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第26話 【来】ねごろにんぽうちょう



運動会の200リレーのトラック。 
森にぽっかりあいた広場の外周や形はおおよそそんな感じだ。 
その一角に、青い卍が浮かんでいる。 
「忍法・火まんじ」なる幻妖の炎であり、地面すれすれから根来たちを青白く照らしている。 
しかしこの炎、元をただせば根来の血液より発したものであるから、可燃性に物理的な裏づけ 
などはまったくない。ややもすると何らかの幻覚作用の疑いすらあるが、しかし見よ! 
確かにスラックスの生地を炭と化し、久世屋の大腿部からもねっとりとした白煙をあげる「忍 
法・火まんじ」を! 
何という怪異! 端倪すべからざる魔人のわざである。 
ただしここは山肌からつらなる森。 
「忍法・火まんじ」の炎が実体であるのならば、木々に移り山火事を起こる恐れもあるが──。 
幸い炎はいちばん手近な木からすらも5mほど離れており、万が一にも久世屋が立ち上が 
れたとしても、地面にとりこぼされた「忍法・火まんじ」の青いきらめきは枯れ葉を焦がす程 
度に留まるだろう。 
つらつら案ずるに、根来は以上のような思惑のもとに「忍法・火まんじ」を用いたのが伺える。 

「ところで根来さん。俺とあなたは結構似ていると思うんですよ」 
青く輝く炎に足を焼かれながらも、久世屋は唇の端をにんまりと歪めた。 
「抽出への希求が非常に強いところがね。会社でのお仕事振りや先ほどの忍法の数々、抽 
出を強く欲していなければとてもとても身につかないモノでしょう。俺の持論は既に聞かれてるの 
で割愛しますが、修行や鍛錬なんていう苦しい作業をくぐりぬけ、技術を得た自分という物を 
抽出するのは、希求あればこそ」 
何がおかしいのか。 
片足を切断されて、残る両手片足を拘束され、身を焼く炎も徐々に体へ上りつつある危機的 
状況でこぼす笑みなど、気が触れた証でしかないだろう。 
「ご心配には及ばず。俺は至って平静ですよ。俺と根来さんの明確な違いが分かるぐらい」 
根来は無言で刀の切っ先を、久世屋の右眼へ突きつける。 
核鉄を渡した第三者の詳細を吐かぬのなら、刺す。 
突き刺すような気配が、静かな夜へ主張している。 
「そこですよ。根来さんのそういう所が、俺と違う」 
文字通りすぐ目前光る切っ先に怯むコトなく、久世屋は喋る。 
「『第三者』などというあやふやな存在が事件に浮かべば、真剣に調べようとする。与えられ 
た任務を完璧に遂行するためにね」 
たゆとう炎の青が金の刃へ反射して、幻燈じみた光と影を作り出す。 
根来の目線は身動き取れない久世屋の全身をしっかと舐めまわし、不審な動きあらば即時 
処断に映れるよう、備えている。 
その緊張感と炎と、風のない夏の温度があいまって、むせ返るような熱気が立ち込めていく。 
「誰も信じないでしょうが、あなたの組織への帰属意識はきっと人一倍。任務を完璧にこな 
そうとしているのが証拠です。組織の意思を何より尊重し、誰よりも組織に利益をなそうとし 
ているますから。ただ抽出への希求が強いだけなら利己主義ですが、希求に人の都合をフ 
ィードバックできるなら……組織人。それもとびきり充分優秀な」 
もっとも俺は優秀とみなされたくないので前者で充分です。と久世屋は笑い 
「そして後者たるあなたは、組織への斟酌ゆえに勝機を逃した」 
何の予兆もなく、爆発が巻き起こる。 
箇所は、忍法・月水面にて拘束されている久世屋の両手首と左足首。 
そして忍法・火まんじが燃え盛る右もも。 
爆発に怯むコトなく突きを繰り出した根来の、揺ぎなき職務精神は賞賛に値するが、しかし 
突きは。 

.・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ .・ 
木に刺さっていた! 

久世屋がいたのは木から5メートル離れた場所だったにも関わらず、だ。 
そして木は爆発した。 
威力は軽微。根来は身じろぎ一つせず視線を別の場所に向けた。 
前述の通り、広場の広さと形状はリレーのトラックほどである。 
そしていま根来が見ているのは、トラックの直線とカーブの境目あたりだ。 

木木木木木木木木木木木木木木木
木木木木木木木木木木木木木木木
木木木木 , ─── 、木木木木木      ○ 根来
木木木 ィ        ヽ木木木木        △ 久世屋
木木木(  木○       )木木木
木木木 ヽ        ィ木木木木
木木木  △ ─── ´木木木木
木木木木木木木木木木木木木木木   

「一個人としての能力は、根来さんの方がはるかに上でしょう。ただしあなたは組織人なので 
しがらみに縛られてしまう。さっきのようなつまらない尋問をせざるを得なくなる」 
響いた声には相変わらず敵意がない。 
かくれんぼで最後まで見つからなかった子どもが、隠れ場所を説明するような調子だ。 
「俺は思ったんです。 

ああ、反論すれば必ず筋道だった意見で追い詰めてくるな。 

って。事実あなたは途中までそうでしたので、時間稼ぎができました。一言一句と同時進行で 
俺は一手一手を積み上げて」 
久世屋がいる。 
両足で地面を踏みしめ、そこにいる。 
右足を切断されたにもかかわらず、だ。 
履いているスラックスが原型を留めている所を見ると、どうやら接合したようだ。 
だが切り飛ばされた足は、いま根来のいるあたりに落ちたはず。 
そこからいかにして彼は足を取り戻したのか。 
付記すると、彼の足元にはぼっかりとした穴が開いていた。 
周りはやや盛り上がっていて、さながら切り株を引っこいたような様子。 
土の乾き具合からみてほんの今しがた開いたようだが、はて──いかにして? 
抱くべき疑問と 
「配置は完了しました」 
謎めいた一言などには聞く耳持たず、根来は一足飛びに斬り込んだ。 
が。 

久世屋は消え、代わりに木が出現。斜めに斬りつけられ、爆ぜた。 
火花は根来の髪から胸元までに注いだが、彼はまばたき一つ取らない。 
マフラーについた火花を鬱陶しそうな手つきで一払いすると、踵を軸に180度降り返る。 
鍛え抜かれた夜目が6メートル先の真正面に捉えたのは、散乱する扇や番傘。 
元いた場所である。 
そこから一直線に駆けた後に体をひるがえし、そこをなお真正面に捉えられるというコトは。 
根来自身に起こった動きが、「彼が実際にした物」だけだと指し示している。 
すなわち。 
斬撃を繰り出した根来が何らかの能力により、立ち位置を変更された訳ではない。 
位置を変じたのは久世屋だ。 
「簡単には終わりませんよ。これから俺の武装錬金が真価を如何なく発揮しますので」 
彼は根来の左。おおよそ6mほど離れたところにいる。足元にはまた穴がある。 
広場をリレーのトラックになぞらえるなら、カーブの一番盛り上がった所だ。 

木木木木木木木木木木木木木木木
木木木木木木木木木木木木木木木
木木木木 , ─── 、木木木木木      ○ 根来
木木木 ィ        ヽ木木木木      △ 久世屋
木木△(   木      )木木木
木木木 ヽ ○       ィ木木木木
木木木木木 ─── ´木木木木
木木木木木木木木木木木木木木木 

「暗剣殺の類か」 
ボソリ呟く声が、耳ざとく捉えられた。 
「暗剣殺? グルンガストのですか?」 
「いや、第4次から第4次Sへの変更の際、命中率が−14%から+20%に補正された暗剣 
殺ではない」 
「……あなたなんでそんなコト知ってるんですか?」 
久世屋は茫然として相手を見まもった。根来は角ばったあごをなでていた。 
「殺気を感知するという意味の暗剣殺。これは尋常の武芸試合ならばともかく、忍者の場合 
には大変な能力だな」 
ぬけぬけと引用した。(※ 一部、忍びの卍の序盤をパロっております) 
元を正せば暗剣殺、忍びの卍で根来忍者が使っている忍法だ。 
殺気を感知するなりパっと逃げるのがその性質。 
「また忍法ですか」 
理解と呆れの入り混じった生ぬるい笑みが根来に向く。 
これを実際に見たくば、着メロを覚醒にして、職場で「何の曲」と聞かれたら「仮面ライダー剣」 
と答えれば良い。そして職場の人間関係を一切断ちたくば、着うたを「恋のミクル伝説」にす 
れば良い。素直に好きといえないキミも、勇気を出してヘイアタック。 
ところでグルンガストが用いる暗剣殺の方だが、正式名称は、計都羅喉剣・暗剣殺という。 
(「喉」は「目候」を一字にしたものであるが、JISの都合上「喉」で代用する) 
第4次スーパーロボット大戦が出典の、蝶・強力な技だ。 
筆者はかつて最終面にてシュウ=シラカワに喧嘩を売ったのだが、その時大活躍したのが 
計都羅喉剣・暗剣殺である。 
なお最終面において、筆者が魔装機神の連中を囮にネオグランゾンの1個小隊を分散させ 
たおかげでマサキ以下数名が死に追いやられたり、ゴッドボイスの使いすぎでライディーンが 
出撃できなかったのはあまりに有名な話である。 
余談がすぎた。 
根来は無表情にかすかな緊張を浮かべた。 
「私ならばいざ知らず、貴様が暗剣殺を用いようとは」 
久世屋は困ったように頭をかいた。 
「根来さん、まさか本気でいってるんじゃないんでしょうね?」 
「違うのか」 
「違いますって。いやホント。忍法とかいい加減にして下さい」 
さっき番傘を興味深げに眺めていたクセに何をいうか。 
「普通に考えたら俺の武装錬金の特性でしょう?」 
「ならば大方──…」 
根来は木や久世屋の足元を観察して頷いた。 
「『百雷銃を仕掛けた物体と貴様自身を入れ替える』といった所か」 
「切り替え早いのもどーかと。でも気づかれましたか」 
「考えるまでもない。攻撃に合わせてかき消えた貴様と、その場所に現われた木。そして今の 
貴様の足元にある不自然な穴を総合すれば……答えは自ずと導き出される。足元の穴は、 
身代わりになるべく移動した木の痕だ。違うか?」 
ようやく出てきた推理らしい推理に久世屋は拍手した。 
「正解です。他にも戦闘へ支障ない程度にお答えしましょう。何せ俺がこの使い方を思いつ 
いたのは、あなたの言葉のおかげ。答える義務は充分あります。思い出してください。あなた 
は俺の、ひゃく……ひゃくなんとかいう武器をどう解説されました?」 
根来はいったん、「百雷銃(ひゃくらいづつ)だ。”百”の”雷”に火縄銃の”銃”」だと訂正し。 
久世屋は「それはおかしい。”銃”とついてるなら読みは”じゅう”では? ”づつ”と読ませたい 
なら”筒”にすればいいのに。だいたい、実際に使ってるのも筒ですよ? なのになんで改名 
しないんですか。惰性まみれじゃないですか」と反論し。 
根来は「一部では筒とも表記するが、それは本題ではない」と会話を打ち切った。 
で、本題。百雷銃の解説について。 

「忍具の一種で、主に爆竹が用いられている。逃げ道の反対側に仕掛け、逃走の際に着火 
し派手な音をあげて敵を殺到させる。すると本来の逃げ道への警護が手薄となり、安全に 
逃走をはかれる。ただし。いま貴様が用いてる形状は本来のモノではない」 

一言一句間違えずに根来はそらんじ、最後の段ですぅっと目を細めた。 
「私の指摘で使い方を変えたか」 
「ええ。仕掛けました。元々は逃走を助けるための武器なので、こういう使い方もアリでしょう。 
俺の精神にも合ってますしね。厄介ごとをのらりくらりとかわし、時に爆発をおこして変形もで 
きて、何よりおもちゃっぽい」 
武装錬金は使い手の精神を具現化するというが、これほど精密に体現するのは稀だろう。 
「ちなみにこの形態で仕掛けてあります」 
久世屋は右手からひょいと武装を発現した。 
それは、ワインレッドの縄とルビーレッドの筒が合体したものだ。 
地面に端がつく位の縄には、一定間隔ごとに10個の筒をゆわえつけている。 
筒は例の、コウモリに変形する物だ。 
縄はその側面にある半円状の板の穴をくぐり抜け、結び目を作り、振りかざしによる筒の 
ズレを防いでいる。(図にすると↓のような感じ) 



「確かにそれだ。百雷銃(ひゃくらいづつ)の本来の姿はな」 
根来の声が喜色を帯びたのは、彼自身の趣味や立場から推して知るべし。 
「木とかに仕掛ける時は、縄でくくりつけてあります。ただしかさばるので、一ヶ所につき筒一 
個ですけどね。で、俺がこうやって説明しているのは」 
「破られない自信があるのだろう」 
「冷たい言い方ですねぇ。合ってますけどそれは半分だけですよ。残り半分は、使い方を教 
えてくれたあなたへの義理だというのに」 
大仰に顔をしかめてふるふると首を横に振る。 
「ま、手の内の総てを明かしてないから仕方ないですが。拘束中にどうやって仕掛けたとか 
足はどうやって取り戻したとか、入れ替わりの合図はどんなのとか。ああそうそう。拘束から 
の脱出方法とか、色々伏せてますし」 
賢そうに人差し指を立てつつ、無邪気に笑う。 
「以上説明終わり。戦いを再開しましょう」



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