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第3話 「張良の猛攻」



閨の屋根は高い。
なぜなら呂后の身長は、決まった数値を持たぬからだ。
場面に応じて映えるよう適宜変わるようになっている。
よって閨の天井は余裕を持って25mほどの高さだ。
そんな広い閨で劉邦は呂后と絡んでいる。絡みたくないのに絡んでいる。
ぶふうぶふうと吐かれる息には潮出版独特のインク臭がまじりやるせない。
しかしどうして潮出版のインクはああもクセがあるのか。
なぜ文庫についてるしおりのキャラは唇がツヤツヤしているのか。
知る良しもないが、ともかく劉邦は首は傾げた。
視界いっぱいをしめる呂后の肩。
脂肪でゆるみきったそこに、黒いまだらがゆらゆらと動いている。
すわ皮膚病かと嫌悪を露にしかけたが、そこは仮にも一国の王。
すぐさま別の物であると気付いた!
頭上25m。
白と薄紫の扇子が一握、開いた状態で蝶のようにふわりと舞っている。
その影だ!
「扇子……はっ!」
瞬間。扇子は2つに分裂した。
否、正確にいうなればもとより重なっていたというべきか。
それが解かれるなり2つの間に人影がにゅうっと現われ出で、中空より呂后に殺到した!
「ふあっ!!」
蕭何が扇を打ちつけ
「どりゃあ!!」
韓信が剣を振り下ろし
『ええい!!』
張良が光線銃を雨あられと乱射。
床はひび割れ、艶かしく湿った布団から羽毛が無残に溢れ、後に残るはもうもうたる土ぼこり。
「やったか!!?」
着地と当時に飛びのく三傑へ答えるように
「舐めてくれたな! だが、そこまでだ!!」
床を突き破って呂后が現れた。
無傷ではあるが激昂ははなはだしい。
後年に専横を行うだけありその精神は狭量。
家臣の予想外の謀反に屈辱を覚えたらしく、ブルドッグのような頬をぶるぶる震わせてながら
劉邦をひきつけ、こめかみに指を突きつけた。
「漢王!」
「仕損じていたか!」
『フン。まぁいい。どうせ今の攻撃は……囮だ!!』
呂后の足元で床板が爆ぜた。車田風に吹き飛ぶ呂后。そこに大口を開けた白竜が向かう。
血走った逆上の瞳が蕭何に向かう。彼の手には符。召還者らしい。
呂后のわき腹が軋んだ。鋭い牙が食い込み、真赤な血を流している。
白竜に噛まれた!
そう気付く間に彼は顎(あぎと)をがっちりと閉じ、天にその身を躍り上がらせた。
背中へ蕭何、韓信、劉邦を抱えた張良が順に飛び移る。

けぶる雲さえ手を伸ばせばつかめそうな所を白竜はしばらく飛び。
被害のなさそうな場所を見繕った。
目指すは成皐城近くの森だ。
ゆっくりと降りていく白い影を夜空に認めた一人の男が、ゴーグルをかけてオーラがどうと
か呟いた。
柴武が彼と接触するのはその少し後になる。

白竜つながりで話をしよう。
白竜剣士という作品が初期作品集に収録されてるが、その箱ケースを見るたび腹が立つ。
辞書とかのそれと違って、背表紙の部分がガラ空きなんだ。本を押したら帯を突き破るぞコ
レは。
つか今気づいたが、コレ…… 厚紙にシール貼っただけの代物じゃないか!
しかも微妙に傾いてるぞ。バイトにでも貼らせたか! 貼らせたんだな!!
おのれバイトめ、小学生の工作レベルの不精してないでちゃんと背表紙ふさいで印刷もしろよ! 
シールくれよ!!
しかも裏表紙の音無しの剣と白竜剣士の表記が入れ替わってやがる。フザけんな。
いちいち「裏表紙の表記が入れ替わってますゴメリンコ」なんて注釈を紙に書いて挟んどくな! 
それで初めて気づいたわ!
編集部も気づいたんだったら直せよ! それこそバイトにシール貼らせろ!

ああ腹立つ!
箱ケースを思うさま広げてハムスターを入れて、「キャタピラ」なる運動会競技のごとく前進さ
せてやりたいこのストレス! あてどもなく胸でもがく、この怒りはどうすりゃいいの!
でも装丁が綺麗だし、初期は初期で面白いから大好きだ。
だって横山先生、作中に出てくるんですぜ。ごろつきにやいやいイジメられたり、するんだぜ!
そして蕭何は呂后に負けた。
催眠術を掛けて眠った所をボコボコにしてやろうかと思ったが、
しかし横山作品で催眠術を掛けた人間は、自分が掛かって自滅というのがセオリーだ。
「あっし村雨健次と言いやす。へぇ。ひょんな事から鉄人28号に関わりあっちゃってね」
と言い残し、すやすや眠り始めた。

ここで
「考えてみればわしまで来る必要はないじゃないか! 帰らせろ」
とゴネ始めた劉邦を、呂后は全裸のままで熱く見つめ、歩を進めた。
「アウアウー!」
理性なくヨダレを垂らす呂后。行為の残り火が再燃し、理性を失しているのは想像に難くない。
「ほれ見ろ! 呂后が人造人間モンスターになりくさったわ! どうせなるならお銀ちゃんに
なれ! もちろん戸田版のな!」
「まぁまぁ。愛されている事はいい事ですし」
「ちっとも嬉しくないぞ韓信! わしが散々な目に合ったのを忘れたか! 未来もきっとそう
だそうに違いない。病床で下らん話題(政治を誰に任せるかという話題)を延々と振られるの
じゃ! ああっ我慢ならん!」
劉邦は頭をガリガリとかきむしり、やがて叫んだ。
「死んで欲しくてさあ!! 偽りの偶像とかポイント4とか、どんなにマイナーでもいい…… 戚
とのんびり横山談義がしたくてさあ!! さあ早く斬れ! 生かしておいては今度は呂后が呉
を滅ぼすぞォォ〜〜〜!!!」
『やれやれ。呉はとうに滅んでますし、別作品や関羽のセリフを叫ばれなくてもちゃんと斬り
ますよ』
「うん?」
虫で作られた文字の向こうに、剣を構えた張良がいた。
「いや待て。お前は説客という設定…」
言葉が終わらぬうちに、張良は呂后の背中に霞切りを叩き込んでいた!
「な、あの距離を一瞬で!」
しかしさほどダメージのない呂后、振り返りざま岩石のような拳を迫らせた。
『やはり一撃では無理か。だとしても、だ……』
涼しい顔で剣を振り下ろす。
拳ごと小手がヘシ折られ、ついで呂后のノド笛がカウンターで打ち据えられた。
『霞切りの基本形を叩き込むのみ』
「グハァ…!」
カウンターが効いたらしい。血を吐きのけぞる呂后を見て、劉邦は目をキラキラさせた。
「おお! 強いぞ張良! 強いから許すぞ張良っ」
「だから言ったでしょう。漢王は張良どのの腕前をご存知ないと。三略さえ読んでいれば張良
どのは始皇帝を暗殺できたのです。ああ、ちなみに強いのに項羽を倒さなかったのは劉邦
どのの名実のためです。多分」
韓信が説明しているうちに、みたび霞斬りが呂后に炸裂した。
『さぁ前座は終わりだ。次からは私の領分で思うさま苦しめ。 いかに不死身といえど、消耗の
果てに待つのは暗黒の死だ!』
孔明顔が酷薄な笑みを浮かべ、呂后は劉邦を思い股を濡らし、ヒマな韓信は地球の燃え尽
きる日の展開を予想したが、無駄なのでやめた。
筆者ごときの凡庸な想像力では到底及ばぬ作品なのである。

霧が出てきた。
夜風が木の葉を巻き上げ、どこかへ運ぶ。

入れ替わるように集まってきた虫の群れが森を黒ずませる。
ハエのようだったりよく分からない形状だったり、一見すると統一性はないが、しかし、ある一
つの共通項を以ってこの群れどもは群れたりえている。

毒虫。
人は彼らをそう呼び、張良もそう認識しているからこそ呼んだ。

その虫たちに目を刺され、呂后は空を仰いで絶叫した。

『天に吼えるな。星が汚れる』
張良はペっとツバを吐くと剣を放り捨て、呂后に背を向け跳躍した。
やがて木々の間を赤い閃光がギュンギュンと乱れ走った。
「なぁ韓信、張良があんなに跳ぶ必要あるのか?」
「闇の土鬼文庫版上巻の在庫よりは。戦国獅子伝文庫版1巻でも可です」
「分かりづらいのう……」
減速した光から体をピンと伸ばしきったニコニコ顔の張良が飛び出し、枝をブチ折り青葉を
抜けて、夜空を泳ぎ月をバックに羽毛のごとく宙返り。
重力に身を任せると、ゆったりとした服がはためき、眼下の森がだんだん大きくなっていく。
澄んだ夜気が頬を撫でた。
朝をこの手で必ずや…! 張良の瞳の熱は、始皇帝暗殺をもくろんだ時のそれ。
枝を何本か折りながら着地。片膝を立て両手を下向きに交差させる。
『じわりじわりと確実に削ぎ続けてやる』
袖口から両手へと滑り落ちるは薄い金属の輪。
包帯が巻かれた持ち手以外の縁には、鮫の背びれのような鉤刃がまばらについて、くすん
だ姿をいっそう後ろ暗く見せている。さて、その名称はというと
「戦輪(チャクラム)の武装錬金、モータギ」
寝言をいう蕭何の頭に蹴りが叩き込まれた。
「たわけ! そーいうネタ振りたいのならさっさと永遠の扉描け!」
「本当は輪(りん)といいます」
持って戦うコトもできるが本来の用途は──…
投擲!
距離にして10歩。呂后のノドめがけビューっと飛んでく輪たち! 28個!! (デンデンデン)
「駄目じゃ、いかに速度と鋭さがあろうともあの脂肪の弾力では裂けぬ…!」
哀れ、輪は肉に弾んで地面に落ちた。だが。
「いえ、裂くのではなく打つ。呼吸困難を狙った同点一極集中です」
残りの27輪すべて呂后のノドをしたたかに打ち据えた。
訪れしは激痛の閉塞。
耐えかねた呂后が輪以上の手刀でノドを切り開き、強制的に酸素を確保。
その全身を縄が縛る。
劉邦が韓信の説明にフムと頷く頃に状況は三転していた。
「ユゥゥゥゥダァチノヒトゴォミデェェ、フリカエエルゥゥゥゥ!!」
必死にもがくが手足の束縛は微動だにしない。まるで岩にでもくくりつけられているようだ。
ビリビリと震える縄を見事に御しながら、張良はすぅっと目を細めて、虫は字になる。
『さて暗闇地獄の始まりだ。書いても見えないだろうが書いてやる』
縄の上にコマが現われた。無論、張良が転移させたものである。
それは猛然と回転しながら縄をつたい。やがて呂后の腹へめり込んだ。

    ( ̄!ー─--、
     〉 /\__/ヽ`i
.      /  〉     ||
    |: / __  __ |   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   (^Y ´━  i ━`|  < この辺りの描写は飛ばします。
    ヽ_,     」 . |   \簡単に言えばコマが血やら脂やら飛ばしたというコトです
    /'ヽ  -─- /       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   /\.,,ヽ ── 、

だが窮鼠の爆発力を生む!
呂后は縄を引きちぎり、電光一閃、間合いを詰めて張良を殴り飛ばした。
「ああ張良!」
「ご安心を」
吹き飛ぶ張良が虫の群れに変わった。そしてこんな文字列にもなった。
『ハズレだ。どうして私が貴様と正面きって戦う必要がある。 いっただろう?

陰に潜んでじわりじわりと確実に削ぎ続けてやる。

と。……フン。漢王への節義を持たぬ化物に礼節など誰が尽くすか! 机上の美徳より確実
性を選んで何が悪い!! 田単(デンタン)が楽毅(ガクキ)に真っ向から挑んだか? 浩一
くんや正太郎くんが模範的な真人間か? 違うだろう』
田単は楽毅を離間で遠ざけ、与しやすい無能を呼んだ。
浩一くんはヨミの部下を平気で人質にするし、正太郎くんはロボットに苦戦したら操縦者を狙う。
とても褒められた人間ではない。
『だがその美徳なき確実性こそ敬うべきなのだ』
長ったらしい文字列に、韓信は満足げに頷いた。
「ちなみに回避をしましたのは比翼の術、変わり身の一種にございます」
「なぁ、なんか原作と違わないか? うまくは言えんが」
「比翼と書いた方がカッコいいので比翼です。それに原作うんぬんで考えるならこのSSなん
て私が周瑜と竜鳳とか言い出した段階で既に破綻してますよ。ハハハ」
「相も変わらず恐ろしい虫使い…」
蕭何は寝言を言った。
『しかしだ。貴様好みのハムとまではいかなくとも、多少の傷を期待していたが──…』
「いや、話の繋がりが分からん」
劉邦は眼前で手をパタパタふり、韓信はうんうんと頷いた。 呂后は手を開いた。
その中には、うっすらと光を反射する細い線が数本。
「何じゃあれは?」
「銀線にございます。髪の毛よりもほそい鋼でできた糸のようなものでこれを相手の手足にま
きつけひっぱると手足が切れまする。闇の土鬼中巻P209参照です。張良どのは呂后が突っ
込んでくるのを見越して、距離を取りつつ仕掛けていたのです」」
「ああなるほど。縦横無尽に跳んでいたのはその布石だったのじゃな」
劉邦は感心したように声を上げたが、すぐにトーンが下がった。
「じゃがそれも突進だけで……」
「そうです。目を潰して隠蔽し、輪も縄もコマも隙間をかいくぐらせ、温存していた銀線ですが」
『よもや無傷で寸断されようとはな。それだけは予想外だったぞ』
呂后の頬に邪悪な笑みが張り付いた。
分かりやすい例えだと、項羽にウソの道を教えた農夫のような。


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