インデックスへ
第050〜059話へ
前へ 次へ

第056話 「このまま前へ進むのみ その参」



 さしもの無銘も鏡の前に躍り込む際に肉体まで直す余裕がなかったと見えて、鏡の中の彼
らはことごとく右の四指が欠け、右足は膝から下がない。
 その様子に一瞬何かを考えた秋水だが、すぐ火傷にひりつく掌を引き締め正眼に構えた。
 そして。
 虚像を得ながら接近するのは下策とみたか、無銘は飛び道具を用い始めた。
 まずはブーメランのように畳まれた三尺手拭を投擲。これも忍六具の一つである。蘇芳染め
になっており、汚れた水を濾過して飲んだり顔を覆ったり縄の代わりにしたりと、用途は様々。
 いまは事前に水分が含まれていたとみえ凍っている。むろん忍法薄氷によってそうされたの
は想像に難くない。キーンと白い冷気を漂わせるそれは鏡によって無数に映され、乱舞しつつ
秋水へと吸い寄せられた。
 分身といえばムーンフェイスだが、彼相手なら間近に迫ってきた分身を叩ッ斬れば何とか攻
撃を防げるものだ。しかし忍びの水月によって鏡に映されたものはただ一つの実像を除いて
総て虚像なのである。
 だから秋水が三尺手拭を迎撃すべく振るった剣はことごとく空を切り、ただ一つの実像が左
大腿部を学生服ごと切り裂きながら背後でくるりと方向を変えて戻っていく──…
 それが秋水の右足のすぐ傍でハタリと両断された。無銘一同から落胆と失意の舌打ちが軽
く漏れた。秋水はやや下段の構えを取っていた。そして左大腿部を切り裂いたのと同じ軌道で
戻るブーメラン型三尺手拭は突如行く手にたちはだかった両刃の刃に衝突し、元来持つ運動
エネルギーによってぎゅらぎゅらと巻き斬られた。
 それを合図に忍六具の編笠から放たれる無数の矢が無数の虚像を帯びて秋水に迫った。
 この頃ともなるとすでに秋水は相手の領分に付き合うのをいい意味で放棄している。根来も
手段を選ぶなといっていた。よって矢をやり過ごすべく素早く手近な柱の陰に隠れたものの──…
 アンダーグラウンドサーチライトは「広さと内装が変幻自在」である。そして今いる場所は総角
が創り出した空間だ。つまり、彼にとっていくらでも都合のいい演出ができる訳であり。
 柱が、消えた。
(総角……!!)
『フ。すまんすまん。ちょっとした嫌がらせをしてみたくてな。まあ、コレで最後としておくさ』
 どこからとなく響く笑みを帯びた声に切歯しつつ秋水は部屋の角へと退避。
 それに合わせて無銘も手の角度を変えたと見え、流星群のような矢どもが追いすがる。
 秋水は深く息を吸うとそれらを睨んだ。
「飛び道具ならばまだ貴信と香美に一分の利がある……」
 パチンコの玉や鎖分銅や忍者刀やエネルギーのつぶてや巨大な光球と比べればたかが無
数の矢など……静かに見えて意外に直情的な秋水の中で気迫が爆ぜた。
「虚像であれ実像であれ叩き伏せるのみ! 多少の傷は厭わない!」
 秋水は迫りくる無数の矢に戛然と目を見開くと、裂帛の気合いを迸らせた。
「はあああああああ!」
 手を火傷しているというのに剣の捌きにはまるで乱れがない。虚像を幾度なくスカりはしたが、
がつがつと恐ろしい音を立てながら実像のほとんどを寸断した。
 同時に秋水は無数の無銘に向かって駆けた。体のあちこちに落とせなかった矢が何本か刺
さっているが構わず虚像の群れの中に飛び込んで、手当たり次第に総てを斬り始めた。
 無銘はその特攻を激発と見て、覆面の下でニンマリと笑った。
 秋水はもはや無銘の領分になど付き合えるかという剣気を込めて、虚像さえ見つければ柱
も木箱も酒樽も手当たりしだいに斬りまくっている。途中、行灯が凄まじい音を立てて宙を舞い
飛んだのは踏み込んだ秋水の足に弾き飛ばされたからであり、その行燈も鏡に虚像を映して
いたため、宙空で真ッ二つに斬り下げられた。
「いかに実像と見分けのつかない虚像であれど、それを映す鏡に刀傷を残していけばいずれ
は実像との区別もつく!」
 秋水はツツーっと水すましのようにひた走って剣先をめたらやったらに振りまわしながら、書
院造や畳や朱色の机やよく分からない仏像をめちゃくちゃに斬り刻む。
 部屋はもはや嵐を招き入れたようだ。銀粉や木片や陶器の破片が混ざり合ってめちゃくちゃ
に飛び交っている。
『フ。内装を壊しているのは俺への意趣返しかも知れないな』
 総角が得意気に呟いたようだが、無銘にとってはどうでもいい。
(馬鹿め! 我が吸息かまいたちを忘れたか! せいぜい虚像に怒り狂うがいい!!)
 実像たる自動人形無銘は片足でヒョコヒョコ跳びながら移動し、やがて秋水の背後を取った。
 彼との距離はおよそ四メートル。もちろん部屋を荒らすのに夢中で気づいていないように見えた。
 よって無銘は限りない殺気の中で口をすぼめ……
 秋水が俄かにぐるりと振り返ったのはその時だ。
 彼は無銘は捉えた。恐ろしい眼光を吸いつけたまま、疾走してくる。
 無銘は一瞬愕然としたが、しかるに吸息かまいたちはすでに口を離れている──…
 よって秋水の頭に着弾。
 空気を裂くぶきみな音が部屋に木霊し、後は水を打ったように静まり返った。
 勝った。
 そう思った無銘は、崩壊する秋水の頭が、しかし血の一飛沫も上げずにただただ渦巻いて
しゅうしゅうと消滅するのを目撃した。
(……残像!? では奴は!?)
「逆胴!!」
 声と同時に光の一閃が無銘の胴体を突き抜け、身長百九十センチメートルを超える巨大な
自動人形を胴斬りにした。

 ……秋水は。
 無銘が吸息かまいたちを放つ瞬間、残像が生まれるほどの速度で平蜘蛛のように身をかが
めて地面をびゅーっと疾走していた。そして背後で吸息かまいたちが爆ぜる音を聞くと同時に
伸びあがり、真っ向から逆胴を叩きこんだのだ。
 しかし、なぜ彼は自動人形・無銘の実像の場所が分かったのか?

「いかに分身していようとムーンフェイスとは違う。鏡に移っただけの虚像。実像は一つ」
 秋水は崩れゆく無銘に視線と剣先を吸いつけて残心をとりつつ、一人ごちた。
「鏡に映っているなら左右は逆だ。……俺は先ほど、君の左の指と左の足を斬った」

 例えば無銘の指は

──赤不動の残り一方、燃える左腕がむんずとソードサムライXの切っ先を掴んでいた

 状態からシークレットトレイルによって

──剣先を握る無銘の親指以外の指を第ニ関節のあたりから切断

 された。よって左の物が欠損して然るべきである。
 次に足だが。

── 手を焼き苦悶の表情を浮かべる秋水の右膝下がぐわんと蹴りあげられた。

 彼らは正面切って向かいあっていた。ならば秋水の右膝下を蹴り薄氷もたらした無銘の足
は、左であるのが普通だ。よって秋水が

──刀で紅い円月を描いて(中略)無銘の足を膝から切断。

 したのもまた左。
 以上の理由により実像の自動人形・無銘は「左の指」と「左の足」が欠損しているべきなのだ。
 だが、鏡に映った虚像は左右が逆。すなわち。

──ことごとく右の四指が欠け、右足は膝から下がない。

「……そこまで分かれば後は、実像だけが発する殺気を頼りにおおまかな位置を絞り込み、
左の指と左の足がない者を探せば良く、後ろに来るのも予想の一つだった」
 ともかくも無数の虚像に一つの実像が紛れているだけの忍びの水月である。例えば犬のよ
うな明敏な感覚を持つ生物であれば実像を捉えるコトはできるし、捉えさえすれば槍一つで
倒せるのだ。それが人間の場合の話であったとしても、自動人形相手なら武装錬金を当てれ
ば倒せるのだ。
「とにかく、これで残るは本体のみ──…」
 ……
 忍者屋敷には様々な仕掛けがある。
 最もポピュラーなどんでん返しを筆頭に、外に通じる隠し戸や隠し穴などなど。
 更には遁走後に様々な機密情報や家宝などを奪われないようにするため、それらを隠す場
所も設けていた。
 名を「隠し物入れ」といい、基本的に障子戸の近くに設ける。そうすると相手は「まさかここに
貴重品はないだろう」と見逃しやすくなるのだ。
 隠し物入れにはちょっとした工夫があり、障子戸を完全に開いた状態で下の鴨井……平たく
言えばレールみたいな部分だ、それを「バカン」と外すと虫食いに見せかけた歪な半円形の取っ
手があり、それを引くと床板に見せかけたフタが開いてデスクトップ型のディスプレイをPC本体
ごと入れられそうなぐらいの収納空間が覗く。
 ……
 秋水達のいる忍者屋敷の一角。その隠し物入れから突如として白い影が飛び出した。
 大型犬の成犬のような影。一体どうやって狭い収納空間に入っていたか不思議なそれは
隠し物入れのフタを蝶番ごと吹き飛ばしつつ間欠泉のように天井へ舞い上がり、首を捻って
口のあたりから何やら長い物をびゃーっと秋水の正面きって撃ち放った。
 もとより残心していた秋水だ。不慮の事態であっても回避それ自体は辛うじてこなした。が、
不慮で辛うじてであるため、横を行きすぎ彼方の柱に甲高い金属音を一響させて巻き付く縄
の切断までには流石に思い至らなかった。
 鉤縄。忍び六具の一つ。柱にしっかと結えられたをそれを伝って滑るように向ってくる影を見
た瞬間、秋水は慄然とした。
 幾何学的な犬!
 それが忍者屋敷の景観を自動車から見る景色がごとく下に流して突っ込んでくる!
 いや、犬が迫ってくるのであれば驚倒ではない。無銘の本体がチワワだとは聞き及んでいる。
 だが。
 チワワであるべき無銘にしては異様すぎた。
 すでに大きさはドーベルマンかシベリアンハスキーかと見まごうばかりに膨れ上がり、しかも
全身は一般的な動物型ホムンクルスよろしく幾何学的なパーツに区分けされている。四肢の
関節部からは赤い鋲を打ちこまれたようなぶきみな突起が盛り上がり、背はその骨に沿って
ボコボコと真四角のシリンダーが敷き詰められ動きにつれて連動している。
 更にマムシのように鋭利な三角をした頭部には章印が輝き、目から爛々と紅い光の尾を引
きつつ宙空をカッ滑って秋水に突進してくるのだ!
 ここでようやく秋水は鉤縄を寸断した。が、正体不明の犬はすでに自らの推力を得たとばか
りに鉤縄を放し、宙を蹴って秋水にブチ当たった。
 刀が首の前で牙と絡みあい、ダラリと垂れ下がる犬の重さが茎(なかご)を握る火傷の皮に
生々しい痛みをもたらしていく……
「我が無銘の特性はホムンクルスにも適用される。L・X・Eの浜崎に用いたように」
 秋水の腹を蹴りつつ飛びのいた犬は、低く身がまえ呟いた。
「まさか、鳩尾無銘の本体? だが、その姿は一体……?」
 この異常な四足獣への驚きに答えるように
「貴様は、食人衝動の源泉を知っているか?」
 無銘の本体が秋水に飛びかかった。
「一説によれば犠牲となった『人間』の部分が元に戻らんとする『本能的な未練』という」
 秋水は辛うじて軽い斬撃を繰り出してなんとか迎撃。
「我が! 総てのホムンクルスにもたらす敵対特性は!!」
 足をうっすら斬られた無銘は宙返りをしながら後方に着地。
「恐らくホムンクルスならば誰しもが多寡を問わず持ちうる人間の本能的未練に対し、基盤
(ベース)となった動植物の個性を過剰に敵対させるアレルギーのような産物!! 例えば寄
生生物レウコクロリディウムと融合した浜崎は、『寄生』という名の個性を過剰に敵対させられ、
ほぼ自滅に追いやられた……忌まわしき鐶が手出しせずとも死んでいただろう」
 ばっと跳躍した無銘は、鋭く尖った爪を打ち下ろした。学生服の袖が切り裂かれ、繊維と血の
デブリがぶわりと舞った。
「貴様が初撃で自動人形を両断した時、容易ならざる相手と見初め、あらかじめ秘匿しておい
た自動人形の爪で我が身を傷つけておいた! 果たして貴様は二体目の自動人形を倒した!
……敵対が進めば人間の部分は完全に喰い殺され、悲願たる人間の姿にはなれぬだろう。
だが、総ては母上を守るため! そうっ!」
 獣のような口から溢れる烈火のごとき咆哮が秋水の耳をつんざいた。
「このまま前へ進むのみ!!」
 剣の動きよりやや早く、爪が秋水の頬を襲う。
 血は流れたものの、とっさに身をよじって目を避けた彼に無銘は歯噛みをした。
「悲願など捨てる! みすみすと貴様を見逃し、母上に害意を及ぼすよりは遥かにましという
物! 自動人形はもはや手繰れないが戦い抜くのみ!」
 鳩尾の言葉が真実とすれば、おそらく「犬」としての『忠誠心』が増幅されているに違いない。
「母上……小札か」
 秋水はすっと息を吸うと、やや憂いを帯びた目で無銘のガラ空きになった腹を斬った。
「ぐっ!」
 悶えつつ飛びのく無銘を見ながら秋水は痛感していた。
(やはり)
 この犬型ホムンクルスは執念と敵対特性によって身体能力を向上させている。
 が、それだけだ。向上といってもようやく並のホムンクルスになれただけだ。
 同時に獣としての属性が強まったため、ただただ真っ向から飛びかかる他できない。
 自動人形のような「ハメ」ができない。鉤縄を用いたのが最後の理性かも知れない。
 動きに秋水の目はそろそろ慣れてきた。次の攻撃は斬り落とせるかも知れない。
(だが、それを彼に告げてどうする? 小札を守りたいという気迫は本物……)
 幼いころの秋水は病気で死にかかった桜花を助けるべく、単身ガラス片を握りしめ、L・X・Eの
創始者たる蝶野爆爵(Dr.バタフライ)その人に挑みかかったコトがある。

──おかねと! たべものと! おくすりを出せ!!

 だから無銘の近しい者を守りたいという気持ちは理解できる。
 それを蹂躙されればどれほど絶望的な気分になるかも理解できる。
 別離を恐れればいかなる手段を用いてでも敵を排したくなる気持ちも、秋水は理解できる。

(何故ならば俺は)

──姉さんのために! 俺達の望みのために!!
──勝つ!! 俺はここで負ける訳にはいかない!!

(武藤を刺した。彼が俺と姉さんを助けようとしていたにも関わらず……)
 戦いに身を投じたそもそもの動機は、その贖罪を行うためだ。
 ムーンフェイスは「弱いまま、同じ過ちを繰り返す」と評したが、それでも様々な人間の様々な
話を聞き、触れ、いつか開いた世界を一人で歩けるよう努めているつもりだ。
 然るに桜花はその手伝い(ヴィクトリア説得の援助)をすべく小札と戦い、負け、傷ついた。
 命を奪うつもりはないが、しかし小札を倒さないと桜花に申し訳ない。
 のみならず、小札を倒さねば残る鐶や総角も倒せない。倒せなければ戦士に後はない。
 だがそれを達するため、必死に小札を守ろうとしている無銘を倒すのは正しいのか。
 秋水は深い懊悩を浮かべたが、やがて無銘が再び飛びかかってくるのを認めると、刀を翻し
茎尻(ながごじり。普通の刀なら柄頭のある部分)で犬の喉笛を打ちすえた。
 刺さりはしなかったがこのカウンターに無銘は四肢を丸めつつ苦鳴をあげて吹き飛び──…
 かろうじて着地した先で、額に青く光る切っ先を向けられ息を呑んだ。
「小札は殺さない。ただ無力化して核鉄や割符を奪取するだけだ」
 見上げれば秋水がソードサムライXを突き付けている。切っ先はすでに章印を捉え、もう一押
しで無銘を絶命させられる距離だ。絶対的優位。だが止めは刺さらない。
「それで優位と譲歩を示したつもりか!」
 全身から威嚇の気配を立ち上らせながら無銘は吼えた。
「死なずとも斬られれば母上は痛がる! そう分かっていて、見逃せると思うか?」
 彼がじりっと歩を進めると、剣先が引いた。
「貴様はどうなのだ! 早坂桜花が傷つく局面を見逃して平気でいられるか!?」
 ひどい苦味を感じながら、秋水は低く呟いた。
「君の気持ちも分かる。だが、その姉さんが……俺のために小札と戦い、そして敗れたんだ」
 一瞬、無銘はたじろいだようだった。
「約束する。小札はなるべく傷つけずに倒すと。だから武装錬金を解除して欲しい。頼む」
 が、無銘は笑った。何故か、笑った。
「クク。師父が我を二番手に配した意味、ようやく理解できたわ!」
 鋭い牙が覗く口を無銘は開け放ち、ニヤリと恐ろしい笑みを浮かべた。
「我が聞き及ぶソードサムライXの特性はエネルギーの吸収・放出・蓄積」
 刀身の周りに微細なスパークが走り、震え……
「そして敵対特性発動は自動人形の攻撃から三分後。すなわち!」
 秋水の足元で飾り輪が閃光を放った! いや、飾り輪だけではない。下緒も刀身もまばゆい
ばかりの光芒を撒き散らしながら爆ぜた。爆発といっていい。しかもその激しい光と熱の渦は
刀身や下緒や飾り輪から浮かび上がると、意志あるがごとく中空でむわりとくねって秋水の右
半身へ降り注ぐ。髪の焼ける匂いの中で秋水はたたらを踏み、左へのけぞった。
 彼は失念していた。ソードサムライXが既に自動人形・無銘から攻撃を受けていたコトを。

──赤不動の残り一方、燃える左腕がむんずとソードサムライXの切っ先を掴んでいた

 炎に秘匿され見えなかったが、「むんず」と掴まれれば剣先がわずかに潰れひび割れ、無銘
のいう「鱗がごとき物体」の侵入を許すのは必然だ。
(それは甘い貴信の奴めから蓄積したエネルギーだ! 我が敵対特性に掛かればこの通り!)
 同時に無銘は跳躍し、ガラ空きになった右半身に攻撃を仕掛け──…
「すまない」
 秋水の突き出したソードサムライXに喉首を刺し貫かれていた。
「な……?」
 総てが分からないという風に顔を歪め足をバタつかせる無銘に、
「君は津村との戦いの後、武装錬金を解除していなかった。もしかすると傷ついた自動人形は
核鉄に戻さず何らかの忍法で修復していたのかも知れない」
 火傷を半身一面に負った秋水は心底から罪悪感を浮かべた。
「だから──…」

 話は巻き戻る。
 秋水が病院で根来に詰め寄られてしばらく後のコト。
「本当は戦士・斗貴子が負けたすぐ後に提案するべきだったわね。ごめんなさい。でも、私の
仮説が正しいかどうか調べて、断定を下すための時間が欲しくて……」
 千歳は寄宿舎管理人室の地下で防人と秋水と桜花にラミジップ(小型のチャック付きポリ袋)
を見せていた。
「でも証明はできたわ。現象が現象だけに少し手間取ったけど、確かにこれは攻撃箇所の微
細な傷から潜り込み、特性を歪ませる。形状が人間の角質に似ているから、あの自動人形の
体表から剥がれ落ちていると考えて間違いないわ。そして傷から内部に潜り込む……」
 千歳が指差すラミジップの中では二ミリメートルほどの、半透明をした魚鱗のような物体が何
枚も何枚もうねうねと体ひんまげつつ蠢いている。
 無銘のいう「鱗がごとき物体」だ。
 同時に千歳が無銘との戦いで採取し、聖サンジェルマン病院で根来に見せた物でもある。
 これの侵入によって武装錬金は特性を敵対させられるのだ。
「この先、鳩尾無銘と戦わない保証はないから今のうちにコレを使って、例の敵対特性を防人
君たちにも確認しておいて欲しいの。といってもシルバースキンに効くかは分からないけど……。
あ、戦士・剛太については戦士・根来の核鉄で既に確認済みよ」

 蘇る記憶に秋水は瞑目した。
「この街にいる戦士は全員、君の敵対特性のもたらす現象を把握済みだ。だから俺は動揺す
る事なく対応できた……」


前へ 次へ
第050〜059話へ
インデックスへ