インデックスへ
第050〜059話へ
前へ 次へ

第054話 「このまま前へ進むのみ その壱」



「貴信と香美が負けるとはな。いい勝負だったが後に鐶が控えていてはああなるのもやむな
しというところか……フ。並のホムンクルスにひけを取らぬ栴檀二人、惜しくはあるが仕方ない」
 「さて」と総角は手を見た。
 そこではおよそ一時間前に受け止めた逆胴の衝撃がいまだ微かな痺れをもたらしている。
一分の創傷すら浮かんでいないがまったく無事というワケでもない。
「腕を上げたな秋水。だが次の相手は貴信たちほど甘くないぞ」
 手を握りながら総角は瞑目し、気障ったらしい笑みを浮かべた。

 秋水のいる地下空間は総角のアンダーグラウンドサーチライトの作り出した物である。よって
その特性により内装は自由自在……とは先ほどの小札の弁。
 然るに広さと複雑さを増すば増すほど創造者の負担が大きくなるアンダーグラウンドサーチ
ライトである。先ほどの貴信の部屋自体相当な広さであり、その前後にも決して短くはない通
路があった。もしヴィクトリアが見れば本来の創造者ゆえの身を削られるような錯覚を覚え、
眉をしかめるだろう。だが秋水の行く手には少なくても広い部屋と通路が四セットばかり待ち構
え、しかも部屋の主に見合った内装を施されている計算──… 
 ああ、総角主税の精神力やいかほどか! (忍法帖風)

 煉瓦造りの通路を駆け抜けていた秋水は、行く手に襖があるのを認めると速度を緩め、息を
整えながら近づいた。
(次の戦いが近い。装備を確認しておこう)
 立ち止まると、先ほど貴信から受け渡された二つの核鉄をポケットから取り出し、小脇に抱え
たシークレットトレイルともども確認した。
「シリアルナンバーLXXXIII(八十三)か」
 ずいぶんヒビの入った核鉄は貴信の物である。先ほどの秋水との撃ち合いや光球の射出に
よって相当のダメージを受けたコトが見て取れた。
 もう一つの核鉄はシリアルナンバーLV(五十五)。いうまでもなくかつて奪われた剛太の物
で、こちらは艶のある鉄色に輝いている。
「LXXXIII(八十三)の方は使用不可能。LV(五十五)は発動可能……」
 となれば、である。
(ダブル武装錬金)
 秋水は防人から教わったその単語を脳裏に軽く描いた。
 ダブル武装錬金とは、読んで字の如く「一人の創造者が同時に二つの核鉄を発動する」コト
を指す。ただしそれによって発動する武装錬金は、多少の意匠こそ違えど根本的な形状や特
性は変わらない。かつてカズキや防人はそれを用いて敵を倒したというが──…
(俺の武装錬金では不向き。二刀流は修めていない)
 秋水は断定した。先ほどの戦いでシークレットトレイルを用いはしたが、あくまで補助的な攻
撃にすぎないのだ。
(それに金属疲労の問題もある)
 防人の話によると、核鉄はその所有者が短期間のうちに激しく入れ替わると金属疲労を招き
品質が著しく低下するという。
 よって。
(以前深手を負った姉さんを救ったように、核鉄は回復に当てるべき。)
 実際に貴信の部屋からココに来るまでの間、核鉄を当てていたので体力や傷はわずかだが
回復している。貴信に打ち据えられた顎から腫れが若干引いているのがその証拠だ。
 だから時間をおけば完全回復も或いは可能なのだが、秋水にはそうできない事情もある。
(どこまでやれるかは分からないが、せめて姉さんを倒した小札だけは、俺が……)
 桜花は秋水がヴィクトリアを説得できるよう、小札との戦いを引き受け、そして敗北したのだ。
 そして当座の相手たちの目的は「小札の回復」。時間をおけばおくほど小札のコンディション
は──桜花が懸命に負わせたダメージは──回復に向かう。
(姉さんの健闘や意志を無駄にしたくない。だからこのまま前へ進むのみ!)

やがて襖を開いた秋水は、「ここは……」と部屋の内実にちょっと息を呑んだ。
 闇。
 照明一つない、暗黒の部屋。
 秋水の足元から伸びた光が一面の闇を丈の長い台形にくりぬいて、姿勢のいい影絵を乗せ
ている以外はまったく何も見えない。
(成程。これが『有利な地形』。闇に非力な本体を隠すつもりだとすれば──…次はやはり)

──「貴方に真ッ向から倒された者として、善戦を祈る! だが次の鳩尾は甘くない!」

(貴信の言った通り鳩尾無銘。兵馬俑の武装錬金を操る犬型ホムンクルス)

「確かあなたと彼は旧知の間柄だったとか」
 ココで話は数日前に遡る。
 剛太に貴信・香美の情報を尋ねた秋水はその足で根来の病室に向かった。
「ええ。彼と総角、そして小札はしばしばL・X・Eのアジトに来てましたので。といっても自動人
形の方と何回かすれ違い、目礼を交わし合った程度の仲ですが」
 ちょうど根来の見舞いに千歳が来ていたのは少し意外だったが、しかし或いは秋水にとって
都合が良かったのかも知れない。
「鳩尾無銘の武装錬金の特性について聞きに来たのね。確かに防人君から報告を又聞きす
るより、直接戦った私たちの意見を聞く方が参考になるかも」
 聡明な彼女はすぐ秋水の目的を察し、無駄のない口調で要点を述べた。
「すでに聞いていると思うけど、あの自動人形は

『ダメージを与えた武装錬金の特性を創造者に敵対させる』

特性の持ち主。例えばヘルメスドライブからは過去に出会った人が出現して私を狙い、シーク
レットトレイルは亜空間を錐のように捻じって戦士・根来を傷つけ、ご存知の通り戦士・斗貴子
に至ってはバルキリースカートの高速精密機動を操られ全身を斬り刻まれて入院中。……ご
めんないね。本当は直接戦った彼女の意見も聞いた方がいいと思うけれど、傷も精神も今は
あまり良くないから……」
 言外に「聴取は控えた方がいい」とニュアンスを滲ませる千歳は、しかし聡明な彼女らしく報
告から綿密に整理分析した斗貴子対無銘の概要をつらつらと述べた。それは客観性に満ちて
いて、ややもすると当人たちより詳しく一挙一動を捉えていたかも知れない。
「成程。彼女が負けたのは連戦に次ぐ連戦の後にそうされ……」
「ええ。不意打ちを受けたせい。むしろ彼女は本当によく戦ったと思うわ。……あんな状態で」
 千歳はすこし艶めかしいため息をふうとついた。
「そしてその不意打ちというのが」
「本体……即ち、犬型ホムンクルスの仕業だ」
 むっすりとした三白眼が大儀そうに呟いた。根来だ。
「恐らくそれが奴の戦法なのだろうな。自動人形で相手の目を引きつけ、敵対特性で思わぬ
反撃を浴びせる。もし仮に自動人形が斃されたとしても、背後から本体が襲う」
 無愛想だがよく透る声で呟くと、彼は口をニュっと歪ませ微笑を浮かべた。
「つまり奴は私同様、勝利の為ならば一切手段を選ばぬ男」
 よって、と根来はひどく彼らしい合理的な対抗策を述べた。
「奴と戦う場合は貴殿も一切手段を選ぶな。もとより貴殿の気質や武器は搦手を用いる相手
と相性が悪い……加えて、奴の操る自動人形は様々な忍法を使う」
「忍法……? 聞いた事はありますが実在しているのですか?」
 根来は少し黙ると……
「いる」
「いるにきまっている」
「何故ならば私が習得しているからだ」
 言葉をわざわざ一個一個力強く区切りながら頷いた。
 それはもう平素の彼からはかけ離れた異様な情熱を込めて、鋭い目つきをらんらんと輝か
せながら幾度なく頷いた。
「私は忍法帖シリーズを読破し、血の滲む様な修練の末に総ての根来忍法を修得したのだ。
今や口からかまいたちを放ち、人の目の中で逆三角形のプリズムのように凝結して視界を反
転させる唾液を吐くなど容易い。シークレットトレイルによる亜空間移動など私にとってはしょ
せん余技にすぎない……」
 秋水は「え?」とすごく物言いたげに根来を見た。
「奴が山田風太郎先生に心酔し、私と同じ真似をしたとしても不思議ではなかろう。まして奴
は自動人形を用いるのだ。多少の無茶などまかり通して然るべき──…」
 いわゆる趣味の深みにはまり込み、一般人と一線を画す精神状態に陥った者特有の理解し
がたい暗い情熱がもわもわと秋水をあぶり、彼を困惑させた。
(いや、ホムンクルスでもないただの人間が、本当に修練一つで口からかまいたちを放ったり、
人の目の中で逆三角形のプリズムのように凝結して視界を反転させる唾液を吐けるようにな
るのだろうか……? というか何でわざわざ先生と呼ぶのだろう?)
「理屈は簡単なコト。総てはかかる執念のなせるわざ。第一」
 根来は無愛想に秋水をねめつけると、わざわざ墨絵調になって断言した。
「錬金術が実在しているのだ。ならば忍法を体得できても何ら不思議ではない……!」
 秋水はぐうの音もでなくなった。現にこの曖昧な事象をいっさい許さぬ合理主義者が忍法を
習得している以上、まったくもって否定の材料がないのだ。
「よって貴殿も初歩の忍法を一つ得てみるがいい。されば理解も深まろう。教えてやる」
「い、いや、その……」
 秋水に詰め寄る根来を見ながら千歳はひそかに額に手を当て、うなされるような表情でた
め息をついた。

(とにかく)
 いつの間にかシークレットトレイルを複雑な表情で眺めていた秋水は、軽く冷汗かきつつ慌
てて部屋を眺め直した。
(次の相手はあの鳩尾無銘。不用意に飛び込めばそれこそ奴の……忍法…………の餌食)
 忍法、のあたりで頬を軽く引きつらせながらも、さてどうしたものかと考える。
 なにか、呼びかけてきた。

>                                                 从ヘハ
          フハハ!! もしかするとこの部屋自体がブラフかもな!! > (@Д@#
  ∧_∧
 从 ゚ー゚) < そーそー、なやんでるうちにうしろからバッサリじゃん!           ___
                                                   __|___|__
 などと焦って踏み入りますれば実は奈落であり、真っ逆さまかも知れませぬ! > 从・__・;从

(い、いや落ち着け。落ち着くんだ俺)
 どうも調子が普段と違う。もしかすると先ほど戦った貴信や香美や、ついでに声を聞いた小札
から知らず知らずのうちに影響を受けているのかも知れない。
 秋水は深呼吸をした。腹式の深呼吸は精神を落ちつけるのにいいのだ。
(こういう時は防人戦士長の言葉を思い出せ)

──「ちょっとした着想で君の武装錬金も闘い方を変えるコトができる」

(これだ)
 まったく防人の大らかさはどうだろう。苦悩多い青年期を駆け抜けだけあり、こういう局面で
は何かと支えになるのである。根来の厳然とした冷徹さとは大違いだ。
 秋水は無言のまま下緒を掴むと、先端にある物を部屋に中へと放り込んだ。
(先ほど貴信の光球を斬った時のエネルギー。反射的に蓄積していたそれを……) 
 飾り輪が放出し、一瞬だけ部屋を照らした。
 そこは先ほどの貴信の部屋とほぼ同じ大きさで、くすんだ木張りの床のうち可視範囲につい
ては罠や奈落の類はない。加えて、無銘の姿も本体・自動人形問わず見当たらない。
(やはり死角に隠れているな)
 光に慄いたのだろう。再び闇に包まれた世界の中で、微かな動揺の気配がした。
(部屋にいるのなら疑うまでもなく初撃は不意打ち。……故にまずはそれを防ぐ!)
 秋水は眼を閉じるとその中で瞳孔だけを開いた。これは夜目に目を慣らすための方法だ。
(今の光で奴の目が眩んでいればいいが、自動人形やホムンクルスが相手では望みは薄い。
ならば)
 長身がスルスルとその場に座り込み、右膝を立て左脛を総て床につけるような姿勢を取った。
 一方、右手に握ったソードサムライXは更に右側へだらりと垂れさがり、床スレスレに剣先を
浮かべた。
かと思うと秋水はシークレットトレイルを背後に回し、腰の後ろのベルトに差し込んで、次に愛
刀の長い下緒をくわえて左の一の腕の半ばにくいっと一巻きした。
 そしてその末端……つまり飾り輪の近くを左拳で握ると、下緒があたかも彼の緊張を示すよ
うにビーンと張りつめた。
 この構えは「座さがしの術」といい、忍びが屋敷に忍び込む時の対処である。
(その、押しつけられた……に、忍法ではあるが使えない事も……というかこれは刀術のよう
な……? だいたい本来は鞘を剣先にかけたままやるという。そして鞘から伸びる下緒をくわ
えて微細な動きを知るらしいから)
 刀身から直接伸びる下緒をくわえるのは無意味かも知れない。
 一瞬少し情けない顔をした秋水だが、すぐいつもの沈着なる美形顔に戻って剣先を襖の裏側
へと這わした。潜入時の心得で、まずは扉や戸の裏側に剣先を入れるのだ。もしそこに敵が
待ち構えていた場合は、突然ニュっと体に触れた感触で動揺するから所在が分かる。そういう
寸法だ。
 確認の結果、何者も間近にいなかった。
 秋水は意を決して部屋に踏み入り、屈んだままの姿勢でスルスルと歩き始めた。

 …………
 
 ……扉から五メートルは進んだであろうか
 突如として秋水の頭上を「ぶぅん!」と異様な風が行き過ぎた!
 転瞬! 彼の口から下緒がぱらりとこぼれ──…
 彼の左側を青い三日月が疾駆したと見るや、闇の一点で竜巻のように荒れ狂った!
「馬鹿な……!」
 響いたのは何かがボトリと落ちる音。くぐもった無銘の声。
 果たして何が起こったのか判然とせぬ中、秋水だけが叫んだ。
「捉えた! そして!!」
 立ち上がりつつ彼は左拳を肩の上でグイと引いた。するとまるで操り人形が傀儡師に招かれ
たように大きな影が滑るように疾走してきた。それが「無銘」という名の武装錬金だとすれば確
かに人形には相違ないが、然るに傀儡師ならぬ秋水に手繰られる理由はない。
 ならばただ手向かっただけなのか?
 ──否。影はほとんど背後に倒れ込むような姿勢で動揺を撒き散らしながら、つま先を秋水
に向け宙を駆けていた。
 秋水はそれに向かって猛然と駆けた。
 ただでさえ異様な風景であるが、更に異様なコトに影の右足は膝から下が欠けている。
 左の脛からは先ほど秋水の側面を駆け抜けた三日月らしい物が垂れさがって加速の中で青
く揺れ輝いていた。
 秋水はその揺れ輝きを正面から迷いなく掴み取ると一気に影の左側面へと回り込み、唐竹
に斬り落とした。

 一連の動きの概要はこうである。

 ……秋水は。
 頭上で何かが爆ぜた瞬間、即座にそれを囮とみなした。
 論拠は非常に単純。背後からの殺気を感知したからだ。
 もっとも、もし不用意に飛び込んでいれば感知できたとしても態勢の不十分さで対処が遅れ
ただろうが、然るに「座さがしの術」で警戒を徹底していた以上、迎撃態勢は万全といって差し
支えない。
 よって背後から飛びかかってくる自動人形に対して愛刀を投げた。
 ただ投げたのではない。左拳に下緒を掴んだままだったから、あたかも貴信操る鎖分銅の
ように刀はビューっと疾走した。
 一般に下緒の長さは打刀用の鞘につくもので、およそ百五十センチはあるという。が、ソー
ドサムライXの下緒は、一見するとそれほど長くないように見える。
 その原因は、この刀が本来の日本刀に必ず付随している「柄」を持っていないせいだ。
 柄が刀の持つ部分に必ずついている装飾品だとはいうまでもない。ついでにこの柄を外すと
刀工の名や製作年紀を示す「銘」が刻まれているのも広く知られているから詳しくはふれない。
 然るに、である。もし柄や鍔を取り払って「銘」が露になった刀剣の写真を見る機会があれば、
「銘」の周辺をよく見て頂きたい。
 刀によってこの部分の保存状態は個体差があるが、いずれも必ずヤスリのようなザラザラが
刻まれているのがお分かりになるだろう。
 これを鑢目(やすりめ)といい、刀身に差し込んだ柄が抜け落ちぬようにする彫り込みだ。
 だが、ソードサムライXは柄のみならずこの鑢目(やすりめ)もない。
 何故か柄を固定する目釘穴だけはあるが、刀身のうち握る部分、いわゆる茎(なかご)が何
の装飾もなく剥きだしのため……
 ひどく振るいにくい。
 ツルツルとした金属は過酷な剣術運動の中で滑りやすい。汗をかけばますます滑りやすい。
 ……さて、長々と書いたこれらの事実が、下緒の長さと果たしてどう関係するのか? 
 答えは「その滑り止めに使用するため実際の長さより短く見える」である。
 秋水は下緒を茎(なかご)に幾重にも巻きつけるコトで柄に準じた滑り止めの用に供している。
例えばカズキとの戦いやバスターバロンに乗っている時はそうだったし、アニメでのヴィクター
討伐も同じくだ。原作四巻の表紙を見ればどう巻き付けているか詳しく分かるだろう。(ピリオ
ドでは更に手へさらしを巻きより盤石な滑り止めを施していた)
 であるから、下緒がふだん短く見えたとしても、それは茎(なかご)へ巻きつけた分が差し引
かれた結果であるから、その分だけは見た目より長い──…
 加えて秋水の身長は百八十一センチメートルである。資料によればこの身長における平均
的な腕の長さはおおよそ七十八センチメートルほど……つまりは下緒と併せれば二メートル
先にいる相手も狙い撃てる。
 果たして下緒は秋水の背後約二メートルに迫っていた自動人形の左脛に左側にブチ当たり、
そこを支点に勢い余ってぐるぐると巻きついた。もちろん下緒の先に刀あるゆえの遠心力だ。
 自動人形にとってそれはたまらない。
 ただでさえ不意打ちには不意打ちとばかりに、まったく純粋な刀法を無視した予想外の攻撃
を疾空途中の死角たる足元に容赦なく浴びせられたのだ。
 衝突したのは下緒といえど武装錬金だ。金属が縄のように編み込まれている。だから自動
人形は重苦しいワイヤーに打たれたような衝撃で、安定を欠いた。
 なおかつソードサムライXが両刃というからたまらない。あろうコトか足元で両刃の刀が回転し、
右膝から下を切断される憂き目にあった。
 そう。
 疾駆し、闇の一点で荒れ狂った竜巻のような三日月はソードサムライXだったのだ。
 ボトリという音は右膝から下が落ちる音……
 左脛から垂れ動いていたのもソードサムライX……
 自動人形が秋水に向って引かれたのは下緒あるため……
 そして秋水は飛翔する敵から神速ともいえる手つきで愛刀を回収し、振り下ろした。
 平素の滑り止めもへったくれもないひどく荒唐無稽な攻撃ではあるが、手段を選ばぬ攻撃と
いうのは得てしてこういう型や常識からかけ離れた物になるのだろう。
 とはいえ古流の剣術には下緒を以て敵を制する技もあるから、あながち秋水の判断は剣客
らしい柔軟性と合理性の萌芽を示すものといえなくもない。

 かくして自動人形「無銘」は腹部から両断され、下緒を振りほどきながら「どうっ」と凄まじい
音を立てて地面に転がった。
 だが。
 秋水はそのままつま先を地面にねじ込むようにするとそれを起点に体を捻り、風が爆ぜるよ
うな音を立てつつ横殴りに何かを斬りつけた。
 貴信の武器は鉄のような質感だったが、どうやら無銘のそれは硬直した筋肉らしい。
 防がれた斬撃にそういう感想を抱きながら秋水は刃を外側から更に押し込んだ。
「初戦を突破したようだが」
(不意打ちは予見していた……しかし、こう来るとは!)
 右手を立てて刃を受け止めている自動人形「無銘」の姿を見ながら、秋水は切歯した。
 先ほど両断した黒衣の自動人形は相変わらず地面に転がっている。
 では眼前のコレは何か?
(ダブル武装錬金!! 津村斗貴子から奪った核鉄を発動したか!!)
 通じぬ斬撃を弾くように外すと、秋水は背後に飛びのき二体目の無銘を見た。
 その衣装は黒くはあるがやや青く染まっており、帯や袖にはバルキリースカートの刃を思わ
せる六角形が鱗のようについている。
「いい気になるな。栴檀など我らの中で一番の小者。ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズに
入れたのが不思議な位の弱者だ」
 兵馬俑の武装錬金の両手がめらめらと燃え始め、松明のように部屋を茫洋と照らした。


前へ 次へ
第050〜059話へ
インデックスへ