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第007話 「みんなでお食事」 (3)



「ところで転校生してくるコってどんな名前?」
秋水と並んで寄宿舎へ歩くまひろは、ようやく触れるべき話題を思い出した。
昨晩、彼女は桜花から転校生の世話を頼まれたのだ。
ただし生来の性格から、ついつい聞き忘れていたのだ。
「名前は……」
言いよどむ声の半ばで、乾いた爆音が響いた。
「わ。花火かな? まだそんなに暗くないのに珍しいね」
まひろは水平にした掌を額へ当てて、遠くを見た。

総角の放ったニアデスパピネスの音は、まひろのみならず寄宿舎にも届いた。
距離的には秋水たちよりも近いので、当たり前といえば当たり前だが。
(いまのは一体……?)
食堂にいた斗貴子はとっさに飛び出しかけたが、すぐに何らかの陽動を疑い踏みとどまる。
現在、彼女を含めた戦士勢は「寄宿舎に内通者がいるかどうか見極める」べく行動中。
千歳と斗貴子は例のカレーパーティで集めた生徒40人ほど(帰省中の生徒が多く、現在はこ
れだけ)の様子をそれとなく監視中。
ノイズィハーメルンという催眠特性を持つ鉄鞭により、総角が生徒を間諜にしていないか確
認するのが目的だ。
「なんだろうね今の音。ところでちーちん、このカレーさ、鶏肉とか入ってないよね?」
「あれ? 鶏肉嫌いだったっけ。入ってるのは牛肉だから大丈夫だけど」
沙織と千里がそんな他愛もない会話をするように、生徒たちは爆音に一瞬ハっとしたが「花
火だろう」とすぐ納得し、他愛もない会話に戻る。
催眠にかけられているにしては反応があまりに自然すぎ、斗貴子の疑惑は曇った。
(陽動の線はない、のか? もしくは内通者そのものが最初からいないのか……?)

防人と桜花は、パーティの間もぬけの空になった寄宿舎を捜索。
御前は寄宿舎の上空から怪しい影が出入りしないか見張っている。

というコトで最初に異変に気付いたのは御前である。
寄宿舎の近所で突如として火柱が上がった瞬間、ややジゴロがかった口調で呟いた。
「なんだなんだ、パピヨンの奴でも来やがったのか? ひとまず秘密工作員桜花へ精神伝達
(テレパシー)送信。受け取れ」 ピピッ

ピッ 「というコトですけど、どうします?」
桜花は携帯電話の向こうの声を待った。
彼女は遠慮斟酌なく家捜し中だ。
侵入者を求めてベッドの下を覗くと、スクール水着を着た幼い少女が表紙の本があった。
(あらあら)
桜花はそれを手に取りパラパラ読むと、生ぬる〜い笑みを浮かべて、元の位置へ戻した。
(秋水クンもこういうの好きなのかしら?)
望みとあれば別に着てやってもいいが、本題ではない。
電話の向こうで防人が、かつて纏っていた銀色の防護服のような堅牢な指示を出す。
「しばらく様子見だ。何が目当てであれ、ここにいる限りは皆を守れる。御前には引き続き、
爆音のした方を監視させてくれ」
「はい。了解しました」
長らくL・X・Eという集団に隷属していたせいか。
非情に物分りのいい桜花に感心しながら、防人は別な思案に暮れる。
(陽動にしては散発すぎる。もしかするとL・X・Eの連中の方か? どちらにしろ迂闊に動く訳
にはいかない)
思い浮かぶのは揉み手をするウジ虫型ホムンクルス。
7年前、真に守るべき所からまんまと防人を引き離し、災禍を招いた忌まわしき男の顔だ。
(私があの時、核鉄を使わなければ。防人君に、校長の捜査を強く薦めなければ)
食堂で千歳は、7年前の唯一の生き残りである斗貴子を見た。
そして食堂で談笑する生徒たちも見て、粛然と気を引き締めた。

「な、なにいってんのさもりもり! あたしは反対! このコをおっきな建物に連れてくなんて!」
総角の指示に、香美は憤然と声を張り上げた。
『たまには名前で呼ぶんだ香美。我らがリーダー・総角主税氏に失礼だろう』
「まったくだ。ちなみに反対の理由は?」
香美は苦笑の総角の横から二歩下がると、少女のか細い肩を抱きつつ叫んだ。
「だってこのコ、ホムンクルスじゃん! 戦士んとこ連れてったら殺される!」
少女は「え?」と気の抜けた表情で、2、3回まばたきをし
「な、何のコト? ホムンクルスって何?」
全くワケが分からないという様子である。
それを奥行きのある紺碧の瞳が、親しげに見つめる。
ウソを隠す子どもを見るような慈愛と、ちょっとだけからかってやりたいという悪戯っぽさが
同居していて、刑事になればいながらにして犯人を篭絡できそうだ。
「悪いが、知らばっくれても分かる。少し父親の面影があるからな。取り繕っていても顔立ち
ばかりは偽れないものだ。誰でも、な」
「なにいってんだか。ひかり副長は思っきりいつわれるじゃ……」
「少し黙ってくれないか香美。またタバコをかがすぞ」
うげと髪を逆立たせる香美の横で、少女は思案にくれた。
実に謎めいた指摘だが、心に掛かる要素があるらしい。
少し黙った。
何らかの言い訳を考えているらしい。
ただしそれも束の間だ。
少女はまず鼻を鳴らすと、気だるげに瞳を細めた。
「アナタ、パパとどういう関係?」
喫煙現場を見られた不良のようにふて腐れたその顔や口調には、先ほどの可愛らしさはなく
ひどく沈み込んだ攻撃の気配すらある。
「寝顔を少々拝見した程度だ。ところで顔といえばこの顔と同じ奴を見たコトはないか? も
うちょっと老けてると思うが」
香美は「またそれ? なんであう人あう人全部にするのさ?」と顔をしかめた。
感情のベクトルとしては、少女も香美と同方向らしい。
「何いってるのよ。ある訳──…」
だが、言葉半ばで息を呑む。
死人に出会うような、10年ぶりに帰った故郷で死んだと勝手に決めていた老人を見るような。
驚きと懐かしさと、一握りの郷愁を秘めた顔で。
だがそれもやはり束の間である。
少女はひどく不機嫌な表情で視線を外し、反問。
「……あったら何よ。親でも探しているの?」
「あるようだな。その辺りはいずれ聞くとして……香美、その可愛いコを連れて走れ」

「ハ!」
神社の中でシルクハットを縫っていた小札は、不意の悪感情に驚き周囲を見渡した。
「む…… 今の不快感と切なさが入り混じった奇妙な感覚。なにゆえ? ……なにゆえ?」
肩の上で結び目を作った髪をいじりながら、小札は「きゅう?」と首を傾げた。
なお、彼女の頭頂部には妙な癖っ毛がある。
斗貴子との初遭遇時には暗闇ゆえに見えなかったが、中央から後ろへかけてロバのたてが
みのようなさざ波が、両側には高さ2cmほどのロバ耳じみた跳ねがピュルリと出ている。
小札が人前でシルクハットをかぶっているのは、おかしな癖っ毛を隠すためなのだろう。
けしてコレは後付ではない。
大豪院邪鬼が18m強に見えたのが闘気のせいだというぐらい、キチンとした設定だ。

火柱が黒い吐息をもうもうと薄闇に吐き、うねっている。
時には命脈断たれぬ赤い粉をバチバチ弾き、辺りを照らす。
それを背にうける総角は、悠然と口走った。
「ちなみに戦士については大丈夫と保障する。理由は……貴信、走りながら説明してやれ」
『了解! 安心するんだ香美、奴らにはこのコに手出しできない負い目がある!!』
「んー、いろいろ納得できないけどさー、ご主人がいうならいちおう了解」
「で、置いてきたら小札のところへ戻れ。全速力でな。まごまご留まって千歳さんに見られで
もしてみろ、一気にお前たちは不利になってしまう。それは困るだろう?」
「そりゃま」
香美は軽々と少女を肩に担ぎ上げて、砂塵巻き上げつつ疾風のように走り出した。
もちろん少女は抵抗するが、ピクリとも束縛は解けない。
抵抗をあやしつつホムンクルス1体を運ぶ膂力もさることながら、それでなお凄まじい速度を
保つ香美は、ホムンクルスの中でも出色だろう。
そんな彼女らを見送ると総角は、キザったらしく瞑目し背後へ呼びかけた。
「ところで、そろそろ出てきたらどうだ? 黒煙に紛れて俺の不意をつこうという魂胆だろうが
夏場に炎の中でじっとしているのは健康上悪いぞ」
「クズの分際で相変わらず知恵だけは回りやがる」
燃え盛る黒煙から無傷の逆向がのっそりと身を出し、チェーンソーを構えた。
「勘、といってほしいな」
総角は認識票に手をかけた。

屋根の上で御前。
寄宿舎目がけて路上を疾駆する影を見た。
が、影はあくまで影にすぎず視認が追いつかない。
接近するか桜花に知らせるか、悩む頃に影はもう、寄宿舎内部に突入していた。

カレーパーティを開催中の寄宿舎食堂で、斗貴子。
考えていると、ドタドタという凄まじい足音が廊下を走ってきた。
千歳に目配せし承諾を得ると、廊下へ飛び出す。
すると20メートルほど先で見覚えのある制服姿の少女を担いで走ってくる謎の人物(香美
だが、もちろん斗貴子は名を知らない)が居た。
「警告する。私たちの敵でなければ止まれ」
「うわ、おっかないのが出てきた。でもいわれて急に止まれるあたしじゃないしー」
ならばと斗貴子はバルキリースカートを発動。
床を弾いて飛び上がるとピンボールがごとき乱軌道で天井、壁、床をお構いなしに跳ね回り
香美へ殺到した。
速度と恐ろしげな炸裂寸前の雰囲気はあたかも大砲の弾丸だ。
しかし香美は少女を担いだままひょいっと飛び上がり、斗貴子の頭を踏んづけて後ろも見ず
に走り去る。
(わ、わたしを踏み台にした……?)
唖然と俯く斗貴子を尻目に、香美は手近な窓を開けて身を乗り出した。
『はーはっはっは! 敵陣深く突っ込んだ僕は、将棋ならばくるっと回って成っている頃だな!』
「まー、あたしが”ふ”だったらご主人は”と”だけどさ、……ん? ご主人、交代したいの?」
「今はしないぞ! お嬢さんは戦士に任せて三十六計逃げるに如かず!!』
「とゆーコトでばいばーい。良かったらこんどメルアド教えてね〜♪」
騒々しい声と、凄まじく嫌そうな顔の少女を着地と同時に残して香美は逃げた。
「事情は良くわからないが、大丈……」
大丈夫かと少女に問いかけた斗貴子の顔が、ひどく強張った。
斗貴子はこの少女と面識がある。
どころか、彼女とその母がカズキの命運に関わってきたという点では、因縁浅からぬ間柄だ。
「どうしてキミがここにいるんだ」
苛立ちにやや戸惑いを含めて、斗貴子は聞いた。
「別に私がどこにいようと勝手でしょ」
少女は冷え冷えとした眼差しで憮然とため息をついた。
「まぁ折角ここまで来たんだ。もうすぐ転校してくるコトだし、自己紹介でもしていけ」
背後にガッシリとした大きな影がいるとも知らず。
「戦士長!? いつの間に。というか……転校?」
「いやな」
防人は目を糸状に細めると、香美が開けた窓を顎でしゃくった。
「あれだけ足音を立てられたら、放っておくワケにもいかんだろう」
胸中では陣頭指揮をとる戦士長として
(真っ向から突撃してくるとはな。幸い被害はなかったが、侵入を許したのは俺の責任だ)
と反省するコトしきりだが、おくびにも出さぬのが防人だ。
「で、転校についてはおいおい話すがそれよりもまずはッ!」
「さっき逃げた敵の追跡ですね」
少女を挟んで防人と相対する斗貴子は神妙な面持ちで頷いた。
「違うな戦士・斗貴子。このコにカレーを喰わせるのが最優先だ!」
が、きたのはごく気楽な回答で、それと同時に少女の幼い体がふわりと浮かんだ。
見れば防人が襟首をつかみ、移動を始めている。
「ちょ、ちょっと。何するのよ」
ぶら下げられたせいでお腹が覗くセーラー服を必死に抑えて、少女は傲然と抗議した。
「まーまーそう遠慮するな。俺の特性ブラボーカレーはまだまだ沢山あるッ! お代わりも自
由だし、各種トッピングも取り揃えてある。うまいぞカレーは。じゃんじゃん喰え!」
かんらかんらと気のいい笑いを無精ひげまみれの頬へ貼り付けて、防人は少女を連行する。
「じゃなくて! だいたいおとといもいったでしょ! 寄宿舎なんかには入らないって……」
さて、こう叫ぶ彼女の名は──…

「ヴィクトリア=パワード。転校してくるのは俺と姉さんの遠い恩人の娘だ」
秋水がようやくながらに名を告げると、まひろはあごに手を当てて考え込み、結論が出ると元
気良く右手をあげた。
「じゃあびっきーだね!」
「あだ名が?」
回答を促す声は、秋水自身も驚くほど穏やかだった。
「うん!」
人懐っこい満面の笑みは、暗くよどんだ何事かが溶かされていくようで心地よい。
それが次の瞬間に崩されるとも知らず、秋水は浸りかけた。

ドリルのように回転するロボ的な人差し指と中指が逆向へ肉迫すると。
何面もの六角形状の光がほとばしり、命中間際の指どもを粉々にした。
「こいつも通じないか」
総角はため息をついて巨大な右篭手を引っ込めた。先ほどからこの調子である。
武装錬金は逆向の前で分解される。散らばる忍者刀の破片や、矢の残骸がその証左。
(武装錬金の特性──ではないな。あれは触れた物体を165分割するだけだ)
相手の小型チェーンソーを凝視しつつ、思考を進める。
(無銘のと似ているが、分解のされ方はライダーマンの右手のそれ…… もしや)
「どうした? ご自慢の借り物どもが振るわないようだが」
逆向は嘲笑をありありと浮かべながら、チェーンソーを最上段に踊りかかった。
「不振の時もままあるさ。が、そんな時こそ新機軸の試し時」
ぎゅらりぎゅらりと闇裂きながら頭蓋に迫る狂回転、されど総角は放胆にも大きく踏み込んだ。
「出でよ。百雷銃の武装錬金・トイズフェスティバル」
認識票を右手で一撫で。左の掌から500mlのコーラ缶に似た赤い筒を中ほどまで射出。
それを逆向の口に叩き込む。唇を抉り前歯をへし折って。
入るなり痛烈な足払いを見舞い、自身は飛びのく。
「さて。内部から爆破すればどうなるか」
背中よりぐらり倒れる逆向の頭部が破滅的な閃光と共に爆ぜた。
局地的な突風が路上に吹き荒れ、金属的な肉片を周囲へブチ巻く。
ひび割れメガネが電柱に激突し、歯がスイカの種のように塀へ直撃。両の目玉はドブへ。
ズタズタの下顎だけを首に繋げた体が路上に倒れ伏す。
「出でよ。日本刀の武装錬金・ソードサムライX」
現われた刃は逆向の左胸へ抵抗なく突き立った。
「よし」
例の分解現象は止まっているようだ。
人間型ホムンクルスは頭を吹き飛ばされた位では死なない。左胸の章印を貫く必要がある。

まひろとの会話から一転、秋水の表情が憤然と引き締まったのはこの瞬間である。

ここは寄宿舎近くの道路。西へ歩けば学校や街の方へ、東へ歩けば寄宿舎へ続いている。
よってウマカバーガーもといロッテリやから寄宿舎へ歩いてきた秋水とまひろは、この凄惨な
現場に出くわしてしまった。

誰も気付かないが逆向の小指がピクリと動く。ただの痙攣か、それとも──…


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