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第023話 「人(?)それぞれ」



この三日間(斗貴子・剛太敗北から秋水が演劇やるまで)について。

Case.01 中村剛太

敗北後、桜花とともに下山。彼女の呼んだタクシーでサンジェルマン病院へ運ばれた。
その際に目を丸くしたのはかつて打ち破った根来が待合室にいて、しかも生々しい傷を浮か
べていたコトだ。
根来は根来で敵と戦ったとは後で聞いた話だが、あまりに意外な場所での再会に血液不足
の頭が不可解さでさらに眩む思いをした。
しかもそばには千歳がいて、以心伝心というか。会話はなけれど妙に息があっていた。
(アイツ、戦友いたのか?)
入院生活でヒマな剛太は、ベッドの上で時々そういう疑問を考えてみるが特に答えは出ない。

斗貴子には会っていない。
まさか彼女が負けて、剛太に一拍遅れて入院する羽目になろうとは。
斗貴子の強さを知る剛太にとってはまったく予想外だった。
(……やっぱ響いてんだろうなァ)
カズキの件での傷心が敗因なのだろう。そうとでも理屈をつけねば納得できない。
「連戦に連戦で疲労困憊している所に不意打ちを受けた」という顛末を聞き及んでいたとし
ても、なお。
(情けねェ。俺、結局先輩の力になれなかった)
もし自分が負けなければ斗貴子も……と考えずにはいられない。
だから次は絶対に……と気合を入れるのだが、横槍が入ってくる。
騒がしい見舞客のせいで、どうも剛太は葛藤に浸れない日々を送っている。

(いったいなんでこいつら毎日毎日来るんだ!)

今日もドアが開いた。
怒鳴りたい思いで剛太はその美しい相手と醜い相手を唖然と見た。

Case.02 早坂桜花

剛太を病院に届けた後、傷だらけで気絶した斗貴子が寄宿舎の裏口に打ち捨てられていた
という連絡を受けた。それも核鉄を奪われた状態だったというから驚きだ。
ちなみに気絶した斗貴子を見つけたのは河井沙織という、桜花にとってはあまり馴染みの
ない後輩だそうだ。
(? 変ね。夜は確か寄宿舎からの外出は許されないはずよね。でもなんで裏口に……?)
軽い疑問は浮かんだが、その後の剛太・斗貴子の入院手続きや入院準備に忙殺されて沙
織の口から聞くことはできずにいる。
ともかく。
自分の作った行きがかりのせいで秋水はどんどんとまひろと親密になっていき、戦闘のあった
晩も一緒に麻婆豆腐を食べていたという。
いかにも平和でのほほんとした微笑ましい情景だ。
その裏で桜花は少しずつ自分から離れていく秋水に胸を痛めているというのに。
(覚悟していたつもりだけど……やっぱり寂しいものね)
が、秋水が鎖された世界にいた一因は桜花にあるとも思う。だから自立を妨げられない。
けれど寂しさは払拭できず、誤魔化すように桜花は毎日剛太の見舞いに行っている。
しかし見舞いに行くといっても、桜花にはそれがひどく難しい行為に思えて初日は密かに四
苦八苦していたりもする。
社交辞令的なお見舞いならいい。適当に物を買って適当に笑っておけばいい。
恥ずかしい話、そういうのはできるのに「心を込めて」やろうとすると、途端に分からなくなった。
いろいろ調べた。本を読んでネットを調べて…… で、分からない
考えて苦悩した挙句、花とメロンを買った。そこで気づいた。「なぜ心を込めているのか」
桜花の心はらしくもなく硬直した。頬がかぁっと小娘のように赤くなるのが分かって、見舞い
自体やめようと思った。
剛太などは秋水に比べたらまったく顔が良くない。一見すると軽薄で、目だって垂れている。
そのクセ、到底かないそうにない恋愛に必死に熱を上げている。
でも剛太は斗貴子に対して懸命で真摯なのだ。世界で一番大事に思っているのが透けて見え
る。そんな部分は見ていて好ましくて、でも、いつかそれが決して報われぬと彼が知る日も予
見できる。
放っておけないと思えるのは、境涯の近さか……それとも?

Case.03 エンゼル御前

一度意を決したら、後はその行為が日常に馴染んでいく。

またか、という顔をした剛太に艶然とした笑みを返すと、桜花は着席した。
花とメロン。任務がひと段落した時間にそれを持ってお見舞いするのが桜花の日課だ。
「帰って下さい。俺は怪我してるんです
「あら、メロンはお嫌い?」
「そういう問題じゃないです」
絆創膏のついた顔をプイと背けて、不機嫌なノド声を漏らした。
剛太にとっては迷惑だ。元・信奉者という得体の知らない種族が毎日毎日枕頭に花とメロン
を持ってきて、ニコニコと観察してくる。騒がしい自動人形付きで。
「ようゴーチン、核鉄どうするか決まったか? 盗られたのは仕方ねーし、ココはさっさと戦団
から新しいの貰っちまえよ!」
「うるせェぞ似非キューピー! 前にもいっただろ、戦団は今、ヴィクター討伐の余波でボロ
ボロな上に、大戦士長の誘拐でてんやわんやなんだ。新しく支給されるワケないだろ!」
まったく疲れる。ヘンな声のヘンな顔のヘンな自動人形相手にどうして病床で怒鳴らなければ
ならないのか。
しかもそのヘンな自動人形の人格は、容姿端麗なる桜花の人格をフィードバックしている。
要するに桜花の本音を聞かされているようなものだから、いくら桜花が楚々とした上品な態度
をとってきても信用できない。
「それもそうね」
剛太からその旨を告げられた桜花は、何がおかしいのかまたニコリと笑って見せた。
実に邪気がない。ないからこそ疑わしい。
「まったく何なんですか毎日毎日。つーかそろそろ敬語やめていいですか? ブッちゃけ俺、
あんたらみたいな元・信奉者、ちっとも好きじゃないんですけどね」
「ええ。好きなように」
「うんうん。ゴーチンにゃ敬語なんて似合いやしないって」
毒を吐いたのだが、二人(?)にニコリと微笑で答えられてはやり辛い。
「で、なんで毎日来るんスか?」
「いったでしょ。弟のコトで寂しいからに決まってるじゃない」
冗談めかしてるのにどこか寂しい雰囲気がにじみ出ていて、剛太はどうもやり辛い。

Case.04 光が無い

八月二十九日 (斗貴子敗北から数時間も立たない頃)

「死体を運んできました」
チワワであるところの鳩尾無銘は円らな瞳を「ああ?」と不機嫌に歪ませて相手を見た。
「ですから、死体を……」
ボソボソを喋る少女の姿は闇にけぶって良く分からない。名前は鐶光(たまきひかり)。
チワワから見れば巨大な。人間なら小柄な。小札よりは若干大きい背丈。
「ほめてください無銘くん」
「黙れ。褒めどころが皆目見当つかぬ! そも汝が我が半径二尺以内に接近するコト許さず]
「そう……ですか」
後ろ髪をリボンでくくって下に垂らしている少女は、ぽつねんと呟くと、無銘を抱き上げた。
「ご褒美として、耳、噛みますね」
「離せ! というか脈絡が見当たらん! 師父、師父! 我に介添えを!」
「でだな小札、お前には銀成学園の制服が意外に似合うと思うんだ」
「師父━━━━━━━━ッ!」
「なんだ痴話喧嘩か? 感心しないな無銘。色欲に呆けていては」
「死体、運んできました」
「無銘くんに倒されて戦闘不能のおねーさんを寄宿舎裏に置いてきたというワケですね!」
小札の翻訳に無銘は鼻白んだ。死体ではないではないか。
(相も変わらず理解しがたき女! 鐶光! なぜにこやつが副長などを……!)
「予定通り、核鉄を奪取し、死ぬ前に……寄宿舎の人間へ気づかせてあります」
「フ、こういう時にお前の『特異体質』は便利だな。実に怪しまれるコトなく遂行できる」
「特異体質といえば、無銘くんはどうして……人間形態になれないのですか?」
「人間の胎児に犬型ホムンクルスの幼体を埋め込んだが故」
「そうだな。人間としての形態が確立する前に、動物型ホムンクルスになったせいで、無銘
は人間の姿になれない」
ちなみに人間だったらおおよそ10歳前後の容姿になるだろうと推測する総角をよそに。
無銘の頭に顎を乗せ、鐶は一生懸命に犬耳をねぶりだした。
「はぐはぐ」
「やめろ!! やめんかああああ!!!」

Case.05 貴ぶ香り

八月三十一日

「べーっくしっ、べーっくしっ、ずあっ!!」
香美は大きなくしゃみをすると、「うあああ」とガタガタと震えて掛け布団にくるまった。
「うぅ、さむいけど頭あつい…… つめたいやつ、角ばっててつめたいのを頭にぃ〜」
『はーっはっは! あの戦士にやられた傷は回復しつつあるが、体力が低下しているので
今度は風邪をひいた! ひいたなああああああ! 熱でテンションが上がる!』
総角は口の中で「落ち着け」と呟いてからふぅーっとため息をついた。
パジャマ姿の香美が布団からずるりと抜けだし、ゾンビのようにノロノロ這いつくばってきた
からだ。髪に入ったシャギーはぱさぱさで、うぐいす色のメッシュもくすんでいる。
「ぅぅぅなにさコレ〜、つめたいのー、つめたいのもうないじゃん〜 つくって、よぉ〜〜」
枕頭を見れば、温そうな水をギラギラ湛える氷のうが、死にかけクラゲみたくヘタっている。
ほんの三十分前に変えたばかりなのに、と総角はまたため息をついた。
実を云うと香美は病弱なのだ。貴信曰く
『普通のネコだったころからそうだった! そしてそれは今でも同じだ! 僕は健康だが!』
らしい。
ちなみに香美のパジャマはピンクで、サツマイモがあますところなくプリントされているが、実
はかつおぶしの絵柄と間違えて買ったというのはまったくの余話である。どうもネコは視力が
よろしくないらしく、例えばちぎったティッシュを干しかまと見間違えてわーわー鳴いたりする。
「古人曰く、馬鹿は風邪をひかないというが」
「…………迷信は当たらないから、迷信……です」
熱にうかされたままゆらりと立ち上がり氷を必死に要求する香美は、酔っ払いか何かのようだ。
小札がやってきて氷を手品で出した。感激した香美は抱きつこうとした。途中、くしゃみが出た。
「べーっくしっ、べーっくしっ、ずあっ!!」
「のわああああ! ……ぜぇぜぇ。なんとか間一髪でよけた不肖! 回避には定評が……」
「びぇ」
「びぇ?」
「びぇぇぇぇえっけしいいいいいいいいいいいいい!!」
暴風のようなしぶきと粘液をしこたま浴びて、小札はうなだれた。
「きゅう……」

Case.06 チカラはゼロでも……

九月二日

「さて、小札。こうしてココに来ることができるのはお前のおかげだ。感謝している」
「お、お礼はいいのであります。不肖としてはもりもりさんのお役に立てればそれで……」
「謙虚なのが好ましいな。で、ココは『もう一つの調整体』の眠る場所」
「はい」
「フ。この前の戦士との戦いなど、お前にココを探し当てさせるための囮に過ぎなかった」
「普通に探せばそれはもう、戦士の皆様方に見つかり咎められたコトでしょう。が! 香美ど
の貴信どの無銘くん鐶副長のおかげでなんとか無事に、ココに到達できました!」
『もう一つの調整体』の眠るこの場所に」
「おおお、五つの割符もすでに鍵となる部分へ挿入済み! 手際の良さはさすがのもりもりさん!」
「いいぞもっと褒めてくれ。が、予定ではあとは戦士らの手にある割符を奪還するだけで良かった」
「予定? 良かった? ふむ、過去形にされてるとゆーコトは何か問題の予感」
「その通り。コレを見ろ」
「ぬぬぬぬ!! なんという障害でありましょう! これぞ最大最後の難関! いかに破るか!」
「な、厄介だろ? 俺には解けない。鐶の『特異体質』ならできるかと思ったが、どうも無理ら
しい。爆爵殿やムーンフェイス殿なら楽勝だが」
「が、爆爵どのはすでに故人…… ムーンフェイスどのも相手取るには難儀……打つ手ナシ?」
「なぁに大丈夫だ。もっと御しやすい相手を使えば済む」
「その方の名は」
「早坂秋水。ま、要するに秋水だ」
「なるほど。確かにこの装置の特性を踏まえればそれは容易くなせるでしょう!!」
「で、お前には秋水の捕縛を秘密裏に依頼したい。本当は俺が出張れば早いんだが、大将
の俺がいちいち動いていては、この前のようにL・X・Eの連中につけこまれる」
「むむ。かといって香美どのや貴信どのはケガと熱でまだ動けず」
「武装錬金の特性が割れている無銘も返り討ちに合いかねない。いったん本体を狙われてし
まえば、人間形態になれないアイツは不利だからな。で、鐶は最後の切り札だ」
「なるほど! そういうワケでしたら不肖、非力ではありますが粉骨砕身頑張るしだい!」
「ああ。任せたぞ。ちなみに影からこっそりやれ。こっそり、とな」

Case.07 津村斗貴子

病室には彼女の姿がなかった。
慌てふためいた看護婦が同僚に檄を飛ばして探させたが。
病院のどこにも津村斗貴子の姿はなかった。

ちょうど、秋水がヴィクトリアと演劇部のコトについて語り合っている頃。


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