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第045話 「絶縁破壊 其の肆」



 その頃、地上では。
「うああああぅ〜! 気張って攻撃したらちょっと疲れましたぁ〜」
 戦闘が休憩に入っていた!!
 というのも、ひとしきり謎の白い塊を飛ばした小札が俄かにぜーぜーと目をナルトの渦のよう
にさせながら大きく喘ぎだし、ホワイトリフレクションという結界の中で休みだしたからだ。
 障子はにわかに赤い光を失い、地面にバラバラと落ちた。
「おう。蔵見てきたぜ。やっぱ俺たちの推測通り」
 小札から十メートルほど距離を置いて佇む桜花の肩に、御前が飛んで寄ってきた。
「お疲れ様。ところで小札ちゃん、お茶飲みたいでしょ? そのホなんとかとっていう馬鹿馬鹿
しい結界解いてくれたら、お茶あげるわよ〜。今なら二本おごっちゃう!」
 麗しい笑みの桜花に小札は「ほうっ!」と興味を示したが、慌てて首を振った。
「いやいやいや! このホワイトリフレクション解きましたらばその瞬間に矢を撃ち込むおつも
りでは!? 顔色窺いますに何やらそーいう不穏な空気がヒシヒシと……」
「チッ」
「あら残念。小札ちゃんなら釣れると思ったんだけど」
 御前は舌打ちして、桜花は笑った。
「といっても実はその結界、破る方法分かっちゃったから断られてもあまり関係ないかも」
 茶目っ気たっぷりの表情で桜花は微笑した。
「……いま、なんとおっしゃいました?」
 小札はとても信じがたいというように身を震わせて反問。
「あなたの作る結界には紙吹雪が必ず必要」
 桜花の頬から微笑が消えた。
「この前は廃墟で壁の崩落跡に沿って結界を出したという話ね」
 美人であるため、すっと凄味を浮かべると野卑な山男よりも恐ろしい。
「さっきは昔パピヨンが斬った障子を赤い光で繋げていたし」
 小札の頬から血の気が引いた。
「更に蔵の方へ飛ばした白い塊……アレが蔵にちゃあんと戻っているのを御前様が見たわよ」
 幼いため、狼狽すると小動物のような頼りなさがある。
「アレは蔵の破片ね? 昔、武藤クンがパピヨンを斃す時、辺りにバラ撒いた蔵の破片ね?」
 桜花は近ごろ秋水を苛んでやまない、女性特有の恐ろしく冷たい口調で構えた。
 小札と来たらもう全身をガタガタと震わせながら、何とかロッドを構えて赤い光を飛ばした。
 すると先ほど同様、障子に光が満ち満ちて桜花を目指して飛びすさる。
「矢での破壊は不可能の筈……矢での破壊は不可能の筈……」
 念仏のように唱える小札へ、華麗な肢体が髪を揺らしつつ半身を向けた。
「そうね。破壊は不可能。というか破壊してもすぐに蘇るから意味はない。でも!」
 流れるような仕草で弓構えを取ると、桜花は自らの手で弦を引いた。
 弓は桜花の左手に装着されている。ゆえに右手で弦を引くのは弓道的見地からすれば当然
のコトではあるが、矢出し弓引く御前の存在を勘案に入れれば奇妙という他ない。
 そもそもいま弦を引く右手が籠手に覆われているのは何故か? 
 「矢を放つ」。その一事から見れば、御前と弓以外の装飾は不要の筈──…
 かつて津村斗貴子は桜花と相対した際、右籠手を見て即座に分析した。
 
 もう一つ、隠し手があると見るべき。と。
 
 そう。斗貴子の分析は正しいのだ。
「まさかこういう使い方をするなんて想像もしてなかったけど……」
 ふぅとため息つく桜花が弦を引く刹那、右人差し指より前方に向かってピンクの光が迸り、矢
へと顕在化した。
 御前の出す針状のものとは形状がかなり違う。いわゆる鏑矢だ。ただし羽根の形がハート
になっているのは武装錬金らしくモチーフ武器を豪快に無視している。
「……ハタキ?」
 小札が目をはしはしさせたのも無理はない。事実、矢のフォルムはハタキに似ていた。
「コノヤロ、テメーのロッドだってダサいのに文句つけんな!」
「まあ大丈夫でしょう。人以外に撃つのは初めてだけど」
 びぃんと弦のしなる音がし、きらきらとした光の粉が桜花の傍で散ったのを合図に。
 矢は迫りくる障子のド真中へと見事突き立った。
 直後訪れた決定的な異変に、小札は目を見開いて口をぱくぱくさせるほかなかった。
「あ、ああ……」
 何故ならば、障子が見る間に元の形となって地面に落ちたからだ。
 代わりに桜花の肩口からぶしゅうっと血が迸り、白磁のような頬を濡らした。
「この鏑矢は『撃った相手のダメージを引き受ける』の。あなたの武装錬金にとっちゃ天敵でし
ょうね。だって、あなたの武装錬金の特性は」
 その君臨ぶりと堂々たる笑みはいずこの女王様として幼い少女に映った。
「『壊れた物を繋ぐコト』だから。私の矢がダメージを引き受け、修復すると……無力。でしょ?」

 古代日本において挂甲という甲冑が短甲にとって代わった理由。
 それこそが『小札』である。
 小札とは短冊形をした鉄製ないし銅製の板を指す。ただし一枚だけで用いるというコトはま
ずない。無数の小札を革紐や組紐で連結して鎧を形成するのである。この辺りは魚の鱗を想
像して頂くと分かりやすいだろう。要するにちまちました物が密集するコトにより防御機能を獲
得するのである。更には小札を一枚一枚連結するコトによってその隙間がひどく可動しやすい
ため、一枚の鉄板を曲げて鋲で留める短甲のような諸々の動きの制限がない。
 よって挂甲以降、戦国時代に至るまで小札は必ずといっていいほど甲冑の類に用いられた。
 具体例を挙げるとすれば、源平合戦絵巻にみられる「大鎧」や、同時代の下級武士用の「胴
丸」(後に武将も使用するようになる)や鎌倉時代後期の「腹巻」、南北朝時代の山岳戦にしば
しば用いられ太平記にも記述のある「腹当」であろう。
 なお、挂甲に影響を与えたという中国騎馬民族……たとえば蒼天航路において郭嘉・張遼
に征伐された烏丸のような民族の鎧は資料不足のため確認できなかったが、魏晋南北朝時
代(二百二十年〜五百年)における北朝の騎兵の馬具に同じような
「小札の連結による鎧」
を認めるコトができる。
 余談がすぎた。(結局はコレがやりたかっただけである)

「……ぐうの音の出ぬほどおっしゃる通り。そう、奇しくも特性は不肖の姓に通じます。何かを
繋げる。連結して防御にあてる……そういう意味では同じなのでありまする。そう!」
 小札は観念したかのように喋りだした
「総ての瓦解を妨げる……それこそが不肖の武装錬金・マシンガンシャッフル!」
 元より多弁であるから、種が割れたと知ると堰を切ったように解説を始めた。
「繋いだ物は自由自在。元の形にするコトも意のままにするのも可能なのであります!」
 例えばかつて廃墟で秋水と斗貴子を相手にした時は。一枚の紙を細切れにした紙吹雪を繋
げてバリアーとし、壁の崩落跡も光で結んで壁を顕在、これまたバリアーとした。
「下水道処理施設でホムンクルスの方々を閉じ込めたのもその応用。周辺に紙吹雪を撒き、
繋げるコトでも何人たりとも脱出不能の結界を作りました。ちなみに紙吹雪は塀のふもとにも
ちょこりんと置いておきましたゆえ」
 小札を殴ろうとして壁を壊した男は不幸だった。何故ならば「壁を壊した」コトによりマシンガ
ンシャッフルの「壊れた物を繋ぐ」特性が発露し、その光線に焼かれたのだから。
「結界内であればレーザーも撃てるのですが、流石にいまは不可能! しかしさりとて不肖は
諦めませぬ。そう、壊れてさえいれば良いのです!」
 小札はバババ! と何やら素早い手つきをして奇妙な物体を取りだした。
「不肖の特技は……マジック!! さぁさ皆様ご覧あれ! 高々とか取りいだしましたるコレは
壊れた茶碗とその欠片! 以前不肖が牛さんのエプロン着て茶碗洗ってる時に落っことした
第五十七代目の茶碗であります。さぁー不肖がコレを桜花さんの回りに投げますればレーザー
照射にて勝負決するコト明らか! 様子を伺います。来たぁ! 隙到来! とあーっ!」
 投げた茶碗が桜花の前で矢に撃墜された。
「ああーっ!! 撃 ち 落 と されたぁー!!」
 目を戯画的に丸くして、これまた口も戯画的なギザギザにしつつ小札は仰天した。
「予告したら駄目じゃない。マジシャンは種を伏せなきゃご飯くいっぱぐれるのじゃなくて?」
「ぬうう! それもそのはず! ……というかまさか不肖は劣勢!?」
 騒ぐ小札を前に、桜花は二本目の鏑矢を弓につがえた。
「ええ。次はあなたの結界を丸裸にして、矢をありったけブチ込むから覚悟して。あ、私も予告
してるけど、分かったところであなたにはどうしようもないでしょ?」
「ひ、ひいい〜! ご勘弁を〜!!」


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