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第33話 【終】エンド



千歳が移動した先は、聖サンジェルマン病院。
根来はすぐさま診察を受け、入院生活が決定した。
原因は全身至るところに点在する火傷や銃創、開いた古傷に、あと睡眠不足と栄養不足だ。
(結局、食事は偏っていたのね)
千歳は妙に納得した。ついでにいうと、根来が戦団に申告している体重は55kgだが、今回
の任務での粗衣粗食や戦闘での出血がたたって51kgに減少していた。
一般に忍者というのは、体重の目安を米1表分以下に設定している。
常日頃、人差し指と親指だけで米俵を持つ鍛錬を行い、天井にぶら下がれるよう務めてい
たからだ。米俵より軽ければ自分の体重を指2本で支えられるというコトになり、ぶら下がり
も可能だ。これは「☆大・丈・夫☆ ファミ通の攻略本だよ」という帯で知られるエンターブレイ
ン社刊、「忍道─IMASHIME─ 公式コンプリートガイド 皆伝之書」にすら乗っている事実だ。
話を戻す。
千歳の操るヘルメスドライブが瞬間移動できる質量は最大で100kg。
そして千歳の体重は47kg。普段の根来となら55+47=102で2kgオーバーだが、根来の
粗衣粗食などが幸いして、共に瞬間移動ができたようだ。
で、千歳が何となく近くの公園でベンチに座っていると、皆神警察署から「鷲尾を保護し、核
鉄も無事回収した」旨の電話が来た。安堵の彼女だったが、
「それと例の事件の犯人ですが、殺された麻生部長がゲームソフトに残していたダイイング
メッセージによると、久世屋秀という男が犯人です! 失敬、ゲームソフトはポートピア連続
殺人事件というモノでして、その犯人はヤス。久世屋秀は職場でヤスと呼ばれているので──…」
などと意気込んで報告されたのには辟易した。
後日、千歳がそれを見舞いがてら根来に話すと、彼は笑ってこういった。

「警察といえど所詮組織。組織などはえてしてそういうモノだ」

最後に。千歳は照星へ報告の電話をした。
これで今回の任務は終わった形になる。
だが千歳は一つ、納得できないコトがあり、思い切って聞いてみた。
「ところで大戦士長。戦士・根来への言伝ですが」
言伝というのは、『足手まといになった時、切り捨てていい』という旨の物。
されど結果から見れば分かるように、根来はそうしなかった。
確実性を重んずるなら、人質に取られた千歳など無視すれば良かったのだ。
いちいち久世屋の近くまで裸足でひた走り、無防備な攻撃姿勢を晒す必要などない。
あえて千歳を爆破し、その隙をつくという手もあった筈。
照星はそんな疑惑を察したのか、
「ああ。あれですか」
と答えかけたが、急にクスクス笑いだした。
言伝うんぬんの話題のどこに、笑う要素があるのだろうか?
やがて照星、短く詫びると最終的な回答を出した。
「内緒です」
電話の向こうにいる照星の頬には、実に楽しそうな微笑が張りついている。
「キミはどっちだと思います?」
スピーカーから流れる上司の声に、千歳は疑問符を浮かべた。いわんとするコトが分からない。
「彼があくまで私の命令に従ったのか、それとも命令に背いてまでキミを助けたのか」
「それは──…」
後者だとすれば、根来らしくはない。されど否定できない何かもある。
記憶の中の根来はどこか人間味を帯びているし、千歳を『優秀』とも評していた。
「私が喋れるのは、私個人の願望が混じった話ぐらいですが」
照星は本当ににこやかだ。部下の話でここまで機嫌を良くするのも珍しい。
「戦士・根来はキミを、戦友と認めているかも知れませんね」

電話が終わると、千歳は携帯電話をパチリと閉じた。
やや華やいだ気持ちに少しだけ彼女は浸り、それから、殺された麻生部長とやけに人間味
のあったホムンクルスを思い、深く静かに黙祷を捧げた。

翌日、工場では。
久世家の机に火炎鼓があり、社員たちは誰が置いたのかと首をひねった。
しかしその机はまた新しく入った社員のものとなり、火炎鼓は遺失物扱いとなり、倉庫で半
年間埃をかぶった後、ゴミとして捨てられた。

一人のホムンクルスが欲した物は、結局それだけの価値しかなかったのだろうか?   (終)



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