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第29話 【山】やまば



木が爆ぜ刃が飛び移動。 
木が爆ぜ刃が飛び移動。 
久世屋は陽炎のように掻き消え、陽炎は木へと成り代わる。 
右肩下がりに斬りつける飛刀だが、やはり時遅く──…木肌が爆ぜる。 
緋牡丹の炎と散るらん艶やかさ。 
木肌が爆ぜる。黒煙に塵(あくた)入りまじる。 
金の刃は地に落ち込み、間髪いれず久世家めがけて再殺到!! 
されど。 
久世屋は陽炎のように掻き消え、陽炎は木へと成り代わる。 
右肩下がりに斬りつける飛刀だが、やはり時遅く──…木肌が爆ぜる。 
緋牡丹の炎と散るらん艶やかさ。 
木肌が爆ぜる。黒煙に塵(あくた)入りまじる。 
金の刃は地に落ち込み、間髪いれず久世家めがけて再殺到!! 
されど。 

木が爆ぜ刃が飛び移動。 木が爆ぜ刃が飛び移動。 木が爆ぜ刃が飛び移動。 
木が爆ぜ刃が飛び移動。 影抜忍者出歯亀ネゴロ。 .木が爆ぜ刃が飛び移動。 
木が爆ぜ刃が飛び移動。 木が爆ぜ刃が飛び移動。 木が爆ぜ刃が飛び移動。 

(なんつーループ) 
トイズフェスティバル。 
これを木に仕掛けると、久世屋への攻撃に反応し、自動で身代わりになる。 
よって彼がシークレットトレイルに間隙なく狙われしまえば、今のようにただ入れ替わりを続 
けるだけとなる。 
(特性がアダになっている!) 
久世屋は乾いた唇をぐぐぃと噛み締めた。 
ループの先に待ち受けるのが何か、はっきりと気づいている。 
設置したトイズフェスティバルの全滅だ。 
それはイコール回避の喪失。生存の可能性は激減だ。 
根来とほぼ互角に渡り合って一矢を報いるコトができたのは、入れ替わり(自動回避)のお 
かげで、真っ向勝負ならまず負けているというのが久世屋自身の自負だ。 
自分が負けるから、自負だ。 

(一番いいのは逃げるコトだ。コウモリになって、電車並みの速度で空を飛べば大丈夫な筈) 
臆病なようだが、数と武装と戦闘経験の差をきっちり勘定すれば自然にこうなる。 
(けど、今逃げちゃあ、いつか自分を臆病者だと思うようになって、おもちゃ買っても楽しくな 
くなる!! 劣勢なら劣勢なりに、勝てる手段を尽くすべき。人間だって熊に勝つために技術 
を尽くして、銃を抽出した) 
違うと思うが。 
(フフ。俺の持ってるのは百雷銃だから銃つながりだな) 
「じゅう」じゃなく「づつ」と読むのだが。 
(相手から見れば稚拙でも、作った人間にとっちゃ、輝かしい勇気と機略の抽出物さ! だ 
からちゃんと使って、戦い抜かなきゃダメなんだ!!)  
お前は主人公か。 
(少なくても根来さんの耳は潰せたし!) 
やっぱ違うか。 
ともかく、である。 
ループから脱却すべく、設置中のトイズフェスティバルを解除すれば、その瞬間にシークレット 
トレイルを喰らってしまう。 
詰みつつある状況に、流石の久世屋もシリアス顔だ。 
(まったく。ねめつけた景色すら次々変わるこの始末。嫌になっちゃうよ) 
ジグザグに木立を飛び続けて、砂利道を勢いよく横切り、向かい側の森へと移動。 
かつて千歳が行った探索の道順を、遡って行きそうだ。 
(人が見たら、なんだこの武装、使い勝手悪っ!とかいうだろうな。でも、これは充分いい武 
装なんだ。ただ、穴をついた根来さんたちの頭がキレるというコトだけで…… ともかく俺は 
ピンチだな) 
またシークレットトレイルが木肌を削り、爆竹が焼滅した。 
(実はまだいい状況かも。あの二人が後ろに瞬間移動してくるよりは) 
一番恐れているコトはそれ。 
(あんな体術も剣戟も忍法も並外れた人間兵器に、背後を取られるのは嫌すぎる!) 
運良く根来をかわしても、横には千歳がいる。 
戦闘能力こそ根来よりは格段に劣るが、久世屋の逃走防止ぐらいはするだろう。 
(うわ。背後取られたら俺は絶対死ぬ) 
乾いた笑いを力なく漏らして、久世屋はだいぶヘコんだ。 
(いかん、ここで落ち込んだら本当に負ける。頑張れ俺。ポジティブシンキングだ俺) 

首を振りつつ火炎鼓を一生懸命思い出し、精神の均衡を取り戻す。打開策を色々考える。 
移動中にコウモリは出せない。出せたとしても、声帯が完治してない状況ではうまく操れる 
かどうか。 
例え亜空間をくぐらせたとしても、撃墜される公算の方が高い。 
和風チェーマインも、先ほど考えたように接近戦の用に満たない。 
本当に詰みかと思いかけたその時。 
(ん……?) 
久世屋はある兆候を捉えた。 
(待てよ。これ) 
入れ替わりを繰り返しながら、耳を傾けるは……シークレットトレイル。 
(カウントしてみよう。……8、9、10。うん。やっぱり段々、『音』が小さくなってる。俺が遠ざ 
かっているせいかと思ったけど、距離を考慮に入れると、間違いない。んで、11!) 
戛然とシークレットトレイルが通り過ぎ、手近な木に潜り込む。 
(やたら速度が早い。なのに到達するタイミングは他と同じ。で、『音』が大きくなってる) 
それが一体、何に対する感想で、何を現しているのか。 
久世家は居所をころころ変えつつ、一人で納得し、そして悩む。 
(もしかするともしかするとだけど、今の糸口にはなりそうにない。さてどうしたもんか) 

「手を貸してやる。リーダーたるもの、部下候補にも優しくあるべき」 
森の奥、山の標高的に見るならば頂上付近で、一人の男が認識票を握り締めた。 

いつの間にか出たのか。 
辺りが乳白色の霧に包まれ始めた。 
乳白色の霧と形容したが、しかしそう根来たちに映ったのは最初だけであり、徐々に徐々に 
プラチナホワイトの光を帯びていく……
「…………まさか、な」 
他者とあまり親交を持たぬ根来でも、戦団に籍を置いている以上、ホムンクルスにまつわる 
大掛かりな任務、陰謀、組織についての情報は一通り知っている。 
だからかつて銀成学園高校にて繰り広げられた、一大攻防戦も知らぬわけではない。 
その際、街中にある銀成学園高校を外界から完全に遮断したのも確か、霧ではなかったか。 
正確には、チャフ。 
チャフというのは、空中に撒いてレーダーなどをかく乱する金属片。 

例えばアルミホイルなどを貼り付けて、レーダーの電波を乱す。 
ちなみにこれを用いた武装錬金の名は、 
『アリスインワンダーランド』 
もちろん、創造主たる男、蝶野爆爵は死んだと聞き及んでいるし、武装錬金は各者各様、指 
紋のごとく──
そう、例え双子でも完全同一の物を発現したりはしない。 
「少なくても、私たちにとって良いモノじゃないコトだけは確かね」 
レーダーを見る千歳の顔が、ひどく曇った。 
画面中の久世屋は……壊れたテレビのようなグニャグニャ状態で移っている。 
霧の濃度が増すたび、映像の乱れはひどくなり。 

ジグジグジグジグしてやる殺す!  
ジグジグジグジグジグ殺す! 
ジグジグジグジグジグぶっ殺す! 

などとイカれたセリフが画面いっぱいに広がったのを最後に、ヘルメスドライブは何も映さな 
くなった。 
本来のアリスワンダーランドは、拡散した霧の状態であれば、武装錬金には作用しない。 
ただし、元々の武器の相性が良くない。 
正体がチャフである以上、レーダーであるヘルメスドライブは妨害できてしまう。 
「確定、だな」 
根来は手元にシークレットトレイルを戻した。闇雲に動かすは不利と見たらしい。 
「ええ。やはり第三者はこの近くにいる。けれどどうやって彼の窮地を知ったのかしら」
「それは恐らく──…」 
根来の片眉が不意にピクリと跳ね上がり、振り向きざま木陰に向かってシークレットトレイル 
を投げた。 
位置でいうなら、根来からみて4時の方向。右斜め後ろ10メートル。 
カツッと地面に刺さるシークレットトレイルの上で、ひどくユーモラスで、ひどく小さい影が踊り 
上がった。 

根来は憮然と呻いた。 
「……あの時の伏兵が、なぜいま此処にいる」 
「え?」 
一拍遅れて振り返った千歳は、思わぬ姿を見た。 
なんと形容するべきか。 
水玉型の顔に、ライトのような三白眼と、ひらがなの「え」が刻み込まれた額を持ち、頭から 
は線一本でハートマークをぶら下げ、顔とほぼ同じ大きさの体から申し訳程度に手と足と羽 
を生やしている物体が、そこにいた。 
50cmもない身長とひどく金属的なパールグレーの体は、非生物でないと悟るには充分な材料。 
「エンゼル御前……!?」 
千歳は思わず口を押さえて、名前を呼んでいた。 
自動人形だというそれに、かつて彼女は遭遇したコトがある。 
といっても任務の途中に同席しただけの間柄だが、姿の珍妙さと威勢の良さは、千歳の持 
つ観察眼や記憶力と相まって覚えている。 
ただし、その創造主が来ているとは一切聞いていない。 
照星の性格なら必ず告げるはずだし、押しかけてきた援軍なら背後に潜まないだろう。 
千歳の知っている御前なら、軽口を叩きながら登場する。 
「細部は違うな」 
根来の言うとおり、御前の胸には本来あるべきハートマークがなく、目つきも心持ち悪い。 
付記すると彼も御前と遭遇したコトがある。どころか物騒なコトに、胸を突き刺した。 
二人の凝視を受ける御前(に似た自動人形)は、無言のままかききえた。 
「武装解除か」 
「のようね。恐らく、社内の情報を得たのも、あの自動人形」 
千歳の声音は暗い。 
任務も大詰めの時に巻き起こった不可解に、戸惑っている様子だ。 
周囲でザラザラときらめく霧は、千歳が頼みとするヘルメスドライブを無効化する魔の粒子。 
武装錬金と同じく呑まれそうな予感がある。 
「まずは今の相手から手早く潰すぞ」 
素っ気なく声をかける根来が、いつもより頼もしく見える。 
だが頼っているだけでは良くないと、千歳は自身を奮い起こし 
「ヘルメスドライブのレーダーは使えなくなったけど──…」 
ツナギのポケットから折りたたまれた紙片を取り出した。 

森はもう、ずいぶん景色が変わっている。 
砂利道に向かってあちこちで炎がくすぶり、傾きかけている木も多数だ。 
入れ替わったせいで根元の土が緩んだのだろう。 
それらと開いた紙を見比べつつ、千歳は呟いた。瞳には平素の沈着さが戻りつつある。 
「まだ方法はありそうね」 
「ああ。ただしこちらも賭けに出る」 
長引いて、第三者に隙を突かれるのだけは断固阻止。 
根来はそういう。 
「ただし、鶉隠れからの一撃はしない。この短期間に二度も破られているからな」 
千歳は思い出す。 
例の鷲尾に仕掛けて、前髪をばっさりと切られた根来の姿を。 
ちなみにもう一つの「破られた時」は、この夏の中村剛太との戦いだ。 
「よって、近い方から順に破壊し、貴殿の能力に任せる」 
とここで、根来は一つ頼み事をした。 
むろん千歳は快諾し、瞬間移動。(こちらはできる。ただ目当ての場所は映せないので、記 
憶頼りのだが) 
指定された場所から指定された物を手早く回収し、再度瞬間移動。 
「それは」 
「奴の物とは違う。本家本元だ」 
亜空間の中から何かを取り出し終えた根来へ渡す。 
彼は流麗な手つきで渡された物と取り出した物を融和させ、近くで一番高い木に駆け上った。 
平素なら見通しは良いのだろうが、おりからの霧で視界はひどく悪い。 
が、構わず懐から栄螺(サザエ)の貝殻を取り出して、耳に当てた。 
瞑目しつつ細かに向きを変えている所を見ると、何かを探しているようだ。 
やがて彼は目を見開き、ある方向を見据える。 
「かすかな気配と霧の濃さから推測すると、あちらか」 
彼の見たのは、山の頂上の方だ。 

(しくじる訳にはいかない。私の行動に任務が懸かっている。戦士・根来の命も──…) 
千歳は生ぬるい唾液を嚥下して、「その瞬間」を待つコトにした。 
(……役立てばいいのだけど) 

ツナギの胸の辺りをぎゅっと握り締め、森の奥を見つめる。 
並みの女性ならば、不安と緊張に震える時だろう。 
では千歳はどうなのか? 
無表情な外見からは、伺い知るコトはできない──…

根来は口から血を吹き、何かに卍を描いた。 
で、手にした物を思いっきり山の頂上目がけて投げた。 
そして下に舞い降り(火傷まみれの裸足でそれをやるので、千歳は破傷風とかを心配した) 
「7分だ。7分までなら奴に手出しはさせない。その間に決めるぞ」 
とだけ告げて、亜空間の中の人になった。 
霧が出てからここまで、1分ほど。 

「御前が見つかったか。だが霧を出した以上遅かれ早かれだ。収穫は依然、俺の方が大き 
い。御前を使って3人の武装錬金をじっくり観察した俺の方がな」 
金髪を肩まで垂らした端正な顔の男が呟く。場所は山の頂上だ。 
先ほど「総角主税(あげまきちから)」と名乗ったこの男の胸には、2枚の認識票がある。 
市販のアクセサリーとはかけ離れた、やけに幾何学的な認識票が。 
果たしてそれが何で、彼の目的が何かは分からない。 
なお、総角(あげまき)とは大鎧の背についた、各パーツを連結する輪の名前だ。 
大和時代ごろの少年の一般的な髪型でもあり、韓国では('A`) を指す。 
その総角、颯と踵を返し頂上から離れる旨を呟いた。 
「ここに長居は無用だ。行くぞ。留まっていれば発見される恐れが──」 
鉄砲のような乾いた音が、突如響いた。 
言葉半ばで息を呑み、大きく後ろに飛びのく総角。 
襲いかかってきたのは銀の雨。 
アイスピックより鋭利な針をむき出した扇が、辺り一面に降り注ぐ。 
角度も速度もみなバラバラのこれは、忍法・天弓扇! 
久世屋のコウモリをさんざん撃墜した怪異のわざが、再度発現した! 
「……しまったな。移動もクソもない。俺がアリスを出している以上」 
霧は総角の周りから立ち上る。 
いきおい、移動しようと彼の居場所は周りに知れる。 
「まるで煙突からの煙で所在がバレる蒸気機関車だな」 

霧によりレーダーを封じられた根来だが、逆に、霧の出所から総角の場所を突き止めた! 
とはいえ、連なる枝に天蓋がごとく頭上を覆われた彼らだから、少し見上げた程度では霧が 
山の頂上から出ていると分からない。 
だから根来は先ほど木に登り、周囲を見回し、出所を突き止めた。 
爆発で聴覚を奪われているので、栄螺(サザエ)の貝殻は、補聴器代わり。 
で、栄螺(サザエ)の貝殻は忍びの卍の虫篭右陣の……もういいか。 

俊敏に回避を行う総角だが、動くたびに死角を衝かれ衣服はみるみるうちに裂けていく。 
更に落ちた扇は針のせいで地面に刺さって、辺りを大根畑のような景観に書き換えている 
のだが、それらが不意に爆発を始めた。火薬が仕込まれているらしい。 
ただでさえ回避に忙しい総角は、足をもつれさせつつため息をついた。 
「どーせ逃げても変わらんか。ならば」 
左手を認識票に当てる。 
「出でよ! 日本刀の武装錬金、ソードサムライX!」 
右手に出現したのは、刀身そのものに下げ緒と飾り輪をあしらっただけの無骨な刀。 
それを足元へ振りかざす。 
爆発しかけていた扇がすぱりと切り裂かれた──などという鎧袖一触ぶりは金属と紙の性質 
を踏まえれば当然のコトだが、その切り口から半透明の光が刀身へ流れ込んだのは不可思 
議だろう。 
詳しい説明は避けるが、この日本刀はエネルギーの吸収と放出を行える。 
いま下げ緒から飾り輪へと移動している光は、爆発のエネルギーだ。 
そしてそれは飾り輪に到達すると、一気に爆ぜた。 
同時に驟雨(しゅうう)のように降り注ぐ扇が幾つか、溶接火花より眩しい光に消し飛ばされた。 
後はもう単純作業だ。地上の扇を切り裂き、火薬の持つエネルギーを飾り輪から放出して 
扇の雨を総て蒸発させるのみ。 
だがいかんせん数は多く、全滅までには5分を要した。 
……よって。根来の希望的観測は2分もズレた。 
流石の彼も、ソードサムライXの特性までは予想できなかったのだ。 
最中、地上からは先ほどと同じく断続的に爆音が響いている。 
そして作業を終えた総角は、なぜか木立の中へ一瞬目を這わせ、安堵の息をついた。 
「大丈夫、のようだな」 
ついで、天を仰いで低く唸る。 

「扇の出所はこれか」 
視線の先で大きく広げられた番傘が、枝に引っかかっていた。 
よもや、と辺りを見回せば、計6箇所。番傘が同じように引っかかっている。 
こちらは忍法かくれ傘。物を収蔵したり、開いた状態で遠くまで飛んでいける。 
よく見ると、もう1本番傘が落ちている。赤い破片や火縄の焦げカスも。 
落ちている傘の柄からは、まず1本の火縄が伸びていて、6cmほどの部分で6本の火縄に 
枝分かれていている。といっても、途中でほとんど焼け落ちているが。 
「フム。落ちている奴で扇の入った傘を運んできたという所か」 
伸びた紐で他の傘が開かぬよう縛りつけ、総角のほぼ頭上まで運んだらしい。 
忍法・火まんじで縄に火をつけ、到達と共に縄の結び目辺りが爆破されるように調整し。 
そして。 
実は縄の正体は百雷銃。久世屋操る武装ではなく、本来の忍具の方の。 
他の傘を縛っている結び目部分に赤い筒をあてがっておけば、爆破と共に傘の拘束がスル 
リと解けて、舞い落ちる寸法だ。 
多少破れはするだろうが、開いて枝に掛かりさえすれば天扇弓が出るので問題はない。 
「してやられたという他ない。まさか、俺に気づくなり速攻でこんな真似をするとは」 
根来のいる場所から「こちら」へはかなりの距離がある。勾配だって半端なものではない。 
だが現に傘は到着している。もはや妖術の類といっても過言ではない。 
「傘から扇を降らせるのも並みの戦士ではできないだろうな」 
下界から響く爆音へと耳を傾け、感心と屈辱半々の唸りをもらす。 
「久世屋を追い詰めるための時間稼ぎときている。あのやたら規則正しい爆音──」 
理由は分からないが、霧をものともせずループにはめている。 
「いやはや。奴の忍法恐るべし。敬意すら覚える。が」 
総角は傘の内側が鏡のようになっているのに気づき、露骨に顔をしかめた。 
再び認識票を掴んだ左手には、やや苛立たしげな力が篭っている。 
「出でよ。名も知らぬ彼の武装錬金」 
ソードサムライXと入れ替わりに出現した黒い蝶が7匹、総ての傘へ突撃し、吹き飛ばした。 
「俺は鏡が嫌いだ。見せられた以上、少しばかりシビアなタイミングで手出しさせてもらう」 
舞い起こる燃えカスの中、総角はきつと下界を見すえた。 



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