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第23話 【叫】さけび



「聞き込みで知っているとは思いますが、今、うちの工場に課長っていないんですよ。前まで 
は逢坂って人がやってたんですが、会社のお金を使い込んでるのがバレましてね。クビに 
なっちゃったんです」 
そういえば、と千歳は捜査初日に聞き込んだ情報を反芻する。 
殺された麻生部長は人材発掘に熱心な人物で、空いた課長の席を埋めるべく張り切ってい 
たらしいが、さて、それが動機とどう結びつくのか。 
千歳が口を開く前に、久世屋はあっさり吐いた。 
「部長は俺を、課長に推薦したんです。だから殺した」 
「…………」 
「詳しい説明がご入り用ならばしますが、お時間は大丈夫ですか?」 
「……ええ」 
小さな拳──ヘルメスドライブの無い方──は堅く握り締められている。 
「その為には、『人はどうして仕事をするのか?』という所からお話する必要があります。千歳 
さんは、『誰かを助ける』ためでしょうね。無表情だけど、非情ではなさそうですし」 
からかうような視線が、千歳の左手に刺さる。 
「で、本題です。人が仕事をするのは、輝かしい抽出物を生み出すためではないでしょうか?」 
芝居っ気たっぷりに居ずまいを正し、問う。 
「愚痴や不満があっても会社に来るのは、お金という抽出物を生み出すためです。ま、何か 
特技のある人なら、仕事そのものを目的にするかも知れませんが」 
誰も気づかなかったが。 
千歳たちの頭上の枝の中、根来は何度目かの頷きをした。 
「特技を使って仕事をこなすっていうのも、つまりは、契約や修理済みの自動車や、整ったエ 
クセル文書を抽出するコトにつながります。そして抽出を目当てにする行動は仕事だけじゃ 
あありません」 
熱情の篭った声が列挙を行う。 
「受験勉強は合格という抽出物のため。異性にヘーコラするのは恋愛という抽出物のため。 
野菜を育てるのも、子どもがお小遣いを溜めるのも、政治家が選挙活動に必死こくのも、 
実とか自転車とか当選とかいった、何かの抽出物を求めてのコトです。料理から革命に至る 
までみんなそう。輝かしい抽出物を求めて、人は苦労をする! そう。色々と頭を使って、ね」 
一息ついて久世屋は右ポケットに手を突っ込んだ。 

「スポーツ選手だろうが研究者だろうが、例外なんていませんよ。千歳さんだって、何かを抽 
出したその時は、すごく喜ぶと思います」 
千歳は無言のままだ。 
「そして! 先ほど俺がいった特技だって、身につけてる人は一種の抽出物です! 『特技 
を持つ自分』という姿を苦労によって抽出してますからね! 特技の元になる知識や技術に 
しても、誰かが苦労して文字や図解に起こした抽出物といえます!」 
複雑怪奇な物事を論理によって噛み砕き、他の人間が扱えるようにしたモノ。 
それが知識と技術だ。 
全体総て合理のカタマリ。惰性の混じり気一切なしの抽出物だ。 
「更にそんな筋道だった抽出物によって更に抽出された物は! 単なる苦労によるものより 
数段素晴らしい! 絵空事に血肉をつけているのならなお。で、その中で俺がもっとも良い 
と思うのがおもちゃです。ありえない空想上の産物を、どうにかこうにか形にしてますので。 
だからおもちゃで遊ぶと、夢……みたいなモノに触れているようで本当に楽しいですよ」 
声音は少年のように落ち着いた。 
「火炎鼓も欲しい。腰に巻いて音角とDAをぶら下げたい。それから俺は、俺は……ヒビキさ 
んごっこがしたい。いつか社会のしがらみから解き放たれ、呆れるほど静かな一軒家でヒビ 
キさんごっこがしたい。その為に、今は会社で働いてお金を貯めているんです」 
恥ずかしそうに石ころを蹴る久世屋は。                                 
「ヒビキさんって、誰……?」                     
千歳の疑問を流した。                          
あまつさえ、手をシュっとかやりやがった。 
「俺はそういう静かな性格だよ。おもちゃは本当に素晴らしいと思うよ。夢がたっぷりつまった 
抽出物だからね」 
いつしか敬語で無くなっているのは、素の部分が現われたせいか。 
「きっと俺と同じような静かな性格の人たちが、自分の夢と子供たちの夢を叶えるために、毎 
日毎日、一生懸命頑張って抽出しているはず。とは思いませんか」 
「ええと」 
「頑張った先にあるのは、買ってくれた人のありがとうっていう言葉だ。だから頑張れる。 
カタチのない抽出物だけれど、作ってる人の心には染み入ってく。お互いにありがとうと 
言葉を交わせる関係だ、いいよね。きっと、小説とか映画を作ってる人らにもあるかもね。 
羨ましいよ。俺に関わる人間はすべて薄ら寒くて、触れれば搾取しかされないから、すごくす 
ごく羨ましいんだ。むかしから、ずっと、ずっとね」 
千歳はテープレコーダーを取り出した。 
「だからおもちゃを買う。輝かしい抽出物を、ちゃんとした手段で手に入れる」 
案の定だった。自白を録音しているテープは片面30分だが、そろそろ無くなろうとしている。 
「すると充足するんだ。家庭なんか持っちゃ味わえない無条件な幸福を味わえる」 
言葉が切れると、千歳はすかさずテープをB面へ翻し、手早く入れ替えた。 
「あ。すみません」 
喋りすぎた自分に気づいたのか、久世屋は軽く頭を下げた。 
「いえ」 
探偵と犯人。いや、ホムンクルスと戦士らしからぬ微妙なやり取りだ。 
「ですがこの世には、抽出物を搾取する奴らがいる! 俺が許せないのはそこで、部長を 
殺した理由でもあるのです!」 
また声が荒くなった。目はらんらんと青年的義憤に燃え盛り、ひどく情熱的だ。 

彼は語る。世の中には、 

               r''=、 
               / ̄`''''"'x、 
          ,-=''"`i, ,x'''''''v'" ̄`x,__,,,_         素晴らしい抽出物が 
      __,,/    i!        i, ̄\ ` 、 
  __x-='"    |   /ヽ      /・l, l,   \ ヽ 
 /(        1  i・ ノ       く、ノ |    i  i, 
 | i,        {,      ニ  ,    .|    |  i, 
 .l,  i,        }   人   ノヽ   |    {   { 
  },  '、       T`'''i,  `ー"  \__,/     .}   | 
  .} , .,'、       },  `ー--ー'''" /       }   i, 
  | ,i_,iJ        `x,    _,,.x="       .|   ,} 
  `"            `ー'"          iiJi_,ノ 


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        ヽ:/:::',::ヾ:::Y:/:ノ:::::::l/     たくさんあると。 
         }:::::::丶::::ノ/:::::::::j 
         l:::::::::::::`'":::::::::::::/       けれどもその利便に目をつけて、 
         ,}:::::::::::::::::::::::::::::i′ 
         ゝ==ニニ==く、       搾取(サク)ろうとする連中が必ず出てくる。 
        /:::::::::::::::::::::::::::::::ヽ`'i 
        l::::::::::::::::::::::::::::::::::::}ノ:l     某局は某所から某動画を全削除させて、 
        |:::::::::::::::::::::::::::::::::ノ:::,! 
        l::::::::::::::::::::,,:ィ:"´:::::::{     放映権を独占しようと目論んでるし、 
        7'―‐ ''"::lーァミ7-‐' 
        /:::::::::::::::::::l {^l l        いい銃は少し借りられる。 
        〈:::::::::::::::::::::l l l ! 
        丶、::::::::::::ノ `-'′ 
          亡',}~´ 

便利で魅力的なモノほど危ないのだ。 
大衆はみな恩恵にあやかろうと殺到し、骨の髄まで使い尽くして打ち捨てる。 
憤懣やるせないという体で、久世屋はため息をついた。 
「それでも、対価を支払っているうちはまだいい方! 対価はイコール金すなわち抽出物!  
苦労の末に生み出したものだからまだいい! けれどひどい惰性まみれのアホは! 苦労 
もせずに抽出物を掴み取ろうとする! 時には腕力を振りかざし、時には倫理だの道義だの、 
薄っぺらな奇麗事を口に上らせて、自分の都合のいいように搾取(サク)ろうとする!」 
わなわなと頬を震わせ、久世屋は叫ぶ。 
「最たる例が部長ですよ! 課長に推薦してきましたがね、俺は出世なんてしたくないんです! 
優秀だと思われたくも、ないッ!」 
いまだ人間の風貌を留めているが、それだけに秘めたる感情の黒さが見え隠れする。 

「俺はホムンクルスだ。けれど抽出物をちゃんとした手段で得たくて人間社会で暮らしている。 
その為に人喰いを極力我慢して、仕事に必要な技術だってキチンと磨いた! けれども 
人間は惰性まみれがほとんど。どーして就職するコトを小学生の頃から知っておきながら、 
適性を把握せず、技術も磨かないのか」 
親も親だろう。英語やら習字やらの小手先の技術を無目的に習得させるより、繰り返し繰り 
返し現実のキビシサを教え込み、飯獲得用の努力の下地を形成させるべきだ。 
そもそも野生動物はみなそうではないか。人間の親とて仕事において苦労のし通し。 
ならば。 
子に苦労が待ち受けてるというのは、本能においても理性においても連綿と刻み込まれ 
た周知の事実ではないのか? 
にもかかわらずろくに対処も考えぬまま、子ども可愛い子ども可愛いという惰性でのみ育児 
をやらかすから連中はアホだ! 
と久世屋は言う。 
「だから職場に苦労が満ちている。ひとたび『優秀』だと思われれば、途端に厄介ごとが流れ 
込むようになっている!」 
「でも、他の人にあなたの知識や技術を教えれば、少しは苦労も和らいだ筈よ」 
千歳の指摘には、かすかな信頼が含まれているのだが、久世屋は大きくかぶりを振った。 
「溺れている人間が助けられる時、救助の技術体系をつぶさに観察できますか? 覚えられ 
ますか? できないでしょう。それと同じです。苦労の中であっぷあっぷしている状態だから、 
学ぶ体勢ができていない。まして一つの目的の元で知識や技術を行使するなど夢のまた夢。 
そーいう状態では、苦労知らずの状態へ成長するなんて不可能です」 
少し、かつての根来の言と通じるものがある。 
その根来だが、所在については。  つサブリミナル参照。
「んな連中から見れば優秀な上司なんて、苦労を和らげる抽出物にすぎません。救援を求め 
て時間も輝きも吸い尽くし、打ち捨てる。目に見えているコト」 
出世したくない理由はそれだ、久世屋は声を振り絞って叫ぶ。 
「吸い尽くされた俺は苦労のし損です。忙殺された挙句、おもちゃで遊べなくなる! 苦労を 
重ねた末に、抽出物一つ得られないなんてのは、会社で働いてお金が貰えないよーな状態! 
そういうのに陥りたくないから、能力を見せなかった」 

ただし相当忙しい時は残業を避けるべく、全力で仕事をしたという。 
「けどそれが部長の目についた。キミは底力があるから課長にならないかと! 正確には主 
任を経てですが、どの道、だいたい200時間ぐらいの研修を受けなきゃならなくなる。俺がお 
もちゃで遊ぶ時間が搾取(サク)られるのは明白。しかも終えた後はもっともっと搾取(サク)られる」 
だから──…

「俺は断った」                                        
                                                 
しっかりと自身の適性を述べ、辞退した。.                         忍 
                                                 
「二度も三度も断った」                                     
                                                  
仕事中に呼び出された時も。                                
家で遊んでいる時にかかってきた電話口でも。                      
言葉を尽くして丁重に。                                    
                                                 
「だが奴は会社や同僚のためとかいって受けなかった!」               
                                                   
若いうちの苦労は買ってでもしろと言った。                       
だが彼の言う苦労は惰性への耐久だ。.                         
進歩や抽出を目指す建設的努力ではない。.                       
散らかされたゴミを片付けるような薄暗い行為の連続だ。               
それを強いて、大事な時間を搾取(サク)ろうとしていた。.               
.                                                  
「だから殺した!!」                                        
                                                 
会社に乗り込んだのは、部長は残業が多いせい。.                     
わざわざ家に帰る時間を待つのは、面倒だった。.                   
                                                 
「ホムンクルスの俺としちゃ、充分穏便な対応でしょう!」.                  
穏便、と口に上らせつつも表情は凶悪だ。               .             
目を血走らせて、唇を果てしない怒りにわななかせ、頬は限りなく歪んでいる。  
「話し合いに応じてやって、意見もしっかり述べて、受け入れなかったから始末した! 食事 
目当てで学校を襲うような連中に比べれば、はるかに穏便!!」 

声を聞きながら、根来は暖かい粘膜の中でほっと一息ついた。 
で、構えた。シークレットトレイルをいつでも外に出せるよう。 
「俺がおもちゃに触れていなければ人喰いの衝動に支配され、他のホムンクルスと同じく多く 
の人間を犠牲にするんです。それを防げるなら、部長の一人や二人、別にいいでしょう? 
あなたたちだって、多くの人命を救えるなら一人や二人別にいいって時もあるでしょう?」 
つい先日まで千歳が所属していた再殺部隊は、まさにそんな方針。 
千歳が羨む根来とて、遂行のためなら犠牲を厭わぬ男だ。 
久世屋を否定できるいわれはないだろう。 
ただ、久世屋を見逃せば、いつかまた同じコトが繰り返される。だから阻止する。 
千歳が戦う理由へ介在させて良い感情はそれだけだろう。 

「大事なのは、抽出への希求です。何を排しても見たいと欲するコト。それが薄ければ何を 
しようと持ちえようと、惰性まみれの世界に呑まれ、機を失う! だから俺はあなた方と戦い 
ます。やらかしたコトに対するアフターケアをなさないと、俺はおもちゃで遊べませんからね。 
恨みはありませんが、行きます」 
千歳は無言で半歩退いた。 
瞳に灯った涼やかな光を戦う意思と了承したのか、久世屋は右ポケットから手を抜いた。 
「ぶっつけ本番ですが、要は、『変身!』とかやる調子でOKでしょう!」 
千歳にありありとつきつけられたのは、六角形の金属片。すなわち。                         

核 鉄 ! 

闘争本能を武器へと具現化する結晶! 
しかしどこから入手したのか。それに 核鉄を発動できるのは人間型ホムンクルスのみ。 
チスイコウモリ型の久世屋に発動はできない筈。 
疑問点が錯綜した分、千歳の動きは遅れた。 
「武 装 ──」 
すでに掛け声という名の予備動作は半ば! 
だが。 
「発動させると思うか?」 
根来の声が突如割り入り、千歳は稲光に灼かれる視界の中で、確かに見た。 
細腕につかまれた忍者刀が、久世屋の胸めがけて飛び出すのを! 
その出現元がどこか千歳が把握する頃には、奇襲は既に結果を出していた。 



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