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第03話 【八】やつあたり



「了解した」 
数時間後、根来は千歳のいた場所で淡々と頷いた。 
男性にしてはやや小柄。どこか平安貴族めいた酷薄な顔立ちは生白く、逆立った髪と地面 
までかかるマフラーがシルエットに特徴を与えている。 
実年齢は20歳だというが、果たして本当なのか。もし100を越える老人だとしても、彼の乾 
いた性格を知る者はみな一様に、「ああやはりか」と納得するだろう。 
「これは千歳からの個人的な希望ですよ。断るコトもあなたには」 
「私にとり重要なのは、任務遂行ただ一つ。いかなる背景があろうとそれに関わるつもりは 
毛頭ない」 
剣もほろろ。根来の回答は、ひどく断定的で横柄に聞こえる。 
一介の戦士たる彼が、大戦士長相手にこういう発言の仕方をするのは無礼であろう。 
しかし、戦団の意向には大筋で背きはしないし、小筋で背い(勝利の為に味方を犠牲にする 
コトを指す)たとしても結果だけは確実に出す、いわば優秀な男であるから多少のコトには目 
をつむる他ない。ただでさえ人手不足の戦団としちゃ、優秀な者にやめられたら困るのだ。 
そしてその優秀な男は常に冷然と、一枚絵のごとく表情を崩さないので、千歳同様考えてい 
るコトがわかり辛い。 
ただこの男の奇妙な所は、一見すると寡黙であり、寡黙である状態の方が多くはあるが、必 
要あれば、りゅうりゅうと理屈を並べてよく喋る。 
喋った時は何を考えているかよく分かるが、他の戦士が根来を敬遠し、奇兵と蔑む原因は 
むしろそこにある。 
根来の言は、中身のない冗長な屁理屈ではないが、一本筋が通った意見とは言い難い。 
筋というのを、「倫理」といういかにも正しげな意味で捕らえるならば、根来の言にそれはない。 
いかなる場合状況に置いても、任務を遂行するための最短最速最低限の思考しかなく、犠牲 
や不義をまるで気にしていないのだ。ただ、筋というのには別の意味もある。 剣を習い覚えた
りする際、上達が早ければ「筋がいい」という。 
そちらの筋はつまり、「取り組むべき事象の法則性や本質に対する理解度」だ。 
もしくは事象の法則性と本質そのもの、と言い換えても、根来の言は説明できる。 

ひどく機械的な鉄色に染まった「筋」がきっちりと組み上げられ、一言一句を紡いでいるのだ。 
そういう意味では根来の意見は、一本筋が通ったものと言えるが、しかし根来の言はただ合 
理を舌鋒鋭く告げるだけの物に終始していて、時には単純な悪口よりも他者を激昂させるシ 
ビアな論理を放ったりもするから好感はまるで持たれていない。 
どうも彼の他人への認識というのは、感情も先入観も一切挟まない、いうなれば薬品を調べ 
る化学者が「こうだからこうだ」とありのままを断定し、どう利していくかを考えるだけのものら 
しい。 
組織というのはつまるところ、人の集まりなのだ。建物がロボットのように動くものではない。 
だからそこに居る人々を、人々と見なさぬ振る舞いを取り心象を害してしまえば、いかに優 
秀であろうと「組織」からは認められず、組織の主幹には決して潜れなくなる。 
照星はこの瞬間、或いはそっちの方が要領よく生きられるのではないかと思った。 
先ほど根来に哀惜を覚えはしたが、いざ接してみると難点ばかりで辛いのだ。 
そういう思いをする原因をただせば、照星の「大戦士長」という立場にある。 
照星が平の戦士であれば、根来と今回の任務について話すコトにはならなかっただろう。 
接点も、恐らく先ほどの千歳と同じようにわずかしか持たなかっただろう。 
詰まる所、この場に至るまでの照星の苦労の数々は、組織に認められ要職に就いたがため 
のものなのだ。 
根来のように、組織の端へと爪弾かれ、技能を活かして細々とホムンクルスを倒しているだ 
けの人生の方がストレスが少なくて楽なのではないか、と照星は少し葛藤を始めた。 
見逃す根来ではない。 
「大戦士長ご自身が戦士・千歳の申し出に不服であられるならば、権限を以って取り消せば 
いいだけのコト」 
「そ、そうですが」 
「私は既に了承したのだ。然るに大戦士長はただ困惑を浮かべられるのみで、いまだ方針 
を確定せずにいる。それが戦団そのものの意思であれば良い。しかし坂口照星一個人の背 
景によるものならば私は関知しない。大戦士長という要職に在り、部下を指揮する権限を持 
たれる以上、つまらぬ私心は切り捨てて然るべきであろう」 

この長い発言、照星にとってはかなり腹立つものだ。 
判断力なき阿呆呼ばわりされた気になった。 
かなりの苦労を影で色々としてるのに、どうして何も知らない下っ端に文句を言われなければ 
ならないのか。 
ぶつん。 
照星の中で何かがキレたが、しかしこの場では表に出さない。 
彼の脳内では、嫌なコト用の適応規制が発動した。大人はそういう、ものなのだ。 
汚い感情の掃き溜めにしても構わぬ対象を想起し、それに矛先を向けて感情を収めるのだ。 
そして照星は火渡という部下を思い出した。 
(犬飼でないのは、脆弱なるサンドバッグは捌け口にすらならないからだ) 
つい最近見た火渡は、毒島というガスマスクと一緒にモスバーガーでコーヒーシェイクのSサ 
イズを飲んでいた。 
ガラス越しに見えた毒島というガスマスクは、楽しげに話していて、手作りのクッキーを差し出 
したりしてたが、火渡はぶっきらぼうにあしらいクッキーもただ黙々と平らげていた。 
ハンバーガーショップで手製クッキーを食べるとは、まるでヤクザと情婦。 
いや、もっとおぞましい何かだ。 
(ああ、叱らないと。火渡はいるだけで景観を害する社会悪だから叱らないと) 
照星はひきつった笑いを浮かべつつ、根来に「潜入してください」と命じた。 
もう司令部とかクソ喰らえだ。事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてんだ。 

そして根来が去ってしばらく後の部屋。 
まずガスマスクがドアをぱたむと開けて入った。やや遅れてガラの悪そうな男がドアをばたり 
と開けて入った。 
すると1分も経たぬ内に部屋は口論のるつぼと化し、やがて光と共に吹き飛び瓦礫まみれの 
荒野になった。 
そこで5100度の炎と、バスターバロンというでっかいでっかい男爵ロボがやりあった。 
時は夕刻。じりじりと世界を焼く落日の光にも負けじと、熱い風が吹き荒れた。 
ラァラァラァキャオ! ぐぎゃぁっ ガガガガ ゴソゴソ ゴロゴロザパーン! 
照星操るバスターバロンが勝った。 
実はそのサブコクピットに毒島という名のガスマスクが囚われてて、 
「わ、私なんかに構わず5100度の炎を撃ち続けててください! それで初めて身を守れる 
んですよ火渡様ぁっ。ああっ、ダメです無抵抗は…攻撃を…きゃあん! お願いです大戦士 
長、火渡様をイジめないで下さい〜」 
てな声援を送ってくれてたのだが、火渡の動きはどうしてか凄まじくキレが悪かったのだ。 
ダメだな。 

ともかく、根来と千歳は手早く身支度を整えると、この瀬戸内海近くにある日本支部を後にした。 
目指すは北関東の「皆神市」にあるバンダイの下請け工場だ。 



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