インデックスへ
前へ 次へ

第10話 【対】ばーさすわしお ぜんぺん



そして千歳の視界を占有した白い影は、足元に落ちた核鉄に何かを感じたのか、かかとで 
素早く後ろに跳ね上げた 

最大の武器たる核鉄は、中空を突っ切りゴミの山の近くに落着し、少し転がるとぱたりと倒 
れた。 
千歳が驚愕に目を見張る間に、白い影はもう一声あげた。 
「クエエエエエ!!」 
なるで鳥のような鳴き声。ウワサに聞いた奇声の主が彼であるコトは間違いなさそうだ。 
ひとまず、鳴いている間に千歳が一歩下がると、その姿が明らかになった。 
白い影に見えていた原因は、着衣にあったようだ。 
元は高級そうな、白いスーツを彼は身にまとっていたのだから。 
ただしひどくボロボロで、何かにひっかけて破けたような跡がそこかしこにあり、ボタンはほつ 
れ、袖口は綻んで、何かの返り血らしき赤い染みと泥とが随所に醜く乱れ咲いていて、見る 
も無残な様相を呈している。 
シャツは襟元が垢で黒ずみ、ネクタイは半分以上が千切れている。ズボンはスーツと同じく。 
男の顔はひどく特徴的だった。 
脂で固まった短めの髪は天を衝き、ずんぐりとした大きな顔の中心に、大きなカギ鼻が生え 
て、どこか猛禽類を思わせる顔立ちだ。 
根来が鷹とすると、この男は鷲だ。 

千歳は、彼が何者であるかはもちろん知らない。 
彼が紆余曲折を経てこの森に流れ着き、それまでいた「巣」を模したゴミの山を作り上げ、 
近づく物は容赦なく排斥するようになっているとも、知るべくはない。 
この状況から分かる重要なコトは、男の右手。 
入手経路は不明だが、黒いなめし皮で作られた鞭が握られている。 
長さは柄を除いて72センチ。千歳は正確に判断した。鞭の中でも長い部類である。 
切札の核鉄は遥か前方、つまり男の後ろに落ちている。取りに行こうと走れば、男の鞭が千 
歳のしなやかなる背中を打ち、形の良い肩甲骨を砕き、白い肌にミミズ腫れを与えるだろう。 
正面から挑んでも結果はほぼ同じ。 
千歳は素早く辺りを見回した。 
後ろは林。左右には、根がうねる腐葉土と、ミイラたち。その向こうには木々が密集している。 
「クエエエ!!」 
そして前方では男が奇声をあげ、ばっと右手を動かした。 
(説得する暇もなし、ね) 
山に来たのは調査が目的で、ホムンクルスかどうか分からぬ男の相手などはどうでもいい。 
縦にひゅぅっと空切る鞭にはとても無関心そうに、千歳はゆっくり後退した。 



前へ 次へ
インデックスへ