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第14話 【休】いんたーばる (2)



ただし、根来が悪かといえばそうではない。 
彼は戦団において「奇兵」であって、再殺部隊という汚れ役にも回された。 
だが、芯から悪で非情の男ならば、シークレットトレイルを得ると同時に戦団から逐電し、後 
は窃盗暗殺の類で生計を立てていくだろう。 
だがそれをせず、一応はヴィクターIIIこと武藤カズキとその同行者の前に立ちふさがった。 
彼らから見れば根来は「敵」だろう。 
けれど、彼らの立場は「人に危害を加えかねない存在と、それに従う戦士」であって、筋から 
いえば、そう、根来の好きな「筋」からいえば誅滅されてしかるべき物なのだ。 
倫理は根来にないかも知れない。 
だが、「人に危害を加える存在は斃(たお)す」という筋はある。 
このあたり、彼は複雑だ。状況によっては白にも黒にもなりえて、しかも当人はどちらであろ 
うと任務を遂行し、「筋」を通せればいいと来ている。 
もっとも千歳にはそれで構わない。以前にも思ったが、彼が任務を遂行すれば、救われる人 
間の方が多いのだ。 
第一、結果論だが電車の中でも、彼は子どもたちに害を加えてはいない。 
ただ感情的なだけの人間なら、席を空けず、任務遂行の邪魔になると怒鳴り散らしていただ 
ろうし、針も隠さなかった。 
良くも悪くも、心底から怜悧なのだ。根来は。 
その辺りが千歳には羨ましく、同時にどうあっても助けてやりたいと思った。 
先ほどの戦闘を自省するなら、なるべくそれを避け、根来に任せていけばいい。 
ただしその分、補佐や調査をしっかりすればいい。 
そして、戦闘において根来の足手まといにならぬよう、務めるべきだ。 
千歳は女性だ。戦局が煮詰まればまっさきに狙われる。人質にもなりかねない。 
その場合、例え千歳自身が根来に斬られてもいいよう、覚悟しておくべきなのだ。 
根来との関係はそういう形でいい筈だ、と千歳は思う。 
少なくても、彼女が引き金となって任務が失敗するよりはいいのだ。 
奇妙だがこれも信頼といえなくはない。 
根来が必ず任務を遂行できるという前提での、覚悟だからだ。 
ただし、覚悟一つで物事が万事運ぶ訳でもない。 
何か具体的な方策も講じるべきだと、思考に浸る千歳は──…
ツと、根来の無愛想な顔に視線をやると、そのまままじまじと見つめた。 
何か、引っかかる。 

それは何なのか。 
すごく簡単なコトに思えるが、分からない。 
ひょっとすると、根来が立ち去らない理由についてだろうか? 
彼の性格なら、尾行をしくじったのなら他にすべきコトを見つけそうなものなのに。 
「クェェェ」 
このとき、広場の向こうで男が力なく声をあげた。 
無念そうでいて、悲しく、屈辱に満ちた声だ。 
彼は森を覆う枝を底光りのする目で睨みながら、しかし涙を流している。 
こんなはずでは。もし次があるならばその時こそ……
という感情がふつふつと奥底にあるが、根来たちには分からない。 
ただ、彼にいためつけられた千歳の体力は、核鉄のおかげで回復しつつある。 
下山し、車が来れる所まで歩くぐらいならできそうだ。 
ちなみに彼女の武装錬金は移動に特化しているが、発動にはまた体力が足らないし、諸事 
情により今は移動できる場所も限られている。歩いた方が早いだろう。 
「……なんだ」 
根来は不審そうに呟いた。 
この声に千歳の頭は、思考から現実への対応に切り替わった。 
「あ。いえ。ちょっと考え事を。ところで、私からも質問していいかしら」 
急な状況の変化に、声は少し潤みのある引きつり方をした。 
と共に、頭の中に芽生えかけた考えは、実を結ぶ前に散ってしまっている。 
「なんだ」 
千歳はナイフをハンカチで手早く包み込みつつ、とっさに話題を切り出した。 
「なぜこの場に留まっているの?」 
とは聞かない。聞くのはもっともっと日常的で、常々思っているコトだ。 
場にはそぐわないが、ちょっとした心の揺れに導き出されたらしい。 
されど無意識下では、気体のごとく無形の思考がくゆっている。 
千歳にはそれが気になっていたが、しかし、考えが泡のように弾けてとりとめがなくなって、は 
て何を考えていたのかと首を捻る現象は、千歳のような入り組んだ思考を持つ人間にはよく 
訪れる。 
解決する方法の一つは、後でリラックスした状態になった時、ゆっくりと記憶を紐解いて 
徐々に徐々に思考の輪郭を思い出していくコトだ。 

それを千歳も承知しているから、とりあえずは思っているコトから整理すべく、口にのぼらせた。 
「防人君といい、あなたといい、どうして男の人は技に名前を付けたがるの?」 
だがいざ聞いてしまうと、千歳はまるで以前から気にしているような表情になった。 
考えてみれば、千歳ならずとも不思議な話だろう。 
真・鶉隠れというが、いってしまえば刀を必死こいて飛ばしまくっているだけではないか。 
重・竹箆仕置きにしろ、単に地中に隠した刀を跳ね上げるだけではないか。 
しかしいちいち大仰な名称を根来はつけている。 
防人も同じく。 
ただのパンチに「直撃! ブラボーナックル!」。 
ただのキックに「流星! ブラボー脚!」。 
そういう調子で、なんと13の技を持っている。 
とまぁここまで考えたとき、千歳の脳裏に電撃的な閃きが走った。 
それを逃がさないよう手早くあたりを見回し、鞄を見つけると駆け寄り、ナイフをハンカチごと 
仕舞いこんだ。 
そして代わりに地図と赤ペンを取り出した。 
例の、動物の死体の場所を描いたものである。 
ただし今度は、地図ではなくその裏にペンを走らせた。 
根来は前髪をうら寂しげに撫でながら、千歳の挙動を見るともなく見ていた。 
すっかり前髪の層が薄くなっている。若いからすぐ生えるだろうが、何とも災難だ。 
広場を涼やかな風が通り、虫の声が涼やかに響く。 
縛られた男は、血の出すぎで意識が朦朧としている。 
顔色はもはや青を通り越し、蝋のように白くなりつつある。 
もうすっかり忘れられているのだ。千歳にも根来にも読者の皆様方にも筆者にも。 
でも彼が挽回できる時も多分ある。限定解除もできたらいいね。 
やがて千歳は作業を終えると、「こうだと思うけど」と根来に地図を差し出した。 
そこには、暗い森の中で書いたと思えぬほど整った字が並んでいた。 
内容は、こうである。 

・防人君の場合。 
○○! ブラボー△△△△! ← 攻撃のスタイル。多くて四文字。 
 ↑基本的に二字熟語。 

・あなたの場合。    ↓漢字二文字。技の特徴を入れる。 
シークレットトレイル □□の型   ○・△△△△ ← 忍者の技術にちなんだ言葉? 
                      ↑漢字一文字。(読みは三文字?) 

「……何の話だ? 貴殿は出し抜けに一体何をいっている?」 
根来は眉を潜めた。本当に何の話なのか。 
地図の裏に書かれた図説は、シュール極まりなく、訳が分からない。 
「ネーミングの法則をまとめてみたの。多分こうだと思うけど……」 
千歳はいつもと同じく無表情で淡々としているが、このおかしな図は彼女なりに真剣に考え 
た結果らしい。 
「相違はない。だが」 
「何か?」 
「貴殿は頭の使いどころを間違っている」 
千歳はきょとんとした。 
どこをどう間違っているのか。それが分からない。 
そもそも先に頭を捻り、技に名づけているのは根来や防人なのだ。 
その筋からいえば、いま千歳に間違いといった根来も、頭の使いどころを間違っている。 
というような思惑が千歳を過ぎったが、しかしそれをいちいち口に上らせたりはしない。 
沈思黙考。間違っていれば、修正すべく考えるのみなのだ。 
(名づける必要がどこかにある筈── 例えばハンマー投げのように、叫ぶコトで威力を上げ 
たり……でもそうだとしたら、さっきの重・竹箆仕置きの発動後に戦士・根来が名前をいった 
コトが説明できない。もしかすると、持ち技を区別する為に名前を付けているの? 技の名前 
と特徴を結びつけて把握しておけば、咄嗟の時に、どの技を出すかで混乱するのを防げる…
とすればそれは戦士・根来や防人君自身の問題で、私が考える必要がないのも納得が──) 
すごく考え込む千歳の前で、根来はまた嘆息した。 
今度は「嘆く」意味での嘆息だ。 
どうやら千歳の思考は職業病じみている部分があり、かつ、深刻な域に達しつつあるらしい。 
根来はなだめるように呟いた。 

「そういうモノなのだ。私も防人戦士長も」 
「何故ならカッコいいから?」 
千歳は防人得意のフレーズをぼんやりと唱えてみるものの、技名にこもったロマンまでは理 
解できない。 
「それにしても、こたえるな」 
根来は鼻をさすると、独り言のように呟いた。 
彼の鼻の良さを先ほど目の当たりにした千歳は、同情するように呟いた。 
「ここは空気が澱んでいるから、あなたにとっては大変かも知れないわね」 
ゴミの山やミイラを見ながら答える千歳に、一瞬、何かいいたげな目線が刺さった。 
根来、独り言ゆえに返答はいらぬといいたいのか、それとも他のコトをいいたいのか。 
それはさておき。 
早く男──鷲尾を手当てしてやれよお前ら。 

とりあえずその後、千歳は根来ともども下山した。 
根来は鷲尾をひょいと抱えて、終始無言で山道を歩き、千歳も同じように無言で歩いた。 
そして道路に出ると、皆神警察署に電話をかけて覆面パトカーを一台手配した。 
ホムンクルスを刺激しない為、また、騒ぎになって千歳たちの素顔を見られぬ為だ。 
やがて来た車に千歳と鷲尾は乗り込み、根来はその場に残った。 
山から尾行対象の家に向かい、しばらく監視するらしい。 
千歳も特に異存は無く、そのまま警察署に行き鷲尾を預け、ナイフの鑑定を依頼した。 

というコトで、捜査一日目が終わった。 
…………
いや──…

夜がすっかり更けた頃、「巣」がある広場に一つの影が来訪した。 
虫たちの声がピタリとやみ、夜の空白めいた静寂があたりを支配する。 
その影は、懐中電灯を片手に何かを探し回っている。 
やがてとある場所で、オレンジの輪がぴたりと立ち止まった。 
衣擦れの音がした。どうやら影はしゃがみこんだようだ。 
光に照らされたものめがけて、手が伸びる。 

シークレットトレイル。 
一見、無敵に思える武装錬金だが、敗北したコトもある。 
千歳が聞き及んでいる限りでは、この夏、根来は中村剛太という少年に敗北を喫したらしい。 
それも正面きって破れたのではなく、シークレットトレイルの特性を衝かれて。 
剛太の編み出した攻略法。 
それは「自分の武装錬金に、根来の血(DNA)を付着させる」コト。 
つまり、他人の武器であろうと、ひいては他人であろうとも、根来のDNAを身に着けていれば 
シークレットトレイルの作り出す亜空間に侵入できる。 
投擲武器につければ、剛太がしたように亜空間に潜む根来を狙い撃つコトも可能だ。 

それと拾い上げられたものとの関連は、影の主にしか分からない。 
やがて懐中電灯の光が消え、影もかき消え、虫たちは再び鳴き始めた。 

森に立ち込める暑気が冷ややかなる風に払われて、ぶきみな気配を醸し出す──…



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