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第052話 「避けられない運命(さだめ)の渦の中 其の肆」



「はああああああっ!!」
「でぇやああああああああっ!!」
 幾重にもブレながらもつれ合う刀と鎖の斬影が、あたかも癇癪玉のようにバチリと爆ぜて青
白い火花を至るところに撒き散らしている。
 貴信が腕を振るうたび真鍮色の鎖が床や壁を削り喰いながら秋水に殺到し、彼のソードサ
ムライXに防がれているのだ。さりとて中空で巻き落とされたり上下左右問わず柔軟に弾かれ
た鎖たちは貴信が手首に微妙な捻りを加えるたびにみるみると息を吹き返し獰猛な大蛇のご
とく再び秋水に襲いかかり、防がれ、また襲うのだ。
(マズいな!! ハイテンションワイヤーの特性を用い、ジャストミートの瞬間にエネルギーを
抜き出せば動きを封じるコトもできるが!)
(しかしそれは戦士・剛太から聴取済み。当てられる前に当てるのみだ!)
 いずれも両者の微細な技術あらばこその現象だ。どちらかが気を抜けばどちらかの攻撃が
命中し、危うい均衡を一気に打ち崩すであろう。
(フハハ! ゲッターの歌を歌うヒマもない!)
(これほど長い獲物をよく手足のように使える物だ)
 果てしなく見える応酬は、しかし徐々に終焉へ向かいつつあると両者は知悉している。
(一見の互角の攻防だが!!)
(貴信への距離は縮まりつつある。……つまり)
 刀は踏み込むコトで真価を発揮する武器である。対して貴信は固定砲台のように静止した
まま鎖分銅を放っているから、秋水は期せずして一見互角の攻防の中で距離を縮めつつある
のだ。
(そして接近すれば剣術の方が優勢……そう考えているな! ならば!)
 弾かれた鎖分銅をそのまま手元に引き寄せると、貴信は放胆にも攻撃の手を休めた。
 空間は先ほどまで気迫と火花のるつぼと化していたのがウソのように、秋水の突貫に最適
な道を開いた。
 美貌の青年の顔に一瞬逡巡が浮かんだが、迎撃あらばそれを迎撃せんと刀を右下段に引き
つけたまま彼は矢のように斬り込んだ。
 黒い学生服が加速の中で陽炎のように揺らめきながら飛んでいく様を、レモン型の眼窩に
浮かんだ芥子粒ほどの黒眼がらんらんと燃え盛ったまま見送っていたが、秋水が逆胴の構
えに移ったところで初めて体ごと動いた。
「がっ……!」
 刀を握った手の甲に突如走った鈍い痛みに秋水は顔をゆがめた。
 貴信はいつの間にか鎖を手の穴にほとんど仕舞い込み、いわゆる「肘切棒」よろしく中指か
ら肘までの長さ(おおよそ四十センチほど)までにまで収縮していた。 
 そして彼は逆胴の起点とは反対方向に軽く身を捻って刃を避けつつ、すっかり短くなった鎖
で以て秋水の右手の甲を打擲したのだ。逞しいとはいえ人間の宿命として肉薄いその場所だ。
緩衝も何もなく骨にまで沁みる痛みがびーんと駆け抜け、秋水は期せずして愛刀を取り落とし
そうになった。それはただの痛みだけでなく、ハイテンションワイヤーの特性によって運動エネ
ルギーを抜き出されたせいでもあるだろう。
 事実秋水の手首からその輪郭を模したエネルギーが飛び出た瞬間、その辺りで跳ねた鎖
が無気味なうねりを上げながら秋水の左側頭部を軽く打ち、首へと巻きついた。
「はーはっはっは!! 知らなかったか!! 鎖分銅の仮想的のほとんどは刀だ!! もっと
もそれを伝える流派はもはや現代では四流派程度しか残っていないが、僕はあいにく修めて
いる!!」
 咄嗟に右手で刀を持ちつつ左手を首に差し込んで完全なる窒息をさけたのは流石秋水とい
うべきであるが、貴信はその間にも右手の穴からじゃらじゃらと鎖出しつつ秋水の背後に回り
込む。そして首の左右に両手を伸ばし、鎖を強く締め付けた。のみならず後ろへ倒れろとばか
りに恐ろしい力を込めて……。
「香美が出ている時はこういう技巧は使えないが……ひとたび僕が出てくればこうなる!!」
 貴信のいま仕掛けたものは「首級落とし」という技である。本来はここから一気に引き倒して
決めるが、秋水は端正な顔を紅潮させながら辛うじて耐えている。平素の訓練で鍛えた足腰
あらばこその技だが、さりとてホムンクルスの膂力による締め付けを左手一本で耐えていれば
どうなるか。
(落ち着け! 態勢は不利。状況は逼迫している。だがこういう時こそ考えるんだ……!)
 緩やかな酸欠への恐怖がもたらす動揺の中、去来したのはブラボーとの特訓である。

「甘いぞ戦士・秋水! 戦いは常に予想外の事が起こるものだ! それに咄嗟に反応できる
かどうか、戦士の真価はそこにこそある!! 何もせず、ただ状況に流されているだけでは
敵のペースにはまるだけだ! 完璧でなくてもいい、とにかくまずは動くコトが重要だぞ!」

(まずは、動く!!)
 暗くなりかけていた瞳に再び光を灯すやいなや、秋水は右手の刀を逆手に握って斜め上へ
突きあげた。
 果たせるかな、密着状態のため刀は非常に当たりやすくなっている。この場合は幸運にも貴
信の右肘、先ほどシークレットトレイルによる真・鶉隠れによって切断された部分へ滑り込み、
他と比べて脆いそこをまたもや切断した。
 そのため鎖を握っていた右手は俄かに力が抜け、秋水はすかさず反転しながら貴信の胴を
真一文字に斬った。逆胴でないのは流石に剣気充溢の状態でなかったためだが、攻撃に転じ
られただけでも十分立派といえるだろう。
 されどこの攻防で真に恐るべきは貴信であった。彼は秋水が首から鎖分銅を振りほどく頃に
は自身の右手を掴みあげつつ再び顔に見合わぬ技巧を見せていた。すなわち、中空でとぐろ
を巻くように漂っていた鎖分銅を一気に引き戻し、そのまま秋水の顎めがけて放ったのだ。正
面から見れば星型分銅しか見えぬほど鎖は一直線にびィーんと張り詰めていた。しつこいよう
だが、首から離れとぐろを巻いていた鎖を一秒も経たぬうちに上記の状態にまでまとめあげ、
斬撃半ばの秋水の顎を打ち貫いたのは特筆に値しよう。
 だが流石に両者の動きはそこで途絶えた。彼らは示し合わしたように一瞬仰け反ると、反射
的に飛びのき激しい息をついた。
(あのタイミングで交差法とは……! よほどの技量と戦意がなければ出来ない真似だ……)
 秋水は割れんばかりに痛む顎を触れた。
 熱ぼったい痣が浮いている。ともすれば骨にヒビすら入っているかも知れない。
(……ははは!! カウンターが間に合わなければ恐らく胴から真っ二つにされていたな!!)
 貴信は右腕の接合状態を気にしながら、胴の傷を見た。
 服を切り裂き体表を二センチメートルばかり抉っている。
(んーと、んーと、……だあもう! 何が起こってるかあたしニャちっとも分かんないじゃん!)
 すっかり蚊帳の外の香美は半眼でつまらなそうに思った。

「ハハハ!! お互い武術を学んだだけあり、なかなか勝負がつかないな!!」
「あ、ああ」
 殺人鬼のような形相でギョロギョロとねめつけてくる貴信に、秋水は困惑した。
「その、君はもうちょっと静かに喋るコトはできないのか?」
「できない!! 何故ならば僕は他人と話すのが苦手だ! よってテンションを上げねばどうに
もならない!! テンション下げればそれはもう鬱状態になるからな!!」
『そーそー。ご主人はむかしからずっとこうじゃん。だからあたしひろって話し相手にしてたぐら
いだし。コレで意外に繊細じゃんご主人。ずっとずっと恋人欲しいとかボヤいてるし』
(そうなのか?)
 秋水は貴信を笑うコトはできない。何故ならば彼も友人は少ないからだ。
「ハーッハッハッハ!! 物悲しい与太話はさておき! ここからは武装錬金の特性を活かした
戦いに移ろうじゃあないか!! ああ! 何かなこの目からこぼれる液体はあああ!! まあ
それはともかく我らが全能なるリーダー、助力をこいねがう!!」
(君も世界の中で色々と苦労しているんだな)
 秋水が微妙な表情をしていると、部屋を取り巻く四辺の壁に変化が生じた。
 平たく言えば三本の線がぼこりと浮かび、そこからバチバチと青白い光がスパークし始めた。
「コレは……一体?
『ぴんぽんぱんぽーん』
 部屋に響いた声は、小札の物である。
『えーこほん。マイク通じてますかマイク。ぽんこんぽん!(←叩く音) おお! 通じております
ね!! されば不肖よりご説明申し上げます。いま壁からせり出しまするモノはいわゆる普通
の電流であります!! もりもりさん名義で引いた電気をここへと集中し、当たれば肉焼け髪
ちぢれる恐るべき代物であります。電気料金も恐るべき代物であります』
「この部屋の形成と同じく、アンダーグラウンドサーチライトの特性か」
『流石は秋水どの、なかなか理解がお早い! こほん。今のはシルクハットつながりのセリフ
ゆえ他意はありませぬが、とにもかくにもこの電流はアンダーグラウンドサーチライトの内装
自在の特性にて築きあげたる物! そしてその理由は』
「総角がヴィクトリアの武装錬金を模倣している以上、自分や部下たちにとって有利な地形を
作るのは当然だろうな。そして恐らくは残る者達も、彼らの武装錬金や性質を十全以上に発
揮できる部屋に居るという事……」
「ハハハッ!! その通り! ちなみに香美の場合は何もない部屋の方がやりやすいからあ
あだった!」
「そして君の場合はエネルギーを吸収し、例の流星群などの技に使う……という事か」
『うぅ、不肖の解説の出番がないほどのご明察、お見事。それではー。ぴんぽんぱんぽーん』

 貴信は鎖分銅を伸ばすと、壁の電流に押し当てて吸収を始めた。
「しかしだ、地の利は僕たちだけではないぞ! 貴方の武装錬金の特性を考えれば十分利用
価値はある筈! つまりは五分! そう思ったからこそ戦闘が一段落した時に出して貰った!」
 秋水はそのセリフで気付いた。
(思い返せば先ほどの戦闘の最中、俺が壁に接触する場面は何度もあった。しかし彼はその
時、総角に仕掛けの作動を頼まなかった。いや、今だって例えば俺の足元に電流を流せば、
それで片は付いた筈だ。なのにどうして……?)
「ん! どうした浮かない顔をして!」
 秋水は一瞬「いや……」と言葉を呑みかけたが、意を決して問いかけた。
「なぜ、君のような男が総角の部下をやっている? 彼は技術に対しては堂々としているが、
しかし根の部分は策士だ。君とは氷炭のように受け入れない筈。なのに、なぜ?」
「なぜか、か。それは……」
 貴信は珍しく静かな口調で呟き、舞い散るエネルギーの中で目を閉じた。
(アレから何年経ったんだろうなあ! 七年か八年か……思い出すのも久々だ!!)

「駿馬とて悪路を走らば駄馬と化す……恨むなら悪路をもたらした自身の収集癖こそ恨め」
「貴様ッ!! 香美を、香美をどうしたッ!! 書物さえ渡せば助けるという約束は……一体
どうした!! 約束を違えるのか!? 答えろ!! 答えろオオオッ!!!」
「おーっと悪ィ悪ィ。つい勢い余っちまってなあ〜 結論からいやあ……ネコは死んだよ。壁に
頭ぶつけてな。今なら頭にできた切れ目から、豚の小間切れ肉集めたみたいな色艶の脳み
そが見れるがどーするよ? っと、ダメみたいだぜ。ウチらで一番のせっかちにゃその時間も
惜しいらしいわ。あーやだねやだね夢かき集めない奴ぁ」
「駄馬にも劣る雑種と飼い主でも兵卒ぐらいにはなるだろう……手向けに混ぜてやる」
「そん変わりお前の人格は死ぬっきゃねーけど、ま、ウチらにゃどーでもいいか」

(……今でも嫌な記憶だな。だからこそ尊敬すべき相手へ語っても仕方ない!!)
 貴信はレモン型の瞳をパシパシと瞬かせ、頬を歪めてニカーっと秋水を見た。
「これには色々と事情があるんだ! 話せば長くなるが!!」
『んーにゅ。あたしらさー、もともとご主人とネコで別々だったワケよ』
「だがちょっとした事情で一つの体を共有するコトになったんだ!!」
『そそ。さっきさぁ、なんかこわいれんちゅーにアレコレされてこんなんじゃん! おかげであた
しネコなのに暗いトコとか狭いトコとか高いトコとか苦手っつーかこわいじゃん』
「でだ、香美が僕などと同じ体なのは申し訳ない! いつかちゃんと飼い主として責任を持っ
て、僕とは違う肉体を与えてやりたい! そしてちゃんとしたお婿さんと引き合わせてやりたい!
ただ、それだけだ!」
『んーまぁ、あたしニャむずかしいコトわかんないけどさ、またご主人のヒザでくつろぎたいし、
別々になる方法さがしてるわけじゃん』
 貴信は胸を張り、香美はからからと言葉を紡ぎ、秋水は瞳に憂いの色を浮かべた。
「……だから総角の部下となり、各地をさまよっている訳か。だが」
「おっと! 戦団の力を借りろというのはいいっこなしだ!! 僕は一応もりもり氏には香美と
もども命を救われた恩義がある!! だから今さら彼を見捨てるのは男として許せない!!
それにだなあっ! ブレミュはけして居心地は悪くない! だから僕はこの心地の良さを二度と
何者にも破壊させないため、敢えて尖兵として戦おう!!」


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