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【2次】漫画SS総合スレへようこそpart26【創作】より

錬金戦団のあれこれ

(バキスレ初投稿作品。いま思うと分けて投稿すればよかった……
というか永遠の扉ではこれ位が1回の投稿量なのだから恐ろしい)



錬金戦団にはいくつかの副業がある。
だって一応世界規模の組織だから
「核鉄をちまちま管理する」「ホムンクルスをブッ殺す」
なんていう非生産的な行動しか繰り返さなかったら
収入が途絶えて、みんな路頭に迷ってしまう。
だから副業を手がけて、このやるせない不況をどうにかこうにか凌いでいる。
一番有名なのは、「ドモホルンリンクルを作る仕事」の請負だ。
よくCMで流れているこの仕事、主に外部の人間を用いる。
何故ならば、どこの企業でもそうだが、社員を育てるのには非常に金が掛かる。
たとえば新入社員を一人前にするには、色々な経費が平均で三千万ぐらい必要だ。
それだけの銭をかけて育てた人間をだ。
たかだか「ドモホルンリンクルの汁(以下、秋水と呼ぶ)を一滴一滴監視する」
程度の仕事に回して、果たして元手が回収できるか? いや、できない。
そもそも秋水ごときの良し悪しなんぞ、実をいうとアホでも分かる。
黒ずんでいたらそれは悪い秋水で、灰色がかった半透明の秋水が良い秋水なのだ。
基準は単純だ。だから呼び集めたバイトや派遣社員に教えて任せる。
そして育てた社員は、事務や管理に回す。
こっちで人が育たないと将来的に困るからだ。
それが企業のありようであり、錬金戦団が秋水監視を請負った理由でもある。

更に、外食産業も手がけている。
ロッテリやがそれだ。経営理念は以下のとおり。

『ロッテリや基本方針 お店全体が善意に満ち溢れ、誰に接しても親切で優しく
明るく朗らかで、キビキビした行動、清潔な店と人柄、そういうお店でありたい。
心の安らぎ、ほのぼのとした暖かさを感じていただく為に努力しよう』

これはどの店舗の事務所にも掲げられており、
アルバイトの少年少女は厨房に入る前にこれを逐一復唱する。
テンチョーにも義務付けられているが、面倒くさいのでやらない。

知名度では秋水のそれよりガクリと落ちるが、規模では勝っている副業もある。
四角い黒地に白(もしくはその逆)の文字で「963」とあしらわれた服の販売業だ。
何故、服を売るのか?
それは、錬金戦団の歴史と深いかかわりがある。
何百年もの昔、紆余曲折を経て形成された錬金戦団において
最初に確立されたのは、核鉄の管理でもなく、ホムンクルスの捜索でもなく
制服の作り方だったのだ。
『錬金戦団』という、おおよそ名前に重みもセンスの欠片もないこの組織が
現在以上に実体があやふやな創成期において統制を計るには
制服という古典的な、かつ単純明快な『組織の記号』の着用を
戦士たちに義務付ける他なかった。
同じようなコトは、日本の幕末における新撰組にも言える。
土方歳三は、有名な浅葱色のダンダラ模様の制服を着せるコトで
元をただせば浪人以下の烏合の衆に過ぎない隊士たちに死力を振るわせ
鉄の結束を新撰組にもたらした。
もっともそれは、例えば『局(組織)ヲ脱スルヲ許サズ』と定められた
局中法度なる非情の掟に拠ってもいるが、しかしあいにく
錬金戦団にそういうのはない。
あれば、抹殺対象のヴィクターIIIに『局ヲ脱シテ』付き従った
津村斗貴子や中村剛太に酌量の余地はなく、キャプテンブラボーも
「(戦団への)復帰に尽力する」などとは言わなかっただろう。
ゆえに制服だ。
創成期における戦団上層部は、年下に苺をもよおす戦乙女のような苛烈さで
裁縫のできる者を捜し、見つかれば厚遇の約束と引き換えに
ひたすら制服を作らせた。
また、その方法を戦団初の第一級の機密として
いや機密たりうるよう連日連夜、口角泡を飛ばし続けて徹底的に昇華せしめた。
制服をいかに機能的かつ、恒常的に生産できるか。
戦団が、その最初に直面した課題を克服した後には
制服を司る部門が特別に設けられ、今日まで制服が生産されている。

一つ、制服に関わる特別規定がある。
その生産に五年以上従事するか、もしくは千着以上収めた者は
武器たる武装錬金の発現に不可欠な核鉄の受領に
かなりの便宜が計られるようになっている。
犬飼という、気質も力量もかませのそれ止まりで
見た目が劣化韓国スターの戦士がいる。
しかし彼ごときが核鉄を受領できたのは
半ば陋習じみた前述の特別規定を利用したからであり
『好きな犬のぬいぐるみを作り続けてたから裁縫は得意』程度の
犬飼を見れば、いかに制服というのが錬金戦団にとり重要か分かるだろう。

制服は戦闘服も兼ねている。戦闘の相手はホムンクルスがほとんどだ。
彼らは半ば無尽蔵に湧いてくるから、戦いは一向に収まらない。
戦えば何らかの負傷があり、制服が無傷で済むのも稀だ。
結果、制服の消耗速度は、並の作業服のそれを遥かに上回る。
また、戦団には戦部という、ホムンクルス退治の記録保持者がいるが
彼の十文字槍の武装錬金、『激戦』は高速全身修復を特性としていて
それを頼みに戦部は、避けるべき攻撃も身に浴びる節がある。
すると制服は確実に破損する。。
こういう自身の武装錬金の特性ゆえに制服を失う者も
戦団には存在しており、制服の消耗速度に拍車を掛けている。
制服部門の二〇〇四年度の統計によれば、
一日に約二十着の制服が消滅、もしくは着用不能に陥っているらしい。
よって千着ほど収められれば、普段から制服の修繕や作成に
あくせくしている制服部門は、五十日ほど楽をできる計算となる。
五十日分の楽というのは、非常に大きい。
一人につき一日八時間分の労働力が浮くのだ。十人いれば八十時間。
設備の点検や伝票の整理、安くていい材料を探したりもできるし
忙しくないから有給の消化もやりやすい。
残業もしなくていい。定時(17:35)に帰れて冒険王ビィトが見れる。つか見たい。
だから、千着を収めた者が貢献を認められ、核鉄を得やすくなるのも無理はないだろう。
でも、服を千着作るより、普通に腕を磨いて核鉄貰った方がいいような……

錬金戦団が普通の服を売るコトに着目したのは
ユニクロが威勢を誇りはじめた頃だ。
錬金戦団の上層部、それを真似して服を販売するコトを決めた。
培ったノウハウと制服部門経由の人脈を活かすのだ。
ついでにカップなどにも同じ意匠を施し販売するとも決めた。
『店に服だけでは素っ気ない。刺身にだってツマはある』てなスローガンだ。
ともかく、ホムンクルスを恐れない戦士が、営業活動をどうして恐れよう。
彼らの不断の努力により、あっと言う間に店舗や販売ルートが形になった。
すると何がいいのか963ブランド、徐々に売上を伸ばし、店舗は全国区へと拡がった。
だが錬金戦団に人は少なく、戦士が店番に出向するコトもしばしばだ。
前置きが長くなった。
戦士長たる火渡とその側近の毒島に店番の命が下ったのは
世がゴールデンウィークで賑わい始める直前、四月二十八日だった。

高そうな机へ、両手がばんと叩きつけられた。
「ふざけんな! どうして俺が服なんざ売らなきゃならねェ!」
手と声の主は、後ろ髪を散切りに結わえた若い男だ。
要するに火渡である。
眼光鋭く、一見すると到底カタギには見えないが
立場的には一応『恐ろしい化物から普通の人を守る』、ヒーローである。
それも戦士長という、内実はよく分からんがとにかく偉い立場だ。
そして彼の闘争本能の発露たる武装錬金の名は『ブレイズ オブ グローリー』。
ところどころに六角形をあしらった焼夷弾の武装錬金で
発する炎の威力たるや『周囲500m、瞬間最大五千百度』にも及ぶ。
攻撃力に関しては、戦団の中でナンバー1と評されるほどだ。
だから彼、いわばレッドだ。
リーダーで主役で素晴らしき人を楽にしてやるレッドだ。
そのレッドがどうして店番をしなくちゃならん。
ゴールデンウィークは家でビールをあおって、ぐうたらしたいのだ。
その為に、毒島からのピクニックの誘いも断り、有給も取ったというのに──…
「不服ですか?」
火渡と机をはさんで対面している男が、顔をあげた。

彼はイスに腰掛けていて、年ごろは30の半ばごろ。
かけたメガネが良く似合う細面で、部屋の中だというのに
黒い帽子とマントを身に付けている。
帽子はむかし清教徒たちが愛用していたピューリタンハットのようだが、よく分からない。
ともかく、坂口照星である。
物腰柔らかく、一見すると紳士だが、実は火渡以上にカタギではない。
それは後々分かる話なのでさておき、照星について幾つかふれよう。
彼の役職は大戦士長。
やはり内実はよく分からんが、火渡よりは偉い立場だ。
そして武装錬金は『バスターバロン』。
全身甲冑(フルプレート)の巨人であり、最凶最悪最期の威力を誇っている。
なぜならば、その特性は「作品の終わりを告げる」コトであり
ひとたび現われると、全ての登場人物と作中の事象に実質的な死を遂げさせる。
ゆえに最凶最悪最期。

さて火渡。ぐいっと身を乗り出し、それこそ火を噴きそうな勢いで叫んだ。
「当然だ!」
横では毒島がいつもの通り、剣幕に怯えている。
容貌はガスマスクだ。ガスマスク然としたまごうコトなきガスマスクだ。
照星が口を開いた。
「でもキミは厄介ゴトがあれば、いつも真っ先にこなしていますよね?
不条理を不条理でねじ伏せるのが、キミの主義のハズでは?」
「ああ。確かにそうだ。だがこっちについちゃ納得できねェ」
「伺いましょう」
照星は机に肘を付き、両の拳を厳かに絡めた。
「いいか──…」
火渡は憮然と話し始めた。
彼の弁によると、不条理を不条理でねじ伏せるのは
人の手に余る錬金術に対してのみであり
人智の範疇内にある服の販売業にそうする必要はないらしい。
「しかしその論調だと、キミが素直に従うとも取れますが」
メガネをすいと直す照星に、煮えたぎる眼光が突き刺さった。
毒島にはその目が、神話に出てくるサラマンダーのように映る。
(……カッコいい)
ぼーっとする毒島の横で、怒鳴り声はヒートアップしていく。
「従うわきゃねェだろ! 俺は不条理の中で生きてんだ!
その俺がどうして今さらカタギの世界になんざ……いいか。
俺にゃあ、錬金術以外の不条理に付き合うつもりは一切ねェ!」
「でも戦団の副業ですから、一応、不条理の範囲内ですよ」
「それはテメーの理屈だ!!
大体、人手がいるんならテメーが行けばいいだろうが!
老頭児(ロートル)にゃあ、服屋で女にチヤホヤされてる方がお似合いだ。
それと今思い出したが、この前貸した三万円いい加減に返しやがれ!」
「こちらへ」
いつの間に移動したのか。
座っていた照星、向かいにいた火渡の袖をぐいと引き
彼を部屋の角っちょに連行した。
そしてお茶会の雑談で漏らすような笑みで、優雅に拳を振り下ろす。
「ああっ! 火渡様がジャムに! おばあちゃんが手作りしたけど
砂糖が多すぎて粘っこくて、しかもイチゴが潰れきっていないまずそうなジャムに!」
ここにきてようやくセリフを発した毒島を振り返り、照星は言った。
「大戦士長に逆らえばこうなります。
しかし部下はみんな、私の大のお気に入りなので
火渡が困っていると言うのなら三万円ぐらい貸してあげましょう。
毒島は厄介な上司にいつも困っているので」
「えぇと」
「六万円あげましょう。全く、大変ですね。こんな」
と今は地べたで震えるだけの肉塊をアゴでしゃくり
「暴力的な火渡に付き合わされて。上司を選べない部下は不幸ですよ全く」
「あ! え、えぇと…」
毒島は困った。何が困ったって、何事か抗弁しようとした火渡の顔に
尖ったブーツの先っぽが深々とめりこんだから。
無論、照星の仕業だ。
火渡、鼻は無残に折れ、体は伏した。
地面に赤く広がるいびつな円は、彼の鼻血だろう。
「HAHAHA!」
「ひ、火渡様をいじめないで下さい〜!
お洋服なら私ひとりでもどうにかできますからぁ」
半泣きで制止する毒島もなんのその。
照星は意に介さず、ゴガッ、ゴガッ、と軽快なテンポで頭を蹴りまわす。
「服を売りましょう火渡。大丈夫。
あなたならちゃんと出来ます自信を持って。
だから、さぁ、早いトコ立ち上がるのです火渡」
しゃがむやいなや、前髪を引っつかんでアゴを上げて、そこへアッパーを叩き込んだ。
火渡、どうにか後ろへ吹き飛ぶのは耐えたが、立て膝のまま二度三度力なく揺れ
やがて名状しがたい呻きをぐえぇっとあげると、血溜まりへ崩れ落ちた。
「失礼します」
不意に部屋の扉が空いた。入ってきたのは千歳。
書類の束をいくつか小脇に抱えたまま、部屋の状況を見回した。
ここで照星の妖精の舞(ニンフズ・ダンス)が炸裂し、火渡は仰向けに倒れた。
「ヘイヘイヘーイ! イェア!!」
攻勢はやまない。
机に飛びすさった照星は、自由落下の慣性と全体重を込めた肘を
火渡のノド笛に叩き込んだ。ベコンと鈍い音がした。
しかしどうという感想もないのか、千歳は眉一つ動かさない。
無表情は、貞淑という形容がぴったりの顔立ちとあいまって
どこか人形じみた美貌を醸し出している。
その美貌の女性を、毒島は救世主のように見た。
なぜならば千歳、かつては『照星部隊』の一員であり、照星、火渡
そしてこの場にいないキャプテンブラボーこと防人衛とは旧知の間柄。
こういう状況も慣れているだろうと、毒島は仲裁を期待したのだ。
しかし千歳は無表情のままグっと親指を立て、
照星が同じようにすると、彼に書類を渡して部屋を出た。
照星はそれらから一枚引き抜いて
「では、火渡と毒島には服の販売を手伝って貰うというコトで」
9万円ともども毒島に渡し、火渡を部屋の外につまみ出した。
まるでゴミでも扱うような手つきだ。限りない愛情が見てとれる。
そして毒島が慌てて部屋を出ると、ドア前に千歳がいた。
瀕死の火渡の脳天目がけ、バールのようなモノを振り下ろさんとしていた。
「あの。もし、千歳さん……?」
「チッッ! 若いからって調子に乗りやがって!」
千歳は無表情のままスゴい舌打ちをして、どこかへと去っていった。

ちなみに書類には、店の所在地と細々とした連絡事項が示されている。
店の名前は、「963銀成支店」。まんまだ。

ゴールデンウィーク初日。
「クソ、まだ痛みやがる」
963銀成支店の事務室で、火渡は首をさすった。
「あまり捻らない方がいいですよ、火渡様。湿布貼りましょうか?」
毒島はいそいそと薬箱を差し出した。
「いらねェ。つーか毒島」
「はい」
薬箱に小さな両手を置きながら、ガスマスクは生真面目に頷いた。
「今日はここの連中、一人も休んじゃいねェぞ。
俺たちが来る必要がどこにあるんだ?」
事務所はがらんどうだが、それは他の者が売り場に回っているからだ。
出勤してきた火渡と毒島は、マニュアルを渡されてそれっきりだ。
それもとっくに読み終わり、火渡はとてもヒマそうだ。
ゆらゆらと上下に揺れるくわえタバコの火も、か細く見える。
「それは…大戦士長様のご命令なので…」
「ああ、俺をボコりやがった大戦士長サマのな。
一晩中核鉄使ったのに、まだ痛みが引かねェ。
ったくあの老頭児、力だけはありやがる。いい加減引退すりゃいいのによ」
手近にあったステンレスの灰皿に、ぎゅっとタバコを押し付けた。
「差し出がましいようですが」
「あん?」
火渡は毒島を見た。
ガスマスクが制服の上にエプロンを着ている。奇妙だ。
奇妙だが、それが妙に似合う毒島は、こう言った。
「大戦士長様には『死ね』とか『殺す』とかはおっしゃらないんですね」
「るせェ!」
「きゃん!」
間髪入れず、毒島の頬に灰皿が命中した。ガスが出た。
しかしそれでも足らなそうに火渡は立ち上がり、ゴミ箱を蹴った。
膝まである青いゴミ箱は倒れ、お菓子の袋やらが散乱した。
それらを毒島は慣れた様子で戻し、ゴミ箱も立て直した。
「ほら、それに、五日目、確か五月三日からは
店長さんたちはお休みして私たちにココを任せるとも」
毒島は頬を撫でながら、目の望遠レンズをかしゃかしゃと伸縮させた
タバコの灰が入ってないかどうか確認しているらしい。
「そういや言ってたっけな。んなコトも」
火渡はまたゴミ箱を蹴った。毒島は戻した。
「思うんだがよ、俺もテメーも接客にゃあまるで向いてねェな」
「そうでしょうか? 私は別に……」
言葉を遮るようにまたゴミ箱が蹴られた。毒島は戻した。火渡は呟いた。
「そうさ」
片やヤクザじみた性格で、片や、そのヤクザにゴミ箱を蹴り倒されても
いちいち一生懸命戻して、文句一つ言わない性格だ。
どっちも極端で、販売業には不向きだろうと火渡は思っている。
だから反対したのだ。
毒島はしばらく黙った後、ぽつりと呟いた。
「…マスク、外した方がいいでしょうか?」
自分なりに、接客に不向きな理由を思い当たったらしい。
「はぁ? 別にいいだろそのままで」
しかし火渡はいかにも心外と言った様子だ。
(そのままでいいんだ……)
ガスマスクはガスマスクなりに、嬉しいらしい。

二日目から彼らは店に出始めた。
「あー! スゴい! ガスマスクさんがいるよ! ガスマスクさん!」
「ホントだ。何かのキャンペーンなのかな。ちょっと触ってみようよ」
「こ、こら騒がないの二人とも! その、スミマセン」
「プディーヌ? ショルルヴァモンニュツゥネ、ニャララ。
ノォー! …ガルルル! ウゥ〜! ワンワン!」
「知らない人に吼えちゃ駄目だ姉さん!!」
とまぁ、毒島の容姿に騒ぐ者もいるが、時間と共に慣れた。
一人おかしいのがいるが、やむを得ない理由がある。ギョウザを食べ過ぎたから仕方ない。
火渡はというと、警備員を務めるコトになった。
三日目には、強盗がきた。強盗は、鉛筆を毒島に突きつけた。
毒島、もがいたせいでマスクがずれ、ところどころ素肌が露わになっている。
「ケケケー! 俺は書記だぞ偉いんだぞォ〜!
分かったらBの鉛筆六万本持って来ーい! ハゲ!」
「きゃう!」
ガスマスクからはみでた細く白い首すじを、尖った鉛筆がぷにぷにとつつく。
その光景を見た火渡は、キレた。
彼的には店を任せられた不満の爆発だが、実際はどうか。
ともかく、ラフに着崩したジャケットが電光の様にたなびいた。
「知るか! 死ねッ!」
手近から一本1980円のベルトを引っつかむと、それを思いっきり投げた。
(ベルトの金具部分が)強盗の頭を強打した。彼は動かなくなった。
四日目には、棚卸をした。
棚卸というのは、商品の数を数える行為だ。
えらく疲れたが、しかしどうにかこなせた。
閉店後。宿にしているホテルへ続く繁華街で、毒島が
「慣れてきた感じがするので、明日もきっと大丈夫ですね」
というと、火渡はくわえタバコで「あぁそうだな」と生返事をした。
彼にとっては雑務なので、大丈夫じゃなくても別にいい。
というか、面倒臭くなってきたので店を全焼させようかとすら考えていた。
しかしなんだか隣の声に気勢を削がれてしまって、ため息がてらに煙を吐いた。
毒島相手ではこういうコトがよくある。あるが、是正する気分にはあまりならない。
スカっとしないが、それもまた不条理。火渡はまぁいいかと思った。
その間にも毒島はいっしょうけんめい大股で歩いている。
長身で足早な火渡と並んで歩いている。

五日目。
ここからは火渡と毒島が店を切り盛りする。
と言っても、接客も事務作業も毒島がほとんどこなせるので
火渡はヒマになってきた。
(また強盗来やがれ。退屈しのぎにゃあなる)
でも強盗は来ず、何事もなく一日が過ぎた。
六日目と七日目も同じく。
ヒマな一日ではあるが、しかし毒島は小さい体でせっせと頑張っている。
商品の整頓をしたり、掃除をしたり、ガラス窓を磨いたり、書類をずっと書いてたり。
火渡は段々、その姿を見るのに腹が立ってきた。
「なぁ、店さえ見ときゃ、老頭児からの任務は完了なんだぜ。
だから気張ったって何の得にもなりゃしねえ。事務所で少しぐらいサボってろ」
命令口調でいうと、毒島はガスマスクに汗を浮かべた。
原理は分からんが、困っているらしい。
「そのですね、火渡様。あの… その」
「もたついてねェでさっさとどうするか答えろ。
答えねェと殺す。ただし逆らっても殺すぞ」
ドスを聞かせた声に観念したのか。大声が上がった。
「お洋服を売るのが夢でした!」
「は?」
「ですから、私は小さいからお洋服を売るのが夢…
やっぱりヘンですよねこういうの… 笑ってください」
レジ番をしてたガスマスクが俯いた。
背丈が低いので、排気筒がレジカウンターに当たりガスがでた。
その頃、試着室で着替える千歳を根来が覗いていた。
根来というのは、所有する忍者刀の武装錬金
『シークレットトレイル』の「斬りつけた物に潜り込める」
という特性を利して、奇襲や覗き、同性との合体といった
アブノーマルな挙動を繰り返すろくでもない戦士だ。
「ぬうぅっ!? 防人君以外に肌を晒そうとは何たる不覚! そして恥辱!」
千歳はバールを手にした。
店中にこだまするは割れる鏡と絶叫のハーモニー。
すわ何事かと、客が試着室をとりまいた。
しかし所詮は野次馬で、口々に勝手な思惑を述べるのみ。
どいつもこいつも役立たずのクズだ。
誰ひとりとして根来を助けようとはしない。
根来は元々人間が嫌いで、人と関わりあいたくないので錬金戦団に入った。
いわんや、まともな恋の経験に興味などなく、おかしなプレイでしか興奮できない。
後輩の手作り弁当とカップラーメンじゃ、断然後者だ。
だからますます人間が嫌いになり、そしてアゴに炸裂するバールへ
新たな悦びを見出しつつある。
さてこの状況、店員としちゃ対応しなくちゃならない。
知り合い同士のイザコザなら尚更だ。
毒島はハっと顔を上げ、試着室に群がる黒山の人だかりを見、こんなコトを言い出した。
「で、でも、お客さんの為に頑張るのも、戦士として頑張るのも
同じじゃないかと私は思っています」
だから行くのか、それとも、おかしな話を聞かれたから逃げたいのか。
小柄な体は踵を返し、走りだそうと試みた。
しかし火渡のほうが早かった。彼はレジカウンター越しに背中を蹴った。
威力は弱めだったが、哀しいかな。体格の差がありすぎる。
「わぁー!」
盛大にすっ転んだ毒島は、何が何やらといった様子でキョロキョロした。
目のガラス部分にはヒビが入り、少々無残な格好だ。
「…良かったじゃねえか」
「はい?」
ここでようやく蹴られたと毒島は気付いたが、疑問はますます増えた。
まぁ、理不尽な暴力はいつものコトだが、何が良かったのだろうか。
「念願が叶ってよ」
そういう火渡は頭をクシャクシャと掻き毟り、不機嫌そうに瞑目した。
その姿が毒島にはバツが悪そうに見えて、なんだか嬉しいやら照れくさいやら。
「え、えぇ、まぁ」
職務を忘れて、また俯いた。照れているらしい。
そして肉の弾ける音がした。試着室の方からね。

八日目。
イコール五月六日・金曜日。
予定ではこの日が終わりだったが、突如現れた照星が
『予定が変わりました。日曜日までお願いします』と伝えた。
火渡は憤慨したが、アバラを六本ほど折られてしぶしぶ了承した。
試着室では、根来を殴打していたバールがぼきりと折れた。
「クソが! 捨てたハズの良心がどうして今さら痛みやがる!
さ、防人君のばかぁ!」
千歳は舌打ちをすると、折れたバール(幼稚園の頃から使っていて愛着は深い)
に合掌し、変えのバールを買いに試着室を出た。
根来の生命、いつまで持つか。

九日目。
円山が遊びにきた。
オカマで、一発ごとに身長を15cm吹き飛ばせる風船爆弾の使い手だ。
「人が下らねェ延長くらってイラついてる時に
何のほほんと遊びにきてんだテメェ! ブッ殺すぞ!」
「まぁまぁ火渡ちゃん。
今日はオフだからざっくばらんに話しましょう。
それに何より今のアタシはお客サマ。大事にしないと怒られちゃうわよ」
円山は商品を物色した。
凄まじい形相の火渡を煽るように、しばらくわざとらしい歓声をあげると
やがて毒島のいるレジで会計をすませ、火渡に駆け寄った。
毒島はその様子を不安そうにじっと見たが、お客さんが来たので慌てて対応した。
「用がすんだらとっとと帰りやがれ。店ごと蒸発させるぞ」
「つれないわねぇ。まぁいいケド。
ね、ところで火渡ちゃん、明日が何の日か知ってる?」
「知らねェな。俺がクソ忌々しいこの仕事から解放される記念日か?」
「ブッブー!」
円山はヘンな顔をして×サインを作った。
試着室からは弱々しい歓喜の声が響いた。命と引き換えの快楽を根来は味わっている。
正解は彼の命日かも知れない。
客が去り、毒島は火渡たちをちらちら気にしだした。悟られないようさりげなく。
のつもりだが円山にはバレバレで、彼は毒島へ意味ありげな笑みを贈った。
毒島はしゅんとした。何らかの敗北感を感じているらしい。
円山の話、続く。
「明日はね、職場の人にカーネーションを送る日なのよ」
もちろんウソだ。火渡をはめて後でからかいたいだけなのだ。
不快の色が濃くなった火渡をよそに、円山はつらつらと話を進める。
そうまるで、あらかじめ決めていたコトを強引に導くように……
「まず犬飼ちゃんは、残念ながらここには来れないわ。
だって今ごろちょうど15cmでドブネズミの群れと戦っている頃だから。
彼の身長は165cmだからあと一発でキリ良く消滅よ。クスクス。
戦部は山(ペトラピンダータ。ブラジルの秘境)へクルピラを食べに行き
アタシはそうね…そう、川に洗濯へ行かなきゃいけないのでムリ。
根来はもうすぐ死んじゃうみたいだし、防人戦士長は千歳サンを
ようやく遊園地に誘えるとかどうとか。
大戦士長サンはお仕事があってここには来れないし
何より、六月の第三週あたりに白いバラを贈るべきなのよ。
おやおや、じゃあ毒島ちゃんしか残ってないわねハイ決定。
ちなみに大戦士長サンも同じコトを考えていたらしく」
円山は懐から紙を取り出し、丁寧に広げると火渡に見せた。

五月の第二日曜日に、戦士長・火渡は、戦士・毒島に
カーネーションを送りなさい。でないと、分かってますよね。

「というカンジの指令書があるので、ちゃあんと贈りなさい」

火渡は笑った。
「ケッ。やりゃあいいんだろうやりゃあ。
どうせ散々不条理なメを見たんだ。今さら別に関係ねェよ」
笑うと、頬がニュっと裂け、肉食爬虫類のごとき獰猛な印象がある。
褒められた笑顔じゃないが、毒島は遠巻きに見て、ますます落ち込んだ。
「そうそう。素直なのはいいコトよ。
そだ。アタシが警備員してあげるから、今からカーネーション買って来なさいな。
善は急げよ火渡ちゃん」
口に手を当てて笑うオカマを、火渡は少し不信な目で見た。
妙に親切なのが気に掛かる。しかし、サボる好機を逃すほど忠実でもない。
「んじゃあちょっくらフけるぜ」
そういうと、乱暴な戦士長は店を出、終日ついに帰らなかった。
毒島は理由を聞いてみたが、円山ははぐらかすだけで要領をえない。
仕方なく、トボトボと一人寂しく小さな歩幅でホテルへ帰った。

九日目。つまり五月八日・最終日。
まず、千歳が試着室から引き取られた。
迎えに来たのはキャプテンブラボー。
火渡と同じく戦士長の彼は、GWで身動き取れず
千歳との約束をフイにしかけていた。
だから千歳は、根来を打ち据えるほどにやさぐれていた。
「すまなかった千歳」
「…私の方こそ。ゴメンね防人君」
互いにしばらく謝りながら、二人は店を出た。
入れ違いに救急車が来て、放置されてた根来を聖サンジェルマン病院へ搬送した。
消耗は凄まじく、彼は輸血と亜鉛の投与を余儀なくされた。
しかし根来は後悔していない。
多くの傷と引き換えに、かけがえのないモノを手にいれたからだ。
メガネをかけた看護士が、身動き取れぬ根来を検温した。
部位は伏せるが、思った。
「バールよ、さらば」
そして体温計が好きになった。

「え?」
「だから、今日はこういうのを贈る日だろ。さっさと受け取れ」
綺麗な赤い花が、ガスマスクに突きつけられている。
突きつけられた当人は、グルグルと混乱を始めた。
今日は母の日ではないか。
なのにこの凶悪極まりない戦士長はどうしてカーネーションを自分に贈るのか。
「その、火渡様。私は、火渡様より年下ですよ。
背だって本当に低いですし、何よりお役に立ててるかどうか。
えと、何と言いますか、私は違うんじゃ」
「んな話は聞いてねェ。テメーはこの花を俺から受けとりゃいいんだ。
俺ァ、昨日の夜まで探し回ってたんだ。クソ、あのカマ野郎め
サボらねェ方が楽だったとはどういう了見だ。とにかく受け取りやがれ」
「ですから、その、今日は…」
「いいな!」
赤々と燃えるような花束が、毒島にぐいと押し付けられた。
ああ、恨むべくは円山の悪ふざけ。
哀れ火渡は、五月の第二日曜日の意味を誤解して
同僚を母とみなす行為とも知らず、ただ去り行くのみ。

毒島は困った。
しかし捨てるのはしのびないので
カーネーションを押し花にして、大事に大事に保管した。終わり。



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