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第05話 【調】しらべる-1



さあみんな聞いてくれ!! 
カレイドスターが始まる時みたいに部屋を明るくしてなるべく画面から離れて聞いてくれ!! 
根来と千歳が潜入するは工場だ。バンダイの下請けの工場だ。 
主な名産品は、ディスクアニマル。これはアレだよ。いわゆる小物! 
仮面ライダー響鬼に出てきてて、作中じゃ円盤から動物形態に変形する、式紙的な連中だ。 
今年からバンダイの連中は、こういう小物に力を入れ始めた。 
連中の可愛さときたらもう、シャレにならん。 
作中ではフルCG。溶かされたり、修理の結果あしゅら男爵みたいになったり、ギターに合わ 
せて踊ったりしたりと、もう辛抱たまらない!! 
これに匹敵する萌えキャラといえば、もはや日本昔ばなしの、雪をかぶったまま歩くキツネや 
魚をエレキに見立てるカワウソぐらいしか存在しえんのだ! 
だから数寄者たちがこぞって買い求め、一時は全国的に品薄になったりした。 
要するに、英世もしくは聖徳太子二匹で釣りがくるという気安さが購買意欲をドンと後押しした! 
ポテチを惰性で食い続け、気がついたら中性脂肪がどっさりと溜まりいわゆる洋ナシ体型に 
なってるような感じで、バンダイは儲けやがったのだ! 
そう、空振りする大型商品より、たくさん売れる小物の方が企業にとっちゃあいい。 
4個買わせばもう大丈夫。ヒーローグッズを1つ買わせた理屈になる。 
しかしその為には、たくさんの物を作らなくてはならなかった。 
たくさんの物を作るとすると、材料はたくさんたくさんいる。機械もいるしリフトとかもいる。 
だからどこかに広い工場がいる。 
そういう流れで、バンダイの下請けの緒方カンパニーという会社が、皆神市郊外にある森を 
開発して工場を作った。それが大体、この物語から一年半ぐらい前だ。 
バンダイ系列の工場が来たコトで、皆神市民は大喜びだ。 
「おうムスビ見てみい、バンダイさまじゃ。バンダイさまはキラキラしとるのう」 
とまあ関東地方にそぐわぬ方言が思わず飛びだすほどみな喜び、全てがよくなりつつある。 

近年低下しつつある若年層の就職率もやや上向きになった。工場進出を当て込んで色んな 
店が皆神市に進出してきた。道行く者にツバを吐いてた駄菓子屋のババァもくたばって、全 
てが順調に行くと思われた。 
しかしそこで姉さん、事件です! 工場で部長が殺されました!  
てな訳で千歳と根来は工場に潜入する! すげぇぜ色々みなぎるぜ! 

ちなみに、ディスクアニマル売れるのは今年だけじゃん来年は工場どうするの、投資が回収 
できなかったら終わりじゃん、減価償却費だって毎年すげぇんだぜ分かってんのかこのトン 
チキ!と疑問を抱かれる方々も多いだろう!! 
お答え…待て、トンチキと申したか! まぁいいや。とにかく大丈夫! 投資は回収すれば大 
丈夫! 減価償却費も現金の支出が伴わない費用で内部金融効果があるから十年百年一 
億光年好きだよ大好きという長いスパンで見れば大丈夫!  
バンダイなら、バンダイなら何とかしてくれる! 
ちなみに減価償却費は、建物やら車やらがボロくなった分を費用にしやがるアバズレでさっ 
ぱり意味がわからんアホだ!! 
あと工場は郊外にあるから、周りはほとんど荒地で、敷地は東西に長細く伸びている。 
普通の小学校ぐらいある面積を、西から半分以上占めているのが工場で、残り三割が事務 
所とか食堂とかある事務棟だ。どちらも階数は二階。敷地の残りは駐車場。 
その駐車場に、根来と千歳がタクシーで乗りつけたのは午前七時。黒いアスファルトもまだ 
涼やかなである。 
あれから二人は駅前からタクシーでここに来た。それから受付に行った。 
すんなり行けたのは千歳が工場の間取りを事前に調べていたからだ。 
受付嬢がすっこむと代わりに工場長が出てきて、まずスリッパを履くよう言ったので履いた。 
んで、ニ階にある更衣室に導かれて二人は着替えた。更衣室は隣合っているが男女別々で、 
千歳が着替えた(といっても着ていた黒いベストと工場支給の真新しい制服を交換したぐら 
いだが)女子更衣室は、結構広々していて、部屋の中央から窓際に向かってロッカーが万里 
の長城宜しくででーん!と置かれていた。部屋を上から見下ろしたなら、アルファベットの”E” 
みたいな間取りをしているだろう。 

そして幾つかある窓の一つから、赤茶けた粘土状の土がむき出しているのを千歳は見た。 
やめてやめてと泣きすがるモリゾーやキッコロやかみをチャーンソーでバラバラにし、返すチ 
ェーンで伐採した森の跡。いまだ未整備なる工場周りの荒地である。更衣室はそこと面していた。 
さらに視線を遠くにやると、山がある。夏らしく緑がふさふさと萌えている。 
千歳はふと、ホムンクルスはそこに隠棲しているのではないかと思った。 
だが山を調べるかどうかは、工場長から詳しい事件のあらましを聞いてからになるだろう。 
千歳が更衣室を出ると、既に根来は男子更衣室の前で佇んでいた。 
彼はもちろん、千歳と同種(ただし男性用)のグレーの制服を着用しているが、一つ大きく異 
なる点がある。電車の中同様、めっちゃ長いマフラーをつけているのだ。 
この男はよほどこだわっているらしい。 

時刻は午前七時半よりやや前だ。 
二つある黒いソファーの片方に根来たちが、もう片方に工場長が座っている。 
間には高そうな机があり、更に紅茶の入った白いティーカップが3つ乗せられている。 
そのまま、二人は今回の事件について聴取した。 
といっても実際に口を開いているのは千歳だけで、根来は何か不満でもあるような 
いつもの顔で黙りこくっている。その存在は、向かい合っている工場長が後で思い返して 
本当にいたかと首をひねるほど、ともすれば隣に座っていた千歳でさえいたコトに確証が持 
てぬほど、ひどく希薄だった。 
聴取の内容は以下の通り。 

侵入者が何か特異な痕跡を残して居ないか。 
事件当夜、他にいた者が不審人物を目撃しなかったか。 
その二点に、黒澤という、頭の禿げ上がった壮年の工場長は力なく首を横に振った。 
まず現場に残っていたのは夥しい血痕だけ。それ以外の特異な痕跡は、社員はおろか警察 
すら一切発見していないという。 
また事件当夜、工場の方には多くの従業員がいたものの、誰一人として不審な人物を見か 
けた物は居らず、また事件の現場になった事務所において残業していたのは二人だけという。 

まず、殺された部長。名前は麻生勇(いさみ)。そしてその部下で、事件の第一発見者の茶髪、 
高峰という男だけだったという。聞けば最近この工場では、経費節減の為に残業をなるべく 
禁止する向きにあったらしい。一人あたり、一ヶ月にニ十時間までというから、かなり厳しい 
基準である。 
が、しかしそう言われてもピンとこない方も多いだろう。 
だからこの残業というやつを、ゲームをしたりマンガを読む時間に置き換えて欲しい。 
単純に割れば一日四十分しかそれらが出来ない。小学校の昼休みレベルの時間だ。 
それだけ少ないのだ。月二十時間という制限は。 
話は千歳たちのやり取りに戻る。 
「最近…と言うと、いつごろからですか?」 
「かれこれ半年ぐらい前からです。電気もその頃から、事務所のある棟だけですが毎晩消灯 
しています。ただし工場の方は」 
「午後9時から夜勤される方々がいますので、電気はついていると。あ、人の数はお昼と同 
じと考えてよろしいですね?」 
「ハイ。そうですが… 深夜勤務についてまだ話していないハズですが、どうしてお分かりに?」 
「調査しましたので」 
別に誇る訳でもなく千歳は淡々と呟いた。 
「話は変わりますが、工場の中で働かれている方が一番多いのは、工場の一番東側にある 
ディスクアニマルの組み立て工程ですね」 
「あ、はい。なにぶん最近は売れ行きが好調でして、こちらはずっとフル稼働状態となっており 
ます」 
「二階の事務所からそこまでは歩いて三分ぐらいと私はみましたが、どうでしょうか?」 
彼女の頭にはどうやら、工場の勤務時間帯や間取りといった細かな情報がすでに詰め込ま 
れているらしい。 
工場長はひどく感心したように頷いた。 
「ええ。大体それ位あれば着きますね。工場の端までならもっと掛かりますが……」 
千歳が腑に落ちないのはそこだ。 
ホムンクルスがもっとも好むのは、瑞々しく若い10代の子供たちの肉だ。 
だからよく、学校が狙われる。しかし今回は工場。 
その段階で充分に奇妙な事件だと千歳は承知していたが、今の工場長とのやりとりはそれを 
解くどころかますます拍車をかけている。 



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