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第31話 【歳】としのこう



まず千歳は。
鷲尾の背中を袈裟懸けに切り捨てた。
かすかにひるんだ鷲尾だが、かかとを軸に右回転! 振り向きざまに発砲を試みる!
だがその半ば!! 
千歳は横殴りの凄まじい一撃を、鷲尾へ炸裂させていた!
形こそ平手だが、装着しているモノも威力もそんなチャチなモノではない。
硬質を誇るヘルメスドライブの筺体を、逃亡生活ですっかり骨ばった顔面に遠慮なくブチかまし
2〜3mほど吹き飛ばしていた。
いわゆる火事場の馬鹿力が、もろに鷲尾の反転速度にカウンターを合わせた結果こうなり、
彼は中空で意識をなくした。
その体が地上に沈むより早く、千歳はシークレットトレイルを根来付近の地面に刺し。
鷲尾の隣へ瞬間移動!(目視できる所ならば、付属のタッチペンを使わずとも可能)
右手からリボルバー式の拳銃を奪い取り、くるり反転。
ややぎこちなく構えながら撃鉄を引き起こし、発砲。
弾丸が濃霧を切り裂き久世屋へ向かう。
むろん、例の入れ替え能力はいまだ有効。久世屋代わりの木に着弾。爆発。
親指が慎重に撃鉄をなぞり、再度発砲。硝煙が霧に溶け込んだ。
弾丸は、斜め後ろ5mへ入れ替わった敵へと向かい、入れ替え発動。木が爆発。
千歳は同じ要領で3発目を発砲。
「無駄なコトですよ。当たりませんし」
弾丸が久世屋の頬を掠めた。が、その傷はすぐに再生する。
「ほら! この通り。当たったとしてもホムンクルスの俺を倒すまでには至らない」
グリップを血に濡らす掌が4度目の引き金を引いた。
今度は久世屋の肩に着弾。
その傷が再生する最中、千歳は弾切れを確認して、予想外の行動を取った。
14mはある久世屋との距離を瞬間移動で一気に詰め、銃を投げつけたのだ!
がつり。
鈍い音と共に、銃は久世屋の顔面に当たった。
「ヤケですか」
千歳は止まらない。また姿を消し
「いいえ」
久世屋の背後で、ヘルメスドライブを最上段に大きく振りかぶる。
「人間相手ならともかく、俺を倒すには至りませんよ」
久世屋は振り向きもせず細腕をつかみとり、正面へと投げ捨てた。
ツナギをまとった華奢な体は紙飛行機のように軽々と飛んでいき、背中から木に激突。
木肌に波紋が広がったのをみて、久世屋は衝撃のすごさに舌を巻いた。
「しかし、千歳さんらしくもない。不意打ちを何度も繰り返されちゃ、警戒ぐらいしますよ」
「……どうやら、あなたのいった通り」
「何のコトですか?」
「百雷銃の数。本当に残り4個だったようね。だからもう自動回避はできない。違う?」
「え」
久世屋は言葉の意味を反芻し、理解をすると愕然とその場に立ち尽くした。
(しまった! さっきの発砲はダメージを狙ったんじゃない!)

──そうですか。根来さんたちから貰える唯一の生存チャンスがこれで費えた。しかも残り
──4つに減った

先ほどの彼のセリフ。これを言い終わって舌の根が乾かぬうちに、入れ替わりが2回発動した。
火縄から飛び出たシークレットトレイルに対して1回。
千歳に背中を刺された後に1回。
そして。
対する千歳は銃を奪うなり、久世屋へ4回発砲した。
うち前半2回に対して入れ替わりが発動した。というコトはつまり。
4引く1引く1引く2で、設置した百雷銃の数はゼロ。
発砲の後半2回が久世屋に当たったのは自明の理であり、彼がすぐ気づくべき致命的異変
でもあったのだ。
(なんてコトだ。銃を投げたのも不意打ちも、ヤケなんかじゃない。入れ替わりができなくなっ
たかどうかの最終確認! 設置数について俺が嘘をいっていないかどうかの! しかも銃は
弾切れ。例えあの浮浪者が立ち上がれても、もう使うコトはできない……!)
正に一石二鳥。敵2人の切札を千歳は一気に使い尽くしたのだ。

「つくづく念が入ってますね。あの忍者刀を根来さんのところへ残したのは、万が一を考えて
のコト。 俺を仕留め損ねて、忍者刀を奪われたら本当に打つ手がなくなりますからね。だか
ら百雷銃の破壊と、その確認に徹して、俺へのトドメを根来さんに託した」

けれど状況はなお悪い。
根来の肩からはとめどなく血が溢れて地面を濡らす。
かつて中村剛太という新米から受けた傷が完治してない状態で、幾多の爆発をその身に受
けて、肩を銃撃されたのだ。肉体的な損傷、酸鼻を極めている。
千歳も万全ではない。
まず昼に関東界隈、夜には関東近郊にある森と瀬戸内海近くの戦団日本支部を瞬間移動
で往復している。
これだけでも実は莫大な精神力を消費しているし、一連の戦闘で短い距離の瞬間移動を繰
り返し、久世屋の位置も追尾していたから、消耗は激しい。
いま木に叩きつけられたダメージも少なくない。シークレットトレイルを掴んだ時に負った左手
の傷からもいまだに出血している。
甘やかな匂いが久世屋の鼻をつき、彼は生唾を飲んだ。
(いいコトを思いついたぞ。俺の悪癖をうまく使って、秘密裏に勝利の準備をしよう)
チスイコウモリのホムンクルスはつかつかと千歳に歩み寄り、抵抗を物ともせず捕獲した。
「攻撃を避けられなくなったんじゃ仕方ありません。この体勢で根来さんのダウンを待つとし
ましょう。あの忍者刀を使えるのは彼だけになりますからね」
千歳の右腕からヘルメスドライブを剥ぎ取り、はるか背後へ投げ捨てて。
「これであなたは何もできない。逃げるコトも不意打ちをするコトも」
体の前で千歳を無理やり立たせ、共に向きを変えた。
彼女の苗字どおり、楯にする形だ。誰からの楯か? むろん、根来への。
彼はおぼつかないながらも刀を杖に立ち上がり、凄絶な目つきで久世屋たちを睨んでいた。
「何しろお二人とも頭が非常に回るので、野放しにしておくと俺が負けかねません。それは
さておき、先ほどから漂うこの甘やかな匂いには、ついそそられてしまいます」
舌なめずりと共に千歳の左腕を捻り上げ、掌の傷を口に運ぶ。
熱い粘着質な舌が柔らかな肌をぬらりと舐め上げ、出血を呑んでいく。
走る疼痛とふいごのように吹きかけられる鼻息に、千歳は眉根を苦悶に引きつらせた。
「やはりおいしい。規則正しい生活を送っていなければこうもサラサラにはならないでしょう。
千歳さんに比べたら、部長の血なんて脂切ってるだけのファミレスの食事みたいな感じです
ね。おっと話が逸れました。千歳さんは人質になって、根来さんの手出しを防いでください」
そうすれば出血夥しい根来は、いずれ戦闘不能になる。
(そうじゃなくても、勝てる。いま俺がやったのは、ただの欲求を満たす行為じゃない。フフ。

トイズフェスティバルの筒は俺の体の『どこからでも』出せるんだ。根来さんのDNA込みでね)

やがて腕を解放された千歳は、伏目がちに呟いた。
「無駄よ」
息こそかすかに乱れているが、あらゆる迷いのない静かな声だ。
「私は人質にはならない。そのための下準備もしてあるわ」
「下準備ですか。それは多分、『人質になった時は見捨てていい』とかいう約束だか頼みゴト
といったところでしょうね」
「……そうね」
「下らん」
口を開いたのは根来。
「私に構い、唯一の機会を逃すからそうなる」
ひどく糾弾的なトゲが含まれている。
「ごめんなさい。けれど、あの男を近づけてしまったのは私のミスだから。私のミスのせいで」

7年前の雨の日、千歳は多くの人命を死に追いやってしまった。
その時がループしている錯覚を、千歳は感じている。
ヘルメスドライブは、彼女が顔を知っている人間の居場所を特定できる。
もし霧が出る前に、辺りを索敵さえしておけば。
第三者(総角)は無理でも、鷲尾の所在ぐらいなら分かったかも知れない。
けれどしようとしなかった。結果、根来への発砲を許し、重傷を負わせた。

「……あなたを死なせたくはなかったの。本当にごめんなさい。あなたが任せてくれたチャン
スを不意にしてしまって……本当にごめんなさい。だから、あなたには私を犠牲にしていい
権利があるの。あなたが任務を遂行できれば、私はそれで構わない」
霧の中でうっすら見える。
毅然とした眼差しを、うろんげに受け止める根来が。その顔には憤りすら浮かんでいる。
「昼間にいった筈だ」

──任務において戦士などは、所詮歩にすぎん。一定の 訓練を施しさえすれば補充は効く。
──ならば遂行を優先した結果、多少減ろうと問題ない。そして。

──それは貴殿のみならず、私とて例外ではない。

「我々のうちどちらかが犠牲になろうと、戦団から見れば数は変わらないのだ。ならば、貴殿
は私を見捨てても支障はなかった」
「ええ。でも私にとってはそうじゃないから」
久世屋は内心でニンマリした。
(なんだか、こう聞こえますよ根来さん。『千歳さんが助かるなら自分は死んでも良かった』って。
どうやら、いいお仲間と組織への帰属意識をお持ちのようで。けれど残念ながら根来さん。あ
なたが後生大事にしているその2つは、けして勝利に結びつきません。いまから千歳さんを
助けようと犠牲にしようと、あなたは負けます)
なぜか?
(トイズフェスティバルの残弾全て10個! あなたの作った空間を利用して、千歳さんの中に
仕掛けてありますからね。所詮、倫理観だとか職務意識なんてモノは、抽出物のエネルギー
の前じゃ真っ黒コゲになるしかありません。部長がなすすべなく俺に殺されたように)
実は先ほど血を舐め取ったとき、久世屋は足裏から赤い筒を10個出して、亜空間へと潜ら
せてある。むろん、根来のDNAを含んで形成しているから出入りは自在。
(血を舐めたのは、千歳さんの手に超音波を当てて、コウモリたちを動かすため。この霧の
せいで、声を普通に出しても例の空間まで届かない。だから千歳さんの手に直接当てて、体内
の空間から地面へと流した)
その甲斐あって、コウモリに変形した筒どもも、亜空間経由で千歳の足から体内へ浸入している。
両肩と、首と、背骨の辺りで火縄を伸ばし、筒へ変形。巻きついた。
現空間にてやれば露見は明らかのこの手段。
だが、亜空間においては別。
戦闘開始直後の千歳が根来の潜入を気づかなかったのを見ても分かるように、亜空間内の
異物は知覚できない。
(フフ。すごいぞ俺の機転と戦略眼。そういえば、俺に核鉄と手紙を送ってきた例の人。いま
霧を出してる人が手紙に書いてたな。『戦いに勝ったら、試しに俺の組織を見てみないか?』
って。なんだったけなぁ。名前。そうだそうだ。ザ・ブレーメンタウン・ミュージシャンズ。そこで
参謀や軍師をやるのも悪くないかも。きっと俺には軍略家の才能があるに違いない)

余談になるが、司馬遼太郎曰く、軍略家の才能というのはひどく稀有で先天的なモノらしい。
一民族に1人か2人生まれれば良い方と彼はいう。
古代中国で漢を勝利に導いた韓信。源義経。日本陸軍の礎を築いた村田蔵六(大村益次郎)。
といった辺りが代表例だが、果たして久世屋にそういう才能があるかどうか。
彼の思案、続く。
(あなたたちは肝心なコトを忘れている。苦労して全滅させたのは、あらかじめ仕掛けておい
た物だけだってね。万が一ぐらい俺はちゃんと踏まえて、残弾は温存している)
加えて。
(身代わりにできるのは木だけじゃない。トイズフェスティバルさえ巻きつけておけば何でもい
い。千歳さんの背骨とかでもね。だから、奇襲で俺だけを狙っても、真っ向から千歳さんごと
俺を狙っても結果は同じ。入れ替わった千歳さんが攻撃を受けて中から爆発。10個もあれ
ば、満身創痍の根来さんを巻き添えで殺すコトぐらいは可能。もちろん場合によっては俺にも
爆発が当たるけど、2人を相手にする恐怖を考えれば、爆発を浴びる方がまだ気楽)

殺伐とした思考をおくびにも出さず、久世屋はのんびりと告げた。
「お話は結構ですが、すればするだけ俺が有利になりますよ。いいんですか。コレ、根来さん
たちが好きだからいうんですよ。だって筋道立った考えで俺を追い詰めてきたんですから。
部長みたいに惰性まみれで遊ぶ時間を削ぐ人間は大嫌いですが、あなたたちは別」
おしゃべりしつつ時間切れを待つのも面白そうと、久世屋は会話を変えた。
「例えば昨日。ディスクアニマルを組み立てるクリーンルームへ入った時、根来さんは逆立っ
た髪の毛の上に帽子を乗せてて、ちびまる子ちゃんに出てくる永沢君みたいで面白かったと
か、そういう話題で時間をつぶしてみましょうか? あの後、ちゃんと普通に帽子を被れてい
たのはなんでとか、根来さんの髪はどういう原理で逆立っているのとか、色々ね」
「よく喋る男だ」
根来は徐々に距離を詰めつつある。少し駆ければ、久世屋へ攻撃できるだろう。
千歳が巻き添えを食らうコトを無視すればの話だが。
「すみませんね。根がおもちゃ好きなので、いい加減な部分の方が多いんですよ。すぐ調子
に乗るのは悪いクセ。でも、調子に乗ってる方が人生何かと楽しいじゃないですか。で、根来
さんの髪はどうセットしてるんですか?」
「答える必要はない」
根来の顔はもはや紙のように白く、肩で息を激しくついている。
「ですか。ならば血がなくなる前に早く攻撃をしないと大変ですね」
言葉に呼応するように、根来の全身から凄絶な攻撃気配がほとばしった。
彼は斬り込むべく、つま先に最後の力を込め──…
そこで意外な人物が会話に乗った。
「私も知りたいわ」
千歳である。根来は攻撃に移るきっかけを潰され、露骨に顔をしかめた。
「この状況で何を」
「だってあなたの髪は柔らかくて、とても自然に逆立つとは思えないもの」
言葉を遮ってまで意見を述べる千歳に、久世屋は苦笑した。
(生真面目なコトで。でも良かった。2人とも策には気づいてないようだ。俺は優勢に見えるけ
ど勘付かれたら絶対負けるから、一安心って所だ。さて。攻撃の中で気をつけるべきは、突
き……かな。千歳さんごと俺を刺せば、入れ替わっても刀は抜けない。そこにさえ気をつけ
ておこう)
「まったく判じ難──」
根来は言葉半ばで口をつぐんだ。ひどい違和感を覚えたのだ。
やがてそこまでの会話に、けしてありえない内容が含まれているのに気づいて。
根来は霧に霞む千歳を見た。彼女も一瞬だけ視線を送り、さりげなく逸らした。
その反応にどういうおかしみを覚えたのか。
根来は笑った。唇の端を歪めるだけの、猛禽類的な笑い方で。
「そうだな。聞けば貴殿は色を成す。もっとも、生きていればの話だが」
言葉と共に、根来は二人に向かって駆けた。シークレットトレイルを携えて猛然と!

(来たか! 今まで俺がやってきた苦労は、スポーツ選手や研究者の苦労! おもちゃを
買い漁れる時間を抽出するための、それこそ買ってでもやるべき苦労! 勝って完遂して
みせるぞ絶対!)

久世屋が全神経を研ぎ澄ます中!
千歳の足元から頭にかけ、金の刃が大きく弧を描いていた!!



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