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第007話 「みんなでお食事」 (4)



「見るな」
「う、うん」
まひろの切り替えは早い。すぐさま指示に従い秋水の後ろへ隠れる。ただ、
(何が起こったんだろう)
純粋な子どもじみた恐怖と心配を抱いて、眼前にそびえる逞しい背中に頼りたくなる。
秋水は頼られるとも知らず、名にこもった「切れ味の良い刀剣」じみた目線で総角を見る。
ただのホムンクルス同士のいざこざであったのならばこうはならなかっただろうし、事実、逆
向はL・X・E所属のホムンクルスである。
ただしその装束はなぜか銀成学園の制服。ゆえに誤解が生じた。
つまり、総角が一般生徒を殺害したという単純極まる誤解が。
単純極まるといえば日本刀という兵器の機能もそうであり、殺傷能力を追求する過程で期せ
ずして美術品へと昇華してしまうように、切れ長の瞳に湛えられた蒼き冷光は、一種凄然な
色気を秋水に与えている。
与えつつもその光は殺傷に根ざす物であるから、浴びる総角はたまらない。
「待て待て。確かに楽しいデートの帰り道でひどい物を見せたコトは謝る。この通りだ」
余裕をたっぷり含んだ調子だが、態度はかなり下手である。
「デートではない。姉さんを見舞ってくれた礼の食事だ」
憮然と抗議する秋水に、まひろは肩を落とした。塩を浴びた青菜のようにしゅんとした。
(だよね。うん。……そうだよね)
(朴念仁め。言わんで良いコト言ってお嬢さんヘコますなよ)
気配を悟った総角は若干カチンと来た。が、触らぬ態で忠告する。
「秋水よ。もっと言葉の選び方とか選べ。悪意がなくても相手が傷つくコトは結構ある。だから
考えるべきだ。な? 俺も一緒に頑張ってやるから」
「何の話だ」
無愛想な返事に、総角はソードサムライXを下へ押し込む。逆向の章印に刺さった刃をだ。
もちろん八つ当たりである。
刀身は面白いように逆向の胸へ沈んでいく。底なし沼へ足を投じるように沈んでいく。
「とにかくだ。俺は別に嫌がらせのためにやった訳ではない。いうなれば不運な偶然だし、
コイツはホムンクルスだ。それもなぜか蘇った逆向。まぁ外見は以前と違……」
突きたてた刀身は全体の3分の1ほどまで逆向へ埋没している。
そして逆向が伏しているのは道路であり、彼の体の下にはアスファルトがある。
にもかかわらず。
(おかしい。あるべき手応えがない。貫通したなら、アスファルトの堅い手応えがあるだろうに)
総角は顔色を変えた。
「秋水…… 千歳さんに連絡を取り、そのお嬢さんだけでも寄宿舎へ戻せ」
強張った声音で、総角は手にした日本刀を抜き出すと。
……先端がなかった。首を打たれた武士のように一直線にこそぎ落とされていた。
一体、その消えた部分はどこへ行ったのか?
(よく分からんがマズいな)
総角はそう判断すると、生真面目さゆえに迷う秋水へ鋭い叱咤を飛ばした。
「気持ちは分かるがボヤボヤするな。後ろのお嬢さんまで巻き込──…」
澱んだ熱気がたゆとう路地に、カラスが舞い降りるような暗い音が響いた。
頭蓋なき逆向の手が跳ね上がったのである。
反射的に飛びのく総角。されど彼の不運は秋水に気を取られ、回避が微妙に遅れていたコト。
足首がむんずと捕らえられ、まばゆい光が閃くとみるみる内に分解され、逆向へ吸収された。
後に残った唯一の彼の痕跡は水色の浴衣のみ。
生ぬるい微風の中、すくりと立ち上がる逆向を、秋水は愕然たる面持ちで見た。
最大の弱点たる章印を刺されたのに、なぜ逆向は動けるのか。

すっくと立ち上がった逆向は、下顎から上を吹き飛ばされている。
むき出しになった歯はところどころ欠け、あるいはひび割れ、その近くでは血色の悪い舌が
月光を反射し、棘皮動物のような嫌悪の輝きを振りまく。
ぬぐり、という切羽詰った吐瀉音が食道から響いた時、さすがに秋水はまひろを心配した。
こんな馬鹿げた非日常の光景からは早く遠ざけてやりたい。
ごくごく自然な──それでいて昔なら他人へ絶対しなかったであろう──配慮をする間に、
気道からの不気味なえずきが一気に加速し、ついには肉塊を噴水のように巻き上げた。
くすんだピンク色の雨が注ぐ中、いかに喋っているのか逆向の声。
「ケッ、相変わらず吸収効率が悪ぃな。肉の再生には人一人分足らんようだ」
ぼたぼたと生臭く落ちるのは……恐らく総角の肉片だろう。
「まぁ大元はひとまず回復できた。あの盗人野郎をこうしたように、やりようは幾らでも」
腕に吸い込まれた総角は消化済み。ドロドロとしたペースト状で道路に張り付いている。
そして現われた逆向の顔は……歪んでいた。
比喩的な意味ではなく、古くて故障したブラウン管に映る宇宙人のように、バチバチと。
彼の肌には肉感がなく、目鼻や顔の輪郭が光線のみで結ばれている。
何らかのエネルギーが肉体の代用を務めているようだ。
そして秋水は、現われた顔の造形に見覚えがある。
眼鏡こそないが、ひどく冷淡な印象を与える細目と、天を衝くギザギザの短髪は。
「震……洋?」
L・X・Eの同胞。かつて生徒会書記を務めていた信奉者のそれ。
「体はそれだが今は違う。アイツは迂闊にも廃棄されていた方の『もう一つの調整体』を飲み、
この俺、逆向凱を蘇らせた。この新しい能力付きでな! 武装錬金や章印への攻撃は一切
通じない。クク。廃棄版ですらこの威力、貴様らより先に割符を集め、正式版を入手すれば
ヴィクター様ほどではないにしろ、俺たちはより無敵に近づくだろう! そして」
(俺たちが探している物にはそういう効果があるのか……?)
息を呑む秋水の向こうで、逆向はチェーンソーを発現した。核鉄を持ってなかったにも関わらず。
「震洋などとォ」
「どこか物陰に隠れるんだ!」
「う、うん」
切迫した叫びにまひろは戸惑いながらも駆ける。
「下らねぇ名前で……」
逆向は小型チェーンソーの爆音を轟かせながら、大きく振りかぶった。
「呼ぶんじゃねぇぞぉクズがァァァァァ!!」
チェーンソーの刃先から直径30cmほどのささくれた円輪が群れを成して秋水に迫る。
「武装錬金!」
秋水はポケットから核鉄を抜き出し、日本刀の武装錬金・ソードサムライXを発動。
無骨なコバルトブルーの刀剣を一文字に薙ぎ払うと、触れた円輪がことごとく吸収され、下
緒を伝い、飾り輪からX字型に激しく飛散していく。
「無駄だ。エネルギーを絡めた攻撃は」
「全て防ぐ……その程度は知ってるんだよ! 囮なんだよクズが!」
いつの間にか秋水の頭上高くを飛び越えている逆向は、ワニのような大口を開けた。
「言ったよなぁ、肉の再生に人一人足りねぇってなぁ! まずはそこの女から喰ってやる!」
「え?」
電柱の影に隠れるまひろ目がけて、逆向は急降下を開始する。
卑劣な不意打ちだ。秋水は激しい怒りの赴くまま、猛然と踵を返し電柱前へひた走る。
意識したのか無意識なのか、飾り輪から飛散するエネルギーがピタリと止まった。
そしてがっきと絡み合う日本刀とチェーンソー。
振り下ろされたライダーマンの右手を見事受け止めた秋水が、逆向を睨む。
「彼女に手を出すな」
そのセリフに、まひろはお気楽な勘違いをして勝手に頬を染めた
(カ、カノジョ? 私が秋水先輩の……?)
もっとすぐさま間違いに気付いて、湯上りの子犬のような表情で首をぶんぶん横へ振る。
着地した逆向は一切迷わず、秋水と鍔迫り合いを開始した。
「張り切りやがって。フン。まぁそんなに組みたきゃ付き合ってやるがな」
忌々しく唾棄すると、チェーンソーが唸りを上げて回り始めた。
「テメーの刀が165分割のエネルギーを吸収しようが関係ねえ。武器本来の攻撃だけで刀
を砕いてやる。退けば腹をズタ裂きにして、クソの詰まった腸を泣き叫ぶ女に喰わしてやる」
高速回転の刃がソードサムライXの刀身をガギガギと削りはじめた。
「くっ」
舞い散る金属粉の中で、秋水は必死に前へ踏み込もうとするが
「クズが! 高出力(ハイパワー)の人型ホムンクルスを、人間風情が押し切れるとでも!?」
逆向が無造作に歩を進めるだけで、巨岩のような重量が秋水の背筋を仰け反らす。
(たっ、ただの呼び方だよね。うん。きっとそう! というか守ってもらってるのにヘンなコト
考えちゃ秋水先輩に失礼! 応援しなきゃ……!)
まひろは意を決すると、電柱の影からひょっこり顔をだし、頬に手を当て大きな声援を送った
「が、頑張って秋水先輩! 私のコトはいいから!」
なにがどういいのか。天然丸出しのぼけーっとした声に、秋水はちょっと白けた。
(だいたい何をいうんだ。放っておけるワケが……)
付き合いこそ2日足らずだが、色々な面を秋水は見てしまっている。
妹・弟という共通項ゆえの感情だって覚えている。何かあればカズキに申し訳も立たない。
(この場は守ってみせる。必ず。彼の為にも)
じりじりと圧されながら、秋水は思いがけぬ決意をした。が、ただの力押しでは勝てないだろう。
(考えろ)
チェーンソーは刀身の半ばまで達し、逆向は薄笑を浮かべた。
(武藤ならこういう時どうする。考えるんだ)
カズキの諦めなき姿勢に倣い、秋水は考える。今まで目を向けなかった様々な事象を考える。
そして。
(……あった。わずかだが残っている)
握る刀から伝わる情報に、秋水はためらいながらも行動を起こす。
(危険だがやるしかない)
柄から左手を離すと、飾り輪を跳ね上げた。
ソードサムライXの特性は、エネルギーによる攻撃の吸収ならびに放出である。
どうやら後者は期せずして、まひろに駆け寄る時に中断されていたようだ。
放出が中断されたエネルギーはどうなるか。
消えはせず溜められる。放出に時間差を作り、そのまま敵への攻撃に利用するコトも可能。
「何だ? 諦め──…」
逆向の眼前に浮かんだ飾り輪から、X字型の閃光が放たれる。
斬撃への固執ゆえにかつての秋水は用いなかった機能であり、発動はこの場が初めてだ。
「因果応報だ。目を灼かれたとて文句はいえまい。そう……」
一時的に失明した逆向は静かな、しかし徐々に沸騰へ向かう怒りの声を聞いた。
「いま放出したのは! お前が彼女を狙うために囮にした光輪の残りだ!」
凄まじい気合を迸らせながら、ひるんだ敵を片手持ちの剣で力任せに押しのける秋水。
いきおい逆向は数歩後退し……皮肉にも総角の肉片に足を取られ大きくバランスを崩した。
見逃す秋水ではない。
「行くぞ!」
一気呵成に飛び込みながら、右手で握ったソードサムライXを背中へ大きく回し。
凄まじい左薙を逆向の胴体へ見舞った。
左薙。別名を逆胴といい、秋水がもっとも得意とする技である。
剣風がまひろの髪をぶわりと巻き上げた。
(あの剣…… 秋水先輩、ひょっとしたらお兄ちゃんの仲間なのかな……?)
可愛らしく疑問を浮かべるまひろの耳を、熱吹く汚らしい声が叩いた。
「言っただろうがクズめ! 俺に武装錬金は通じねぇんだよッ!」
総角の攻撃をことごとく防いだ例の六角形の光が展開し、刀身を阻む!
が。
剣は勢い止まらぬまま、逆向の上半身を見事に切断した。
正体不明の防護光は……無効。
刀身へ吸収され、破裂音と共に飾り輪から放出されていた。


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