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第17話 【各】かくしゃかくよう



スパイシーモスチーズバーガーというものがある。 

1.パン(下半分)の中心にマスタードを500円玉大に塗りたくり、 
2.そこに肉を乗せチーズをかぶせ10グラムほどのマヨネーズを薄く引き、 
3.「ハラペーニョ」なる青唐辛子を5〜6個まぶしてから、 
4.みじん切りのオニオンをスプーン一杯分盛り付けて、 
5.モス秘伝のミートソースを45グラムかけ、トマトともどもパン(上半分)を乗せる。 

てな手順でできる代物だ。 
パンはバンズという。一個あたりの単価は確か65円だったと思う。 
そして肉はパティという。 
原産地はオーストレイリァーなので狂牛病が心配な方でも安心してお召し上がりになれます。 

一度噛めば、ふんわりしたバンズとしゃきしゃきしたオニオンの相反する感触が咀嚼を促し 
二度噛めば、ハラペーニョとミートソースのほどよい辛さが口の中でとろけんばかりに駆け巡り 
三度噛めば、それまで潜んでいた伏兵的マスタードとマヨネーズが瑞々しきトマトを味付けし、 
たとえ何百何千食おうとも飽き足らぬ絶妙なハーモニーが加味された代物だ。 

坂口照星はコレを皿に乗せてナイフやフォークで食べるのが好きである。 
「だってスリルがあるじゃないですか」 
かつて理由を聞かれた照星は、いたずらっぽく微笑したという。 
余談だが彼の笑みはどことなく田村正和に似ている。もはや老境にさしかかろうというのに 
肌は張りをいまだに保ち、いわゆる「オヤジ」じみた野卑や倣岸が見受けられない。 
流石に紅顔というには血色は薄まっているが、笑うと美少年の輝かしさが覗くところは世の 
中年女性が熱をあげるに十分な理由だろう。 
余談がすぎた。このフレーズ、某燃えよ剣の作者氏は好んで使っているが、自覚あるなら省 
略されては?とか筆者は折に触れ考えているが、しかしこの一文もまた蛇足であろう。 
ともかく、スパイシーモスチーズバーガーを皿に乗せるというのは、危険な作業である。 
なぜならばこの激うまいジャンクフード、バンズに挟まれた「具」の部分からミートソースが非 
常にこぼれやすい代物だ。 
この性質、バーガーの包み紙に入っている時なれば支障はない。 

むしろ食べ終わった後、包みの底にとごったソースとマスタードとオニオンの混合物をずずり 
と吸い上げられるあたり、災い転じて福をなす的プラス要素だ。 
だが皿は良くない。純白ピカピカの皿にスパイシーモスチーズバーガーを乗せてしまうと、と 
たんにオレンジ色の液体が滴り落ちて、食欲を萎えさせる汚れを作る。 
されど照星はそれを恐れない。 
どういうコツがあるのかソース一滴もこぼさず皿に移して、悠然とナイフで切り分けて王宮貴 
族もかくやあらんという優雅さでフォークを刺して口に運んでいく。 
根来が豆腐をしょう油の海に撒き散らすのとは対照的に、照星は皿にスパイシーモスチーズ 
バーガーの痕跡を一切残さず食べるのだ。 
食事中にソースを落とすまいと務める照星は、さしずめジェンガのようなスリルを感じているに 
違いない。 
またある梅雨時、照星は食事が終わると同時に「ホムンクルスの大攻勢が迫る」との急報を 
聞きつけ出撃し、一週間の激闘を終えて皿の前に戻ると、そこにはカビ一つ生えていなかった。 
という逸話もあるが、やや眉唾ものだ。いくらなんでも、細かいパンくずぐらいは残っていて、 
そこからカビは生えるだろう。 

そしてこの日も照星はスパイシーモスチーズバーガーを食べようとした。 
が、喰おうとした矢先に、「ダイダガダイダガダイダガダイダガ ギャバーン!!」 
とか胸元で鳴った。着うただ。電話がかかってきたのだ。出た。相手は千歳だった。 
「え? 工場をお休みするんですか?」 
要件を聞くと照星は困った。 
工場と戦団の間には「根来と千歳を時給2万円で派遣する」てな約定がある。 
で戦団はそのうち1万9千円ほどピンハネしてる。 
千歳に休まれると、1時間にそれだけの損が出る。 
この1時間につき1万9千円の損というのは凄まじく大きい。 
1日8時間労働だとすると15万2千円、1ヶ月22日労働なら、334万4千円にもなる。 
企業は機械やら何やらを導入する時に「意思決定」というのをするが、その用語の一つに 
「機会原価」というのがある。これは要約すると 
「ああいう選択してりゃこれだけ儲けられたのになァ〜〜!」 
というものだ。 
照星が千歳の欠勤を許せば、折角の時給1万円9千円は機会原価と成り果てる。 

戦団にまったく入らなくなってしまう。照星は言葉につまった。任務は大事だ。 
でも色々と入り用な時期だからお金は欲しい。すごく欲しい。誰かの腎臓を売ってでも欲しい。 
(……腎臓?) 
       | 
   \  __  / 
   _ (m) _ピコーン 
      |ミ| 
    /  `´  \ 
     ('A`)     そうだ戦部から摘出しましょう! 
     ノヽノヽ 
       くく  ←照星 

戦部は槍持ってる限り体組織が自動修復する戦士だ。彼を使えば内臓が売り放題! 
奇妙な事だが……
ホムンクルスを食べ、全裸でうろつく「戦部」が、照星の心をまっすぐにしてくれたのだ。 
もう、イジけた目つきはしていない…… 照星の心には、さわやかな風が吹いた……
「はい。分かりました。何かあったらまた連絡を下さいね」 
と照星は物分りよく千歳にいうと、スパイシーモスチーズバーガーを輝く瞳で見つめたが 
「え? 何を出し抜けに。いやまぁ。あなたのいうコトには一理あります。でも片方は根来が 
受けるかどうか分かりませんし、もう一つは、あなたの命が危険に晒され──… ええ、確か 
に状況が状況ならそれもやむなしとは思います。でもあなた、もう少し自分を大切に」 
しばらくなだめすかしを繰り返し、やがて電話を切られると大きくため息を吐いた。 
「まったく。防人といい火渡といい、照星部隊の戦士はどうしてこうも不器用なんでしょうか」 
両肘を机につけて、祈るようなポーズをしながら照星は瞑目した。 
彼ら、特に千歳が不器用になった背景は十分理解しているが、さりとて。 

「もう一つ、戦士・根来に命じてください。非常時には私を斬り捨てても構わないと」 

などと直訴されて「ハイ分かりました」などといえようはずがないない。 
「どうしたものでしょうね。本当に」 
メガネを落ち着きなく直したり、立ち上がって部屋の中をぐるぐる回ったりしてみる。 
千歳の身の安全は大事だ。 

けれどそれに拘泥して、任務が遂行されなければ元も子もない。 
「大戦士長」という立場上、それは当然分かっている。 
けれど7年前の惨劇から目を背けずに、ずっと頑張り続けている千歳を「命令」で傷つける 
ような真似はいかんとも……(戦部は再生するので別に傷つけてもいいらしい) 
照星はしばらく悩むと、意を決して根来に電話を掛けた。 
思惑と理由を告げられた根来は、別に平生と変わらぬ調子で「了解した」とだけ告げた。 

「これで本当にいいんでしょうか?」 

大事な何かを諦めたような憔悴を浮かべ、照星は一人ごちた。 

そして放置されてたスパイシーモスチーズバーガーは、カピカピになっていた。 
だがこれでもレンジでチンすれば以外にイケるし、コーラとも合う。 

場所は千歳の視点に移る。 
ビルの外壁に埋め込まれた大型街頭ビジョンでは、先日逮捕された世界の歌姫の特集とか 
連続爆破事件とか、猟奇的な箱詰め殺人事件とかが流れていた。 
道行く者はことごとく、流される情報に関心を示したのかしばしそこへ立ち止まり、1分もすると 
また各々の目的に向かって移動を再開する。 
観光にきたとおぼしき大学生の一団も中にはいて、「ボクの国に比べたらまだ全然デスが日 
本も最近物騒で怖いデース。人殺しはやっぱりいけまセーン。そうですよね露木サーン」などと 
金髪を七三に分けた留学生が肩をすくめた。露木さんと呼ばれた和風美人もそうだと頷いて 
ハンディカメラを右目に密着させたニット帽の青年がその横を通り過ぎた。 
どこにでもあるお昼の光景。しかし世界は謎や悪意に満ちて色々大変だ。 
上から見れば「X」の文字をしてる交差点を流れる人々は、隣に犯罪者が混じっている可能性 
など考えずにただ歩いている。 
十数時間後の真夜中に、そこをクエクエーっ!と鳴き叫ぶ男が駆け抜けて、警官たちが必死に 
追跡するもついぞ見失ったりしたとかは、この時、道行くものたちは一切予測できないし、千 
歳も根来も知らない。 
警官たち警察の威信に関わるようなヘマをやらかしていたから、事実をひた隠しにした。 
ちなみに忍者は鉄砲に勝ちようがない。だから後日、森の中で血が流れるのもむべなるかな。 
千歳はただ、調査のために歩いていく。 

俺はホムンクルスだ。 
最近よくISOがどうとかいうけど、実はアレって監査の時に 
”品質とか環境とかについて色々学習しましたよ” 
てな資料を提出すれば簡単に取れるんだ。 
で、うちの工場は惰性ばっかで何も考えずに動いてる連中ばっかだから、いつも忙しくて勉 
強する暇がない。 
暇がないから、品質とか環境についての学習記録を捏造している。 
シュールだよね。してもいない勉強についてみんな一生懸命、資料を書いてるんだ。 
俺? ああ、文を書くのは好きだから 
「プロジェクターへの映像の映りが悪く、所々分かりにくい所もありました。なので次回からはプ 
リントの配布にすれば情報もより正確に伝わると思います」 
とか書いてる。こういう嘘を書くのは楽しくて仕方ない。 
閑話休題。資料の捏造には大きな穴があるんだ。 
副部長は全部の資料に、勉強会をした場所を「会議室」と書いている。 
で、うちじゃ会議室を使った記録をつけている。主に俺が、つけている。 
もちろん、してもない会議の記録なんてつけてない。だって面倒くさいから。 
副部長も「資料に合わせて記録をつけろ」と指示する事なんか想定外で、ただ忙しそうにみ 
んなから印鑑借りて資料に押してるだけだ。 
だからね。ここだけの話、監査に来た人が会議室の使用記録と資料を照らし合わせたら、 
嘘が思いっきりばれて、ISOは取れなくなっちゃうんだ。 
どころか、監査なめるな、十傑集をなめるなぁって怒られてバンダイさんに工場長やら副部 
長やらが凄まじく怒られちゃうかもね。 
でも別に俺は悪くない。事実を正しく記録してるだけだから。悪いのは捏造している連中さ。 
まぁ、どこもこんな感じだろうね。ISO取った工場の半分くらいは捏造してるんだろうね。 
ああ、環境といえば工場立地法ってみんな知ってるかい? 
これの準則には、緑を工場の敷地の20%ぐらいに植えないとダメってあるんだ。 
でも惰性で動いてる連中にゃ、コレ知ってそうなの一人もいない。 
だからこの工場の周りは荒地とアスファルトしかなく、要するに法律に反した状態でこの工場 
は建っているんだ。 
ISOの監査の人が見たら、「法律違反じゃないか!」と激怒するだろうね。 
でも俺は誰にも言わない。忠告しない。 

だってこういうのに詳しいってバレたら、色々厄介だから。 
矢面に立たされて毎日残業だらけになってしまう。 
そしたらおもちゃで遊ぶ時間がなくなって、色々なものが崩れてしまう。 
さっきもいったけど、俺はホムンクルスだ。 
でも、こうやって毎日仕事をしてるのは、こうね、内から湧き上がってくる食人衝動を散らす 
為なんだ。 
ただ漠然と毎日を送っていると、ムラムラがどうしても出てきて人を襲いたくなってしまう。 
でもそれを我慢して、耐え続けるような真似を俺はしたくない。 
感情をただ押さえ続けるだけじゃ、いつか破綻をきたし、誰かに退治される。 
だから俺は働くコトにエネルギーを向けて、食人衝動を散らしている。 
こーいうのを他人に話したら、「働けば余計に腹が減るんじゃないか?」とかいうだろう。 
だが逆だ。人間だって仕事に熱中すれば食欲を忘れるだろ? 
だから仕事してるが、世界は毎日毎日大変だ。 
こっちが正しい手順をいかに踏もうと、周りの環境は容赦なく辛いコトを押し付けてくる。 
正直色々辛いさ。他のホムンクルスはもっと自由に生きてるだろうなぁと羨ましくもなるさ。 
だがそういう感情を癒してくれるのが、おもちゃだ。 
だっておもちゃは面白いじゃないか。現実のように腐っちゃいない。 
こっちの想像以上の素晴らしいギミックを持っていて、俺を「おお!」と驚かしてくれる。 
そして楽しい気持ちにさせてくれる。 
だから俺は踏ん張れる。人を無差別に殺さず済んでいる。 
毎日毎日苦労しながら、世界に対してさんざっぱら譲歩している。 
そんな俺、誰がどう見たって頑張っているはずだ。 
きちんとやるべきコトをやって、辛いコトにもしっかり耐えている。偉い。偉いに決まってるよ。 
だから俺がおもちゃで遊ぶのを咎めたり邪魔したりする権利は、どこの誰にもありゃしない。 
……のだけど。 
この清らかなる遊びの時間を、部長はただ惰性の赴くままに搾取しようとしやがった。 
だからああなった。人が命より大事に思っている部分を犯すような奴は、ああなって当然だ。 

…アレ? そういや千歳さんいないけど、どうしたんだ? 
ちょいちょい、副部長。俺のおかげで部長になれる副部長。千歳さんどこに行きました? 
はぁ。体調不良で早退ですか。いてくれたら楽なんですけどねぇ。 



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