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第034話 「斜陽の刻 其の陸」



屋根の上で影と月が交差し、火花が散った。
優雅に青瓦へ着地したムーンフェイスであるが、時間差で襟元が裂け
たのには嘆息せざるを得ない。
(むーん。どうも単純な攻撃力じゃ押されてるね。速度は互角だけど)
眉をオーバーな物悲しさにしかめながら振り返ったのは。
行き過ぎた影が弾丸のようにリターンバックしてきたからだ。
近くでめりめりという音がした。その方向では電柱が傾きつつある。
鐶という名の影がムーンフェイスに再度特攻するため、蹴ったのだろう。
(やれやれ。電柱はロープじゃないよ)
嘆息しながら十人に増殖。
珍しく横には並ばない。まず四人。その前に三人。二人、一人。
後ろの者は前の背中に手を当てた。
前が一人だけなら両手を、二人いれば両手をそれぞれに。
四三二一のピラミッドの頂点が鐶に向くよう整列。
やがて最前列の一人に影が衝突。
恐ろしいコトにその衝撃は十人がかりでも殺しきれなかった。
一番後ろの四人ですら瓦の欠片を飛び散らかしながら後ろへスリップ
せざるを得なかった。前の三人と二人などは両足を屋根に埋めて梁を
損壊させている。
だが衝撃は「殺しきれなかった」だけである。ニュアンスの中で死を遂
げた何割かは、ムーンフェイスの反撃糸口へ転生を遂げた。

鐶がそう悟ったのは、ピラミッドがみるまにV字へ解け、まったく同じタイ
ミングで十個の月牙が体表に接触した瞬間である。
「例え個々の攻撃力が劣っていたとして、協力すればその差は補える。
むーん。むしろ戦士が好きそうな戦法なのが何とも」
吹き飛ばされる鐶は、倒れる電柱の影に向かいつつある。
「……なるほど。コレが狙い」
灰色の円柱は今まさにのしかかりつつある。
潰されてもホムンクルス故に致命傷にならないが、下敷きになり、脱出
するまでの時間はロス。数ある敵にロスを見せるのは致命的。
「神の刃は……人の愛」
よって鐶はボロックナイフで電柱を斬りつけ、土砂に変えた。
同時に、凄まじい光が目を焼いた。
千切れた電線の先で火花が散ったのだ。
……光は一瞬、鐶を覆う影を奪った。全身像が視認できるほどに。
「むーん。こりゃ驚き。強いからどんな豪傑かと思いきや」
着地したムーンフェイスは目を丸くした。
「まさかこんなに可愛らしいお嬢さんだったとはね」
十人もの怪人がしげしげと鐶の顔を眺めるのは、余程意外だったからか。
瞬間、黄色い髪がぶわりと怒りのような感情に波打ち、また影に鎖された。
「見ましたね」
静かな声を皮切りに異変が生じた。
影の瞳がひどく丸みを帯び、そう、ちょうどフクロウのような金と黒の巨
大な眼光を放った。
「生かして帰すワケにはいきません……!」

刃の霧が秋水を一気呵成に通過。
卸金が撫でたような無骨な傷が到る所にでき、血が噴き出した。
「……ぐっ」
だがなお逆向に向かって走り込む秋水。
刀が空を切る。脚を侵食されたせいだ。
体が前へとぐらりと傾く。踏み込みを崩され、届かない。
「まだまだ。今度は吸え。内部からの生き地獄を味えよクズが!」
逆向の言葉どおり、霧が秋水の口に入ると。
血が込み上げた。
気管支から肺に至る呼吸器官のどこかに損傷が生じたのは明らかだ。
ソードサムライXを杖に秋水はかろうじて踏みとどまる。
だが戦闘力の低下著しいコトは激しい呼吸を見ても明らか
「ほう。耐えたか。だが次はない!」
銀河に似た禍々しい粒子群が再び秋水を取り巻き──…
それらが手元に跳ね返ってきた瞬間、逆向は切歯した。
本当は全身ズタズタに裂かれて倒れ伏す秋水を見ている筈だった。
だが目の前にあるのは。
白い光。
眼を凝らせばいくつもの紙片がふんわり浮かび線と面を構成している
のが確認できるが、そこまで見る必要はなかった。
総てを察するには、秋水と逆向の間にいる小さな姿だけで十分であった。
「哀しみも痛みも振り切るようにはばたく!」
秋水は前でぴょこぴょこ動くシルクハットを意外な眼で見た。
「反射モード・ホワイトリフレクション!」
「小札……一体なぜ君が?」
呼ばれた少女はマイク代わりのロッドから口を放して、振り返った。
「元よりかかる事態になりましたのは、不肖属するブレミュの方々にも
原因がありますゆえ。貴信どの香美どの無銘くんが戦士の方々倒さね
ば、単騎大群に斬り込む羽目にはならなかったコトでしょう。それにま
あ、逆向どのも佐藤どのを使っておりますし、数の上では互角かと」
逆向の額に青筋が立った。
「舐めやがって! バリアーだと? 俺のライダーマンの右手で分割
できないモノなど」
「ハイ。恐らくないでしょう! しかぁし!!」
光輪を浴びせかけられたバリアーで光が爆ぜた。
熱した鉄を水に入れるような音もした。
そして光輪はしばらくそのままバリアーの表面を滑りながら回転して
いたが。
「チッ!」
逆向へと反射された。もっとも例の「攻撃に応じて発動する光壁」が発
動したため、彼にダメージはなかったが。
「残念ながら不肖のバリアー、『分割』はむしろ逆効果! なぜならば
……いやいやいえば攻略されるは明明白白! それはさておき、不肖
のホワイトリフレクションが通じぬとあれば決め手はやはりっ!」
「あ、ああ」
秋水は振り返って上目遣いできゃぴきゃぴ運動する小札に気押された。
どうも最近、女性に弱い。
まひろには散々動揺しているし、折に触れてむくれる桜花には辟易の
一方。斗貴子とは不仲だし、千里と沙織には劇がらみのコトで翻弄さ
れた。今夜の焦りはヴィクトリアの問題起因だし、比較的無害に見える
千歳にだってアニメ版では見事に騙されている。
(アニメ版とはなんだ。いや、そんな事はともかく)
「協力はするのか」
「は、はい。ただ一つだけ条件が」
「条件?」
「……あ、そんな屈まないで頂きたく。身長差を感ずるのは悲嘆の極み」
話を聞こうと身を縮めた秋水を必死に押しとどめながら小札、
「詳細はこれにて。さささ、速やかにご一読をば。返事は屈まずして頂
ければ嬉しゅうございます」
ポケットから紙片を取り出した。
どうやらメモ帳を畳んだものらしい。
受け取るとすばやく広げて目を通す。
「人形集いし漫画風なれば、呑みますか? 呑みませんか? であります」
みるみる内に眉間に皺が広がるのを感じた。
「……呑めというのか」
「できればそちらの方が、その、平和的だと思うのですが……」
まず秋水は息を呑んだ。
目にした案件に葛藤が襲ってくる。
いっそ紙片を握りつぶせればどれだけ楽か。
(呑めば俺は……裏切り者の烙印を押されても仕方ない)
もう一度、紙片にのたくる下手な文字を読み返す。
それで自分にとって都合のいい事実や条件があぶり出しのように浮か
んでくるコトをどこかで期待していた。
だが、変わらない。見つけられない。
変化といえば咳きこんだ時に付いた血の数滴だけ。
(どうする……?)
受けねば小札の助力は受けられない。
助力がなければより多くの時間を逆向に費やすコトになるだろう。
むしろ負傷具合から見れば秋水が斃され、逆向が寄宿舎に乗り込む
可能性の方が高い。
まず、まひろの顔が浮かんだ。次にヴィクトリアが。
何かを守るために。
世界の中で下さねばならぬ決断は、かくも苦いのかと思う。
決意は本当に本当に様々な物を含んでいた。
「分かった。呑む」
承諾を受けたのに小札はちょっと、というか何だかとても申し訳なさそ
うな顔をしてから、首をブンブン横に振って無理にテンションを上げた。
「ありがとうございます。ならば一刻も早くあのお嬢さんを説得すべく
戦いましょう! さぁ、あの日あの時あの場所にて木をがつりと殴られ
たその無念、今こそココで晴らすのです!」
秋水は首を傾げた。
「……何故、君がそれを知っている」
「きゅう? お嬢さんのコトでしたら先ほど逆向どのが」
ちなみに当の逆向は「クズがぁーっ!」とか喚きつつバリアーに挑戦中だ。
「違う。俺が木を殴った事をだ」
「ぬぬ? 何をおっしゃいます弟さん! 確かにされていたでは……」
ひっと息を呑んで小札は眼を剥いた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
今の言葉、先ほど秋水を見ていたと白状するに等しい言葉ではないか。
(ぎゃーっ! この場への参戦はいざ知らず、それ以前の尾行がばれ
ますれば捕縛計画も露見の予感! 露見しますればせっかく呑んで
いただけた条件も水の泡っ! 何とか切り抜けねばいろいろ破綻!
あわわわ、あわわわ、何とかしなければぁ〜!)
両手を頭に当て目を蚊取り線香のようにグルグルさせながら、小札は
懸命に弁明を考えた。
考えた。
超魔ゾンビを作るザボエラのように考えに考え抜いた。
で、結論が出た。
「ふ、ふふふふふ不肖のっ!」
慌ててシルクハットを取り、彼女は頭頂部を見せた。
「不肖の耳はロバの耳っ!」
言葉通り、髪がロバ耳よろしくひどい癖を持ち、跳ねている。
秋水はため息をついた。
「いや、答えになってないと思うが」
(は、外したぁーっ!)
ホムンクルスに効果音を現物化して浮かべる能力があれば、涙浮か
べる小札の横には「ガーン!」という物が浮かんでいたコトだろう。
彼女はしくしく泣きながらシルクハットを頭にはめこんだ。
「糞が! 攻撃が一切通りやがらねえ!!」
叫ぶ逆向を秋水は見た。小札も頷いた。
「では、1、2の3でバリアー解除いたします。そしてあのブライシュティ
フトは不肖が引き受けますゆえ」
「俺は奴を」
「ええ。では。1、2の3!」
バリアーが解除された。
逆向は一瞬たじろいだがすぐに態勢を立て直す。
秋水の背中へとブライシュティフトを。
だが刃の霧は途中でぴたりと動きを止めた。
小札のロッドの先端。六角形の宝玉。
そこから出る光が、ブライシュティフトにも伝播し、動きを止めている。
「まっとうに戦えば総てを斬り裂くその刃。しかしその成り立ちとマシン
ガンシャッフルの特性を合わせればかくなる芸当も可能であります」
逆向は一つのやり取りを思い出していた。
出撃前。ムーンフェイスが去った後、佐藤とのやり取りがあった。

「逆向よぉ〜 お前の奥の手、『死にかけたホムンクルス』が必要だよ
な? なら俺がそうなったら景気よく使っちまえ。どうせ弱い俺だ、それ
位の使い道しかねーし」
「ケッ。クズが」
「クズでいいさ。役立てるなら、な。ところでよぉ逆向」
「なんだ」
「L・X・Eは面白かったよなー。また復活して、以前のようにみんなで
馬鹿やれたらいいよな。浜崎も金城も陣内も太も細も爆爵様も死んで
ムーンフェイスと早坂姉弟は裏切ったけど、馬鹿やれたら、いいよなあ」
「…………」

去来する言葉を打ち砕くように秋水が肉薄!
満身創痍の彼は、総てを一撃にかけているようだった。
「クズが!」
一つ、佐藤に言葉が浮かんだ。
(決意したのにあっけなく無駄になりやがって!)
一つでは足りず、もう一つ付け足した。そうでもせねば収まらなかった。
(俺と同じコトを考えていた癖に!!)
チェーンソーから光の輪を放つ。注意をそらすために。
秋水はいつものように刀身で吸収するだろう。
(隙はそこだ! 刀一本、攻撃と防御は同時にはできねえ!)
逆向はその防御を打ち砕き、秋水を殺すべく大きく振りかぶった。
だが。
秋水は。
迷うコトなく逆胴を撃ち放った。
(馬鹿が! 刀が届く前にてめえは死ぬ! 死ね!)
ガラ空きになった秋水の顔へと光輪が迫る。
接触すれば総てを百六十五分割する恐るべき輪が。
その時、小札は見た。
逆胴の動きにつれて、ソードサムライXの下緒がゆるやかに跳ねあが
るのを。
正確には、その先についた警察署の地図記号のような飾り輪が、迫り
くる光輪に対し、跳ねあがるのを。
まばゆい光芒が秋水と逆向の間で閃き、そして消えた。
……
結果から書く。
逆胴は逆向を滑りぬけ、致命的ともいえる傷を作った。
逆向の放った光輪は、どうなったか。
説明すべく、ソードサムライXの特性へ触れよう。

「エネルギーの吸収・そして放出」

エネルギーを絡めた攻撃は総て吸収し、放出は時間差を置いても可能。
秋水はすでに何度か逆向の放つ光輪を吸収していた。
その時吸収したエネルギーを放出し、秋水は光輪を相殺したのである。


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