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第28話 【楯】まもるひと



その頃、錬金戦団日本支部の大戦士長室で、坂口照星はじっと瞑目していた。

先ほど戻ってきた千歳はテープレコーダーの提出がてら、久世屋が核鉄を所持しているコト
と根来に戻らぬよう指示されたコトを報告した。
「なるほど。分かりました。ところで戦士・千歳」
「はい」
「今回の任務は、私がキミと戦士・根来に任せたモノです。彼がどういう指示を下したとして
も、キミには任務を全うする責務があります。だから」
慈悲あふれる神父のような笑みを浮かべて、照星は命令を下した。
「大至急、戦士・根来の元に戻り、彼の手助けをしてあげて下さい。ひょっとしたらもう敵を
倒しているかも知れませんが、戦いに疲れた彼をここへ送るのはあなたにしかできないでし
ょう? けどもし彼が苦戦しているようなら、無茶にならない程度の協力をお願いします」
「……ありがとうございます」
千歳は頷いた。事務的な言葉に、しっとりとした謝意を乗せながら。
そして、ヘルメスドライブで舞い戻った。

「願わくば、二人が無事に任務を完遂できるよう──…」
机の前で拳を組んで、照星は祈るように呟いた。
懸念がある。勝利のために、千歳が犠牲にならないかという。
それは根来・千歳両名の姿勢(スタンス)からはありえるコト。
されど大戦士長というのは様々な局面を思い描いて、対処を考えるコトが多い。
根来が苦境に立たされている場面も想像できる。
その場合、千歳を差し向けねば根来は倒されるだろう。
部下は全てお気に入りと広言してはばからぬ照星としては、根来の命も千歳と同じぐらい大
事な物。
というワケで千歳をワープさせたが、それによる彼女の犠牲の可能性が出てきて。
照星はちょっとしたループ気分だ。

何にせよ、上記の照星のはからいにより根来は窮地を救われた形となる。

「大戦士長の命とあらば、仕方ないな」
彼の頬に、フっと笑みが浮かんだ。
「ええ」
千歳は相変わらずの無表情。愛想もへったくれもないが、妙に貴人めいた美貌を醸し出し
ているから女性というのは不思議である。
下火になりつつある炎が、森に幻想的な影を作っている。
ゆらめく光がキューピー人形みたいな影を根来や千歳の後ろで躍らせたが、多分何かの
見間違いだろう。
そして根来は手短に、久世屋の武装錬金の特性と、彼に核鉄を渡したであろう『第三者』の
存在を一通り説明した。
途中「筒を使うのに百雷銃?」という疑問に、「貴殿もそれをいうか」という嘆息が返ったり
したが、それを除けばスムーズに情報の伝達は終わった。
この中での要点は、根来の血祀殺法により証明された

「自動で入れ替わった後、わずかな硬直時間が生じる」

以上の事実である。常人ならば、これを久世屋攻略の鍵とするだろう。
あくまで、常人ならば。

(2対1か。正直、千歳さんがいなくなった時はすごくホっとしたんだけどなぁ……)
久世屋はブンブンと首を振った。捻った所がズキィ!となって力なくうなだれた。
(あたた。まぁ落ち着くんだ俺。根来さんは結構追い込んでる。千歳さんはどこから出てくる
か分からないけど、あの武器じゃ)
千歳の右手に着装されているのは、ヘルメスドライブという六角形の楯だ。
本来はレーダーの武装錬金だが、楯の部分は非常に硬質。打撃武器としても使用可能。
(ダイヤモンド並みに固かったとしても、千歳さんの腕力じゃ俺を倒せない筈。見た目にそぐ
わぬ怪力とか突拍子もない特技を持ってたりしたら話は別だけど)
基本的に久世屋は、シークレットトレイルの動きにさえ気をつけていればいいだろう。

なお、現在の彼らの場所と、入れ替わりによる避難位置を図に起こすと以下のようになる。

01 最初の避難先 (根来は肝臓を振り払うまで、この近くにいた)
02 次の避難先 
03 天扇弓からの避難先 (チェーンマインを投げた場所。木がないので根来に届いた)
04 不意打ちのシークレットトレイルからの避難先
☆ 真・鶉隠れにより爆破された百雷銃の場所
05〜07 鶉隠れにからの避難先 
△ 火まんじの誘爆からの避難先で、久世屋の現在地。番号は08

 ↑かなり進むと砂利道
Color="black"> 05木木木06木木木07木木木木木木
木木木木木木木木木木木木木木木      △ 久世屋 
木木☆木木木☆木木木△木木木木      ○ 根来 
木木木木木木木木木木木木木木木      □ 千歳
04木木 03, ─── 、木木木木木       │
木木木 ィ        ヽ木木木木.        └→(おでんではない)
木木02(   木      )○□木
木木木 ヽ         ィ木木木木
木木木木01 ─── ´木木木木
木木木木木木木木木木木木木木◎      ◎ ?????前


「戦士・千歳」
シークレットトレイルを亜空間に埋没させながら、根来は呟いた。歯切れはやや、悪い。
「助力を乞う」
千歳の顔に少なからぬ驚きが浮かんだのも無理はない。
小難しい言葉を使ってはいるが、要約すると「手助けを頼む」と言われている。
微妙な思惑を察したのか、根来は説明する。
「状況が状況だ」
相手は二人。
一人はいま目の前にいる久世屋。普通に手向かえば攻撃の当たらぬ男。
いま一人は正体不明。どこに潜んでいるかは分からない。

が、久世屋に核鉄を渡した以上、彼への協力意思は有り、近くでこの戦いを見ていると考え
るのが普通。
第三者が乱入すれば、敗北の可能性もある。だが戦うべき相手は久世屋しかこの場にいない。
ならば彼から確実に倒すべきであり、その為の連携や協力はやむなしというのが根来の論理だ。
「そうね」
千歳は首肯を返すが、こちらは論理よりももっと単純な納得ありきだ。
すぐ横にいる根来は、あちこちに手傷を負い、靴すらも燃やし尽くされた裸足状態で、ひどく
小さく見える。
彼は戦士でなければまだ大学生か、新入社員をやっている年齢だ。
千歳から見れば「子ども」とあまり変わらず、他人に頼ってもいい年頃と映る。
第一、おおよそ人と協力しなかった根来が、いまは助力を願っている。
7年前にミスを犯し多くの人命を死に追いやり、そのせいで根来に憧憬を抱く千歳へだ。
彼女の脳裏には儚げな光が灯り、ちろちろと揺らめいていく。
ただしその感情をあるがまま表すには、千歳は重い物を背負いすぎているし、そういう自分
を自覚して気を重くするのは、戦場には相応しくない。
ので千歳はいつものように感情を極力抑えて、無表情を保っている。
内心に色々と漲る物があるが、乙女心は秘めて放たじ。
「協力は惜しまない。元からそのつもりよ」
「ならばこれより、奴の位置を逐一私に伝えて貰う」
ヘルメスドライブの特性は、限定条件下における索敵と瞬間移動。
千歳の見知らぬ人間は探せないが、散々尋問をした久世屋ならどこにいるか把握できる。
文に起こせば長いが、以上のやり取りは2秒程度。
千歳は首肯と同時に、辺りの景色を見た。そして、ここら一帯の地形を全て把握。
一般に女性は立体的な空間把握が苦手とされるが、千歳は例外のようだ。
3DCGを作るような感じで、辺りの地形を記憶した。
木の根の張り具合とか、6メートル先の木と木が何cm離れているとかを、暗闇の中で。
偵察と家事全般が好きなので、造作はない。好きこそ物の上手なれ。
そして地形把握が終わると同時にシークレットトレイルが戛然と地面から飛び出し、久世屋め
がけて飛んでいく。
当然、彼は入れ替わりによって場所を変えたが──

ヘルメスドライブの画面の中では、久世屋が時間の果てまで届けとばかりBooooonとワープ
の真っ最中。例えるなら、ジェットコースターに乗ってる人間の映像を、更に早回したような
感じで動いている。
千歳にとり、その周囲で流れる景色や減速具合から到達場所を予測するのは簡単だった。
(本当はこれ位、きっと誰でもできる筈。だからこそ頑張らないと)
なぜだか千歳の脳内処理速度は凄まじく活性化してる。
俗に言う『嬉しさを集めようカンタンなんだよこ・ん・な・の』でございます。
そして避難先を唱和する。

「04時の方向へ移動中。私たちの真正面、3m地点へ到達予定」

05木木木06木木木07木木木木木木
木木木木木木木木木木木木木木木      △ 久世屋 
木木☆木木木☆木木木08木木木木      ○ 根来 
木木木木木木木木木木木木木木木      □ 千歳
04木木 03, ─── 、木木△木木.      │
木木木 ィ        ヽ木木木木      └→(おでんではない)
木木02(   木      )○□木
木木木 ヽ         ィ木木木木
木木木木01 ─── ´木木木木
木木木木木木木木木木木木木木◎      ◎ ?ン?ル??


「え?」
根来たちが手を伸ばせば届きそうな場所で、久世屋は呻いた。
同時に、背後の木で波紋と稲妻が広がり、シークレットトレイルが飛び出す。
移動後の硬直狙いの一撃ではあったが、流石に千歳の唱和を聞いてからでもラグはある
らしく、久世屋は入れ替わり逃げおおせた。
木をかすめたシークレットトレイルが、風と共に千歳と根来の間を通り過ぎる。
一拍遅れて、すぐ間近の木がバチリと爆ぜる。
だが千歳は上記の事象に怯むコトなく、機械のように淡々と避難先を読み上げる。
「02時の方向へ移動中。5m先に到達予定」 ※10
根来はそれを元に、シークレットトレイルを差し向ける。

が、やはり逃げられる。木が爆ぜる。
(残念ですね。俺の位置を把握しても、当たらないモノは当たらない。さぁ、俺も攻撃を)
「11時の方向へ移動中。5m先に到達予定」 ※11
(え? ……ちょ、ちょっと待て! まさかこの二人……)
シークレットトレイルはまた久世屋へ殺到。入れ替わった木を爆発させる。

05木木木06木木木07木木木△木木
木木木木木木木木木木木木木木木      △ 久世屋 番号は11
木木☆木木木☆木木木08木木木10      ○ 根来 
木木木木木木木木木木木木木木木      □ 千歳
04木木 03, ─── 、木木09木木.
木木木 ィ        ヽ木木木木
木木02(   木      )○□木
木木木 ヽ         ィ木木木木
木木木木01 ─── ´木木木木
木木木木木木木木木木木木木木◎      ◎ エ?ゼ?御?

「02時の方向へ移動中。5m先に到達予定」 ※12  
シークレットトレイルはまた久世屋へ殺到以下省略。

(忍者刀を当てるより、もっとマズいコトを考えてるんじゃ!)

「11時の方向へ移動中。5m先に到達予定」 ※13  シークレットトレイルは久以下省略。
「07時の方向へ移動中。5m先に到達予定」 ※14  シークレットトレ以下略。
「11時の方向へ移動中。5m先に到達予定」 ※15  シークレット略。
「07時の方向へ移動中。5m先に到達予定」 ※16  シークry
「11時の方向へ移動中。5m先に到達予定」 ※17  シr

図に起こすと。(番号は、文中の「※」の後の数字と対応)


↑ 至・砂利道

木木木木木木木木木木木木木木木
木木木木17木木木15木木木13木木  このような軌跡を久世屋は辿っている。
木木木木木\木/木\木/木\木
木木木木木木16木木木14木木木12
木木木木木木木木木木木木木/木
05木木木06木木木07木木木11木木
木木木木木木木木木木木木木\木
木木☆木木木☆木木木08木木木10

(この辺りを書くと行数を喰う上に分かりにくくなるので省略)

↓ 至・広場


(間違いない! 根来さんと千歳さんはこう考えてる。つまり!)

「奴の武装錬金の特性を逆手に取る。木と入れ替わって攻撃を回避するというのなら、回避
先を間断なく攻め続ければいいだけのコト。入れ替わりを繰り返せば、いずれ仕掛けた百雷
銃は尽きるだろう。そしてこの攻撃に隙はない。貴殿が索敵を引き受けたコトにより、私は攻
撃にのみ専念できるのだ」
根来は心持ち信頼を見せているように見えるが、千歳は気づかず、
(例えるなら、エンターキーを押しっぱなしにしたせいでエクセルのファイルが立ち上がり続け
てリソース不足でフリーズしたパソコンのような感じかしら?)
なんかシュールなコトを考えていた。
で、根来がシークレットトレイルを手元に戻す気配がした。攻撃の最中だというのに一体なぜ?
(……あ。そういう理由ね)
千歳には思い当たるフシがあるらしい。が、口に上らせるのは久世屋の移動先だ。
「07時の方向へ移動。5m先に到達予定」

(コウモリを出せない! 試してみたけど回避中には無理! 攻撃する機会がないぞ)

「先ほどのように硬直時間を狙い撃つコトは叶わないが、奴の攻撃は封殺済み。こちらが手
傷を負うコトなく追い詰められるのだ。但し、第三者が介入すれば話は別だが」
根来は冷然と、シークレットトレイルを投げた。
その速度は、なぜか先ほどより上がっていた──
「ところで私は、先ほどの攻撃で耳をやられている」
「え?」
「亜空間の中で、コウモリの爆破を受けた。通常の会話には支障はないが、遠くの音はしば
らく聞けぬ」
「つまり、こちらに第三者が近づいても、あなたは感知できない……?」
口をつきかけた、「大丈夫?」という言葉を押し込めて千歳は問う。
「ああ。よって貴殿の武装錬金を頼りたい所だが、こちらに近づく者を察知するコトは可能か?」
「いえ。残念ながら。私の知っている人間なら可能だけれど」
「ならば継続して久世屋のみに目を配れ。第三者とやらが貴殿の顔見知りである可能性は皆
無だ。周囲の監視は、私が行っておく。どうせ方向転換と充電の瞬間以外は空いた身だ」
という根来だが、しかし、いかにしてシークレットトレイルを操っているのか。
手に触れたのは先ほどの一瞬のみだ。にも関わらず、遠く離れたシークレットトレイルを見事
に操っている。
久世屋の避難先を先読みしているのか? いや、かような芸当が可能ならば、そもそも千歳
の助力を仰ぐ必要はない。
ならばいかにして、千歳の索敵をシークレットトレイルに伝達しているのか。
木が爆ぜる音がして、千歳は到達予定位置を唱和した。
彼女は。
根来の指示に従って、久世屋だけを索敵する。そう。『久世屋だけ』を。



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