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第030話 「斜陽の刻 其の弐」



下水道処理施設は現役ではあるが、古い。
真赤な煉瓦造りといえばさも洒脱な雰囲気が漂っており現に銀成市の
発行する観光案内のパンフなどにも同様の事柄が記載されてはいるが
その実、建物自体の煉瓦はあちこちにヒビが入っており、日当たりの
悪い場所では浮き出た岩塩がほこりと混じって不快な黒ずみすら浮か
べている。大体にして下水処理施設だ。務める者は平素嗅覚を苛む
悪臭によって汚いものへの抵抗を日々奪われ掃除の意欲を勤続年数
と反比例して低下させていると思われた。
さて、その務める者の一人に信奉者がいた。信奉者とは自らの財産を
捧げる代わりにホムンクルスへの格上げを望む者である。
彼がL・X・E残党の集結場所として職場を提供するに到った経緯はさ
ておき、ほどよく人家から離れた場所にある故、実に円滑に怪物ども
が集まりつつある。

──が、集合時間を守れぬ者も少しいるようで。

えっちらおっちらと重役出勤をしてきたホムンクルスが二人、門前に佇
んでいた。
双方ともひどく軽薄な顔つきで
「どうせ遅れた来たのだから地下から上がってくる連中とここで合流す
れば良くね?」
「ああ、どうせ大事の前の小事だしな」
などとタバコふかしつつ談笑していた。
そこに道の向こうから疾走している影を見つけた。
夜の遠目からも長身で学生服を身に付けているのが分かった。
同類、だろう。
そう判断した遅刻者二名、叱られる対象が増えれば自分らへの怒り
は分散とばかり軽薄な歓待を持って手を上げ、呼ばわった。
「おーいこっちだぞー」
「急がないと叱られるぞぉ!」
影は意外すぎる質問をした。
「お前たちはホムンクルスか?」
「あたり前だろ」
「そうか」
影はそのままひた走り、遅刻者二名を通り過ぎた。
「ヘ、急ぎすぎだろ」
と嘲笑を上げた遅刻者両名、上半身が地面に落ちていた。
「あら、ららら?」
奇声を上げる頃にはさらさらと闇に溶けゆくホムンクルスたち。
彼らは気づかなかった。見えなかった。
蒼い光を。
奇襲にきた秋水がすれ違いざまソードサムライXを発動し、瞬く間に敵
二人を斬り伏せていたのを。

(まずは二体)
刀片手に三十メートルほど全力疾走すると施設の扉についた。
開ける。
下水道処理施設だから多くの人間の来訪を前提としていないのだろう。
かすかな月明かりの中、パっと目に入ったのは玄関で、自動ドア一つ
隔ててこじんまりとした待合室。最大収容人数は十名といったところか。
見知った顔が何人か居た。正確には五人だ。
どうやらそいつらも遅刻組であるらしい。立ち上る雰囲気からは重要な
事態に時間を順守できなった自らを悔い、苦悩している様が見てとれた。
少なくても外の連中よりはまだマシだった。その点でも、他の点でも。
彼らは入ってきたのが秋水と知るや否や慄然とした。
恐らく秋水が残党狩りに従事しているのを知っていたのだろう。
だが、秋水の対応の方が早かった。
彼は自動ドアに突進しつつ斬り飛ばした。
ガラスが床にブチ撒かれる盛大な音が響く。
そうして苦悩組の中心に躍り出るやいなや、横殴りにホムンクルスの顔
上部を斬り捨て、正面の敵を袈裟掛けにしていた。
この段に至ってようやく硬直の解けたホムンクルスが一斉に飛びかかっ
たが、蒼く弧を描く光にスルスルと呑みこまれ、上下二つに分かれ落ちた。
逆胴。
秋水のもっとも得意とする技。真剣ならば脇差ごと胴体を真っ二つにで
きるという。
かかる技の前ではホムンクルス三体も紙切れなのだ。
(これで七体。だが本隊は地下。まずはそこへの道を探さなくては)
この酸鼻に息一つ乱れてはいなが、部屋を見渡す様子は気ぜわしい。
ヴィクトリアの事が気になっているのだろう。
その意味でも施設の地図か見取り図があれば良かったが生憎ない。
代わりに待合室から伸びる廊下を見つけた。
その前に張られた鎖には「立ち入り禁止」と書かれたプラカードすらぶ
ら下がっていたが、有事ゆえに関係ない。すでに自動ドアも破壊している。
歩みを進めようとした秋水の耳にけたたましい音が響いた。
(コレは──…)
防犯ベル。一体誰が鳴らしたのか。
ようく廊下を見れば先程顔の上半分を吹き飛ばしたホムンクルスが、
防犯ベルの前に倒れている。視界を失くしながらもするりと逃げ伸び
仲間に知らせたのだろう。
半ば秋水は歯噛みしたが半ばはチャンスである。
相手はこれで向こうからやってくるだろう。
秋水は、深手を負いながらも最善の判断を下した顔見知りにかすかな
敬意と苦悩を覚えつつ、章印を貫いた。
同時に廊下の向こうでドアが開き、ホムンクルスが十名ばかり向って
くる……

実は防犯ベルを鳴らすまでもなく、秋水の奇襲は逆向に伝わっていた。
逆向凱。L・X・Eの幹部である。かつては剣持真希士に斃され、カズキ、
斗貴子、防人とL・X・Eが繰り広げた戦いにこそ参加はできなかったが、
「もう一つの調整体」の効果により鈴木震洋なる信奉者の体を借りて蘇っ
た男でもあり、秋水はウマカバーガーからの帰途、まひろを守るべく彼と
一戦交えた事もある。

「悪いね。実は君達の目論んでる奇襲、戦士たちにバラしちゃったよ。
もうすぐあの双子の弟がココに斬り込んでくるから準備を整えた方が
いいんじゃないかな?」

遡る事十分前。突如そういう事柄を言い放ったムーンフェイスに逆向は
激昂した。
彼は信じていた。ムーンフェイスの復帰さえあればL・X・Eの復興も可能
だと。平素より人をクズと標榜してやまぬ彼ではあるが、それだけに
「超常選民同盟」なる組織への帰属意識は強かったらしい。それが青
色吐息の状態であっても、だ。

「だってね。よく考えてみてごらんよ。既に盟主も亡く崇めるべき存在も
はるか遠い月面……そうしていまや細々と残党を刈られているだけの
弱小共同体、いくらあがいても今さら盛り返すコトなんて無理だよ」

侮辱である。逆向自身は復興を信じていた。
その為に愚にもつかぬ唾棄すべき連中を精一杯組織し、今日ようやく
第一段階にこぎつけたというのに、その間、ただ収監されていただけ
のムーンフェイスは呆気なく捨てるという。そもそも彼の救出を行うべく
『とある共同体』と対応協議し実行したのも逆向だ。
いかにホムンクルスが外道の存在といえど、あまりに道義を無視しすぎ
ている。逆向はその旨を叫びつつ武装錬金を発動した。

「物騒だね。まぁ好きにしたらいいさ。所詮君の武装錬金は単体にしか
効果がない。流石の逆向君でも無数に分裂できる私を一撃で総て斃す
術なんてないんじゃないかな?」

卵の殻を思わせるザラついた白眼だ。ムーンフェイスはその眼差しの
まま口をあんぐり鉤に裂いた。逆向はわずかにたじろぐ思いをした。

「あ、そうそう。元々私は君と違ってL・X・Eにさほど関心がなくてね。
私自身のステキな夢を叶えるためにDrバタフライの持つ組織力と施設が
魅力だっただけ。その両方が無くなってしまった今、興味なんかコレっぽ
っちもないよ。それに」

言葉半ばでチェーンソーから光輪が飛び、ムーンフェイスをずたずたに
引き裂いた。もっともそれが無意味であるのは次の声で悟ったが。

「それに今、私にはいい所から声がかかっていてね。私を助けてくれ
た共同体からスカウトされているんだよ。L・X・Eなどとは比べ物になら
ないほど人材も施設も組織も充実した、正に私の夢を叶えるに最適な
環境から、ね。あ、そうそう。コレは私にだけ許された特別な条件。君や
佐藤君や他の連中のようなDrバタフライ謹製のホムンクルスなどは一匹
たりとも許さないというコトだよ」

鞍替えであるなら容赦はしない。
背後に光輪が飛ぶ。新たに現出していたムーンフェイスは砕けた。
しかし……

「そう、鞍替えだよ。ただそれには条件がある。困ったコトにかの共同
体の盟主は、Drバタフライにひどく恨みを持っている。まったく一世紀も
恨みを持つなんて難儀だね。けど私はそれを解消しなくてはならない
のが困りモノだよ。むーん。夢のためには雑務も仕方なし哉」

更に現れたムーンフェイスが砕けた。

「彼は百年前、Drバタフライとヴィクター君との出会いで人生を狂わされていてね」

だがまた現れる。

「だからL・X・Eには滅んでもらわないと困るんだ。私が地球を荒涼と
した月面世界に作り替えるという宿願を果たすには、君たちのあがき
は邪魔で仕方ない。だから私の為に」

斬りつけたり光輪を当てた物体を百六十五分割するというまさに一撃
必殺のライダーマンの右手ではあるが、ムーンフェイスを倒してはまた
現れるという状態では意味がない。彼は一体でも残ればそこから増殖
するのだ。

「早く大人しく死んでくれないかな?」

切歯する思いで逆向はムーンフェイスを睨んだ。
完全に翻弄されている。

「とはいえ君は君でなかなか強い。このままやり合えば私も勝てる
かどうか分からない。だから特別に見逃してあげるよ。そしてあの双子
の弟と存分に闘って欲しいね。或いはそれで助かるかも知れないよ?」
「……チッ、舐めやがって! てめェの魂胆は共倒れか!」
「ああそうだよ。で、それを伝えるのかな? 確かに伝えれば戦士と手
を組んで私と『あの共同体』を斃す事も可能かも知れないけど」
白眼に濁った黒眼がどろりと現れた。卵白に癌が生じればこんな感じか
も知れない。
「ただし手を組んだ時点で君が渇望してやまないL・X・Eの復興は完全
に断たれる……! 可哀想にね。すっかり抜き差しならない状況」
「くっ…… 元はといえばてめェが!」
「命惜しさに夢を断つのは辛い事じゃないかな? まぁそれでもいいと
いうなら伝えるがいいさ」
とココで彼は口調を変えた。
「もっとも君に勝ち目がまるでないワケでもない。一つ、双子の弟につ
いていい情報をあげよう。うまく使えば君は彼を葬るコトができるよ」
そして一つの情報を伝えた後、彼の姿は消えうせた。
「……オイ」
逆向は声のした方向を睨んだ。見ればホムンクルス佐藤がいる。
やすぎすって血色の悪いサメのような男だ。貧相さを見るに腹が立つ。
「クズが。てめェごときの意見は求めてねェ! ムーンフェイスは逃げた!
後は俺があの双子の弟をブチ殺して寄宿舎の連中を手当たり次第に
ズタ裂くだけだ! どうせ逃げるしか能がねェ馬鹿は喋るな!」
感情の堰が切れているようだ。もっともこのうだつのあがらない部下へ
の言葉としてはいつもどおりだが。
「あ、ああ。理解した。けどよ、俺も残るわ。へ、へへへ。怖いけど、よ」
佐藤は震えながら笑って見せた。
「クズがまたワケの分からねェ事を……」
「いや、な」
ぜぇぜぇと息吐く逆向に佐藤はゆっくり近づいて、肩に手を乗せた。
「俺はよぉ、こんなんだから爪弾きモンだった。けどL・X・Eに拾っても
らって何とか今日まで生きてこられた。ま、だから好きなんだよL・X・E。
あんたも口悪ィけど、そうだろ? じゃあ俺、協力するぜ。役にはあま
り立てねぇけど」
「……うるせぇ。気安く触るんじゃねぇクズが!!」
佐藤の腕を払いのけつつ反吐を催した。
(幹部が裏切られたのにクズごとき味方にして……)
何度目かの切歯をする。
(どうして俺は微かに喜んでいやがる。クズが!!)
そのまま歩を進める。二人して。

計算など、何もない。
策をめぐらす時間もない。

秋水は斬った。斬りまくったといっていい。
いくつ部屋をくぐり抜け何メートル廊下を走ったか。
やがて充満していた残党どもは残り一体となり、その章印に突きを見
舞うと秋水は地下への通路を問いただした。
「あっちだ…… クソ、信奉者風情が……裏切ってタダで済むと……」
さらさらと闇に溶けゆくかつての同胞に憐憫を覚えつつ、地下へと向か
う。
一刻も早く全滅させなければならない。
でなくばヴィクトリアを説得するのが遅れる。
階段の途中でも残党が出てきた。
下りながら繰り広げる戦闘は、永遠に続くと思われた。

一方その頃、秋水が「近接戦闘特化」「単騎」である以上逃れられぬ
欠陥が露呈されつつあった。
撃ち洩らし、である。
秋水自身の仕手に不備はない。むしろ鮮やかすぎるほどの手際で死
骸を量産している。だが騒ぎを遠巻きから見た者、それらから状況を
伝聞した者の中には逃亡を選ぶ者が多々おり、彼らは息をひそめて
斬撃の嵐から密やかに逃げ去り、下水道処理施設の外にぞろぞろと
集結しつつあった。
赤煉瓦の建物の影が鮮やかな光に照らされまっすぐ伸びている。
三十メートルほどの影が途切れるところまで歩けばもはや門扉まであ
とわずか。
そう安堵した残党どもの中から、信じられないという声が上がったのは
灰色の粒にけぶる雲が月をさあっと呑みこんだ瞬間である。
風流にも、空を眺める者がいたらしい。その者が「あっ」と声をあげて辺
りを見回すのを合図に、周りの連中も異変を知悉した。
建物の影が消えていないのである。
月が雲間に隠されたというのに辺りには茫洋たる光が満ちていた。
ようく目を凝らせばその光は下水道処理施設の門扉の上にも浮いてい
た。否。門扉のみならず塀に対し三本の光線があたかも鉄条網のよ
うに存在している。重苦しい監禁の意図が残党どもに広がり、みな口
腔の乾く想いで左右を見渡す。わずかに遠い塀の上で同様の白い光
が瞬いているのが見えた。背にした建物のせいで見えないが、恐らく
背後の塀も同じだろう。遠ざかった筈の乱闘の音が徐々に近づいてく
る錯覚をみな一様に覚えたのものむべなるかな。
一体のホムンクルスが空を飛んだ。
みな正確な名称は知らぬが、彼は鳥型ホムンクルスであり平素はそ
の飛翔能力によりそこそこ重宝されていた身である。
果たして促されたか自発的に判断したか定かではないが、一体この場
に何が起こっているのか確かめるべく彼は飛んだのである。
やがてその身が電撃の衝撃にはたき落とされるに至った瞬間、気絶
した彼以外の全員が一つの事実を見た。
上空にもうっすらと光が満ちている。
ようく見れば塀の鉄条網……いや光線か。その五、六メートル上空に
も同種同様の物が浮かんでおり、それら全てが下方や向かい側の物
へ微細なる光を伸ばし、連結し、薄く引き伸ばされた光が板の如き平
面を形成している……!
ケースだ。もはやこの区画は透明なケースをかぶされたように、立方
的な光に包囲されているのだ。しかも下手に突破せんとすれば先程
の鳥型ホムンクルスのように撃墜される!
一体何者がやったのか。
「残念ながらこの一帯、不肖の武装錬金により閉鎖されております」
正直な感想をみな抱いた。
門扉のそばに佇む影は、声がかかるまで小さすぎて見えなかった、と。
「少々大がかりではありますが、不肖の武装錬金を以ってすれば、脱
出不能の結界を作るコトなど容易いのであります」
小札零は朗々とした声で述べながら、ひょいと身を横に逸らした。
一体のホムンクルスが殴りかかってきたのだ。岩を思わせる大男で、
以前死んだ浜崎を団子のように丸めてふうふうと血気盛んな息を吹か
せばこうなるのではないかと小札は思った。同時に肩まで垂らした茶色
のおさげの横を拳が通り過ぎ、煉瓦造りの壁を破砕しながらめり込んだ。
当たりはしなかったが判断としては正しい。小札が武装錬金により脱出
不能にしているのなら小札を斃せばいいのだ。
彼女は一瞬、うずっとした。
(うぅ、今の思惑、実況すればさぞや映えるコトでしょう……!)
もっともそれは相手を茶化す行為と分からぬ少女でもないから慎みは
したが、要するに仕掛けられた攻撃は以上の趣味的な葛藤に流される
ほど些細な物であるらしかった。
「申し訳ありませんが、今後を思わば一体足りとも逃せぬのが本日の
戦いなのであります。あたら同族の方々の全滅を許容するのは不肖
としても遺憾でありますが、さりとて逃せば人的に大被害……っ! 遠
大無限連鎖連鎖の悪循環……っ! ……耐えるほかないのです」
くすん、とハンカチで目じりを拭う少女にみなが唖然とする中、壁殴りの
大男だけは額に青筋すら浮かべて追撃に移ろうとした。
が。
彼の隆々とした腕に立ち上る衝撃があった。どうやら壁の中からである
らしかった。殴り破砕したはずの壁より白い雷撃が腕から全身を焼きつ
くさんばかりに駆け抜けたのもつかの間だ。刹那が過ぎる折には大男、
目や鼻穴からぷすぷすと煙立てつつ地面に転がり落ちた。腕に引かれ
てがらがらと煉瓦塀が降り注ぐ。
「それからもう一つ。塀を破壊しますれば結界も自動的に作成される
仕組み。これは地面とて同じですのでご留意のほどを!」
崩れ、穴が開いた筈の塀にはバチバチと爆ぜる白光があった。
塀の上で光る線と形は同じで、間近で見れば時折朧にバチ、バチッと
直線が曲線に歪むのが視認できただろう。
後はもう、無統制であった。
死を覚悟し地下に戻っていく者がいた。
塀のそばで佇む者は脱出策を考えているようだった。
中には小札に襲いかかるものもいた。
相手は小兵であり武装錬金も防御重視。
地下に戻り秋水を相手どるよりはまだ生存の目もあるだろう。
襲いかかったのは七名。先程みたく避けるのは難しい。
だが小札は「えええ!?」とビックラこきつつ杖を振るだけのみだった。
それだけで身の安全を確保できた。
上空から七条のレーザーが注いだ。それぞれ襲いかかる者の章印の
すぐ傍を当たり前のように貫いた。章印はホムンクルスの急所であり
攻撃を受ければいかな強者でも無条件で死ぬ。
残党たちはみな自分の胸や額を撫でて驚愕を浮かべた。
理由はまず一つ。七名同時にそういう芸当ができたコト。
さらにもう一つ。ホムンクルスは種類によって章印の場所が異なる。
人型は胸、動植物型は額。
小札は人の姿のままで向かってくるホムンクルスたちの種類すら一瞬
で判断した上で、急所を的確に外したのだ。
或いは秋水以上に始末が悪いと残党どもは思った。
「ふ、不本意ではありますが、やむなく威嚇射撃をば! 次は当てます
ゆえ、ほほほほ本気真剣であ、て、ま、す、ゆえ! なにとぞ大人しく
して頂きたくっ!!」
小札は驚愕に足るだけの技量を持っていながら、むしろ自分のしでか
した威嚇射撃をひどく怖がっているようだ。
目はぐすぐすと涙に潤んで内股でインフルエンザ患者のように震えて
いる。
正直、襲いかかった者は思った。
こんな少女の戯事につきあってじわじわと生存の幅を狭めるよりは、
数を恃みに秋水を打ち破った方がまだいい、と。
やがて彼らは地上に残存する仲間をかき集め、地下へと慌ただしく戻っ
て行った。

「ああ、何とかしのぐ事ができました。さー、不肖も地下へと参りましょう!」
小札もシルクハットを押さえながらとことこ走り出した。」

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