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第24話 【道】しのびどう -DEBAGAME-



出歯亀の語源は、明治後期に実在した覗きの常習犯に由来する。 
通称を「亀」というその男の歯が出ていたから、転じて覗きをする者を出歯亀と呼ぶように 
なったという。 

覗きというのは、秘匿された部分がハラリとさらされる瞬間を盗み見る行為である。 
いわば、待ちの行為。だが、根来の能力によれば、より深く秘匿されたあらわもなき部分に 
易々と踏み込み、好きなだけ眺めるコトが可能! 

千歳が久世屋を尋問している頃、彼は能力によって、千歳の体内へと潜入した。 
実際にそれらは、亜空間と呼ばれる位相のズレた空間だから、現物に潜り込んだとはいえ 
ないが、しかし亜空間の周りには湖底から仰ぎ見る水面のごとく、ゆらゆらと光の網を張る 
膜があり、そこから現物の様子を眺めるコトができる。 
さて、ここまで描けばお分かりになるだろう。 
根来は千歳の体内において、じつと息を潜めつつ、臓器や内膜を眺めていたのだ。 
これほど恐るべき出歯亀はいないだろう。 
外見からは伺い知るコトのできないサーモンピンクの粘膜がのたうつ様を、まったく知覚さ 
れるコトなく至近距離から好きなだけ眺められるのだ。 
女性にとり『浸入』というワードは恐るべきモノだから、根来は正しく女性の天敵だ。だから。 

「戦士・根来っ!?」 

千歳の声がいったん跳ね上がり、後は消え入りそうになったのも無理もない。 

「いつの間に、私の……中へ…………潜んだの……?」 
「無論、貴殿の気づかぬうちに」 

やけにスッキリした声で、出歯亀は答えた。 

さて。彼らが現空間においていかな態勢で交わっているかというと。 

申し訳程度に幾何学模様を施した無反りの忍者刀が、千歳の胸から伸びている。 
と見えたのは千歳の目線からであり、厳密には忍者刀を掴んだ細い腕が肘の部分からにょっ 
きり生えているというのが正しい。先ほど──

「発動させると思うか?」 

と根来の声が掛かった直後こそ、久世屋めがけて猛然と伸びすさった腕ではあるが、今は千 
歳の胸の真ん中から虚空に向かってむなしく突き出されているのみ。 
ならば果たしてターゲットはどこへ行ったのか? 

疑問は頭上からの声が解消した。 
「やはりいらっしゃいましたね根来さん。音の具合からまさかと思っていましたが」 
なぜか根来の腕を凝視したまま動かなかった千歳は、声に一拍遅れる形で慌てて頭上を見た。 
距離にすれば約4メートルほど上にいたのは、もちろん久世屋。 
奇襲を受けたというのに顔色はさほど変わっていない。容貌も人間のまま。 
うっそうと空にフタをする枝葉めがけて足を伸ばし、頭を地上に向けている。 
すなわち、コウモリが取るごくごく一般的な逆さ吊りの姿勢。 
声がした瞬間に上空へと飛びすさり難を逃れたのだろう。 
月のない闇夜、それも森の中ゆえ彼の足元は見えないが、足に何らかの変化が生じ、枝を 
捉えているのは想像に難くない。 
そして面妖なコトに、彼の髪も服も地上へ向かって垂れてはいない。 
地上に立った姿を180度反転した姿で、重力というのをまるで無視している。 
「しかし人が悪い。発動途中で攻撃というのはショッカーでもしないコトですよ。全く。おかげで 
俺の輝かしい武装錬金初発動の瞬間を、お見せするコトができなかった」 
ため息交じりに語る久世屋の声に引きずり出されるように、根来の腕は外部めがけて動き始めた。 
千歳にとってははなはだ迷惑な話だろう。 
肩口。特徴的な髪。マフラーをひっかけた胴体。 
それらが体内よりズブズブと現出していく異物感はそぞろに戦慄を禁じえない。 
押し広げられた皮膚から、湿った生暖かい質量を引き抜かれる感覚がある。 
反面、その奥側、肺腑や心臓の辺りには何の質感もないというのが不気味である。 
汗が染み出るような感触といおうか。 
気づいた時には皮膚にあり、自身の意思では止めようがない。 
さて、根来操る忍者刀の武装錬金、シークレットトレイルの特性は 

1.斬りつけたものに亜空間への入り口を構成し 
2.亜空間内では現空間において接触している物の間ならば行き来可能 

であるから、久世屋尾行の最中に木の幹や枝や根を伝い、千歳の体内より奇襲の機会を 
伺っていた──
と察しをつけれぬ千歳ではないし、この夏に起こった一連の再殺部隊の活動において 
根来が戦部という戦士の体内に潜んで奇襲を掛けたというのももとより周知の事実ではある。
だが。
根来はふくよかな胸より稲妻と共に現われ出でて、無遠慮に跳躍した瞬間。
千歳はというと意味もなく胸元をかき抱き、呆然と事の成り行きを見守る他なかった。
上空へ鋭く斬りかかった根来が、鈍い残響音と共に静止するのを。
「……阻止失敗」
憮然と呟く彼は重力に干渉され、緩やかに落ちつつある。 
そんな些細な事象に優越感を覚えたのか、 
「ええ。発動の瞬間をお見せできなかっただけですからね」 
余裕たっぷりの久世屋。 
胸の前に持っているのは、斬撃を見事受け止めた物である。 
色はルビーレッドで、血を思わせる。 
大きさと基本的な形状は、500mlの缶コーラに似ている。 
ただし単なる円筒形ではなく、ほぼ下半分はもう1枚円筒を巻いたように盛り上がっており、 
その部分の側面には半円状の板がついている。 
半円状の板と、盛り上がっていない部分(つまり上半分)の中心には穴が一つずつ開いてい 
るが、何の用途があるのか。 
根来が着地まで観察した事柄は以上だ。 
「よもや動物型が武装錬金を発動しようとはな」 
千歳も傍らで頷く。 
武装錬金という闘争本能を具現化した武器は、人間もしくは人間型ホムンクルスが形成でき 
るというのが常識だ。 
武器を使うという概念を有するか否か。それが分かれ目。 
そして動物にはおおよそ、武器を用いるという概念はない。 
「おもちゃというのは、大体が武器の形をしてます。きっとそれで遊んでいるうちに武器を扱う 
概念が、俺の中に芽生えたんでしょうね。人間的なようですが、これはなかなか動物的な発 
展ではないでしょうか。ネコがネズミの捕まえ方を覚えるように、遊びの中から生存に必要 
な術を、俺は見つけていた」 
やけに透る声で説明するのは久世屋。 
「そしてこの武器の正体は…… ま、実際に体感した方が早いでしょう」 
赤い筒は、千歳めがけて無造作に投げられた。 
と見るや、根来は彼女の前に立ちはだかり、逆手に持ち替えた忍者刀を斬り上げる。 
電光一閃。 
両断された筒がそれぞれあらぬ方向に飛んで行き──…爆発した。 
音は大きいが、規模は小さい。爆竹を打ち鳴らしたかのごとく。
黄色い光を2、3度撒き散らすとそれきり音沙汰はない。
煙も、辺りに火薬の匂いを立ち込めさせるだけの薄いモノ。 
果たして何の武装錬金なのか。 

通常、武装錬金は既存の武器や兵器になぞらえられた形状を取る。 
千歳ならレーダー、根来なら忍者刀というように。 
ならば久世屋の武装錬金のモチーフは何なのか。 
すっかり平常心に戻った千歳はそれを考え、根来は筒が爆発した辺りを手早く見回し、一人 
納得を浮かべた。 

「ありがとう。助かったわ」 
「録音は終了したな」 
千歳の礼など無視して、根来は小声で呟いた。視線を上空の久世屋に置いたまま。 
「ええ」 
千歳の掌中にあるテープレコーダーを戦団に提出すれば、今回の事件のほとんどにケリが 
つき、残すは犯人たる久世屋の殺害のみとなる。千歳は無論力添えするつもりだから、 
「大戦士長に届け次第すぐこちらに──…」 
と答える。が、返答はナイフのように冷たく突き刺さる。 
「戻ってくるな」 
「え?」 
「足手まといを憂うのならば、最初(ハナ)から戦場に立たねばいい」 
まったくの正論だろう。 
それを人の感情など一切斟酌せず述べるのが根来という男で、千歳が憧憬にも似た信頼を 
寄せている部分でもある。 
だから千歳は無言のままペンを手に取り、ヘルメスドライブの画面へ当てる。 
一抱えもある六角形の筺体から全身へとダークブルーの光が広がり、千歳の色彩をひどく 
薄めていき、やがて彼女の姿をこの場から消し去った。 
ヘルメスドライブのあった部分に、ほぼ等積の丸い波紋をかすかに残し。 
残された久世屋は根来に向かって、大仰に肩をすくめてみせた。 
「おや、あなたも非情じゃないようで。例え足手まといでも楯や囮にすれば良かったのに。そ 
したら労せずして勝て」 
「どうでもいいコトだ」 
言葉を遮るように、根来はシークレットトレイルを地面に突き立てる。 
「私は一人で」 
数条の稲妻がのたうつ中、無反りの刀身はずぶずぶと土中に沈む。 
「十分戦える」 
根来も刀と共に沈んでいき、やがて完全に姿を消した。 



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