が出てきたあたりで紛れたのか?」と思う程度のものだった。それよりも現在の彼にとって大事なのは、

「待て!!? そそそ、操縦!!? なんで僕が! やり方なんて知らないぞ!」
「フ。立ってりゃいいさ。立たせてるだけでいいさ。手足が変な方いかなきゃ、なおいいな」
「いやいや! てか、えと、あ! ほら! ぼ、僕のチェーンソーがなかったら、火力が……!!」
 何いってんだお前? モニターの中のワイプの中で総角は、この日最大級に失礼なコトを無表情で述べる。
「俺、お前の武装錬金、使えるし」
(上位互換があああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!)
 だったらなんで最初から操縦させなかったんだよコイツ! 馬鹿なの!! 震洋の今までの思い出しぶちぎれランキング
1位の人物はもちろん銀成学園の放送室における六舛、岡倉、大浜だったが、彼らはいま1つ落ちた
「まーまー。いまのための度胸付けというか、コックピット慣れというか」
「フ。まあそんなカンジそんなカンジ。あとお前は頭がイイからな、すぐ分かる。飲み込める。信じてる、めっちゃ信じてるぞ、フ」
(適当!! もういやコイツら!)
 まあいいや、しくじったら任せた総角の責任! ヤケになった震洋、バロンを動かす。幸い操縦桿方式ではない。パイロット
の動きをダイレクトにトレースするタイプだ。ゴチャゴチャした吸盤つきのコードもなければボディラインの強調されるラバースー
ツもないから、なるほどこれなら僕でもいけそうだと1話中盤で散りそうな敵ザコ顔パイロット、力む。

 こういう、面倒をためらいもなく人に押し付けられるのは、いい意味でも悪い意味でも、中間管理職の才覚だ。(多少の操縦
の不備は俺の武装錬金で補ってやるし)と後始末を引き受けているのもまた然り。

 増殖をメインコックピットから行えていたのを見ると、別にサブコックピットに移動する必要はなさそうだが、そちらの方がや
りやすいという、天才にだけ分かる微妙な機微でもあるのだろう。

(だいいち俺がメインの方いたら、咄嗟にいろいろ手出し口出しするからな。それは震洋の精神衛生上、よくない)

 顔を合わせず仕事をするのも時には大事。リカバリーしうる能力の持ち主は、鉄火場においてはリカバリーのみ徹すれば
いいのだ。指摘は落ち着いてから、『謙虚な要望』の形にでも整えて、すべきだ。鉄火場では結局、怒号にしかならぬから、
怒号としか受け止められない、から。

 そして総角は……多くの男がそうであるように、管理より、才覚の赴くまま戦える瞬間こそ…………愛している。真理を
即座に見抜ける電撃のクロック数を、”それ”のない者たちへ汗かいて噛んで含める行為もまた大事だし、己の才覚を
深めもすると理解はしているが、たまにぐらい、好きにやりたい。

「フ。俺の暖機は回転数、はしたないが、上げて、『やる』──…」

 5倍に増幅されたニアデスハピネスの大爆発は目下の敵を塵も残さず消し飛ばし──…

「機体の、俺に適した使い方って、ヤツをなあ!!!」

 再びのヘルメスドライブは退避ではなく攻勢。能力には緩用がある。訪れた場所にしか飛べぬ盾だが、視認できる範囲で
あれば瞬移は可能。だから砲撃の反動で心持ち空を泳いでいた土星の機体の背後を取り……振り向く相手の反応速度の
風の中、処刑鎌を展開!! 小兵の斗貴子が扱うためどうしても小型の印象があるが今は違う。身長57mの巨人のサイズ
に適応した、一本だけでも既に地方の政令指定都市なら護衛戦力ごと殲滅できる類の、そんな巨刃になっている。だから
コッペパンに振り下ろす包丁だ。20m足らずの潜水服(コッペパン)に降す包丁だ。当たれば即死の、創世記の鉄柱が、
統御された足軽軍団の放つ矢のように土砂振る狭間を哀れなパンは濡れもせずひょいひょい抜けた。小兵ゆえ高速という
わけだ。四本の鎌が無数に見えるはむろん振り下ろしては振り上げるサイクルが、旧説にある火縄銃の運用に近しいか
らだ。
 ゆえに巧妙。先ほど超高速を見せた筈の潜水服が、いっこう距離を取れぬままやがて鎌の籠中に追い込まれてしまった
のは、総角の巧妙なる誘導あらばこその現象だ。

 防備。敵の有する3本の機械肢は王蛇の如く飛び跳ねて、屶(きば)、銃(きば)、砲(きば)。青銅巨人は創を得た。削り
飛ぶ破片を食い破った霰が丸い装甲をガンガンと撃ちのめした。首を曲げ直撃を免れた砲弾は爆発こそしなかったが、フェ
イスプレートをガリガリと削り取り放電さえ起こした。
 しかしただそれらの被害を受けた総角ではない。
 攻撃しつつ離脱していた潜水服の行く手を、交差する二本の処刑鎌が×字を描き塞いだ。封止は惜しくも直撃を逃したが、
敵から見て右肩上がりの鎌の方は、長さゆえ前方に先行していた大屶に掠った拍子これを半ばから、人がスティック状の
小麦菓子にするよう叩き折った。
 三本目の鎌はガトリングガンの銃身を横から見て稲妻型に寸断、無数のジャンクへ塗り替えた。それは神業的な軌道だっ
た。潜水服は屶を叩き折られながらも後方からの追撃を察知し、銃身を紙一重の射程外に送っていたのだ。それを鎌は、
尖端という、細いがゆえに突出をしている部分にて追いつき……硬貨に花を彫金するが如くの精緻を以ってジグザグに斬り
裂いた。巨大化という杜撰粗漏さけられぬ状態で、『借り物』ふるってコレである。総角の技量、推して知るべし。
 最大の悲惨を蒙ったのは間違いなくアームストロング砲。加害者は四本目のトリッキー。青銅巨人の横ッ面を伊達にして
意気揚々としていた砲弾を、逆回しでもしたよう腔内へ叩き戻した。大腿部から肩の後ろという奇妙だが、零距離射撃への
即応を孕んだ味な軌道を描いていたのだ。銃のバックショット、敵に背を向けたまま脇腹横の銃で撃つの変形、複数の関
節と可動肢を持つバルキリースカートならではの『バックショット』。しかも現状のサイズからいえば、『BB弾』を『バット』で『エ
アガンの銃口』に正確に的確に打ち返したのだ。わずかに力加減を間違えるだけでたやすく潰れる弾丸を、肩の後ろに、
下から出す、不自然な軌道で、原型そのまま、返(や)ったのだ。
 たたき返された前弾は、装填中の次弾を”やってしまった”。大砲、爆裂。濡れ光る鎌、四散の眩ゆきを照り返す。

(てかなんで急にこんな強くなってんだよコイツ! さっきまで押されてたのに!!)
 震洋の疑問は殺陣師が継ぐ。
(専念の強さ。総角はいま火器管制オンリーでやれている。強さの違いはその違い)

 先ほどまでの彼は機体制御専門だった。『サブ2人の武器を持ったバスターバロンを操縦する』だけの立場だった。いまは
違う。『バスターバロンの右肩より好き勝手に武器を設営配備し、好き勝手なタイミングで撃ちまくる』対空砲手。

(数多い手札を持つ彼の、もっとも本領を発揮できる戦闘姿勢(バトルスタイル)! 代わりに分身を使えなくなったのは足止め
組たちにとっていい迷惑だけど……敵の機動が機動、最善手を瞬間で数珠つなぎしうるこの即効性がなければ……やられる、
からね…………! こっちがやられるのは本当最悪、土星あやつるバスターバロンまでもが、天王星海王星で既に手いっ
ぱいの斗貴子の介たち戦場へ乱入する! 総角もそれが分かっているから、火器管制専門へシフトした!)

 結果、おそるべき反撃の数々が見事極(き)まった形になるが。

 潜水服は、怯まない。6つある窓の瞳孔を凶悪の海棲に細めるや、各部からのスラスターで姿勢を成型的に成型。小型機
ゆえの小回りと機動力で、敵の頭部(メイン)ではなく右肩(サブ)へと特攻したのはむろん本命の剣気を感得したればこそだ。
火器管制を殺すべく半損屶で、斬りかかる。悪くは無い。処刑鎌の自由角度は、1つの鎌につき2本の可動肢という『長さ
の余裕』に根付いている。関節で畳めるため近距離戦においてもAランクの一級品ではあるが、しかしSランクの超一級品
足りうるのはむしろ中距離戦だろう。『畳む』という引きに速度を殺されるコトはないし、なにより弱点とする『パワータイプの
一撃』を回避しやすくもある。
 総角のバスターバロンは、近づきすぎた。敵が3分の1ほどのサイズという都合上、近づきすぎた。しかも処刑鎌は大腿部
から生えている。右肩からの距離は、長い。だから咄嗟の伝達には響く。確かにいま鎌それ自体は右肩近辺に駐留している
がしかし伝達は感応波の無線ではなく……有線なのだ。大腿接続部より伸びる可動肢がコードであり伝達系である以上、
右肩⇔大腿部という距離の分、ごくごく僅かだが指令から攻撃までラグが生じる。潜水服はそれを衝き……もう間近。

「フ」

 屶を今度こそ粉々にした斬撃は、右肩から来た。間に合ったのはそれが鎌ではなかったからだ。伝達機構こそ同じく優先
だが、距離は近い。

「肩ならどっちでもいいのさ。本家は左だったが、右でもいい」

 剣を握る第三の腕。屶を砕いたのがそれだと気付いた土星は感嘆むべなるかと呻く。

『アンシャッター・ブラザーフッド…………!!』

 潜水艦の機械肢は奇しくも同系にトドメを刺された。屶を砕いた西洋大剣(ツヴァイハンダー)の返す刀で悉く叩き割られ
たのだ。

 土星はやや驚きの声を漏らしたが、品のある昂揚を包み隠さず笑い震えた。

『面白い。面白いぞ貴兄! 実に興を掻き立てる! 続けていくぞ処してみろ!!』

 水銀状の装甲で無敵となりつつ、多機能の傘で白兵に移る潜水服。

(こ、攻撃の通じない奴の、攻撃!!?)
(並みの【武装錬金(げいげき)】じゃ、ちょっとまずいね〜)

 震洋、殺陣師が慄く中。

「出でよ!! 陰陽双剣の武装錬金!! 流星(リウシン!!)」

 胸の前で船舵を描く無骨なる一本の鞘に、ババっ! と男爵が手をやった瞬間、なんたる不可思議。両腕に剣が一本ず
つ行き渡る。中国の、一振りが二本に分かれる特殊の冷兵器は、黄金や象牙が端々にちりばめられた、いかにも総角好
みらしい物で──…

 屈折した『場』がもやもやと潜水服に纏わりつき消えたと見た一瞬のコト、水銀の塊を潜水服から、引き剥がして飛び散った。

(ウソーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんん!!)

 震洋の眼鏡は割れた。両方のレンズが割れ散った。

 そして。殺陣師盥は。

「やるね。確かにミッドナイトの重力角なら『場』の概念で潜り込める」
「ミ、ミッドナイト……? 確か……チーム天辺星のリーダーの剣……だったよな? なんでそれを?」
「簡単な話。あの水銀……いくら無敵手甲の一種とはいえ『装甲』の態を成している以上、潜水服本体との間には必ず『隙間』
がある。イオイソゴのように全身どろどろに溶けきれる奴ならともかく、纏うタイプの、隙間を、境目を、有している装甲なら……
たとえシルバースキンが相手だったとしても!! ミッドナイトの重力角操作は隙間から潜り込み……グラビティの方面から
剥がせる!」

 実に見事だと胸中、大快哉を送った。何より彼女の気に召したのは本家本元ならまずしない使い方だからだ。しかし鈴木
震洋は却って疑念を深めた。

「……理屈はワカったけど、なんでだ?」
「へ? なんでって、何が?」
「だからその、ミッドナイト……とかいう……霊? の能力はともかく、名前の方って確か、さっき」

──【まったくこのあたくしを武器としておきながら斯様な侮りを受けるとは……信じられませんわ】

── 剣に金髪ツインテールの少女が映った瞬間、「会話可能な武装錬金……だったのか?」と斗貴子はチーム天辺星の面々に
──意外そうに問いかけたが「いや私たちもついさっき知ったばかりで」という気のない返事。

「仲間たるチーム天辺星の連中ですらさっき初めて知り驚いたという話のはず。合流地点に着いてなお遠巻きの僕の耳に
届く声をあげるほどに驚いていたようだった」
「え……? そ、そりゃあ撃破数7位のチームのリーダーの能力だし、有名だし」
「いやそうじゃなくて。問題なのは能力じゃなく名前。連中の様子から見るに武装錬金名は『リウシン』で通していたようなのに、
なんでそっちじゃなく、憑依してる方の、今日まで周囲(まわり)に一切知られていなかった幽霊めいた奴の方で……?」
「…………」

 殺陣師盥はやや汗を掻きながらも、笑う。笑った瞬間、モニターの中で軽い詰問に入りかけていた青年の顔に微細な波が
突き走り……「まあいいや、戦闘中だし」と不自然なほどあっさりとした引き下がりが生ず。


 殺陣師はただ、液体金属剥離潜水服に対し、観戦気分に、甘んじる。


(総角ならではの発想て奴だね〜。うんうん。実に見事。殺陣師サンまじ感激)

 そして男爵の右手に光と共に纏わりついた籠手はあっという間に巨大化、何やら展開し隠し機能らしきものを披露しかけ
ていた傘を雨粒でも穿つよう通りすぎ……潜水服に、クリーンヒット。真正面から真正面に減(め)りこみ罅(ヒビ)だらけにし
た。哀れ打ち震えつつ各所より蒼き火花ちらす本家男爵。震洋は、おどろいた。

ピーキーガリバー
(原始的なもんを、ここで!?)
 青銅巨人、籠手解除の右手をバサリとスナップ。
「フ。小細工おおそうな傘(もん)は問答無用の一撃で速攻叩き潰すに、限るッッ!」
 そも能力に強い弱いはない、要は使いどころだ。ワイプ在中の総角の頬はバラ色、鼻息すら吹いた気配がある。
(キザ男が金城の能力を太の文法で使うって……。つかお前テンションあがってない!? キャラ、違くない!?)
(こっちが地だからネー。しかも男のコがロボ動かしてるからネー)
 ハッチャケつつあるのも仕方ないよ。サバゲ少女は嘆息した。

『だが布石は打っている。籠手での一撃のため、事前に無敵手甲を解除……。無数ある手数の中から瞬間的に最善手を
選び、構築する手腕……さすがだ。さすが『10年前を識る者』』
 ん? 総角の口調がやや冷静さを帯びた。
「お前もあの戦場に居たのか? だがその態度……幹部はおろか候補生の中にすら居なかったと記憶しているが?」
『乃公は戦士の下ッ端であった。貴兄の認識にのぼっていないのは当然のコト。だが我が武装錬金の名を聞けば……
誰にいかなる薫陶を受けたか……貴兄ならば即座にわかるだろう』
 たったそれだけの言葉で、モニター中の総角が一瞬だが動揺し、やや強張った笑いを浮かべた理由を震洋は知らない。
「リルカズフューネラル、か」
『御名答』
 え、なんで分かったんだ土星の幹部ひとことも言っていないのに! 書記は、おどろいた。
「……俺が音楽隊のまえ属していた組織の名前、だからな…………」
 だが俺と小札を除く構成員は全滅したと声が流れ、(…………)。殺陣師の目がわずかに潤む。
「『恩人』も死んだ。そしてリルカズは……自然消滅した」
 だったらなんで土星がソレを! 震洋の疑問は呼ばれた当人が、解く。
『総角に道を示した男は、乃公に道を示した男でもある。3分にも満たぬ邂逅だったが……彼の言葉には今でも深く敬服
し、感謝している。当時それまで乃公、朽ち果てるのみだった……。戦団に身を置いてもなお大義は成せず、どころか保身
に走る者どもによって妻を見殺しにされ…………失望し、朽ち果てるのみだった。しかし彼は、アオフシュテーエンは……
道を示した。乃公が武装錬金の名とはつまり敬意。彼の率いていた組織の理念をわずかでも先に繋げるようにと魂に刻み
込む、敬意…………!』
「だったらなぜ、レティクルに、身を置く?」 総角の指摘、前歴に照らせばもっともだ。
「話の流れからするとお前の妻を殺したのもまたレティクル。しかもその盟主が殺した者こそまさに恩人(アオフ)。復讐する
道理こそあれ協力する云われはない筈だが?」
『怨嗟はない。大義を、救いを済(な)すに必要な技術力がただ欲しいというだけのコト。そも我が妻がレティクルの戦線に
身を投じたのは自ら志願してのコト……。仮にそれがなかったとしても病でさほど長くは生きられなかっただろう。ゆえに
見殺しをした戦団にすら、失望はとうに癒えている」
(その結果が悪の組織? それじゃ……)
『ヴィクターとは違うぞ?』
 くく。震洋の気付きを見透かしたようにリヴォルハインは超然と咲(わら)う。高貴の黒バラが蕾を終えるよう、咲(わら)う。
『乃公は常に救いを求めている。対象は人類のみではない。ホムンクルスも、ヴィクターも。魔道に堕ちた9人の朋輩すら正
しき道に帰還(もど)したいと常々考え行動しているのだ。よってヴィクターとは違う。救済にも復讐にも振り切れなかった、
優しすぎる男とは……な』
 男性的だが甘く高い声がコックピットに残響する。
『しかるに救済とは無情をも同時に孕んでいる。これは真理だ。何かが救われぬコトで救いを得ている者たちは居る。必ず
居る。のがれえぬ宿命だ。有限物質世界で人が質量を有する限り、何かが富めば何かが貧しくなるはまったくの原理。ゆえ
に優しすぎる者は再分配を……断行できぬ。ゆえに乃公は選択したのだ。大多数の未来のため敢えて無情という病を自ら得
るコトを……!』
「だからお前はレティクルに居るのか……? 戦団以上の技術力を、悪の御旗あるがゆえ遠慮なく振るえるレティクルに……」
『”一般の概念に囚われるな”。このアオフの理念……貴兄も小札も、救った筈だが?』
 否定はしないさ。総角の声音が静謐を帯びる。
「確かに俺も小札も”それ”に救われた。正しい心を得られた。だからお前がその道を継ぎたいと願うコトじたいは否定しない」
 だが。男爵、あらわれた日本刀を辷るよう潜水服へ突きつける。
「救いを言うなら坂口照星、そろそろ返してもらいたいのだがな? そうしてくれないと1人、確実に救われない少女が居る。
バスターバロンを延々抑えられているせいで、いまだ愛する少年を月まで迎えに行けずじまいな、こわいが、優しい少女が
ずっとずっと密かに泣いているんでな。俺はそこを救いたい。何しろ俺は、俺という奴は、フ、別離の幻影をかつて見せてし
まっている。だったらだ、返す努力ぐらいすべきだろ? アオフに救われた以上、すべきだろ?」
 うわキザったらし! 震洋はねじくれた、苦いカオをした。
『……というか、複製を成せたいま、貴兄が代役を務めればよいのでは?』
 なぜしない。皮肉ではなく、心底ふしぎそうに問いかける土星に「あ゛っ!!」。総角は大衝撃の呻きをあげた。
(え。気付いてなかったんだ。気付かぬままあんな、あんな風に、キメちゃってたんだ…………)
 青くなり、赤くなる金髪の天才剣士はモニターのワイプのなかで2秒だが頭を抱えしゃがみこんだ。よほど恥ずかしかった
らしい。きっと色んな後悔の言葉がギュンギュン頭んなか飛び回ってるんだろうなあと殺陣師は一連のモノローグを締め
くくった。
 やがてヨロヨロと立ち上がった総角は性懲りもなく──自信あふれる者が時おり見せる欠点だ。素直に指摘に対し、そう
だったあとやり込められてみせれば、爆発する笑いによって怒りやら不信やらの感情が一掃され、どころか絆が深まるの
に、ただ笑われたくない一心で、言葉において逆転しようとあがくから、弁舌の徒は結局負ける──、何事もなかったよう
別なコトを、言い放つ。
「救いを強調する者ほど信望を得られないというコトは理解しろ。メルスティーンのような外道率いる組織に居るなら尚更だ」
『凄み気味に言われても、乃公反応に困るのだが……』
 あ、土星は天然だ。震洋は気付いた。純真、とも言っていい。相手の真意を瞬時に見抜ける直観力こそあるが、見抜いた
ものを己のみ勝つ算段に繋げる才覚がまるでない。算段とはつまり悪意だ。自分だけが得をするため相手を蹴落とす発想
は、足の小指を外側にぴょこぴょこさせるようなもので、天性そなわっていない者はどれほどの人生経験を積もうがついぞ
持てぬ代物だ。
 だからリヴォルハインは総角に混ぜ返さない。他の幹部なら挑発確定の場面だったのに、できない。
『貴兄……なにが気に入らないのだ?』
 純真だが、しかし、こうもいう。
『現在多少の犠牲を出したとしても、人類全体が永劫救われるなら、いいではないか』
 選別思想もなにもない。子供が、『武器全部なくしたら戦争もなくなるのに、なんでみんなやらないの?』と問いかける程度の
他愛もない純真さで、リヴォルハインは言い放つのだ。
(テロリストだ、根っからの…………!)。お世辞にも善玉とはいえぬ震洋ですらたじろぐ形質であった。
 乱世なら国士らの太祖になりうる純粋培養は、治世にあっては毒である。無私なる暴挙をためらわわない形質は多くの場合
ごったがえす場で爆薬と化合するほか用途をもたない。
「…………こっちこそ分からないな。お前のいう『救い』とは……なんだ? 悪に堕ちてまで技術力を求めた以上、カタチじたい
はずっと以前から見えているようだが…………なんだ? どんな具体的な手段を…………目指している?」
 総角も総角で調子を掴み辛いらしく、歯切れも悪く問いかける。
『決まっている! 人間とホムンクルスを錬金術の闇から救う手段など……ただ1つ!』
 土星の声が弾んだ。
『再人間化、再人間化を実用するため乃公はレティクルに、居る!!』
「「「────────────────────────────────────!!!」」」
 総角、震洋、殺陣師……刮目。


「再人間化!? ホムンクルスの集団が一体どうして!?」


 ほぼ4割が巨大潜水艦に押しつぶされている13号棟南東で月吠夜クロスもまた驚いていた。

「だから。今言ったでしょ。ついで、だって。私の本命はあくまで光ちゃんの五倍速老化の治療……」
「それをやるため分散コンピューティング可能な細菌型を、リヴォっちを開発したら、にひっ、依頼を達するや再人間化に
着手しちゃいまして」
「ま、いかにも無理筋だけど、光ちゃんがどうしても人間に戻りたいっていうなら悪い話でもないし? 本命かなえてくれた
恩だってあるもの、邪魔する理由ないし、渋いカオする幹部(ほか)の横槍見逃す理由ないし」
 答えになっていないと月吠夜は思う。リバースらの言っているのはあくまで彼女らの視点における始まりにすぎない。土星
はきっと以前から考えていたのだ。鐶の治療法という、授かった超演算能力に対する対価を支払い終えるなり、私的な、か
ねてよりあった腹案を実行に移したに過ぎない。ならばなぜ土星リヴォルハインは再人間化へとその想い到らしめたのか? 
わからない。月吠夜には、わからない。

 鐶光は、衝撃された瞠目からようやく立ち直る。

「待ってください…………。お姉ちゃん……。さらっといいましたけど……治るん……ですか? 私の……異常な、老化が……。
あらゆる鳥と人間への変形機構を備えているがゆえの代償……。ホムンクルスでありながら、音楽隊で私だけが1年で5年
も年をとる……。ほうっておけば10年で……おばあちゃんになってしまう……おぞましい体質が、治る……の、ですか……!?」

 少女はずっと苦しんでいた。愛する少年と出逢ったころは年下だったのに、1年、たった1年で肉体的には年上になってしまった
特異体質の負の側面に……ずっと、ずっと。不死ではあるが不老ではない恋する少女。ずっと共にありたいと思う少年とずっと
共にあるだけで自分だけが老醜さらさざるを得ない悪夢のような体質に遠からぬ別離を描き、震えていた。

「治るわよ。治すわよ。ふふ。だってあれは意図したイジワルじゃなく……不幸な偶然。なにより可愛い光ちゃんがあっとい
う間にシワクチャになるなんて耐えられないもの。治してあげる。治されるコトで光ちゃんは名実ともに私の傑作になるんだ
もの。治すしかなかったわ。治す以外ありえなかったわ」

 限りない優しさを湛えた限りなく不安定な謡曲だった。数々の虐待を経てなお慕ってくれている心優しき義妹への罪悪感
などはこれっぽっちもない。ただ完璧にしたいだけだ。ただ理想どおりの姿を完成させたいだけだ。鐶はそれを直感した。
妄執と所有欲に彩られているだけの正気うすい返答をする義姉に胴震いを覚えたが……ああなんたる皮肉か、音楽隊の
中で己だけがわずか10年前後で老婆になってしまう呪われた運命を覆すにはおぞましきリバースの行為を受け入れるほ
かないのだ。同等の手段を親切心のみで提供する”誰か”を待つのはできない。義姉ある限り銃殺されるのは目に見えて
いる。独占を妨げる者総て殺しつくしてでも憤怒は己の独占欲を挿管のニュアンスで鐶に押し付け思いを遂げる。
 ようやく老化から逃れられるというのに……少女の心には歓喜と同様の、すさまじい嫌悪が浮かぶ。されどジレンマ。穢さ
れるに等しい処置を得ねば救われぬ…………。

(…………)

 鐶光のどこかが、軋んだ音を立てた。思い返せばこの辺りからだった。義姉との決着のプロセスが形作られ始めていた
のは。

「データさえあれば戦団レベルの設備でも治療は可能。そしてデータは……ココ」

 リバースは頭頂部で弧を描くひどく長い癖ッ毛の、根元から5cmほど上の部分をパカリと開けた。覗いたのはUSBメモリ。

「いやソコ……あくんかい…………です」

 ちなみに癖ッ毛とメモリの幅にはひどい格差があった。単四電池の下半分に単三電池の上半分をひっつけたようなイビツで、
しかも癖ッ毛の幅の方が前者。つまり細い毛の束の中から、太い情報媒体が出ていて、しかもそれは髪との境界で余剰の幅
がすっぽりと消えている、騙し絵のような構図だった。

 シュポン。「!?」。アホ毛の中にメモリは消えた。吸い込まれた。そしてカチャリという音とともにアホ毛の折れていた部分が
元に戻され元の形を取り戻す。

「データはこの中よ光ちゃん。欲しかったら……年とらない体を求めるなら、私ときっちり決着をつけるコトね」
「いやメモリ、いま、中に、中に……! しかもカチャリて、髪なのにカチャリて……!?!」
「ちなみにアホ毛だけむしりとってパクって逃げようたって無理よ……! ここ、ディプレスの分解能力ですら壊せないから」」
「ここにきて唐突に始まったそこへの無駄な設定のてんこもりは……なんなんですか……! ホント昔から、おかしい……です!」
(昔からってなんなんですか昔からって。まさか人間だった頃から色々おかしかったんですかそのアホ毛……)
 月吠夜はツッコミにツッコんだ。
「ふふ。もしアホ毛を毟り取るコトができても……」
(まだ何か!? アホ毛がまだ何か、隠し手で妨害を!?)
「このUSBにはパスワードが設定してあるの。一回でも間違えたら自動でデータ消去されるパスワードが」
(普通!! ここまできて、普通!!)
 さきの裁判長の登場は月吠夜に『二次感染』こそもたらさなかったが、どうもツッコミ属性はうつしたらしい。
 鐶は心底、うんざりしたように、述べる。パスワードへの推測を。
「どうせ……またアレでしょ……)
(あ、使い回しですね。女性はやりますからね。お、言いますね鐶、どうせ生年月日でしょ)
「『kq0m2z』」
(画像認証!!)
 五指を上向けギザギザと叫びたい衝動はかろうじてこらえる。色々、まずい。
「さあさ光ちゃん!! 聞き出したかったら私の満足する『決着』をしっかりキッパリ、与えるのよーーー!!」
 おやだんだんノリがおかしくなってきたぞ。燕尾服モノクルの青年はリバースの微妙な変化にヒキ始めた。
「あぁ。なんだか凄くテンションが高くなってきたわ光ちゃん。楽しいわ。嬉しいわ」
 うっふっふとややダラけた笑みに口元を緩め、涎すらうっすら浮かべる少女は愛らしいが変態的だ。
(………………)
 虚ろな目の少女はというと、露骨にイヤそうな顔つきだ。目をゆがめ口を直角三角形にすぼめている。夏場、ゴミ捨て場
の周囲になぜだか飛び散った生ゴミの始末を犯人でもないのに1人でやれと言われた人類がちょうどいまのカオになると
月吠夜は思うなか繰り広げられ始めたのは、

(とにかく…………問題は、ブレイクさん、です)

 いかにしてあのお似合いで負けず劣らずに気色悪い閉じ蓋を分断するかという鐶光の苦慮で、それは実に味気なく呆気
なく解消された。

「光ちゃんとはサシだから。ブレイク君はそっちお願いね」
 天候憑依状態の斗貴子を顎でしゃくるゆるふわウェーブ少女。言い含められていたコトなのだろう。ウルフカットの青年は
「へへ、喜んで」とごく当たり前のよう指名へ向かう。

「あ、そだ。あと細かいコトだけどさ」
「はい?」 振り返った青年に少女はぶつかる。見開く灰色の目。戦士側の少女ふたりは突如勃発した光景にただ驚き、
固まった。

 唇と唇が、重なっていた。奪っていたといてもいい。背伸びして目をつぶるリバースが、まだ状況に追いつけずただただ
双眸を瞠(みは)るブレイクの唇に、清廉な薄桜色のそれをやや強めに押し付けていた。
 不覚にも見惚れる鐶。あれほどの戦慄と獰悪を撒き散らしてきた憤怒の化身が今だけは可憐なる美姫だった。かつて
慕いかつて憧れた、綺麗で上品な『お姉ちゃん』だった。哀切に目を細め、離れたくないとでもいいたげに恋人の首へ両手
を回し、ただただ唇と唇を接触させるだけの清らかな愛の呈示に浸っている。童話の最後の一幕のような壮麗すら義妹は
感じた。

 接触の時間は10秒足らずだった。細い、天使の羽根の一毛のような線をほどきながらブレイクより1歩下がったリバース
は「…………」。一瞬、両目を、前髪の下の含羞のうすくれないに隠してから、銃持つ十指をかちゃりかちゃり合わせつつ…
…上背ある青年に上目遣いを送った。

「ここまで一緒に来てくれた……お礼」

 開眼の上での微笑だった。恋人への、いま以上の期待を、死と対なす甘美への期待を、隠そうともせぬ誘惑的なとろけ
を双眸、存分にたたえている。どこか娘が父に甘えるようなあどけない輝きすらある。照れくさそうに、それでもとても嬉しそ
うに、はにかんで、笑いかける。
 シズQや音羽ら筆頭に、数多く殺してきた魔人とは到底思えぬと鐶の怜悧な判断は告げるが、なのに義姉の、まだ人間
らしい部分を垣間見たコトがどうしようもなく未練をかきたてる。
(今ならまだ…………もとのように…………暮らせるんじゃ……ないでしょうか…………)
 義姉を殺すための旅ではなかった。ともに日常に戻るコトそれだけが望みだった。

『フ!! フケツなの!! せっかくガワだきゃ綺麗なのに、オオ、オトコとそんなコトする癖ついてるの、フケツなのー!!』

 感傷を切り裂いたのは、男性免疫皆無の天気少女。どうやら鐶以上に衝撃されていたようだが、硬直が解けるなり狼狽が
襲ってきて、叫ばずには居られなかったらしい。

「い、いや、こ、こんな習慣、なかったっていうか……」
 天王星の頭部から、一塊の湯気がまきあがる。
「今のが…………初めてっす」
『ハイ!!?』
「だだ、だから、青っちとの、その、ちゅーは、いっ! いまのが、初めてで、だだだから、これ以上のコトも、なんもナシで…………!」
「マジか……です」
 鐶は唇をさすった。監禁されていたころ、義姉に無理やり奪われた場所だ。そのときの彼女いわく「キスは初めて? 私はそうよ」、
だから思いのほか肉食で、ブレイクとも自然な男女の深い中にとっくにあるとばかり思っていた。
「…………」
 朱線の壮行会で両目を見えなくしたリバースは無言で恋人をぽかりと一打。あまり言うなと、照れてるらしい。

(と、というか…………)

 右頬からわずか8cmほど横で新鮮な白煙を上げている弾痕に、月吠夜はただただ恐慌していた。

(ア、アイツ……海王星、リバース…………!! 狙いやがり、ました……! キスしながら……狙ッ……私を……!!)

 一弾に総ての速度を篭める狙撃モード『濡鴉』は、艶っぽく男の頸に巻きついた細腕の先から月吠夜めがけ放たれてい
た。もし鐶が色香の中に含まれる一抹の殺意を嗅ぎつけていなければ、狙撃軌道上に投擲された巨大なる金属の羽根『カ
ウンターシェイド』が破壊と引き換えに不可視弾の軌道を逸らし青年の命を救うという現状(コト)にはなりえなかった。

(お姉ちゃん……! なんて真似を……!!)

 天使の神聖を発しつつ悪魔の残酷をはたらいていたリバースはもはや、未練の愛もつ鐶ですら吐き気覚える存在だ。耳目を
集めるコトをし、その隙に死角を衝くのはマジシャン小札もよくやるエンタメの基本だが、それをキスと狙撃で応用する、など。

「あ。ちょっとからい。激辛大好きな青っちだから、匂いは甘いけど……ピリっとします」
「だから!! そ、そんな恥ずかしいコトいってないで戦うの!! あ、足止めは大事な任務なんだよブレイク君!!!」

 ここだけなら鐶だって(ブレイクさんより年下なのに、お姉ちゃんっぽい……です、やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃん……
なんです……)と、生真面目で歯切れのいい、しっかり者な姿へ素直に心和ませられるが。

 人間ひとり殺そうとした直後”こう”なのにはもう……。

 破綻しか、感じられない。

 鼓動が一瞬、跳ね上がった。全身の輪郭の色相が翻り、ブレて戻る。紅い三つ編みもまた膨らんだ。

 姉妹愛ゆえに長らく見まいとしてきたものが、少しずつ熱く輪転し始めている。表層は淑やかな12歳の鐶とは対極の、
しかし歪められる前の、活発だったころの自分なら妹らしく、実年齢8歳らしく、まっさきに乗っていた怒涛と呼ぶべき衝動
はもう。

 鐶本人は必死に抑えようとしているが。

 あと1つ。あと1つなにか致命的な出来事が起こった場合……どうなるか分からないとも、自認、している。


 気象サップドーラーは。

(そもそもコイツらは…………)

 一帯から死臭を感じる。戦士らは廃屋地帯だけでも20名前後……殺されて、いる。犯人らが”はじめてのキス”とやらに
心弾ませるコトじたい既に犠牲者らへの冒涜だ。


「俄然やる気が涌いてきました」


 豪宕なるハルバードを引きずるよう歩み出るブレイク。彼はもう、騎士なる顔だ。愛する姫の望みのため果てる覚悟すらあ
る……騎士なる顔だ。

(鳥目さんに核を返され……相当大打撃な筈、なのに…………!)

 顔面の皮膚がうすくだが爛れ、ハルバードのきらめきも二段階ほど昏くなっている天王星だ、足取りからも、かなりの生
命力が喪われているのが見てとれた。おぼつかなさからすると運動機能にすら一定の障害が出ているのだろう。

 だが気迫はむしろ以前より増している。今はもういない少女が、かつて惨死と引き換えに与えた根源的な尊厳とすらいう
べき爪痕を、リバースはただ、唇を唇に当てるだけで……塗りつぶした。所業はもはや傾城の妖姫だ。鳥目の決死の遺産
をなかったコトにしたのもさるコトながら…………愛する青年の重傷の姿を、色情の前菜程度の行為で、また戦えと、敵へ
向けたのだ。義妹との決着を水入らずで迎えたいという我欲を達成するそのためだけに。

(くっ……! ブレイクならそれに気付かぬ訳ないのに……! コロっと騙されて……! だからオトコはイヤなの嫌いなの!!
けど抑えないと『勝ち筋』できないし……!!)

 たじろぎつつもサップドーラー、臨戦。

 そして。

「待たせたわね光ちゃん。たっぷり、愛し合いましょう」

 挨拶代わりの二挺フルオート射撃が鐶の残影を薙いだとき、廃屋地帯における戦況はついに終盤へと踏み込んだ。

 ちなみに月吠夜は(このまま留まったら…………また……!)と数秒前、そっとこの場を離れている。



 とある場所で。泥木奉。

 彼はそこに、留まるほかなかった。先ほど『人ならざる物体』の『能力の支配下』に置かれてしまった彼はもう、置かれた
立場を変えられない。自分が、倫理を総動員してまでやった抵抗が、相手の強すぎる意思によって挫け始めた瞬間から、
倫理とは真逆のものが戦略構想のそこかしこへ癒着している。それは、妨げているものは、合理。正しいとされるからこそ
麻薬の概念。よほど強く制御せねば楽観と願望に支配されるのみの観念はもう英雄的な行動を泥木から奪っている。

(武藤カズキ。武藤カズキだったら……絶対に跳ね返すのに。俺の突きつけられた『犠牲ありきの解決』なんて…………
そうじゃないまったく別の選択肢で、塗りつぶせるのに…………)

 泥木の才覚と精神では……できないのだ。罪悪感はある。残された数少ない自由意志は犠牲にする者とその関係者へ
の申し訳なさで寒く黒く塗りつぶされている。リバースの能力が咳にすら作用すると踏んでなければ、えずきはそれで誤魔
化していたろう。

 だがもう、泥木の力ではもう、どうにもならなくなっている。

 能力の隷下としてしかもう、己の能力は使えない。
 従い続ければ勝利は……『人ならざる物体』の陣営へと転がりこむ。泥木に逆らう切札は、ない。彼は泣いた。喉を焼く
重度の涙をじわりと浮かべた。『人ならざる物体』が指先で拭おうとした。優しさが逆に、怒りを呼ぶ。優しくされる自分への
怒りを呼ぶ。だが今は、何もせず、耐える。怒りをぶつけるタイミングは……決まっている。あとはそれを待つだけなのだ。
待っていればやがて必ず来るとわかっているから……怒りは耐えられる。溜めるという形で、耐えられる。

『人ならざる物体』の想定さえ外れれば。

 泥木は誰も犠牲にせず済むのだ。だから彼は己を隷下とした存在の当て込みが外れるコトだけいまはただ、願う。




 東里シグレが竪琴シグレになったその日おもったのは「マジか」であった。
 離婚の気配はまったくなかった。届けが受理される1週間前ですら父と母はふつうに談笑していた。その何年か前の正
月の大型時代劇で、直訴だったか仇討ちだったか、とにかくやれば連座で迷惑だからと愛する妻に離縁を言い渡す主人
公の侍を見たコトがあるが、”そう”でもなければとても説明のつかぬ黒字倒産だった。
 そもそも親権すらユルい離婚だった。書類上でこそ姉が父に、妹が母についていく形にはなったが、双方の行き来につい
てはさしたる厳命のない親だった。泊まりも自由、旅行も自由。どっちかがどっちかにいき天秤を跳ね上げても帰宅後なんの
咎めもない。置いていかれた方の親は普通むかしのパートナーの悪口ぐらいいうものだが、それすらない。どんな様子だっ
たと単身赴任中の相方を聞く程度の、まったく普通な関心があるばかり。傾きすぎた天秤がもたらすものといえばせいぜい
高い方にちょっと長く居すぎた方が、大好きなぬいぐるみをとられた幼児のようなひどく情けない”べそ”を浮かべる程度。
それに気付きそれを治そうとするのが姉妹だけならまだ離婚の謎の霧は薄まった。しかし事実は娘ふたり掌中にしている
方の親が些細な機微で気付き慌てて訪ねるよう娘らに頼む奇妙がほぼ5割。父も母も独占とは無縁、相手への配慮でのみ
親権をフレキシブルなものとしていた。
 大型連休になるたび合同であちこち行く慣習に到っては「じゃあなんで別れたんだよ」。普通に会って普通に話す両親は
シグレにとって本当よくわからぬ存在だった。

 姉が父についていったのは都会目当てだった。転勤でハイソにという夢はしかし赤銅島という僻地によって砕かれた。妹
はむしろ田舎で雲を見たり風を読んだりの『天気とともにある生活』を好むたちだったので、だから姉にトレードを持ちかけ
た。母の実家もけっして大都会とは言いがたい野山ゆたかな場所ではあったが、駅からは近く、駅からならば47分ゆられ
るだけでそこそこ栄えている県庁所在地──映画館が駅から徒歩20分圏内に3つもあるといえば他の商業施設の充実
ぶりもわかろう──に行けるのだから島とはダンチ。

 なのに姉が妹の具申(しんせつ)を却下した。哀れみを誤解し怒った訳ではないのだが……その『理由』は、のちの運命
を考えると、むしろ『誤解』という姉妹間だけでどうにか完結するレベルのものに留まっていた方が、或いは良かったのかも
知れない。姉──東里アヤカ──が短慮や激怒といった、”だからあんなメに遭う”と後で蔑める反応を示していた方が、
シグレにとっては救いだったのかも知れない。運命の分岐の死の方角を、直情のすれ違いで選んでしまうような姉であった
方が、シグレは傷つかずに済んだのだ。戦士という『無惨の運命のきっかけ』だって選ばずに済んだのだ。

 ただ厳密には、理由に行き着くまで、姉は「いいの、島で」とパっと見不機嫌そうに抗弁し続けた。親切はありがたいが、
どうしても譲れぬ理由があり、それは話すと途轍もなく恥ずかしい思いをするから、だから断るといった実に少女らしい他愛
もない、無理して作る人工の不機嫌だった。
 その時点で、ケンカだろう。シグレが姉と同質だったのなら。
 だが幸い逆だった。
 シグレは姉と違い、放っておけば何時間でも雲ひとつない青空を見つめ続けているようなボヘーっとした気質だった。だか
らアヤカがごろごろした時はきまって追求せずただただ観天望気するタチだった。”なぜこうなるのだろう”、天候を自分なり
に考えるときのまなざしで、不機嫌な姉をただしげしげと眺めた。

 辟易した。のちにクラスで『高圧的』と評される、外貌からして強気全開のツインテの少女(あね)は、辟易した。こういう姉
妹間にみられる形質の決定的な違いが両親にもあってそれが離婚の原因だったのかも知れないが、本題ではない。
 観察は無心のものが恐ろしい。
 親切をつっぱねられた5歳の妹はふつう、泣くなり怒るなりで主張を通そうとするものだ。しかしシグレはただ黙って姉の
心情を、真情を、探ろうと、した。
 静かなる観察。だがアヤカは9歳ながら本質を直感し、そして震えた。妹。敢えて黙り相手の本心を思考と観察によって理
解しようと務めるのは担任の先生のような『大人』のよくやる思いやりであり優しさだとこの時までは思っていたが。
 気付く。唐突として、気付く。
 妹の観察には思いやりも優しさも、まったくないと。
 もはや観察ではなく、観測だった。根本は泣いたり怒ったりの、『我を通す』手段となんら変わらない。たまたま静謐なる手段
だから誰にも咎められず、大人には大人だと褒められ、事実アヤカ自身、激しやすい己を逆撫でしない妹は自慢で好ましいと
思ってはいた。だが子供の世界とはある日突然覆るものだ。できなかった逆上がりが突然できるようになるように、好きだっ
た芸能人をささいな一言で大嫌いになるように、島へ行く行かないの議題のとき、シグレへの認識は180度反転した。それは
しつこい眼差しに堪忍袋がブチ破れたという低い次元の話ではない。
 ただ突如として、気付いた。
 妹の本質はどこまでも子供……自分の好奇心を満たすコトのみが最優先。好きな空の天気の機密を自分なりに納得するよ
う、好きな姉の抗弁の理由を咀嚼して理解したいから──…

『観測』

している、と。

 結果ヴェールを剥がされてしまった姉がどれほど恥辱を味わうかという配慮は一切ない。子供が、ナイーブな秘め事を見
抜かれてしまったときの傷と衝撃を妹は理解していない。天気と同じものだから、解明して予報したい……幼さゆえの無分別
では到底説明できぬ得体しれぬ残酷の観測をアヤカは実感し、震えた。

 気性を気象とみなす──…

 異質。

 姉妹でありながら、まったくの。
 その超えられぬ決定的な違いはやはり両親からきたものではないか? 赤と青が紫へ混ざるコトなくまっすぐそれぞれに
降りてきて離婚の遠因をいま自分たちで再現しつつあるのではないか……とアヤカは考えた。
 争いの起きる関係ではない。が、このさき睦まじさを意図せねば暴言以上の恐怖を浴びるという、狐狸への感覚もまたあ
る。そうだ。狐狸だ。

”どうしてお姉ちゃんは島でいいんだろう”

 生まれつき緑の渦巻く瞳孔でじつと見据えられると、都会派を気取るアヤカですら妖怪的な存在を感じざるを得ない。シグレ
の観測は暴露と優位を目指すものではない。天候のメカニズムを知りたいという、理系の乾いた関心のみだ。だがそれをだ、
血を分けた実の姉にまで向けるのは……おぞましい。おぞましさを幼さゆえ全く知らないのが……こわい。

 こわいものとケンカはできない。

 親の片方がもう片方のさびしさにパっと気付いて姉妹を送るときの、まだ子供のアヤカには到底理解できない、『ひらめき』、
みたいなものが、観測至上主義の妹にのみすでに顕現(そな)わっていたら最悪だ。
 些細な己のひとことで、少女は、隠したかったささやかな恥部を、向こうにアッケラカンと暴かれる。それは関係の崩壊だ
と姉は怯えた。
 隠したかったものを暴かれたという経験は棘や楔になって何年も何十年も、姉妹の絆に突き刺さり続け……あるとき突然
爆発して断絶をもたらすのだと本能的に察知した。”そういったもの”が世界にはあるから、だから両親は別れたのだと自分
なりに推測しているから、別れてしまえる父母の間に生まれた人間はいつか妹とすら別れてしまうんじゃないかと密かに苦
悩しているから、『観測』によって本当の心を見抜かれるのは避けたかった。
 恥辱を得てでも妹の、関係破綻まねきかねぬ無遠慮の洞察を止めたかった。両親の離婚のせいか、9歳としては大人
びすぎているアヤカは──9歳という年齢は、人外であってもまだジャンプが大好きな、実に妹妹したものである──観測ど
うこうの小難しい理屈を、5歳児に納得させるのは難しいともまた気付く。どれほど言葉を尽くしても結局は、『そうやって観
察されるの鬱陶しいから二度とするな』としか受け止められないのは目に見えた。
 ゆえに傷つけぬよう、姉なるアヤカはいかにも根負けしたという様子で本音を取り出す。小芝居で騙すコトが姉としての、
ちっぽけだが大事な大事な矜持だ。

「いい、お父さんにはナイショだからね?」と強く念を押してから──つまりは恥部であり、秘密であるというのを先撃ちする
形で──こういった。

「……お、男のコ」
「男のコ?」
「ちょっとイイかなーって思うコが……いるのよ。悪い?」

 頬をさくらんぼ色にしながら両目を甘く尖らせる4つ上の姉に、5歳の妹は己が具申を引っ込めた。気になる男子がいるな
らそれはもう、なにもいえない。女児にとって恋はロマンだ。”りこん”とかいうのをしてなおケンカは見せたコトのない両親の
もとで育っているならなおさらだ。

 気になる男のコがいるなら、そりゃ都会好きの姉が都会ゆきを諦めるだろう、天秤棒を揺らすに足る魅力だろうと納得した
シグレは観測をやめた。やめてしまったコトが竪琴シグレ……後の気象サップドーラーのどうしようもない後悔になるとは
それこそ大好きな天候が朝焼けの葉の裏に造る概念ほどに、知らなかった。


 そして妹たちは、戦う。

 ひとりは稲妻弾く槍使いと。

 ひとりは銃口を介する葛藤と。


 義姉との対決を避けては通れぬ鐶。外貌こそふっくらと色づいた思春期の少女だが、1年5歳の加齢を勘案すると実際
はまだ8歳に過ぎぬ彼女には、幼さゆえ、さまざまな心配の声がかかってきた。かけられて、きた。
 さまざまな時。さまざまな人。受けてきた言葉はいま、1本の幻灯となって……鐶の周りを旋(めぐ)るのだ。

「いいか。アレの克服は実戦上、非常に困難だ。キミのよく観るもののような、土壇場で、誰かの一言のお蔭で爆発的に
奮起して克服し、そして勝つ……ようなコトが、自分には、自分にだけは、絶対に発生するといった考えがあるなら、悪い
コトはいわない。今のうち捨てろ」

──「それは、私が…………やっぱり、弱いままだから……ですか?」

 白い法廷で投げかけた自分の声が蘇ると、淡く青く輝く獅子座の少女はいつものようにシャープに囁く。

「弱さへの危惧はある。だがそれ以上に大きいのは、向こうがキミをさんざん虐待したという、事実だ」

──「……?」

「いいか。向こうが、キミに、目から光がなくなるほどの虐待を加え続けた理由は、『困るから』だ。以前のままのキミで居ら
れたらどうしようもなく都合が悪いから、いつか傷つけられると恐れたから、虐待によって自分好みにしたんだ。言葉すら
途切れ途切れの、おとなしいおとなしい今のキミに」

──「つまり、それは──…」

「そうだ。キミを今の姿にでもしなければ……安全だと安心できなかったんだリバースは。虐待をする奴らほどそういう弱さ
を自覚し……震えている。逆襲されるのではないか、いつか強さを取り戻されてしまうのではないか、と」

──「わかりましたけど……。私の、爆発力との、関係は…………?」

「克服もまた元に戻るコト。リバースの恐れる、以前のキミに立ち戻る行為だ」

──「!!」

「だから向こうは克服を妨害せんと全力を傾けてくる。元通りになられるコトは、戦闘の趨勢以上の、もっと根本的な人間同士の
逆転を意味するから、リバースはキミの想像なんかより必死なんだ遥かに」

──「だから……必要以上の、傷つける言葉や、威圧で、妨げる……ですね?」

「ああ。そして恐れる者は備えもする。万一克服された場合、さらなる力で押さえつけられるよう、準備する」

──「つまりまだ……『進化』のようなコトが」

「あると見ていい。最低でもあと1回。最悪なら3回以上……、キミが克服を果たしたならば力尽くで再び屈服させるのみと。
リバースは技術者。そしてDrバタフライを見てもわかるように……技術者の邪念一念ほど恐ろしいものはない。超常さえ超
越した忌むべき破壊の肉体は必ず来る。キミがどれほど優勢になろうと必ず来る。克服を果たしても、果たさなくても、『そ
のときのキミ以上の、圧倒的な悪意』がやがて必ず襲ってくるから」

──「心1つで、今のお姉ちゃんの総てを克服するコトは……不可能って……コトですね」

「ああ。でも、いいか。私は、キミが克服を成せないとか、成しても無力とか、そう言っている訳じゃない。むしろ可能性がある
からこそ、相手に注目され対策さえも練られていると……考えておくべきだという話だ。克服しようと足掻くコトじたいはいい。
問題にしているのは、やりさえすれば1人でも勝てると履き違えるコトだ。いくら克服を重ねても及べぬもののあるコトは、知って
おいた方がいい。相手どっているのは脚本家によって倒されるため創られたものじゃない。なぜ自分だけが糾弾され破滅せねば
ならないのだと憤っている保身の権化だ。克服すら妬み異様な力を発揮する……実在人物、悪意(ならでは)のものだ」

 ならばそれは……どうすれば倒せるのか。答えは別の方角から響く。

「【旅の経験値】だ」

 8時方向の斗貴子とは対極、2時方向に金色の幻影が現れる。

──「……【旅の経験値】……? リーダー、それは、知恵とか……のような、もの、ですか?」

 旅の、いつかどこかで聞いた、焚き火の前の説諭は強く心に残っている。

「まあそれも含まれる。が、総てじゃあないな。なんというか色々だ。人間としての成長とか、絆とか、武装錬金を使った思わぬ
奇策とか、とにかく旅の、日常(せかい)の中で、お前らが得たり、見たりした、色々なもんだ。そーいったもんこそが、フ、強さで
あり、強さをも超えるものに、なるのさ」

──「うーん」

「フ。やはり分かり辛いか」

 焚き火に枯れ木を一本くべたリーダーは、弾ける小さな火の粉のなか赤く笑う。

「まあ俺にだって『コレが!』と断言できるもんじゃないし、だいいち断言して、枠……? みたいなもんに放り込んで、それ
以外は不用って思い始めた時点で効力を失くす類の……ま、哲学みたいなもんと思っとけばいい」

 それがどうして幹部を、悪意を、超えるコトになるのか。鐶の疑問は別の人物が紐解いた。
 4時方向の、桃色の強い蛍光に彩られた幻影が紐解いた。

「世界を歩いたって事実そのものがね、きっと大事だと思うの」

 演劇への準備と決戦への特訓を並行していたころの寄宿舎で、桜花は言った。

「だって幹部たちはきっともう……世界なんて見てないもの」

 昔の私と秋水クンと一緒なのよ、鐶を膝の上に乗せてあやしていた麗らかな女性の顔に自嘲の笑みが広がった。

「怖いものがあるから、閉じた世界に閉じこもって、諦めて、両目をすっかり濁らせて……。強いわよ確かに。ブレーキが
効かないんだもの」

──「……」

 直接見たわけではないが、鐶は想像する。守ろうとしてくれていたカズキを後ろから刺した秋水を。殺す殺さないでいけば
そのときの秋水は確かに『勝って』はいた。強い立場では、あった。

「けどそういう人たちは知らないの。扉の外にある思わぬ強さを知らないの」

──「扉の外にある思わぬ強さ…………」

 桜花にとってのそれはきっとカズキなのだろうと、聞き及ぶ彼女の過去に照らし鐶は思う。では、自分のそれは? 義姉
の支配下より救い出してくれた無銘? 無銘にのみ縋れば克服できるリバースなのか?

「それはそのときの光ちゃん次第だから断言できないけど……確かなのは、ね」

──「確かなのは?」

「無銘クンとの出会いだって、そうじゃないの? 総角クンのいってる【旅の経験値】ってものじゃない?」

──「っ」

 自分の足で世界を歩いたからこそ得た、確かな経験。それが鐶を克服への一歩に踏み切らせた。何億歩も必要な道のり
りからすれば本当にごくわずかな、誤差にも等しい微速前身といってしまえばそれまでだが……それでも、一歩は、一歩だ。
9999万9999歩を1億歩にするための一歩よりも更に莫大な勇気と決断を要する……『零歩を一歩にするための一歩』。
無銘はそれをもたらした。桜花の言うとおり【旅の経験値】がもたらした。

──「でも、お姉ちゃんに、それは……」

 ないんでしょうね。桜花の声音に寂寥が滲むは前歴ゆえか。己が救われたからこそ救われていない者の『格差』が悲しい。

──「…………。だからこそ、お姉ちゃんの知らない扉の外を知っている私は──…」

 転がっている『思わぬ強さ』を経験値として立ち向かえる……? 半信半疑な鐶の言葉に桜花は頷く。

「1人で立って1人で歩けるようになるため触れ合った世界で、知ったり、経験したり、笑ったり怒ったり泣いたり楽しん
だりした……いろいろなコトはきっと、克服したはずの悪意が再び燃え上がってきたとき、ひとつひとつが、ほんのちょっぴ
りだけど、心が、悪い方向へいってしまうコトを…………防いでくれると思うから。私はそうやって、生きたいから」

 幼い少女はそれで総てを実感できた訳ではない。能力だけを鍛え、熱血を以って克服すれば拳1つで姉が負け、改心する
という幻想はやっぱり捨てきれない。

(けど、それでも──…)

 桜花のいう生き方はきっと良いものだとは思う。義姉の路線に比べれば断然こちらだ。『お姉ちゃんへの純粋な憧れ』とい
う、もはや二度とは輝かぬと思っていた感情すらわずかだが蘇生の予兆を見せた。そういった微かな鼓動こそが【旅の経験
値】らしいとも気付いた。
 もっとも実年齢が小学校低学年の少女だ、『境地』の呼ぶ強さを本当に実感できている訳ではない。戦闘とは真逆の、日常
における心の機微の積み重ね……【旅の経験値】を、総角は、どうして、幹部らの絶対的悪意を調伏しうる切札として見ている
のか、完全には、わからない。
 必勝の気迫を最初から欠いていたら、勝てるものも最初から勝てないのではないのか。実年齢ではまだ10年も生きていない
子どもらしい感覚が、克服に端を発す一連の執着を支えていたのはいなめない。
 しかも鐶は戦略上、リバースの前哨たるブレイクのあたりから鳳凰形態を使わざるを得ない立場にあった。時間制限があり、
終われば24時間は戦えなくなる鳳凰形態を。

(だったら、克服の全力の気概で、残り少ない鳳凰の時間を戦いぬくコトしかないのでは。少なくても、……『私の勝ち目』、では)

 12時方向に短髪の麗人が現れる。ネオンのような紫の光をねっとりと纏う”彼”はいまの指揮官。

「アナタだけよ。『勝ち筋』に欠かせぬ要素(コレ)をリバースから一番効率よく引き出せるのは」

 それは克服を目論むより遥かに安全な戦略だった。

「『勝ち筋』の成立要件のひとつは、アナタが、『リバースに絶え間なく撃たせ続ける』コト!」

 円山円の提案は、気迫と克服を下支えとする義姉打倒とは……隔絶したものだった。

                            ・ ・
──「だってそうじゃ……ないですか……! あの火力を撃たせ続けるのは短距離の真向勝負では絶対ムリ……です!!」

──「撃たせ続けるとはつまり、ヒットアンドアウェイかつ防御重視の、決着とは真逆の消極攻勢をしろって……コト……!!」

──「”それ”を時間制限ある鳳凰形態でやるっていうのは……私の……、私が一年以上前から覚悟していた決戦の最後を……」

──「時間稼ぎに……費やせっていう……コト…………!!」

 わかってはいた。勝つだけなら、この場限りの無力化を行うだけなら、円山の方策こそ正しいものだと。他の相手になら
迷いなくできた。銀成を思い出してみよ、斗貴子たち6人という一大戦力相手に繰り広げた、群集利用の一大壮図を見よ、
変身能力と年齢操作をフルに使ったダークなるクレバーの戦略をやれぬ鐶ではない。熱血と王道に憧れておきながら真逆の
スタイルをとれるのは矛盾にも思えるが恐らくそれは義姉リバースに虐待されたからではないか。ビクビクと顔色を窺うように
なっていた期間がそのまま『機微』への洞察となり婉曲の攻めの会得となったのではないか。
 とまれ”それ”は、ただの凶悪な敵なら、赤の他人なら、搦め手と高速機動を鼻歌まじりに行使できた。

──「でも、お姉ちゃん相手に、やるのは…………」

 怖いわけではない。理由があって、ただ悲しい。


「敵の執心は、使える」


 10時方向に五色の煙と共に表れ出でたのは、消炭色に透過し走査す忍びの少年。

「貴様の義姉は、貴様が克服に執着すると思っている。縋っているのだ、肉親の情に。暴虐を尽くす己のような者をどこかで
強く卑下しているからこそ、肉親の貴様の、克服を成してでも取り戻すという……『情愛』に飢(かつ)えているのだ」

 無銘の意見はきっと7年前の彼の……実感なのだと思う。実の父母を知らず、総角と小札、義理の両親としばらく親子の
関係についてどうしようもなく苦悩していたからこそ……誰かに絆を求める心が分かるのだろうと、そう思う。【旅の経験値】
だ、それも。無銘が旅の中で培ってきた強さ以上の、大事なものだ。

 だが肉親の情は、鐶だって、等しく大きく持っている。

──「無銘くんのいうコトは分かります。でも、だからこそ…………円山さんの策は……! 直接の決着のつかないコトは……!」

「だが海王星は貴様が真向向き合ったとしても……反省は、しない!」

──「っ!!」

「我ですら聞くだけで胴ぶるいする虐待の数々を加えられてなお真剣に向き合う貴様に覚えるのは罪悪感ではなく……甘えだ。
父母とはとうに途切れた肉親(さいご)のつながりがここにあると安堵し……悪行の総てさえも肯定されたと、付け上がる」

──「そんな、コトは…………!!」

 反論のための語調が終わりにつれてしおれていくのは、鐶自身そうだと認めてしまっているからだ。真剣に向き合いさえ
すればわかってくれるという王道の文法が、きわめて現実的に破綻をきたした精神の前ではどうやら通じそうにないらしい
というのは、再会してからこっち見てきた義姉の言動の端々から感得した結論だ。

「敵の執心は、使える」

 少年の幻影は、隻腕。狡猾で隙のない木星を『食欲』で倥(ぬか)らせる策の結果。

「いいか。克服の奮励こそ情愛とみなしている海王星は」

(私が克服(ソレ)っぽく、気炎をあげ、猛攻するだけ……で)

(「『そこに何の策謀もないと思い込む』……!!」)

 心の中、幻影と声を重ねる。そう。鐶の中の怜悧な方の部分はとっくに気付いている。義姉が自分に向ける信頼という名
の妄執を、面従腹背でみごと裏切っていけば…………つまり克服めあてで真剣に戦っていると見せかければ、円山の提言
した『リバースに撃たせるだけ撃たせる』という勝ち筋への道筋が恐ろしいほど呆気なく簡単に進行できると。

──「決着をエサにすれば、釣って、ハメて、騙せる…………。あんな強くて油断のないお姉ちゃんを…………」」

 姉妹の情につけこんだ策──レティクルの秘していた、鐶の両親生存という、リバースにとっては寝耳に水の驚くべき
事実の開陳──は虹封じ破り序盤でも行われ、それは狙い通り一定以上の動揺を引き出した。黙過した鐶ではない。異
論も異存もはたらいた、白い法廷ではたらいた。戦士の犠牲を抑えるにはこれ以外ないという断金的な斗貴子の言葉で
もなければとてもとても自らの口で伝えられなどしなかった。

──「また、ですか。また……やるのですか…………」

「そうだ。まただ。戦士のこれ以上の死を食い止めるには、義姉がこれ以上の魔道に堕ちるのを止めるには、また、だ」

 我ならば、やる。無銘は頷き掌を握る、顎の前で力強く握る。「師父や母上と同じ力学を迎えたのならば……我は、やる」。
家族とは元来斯様なるものの筈、違うか。鋭利な瞳同様に熱く底光りするその言葉は理解できる。血のつながりがないか
らこそ総角や小札と劇的な出来事があり、本当の意味で家族になれた彼だからこそ、『殴ってでも止める』以上の、罠にか
ける他者との共謀をしてでも正しき道に蹴り戻してやるのだという峻烈の愛情を語れるのだと思えるし……そういう無銘の
黎(くろ)い真摯の部分を鐶はやっぱり大好きだ。

 父母と姉。双方とも頭につくのは、『義』。ストレートな血縁は、ない。

 だからここで義姉が戦士らの企みの陥穽に落ちるのを認可し、且つ共同と協同を行うコトは義妹として求められている
べちゃついた愛情以上の愛情といえなくもない。やって初めて、真の意味での姉妹になれるともいえる。

 だから勝ち筋に必要だという、『鐶がリバースに撃たせ続ける』を真向勝負完全回避によって施工するのは『妹』としても
『戦士側』としても、正しい。確かに個人レベルでの決着は有耶無耶になるという欠点こそ抱えているが……陣営としては、
勝てる。義姉との決着という戦いの金看板のようなものをあろうコトかエサにしてうっちゃるだけで、戦団側の勝利を確約
できる。

──(だとしてもコレは……)

 虚ろな瞳が潤む。

──(お姉ちゃんへの、裏切り…………!)

──(私がお姉ちゃんへの想いではなく…………戦士さんたち全員を勝たせるため”だけ”)

──(囮に、歯車に、捨て石に……成り下がるのは…………裏切り……!)

 偏愛といえど愛は愛。肉親の情を求めているリバースはつまり……鐶をまだ、愛している。甘えれば甘やかしてくれると、
信じているのだ。顔だけは、外面だけは、大人っぽい、お姫様っぽい姉が、裏腹な信じがたい無邪気さで、期待、している。

──(それに、そこへ……私が、本気で応対しなかったら…………)

──(お姉ちゃんはきっと……もう、本当に、誰も……誰ひとり……信じられなく、なる…………!!)

 無銘のいう、「愛しているからこそハメて売り渡し暴走を止める」の理屈の正しさはわかる。だが人間関係とはときに”それ”
を投げつけたばかりに壊れてしまうものでもある。『あなたのためを思って』サツにチクった恋人が不倶戴天の裏切り者として
愛を失う、それが世界だ。

 リバースが書き殴った履歴はとうに見た。実母に声帯を破壊され、実父に愛情を放棄され、継母に理解を拒否され……怨
みが募ったから”ああ”なのだろう。誰からも愛情を受けられなかったから、誰からも愛情を受けていた鐶を必要以上に憎ん
でいるのもわかる。だが小さかったころの鐶はそんなコト、ちっとも知らなかった。お姉ちゃんは、お姉ちゃんで、好きなの
は当然で、だから話しかけるのは当然だった。話を聞くのは当然だった。

 けれどもリバースにとってその『当然』は、家庭や世界のどこを探しても得られない、あったかな感情で、得られないもの
だからこそ無条件に与えてくれた鐶は……救い、だったのだ。だからいまもって異常の偏愛を示している。

 戦士の累々たる死骸へと刻まれた文字は父母への憎しみ一色のものだったが。
 鐶への罵倒だけは、ない。
 彼女に愛情が集中したコトこそ認識しているが、その上で「天使みたい」とすら評している。

 そこを想うと……。

──(いや、です…………)

──(裏切りたくない、です)

──(だって、だって……! 私まで裏切るんですか……!!? 向き合うコト放棄するんですか……!? まだ、ああやって)


「よかった、よかったよぉ。これで…………これで、私、光ちゃんにお父さんとお母さんを返して……あげられるんだね…………」


──「まだああやって泣けるお姉ちゃんを、お父さんたち生きてたコトああやって泣けるお姉ちゃんを)


──(見放すんですか……!? 最後の家族の私まで見放して、ひとりぼっちに…………!)


──(ブレイクさんは……悪い虫みたいなもんだから……居てもあんま……意味ない、です…………!)


 胸に広がる痛みは心筋梗塞の等倍にすら迫る。裏切ればトドメは他の戦士の役割になるだろう。その”誰か”がリバース
を生け捕れる保証はない。むろん事前聞かされた戦団全体の方針は『逮捕・拘禁・訊問』だが、しかしリバースは殺しすぎて
いる。あまりにあまりに、戦士たちを。トドメを任されたその仲間が憎悪のはずみで殺害してしまうコトは充分にありうる。生
かすつもりだったのに、実力差ゆえに、最後の抵抗の爆発力によって奪われた武器によって自害をゆるす……というケー
スも然り。

 リバースと、ただ、元の生活に戻りたいだけの鐶にそれらは……耐えられない。
 いっそいかにもトチ狂わせてる元凶くさい悪い虫の駆除に傾注した方が、存外簡単にいくのではないかともフと考えたが、
やればどうせ多くのマインドコントロール被害者がそうであるように、リバースもまた激怒する。和解が、なくなる。

──(……。ブレイクさんが……、一番、悪いのでは…………)

 彼に対して最初に灯った最初の火種は。
 ごく小さなものだった。

 すぐ鎮火しかけたが。

──(そう……いえば……。私がお姉ちゃんに虐待されてるとき…………見てましたよね)

──(止めもせず……。笑いながら…………!)

 長年それが当然だと思っていたコトの異常性を改めて認識すると、めらり、鐶らしからぬ感情が再燃した。

 ただこの時点においてはまだ本題ではない。
 ブレイクへの潜在的な怒りは、義姉を裏切ってでも【旅の経験値】の正義を取るべきか否かの葛藤に、すぐさま呑まれた。

──(……勝てなかった場合は、私が克服に賭けてもなお勝てなかった場合は……)

 戦士らは、殲滅される。白い法廷で美紅舞から聞いた話によれば鐶の内通疑惑を防ぐため何人かの戦士は証言用に
生かされるというが……とうてい見過ごせる話では、ない。



──(…………勝たなきゃ、です。でも真向勝負回避の勝ち筋はイヤ、です。なのに今の私では真向の決着、すら……!)



 だから虹封じ破り成功後なお焦慮していた。義姉は自分が止めるべきだと。克服すべきだと。斗貴子たちの忠言は、理屈で
はわかっていた。しかしいざリバースの、戦士を惨殺していく姿を見ると、理性などは消し飛んだ。鐶はただ、強大な力を与
えられただけの、年端ゆかぬ少女なのだ。目撃する肉親の凶行に、肉親の感情で衝動されるその機微を、いったい誰が
責められよう。

 しかし転機が訪れた。思わぬところから……訪れた。


「なんくるないさ」


 鳥目誕にだってきっと物語があったのだろうと鐶は思う。戦士という常ならざる存在で生きていくコトを選んだ以上、倒した
い存在や、取り戻したい何かがあったのだろう。鐶はゲームが好きだが、

──(鳥目さんは……どうだったんでしょう…………)

 もし好きでもしかも出立する際いつものようにセーブした、佳境でもなんでもないありふれた”稼ぎ”の途中があったのなら、
それはきっとこのさき永遠に再開するコトなくメモリーのなか、眠り続けてゆくのだろう。

 だがそうなのかすら、いまとなっては分からない。


 聞くべき少女は死んだのだ。
 鐶は鳥目と談笑した訳ではない。共同戦線を張った多くの戦士の中の、ごく1名という認識だった。”鳥”目で、方言を操る
という点で多少のよしみは感じこそしたが、死の気配濃い戦線の中では雑談1つできずに終わった。幻影としてすら彼女は
鐶の心象に、登壇できない。

 鳥目誕にだってきっと物語があったのだ。
 にも関わらずまったく無関係な……リバースの、核の業火に、焼かれて死んだ。
 自分がそうなったらと鐶は考える。リバースを目指して旅してきた自分が、リバースと決着するコトなくリバース以外の者に
殺されたら……? 身震いしかしない。最愛の少年とだって引き裂かれる。鳥目に良い人がいたかは分からない。いなかった
としても少女が恋を知る前に死ぬのは、悲劇だ。

 されど彼女は……笑っていたのだ。ディープブレッシングの落とす影の向こうへ鐶らを弾き飛ばした時だけではない。
人間を即死させうるに充分な加粒子放射の暑熱の中ですら、彼女は、笑っていたのだ。核球によって抉られた潜水艦の
風穴の向こうに鐶は確かに認めたのだ。不本意で、理不尽な死を突如として押し付けられたというのに、月吠夜を救い、
ブレイクに直補さまざまの有効打を与え続ける最尤を、自らの決断と覚悟において完遂できたという満足の笑みを。

 むろん俯瞰の視点においては最後の戦闘行動こそ、鳥目の、「甥」という棘を抜く唯一の手段であり、救いだったといえなく
もないが、鐶にそれは伝わらない。いや、薄々は「かつて助けられなかった『誰か』を投影されている」とは気付いているが、
だったとしても、悲しすぎるではないか。

 鳥目という、身を挺して人を救える優しい人間を殺したのは、その優しさに対する憎悪や殺意ですら、ないのだ。

 巻き添え。
 爆心地から逆算するたび鐶の心は極寒に陥る。どう考えても核は鳥目ではなく霧杳に対してのみ放たれたものとしか思
えない。死の一因となった防御力低下、裁判長の乱入もきっと霧杳狙いの特性弾が思わぬ方へいったから……。だから
理不尽で、不本意な死。巻き添え。鳥目ほどの機転の持ち主なら、思い至らぬ筈は、きっとなかった。まだまだハードカバー
基準においてさえたっぷり残っていると見ていたページの束が、遠まきな抗争の馬鹿げた流れ弾のとばっちりで、あと数行
しか書けないまでに散らされて裁断されたと……わからなかった訳がない。

 誰だって、思っている。いつかこれをやって、いつか救われたいと。そして救われた以上そこからは新たな人生、今度は
自分が救っていく新展開が始まるのだと、無意識にそう信じている。

 人が紡げて当たり前といわれている、己だけの物語を打ち切られた鳥目は残り僅かの行数を仲間と使命に費やした。
 それも渋々では無く、快活に、海闊に、ほほ笑んで。

(なのに……私が…………個人的な、克服を…………自分の手だけでお姉ちゃんを何とかしようと……拘り続ける、のは)

 斗貴子に釘を刺され、総角と桜花に克服以上の概念もまたあると説かれてなお、肉親の情を優先するのは。

(…………きっと、ないです)

 そんな心の動きこそきっと……【旅の経験値】、なのだろう。旅先で僅かに接しただけの人間からだって人は影響される
のだ。いつも同じ家、同じ職場にいるだけでは得られない心境の変化を、旅は、もたらす。

(『扉の外にある、思わぬ強さ』)

 カズキが桜花に手渡したものを、鐶は鳥目の犠牲で知った。万扇を最後の最期まで笑って振りぬいた沖縄弁の少女が

”それっぽっち”しか渡せなかった数行の詩歌は──…

”それっぽっち”だからこそ、他の誰かへ複写(わた)すべきだと強く思う。

 【旅の経験値】はきっと自分ひとりのみが占有すべきものではないのだ。

 自分という世界の中心が、実は他の旅人にとっては『他の旅人』にすぎないと認識し……心震わせた詩歌の生き方を以っ
て彼らの旅をより良いものにするコトが、分け与えて、継ぎ合うのが、ひとつの、【旅の経験値】の、ありようではないのか。
少なくても鐶はそうしていくコトでしか鳥目の供養、果たせそうにない。

(それをちゃんとできるなら…………もし克服ができなかったとしても、お姉ちゃんに勝てなかったとしても──…)

 最期は笑顔で締められるのではないか。鳥目のように、笑えるのではないか。

 義姉によって少女らしい輝きの一切を奪われた両目だって、再びきらめきを取り戻すのではないか。

──(だから……【旅の経験値】で、みんなを勝たすには)


──(それでいてお姉ちゃんをひとりぼっちにさせない、には…………!!)


 藤甲地力死亡とリバースの特性発動の狭間の時間。輪と霧杳救出に向けて急行中の最中、気象サップドーラーこと……
竪琴シグレは何か言いたげな目を鐶に向けた。『姉』がパーソナルの中核にある点おなじであるが、故に。

「トリ、ひとついいか、なの?」

 そこで始まった会話もまた少女らの運命を変えるもの──…




 鳥は歌い、羽根を広げる。

 過ちが吹き飛ぶように。



 廃屋地帯現在図

 A       B     C       D       E       F  ..|
││    ││    ││  ┏━━━━┓            |
┘└──┘└──┘└─┨        ┃            |1
┐┌──┐┌──┐┌─┨        ┃            |
││ 01 ││ 02 ││  ┃        ┃            |
┘└──┘└──┘└─┃        ┃            |2
┐┌──┐┌──┐┌─┃        ┃            |
││ 06 ││ 07 ││  ┃        ┃            |
┘└──┘└──┘└─┃        ┃            |3
┐┌──┐┌──┐┌─┃        ┃            |
││ 11 ││ 12 ││  ┃        ┃            |
┘└──┘└──┘└─┃        ┃            |4
┐┌──┐┌──┐┌─┃        ┃            |
││ 16 ││ 17 ││  ┃        ┃            |
┘└──┘└──┘└─┃        ┃            |5
┐┌──┐┌──┐┌─┃        ┃            |
││ 21 ││ 22 ││  ┃        ┃            |
┘└──┘└──┘└─┃        ┃            |6
┐┌──┐┌──┐┌─┨        ┃            |
││    ││    ││  ┗━━━━┛            |

 東部 …… リバースの核融合『刺聲』により家屋全損、更地。

 太枠部分 …… ディープブレッシング。刺聲から戦士らを守るため落着、防壁に。


 13号棟南東からの戦いは、二分化。

 槍の幹部と天候少女は潜水艦西部、いまだ廃屋が健在の地帯にて激突を継続中。。

 一方の東部。繰り広げられた姉妹の、緒戦は。

「鳥は、撃たれる」

 硝めいた煙たなびく斜銃をめいめい両手でくつろげるリバース。羽根が舞うなか血まみれで潜水艦によりかかる鐶。

「ふふ。銀成で猛威を振るった鳳凰形態をブレイク君との戦いから投入した惜しげのなさはイイ判断だと褒めてあげるけど
……まだまだよ光ちゃん。適応放散程度じゃ通じない」

 種々雑多の火器を咥えたフィンチの首の散乱のただなかに佇む海王星にさしたるダメージはない。衣服にわずかな焦げ
や切れ目を刻んだ程度。

「思った以上に歯ごたえないのは、お姉ちゃんだからって遠慮してるからかな? それとももしかして『アレ』にショック受け
ちゃった?」

 暖かな純朴の笑顔で一瞬妖しく薄く開いた瞳が捉えたのは……左前方5mほどの地点にある残酷な真実。鳥目誕。描く
のもおぞましい死に様の少女。

「…………っ」

 怒気と義憤に一瞬震える鐶であったが立ち上がる様子はない。俯いているせいで双眸が影に潰され機微知るコトあい叶
わぬが、サシになってからグロス単位で自己鍛造破片弾を叩き込んだのだ、相当なダメージなのだろうとリバースは推し量
りかけ……不意に悪寒ともなう疑問を抱く。

(まって。じゃあなんで発動していないの……? 例の瀕死時限定の自動回復、さっきはたった1発の破片弾相手に発動し
たのに……これだけ傷だらけでグッタリしてる光ちゃんが『瀕死』認定されてないのは……!)

 おかしい。思った瞬間にはもう鐶光は翔んでいる。無傷の動きで翔んでいる。

(キヌバネドリ……!!!)

 クマタカなど堅牢きわまる皮膚持つ鳥は数いるが、逆となれば稀だろう。怪物怪鳥の使いのものなら、なお。
 ケツァルコアトルス。ツバサある蛇には「ケツァール」という使いがいる。生物学では『カザリキヌバネドリ』。グアテマラの
国鳥にして硬貨の顔たるこの鳥の類縁はおそろしく脆弱である。なんと触れるだけで皮膚が裂け、次々羽根が落ちるのだ。

 お蔭で剥製にはひどくし辛いそれが。

(プラス……ヒバリ!!!)

 偽傷……弱ったフリで得物を釣りこみ巣から遠ざける習性から【有名税(ちんぷ)】を羽根もろとも抜き取った。

 重傷としか見えぬ図体が一転俊敏に動けば流石にいかなる捕食者でも一瞬は面食らう。集中した一瞬有する筈の海王星
が刹那とはいえそれも忘れ棒立ちしたのはむろん度肝を抜かれたからだ。

(けど、なんのためよ……? 虚つく一撃必殺ならもっとこう、他に…………)

 リバースが脆弱プラス偽傷のコンボを不可解と首ひねるのは鐶の事情知らぬが故だ。じっさい真向勝負であれば絹と雲
の連携などまったく無意味であるが。

(パージ前提のやわらかな羽根で……わずかですが…………無駄撃ち…………させられました…………!!)

『勝ち筋』のため克服と王道の戦いを放棄する英断を経た鐶という戦略単位がするのであれば十分に有効打。そう。鐶、
自己鍛造破片弾の直撃はからくもだったが9割以上は避けていた。避けながらもキネバネドリの脆弱な肌と羽根を動員
し……『クリーンヒットしたよう』見せかけていた。

 むろんその程度の細工だ、リバースの落ち着きは、速い。穏やかに一笑すると再び銃口、向け直す。

(どれだけフェイントかまそうが、鳥は、撃たれる……!)
(確かにお姉ちゃんのいうとおり……ですけど……!!)

 更地の村の高度8m、風の襤褸ひく水平飛翔の中、油断なく義姉を見つめる、

(撃たれるのは開けた場所で正面きった場合のコト……!!!I)

 虚ろな目の遥か下にあるポシェットの傍で小規模な一閃が迸る。さらに二閃、三閃。斬られているのはポシェットから搾り
出し弾き出した無数のつぶてだ。が、狙撃ではない。つぶては厳密には種子であり……剣閃もたらしているものはキドニー
ダガーの武装錬金クロムクレイドルトゥグレイヴ。

(つまり年齢操作)

 みるまに生育した木々たちの土砂振りにリバースは半ば感嘆のためいきをつく。
 視程の限りが緑と茶色の残影たちに埋め尽くされたせいでもう鐶の所在は分からない。
 そうなるまえの直前に撃ち放った無数の空気弾は貫通性能有さぬ通常版であったため葉や小枝を千切り飛ばして減衰す
るか或いは幹を穿って止まるかでつまり見事に防がれた。
 木々は中空にあって成長を始めたのもあるが、高速生育の大部分は地面に接触したタイミングであり、結果。

(針葉混交林…………!!!)

 核で更地になっていた村は一瞬にして鬱蒼たる森と化した。街路樹の根がよくやっている例の隆起さえそこかしこに芽生
えていき幾つかはリバースの足元を揺るがす。警戒を切らぬまま足を平地にやるのはむろん射手ゆえ。不自然な体勢から
の銃撃はもちろん習得済みだが……状況激変直後の足場は平地平衡が念のため好ましい。

 妙な物音にすわと首だけ振り返り……関心を消す。音は鳥目を包んでいた。色とりどりの花々がニョキニョキを生え、ひど
い末路を隠していた。義妹が自分以外の少女に優しさを向けたコトに凄まじい嫉妬を覚え、いっそ花々もろとも骸を粉々に
吹き飛ばしてやろうかとさえ衝動したが、止まる。

 脳裏をよぎるのは死の寸前にありながら懸命に生きていた、姿。ああいう生き抜き方をした者を死後にまで辱めるコトは
倫理に反すると心から思い、

(……まあ、いっか)

 見逃すコトにする。

(時間帯は……日没すれすれ)

 無灯火の自動車ですら有彩色であれば遠く視認できる程度には残っていた照明はもうほぼ漆黒、ロー・ビームなら注意
せねば見落とすほど。俄かに暗夜の様相を帯びた森だが、焼灼で抉られたばかりの熱く軟らかな地面は雑草や落ち葉の
無さも相まってかむしろ奇妙な清潔感。

(…………。銀成の人混みを……森でやろうっていうワケ…………?)

 可愛い妹が義姉のため全力でやるなら例え搦め手でも満足のリバースでは、ある。が、愛憎入り混じりすぎといえどやはり
家族か、何やら腑に落ちぬものを感じ事実それは真実へと近づく歩み。『あれほど虐待した鐶が、克服の王道を放棄し』あ
ろうコトか戦士らの勝ち筋のための捨て石を決意している予想外を無意識下では気付き始めていた。

 が、表層の、甘えた心はバイアスだ。愚かなほどの道化を演じる。

(撃たれるのを嫌って……隠れながらの高速機動(ヒットアンドアウェイ)、あわよくば年齢操作の一撃必さt──…)

 すでに音も無く背後を取っていた鐶の繰り出す短剣は振り返りもせず肩口に回り込んだ銃口によって弾かれ、持ち主へ
殺到する無数の銃弾を映しこんだ。(……!) 小柄な流線型の体が飛び上がり木々の隙間へ逃げ込んだ。

「無駄よ。鳥類の翼から人間の腕に戻さなくてはならない都合上、どれほど素早く迫ろうと……年齢吸収の斬撃までは……
どうしても! ラグが生じる!!」

 鳳凰形態ならば翼は、相同たる腕以外の部位でも可変可ではあるが最大効率はやはり腕。ゆえに『機動』と『短剣』の
操作には切り替えが必須とそうリバースは言いたいらしい。

(だからこそ銃撃は……稼げます!!)

 なぜリバースに無駄弾を撃たせるコトが戦士全体の勝ちに繋がるのか……。それはここまで判明した『マシーン』の特徴
と、残る戦士らの武装錬金特性を1つ1つ突き合わせれば自ずと出てくる。

(あとは……我が武装錬金の採取せし『かの特性』を合わせれば…………やれる!)

 無銘の龕灯は鐶のポシェットの中にある。小鳥が、結ばれた長いこよりのせいで尾行され巣バレするようなコトを防ぐため、
随伴はとっくにやめている。なお布越しでもある程度の状況がわかるのは、忍び操る武装錬金ゆえとしかいいようがない。

(音がなかったところを見ると…………フクロウ……?)

 鋸歯(きょし)状突起! とは、フクロウといわれすぐ浮かぶタイプのフクロウの初列風切第9〜10羽外縁にある細かな
突起であるが、それがどうして羽音を消せるのか? 翼(よく)表面に生ずる小さな音によって翼面からの気流の大きな剥
離を抑えるからだ。ジェット旅客機の翼、前縁近くにも応用され果ては一見無関係の鉄道は500系のパンタグラフすら師
事した神秘の仕組み。

(けど……)

 死角から閃電のように飛び込んできた義妹はコンセントレーションワンの発動よりも速く通り過ぎ枝葉に没す。いっそ隠
れる場所の方を破壊すればいいのではという思いで追いすがって放ったおなじみの爆発成形侵徹は一定の成果こそ得た
がすぐさま新たな年齢操作で生育した別の植物に代替され儚く終わる。

(森の破壊にお姉ちゃんが銃弾をつぎ込むようになってもそれはそれで狙い通り……! 狙い、果たせます……! あの銃
を必要以上に酷使させる狙いを……!)
(むろん種子の強制生育がある以上、普段ならば鐶の蓄積した年齢が瞬く間に消費するというリスクはあったが……)

 鳩尾無銘の意識は『下』に行く。

(”当て”はある……!! 攻めつつ年齢を回収する当てはある……!)

 何がそうなのかはさておき。

 十重二十重の備えに捉えつつあると知らず、リバースはただただ、先の一撃を分析する。

(……斬撃はなかった。おそらくアレは……カラスがタカによくやるコト…………)

 モビング。嫌がらせレベルの集団リンチ。

(翻弄とフェイントを交えつつ油断したところを年齢操作で一撃必殺……ってのはありえる戦法だとしても……。モビングに
しちゃいやに速いわね。体感した感じフクロウというより、それこそタカとか……ハヤブサの猛禽類の速度……。でもそれ
なら相当の羽音が鳴る筈…………。なに? 何が解決してるの……?)
(アオバズクのベイツ型擬態!!)
(捕食者たるタカと似るコトで取って喰われるコトを防いだ進化! ゆえにフクロウの類縁でありながらこの鳥はオオタカや
ハイタカ同様の中腕裂翼を有している!! 低速飛翔から一気に最高速へとなりえしかも急旋回さえ巧みな翼を!!)
 引き換えに、本来のアオバズクの初列風切外縁には数えるほどわずかな鋸歯状突起しかないから、
(そこは私の特異体質!! 元々フクロウの仲間のアオバズクの羽にフクロウの構造を生やすのは、たやすい、です!!)
 正面切っての高速機動戦闘ではコンセントレーションワンでポーズされ雨あられと撃ち込まれる。木々を設けたのは死角
からの奇襲を繰り返すためだ。
(いかな集中した一瞬でも視界にないものまで止めて見れない……!!)
 背後の木立の中から光学迷彩ありで音も無く猛禽の最高速で殺到。振り向くリバース。鐶は視線に合わせて軌道を変える。
視程の枠のありったけ端を高速で通れるように。埒外を通り抜ける姿のごくごく一部分しか静止画できなかったゆるふわボブ
少女の笑みが苦く角ばる。(わずかだけど、蓄積狙いで……!) フルオート射撃は数枚の羽を毟るに留まる。撃たれるコトを
も織り込んだバレル・ロールの角運動が誤差にも等しい微量だったのは見切りの類ではけしてない。捕捉から射撃までの弾指
の刻限うごけた量は完全回避を目論み事実一般の共同体盟主クラスであれば難なくなせる力量有する鐶ですら悪夢の中で
走ろうとしたときのあの感覚を思い出さずにいられぬほど重く重くごく僅か。

 が、無傷で、通過した。おそるべきおそるべき憤怒の射手を羽数枚でやり過ごしてのけた。

(ともすれば撃てるのではないかという微妙な距離を保ちつつのヒットアンドアウェイ……! リバースめには通ず筈!)
 ただ周囲を飛び交うだけの存在なら見逃し三振おおいに結構。相手が疲れるまで待ち続ければそれで済む。
(けど光ちゃんには年齢吸収あるからなぁ。ちょっと気ぃ抜くだけで絶対あの短剣使ってくるっていうかそれ狙いのフシあるし)
 眉根を寄せ黒いモジャモジャをフキダシ化すリバース。右つまさきで左かかとを掻く仕草をしただけで隙ありとばかり義妹が
剛速球。撃つ。避けられる。見失う。
(今は外れたけど……やっぱ要るのよ。一撃必殺を防ぐには牽制射撃、どうしても)
 殺す当てるのレベルではなく殺させぬ当てさせぬの領域で。しかも力量の開きがちょうど『向こうの回避もけっこうギリギリ
で危なっかしい』戦術の性格を形成している以上、演技ではないと直感できる以上、リバースにはどうしても手を出したくなる
絶好球。
(これである程度は無駄撃ちさせられる筈!)
(そして鳳凰形態の制限時間はおそらくあと10分もない! この10分の密度を密にし無駄撃ちを稼ぐほか戦士らの勝つ
目はなく)
(私の高速機動は……密度を密に!!!)
 鞠を張る。飛び交う残影で笹舟型した鞠の骨、十重二十重に張っていく。
 時おり交える短剣攻撃は銃身で捌かれるか避けられるかでありダメージ的にはまったく芳しくないが必倒を目論んでいる
と見せかける手段としては悪くない。義姉の克服をやめたのは諦めではなくあくまで選択、今日を以ってリバースの暴走を
止める最適の手段が戦士の勝ち筋と──鳥目の死で──納得したればこそ。だがその変心、悟られる訳にはいかない。
義姉の勘気を喰らうのが怖いのではない。いまこの場で魔道を終わらせるための、『ハメ』に、罠に、かけようとしているの
を知られたが最後戦士らは勝ち目を失う。短剣は本気だと思わせるための、決着を履行するとみせかけるための、詐欺!!

 リバースはまだ、真意を知らない。

(制限時間あり且つその後は変形能力喪失のオマケつきと聞く鳳凰形態でなんでこんな迂遠な戦法……? 最後の数十秒
の全力に総てを賭してて、これはそれまでの……削り…………?)

 推測らしきものを立ててみるが、芽生えつつある今は小さな不満を解消するものにはならない。笑顔の少女は義妹をとび
きり愛し、同じぐらいとびっきり憎んでいる。家庭の中で暖かな感情を1人占有していた少女。玉城青空(リバース)には決し
て出せぬ大きな声であらゆる感情を両親に伝え歓心や庇護をぬくぬくと浴びていた義妹。

(光ちゃんさえいなければ生まれてこなければお父さんの愛情は私に向いたって淡く期待するコトのどこが悪いのよ赤ちゃん
だったころの私は何ひとつ悪いコトしてなかったのに実のお母さんにノド潰されて普通におしゃべりできなくなったのに光ちゃん
が生まれたせいでお父さんの支えがそっちに行ってしまって6年生のころインフルエンザの高熱すら1人で対処しなきゃい
けなくなったのよ私は光ちゃん光ちゃん光ちゃん光ちゃんさえいなければ生まれてこなければ恨みもない戦士殺して憂さ晴らす
ような人生にはならなかった絶対絶対ならなかった)

 憎悪を、当人(いもうと)には何らの落ち度がないと知りつつも、優しくされた数々の感謝を密かに抱きつつも、運よく持ち
えた者からの憐れみを帯びた施しをされたと逆恨みし凄惨な虐待の数々を加えたのがリバースだ。

 ならばいま、運命の決戦というべきこの局面においてはもっと迫真の、ひりついた、恐怖と熱気相克する凄まじい闘志こそ
向かってくるべきなのに、それを圧倒的な力量によって叩き潰して『リバースが鐶にさせたいコト』を力尽くで実行させてこそ
心から溜飲が下がるというのに、一体どうだ、気の抜けた炭酸のような攻撃は。

 鐶は真意の隠蔽を心がけているが……骨肉の情の目は誤魔化せない。違和感は苛立ちと同じ傾き、二次関数の曲線だ。
 いまは緩やかに上がっているが、やがては。

(まぁいいわ。そろそろ目も慣れてきた。大打撃のひとつでも与えてやれば血相変えて短期決戦してくるでしょ光ちゃん、私
の教育のお蔭でだいぶお利口になったけどホラ、根はあの女に似て短慮だから)

 熟慮を重ねたあげくいつも結局ネプツニウムと凝着したニトロとなってやらかす他ないリバースとどっちがマシか定かでは
ないが、

(狙撃。貫通。核融。それのみが私めの銃でもない…………)

 何度目かの大魚を逃す。大事なのは舌打ちを交えるコトだ。いかにも癇癪を起こしたという風体で当たりもしない乱暴な
追撃を乱射する。さらに獰猛に唸りコマの如く旋回、360度全周全天のドーム総てへ狂ったように撃ち込む。

(あぁ、やっぱ撃ちまくるってキモチイイ…………。モヤっとしてたのすっぱり晴れたわ)

 鬱屈からのトリガーハッピーで上を向き、甘ったるく双眸を薄開く。梢を縫って落ち始めている月光と相まってロングスカート
少女はひどく妖しく美しい。

 好機と見たのか。鞠の骨は恍惚の背後、足元すれすれから臀部めがけ跳ね上がって襲撃し。

「……っ!!」

 不意に舞い上がった血煙への動揺で硬直。鉤と裂けるリバースの口。

「遅発銃剣モード、『月蝕』」

 発砲時に剥離する銃口内部の金属片は組み上げ次第で時に自己鍛造破片弾のライナーへと、時には水素と似た組成
の球殻へとそれぞれ姿を変える。いま鐶を迎撃したのはその応用。

 カルトロップ。マキビシに似た形状の武器だ。一説には紀元前3世紀からおよそ2300年もの間ヨーロッパで多用された
という。最大でも長さ30cm程度の金属の杭を4本、テトラポットの骨組みよろしく立体的に組み上げたこの武器は主に歩
兵や騎兵の突撃を防ぐため撒かれたという。

 先ほど癇癪を演技し周囲に撒いた銃弾には2〜8mmの大小さまざまなカルトロップが無作為に混ぜられておりそれは
微小ゆえに銃撃後もまだあたり一帯を漂っていた。

(高速爆撃機をもっとも傷つけたの何か知ってる? 機銃でもなくミサイルでもなく……雲よ! 水滴ですら高速でブツかんの
ヤバいならさぁ、金属ってさあ!!)
(やられた……!! カウンター……!!)

 他の部位にも数多く直撃しながらも突撃を断行してきた鐶だったがリバース直近における左瞼上部創傷は致命的にまず
かった。不意に視界を占めた血液に身を硬くしたばかりに鐶の制動は乱れた。が、慣性それじたいは物理現象、すぐさま
止まるものではない。操縦ミスをしてしまったジェットの多くがそうなるように鐶は恐るべき方角へ雪崩れ込んでゆく。ミニガ
ン並みの連射速度備える対空機銃ある方角へ。

 見逃すリバースでは、ない。

(やっといけるわね、コンセントレーションワン!!)

 視線の枠の中央に収められてしまったのを知り震えた鐶の善後策と集中した一瞬の発動は時節の完璧なる勘合を、描く!

(カサドリの冠羽!!)

 背中から後方へ吹き飛んだ数百枚の羽は2つのグループに分かれる。片方は鳳凰状態特異体質の恩恵で骨と化し、長い
ひとすじの軌道に配される。むろん総て両端は関節、隣り合うものとで勘合癒合。根元は背中。確固たる纜(ともづな)とな
り先端で枝分かれ。
 纜? なにとの? もう片方の羽たちの変貌のその四隅とだ。それらは瞬く間にモワモワした傘状の羽となっていた。傘と
は落下傘、牧歌的な飛行機の着艦風景に伴うもの。横方向に展開されつつ本体と纜されたものは……航空機の減速を引
き受ける。

(鳥の異能、私の元では得ていなかった鳥の異能……!! 見事だけど……残念、もはや射程な、え!?)

 減速した鐶は同時に頭を強引に直角へと近づけた。水平に飛んできた彼女が全身という被弾面積のサービスのような
ものをわざわざ見せた理由をリバースが疑ういとまもあらばこそ、虚ろな瞳の少女はそのまま中空で棒立ちの姿勢で滑空し
……ふんぞり返るような姿勢をとったとみるや…………頭を勢いよく振り下ろした。リバースの頭部めがけ、全力で。

(ず、頭突きぃ!!?)
(プガチョフ・コブラ…………!)

 格闘のわざではない。戦闘機のマニューバだ。水平飛行から急減速しつつ機体を垂直方向に屹立させつつ再び水平飛行
に戻るというこの絵空事じみたコトはしかしロシアのSu27系列ならば可能といわれており、事実1989年のパリ国際航空
ショーにおいてロシア人パイロット、ヴィクトリ・プガチョフが見事敢行、観客たちの度肝を抜いた。

 実戦においては実用性が乏しいといわれ、しかもその実用性は追尾してくる敵機のみ想定したものであるから鐶のように
眼前のものを機首で頭突くなど荒唐無稽。だがしかし義姉のおそるべき魔眼の視程から逃れるにはこれしかなかった。もた
げた鎌首を打ち降ろすコブラのような運動で以って頭突きし、リバースの目を強引に下げでもしなければ、せっかくの高速
機動が齣(コマ)と切り取られ丸分かりされ……蜂の巣にされていた。

(くっ! 視れなきゃ全弾命中できない……! でも!!!)

 敵を至近のリバースだ。おおまかな位置は分かっている。頭突きで強制的に俯いているため命中精度は激減だが、しかし
そもそもの母数が多い。マシーンの連射速度と弾数ならたとえ命中率1%だろうとあたる。至近距離でショットガンをぶっぱ
なされたぐらいの大打撃が。

 頭突きを追えわずかだが落下し始める鳥の少女。燃えるような三つ編みを風に激しく揺らされながら虚ろな瞳に毅然たる
意思を滾らす。

(山雀(やまがら)の利根(りこん)!!)

 両の裸足で両方の銃口を踏みつけ宙返りした鐶は反動そのまま翼を広げる。加速の残影。葉ちらす枝たち。銃口は光を
焚いたが強く踏みつけられた都合上、下方あらぬ方向を撃つに留まる。(……またロスト…………)。空域を離脱した義妹
の姿にリバースの笑みはまたもひくつく。
 中高年にはおみくじ引きでお馴染みヤマガラの隠れた特技。ちなみに利根とは「こざかしいが役に立たぬもの」。しかし
いまのリバース、とてもそうは解釈できない。

(おそるべき土壇場の機転! ただ戦闘機のマニューバやら鳥の異能やら詰め込んでるだけじゃ絶対できない判断ね……!
どうすれば自分の高速機動が活かせるか考えに考え抜き、且つ! 活かされすぎた高速機動は歯車ひとつ狂うだけで一
転自分に『滅びを招くその刃』と跳ね返ってくるのを体験で知っていなければさっきみたいな判断はまずできない……!!)
(……年齢操作の方とはいえ銀成最後の局面でヴィクトリアさんにやられてしまったのが……いまとなっては良かったです……。
自分の能力が自分を滅ぼすとワカっていなかったら……高速機動をカサドリの冠羽で緩和する発想は、なかった……)
(【旅の経験値】……だな)

 養子たる無銘だ、総角の考え知らぬ方がおかしい。

 葉の間より鐶、宙域を窺見(うかみ)。

(マキビシ粒子が漂っているのは……マズい…………ですね……)
 もはや高速で突っ込むのは危険である。金属であるから地上への沈降を待てばいいというのは、待ちに徹し再散布を
繰り広げさせるだけで戦略目的『銃そのものの疲弊』を稼げるという考えと同じぐらい浅はかな考えだ。

(どうします……? 羽根で風を起こせば飛ばせますが、それは──…)

「これぞわが銃」

 珍しく声を出し、右手のその銃に青白い光を収束せしめ始めるリバースに、鐶は姿隠す葉以上、青ざめる。

(鳥目さんの命を奪った静かなる呪詛……!!)
(核を……まただと!!?)
(ふふ。急いで止めなきゃ森ぜーんぶ核で吹っ飛ばされる。困るわよねえソレ? 遮蔽物なしじゃどれほど速く飛ぼうがコ
ンセントレーションワンに捕捉され撃たれまくるからってコトで年齢操作して森作ったんだもんね?)
(だが馬鹿め! 痺れ切らした森の破壊など想定済み! 銃身の消耗を目当てに戦っているこちらだ、あれほどの大破壊
を引き出せるならむしろ歓迎!)

 と思う無銘同様、に真率毅然としていた鐶は、

 清純きわまる美姫のふわっとしたスマイルに足元揺らぐ想いをする。
(……。ま、一度見せた以上、光ちゃんなら飛んで逃げれる……でしょうね。周囲への被害だって年齢操作で造った大岩
幾つか近辺に降らせるだけで石棺できる。第一、森じたいはすぐにでも年齢操作で再生可能ってカオしてる。実際そうね。
普通の核なら残存の放射能が生育途中の植物だめにするけど、実効半減期が極度に短い私の核はそうじゃない)

(だったら、さ。『コレ』、どうかしら?)

((──────────────────────ッ!!!))

 鐶と無銘の戦慄むべなるかな。青白い光は……左手の銃にまで収束していく。

(二挺同時!!?)
(マズいッ! もし先の広域破壊がわずか片手で為されたものなら、今から来るのは倍! あれほどの、倍……!)
(さっき片手だったのはあくまで光ちゃんを巻き込まないため……。予備知識なしで両方をやったら流石に対処しようなくて
死んじゃうかもだから敢えて加減版を一度見せてあげたのよ。ふふ。そう。何しろ私が光ちゃんと激闘(たたか)うの

殺 す た め じ ゃ な い も の)

 含みある笑いをリバース=イングラムが浮かべた瞬間、同時に鳩尾無銘は理解する。相手(てき)の、狙いを。

(っ! マズいぞ……! 先ほどの倍の破壊力はさすがに大岩程度では防げん!! どころか東西の壁を務めているディー
プブレッシングすら……ともすれば崩壊(やら)れる……!!!)

 事実、先ほどの核のうち鳥目が万扇で打ち返したものは貫通している。収束したものが貫(ぬ)けて倍化したものが貫けな
い道理もないだろう。

(私は逃げられますが……そうしたら他の人たちが…………廃屋地帯の外に避難している人たちまでもが……!)


「これに似たもの多けれど、これぞわがもの」


 破壊力ゆえタメがいるのは欠点だ。だが円山の言を借りれば長所とのリバーシブル。『今すぐ攻撃すればまだ止められる』
猶予を罠に駆け引きできる。

(別にさあ、いいのよ。核止められようが妙な企みされてようが、何でも。私はただ意図不明の苛立つスローペースさえ崩
したいだけ。別に核の1発や2発、ツブされたって惜しくない、罠ぽっちに無駄遣いしたって惜しくない。光ちゃんと殴(あい)
し合えるなら惜しくない)

 豊かすぎる胸中、けらけらと不安定な音階を奏でる。核の破壊力をエサにした外交戦略のようなコトは、”待ち”やる者に
先撃ちさせるコトは、仲間たる幹部(マレフィック)相手に何度も何度もやってきたコトだ。

 月蝕というカルトロップの散布のわざ、あくまで駆け引きの補助にすぎない。

 核を止めようと突っ込んでくる相手を微小ゆえ準不可視の金属杭で切り裂いて戸惑わせ、狙撃または轍甲で必殺する二
段構えの弱なる方に過ぎぬのだ。

(破壊力そのものは恐ろしく低いけど、通常銃撃に紛れ密か密かに散布でき、しかも構造が単純なお蔭で構成に費やす
精神力はほとんどゼロ(材料費に到っては銃撃で剥落した銃口の破片だからリサイクルにて完璧ゼロ!)ため、とって
も燃費が素敵なの。性格悪い使い方と相まって技の中でもかなり好き)

「わが銃はわが最良の友、わが命なり」

 歯噛みする鐶。

(止めなければ核の大破壊、止めにいけばマキビシ粒子に引っ掛かり、捕捉……!)
(減速の冠羽(パラシュート)を展開したとしても、されるだろうな、そちらを先に蜂の巣に……! 先見せた他も、もはや……!)

 浮遊している月蝕が落ちるまで待つという選択肢もない。リバースが詠唱を始めたのは知悉し抜いている証拠だと2人は
思う。落ちきるまでに臨界と発射が了すると、把握しているからこそやっているのだ。

(ちなみに羽ばたきで月蝕吹き飛ばすってのは元々下策よ光ちゃん。だって所在バレるもん。バレたら核中止した片っぽの
銃で紅蝶……自己鍛造の貫通力で枝ごと速攻だから)

「わが命の主たるべきごとく、われその主たるべし」

 カウントダウンは進む。別に無言でもできるが”圧”の観点からは呟くのが好ましい。早くせねば発動するのだと相手に
知らしめ、焦慮させ、短慮させるには、声も朗らかに読み上げるのが好ましい。

(しかもあの詠唱のタチの悪いところは、タイマーとしての正確性すら期せないというところ……!!)
(魔法の呪文ではないのだ、以前聞いた『終わりのフレーズ』の遥かまえとっくに撃てるというコトもありうる! つまり!!)
(飛び出した瞬間、詠唱途中のはずの核が直撃するコトも……! どうします、どうすれば……!!)

 鐶のクロックは、乱れ。

「超新星よ!!! 閃光に爆ぜろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 リバースの真正面から迫った光球は敢えなく回避。微笑むリバース。その背後に倍以上の破壊球。

(っ! 鐶! なんて速さで!)
(高速機動によって一撃目が囮になるよう位置取りして放った無音無動作の本命! これなら!)

「わが銃はわれなくしては立たず、銃なくしてはわれ役立たず」

 僅かに振り向くリバースはもう光球と髪ひとすじの距離であり。

 霞みと消した解像度を、進行する破壊熱源背後にて結び直し笑みにて思う。

(捕捉できれば身体能力! 零距離だろうがラクラク回避!!)
(例の眼力……!! 鐶の遠距離攻撃中最速を誇る栴檀どもの奥義すら易々とかわされたこの事実はつまり、投擲放射
の類ではもはや核発動は止められぬというコト……!!)
(つまり光ちゃん? ない訳よ。私に……近づくほか、迫るほか、ない)

 その、軟らかな顔立ちが翳る。落ちてきていた。高さ10mほどある底の尖った大岩が移動先に。

(……)
(うまい! 超新星がかわされるのを見越した上で)
(回避直後の硬直を狙った時間差攻撃、です……!!)

 甘く見積もっても1トンはある巨岩はリバースもろとも核の詠唱を押し潰す。

 筈、だった。

(みえみえねえ)

 鉱物に正中線があるなら、いま亀裂が走った部位がそれだろう。大岩の、左右に等分する線上が鑿(のみ)でも打ち込ま
れたよう甲高く鳴り響き、裂けて砕けた。

 裂いたのは自己鍛造破片弾……ではない。

 頭頂部から伸びる、長大な、癖ッ毛だ。

(なっ! 連続使用はできない集中した一瞬の、発動直後を狙ったのに……!)
(いや…………。髪で斯様な真似しているところにまず突っ込め…………!)
(……? なにか? 銃が両方と核の充填中で他のコトやれない以上、最善だと、思います、よ……」
(……。もういい)
(それより問題はなんで集中した一瞬の発動直後にああ動けるか、です)
(使い手の1人はかの破壊男爵と似た者相手に『一瞬を、ずっと』していたと聞くが……まさかそれ、なのか?)

 流石にそれは私でも過去数回しか入ったコトないゾーンよ、リバースは微苦笑する。

(ま、明かしちゃえばひどく貧乏くさい応用。目は2つよ? 超新星は右目だけで捉えた。そして硬直直後にきた大岩は左目
のみで。うふ。馬鹿みたいなコトだけどこーいうハッタリって大事よ。『一瞬をずっと』の領域かもと相手を、竦ますにはね)

(……片目ずつかの検証も、かねて!!)

 大岩をさらに降らせる鐶。だがリバースへの直撃軌道を描くものは悉くアホ毛に裂かれ砕かれ砂礫と舞う…………。なん
たる玄妙の髪捌きか。大岩を豪快に両断したかと思えば即座に軌道を変え縦横に閃光、さすがにバルキリースカートほど
の高速機動はないが、それでも秋水の剣捌きには迫る雄渾かつ迅速の武術的洗練によって次から次へと降り注ぐ大岩を
的確に的確に処理していく。

(ふふ。目の前に岩の破片が降り注ぐたびその影(うしろ)は集中した一瞬の絶対的死角となるけど……。隙間はたとえ
鳥類最小のハチドリになったとしても狭すぎるレベルのもの、流石の光ちゃんでも抜けてくるコトはできないし、そもそも)

(ヤ、ヤケを起こしたのか鐶……! この場合、砕かれなかったものの方が、厄介…………!)

 唸る無銘。放置された重機たちの如く点在する高低まちまちの巨岩たちはただでさえ鬱蒼としている森を更に狭く狭く圧
迫している。リバースの周囲4mを超えた辺りはもう石の遺跡。カニ歩きせねば通れない岩と岩の間隔は翼無きリバースの
歩みを防ぐという点では有用だが、

(同時に妨げている! 鐶の、鳥としての直線軌道を! く、惑うあまり半端になったか!? 他の地帯の防護と己の攻め口
の折衷が、どっちつかずのものとなる良くある誤りをこの土壇場で……仕出かしたのか……!?)

 トントン。

 龕灯(じぶん)を包むポシェットが叩かれた。そちらに意識をやった無銘は気付く。高度が下がり始めているコトに。

(…………っ。まさか!!)



「わが銃を正確に撃つべし」


(さあさどうする光ちゃん? 分解能力ディプレスの自動防御にすら『機能上やむなく生じる隙』を造り穴あけ銃撃通るようにす
る技なのよ月蝕。もちろん破壊自体はたやく事実いま光球が相当数溶かしたけど……不十分よね? 掃海した軌道は2つ、
そのどっちから来るってヤマ張れてたら……コンセントレーションワンは簡単に光ちゃん、把握しちゃうわよ?)

 うふふと子猫でも撫でているような目をしながら、リバース=イングラム、もっとも悪質な最後の駆け引きの仕上げにかかる。

「われを殺さんと試みるわが敵よりも正確に撃つべし」

”それ”は極めて簡単な行為だった。
 振り向いて、銃口をただ、撃ちたい方角に向けるという、とてもとても簡単な行為だった。

 だがそれは鐶を感情的に打って出させる、『最悪』!!

 狙っていたのは。

 花々。

 鐶が手向けた、花々。

 それに覆われているのは。

 降り注ぐ大岩を免れ続けたのが決して偶然ではない──…

 鳥目誕の、遺骸。


「 わ れ 彼 女 を 撃 つ べ し 」


 原文を少し変えるだけで充分だ。
 語気もほんのちょっぴり強めるだけで充分だ。
 姉妹なのだ。家族なのだ。微かに悪意を滲ませ僅かに笑みを深くするだけで、姉がどれほどの破倫を目論んでいるか
直感して貰えるとリバースはそう信じている。

(うふふ。このまま何もしなければ? せっかくお弔いした鳥目(このコ)がさあ、爆心地よ爆心地)

 ……。

 待て。リバースは最初それを見たとき憤慨を抑えたのではないか。『ああいう生き抜き方をした者を死後にまで辱めるの
は倫理に反する』と心から思い、まあいっかと、見逃したのではないか。

(そりゃあのときは、やっても取れ高低そうだったもの。死後にまで辱めるのは倫理に反する? ふふ、だからこそ挑発なの
よ人を怒らせる手段なのよお花を供えるぐらい深く思ってるあのコが死因になったコトまたされて醜い死に様さらに醜く焼
かれたら光ちゃんマジギレするかなあって膠着状態を私有利で打開できるなあって思ったから膠着が来るまではと耐えた
くもない怒りわざわざ耐えて一瞬見逃してあげたのよふふふあはは)

(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっっっっっっっっっ!!!)
 冷静な鐶の顔面が怒哀にねじくれるのをこの日初めて感得した鳩尾無銘は忍びらしくもなく動揺した。
(まずい! ここで飛び出し破算になるコトも……!!!)

「彼女がわれを撃つ前に」

 いよいよ大詰めだ。愛しくも憎らしい義妹がどこから飛び出してくるかウキウキしながらリバースは、重水素と三重水素の
混合ガスを剥落片から精製し終え……それを膨張プラズマにする発振レーザー照射へと移行し。

 がばりと起き上がるや猛然と駆け寄ってくる鳥目誕に一瞬何が起きたか分からず立ち尽くした。

 全身むき出しの筋繊維を月光との加法混色で胃液じみたオレンジ色にぬるぬるとおぞましくテカらせる少女の目はちょうど、
グリルから出てきたサンマのような白濁だった。なのにそれが明らかに自分を視認し、両手突き出し咆哮しながら迫ってき
ている状況に、リバースの、少女としての部分はただただ戦慄、あらゆる思考が吹き飛んだ。不幸はやはり恋人ブレイクが
傍にいなかったコトか。居れば臆面もなく童女のごとく泣き縋って精神の均衡を保ち、すぐさま『当然の可能性』に気付けた
筈なのに、幹部らしくもなくひたすら息を呑み、硬直し、しなやかな手足を萎えさせた。

(かかか、核よ! なんで生き、あ!!!)
(やるから怖がる自得の罰!!!)

 水かきで直接水面を叩き飛び立つ淡水カモの強い力は初速を最高速にするのに向いている。それをおなじみダチョウの
脚力で保ちながら肉薄する鐶の能は鳥に限ったものではない。

(……よもや化けようとは…………)

 あらゆる鳥へと組成を変える鐶の特殊な細胞は、人間対象の変身能力をも兼ねている。それを以ってすれば鳥目誕の無
惨な姿をそっくり借り受けるのも……可能!

(いつの間に交替……! く! しまった大岩! 降ってる視界不良時に!!)

 指は動顛のせいか最後のフェイズを終えている。例の10億分の1秒間、摂氏1億度に達する核の火球が鐶の足元に
刺さっていたのは、化けて出た鳥目を退治したいという怯えの反射ゆえだ。
 いわば誤爆。さきほど殺すのが目的ではないと思ったはずの最愛の義妹を死の核の至近においてしまったのは大失敗
といわざるを得ないが。

(…………ま、いっか。形はどうあれ着弾した! 光ちゃんに関しては直撃しても瀕死時限定自動回復でどうにかなる!
あとはどれだけ他の戦士を巻きこめるか──…)
(年齢操作!!!)

 破断塵還剣の光芒を帯びた短剣が地面を切り裂きながらリバースに迫った瞬間、姉妹を支えていた大地は海原と化した。
大陸とは移動するものだ。だから鐶は座標の年齢を吸い取った。座標が若返り太古の風景になるよう……つまりは日本列島
が現在の地点になかったころの時代に巻き戻るように。

(なっ!! それエネルギーの刃でも吸収できるの!!?)
(『斬ったものに年齢を加減』する能力……です! もっとも非実体の部分でも可能と知ったのは私自身ついさっき、ですが……!)

 光波による段違いの延伸は次元を変えた。斬り込んだ深さに応じて付与または吸収する年齢の量が決められるクロムクレイドル
トゥグレイヴの次元を変えた。以前は短剣ゆえにどれほど突き込んでもせいぜい100年前後が最大だったキドニーダガーはいま、
エネルギー展開によって実に長槍3〜4本分の長さを以って大地を斬った。

(大陸が海に戻るほどの年齢吸収……!! 我が先ほど思った森を造る”当て”とはコレ、まさにコレ!!)

 ディープブレッシングによって東と隔てられていた廃屋地帯の西部全体はいま、森から海へと姿を変えた。夥しい数の木々や
大岩がどぼどぼと没していく中、核融合反応は本日2度目3度目を迎え──…

(核には詳しくないですが、実験を海でやるぐらいです! 防げる周囲への被害、大岩以上の、筈!!)
(ち……! 海王星の私が海に掬われる、なんて……!!)

 膝から腰へ、腰から胸へとずぶずぶ没していくリバース。全身を洗うしぶきは銃身にもかかり……ジュっと白煙と化す。
月蝕散布の乱射からすかさず核用のレーザー発振を行ったのだ、100度や200度では済まぬ過熱を得ていると見え
リバースは気付かなかったが海水のカケラが当たるたびむせ返るような蒸発を繰り返す。

(…………『検証』………………!!)

 水上をひた走る鐶は海水カモの趾を得ている。それが証拠に脚部は体のやや後方から出ている。鳥の強さは環境適合の
強さだ。そして年齢操作は環境の操作。リバースに実力で劣る鐶が選んだ戦法がコレだった。地の利を、鳥の利で。
 瞬く間に義姉との距離を詰めた彼女は、右切り上げの円弧を放つ。総ては瞬間のできごとだ。核融合が発効するまでの
ごくごく僅かな間にリバースは危うく水中に没しかけている双銃をフルオート。鐶に、ではない。真下に。恐らくは狙撃圧縮の
応用か。巨大な空気の塊をほぼ叩きつけるよう発射した反動で浮き上がったリバースを塵還剣は同極とニアミスしたときの
磁石のようなもどかしいスレスレで逃がす。

(木々の足場……! 罠くさくはあるけれど!!)
(無駄撃ちさせる方が得ですが……『勝ち筋の検証』! 体勢くずれた今のうちしておかなくては……!!)

 洪水のあとのように海に浮く無数の木々──先ほどまで森だった物──へとエアーの噴射で逃れようとするリバース。
再び淡水カモ。強く蹴って踏み込む鐶。短剣とはいえ剣である。天才剣士を標榜する総角が手ほどきしておらぬ訳がない。
可憐な風貌がウソのような野卑あふれる無骨な大上段の太刀行きの速さは実に猛然、さしものリバースですら集中した
一瞬を忘れ反射的に2つの銃身をがっきと乗算記号に組み合わせて受け止めざるを得ない

 というのが鐶の目算であったが。

 衝撃の後、血煙立てて海上を吹き飛んだのは彼女であった。投げられた扁平の石のごとくに水面を切って紺碧に泡を
立てる鳥の少女の傍で電磁の刃は水素と酸素への電気分解をけたたましく繰り返した。

「複合改造モード……『憑帳(ついとばり)』…………!」

 急いで体勢を立て直す鐶は確かに目撃し、息を呑んだ。

(私と……同じ技を…………!)

 サブマシンガンはいま、剣を得ていた。銃口から出ているのではない。下だ、その下だ。先ほどまでは無かった筈の僅か
な突起から、引き金の方向へと一端逆走した物が、やや大きめの消しゴムぐらいある鏡に反射し鐶に向かって獰猛に伸
びている。

「驚くヒマ、あるの?」
(え)

 反応しかけた鐶の胴体に、みぞおちを中心とする巨大な孔が穿たれた。

(い、いったい何が…………!?)

 衝撃と痛覚にカモの平衡を失った鐶は海水に没し始める。すぐ傍が核融合の爆心地になりつつある海中へ。

「『憑帳(ついとばり)』は任意の技2つを合体させる技。カルトロップと核融合を組み合わせれば塵還剣をも弾き返すベー
シックな銃剣になるし…………狙撃と爆発成形侵轍体を組み合わせれば神速と火力の鬼子になる。今やってみせたよ
うに、ね」

(く!! このままでは鐶が爆心地に…………!)

 瀕死時限定の自動回復までの僅かの間。泡を立て深海へと沈んでいく鐶の傍でいま核爆発は発生した。



『どうやらディープブレッシングの各坐している土地までは戻らなかったらしいな。海へ』

 モニター越しに廃屋地帯本日2度目のキノコ雲を認めた細菌類の貴公子は、期待を大いに交えた退屈を囁く。

『そろそろ先ほどまでの優勢を取り戻してもらわねば、乃公としても張り合いがないのだが?』

 潜水服と化した異形のバスターバロンの前で、総角主税の青銅版バスターバロンは──…

 剣を杖に、肩で、息を。

「な、なんだ……」

 鈴木震洋はくっと喉を詰まらせ、怒鳴る。

「何をした!!!」

『CFクローニング……』

 とろけそうな甘い毒を土星の幹部は声に乗せ、さえずる。

前へ 次へ
第110〜119話へ
インデックスへ