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第007話 「みんなでお食事」 (5)



「──という訳で、二学期からの転入となる一年、ヴィクトリア=パワードだ」
防人の紹介が終わると食堂全体から歓声が上がった。
さもあらん。紹介されたのは金髪で透き通るような白い肌を持つ、外国人の少女だ。
緊張しているようだが、声はなめらかで日本語も流暢で、とかく聞くものの耳に心地よい。
生徒達は思い思いに誕生日から星座からなんでもかんでも聞きまくり、果てはスリーサイズ
を知りたがる不逞の輩や罵倒を期待するマゾ気質のブタ野郎(いやに声が低い。マジに)ま
でもが出現し、食堂はお祭り状態になった。
少女はそれらに、間延びしたどこかとろくさい声で答えたり、時にはクスクス笑ったり
ひどく慌てたりと、表情豊かに反応を返すから、生徒達の印象はますます良くなる。

さて、紹介を終えた防人は斗貴子を連れて部屋の片隅にこっそり移動した。
斗貴子は落ち着かない。
先ほどの爆音の正体が気になるのか、外の方をちらちら見る。
ヴィクトリアがホムンクルスであるコトを知っているせいか、黒山の人だかりをちらちら見る。
今にも彼女を生徒から引き剥がしたくて仕方ないらしい。
「早く説明して下さい戦士長。どういう経緯で彼女が転校してくるのか」
低く押し殺したハスキーな声が、徐々に早口へなっていく。
「大体、横浜(神奈川県)にいた彼女がどうやってココ(埼玉県)まで」
「移動自体は私が」
ひょっこり会話に参入してきたのは千歳だ。
白い半そでの割烹着を身につけ、下は紺のGパン。
折り目正しく被った三角巾から雪のように白い耳たぶが覗き、レトロな色気が漂っている。
さっきまではカレーをよそっていたが、ヴィクトリア登場のあおりで鍋前がほぼ無人なので来た。
右手に真新しいおたまを持っているのはなぜか斗貴子は気になったが、もし千歳までもが
「その方がカッコイイから」と答えたらすごく人間不信になりそうなので突っ込まない。
「おとといのコトよ」
千歳は任務に必要な下準備を果たすべく、クローン技術に長けたヴィクトリアの協力を仰いだ。
「その時、彼女が出した条件が銀成市(ココ)への移動だったの」

──「私の知っている場所はココしかないけど、大丈夫?」
──(中略)「じゃあ私のいう通りにして」
──千歳は少女の望みを聞くと意外そうな顔をしたが、追求はしない。
──華奢な肩をそっと抱いて、六角形の画面にペンを走らせた。

「ちなみに転校は秋水の発案だ。一応、大戦士長の許可も得ているが……その」
斗貴子が一気に不機嫌になるのを、防人は(やっぱり)という顔で見た。
「スマン。もっと早くいうべきだったんだが、残党狩りやもう一つの調整体のコトで遅れてしまった」
「……彼はカズキの真似でもしたいんですか?」
「いや、そうじゃなくもっとブラボーな理由があるんだが」
皮肉交じりの斗貴子にそういいかけた防人だが、二の句はやや詰まる。
単なるカズキの真似じゃないと知ってはいるが、動機を詳しく説明する為にはカズキが月に
消えた戦いへ触れねばならず、触れれば斗貴子が傷つく。
よって笑顔が好きで涙が嫌いな防人としては避けたい。
「だいたい、こんな人手がいる時にアイツはどこへ。まったく姉弟揃ってフザけて……」
険しい目つきで斗貴子は桜花を見た。
メイド服を着てお冷をにこにこと注いでいる桜花を。
これでもかと短いスカートと青と白の縞模様のニーソックスの狭間でわずかに太ももを覗か
せながらしゃなりしゃなりと歩いて、生徒の要望に応じてお冷を注ぐ。
エプロンドレスの胸元ははちきれんばかりに膨らみ、ウェストは60とやや太めながらも、実
状以上に悩ましくくびれて見るものを悩殺する。
このサービスがついてタダでカレーを喰えるのだから恐ろしい。
新参の転校生なんぞより天下の生徒会長が好きな生徒はひたすらお冷を飲んでいる。
それにしてもこの姉さん、ノリノリである(キートン山田氏の声でお読み下さい)。
とても溌剌とした笑顔で「はい。お注ぎしますね」とかやっている。
そして斗貴子の目線をキャッチすると、にこっと笑って声をかけた。
「あら。津村さんもコレ着たいの? でもごめんなさいね私のじゃないから一存じゃ……」
「う、うるさい! そんなヒラヒラした服を着れるか! というかそれ誰のだ!」
「私のだけど」
千歳がぽつりと呟いた。おたまを無表情な頬の横へ掲げながら。
(クソ。やっぱりこの人も戦士長と同類か。というか本当におたまは何なんだ)
斗貴子は肩を落とすが、千歳は比較的マシな部類だろう。
ただ衣装とそれを着る自分の年齢の関連性を考える機能が致命的なまでに欠落しているだ
けである。7年前(18歳当時)は自分が小学生として潜入できると本気で考えていたのである。
「ところでさっきの話題だけど、きっと前歴が似ているからよ。違う? 防人君」
自然な呼吸で千歳は防人の会話をリリーフした。これで話は例の戦いから逸れるだろう。

ヴィクトリアという少女は、望んでホムンクルスになったワケではない。
100年前、父・ヴィクターが、存在(い)ながらにして死を撒き散らす怪物と化し、錬金戦団に
壊滅的打撃を与え続けていた頃、あろうコトか、その錬金戦団の手によって彼女はホムンク
ルスへその身を変えられた。
以来、ヴィクトリアはホムンクルスも武装錬金も、錬金術に関わる物全てを嫌悪している。
そして100年。神奈川は横浜にある、ニュートンアップル女学院の地下で。
ヴィクターが怪物と化した時の巻き添えで首から下の機能を失い、クローン技術によって脳だ
けで生き続けていた母・アレキサンドリアと共に、閉じた世界で生きてきた。
だが8日前、太平洋上でヴィクターが叫んでいる頃、アレキサンドリアは死んだ。
クローンの大元となる細胞が100歳を超えてしまった為、老化に耐え切れなかったのだ。

秋水のかつての望みは、『桜花と2人きりで永遠に生きるコト』だったと千歳は聞き及んでいる。
前歴はヴィクトリアとかなり近い。だから秋水は動いたのだろう。
ちなみに千歳は前述の任務の最中、ヴィクトリアを探していた時に彼女を説得する秋水をヘ
ルメスドライブ(対象を映すレーダーの武装錬金)で見てしまっている。

──その人物はいつもの居住地で、別の人物を会話をしているようだ。
──(中略)対象と話をしている人物は、ひどく端正な顔立ちだ。
──にもかかわらず、その前歴は特異で、かつ波乱と闇に満ちている。
──戦団に入るのがもう少し早ければ、再殺部隊へ編入されていただろうと思わせるほどだ。

秘めた何かを変えようとする秋水の表情は、けして真似から出たものと千歳は思いたくない。
それはきっと7年前の失態以来、ずっと冷静たろうと務めてきた姿勢ゆえの親近感だろう。
もっとも、「小学生として潜入中のホムンクルスに気付かず、自分が戦士と漏らして任務を失
敗に導いた」千歳が、ホムンクルスの転入を認めるのは皮肉めいてもいる。
更に斗貴子は惨劇の唯一の生き残りだから、学校にホムンクルスを招いて平気な筈もない。
「人喰いについては大丈夫だ。キミが女学院を調査した時、そういう話は聞かなかっただろう?」
斗貴子は頷く。
「神隠し」により一時的に姿を消した生徒のウワサなら小耳に挟んだが、死者や行方不明者
の話はなかった。人喰い不可避のヴィクトリアが100年も住んでいたにも関わらず。
「しかし、外部の人間をさらっていたら話は別です。武装錬金を使えば完全に隠蔽も──…」
「それはないと思うわ。彼女は錬金術の力を嫌っているから」
千歳は粛々と説明する。
「武装錬金を使ってまで隠蔽はしない筈よ。人喰いの衝動自体、かなり辛いでしょうしね……」
理を持って諭されると、それ以上抗弁できない斗貴子である。
そも、ヴィクトリアをホムンクルスにしたのが戦団と知っているから殺意はあまり抱けない。
「ただ、いま私がいったコトは、闇の中のわずかな光明にすぎないの」
(その"わずか"に多くの人々の命をかける訳にはいかない、か)
むかし斗貴子にいったセリフを使われて、防人は複雑な微笑で頬をかいた。
「冷たくいえば人喰いの可能性はゼロじゃないから、あなたの不安も分かるわ。だから……」
千歳はちらりとヴィクトリアを見て、Gパンのポケットに触れた。
そこには核鉄が入っているから、ヘルメスドライブで監視する、といいたいのだろう。
「確実な手段だが、あまり気が進まないな」
防人がため息をつくと、千歳も微妙な表情をした。
ヴィクトリアは戦団の被害者だし、容貌もまだまだ幼い少女だ。
7年前、小学生の姿のホムンクルスに出し抜かれていながらなお、監視には抵抗がある。
(せめて戦士・根来が入院中でなければなぁ……)
(確実に遂行するでしょうね)
単身痩躯で鋭い目つきをした同僚の冷徹さが、防人や千歳には羨ましい。
だが根来は重傷。退院まであと9日は要するだろう。
「私にはそれ(監視)を強制する権利はありません。戦士長の判断にお任せします」
斗貴子は呟くだけだ。千歳の提案を推挙しないのは、彼女なりの葛藤があるせいだろう。
(……カズキ。キミだったらきっと真っ先に、彼女を人間に戻そうとするんだろうな)

「大丈夫! ヴィクターだって白い核鉄がもう1つあれば人間に戻れる! だったらホムンク
ルスから人間に戻る手段だって絶対にある! 一緒に探そう!」

などと力強く励ましながら。
口調や身振り手振りや表情がリアルに思い浮かび、斗貴子は寂しそうに微笑した。
そういう感傷があるからこそ、秋水がやっている真似事は気に入らない。

(カズキの代わりはいない。誰もカズキの代わりになれるはずもない)

そういう率直な感想が、なぜか段々自分へ言い聞かせる言葉へと変じていく。
奥底に抱いた願望や希望を諦めようとするように。叶わぬ辛い願いを断ち切ろうとするように。

(分かっている)

斗貴子は、陽光なき寒色を瞳に宿し佇んだ。

ところでどうも今晩の早坂姉弟は日常を満喫できない運命らしい。
桜花は御前から「震洋現る。秋水とまひろがそれに遭遇し、総角が倒された」という報せを
受けて、急いで防人たちに声を掛けた。

「震洋?」
「L・X・Eの信奉者だ。行方をくらましていたが……」
千歳に説明する防人へ、桜花は報告を続ける。
「ハイ。ただ彼、逆向凱の武装錬金を使ってるんです」
「俺の部下が倒したという幹部のか」
防人は顎に手を当て軽くうめいた。
(気になるな。まぁ戦えば正体も判るだろうが……どうも色々ありすぎる。正直、人手が欲しい)
と防人は考えてみるが、現在の戦団の状況からすれば望みは薄い。
そもそも、防人、千歳、斗貴子、桜花、秋水の5人だけでも他から見れば戦力過剰のむきがある。
「ともかく私が出る! まひろちゃんをアイツに任せるワケにはいかない! だが桜花」
ぶっきらぼうな声が桜花に刺さる。斗貴子だ。
鋭い直視の眼差しは対ホムンクルス並みに殺伐としていて、千歳は7年前とのギャップに息を
呑む思いをした。しながらも、一団の神経が本来目的の監視から外れそうなので、食堂を見る。
「いいか。戻ってきたらなんで秋水の奴がまひろちゃんと一緒にいるか聞くからな!」
「ム! それは俺も気になるな。戦士・秋水もストロベりたい年頃か?」
防人は興味津々だ
「タダのお食事」
桜花はしれっと笑った。
「以前、私をお見舞いに来てくれたコトへのお礼だそうです。だから今度は津村さんの番かも」
もちろん秋水にその気はない。まひろへの誘いだって桜花の提案だ。
しかも桜花は、デートの体裁になるのを半ば計算の上ですすめたのである。しかし。
(津村さんに本当のコトなんていったら私の身が危ないもの。嘘はついてないからいいわよね)
ある程度の打算によって、安全が図れる言葉を吐いているのである。
「冗談じゃない! 誰がアイツの誘いなど……まぁいい、今はそれどころじゃない」
凄まじい勢いで食堂を脱出する斗貴子を、千歳はおたまを振って見送った。
(あらあら。ひょっとしたら秋水クンとまひろちゃんにとって一番の障害になるかも。困ったわ
ね……私が何とかしてあげないと)
桜花は意味ありげな薄ら笑いを浮かべ……お冷を注ぎに戻る。

すると、鍋からカレーを非常に大きなタッパーに移す見慣れぬ生徒がいた。
髪は黒いが明らかに浮き、カツラだと語っている。首筋には金色の煌きが覗いている。
背は秋水とほぼ同じで、フザけたコトに鼻メガネ着用だ。そして胸には……認識票。
桜花は防人とアイコンタクトを取り頷くと、2人がかりで近づいていく。
千歳は(監視していたのに……どうやってそこへ)と、核鉄を握り締めた。

彼らの事情を別として、ヴィクトリアへの質問、続く。

ほやほやした性格のまひろでも、流石に目をぎゅっとつぶって見るのを避けた。
文字通りの胴体着陸。湿ったおぞましい音の反響。
逆胴により真っ二つの逆向は、腸ブチ撒く腹を地面に叩きつけた。
(チ。どうやら例の光の原理はライダーマンの右手と同じらしいな。大抵の武装錬金を防げる
といえど、エネルギー吸収の特性だけは例外…… つまりはいつもの構図かよ。武器持ちの
クズがだらだら俺らを削りやがる構図かよ。変わり映えろや気にいらねェ)
残心怠りなき秋水が踏み込み、逆向を唐竹に割らんと剣を振りかざす。
(だが!)
「嘲笑」というテーマであつらえた胸像があるとすれば、いまの逆向はそれに似ている。
「サシならばまだやりようはあんだよクズ!」
逆向の下半身がしゅうしゅうと煙(けむ)に溶けるやいなや、イナゴの群れのようにソードサム
ライXにまとわりついた。
例のエネルギー吸収が発動しないところを見ると、物質的な攻撃のようだ。
刀身を逆向の脳天近くでぴたりと捉え、斬撃を終息させた。
「クク、『もう1つの調整体』の特質がァ、防御のみだと思うなよッ!」
煙の中で細かい光が瞬いた。
チェーンソーと赤子の鳴き声をブレンドした不気味きわまる怨嗟の音を響かせながら。
秋水はまひろをかばえるラインで飛びのく。が、煙から刀を引き抜く時、嫌な手ごたえが走った。
見ればソードサムライXの至るところがばらばら崩れつつある。
もはや武器としての使用は望めない。救援を呼ぶ時間も。
「どうだ? 構図に慣れきった堅物にはなかなか絶望的な光景だろう!!」
逆向の顔の光が激し、鉛のように中空で塗り固められた煙が最高潮の殺気を上げる。
正体不明の刃の音を内包しつつぎゅらぎゅらと。
「喰らい尽くせッ! ブライ・シュティフト!」
瓦解の剣を携え、なおまひろを守らんと佇む秋水。その背中を悲しげに見つめるまひろ。
救援が訪れたのは正にその時。
「フ。何が出るかは知らんが、1体1でしか功を奏さぬならば阻止は容易い」
秋水は目を見開いた。逆向も同じく。
「俺が参戦すればいいだけだからな。最適の武器と技を選択した状態で」
天空から聴きなれた声が響いた。
「出でよ! 戦闘槌(ウォーハンマー)の武装錬金、ギガントマーチ!」

「ア、アイツ生きてたのか? しかもわざわざニアデスハピネスで飛んでる!」
寄宿舎上空の御前は数10m先の上空に、意外な影を見た。
学生服姿で背中から蝶の羽を生やしている金髪の男を。
「あ、解除した。で別のが」
頷くような仕草で視線を落とし、御前は「なんでもアリじゃねーのアイツ?」と
難しい顔をした。

影が振ってきた。逆向の脳天めがけて。
牛の頭ほどある鉄塊を長い柄につけただけのシンプルな槌を振りかぶり。
「標的変更! 行──…」
中空から落下する物体は、質量が多ければ多いほど速度を帯びる。
例えばなんらかのアクシデントで戦闘相手と落下した場合、鎧を着ている方が早く落ちる。
ロビンマスクがいうんだから間違いない。
煙が影を狙い撃つ頃には、轟然と風切る槌はすでに致命の射程内。
「チッ」
すんでの所でかわした逆向のすぐ横に槌がめり込み、ソニックブームを界隈に走らせた。
「おや。避ける必要がない物をわざわざ避けたか。ちょっとした地震が起きてしまうな」
余裕たっぷりな人影──…総角の足下で逆向は歯軋りした。
確かに避ける必要はない。が、意表をつかれ反射的に回避を選んでしまっていた。
「クズが。どうして生きている」
「フ。それは俺こそお前に言いたいセリフなんだが。どうだ、教えてくれたら核鉄を2
個やろう。悪い話ではないだろう?」
「フザけやがって」
屈辱に唇わななかせつつ逆向は、片腕だけで跳躍。
寄宿舎から走ってきた斗貴子が目を尖らせながら殺到したのはこの時だ。
彼女も同じく飛ぼうとした。がその瞬間地震が起こり、充分な跳躍を許可しなかった。
ギガントマーチの特性は……地震発生。
7年前、防人や千歳と同じ部隊にいた戦士(現在は戦士長)が戦った時には、山肌をブッ叩いて
土石流を巻き起こし、一集落をまるまる壊滅させた。
ちなみに本来の使い手は、斗貴子の顔に一文字の傷を刻んだ男でもある。
「惜しかったなァ! 飛んで一撃食らわし叩き落せば、クズども全員で俺を袋にできただろうが」
付近の民家の屋根へ手をつくと、逆向は彼を見上げる者たちへ濁った瞳を向けた。
「下らん小競り合いに終始する俺じゃない。一時退く。だが、そのうち面白いコトになるぞ。
『奴ら』は既に動き始めている。ネズミのように街を走り回る貴様らとその仲間も! 戦士も!
人間も! いずれ坩堝に飲み込まれて死に尽くせ!!」
それだけを言い残すと、逆向は屋根伝いに跳躍し姿を消した。


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