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第004話  「ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ」 (2)



有無をいわさず一足飛びに斬り込む秋水を、総角はひらりと避ける。
そして胸の認識票に手を当て、斗貴子へまとわりついていた霧を拡散。
「確か、千歳さんだったか…… 俺を追ってきた女戦士とお前が顔見知りだと戦略上困る。
先ほどと同じようにレーダーを遮断させてもらうぞ。別にだな、悪夢を見せるのが嫌になった
とかそういう訳ではなく、戦略的に仕方なくだぞ」
霧の正体はチャフの武装錬金、アリスインワンダーランド。
密集状態での特性は、対象の持つ忌まわしい記憶を見せるコト。
つまり。それが部屋一面に拡散した以上……
「戦術級最強レベルの相手が復活する」
斗貴子の瞳に光が灯り、彼女は手負いの獣のような哀愁入り混じる壮烈な叫びを上げ、突撃。
狙われたのはシルクハットの刀傷を押さえつつ、斗貴子に背を向けドタドタと窓際まで逃走。
「さすがにこれは恐ろしゅう! 自衛の許可を頂きたくぅ〜!!」
「許す。さっきの爆発をしのいだ時と同じ手段を使いつつ、部屋の中央へ行け」
「多謝ですっ!」
恭しくロッドを振るう小札の周りに紙吹雪が舞うと同時に、総角めがけて草鞋が地を摺る。
「小札まで呼びつけ、何を目論んでいる」
踏み込み踏み込み攻め立てる秋水の斬撃は、剣風むなしく一筋の毛にすら掠らない。
「総てを手に入れる。それだけだ。昔も今も、コレからも。さぁ、発動せよ」
胸元にて左手で握り締めしその金属片は……
「認識票(アイデントフィケイションタグ)の武装錬金、ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ」
袈裟懸けのソードサムライXが、金属と絡み合う甲高い音を立てた。
総角の手にあったのは刀。
ソードサムライXに比べれば長さはやや劣る直刀で、真四角の鍔をあしらっていた。
微細な形状こそ異なれど、それは正しく忍者刀の形状をしていた。
攻勢から一転、秋水は飛び退き、正眼に構え直す。
が、総角は攻撃せずなぜか天井に向けて刀を投げる。
怪奇。刀は天井に刺さるコトなく、されど弾かれるコトもなく。
波紋と稲妻を巻き起こすと埋没──いや、下から上に投げられた物を「埋まる」「没する」と
表現するコトは甚だそぐわぬ行為だが、外見の特徴上、敢えてこの表現とする──した。
「シークレットトレイル必勝の型。真・鶉隠れ」
朗々たる声と、建物から縦横無尽に秋水を襲う刃のうねりは、当然のコトながら別途戦闘
中の斗貴子の耳にも届く。
(再殺部隊の戦士の武装錬金はおろか、技まで──…)
振り返りそうになる首を強引に正し、小札に向かう。

(いや! アイツがどうなろうと私には関係ない!)

──先輩たちだって今夜のこの夜がきっかけになって、二人ぼっちの世界から新しい世界
が開けるかも知れないんだ。

(そう言ったカズキをアイツは──…)

鮮明に覚えている。背後から日本刀を突き刺す秋水を。
その目はいかなるホムンクルスよりも濁りきっていた。

(どうなろうと知ったコトじゃない)

だがカズキはこうもいっていた。

──だから簡単に、命を切り捨てちゃダメなんだ

斗貴子は正体不明の激しい葛藤に頬を歪めると、八つ当たりのように生唾を嚥下した。
(今は目の前の敵に集中!)
小札の眼窩目がけて繰り出した人差し指と中指は、されどピンク色の光線に弾かれ、斗貴
子をつんのめさせるだけに至った。
歯噛みする彼女の顔は霧に射しこむいかがわしい蛍光に彩られ、不健全な夜の店にいるよ
うだ。
「武装錬金であろーと、素手であろーと、残念ながらいかなる攻撃も通じません」
小札の前後左右上下には、クラッカーやくす玉に使われているような細かな紙片が浮遊し、
各自それぞれが無数の光線によって結ばれている。
「さて、遅ればせながら不肖の武器についてご紹介申し上げます」
口を弓状に綻ばせた小札は、先に宝石がついているだけの簡素なロッドを斗貴子に向けた。
「ロッドの武装錬金、マシンガンシャッフル! 特性は……いやいや、詳細はいまだ闇の中
とし、バリアーを作れるとだけ。されどもうご存知だとは思いますが今の媒体は紙吹雪であり
ます。もりもりさんの引き起こした黒色火薬の爆発を防いだのも然り。ところで」
ロッドの宝石を唇に当てて瞑目。
「部屋の中央に行けというご命令は、おねーさんを振り切るのが前提でしょーか? うむぅ。
誘導しろとは託(ことづか)っておりませぬし、やはり振り切るのがベストかも」
150cmに満たない小柄な少女は思案にくれながら、予想外のコトを口走った。
「不肖はこれでも18ですので、色々思索する次第」
(私より年上……!? いや、ホムンクルスなら不思議でもないか。確か彼女も)
驚きがてらセーラー服姿のホムンクルスを軽く思い出す斗貴子の前で、更に驚きの出来事
が起こった。
「ここは変身をば」
小札の下半身が、見る見るうちに変じた。
ホムンクルスが変形を遂げる時の特殊なヒビ割れ音と共に、人体ではありえからぬ形状へ。
「不肖、実はホムンクルスでして。それは何かと問われたら」
元々細い足は、蹄を支えとするこげ茶色のしなやかな脚へ。
腰部も後ろに向かって肥大し、2本の脚と、ハタキのような尾を生やす。
「ロバ」
読者の皆さまはオノケンタウロスという神話上の生物をご存知だろうか。
ご存知でない場合は、ケンタウロスの下半身をロバにすげ替えて想像して頂きたい。
半人半馬のケンタウロスに対し、半人半驢馬の存在をオノケンタウロスという。
「瞬発力にはそこそこ自信があるのです」
光線をまとったまま軽快に走り去る小札を斗貴子は追うも、距離は広がる一方。
やがて部屋の中央付近、崩落した壁が霧の中でうっすらと見える場所に至る頃。
どこからともなく、音がした。
「こっちも秋水を撒いて合流完了だ。というコトで小札、やれ!」
総角の声に呼応するように響いていたのは、涼やかに透き通った水晶を思わせる音だ。

チャリリ チャリリ チャアリィリリン! チャリリ チャリリ チャァルィッリンッリン!
チャリリ チャリリ チャアリィリリン! チャリリ チャリリ チャァルィッリッリリン!

「あいふぃーあら・りふれくしょん♪ 見つめ、返す、瞳にぃー」

歌っていた! 小札零は歌っていた!
霧中に薄っすら浮かぶ小さな影はロッドを振り振り歌っていた!
童女じみた地声からは想像もできないほど中性的なハスキーボイスに斗貴子はちょっと聞
き惚れた。
(意外に上手……じゃない! 斃さないと!)
「えがいて!」
奇麗な手さばきでロッドを振る。
指揮者のように力強く。魔法少女のように可憐に。
「はるかな! ねばえ───んでぃーんぐ・すとぉりぃー!!」
斗貴子の眼前で、崩落した壁が光を帯び始め、それはやがて床から天井まで網の目状に
伸びて広がり、斗貴子の行く手を阻む。
本来その近くには柱があったが、先ほどの総角の入れ替わりによりいまはない。
だが光の網は柱の形すらも忠実に再現し、そこから部屋の端へと続いている。
すなわち、部屋は光の網に分断された形になる。
「哀しみも痛みも振り切るようにはばたく! 反射モード・ホワイトリフレクション!」
とかく白い光だった。
色的には霧中で目立たぬ筈だが、蛍光灯をはるかに凌駕する光量がそれを許さなかった。
部屋の中央にひしめくのは、剥き出しの高圧電流のような煌びやかな存在感。

小札の歌唱、続く。
「熱く夢を重ねて! あやまち、恐れーずに、求めあーう青春!」

斗貴子はその激し易い性格から短慮に見られるが、けしてそうではない。
戦いに巻き込んだ者があれば状況を説明して動揺を押さえるし、銀成学園において復活した
錬金の魔人との戦いでは、果敢に戦おうとするカズキを押し留め、戦士長・防人衛の到着を
待とうとしたし、桜花との戦いにおいてはまず彼女の武装錬金の特性を知ろうとした。
もっともその直後、キレて桜花ごと給水塔を破壊しようとしたのは弁明のしようがなく、直属
の上司たる防人衛も「優秀だがひとたびキレると手に負えない」と評価している。
とりあえずこの局面においては、まだ優秀な側面が先立った。
というか、何度もバリアーに攻撃を阻まれてなお突っ込んでいくのは脳足らずの獣かバイオ
ハザードアウトブレイクのAIPC(※)ぐらいであろう。

(※ 主人公に同伴するNPCの一種。棒切れを執拗に差し出したり、電磁シャッターに突っ
込み体力を浪費するのが使命の愉快な生物)

小札はいよいよ2番を歌い始めた。しかしJASRACが恐いので歌詞は控える。
筆者は昔、某所でドラゴンロードの歌詞を書き殴ったのだが、その翌日、ボロボロの蓑を身
につけ錆びた大鉈を持つ身の丈2mはあろうかという老婆が我が家の門戸を叩き、多額の
マネーを要求してきたコトがある。それがJASRAC社員であり、当方に金がないと知るやい
なや筆者の愛犬ダークディメンションの尻小玉を引き抜き、壮絶な最期を遂げさせたので悲
劇はもうたくさんだ。

斗貴子は手近なコンクリート片を拾い上げ光の網にぶつけてみる。
それは轟然と弾かれ、投擲速度を遥かに上回る勢いで斗貴子の顔面を襲い。
「金城も昔これでやられた。この光への攻撃は倍速で返される。迂闊な真似はよせ」
声と共に、さらしを巻いた手が石を受け止めた。
斗貴子は憎悪に顔を引きつらせた。
そもそも彼女は、声の主が嫌いだ。
「キミにいわれずとも分かっている。だから石を投げた」
すくりと横に立つ秋水を見ようともせず、拳を握った。
心中を占めていたのは、いっそ爪を食い込ませて血を流してみたい自虐じみた衝動。
かつてカズキを刺した男にして元・信奉者(ホムンクルスに従う人間の総称)の秋水とは相容
れぬ斗貴子なのだ。
もっとも突き詰めると、カズキ以外の男性に助けられる自分というのが非常に惰弱で、汚く思
えたコトの方が主因となるが。
「さて、しばらくはこちらに来られまい」
両者と光の網一枚隔てて、10mほど先に佇む総角は、ポケットから小瓶を取り出した。
透明なせいで、赤味がかった土がぎっしり詰まっているのが見える。
もっとも霧のせいで斗貴子たちには見えなかったが、
「取り出したのは恐らく血や皮膚、爪の類だ。気をつけろ。奴が他人のDNAから発動する武
装錬金は、本来そのままの威力を持つ」
秋水は思い当たるフシがあるらしくソードサムライXを握り締め、光る網目を睨んだ。
「覚えてくれていて光栄だ秋水よ。そう、俺のザ・ブレー…長いからブレミュとしよう。ブレ
ミュが他者の武装錬金を発動する条件その2は、創造者のDNAを接触させるコト」
小瓶に入っていたのは、血が染み付いた土だ。
総角がそれを指に掬い、認識票に撫で付けると。

「HERMES DRIVE」

縦長の六角形をしたパールグレーのプレートに、青い文字が浮かび上がった。
なお、プレートの尖端にはギザギザがついている。死者の口をこじ開けるための装飾らしい。
同時に総角の左腕に、六角形の楯が出現する。
「もっとも完全に再現できる分、持続時間は5分ほど。接触させるDNAが血の一滴だろうと
身体まるまる総てであろうと5分ほど。しかもDNAから発動できるのは生涯一度きりで、あと
は見たままの武装を使うほかない…… 少々惜しい気もするが、お前たち相手に退却する
にはこれしかないだろう」
「させるか」
厳然とそびえ立つ光の網が鋭く薙がれ、小札たちのいる方向を内側とすれば内側に向かっ
て青い切っ先が姿を覗かせた。
「のわわっ!? かつてL・X・Eの皆様方を苦しめし、難攻不落のホワイトリフレクションがあ
っけなくぅ〜!! 不肖のこの動揺、論ずるに術がござりません──ッ!」
網は切れ目から光を一気に拡散させて行き、そこから秋水、更に斗貴子が浸入した。
「驚くコトもないさ」
六角形の筐体をペンでちょいちょいとつつきながら、総角はにべもなく回答。
「お前のマシンガンシャッフルで作られるバリアーは、生体エネルギーによる物だ。対する
秋水のソードサムライXは刀身からエネルギーを吸収し、下緒から拡散する。フ。昨日、扇を
斬り捌くのに使ったからよく知って」
得意げなその姿勢だったが、肘の辺りをぐいぐいと引っ張られて崩れた。
ペンも筐体をぐらーっと斜めに掠り、さすがに総角はムっとした。
「わわ〜! 遼来々! 遼来々! 惇も来々〜! お急ぎくださいもりもりさんっ!」
疾風がごとき勢いで駆け寄りつつある秋水と斗貴子に、小札の動揺は甚だしい。
必死の形相で総角を見上げ、肘の辺りを一生懸命くいくい引っ張っている。
「やれやれ。急かすなら大人しくしていてもらいたいものだが」
彼は語尾をやや荒げて、コメカミの辺りに怒りマークを露骨に乗せた。
「逃すか!!」
秋水と斗貴子は気迫充満の面持ちで一気に踏み込んだ。
だが、総角と小札の周りの光はにわかにくすみ、
「さらばだ。できれば戦いのないコトを祈るぞ。それが互いのためだしな」
ソードサムライXは空をナナメに切り裂き、バルキリースカートは虚を突き通し。
総角と小札の姿が、その場から消えうせているのを証明した。
霧も壁の光も消失した真っ暗な部屋。
その一面に金属が跳ねる音が響き、すぐかき消えた。

「しかし……まさか迷わず逃げるとは」
報告を受け呆然と呟く防人の横で、千歳はある作業をしながら自省していた。
(……浮かれていたようね。たとえ後始末まで頭が回らなかったとしても、せめて私たちがい
た場所の監視ぐらいはすべきだった筈)
ブレミュの発動にDNAが必要、と聞いて即座に思い当たった。
彼女は昨日繰り広げた戦闘で、血を流した。
執拗に自動回避を繰り返すホムンクルスを撃つべく、彼の背後に瞬間移動し、根来操るシー
クレットトレイルの刀身を掴み取った。
自然、手に創傷ができた。当然、出血も。
その時に血がこぼれた土を元に、総角はヘルメスドライブを使ったのだろう。
「もりもりのヤローらしいといえばらしいけどな」
ぷかぷかと宙に浮かぶ乳児大の人形……御前が短い手を組み、唸って見せる。
声は低く潰れたガマガエルのようで、愛嬌はあるが不快な響きも少しある。
「何はともあれ、2人ともお疲れ様。秋水クンも、津村さんも」
茶道の家元のような柔らかな手つきでお茶をいれる桜花を前に、秋水と斗貴子は押し黙っ
ていた。
彼らの空気は重苦しく、防人は心配そうに声をかけた。
「戦士・斗貴子。少し休養を取った方が──…」
「構いません」
斗貴子はうつむいたままポツリと告げて、沈黙に戻る。
真・鶉隠れにより剣道着をあちこち裂かれた秋水も、実に気難しい表情だ。
止血処理自体は施したが、剣道着に染み付いた血痕が痛々しい。
「まぁそう落ち込むな。結果的にキミたちは勝ったんだしな」
千歳の手には、3cm程の長方形の金属片。蝶の羽の一部と思しき意匠が施されている。
総角たちの去った場所に落ちてたそれを、斗貴子が防人に提出したのはつい先ほど。
防人は無精ヒゲまみれの口をにしゃりと歪めた。
「さすがに陣内の時と同じ轍を踏む訳にはいかんから、調べてもらっている」
「どうやら発信機や盗聴器の類は仕掛けられていないようね」
確認作業を終えた千歳に続いて、御前が口に手を当て一声唸る。
「でも何のつもりだアイツ?」
「だいたい、見当はつきますけど」
桜花は俯く斗貴子を見て、寂しそうに笑った。
「侘び代わり、か」
秋水の呟きに、斗貴子は軽く歯軋りした。
傷をやすやすと暴いた総角も、事情を察する秋水も同列で腹立たしい。
「ともかく。こちらは1枚。向こうは0枚。話を聞く限りでは俺たちがリードしている。だから今日
はもう休め。戦士・秋水。戦士・斗貴子」

「いやしかし不肖、コレを手がかりに東奔西走、廃墟の中をうろうろしておりましたのに」」
神社に続く石段の下に佇む影が2つ。総角と小札だ。
「記念すべき最初の1枚などと言われて、あやうく、最後の1枚では?と聞き返しそうに」
小札がロッドを振ると、防人の手にあるのと同型の金属片が出現した。
ただし意匠は異なる。
千歳は蝶の羽の一部、小札は蝶の触覚、が描かれた物をそれぞれ持っている。
総角は階段に足をかけて、カツカツと昇りはじめた。
「危なかったな。お前の一言で悟られるところだった」
表情は実に得意げで不敵な印象だ。

「6枚必要な割符のうち5枚は、既にこちらの手中にあるというコトを」


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