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第021話 「環境の変化(中編)」



「俺のシルバースキンは精神状態によって硬度が大きく左右される。戦闘時には例えミサイル
が直撃しても爆ぜない……というのは既に何度も聞かせたな」
シルバースキンを解除し、脇腹の辺りを確認した防人はちょっと顔をしかめた。
つなぎが破られ、一文字の朱線から血のしずくがこぽこぽとこぼれている。
「ええ」
秋水はうなずくと、「それに倣ってみました」と言葉少なにつぶやいた。
表情は暗い。防人の傷を深刻そうに眺め、持っていた核鉄を差し出した。

シルバースキンが砕けた瞬間、あわや刃が肉に食い込む寸前で秋水は武装錬金を解除し
たのだ。

「気にするな。そうやって咄嗟に止められただけでも偉い」
秋水を手で制して笑って見せる防人だが、もっとも内心はけして穏やかではない。
心中の彼は髪や瞳や不精ひげや肌の色素すべて真っ白にして、ぜぇぜぇ息ついている。
(危なかった! 確か戦士・秋水の逆胴は真剣ならば二本差しごと胴体真っ二つにできる威
力──! 生身で食らってたら俺は死んでいた……!)
ンな物を生身で受けかけてはさすがの防人も死の危機感に冷汗三斗だ。
「と、とにかく、ブラボーだ。闘争心の昂りに応じて刀の硬度を高めようとする着想、大成功だ!」
秋水の肩をぽんぽん叩きながら、惜しみない心からの賛辞を防人は送る。
本当は頭をわしゃわしゃ撫でてやりたいほど嬉しいが、どうも相手が秋水のような美丈夫だと
悪いような気がするので、親しみを声に精一杯込めるのである。
「しかしさっきの攻撃、君にしては大胆だったが、必ず敗れるという確証はあったのか?」
「いいえ」
秋水はかぶりをふった。ふるだけでも声はいかにも格好良い。
「通じなければ撃たれるだけです。そして俺はすでに何度も撃たれています」
「フム。確かにそうだが…… にしても少し無謀すぎないか」
「無謀なぐらいが俺にはいいんです」
「……少なくても”彼”なら、傷だらけになるコトを厭わない、か?」
「ええ」
顔の曇った部下に、防人も少しつられる思いだ。
(そうだな。お前が戦士になった理由も闘っている理由も、”彼”の存在が大きいからな──…)
この元・信奉者の人生に重大な影響を及ぼした男はいまだ月に居て、はたして帰ってくるか
どうかも分からない。
直面している欠如は、余人にはとうてい解決できそうにない巨大な物だ。
防人は早々に、斗貴子を始めとする関係者を見守るほかないと決めてはいるが、できるのは
結局それだけで、それだけだと決めてしまえられる理性の成熟が恨めしい。
若い頃ならば自分の努力によって総てを救えると信じていた。
だが過酷な現実の前に砕かれ、それ以降でも任務の中で忸怩たる思いをしたコトなどいくら
でもある。部下だった剣持とて采配の至らなさゆえにムーンフェイスに斃されてもいる。
だからこそ、秋水のような若い戦士には親身になりたい防人である。
「戦士・秋水」
「はい」
名前を呼んだ青年は、いかにも生真面目な面持ちである。
L・X・Eという、序列の順守を怠ればすぐに命を失う組織で過ごしていたせいか、目上の人間
との会話には必要以上に力が入るのだろう。
「あー、なんだ」
声を所在無げにぶらしながら、意識的におどけさせる。
「さっきみたいなコトはだな、なるべく峰打ちでやってくれないか? もし途中で止まらないと
俺は死んでしまう。いくら鍛え抜いていても刃物だけはさすがに厳しい」
冗談めかして笑ってみる。たいていの相手は、これでフっと緊張状態を解いてくれる。
例えば斗貴子なら高確率で白けたり呆れたりする。が、そんな人間的な感情の緩みが生じて
くれれば、少しは会話もしやすくなる。
防人が部下とのコミュニケーションから地道に学んだ一種の呼吸だ。(生来の天分も大きいが)
「尽力はします。けれど」
「けれど?」
顔は相変わらず硬いが、返答してくれるだけでもありがたい。
「ソードサムライXは両刃です」
「ん。そうか。じゃあだな、もう片方を斬れないようにするコトは可能か? 俗にいう『逆刃刀』と
いう奴だ。確か幕末か明治に『不殺』を掲げた剣豪が使っていたらしいが」
「さすがにそこまでは。大体、峰と刃を逆にしても殺傷能力にあまり変わりはありません」
日本刀は鉄でできているから、切れ味がなくてもちょっとした鈍器ぐらいの威力がある。
だから頭や腹など撃てば、脳や内臓に致命的なダメージがいくのではないか、というのが秋
水の弁である。
「無理、か。まぁ、仕方ない。武装錬金にもできるコトとできないコトがある」
目をすうっと細くして、防人は次にああいう斬撃がきたときどう避けるか考えるコトにした。
そういうのも教導の醍醐味だし、防人自身の成長にも繋がる。
「しかしなぁ、英語版のタイトルが名前なのだからできても不思議は……」
皺の寄った顎にピストル状の手を当て細目で上を見ながら、防人はぼそりと呟いた。
「?」
「ん? 俺は何かいったか? あぁ、そうだ。君に二つほどいいコトを教えてあげよう」
いうが早いか防人はシルバースキンを再度発動した。
ただし今度は身にまとうのではなく、自分の横に立たせる形であり、色も黒い。
「まずはシルバースキンリバース。ムーンフェイスを倒した手段だ。参考までに見ておきなさい」
漆黒の防護服の各部で何やら雲霞のように渦巻いたと見るや、それらはびゅーっと帯状に
伸びて部屋の中央へと飛んで行った。
もし秋水に編み物の素養があれば、毛糸を引き抜かれるセーターを想起しただろう。
帯の長さに反比例して、防護服はみるみると形が崩れていく。
要するに構成素材たるヘキサゴンパネルを解体して、帯の形にしているらしい。
秋水が内心下を捲いたのは、帯どもが実に滑らかに宙を走っているところだ。
てっきり防御一辺倒の武装錬金だとばかり思っていたから、こういう奇妙な芸当を見せられ
ると、目が引きつけられてしまう。
やがて帯によって、幅、奥行き、高さ、いずれの観点からも「部屋の中心」たる所へ大きな円
が描かれた。
次はその上下に一定間隔をおいて少し小さな円。
さらにその側面を接合するように帯が弧を描いて、縦方向にもいくつかの円を描いた。
これはむかし公園によくあった円状のジャングルジムに近い。
「さて、この中に何か入れてみると効果が分かるんだが」
「ハイ! ちょうど空のペットボトルがあったよブラボー!」
「ム! いいぞ、ブラボーなタイミングだ」
快活な声と一緒に飛んできたペットボトルをキャッチしたブラボー、それをジャングルジムの
中に放り込んだ。
秋水はその光景を真剣に見ていたが、しかし何かが引っかかる。
「これの名前は、ストレイトネットという」
考えかけたが防人の説明を聞く方が大事なので、ペットボトルに目を向ける。
実に奇異である。
防人が遠巻きに手をかざすと、ヘキサゴンパネルで構成された球体がペットボトルに向かっ
て狭まっていき、やがては人の拳よりも小さくなった。
当然、防人が武装錬金を解除した後に落ちたのは、超(蝶としたいがなんか文脈に合わな
いので超とする)圧縮されたペットボトル。
世に疎い秋水でも「深海に持っていかれたカップヌードルの容器」ぐらいは教科書経由で知っ
ている。いま見ているのはまさにそれだ。
青い半透明のプラスチックは溶けて再び固まったように不規則な皺を浮かべて、カチンコチン
に固まっている。フタの部分などはとっくに割り砕けているから凄まじい。
「とまぁ、こんな要領で分身したムーンフェイスたちを一ヶ所に集めてだな、後はこう」
粉砕・ブラボクラッシュ! と子供のような手つきで正拳を繰り出した。
「一気に斃したという訳だ。奴は分身が一体でも残れば復活するからな」
「なるほど。道理で」
納得した秋水に向って、防人は「さて」とおどけた様子で問いかけた。
「ちなみにこの技、実はちょっとしたモチーフがある。君にはそれを答えて欲しい。制限時間は
ジャスト三十秒!」
快活な防人に反して、秋水の顔は驚きに曇った。
答えづらい問いかけである。
予想していない事柄について問われても、即座に展開できるだけの柔軟性を持っていないし
また、世界に対する知識も乏しい。
剣ならばいい。繰り返し繰り返し修練しているから、ある程度までは反応できる。
しかし会話はまったく違う。出自ゆえにどうも桜花以外の人間との対等な会話というのは不
慣れなむきがある。
なのに生真面目な性分ゆえに、百パーセント正しい回答を出さねばならないという義務感に
駆られて何もできなくなっている。
「さ、どうした早く答えるんだ戦士・秋水。決断力も戦士には重要な要素だぞ」
防人は秋水の機微がよく分かるらしく、ニヤっと笑いながら回答を促した。
「……」
物事をよく知ってさえいれば、今見た現象と似た物を選んで口に上らせるコトができるのだ
が、どうしても見つからない。
「そんな深刻に考えなくても大丈夫だよ秋水先輩。ちょっとしたクイズって思えば」
「そうは言うが、咄嗟には……」
美貌は暗く、煮え切らない。防人がやれやれとため息をついたのもむべなるかな。
「甘いぞ戦士・秋水! 戦いは常に予想外の事が起こるものだ! それに咄嗟に反応できる
かどうか、戦士の真価はそこにこそある!! 何もせず、ただ状況に流されているだけでは
敵のペースにはまるだけだ! 完璧でなくてもいい、とにかくまずは動くコトが重要だぞ!」
発破に秋水の顔がゆらめいた。いい兆候かも知れないと防人は思い、さらにもうひと押し。
「現に先ほど、ソードサムライXを咄嗟に解除できただろう。あの要領を思い出せ! こういう
のは才能じゃないんだぞ。反射的な行動の繰り返しで十分培える」
「そうだよ。こういう時は肩の力を抜いてリラックスだよ。そしたらいい考えが浮かぶかも!
(……そうだな)
交互に向かってくる声の中で悩みながら、目を閉じ、考える。
(正答が出せずともいい。まずは俺に分かる範囲で答えていけばいい)
すると先ほどまでの焦りが少しずつ余裕へと融和していくから不思議なものだ。
きっとそういう心境になれるのは、外からの声のおかげなのだろう。
外からの声。遠い昔、桜花と二人してアパートの一室に閉じ込められた時は、いくら扉を叩
いても返ってこなかったものだ。
(それに今こうして何かを与えられているから、不思議な話だ。そして)
思考の手がかりは、先ほどの技名だ。
(ストレイトネット……網。網状の物といえば──…)
「蜘蛛の巣、でしょうか。計上こそ少し異なっていますが、敵を拘束するにはこれしかないと
俺は思いました」
防人は惜しそうな顔でボサボサの黒髪をかきむしった。
「惜しい! 網状という部分は合っている。正解は地引き網だ。むかし、とある任務で住民たち
と一緒に魚を獲る機会があってな、その時にこの技を思いついた」
なるほど、と正解を与えられた秋水の顔に光が射したが、すぐ不思議そうな風体になった。
どうも防人のいいたいコトが分からない。
という気配がすぐ伝わったらしく、防人はこう続けた。
「要するに、だ秋水。武装錬金にはこういう応用の仕方があるというコトだ。そう難しく考える
必要はない。さっき闘争心を高ぶらせて武装錬金の硬度を上げたように、ちょっとした着想
で君の武装錬金も闘い方を変えるコトができる……それを伝えたかった」
ニっと唇の端を吊り上げるガキ大将みたいないつもの笑みで、防人は親指を立てた。
(確かに、これからはそういう戦い方も必要になってくる)
斗貴子や剛太が破れて、しばらく戦闘不能である以上、秋水が戦う機会が増加するのは目
に見えている。
ちなみに現時点では、LXEの逆向・佐藤といった顔なじみや、総角率いる六体のホムンクル
スと敵対する可能性が非常に高い。
やや不安ではあるが、アドバイスがあるというのは心強い。
だから防人という戦士長が、ひどくありがたい存在のように思えてきた。
秋水には剣技での師匠がいるが、武装錬金にとっての師匠は防人になるかも知れない。
「そして以前俺は、君のいう”彼”に一つの試験を施した。身体能力のみでシルバースキンを
破れば戦士合格……そういう条件で、だ」
遠くから瞳を覗き込んでくる防人に、秋水は「え?」という表情をした。
「悟ったようだな。そう、君の身体能力はすでに”彼”を超えている。あの時は試験用だった
が、今回は戦闘用。硬度はまったく違う。これが二つ目」
実際問題、当時の”彼”と秋水では、まだ秋水の方が諸々の要素からして上だった。
それがとある奇策で敗れただけであって、武技だけで競えば秋水の勝ちは揺らがなかったと
いえるだろう。
そこから修行に行って防人や剣道部の面々とも鍛錬を繰り返している以上、成果がでない
ワケはない。
「……本当ですか?」
「ああ。こういうコトは命に関わるからな。俺は嘘はいわない。君は着実に強くなってきている。
だから自信を持っていいぞ」
まだ少し信じられないという様子の秋水の肩をぽんぽん叩く防人の後ろで、
「うーん。よく分からないけど、良かったね秋水先輩」
まひろも嬉しそうに笑った。
刹那、防人と秋水は凍りつく思いで彼女を見た。
いつの間にいるのか。そういえば先程からの元気良い声は彼女だったのか。
で、二人して軽い硬直状態で首とか関節をぎぎぃっと鳴らしつつ顔を見合わせた。
(なぁ、戦士・秋水。一つ聞きたいんだが、彼女はどうやってきたんだ。そりゃ、彼女もカズキ
や斗貴子が戦士というコトは知っているが、こういう場所に来られると少々マズいぞ)
(むしろ俺が聞きたいぐらいです。特訓中は入口を封鎖しておくんじゃなかったんですか?)
(ああ、したともさ。しなければ戦士・千歳にひどく怒られるからな。実際、俺は生徒から没収
したブラボーな本だって、見つからないよう厳重に隠している! 特集別にきちんと整理整
頓した上でな。そして俺は鍛え抜いたこの眼力で絶対に見つからないであろう場所を見繕
い、隠している! よって絶対に見つかるコトはないといえるだろう!)
ちなみに後年、パピヨンパークという場所での任務時に千歳から「知ってるわ」と冷たくいわ
れるのだが、それはまた、別のお話。
防人と秋水がヒソヒソ話す間にもまひろは周囲を見回して
「あ、でもここなんなんだろう? もしかして秘密基地? 特訓場! それともそれともなにか
こう、私たちのいる世界とはかくぜつされたじげんだんそーのすきま、いわゆるへいさくうか
んとか!? うーん、自分でいっててよくわからないけど、そうだったらいいな」
と目を輝かせながら勝手な感想をすっちゃかめっちゃかな口調で漏らしている。
(いや、戦士長。話が逸れていませんか?)
(おっと俺としたコトが。すまんすまん。とにかくだな、今日だって扉を閉めてから厳重に厳重に
チェックした。だがしかし、彼女はココにいる! 謎だな! よーし!)
むしろこの不測の自体に、防人は燃えているらしい。拳と拳をがっしり衝突させて 
(戦士・秋水。ちょっとお前が聞いてみろ! こいつは戦士長命令だ。逆らうコトはできないぞ!)
とか言い出した。
なんで自分が、という感想も少しはあったが、上司の命令は絶対なのでまひろにくるりと向き
直って所在なげに接近。いったい何をしているのか。まるで女子高生探偵と胡散臭い助手に
事務所を奪われた上に薄給で働かされるハメになったチンピラのようにしょぼくれていると、
(まぁ、アニメではなぜか声が変わったのだが)好奇心いっぱいの人懐っこい瞳が向いてきた。
不思議といろいろな疲れが抜ける感じがするが、それも困惑。
「えーと。どうして君はここに来たんだ?」
まったく平坦でひねりもないセリフだ。
「先輩レーダー!!」
まったく突飛で理解したがいセリフだ。
「用事があったから秋水先輩を探してたんだよ! でもなかなか見つからなかったから、どこ
かなー、どこかなー、って寄宿舎をうろうろしてたら、ちょうどココの上のね、管理人室の辺りで
みゅう、みゅうみゅうみゅう、みゅーっ! てレーダーに反応したの! むむっ、コレはもしか
して斗貴子さんレーダーの秋水先輩版!? とゆーコトで畳とか叩いてたら、ココに来たん
だよ」
(……話の筋道が立っているのか立っていないのか分からないな)
(戦士・斗貴子や戦士・秋水を素で感知できるとは……戦士・千歳も驚きだな)
「ちなみにね、特訓の手伝いなら私もするよ! これでも昔はアメフト部でマネージャーをね」
「ほう。君がそういうのをやっていたとは初耳だな。確かにそういう声だが」
「ううん。違うよブラボー、やれたらいいなぁーって、思ってたの。でも意気込みだけなら十分ッ!」
秋水にはだんだん、はしと拳を固めて力説するまひろが暴走機関車に見えてきた。
止められる者はいるのだろうか。
「あー、力説のところ悪いが武藤まひろ。ここは立ち入り禁止なんだ」
(いた!)
秋水が驚く中、まひろは青くなって謝り倒したがそこは割愛。
「で、用事というのは?」
「あ、用事というのはね……」
先に断わっておく。
その用事というのは、秋水が今後しばらくまひろやヴィクトリア、千里に沙織といった女性陣
に振り回される「用事」だった。


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