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第003話 「探しものはなんですか?」  (2)



「ぜぇぜぇ。なんとか安全策発動完了ぉ〜 とゆーコトで3、2、1、キュー!

おねーさんは戦闘開始直後の奇襲にもめげず、あの変な武器を床に叩きつけて大ジャンプ!
更に更に天井をあの変な武器で突き破り、天井裏に浸入!
黒いちょうちょが上方にはいないコトを咄嗟に見極めての行動ですね!
からくも爆発を逃れたおねーさん。
されど圧倒すると宣言したもりもりさんが手を休める道理はありませぬ!
『出でよ! 弓矢(アーチェリー)の武装錬金、エンゼル御前!!』
などと声高らかに認識票を握り締め、楯を弓に変じると……
天井……いえッ! 天井裏に潜んでいるおねーさん目がけ矢を乱射ぁ───!!
むーざんむーざん、天井は針山の創痍!
10万本の矢を一夜で得たという諸葛亮の船はかような状態であったでしょう!!
爆発でひび割れた天井はもはや崩落寸前!
これはたまらぬとおねーさん、天井裏から転がり落ちると『うおおおおおおー!!』とか叫び
ながらもりもりさんにウラキ少尉よろしく吶喊です! 
あの変な武器で矢を打ち払いつつ、ドア前へと走るおねーさんの足取りの凄まじさ!
正 に 野 獣 ! !
もりもりさんに致命の一撃か!? 否否否(いないないな)っ! もりもりさんは叫びます!
『出でよ! 右篭手(ライトガントレット)の武装錬金、ピーキーガリバー!!』
それは篭手というにはあまりにも大きすぎました!
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎたのです! それはまさにドムの手でありました!
おねーさん、とっさに変な武器で拳に攻撃を仕掛けますがッ!
もりもりさんの右が一瞬早い───っ! 
周囲の元素を瞬時に定着させ、お相撲さんほどに膨れ上がった巨大な拳が全身にクリーンヒット!
これはキマッたかあっ!?

  人人人人人人人人人人人人               人人人人人人人人
< うわ──っもらっちまったあ >   人人人人    <だめだ〜〜っ!!>
  YYYYYYYYYYYYYYYYYYY   <モロだぜ>     YYYYYYYYYYYY
                       YYYYYY

ギャラリーは居ませんが、こんな悲痛な歓声が不肖には聞こえます!
入った!!という声も同じく!
おねーさんは瞳も虚ろに崩れます。
もりもりさんは強いのです。もうダメなのです。
伊達さんいわく、追いつこうとする方より追い抜こうとする方が強いのです。
「あ‥‥が‥‥!」
上体を大きく退け反らせ、後はもはや重力の任せるままマット……もとい廃屋の床へと……
崩れない!?
みみみ皆さまお聞きしましたでしょーか!?
仰け反って顔を天地さかさまにしながらも、奥歯を噛みしめたガリッ!という音を!
姿勢を保つべく、手近にあった壁に変な武器を刺す音を!

こ 、 こ ら え た ぁ ! !

絶対に譲れぬ大事な大事な言葉と情景が、一気に駆け巡ったのでしょうか!?
驚きました。もりもりさんの強打をモロに浴びた沖田……じゃなくおねーさん!
しかし!
壁をささえに断固ダウンを拒否の構え!!
倒れてしまったらもう立ち上がれねえんだと背中が語っております。
いやはやしかし、すごい手応えだったのになんて精神力でありましょう……!」

「少しばかり黙ってて欲しいんだがなぁ小札(こざね)」
「というか……人の戦いを茶化すな……」

ロッドをマイク代わりに戦いを実況していた小札へ、斗貴子と総角の声が刺さった。
小札は今、部屋の中央。崩れた壁の近くで机を構えている。
その机の上には、白い三角錐まで備えられており、ヘタな字で「実況あーんど解説っ! 小
札零!」などと描いてはあるが、夜の廃屋では斗貴子たちには分からない。
分かったとしても文句にプラスアルファが加わるだけだが。
なお、机やら三角錐やらは彼女得意のマジックにより現出したと付記しておこう。
更に、机の下や小札の周りには焼け焦げた紙ふぶきが落ちているコトも……

「なにぶん不肖、ヒマでして。戯れるしかないのです」
小札がバツが悪そうに釈明すると、マイク経由の大きな声が、廃屋に響いた。
はて、彼女が持っているのはロッドの筈だが……なぜかマイクの役を果たしている。
ご丁寧にも耳障りなハウリング付きなので、斗貴子のいらつき、ますます拡大中。
爆発の近くにいた小札がなぜ無事なのか、そういう当たり前の疑問が浮かばぬほどに。
「探し物をしてろ。そーいうつもりで来た筈だろう」
「はぁ。ですが一通り探した上におねーさんも見つけてないので、ココにはないと考えるのが
妥当では? ピピィ──ッ!」
耳障りなハウリングに、斗貴子は頬をひくつかせた。
「まぁ待て。この部屋だけはまだ探していないだろう? 入るなり錬金の戦士と戦う羽目にな
ったんだからな」
「あ」
いまや岩石大に膨れ上がった右拳が、壁際で息つく斗貴子の前で大きく広げられた。
「しばらく足止めしてやる。その間にお前の武装錬金の特性で『アレ』を探せ。記念すべき1
枚目の『アレ』をな」
「……1枚目? え、もりもりさ」
「小札よ。お前の快活な喋りは尊敬できるが、たまには黙って従うのも大事だぞ」
意味ありげに交錯する視線の意味など、斗貴子はその瞬間においては考えない。
重要なのは一点。敵に隙が生じたというその一点!
肺腑から絞りだす息と同じ鋭さで、壁から総ての処刑鎌を引き抜き!
夜露滴る絹糸がごとき玲瓏(れいろう)の断線を、奇形肥大の拳に奔らせた!
親指がきりもみながら宙を舞い、突き刺さった天井から瓦礫を落とす。
残る4つの指は第2関節の中ほどから先をことごとく落下。
手の平に刻み込まれし×字の傷跡は、内部機械が悲鳴のような火花を散らすほどに深い。
もはや握り締めたところで破壊に足る握力が生産できぬコト明らかな、ガラクタ同然の武装だ。
それを前にしてなお、斗貴子は容赦しない。
こぼれ落ちた指──といっても、小学生ほどの大きさ──を、総角の顔面めがけて蹴り上
げる。
(避けるにしろ受けるにしろ隙が生じる! その隙に斃す! 何を企んでいようと、斃せば済
むコト!)
轟然と回転し迫り来る指に対し!
総角は右足を前に出しつつ右斜めに向き直り、左足を右のカカトにひきつける。
剣道でいう所の「開き足」を流れるような動作でやってのけた。
教本どおり一切のぶれなき上体だが、耳前と襟足の長髪は質量上ひらりとたなびき、闇に
金光を振りまいた。
その粒子の中を指が空しく飛んでいくのと同時に、つま先を膨れ上がった殺気に向ける。
「小札っ」
斜にズズりと落ち行く篭手や、その向こうで鬼相を覗かせる斗貴子に顔色1つ変えず
「もう一度言う。”記念すべき1枚目の『アレ』を探せ” 俺が足止めしてる間にな」
襟元に手を当てる。
そこ掛けられているのは、2枚の認識票。
1つはパールグレー。1つはミッドナイトブルー。
薄い緑の光が発するとみるや篭手が瓦解し、
「臓物(はらわた)をブチ撒けろォッ!!」
凄絶な叫びと共に繰り出される処刑鎌。その破壊力は──…
「出でよ! チェーンソーの武装錬金、ライダーマンの右手!」
ひらっとした固い金属とかみ合い、相殺された。
「おお、2番目に得意とされる武装錬金のご登場。ではでは不肖は探し物へと」
斗貴子は舌打ちしつつ小札を見るが、その姿勢はぐらりと揺れる。
ピーキーガリバーの一撃の威力を殺すため、バルキリースカートで攻撃したのが祟っている。
”重い”攻撃をいなすと、形状ゆえに先端の刃物から足へと負荷が掛かってしまうのだ。
「余所見は危ないぞ」
かみ合う金属を支点に、小柄な斗貴子は圧されるのみ。
圧しているのは。
総角の手に現われているのは。
小型のチェーンソー。
ダークブルーの台形ボディに取っ手と楕円形のバーと、それらを固定するパーツのみ。
直前まで使っていた篭手が巨大だった分、本来のサイズよりこじんまりして見える。
フィアット500のように小型だ。二十四分一スケールのカープラモデルと同じぐらいの値段で
買えそうだ。

(※)歌う時はブルースキャンベルの右手になるらしい。……マニアックだけど。

「伊勢湾台風の事後処理で、最も流行った病気を知っているか?」
セーラー服をまとった細い肢体は崩れかけ、踵もぐらつき、後退もやっとという態だ。
「……っ!」
膝から疼痛が走り、斗貴子は顔をゆがめる。返答どころではない。
「白い蝋の病と書いて、はくろうびょう。振動のせいで血行や神経の調子が狂い、手の平が
蝋のように白む病気だ。洪水で街に溢れた流木を処理する為にチェーンソーが普及したは
いいが、それが故に白蝋病も流行った。もっとも俺の扱うライダーマンの右手の振動は、静
かなもの。昭和52年だったかに定められた、チェーンソーの規格を守っている。最高でも毎
秒毎秒の振動加速度は、29.4mに満たない…… だが!」
ライダーマンの右手と噛み合っていない2本の処刑鎌が、空を切り裂き総角に向かう。
「威力はぬるくないぞ」

人差し指でスイッチを押すと、”ライダーマンの右手”が僕の手の中で爆音を立て始めた。
直径三十センチの鋼鉄の輪が、自分のしっぽを噛むことができずに牙をむく輪廻の蛇のよ
うに、ものすごい速さで回転を始めた。

「などと実況しつつ不肖は探し物〜 鬼も蛇も出ぬよう祈りつつハラハラと。ああっ、ハラハラと」
部屋をうろつく小札のはるか背後で。

バルキリースカートという名の武装錬金は、4本の処刑鎌を総て粉々に砕かれていた。

ライダーマンの右手の刃が動くと同時にまず2本。
噛み合っていた処刑鎌が粉砕。
ひるまず総角の両側から差し向けた残り2本も、気軽な調子で振りかざしたライダーマンの
右手に粉砕された。

数ヶ月前、恐るべき錬金の魔人が銀成学園の屋上にて復活を遂げた。
その時の表情を浮かべているのが、斗貴子には分かった。
わずかな攻防で最大の武器を総て奪い去られる信じ難い光景の再来に。

「『攻撃したモノを165分割』。それがこのライダーマンの右手の特性」
舞い散る破片の中で、攻撃もせず総角は笑う。
「人体はおろかコンクリートも武装錬金もゾンビになった10代の少女も、165分割だぞ」
小札も口周りに手を立てて、フレンドリーに呼びかける。
「かみだってバラバラになるコト請け合い。降伏なさるなら今の内でありますよ〜ぉ」
斗貴子はいまだ舞い散るバルキリースカートの破片の中から、一番大きく、鋭い物を掴み取った。
「それがどうした」
伏目勝ちに搾り出される声は、地鳴りのように低く、激しさの予兆をはらんでいる。
「確かにブチ撒けるコトは叶わないが……」
前髪の奥で、鈍い殺気の光が爛々と燃えている。
「たとえ破片であろうと武装錬金を章印に叩き込めば、貴様達は死ぬんだろう? ならば殺
すのに不自由はしない」
血が出るほど無遠慮に破片を握り締め、戛然と表を上げる斗貴子へため息がこぼされた。
「退く気配がないな」
「当たり前だ!!」

錬金の魔人が復活した後、1人の少年の人生が大きく狂った。
その直接のきっかけを作ってしまった斗貴子は、彼の支えになるべく誓いを立てた。
一心同体。
狂ってしまった歯車が元に戻るその日まで、生きるも死ぬも同じ刻。
だが、彼は守るべき存在(モノ)を守るため、誓いを破り月へと消えた。
生まれ育った街も帰るべき日常も、大事な妹も、友も、決着をつけるべき敵も。
その少年──武藤カズキからは何もかも奪われてしまっている。

(奪ってしまったのは総て私の軽挙の所為──… ならばせめて)

「この街をホムンクルスの好きにさせる訳にはいかない!」
「やれやれ。話が通じそうにない。俺達は人喰いも破壊もあまり好きじゃないというのになぁ」
男性にそぐわぬ繊手が認識表を握り締める。
「仕方ない。出でよ! チャフの武装錬金、アリスインワンダーランド」
部屋一面に白い霧が充満し、斗貴子は総角を見失った。
(まただ…… またL・X・Eの武装錬金……)
ニアデスハピネスにエンゼル御前、ピーキーガリバー、そしてアリスインワンダーランド。
(なぜ使えるんだ? そもそも1人1つの筈の武装錬金を、複数扱えるコト自体──…)
ひとまず、記憶を頼りに部屋の片隅に移動し、壁に背を預ける。
(奴らがどこに潜んでいるかは分からないが、これで不意打ちは避けれる。? 避け……?)
チカチカと目障りな光を立てる霧の中で、彼女はなぜか違和感を感じた。
(漂っている金属の粒子はあの時と同じ。けれどどこかが違う……一体何だ?)
辺りを見回す斗貴子に、どこからか声が掛かった。

「おとなしくなった所で1ついいコトを教えてやろう。お前の探し物について、な」
「何を……!」
「探し物は、『もう1つの調整体』。情報元は戦団に拘束中のムーンフェイス殿。だが彼の性
格上、存在を仄めかすだけで全容がつかめず、内心焦っているのだろう?」
「…………」
「沈黙は了承と捉えておこう。動かないのは情報を引き出すだけ引き出してから、俺を斃す
ため。実に戦士らしい対応だ」
「…………」
「結論からいおう。確かにお前の探し物は実在する。バタフライ殿が作られた『もう1つの調
整体』は、未完成ながらもこの銀成市のどこかに今も眠っている」
「…………!!」
「眠りながらも暴走の危険性をはらみ、使う物によっては確かに災いをもたらすが、正しく目
覚めさせて正しく使えば問題はない。何せ、核鉄にもホムンクルスにも欠落した、錬金術の
重要要素をしかと濃縮した代物だからな。完成すれば、例の黒い核鉄にすら匹敵する成果
をあげていただろう。バタフライ殿は謙遜されていたが、俺はそう信じている」
「…………」
「だが俺たちが調べた結果、『もう1つの調整体』を正しく目覚めさせるには鍵がいる。バタフ
ライ殿らしくもない洒落っ気だが、6枚。6枚の割符が必要だ」
(話が本当だとすれば、奴らはまだその割符とやらを手に入れていないコトになる)
小札と総角のやり取りを反芻すると、自然にそうなる。
「で、総てを探し出し、『もう1つの調整体』のデバイスにはめ込まない限り、正しい目覚めも
安定もなく、いずれは暴走する。それは困るだろう? 俺たちも同じだ。ある日ニュースを見
ていて、なじみのある街が惨禍に巻き込まれている様子が流れたら、楽しい気分で生きられ
ない」
「………そこまで知っているとは貴様もL・X・Eの残党か?」
斗貴子は瞑目し、静かな集中力を部屋全体に差し向けた。
「違うとだけいっておこう。さっきもいったが、秋水か桜花にでも聞いてくれ」
「なぜ、私に情報を教える」
次に待つ。ヒントとなる現象を。位置を絞り込むためのきっかけを。
「お前たち錬金戦団の連中と敵対するつもりがない。それだけだ」
斗貴子は声に向かって駆けた! 足の痛みにかすかな苦痛を浮かべながら。
発動中のアリスインワンダーランドは、レーダーを撹乱する金属片の武装錬金。
かつて斗貴子は、この武装錬金と相対したから知っている。
漂う金属片は電子機器を狂わし、人の方向感覚をも狂わすと。
すなわち。
総角の声に向かったとしても、彼に到達するコトは叶わないだろう。
だが!
斗貴子の走る先に、総角は居た!
部屋中央の柱から10mほど前で悠然と。
「ほう。声を頼りに見つけるというコトは、気づいたようだな」
「ああ、さっき私は一歩も迷わず壁際に行けた! というコトは!」
「ご名答。本家本元のように方向感覚は狂わない。正確には、電子機器撹乱との択一だ」
例えば森の中で、レーダーを撹乱するために放ったとき。
2人の戦士が霧の中を迷わず闊歩し、標的──おもちゃ好きのコウモリ型ホムンクルス──
にたどり着いたコトがある。
「フ。霧を出すと同時に報せが入ってな。お前と戦う俺の顔を見られるのは、戦略上非常に
マズい。というコトで、電子機器撹乱を優先させてもらった。仮に負けても戦術的な敗退なら
どうにか挽回できる」
「挽回など不可能だ。死ねッ!!」
斗貴子が叫ぶ頃にはもう、鋭く尖った処刑鎌の破片が総角の胸の寸前にあった。
「うむ。絶対に当たる距離だ。普通ならな」
手応えのある筈の攻撃は、予想より柔らかな感触を走らせ、同時に爆ぜた。
津村斗貴子は、ホムンクルスの質感をよく知っている。
時に抉り時に握り潰し、足で踏み砕き拳で殴り、殺戮の中で体に嫌というほど覚えこませて
いる。
曰く、金属でできた瓶のようだ、と。
が、破片から斗貴子の腕に伝わる感触は違った。
硬質ではあれど生物的な脆さのないコンクリート……
斗貴子や総角から10mは離れた部屋のド真ん中でそびえていたはずの。
柱!
それがそっくりそのまま、斗貴子の正面にあり、火を噴いた。
といっても派手なのは音だけ。威力は爆竹ほどでセーラー服に焦げすらつかない。
「フ。人生、寄り道も悪くはない。人手は増やせなかったが、さっそく役に立ったな」
総角は柱の元位置に居た。
まるで柱と『入れ替わった』ように。
驚愕を隠し切れない様子の斗貴子に、総角はよく透る声で呼びかけた。
「百雷銃(ひゃくらいづつ)の武装錬金、トイズフェスティバル。仕掛けは密やかに、回避は派
手に。実に奴らしい便利な抽出物だ。この武装錬金1つとっても、攻略はかなり難しいぞ。で、
まだ続けるか? それとも退くか? 情報を提供してやったのだから、そろそろ見逃して欲しい
というのが本音だが」

斗貴子の頬を一筋の汗が伝い、床を濡らした。


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