インデックスへ
第060〜069話へ
前へ 次へ

第062話 「動けなくなる前に動き出そう 其の肆」



(不肖がこれより始めまする攻撃はっ!)
 光線を避けていた秋水は、異変に気づいた。
(倒せればよし、倒せずとも距離を縮められる撒き餌のような攻撃!)
 部屋を床や壁に展開していた銀の線は、いつしか白く半透明な『面』を形成している。
(かつて金城を退け、廃墟でも使ったホワイトリフレクション──…)
 転瞬、極太の光線がバリアーと化した壁へ激突。反射。
 それに引きつけた刀が当たらぬよう左半身の輪郭をちりちりと焦がしつつ避けた秋水だが、
しかし彼は同時に腰部右側面に灼熱を感じ、俄かに硬直した。
 うなだれるように視線を下げた彼は見た。
 右手から右大腿部に引きつけた刀身に、光線が命中しているのを。
(極太の方は囮なのであります! 本命はこちら!)
 壁や床や天を繋ぐ斜線の連続──ブロック崩しの玉のように何度も何度も反射を繰り返し
ついに秋水へたどり着いた光線の軌跡、或いは残影──が網膜から消失するのを合図に小
札は密かに駆けた。
(オノケンタウロス状態では蹄の音で気取られる恐れがありますゆえ、あえて人間形態で!)
 次から次へと熱を帯びた光が刀に注ぎこまれていく、と秋水が知覚したのは一瞬だ。
 敵対特性を帯びた刀身でエネルギーが爆発し、その爆心地に向って光線の反射が次から
次へと殺到する。
(これが切り札? いや──…)
 秋水の脳裏に戦闘不能の桜花の姿がよぎった。
 その姿は光線を浴びたにしては衣服が綺麗すぎた。
 まるで「内部から」灼かれたようだった。
 ならば。
(小札の切り札は、この次!)
 まずはこの状況を脱するの先決。そして貴信戦では同じような状況から脱出できた。
 敵対特性があるとしても、エネルギーの吸収自体はできるのだ。ならば総ての光線の直撃
を浴びるよりは一旦吸収し、刀身の爆発に留めた方が若干ながらダメージは低い。
 しかし無銘戦を見ていたという小札だ。思い返せば貴信戦にも口を挟んでいた。
(ならば超新星からの脱出は見ていたに違いない。同じ手を使えば)
(そう。同じ対処を取られれば、敵対特性によって生じた隙へ絶縁破壊を見舞えます!)
 小札が向かっているのを知ってか知らずか、秋水は腰に手をまわした。
 シークレットトレイル。
 根来に渡されこれまで何度となく使用してきた忍者刀の武装錬金。
(コレを使って切り抜ける)
 ……数条の光線が秋水のいた場所に殺到し、光の飛沫をブチ撒けた。

 一方、光の集合地へ突き出すマシンガンシャッフルの宝玉には青い光がうっすら宿っていた。
(飛びださずともこのまま接近すれば有効射程距離!)
 光に包まれ見えないが、小札は記憶の秋水との距離をニメートルまで詰めている。
(しかしこの程度の二者択一を強いて勝てる方なれば、香美どの貴信どの無銘くんは倒され
ない筈! 不肖にはそれを考えるべき責務があるのです!)
 絶縁破壊の光を放つと見えた小札は、そこでぴたりと歩みを止めた。
「不肖が見るべきは残された物!」
 薄れゆく光線に彩られながら、小札は床のある一点、彼女から見て右斜め前方を見た。
 距離は五メートルほどだろうか。
「突っ込むのでもなく飛ぶのでもなく、ましてその場で嵐が過ぎ去るのを待つのでもなく。柔軟
な思考によって切り札を回避せんとするその姿勢……まさにご立派の一言に尽きましょう!」
 秋水は。
 この六対一の戦闘が始まる前、シークレットトレイルによって亜空間を切り開き、ヴィクトリア
を追跡した。通常なら根来のDNAを含む物以外を弾く亜空間。しかし秋水の学生服はすでに
根来がその髪を縫い込んでいる。かつて「血でベットリ」のモーターギアの侵入を許した亜空
間だ。恐らく学生服にも「血でベットリのモーターギア」並の髪の毛が縫い込まれているに違
いない。核鉄や割符もそんな服にしっかとくるんでいれば持ち込めるだろう。
 よって。
 彼は光線の直撃の瞬間、地中に埋没し難を逃れていた。
「通常なら恐らく所在は分からなかったでしょう。そう、通常ならば。されど」
 秋水の周囲に纏わりつく龕灯は例外! 無銘の龕灯は例外!!
「どちらにいらっしゃるかは一目瞭然。無銘くんのおかげで不肖は攻撃に備えられるのです」
 一度弾かれたそれは、秋水のいる場所へふよふよ舞い戻り、亜空間に入れないままうろつ
いていた。
 少なくても、小札が「よって不肖が見るべきは残された物!」と叫んだ瞬間は、である。
 龕灯は稲光とともに飛び出した秋水に押しのけられた。彼はいつの間にか学生服を脱ぎ捨
て二つに斬っていたらしい。そして片方を顔に巻きつけ片方でソードサムライXを巻いているの
は亜空間用の工夫だろう。
(切り札が)
 それらをむしり取りながら秋水は一足飛びに五メートルを詰めた!!
(小札が切り札を外した瞬間に仕掛けたかったが、そうもいっていられないようだ)
 すでに構えている小札はロッドを前に突き出し、手ぐすね引いて待っている。
(できれば敵対特性発動中の隙へ仕掛けたくありましたが、仕方ありませぬ)
 絶縁破壊。
(間合いが遠すぎれば敵対特性と引き換えに無効化されます。連発できさえすればいいので
すが強力な技ゆえそれも叶わず。そして中途半端に近すぎれば決まるより早く斬られます。……
逆にいえば)
 一瞬小札はぞわぞわと肌を泡立てた。
(たとえば密着状態なら分かりませぬが、結局、この勝負を決するのは)
 互いに不完全な攻撃態勢にいる両者の勝敗を決するのは。
(間合いと、技の速度!)
 秋水の目標はマシンガンシャッフル。
 武器破壊による決着こそが目算と、逆胴を撃ち放った正にその時。
(逆胴の軌道が……?)
 小札は土壇場でようやく気付いた。
 彼女の身長は低い。だが逆胴は「逆胴」というにはあまりに高い打点を狙っている。
 小札の肩のあたりから顎のあたりまで。
 それもそのはず、刀はロッドの先端という比較的高い打点を狙っているからだ。
 さらにロッドは突き出されているから、小札を狙うにはあまりに遠い。
(ね、狙いは……武器破壊!?)
 「高い」「遠い」その二点から上記の事情を逆算的に知った小札は。
 きゅっと唇を結び、年相応の気高い光を双眸に宿らせた。
「…………」
 秋水は見た。ぴょん、と一歩。小札が自分に向って飛びあがるのを。
(馬鹿な!)
 ソードサムライXが小札の柔らかな腹部の中ほどを行き過ぎた!
 同時に秋水の肩に密着したマシンガンシャッフルから絶縁破壊の青い光が流れ込んだ!
 意外な行動とホムンクルスとはとても思えぬ柔らかな肉の手応えに秋水が目を見開く間に
も小札は気息奄々と言葉を紡ぐ。
「絶縁破壊モード、ザ・リアルホークブルー……ス」
 左手で秋水のカッターシャツにしがみつくのは正に執念。
 肩の青い光は随所の傷に到達し、そこから絶縁体たるミエリン鞘を破壊していく。
 一方小札の腹部からは下半身が離れ、細い足が数歩たたらを踏んだと思うと凄まじい音を
立てて倒れた。
 少女然としながら流石ホムンクルスといった膂力である。小札の上半身は衝突の衝撃で秋
水を後ろ向きに倒していく。
「マシンガンシャッフルさえあれば……切断されたとて大丈夫であります」
 呟く顔は秋水のすぐ目の前にある。
「いえ」
 小札は一瞬、秋水よりもはるか遠く──…彼の入ってきた扉を見た。

「さて、別に小札が一番手でもいいが、お前たちはどうする?」
「だあもう! あやちゃんはちっちゃくてか弱いんだからそんなんしちゃダメでしょーが!」
『その通り! 筋からいけば最も弱い僕たちが出向くべきだろう!!』
「……小物などブツけるだけ無駄な事。我が初手を務め必ず母上を守ってみせる」

「香美どのも貴信どのも、そして無銘くんも、快く不肖の回復の時間稼ぎを引き受けてくれたコ
トでしょう。そして、傷つき倒れた。なのに……不肖だけが無傷で決着をつけられませぬ」
 うっすら浮かべる涙から、痛みに耐えているのが伺えた。
「だからいましばらく……勝利の可能性を……」」
 だが彼女の青白い瞼は、言葉をいい終わる寸前に力なく閉じた。
 激痛に意識が耐えれなかったらしい。
 力を失った指は一本、また一本と開いていき──…
 秋水の背中が床に叩きつけられるのを合図のように小札は喪神した。
 それまでの約一秒間の絶縁破壊と引き換えに。
 秋水の左半身にめぐる神経の髄鞘(ずいしょう)を破壊するのと引き換えに。

 マシンガンシャッフルが核鉄に戻り、秋水の横へと転がり落ちた。

 秋水は悄然と小札を見た。
「……君は結局、俺と同じ事を考えていた。対象は俺より遙かに広いが」
 秋水の説得を邪魔させまいと戦い、倒れた桜花。それに報うため戦いはしたが。
(この結末は…………どうなんだ)
 戦って敵を倒す。桜花に報いる。カズキと出会うまでの秋水はそれがイコールだった。
 何故ならば存在していた環境は、桜花を狙う者たちで溢れていた。守るにはそれらを倒すだ
で済んだ。強くなればなるほど「桜花と二人きりで永遠に生きる」という目標にも近づけていた。
 だが今は違う。果たして桜花にこの戦果を報告しても「報いた」というコトになるだろうか?
 むしろ日常の中でごくごく人間的な道義的な助力をしてこそ、桜花に報うコトができるのでは
ないか? 秋水にその答えはまだまだ出せそうにない。
(結局……今の俺にできるのは、姉さんの核鉄を取り戻し、先に進むコトだけか)
 もぎ取った勝利は口の中で苦みを帯び、体内に広がっていく感じがした。

「あたた……。やはりホムンクルスといえど痛いモノは痛いモノ……」
 そして五分もしないうちに小札は目覚めた。
 上半身はまだくっついていない。下半身がおかしなポーズで転がっている。
「今の勝負、実質は相討ちだ」
「いえ。不肖の負けです」
 床に上半身の断面をこすりつけ、「いつもより更に小さい」小札が秋水を仰いだ。
「不肖は痛みに負け、絶縁破壊を完全に決められなかった。よって負けなのです」
 そうだろうか、と秋水は麻痺した左半身を感じつつ嘆息した。
(例え勝ちだとしても、これだけのダメージを受けた以上)
 次の相手に太刀打ちできるか、いや、次の部屋にさえ辿りつけるかどうか怪しい。
「ままま。無銘くんへの誓い自体は遵守されたのでそれでよいではないでしょーかっ!?」
「事実からいえばそうなるが、どうして君は負けたのにそんなに元気なんだ?」
「おお、そうだ、そうでした! 割符と桜花どのの核鉄をお返ししなければ!」
 ずるずると内臓らしき物体を引きずりながら、小札は自分の下半身に向って這い出した。
「あるのはポケット! ぬおお、もう少しだというのに力尽き、そのうえ腕も届かない!」
 もみじのように小さい手を床でぱたぱたしながらもがく小札。
「その、何をやっているんだ君は」
「さすがは不肖! 背丈が短いゆえに手も短い! 届かない! 届かないィ〜!」
 別に実況しなくてもいいコトをする小札。流石に秋水は見かねた。
「手伝う。そのままじゃ何かと不便というか、見てて怖い」
「ふひゃあ!?」
 襟首を掴んで持ち上げられた小札は、上着の裾(正確には切断された部分)を押さえて頬を
赤らめた。内臓みたいな物体は丸見えというかブラさがっているので徒労といえば徒労だが。
「ふ、不肖とて女のコ……。人様に見せられぬ内臓とてあるワケでして……あ。もうちょい右
です。そのままそのままゆっくりと降ろして、あ、ありがとうございます)
 もじもじと呟きながら小札は上半身と下半身を接合してポケットをまさぐり、桜花の核鉄と割
符を投げた。
「それから不肖のエバーグリーンで絶縁破壊の回復がご入り用でしたらお申し付けください。
とりもなおさず次の敵は鐶どの! 完全回復は無理ですが、ないよりはマシというもの!」
 負けてもちっとも勢いの衰えない小札に、ひどく気圧される秋水である。
 いったいこの少女は何なのだろうか。秋水と同じ年齢なのに根本的な部分がはるかにブッ
飛んでいて非常識で、手のつけようもない。
「いや、俺は地上で君に斬りかかり、今も胴体を両断した。これ以上世話になるのも……」
「秋水どのは、かつて病院地下でヘルメスドライブに付与された敵対特性がいかに破られた
かご存じでしょーか?」
 小札は座ったままずずっと身を乗り出して、下から秋水を見上げた。
「確か、『戦士・根来の毛髪を編み込んだマフラーでヘルメスドライブを包み込み、亜空間に投
げいれた後にマフラーだけを引き抜く』だったと思う」
 それによって敵対特性の要因(ウロコのような物体)が焼き切られ、敵対特性は破れた。
「つまり、破り方は周知の事実」
「そうだが」
「にもかかわず、ここまでの道中、決して無銘くんの付与した敵対特性に対してそうしなかった!
シークレットトレイルをお持ちだというのに、亜空間に潜り込みさえしたというのに」
 秋水は返答に詰まった。確かに知識はあったが、無銘への共感や節義めいたモノのせいで
敵対特性を解除できなかった。といっても今のそれは、自動人形経由の鱗のような物体では
なく龕灯の「性質付与」のせいだから、千歳の敵対特性破りは通じないかも知れないが。
「とにかく無銘くんの意思を汲んでもらったお礼です。ささ、ずずいっとご遠慮なく回復をば!」
「い、いや」
 美しい顔を引きつらせながら(左半分は医学的な麻痺だ)断る秋水だが……
「回 復 を ば ! !」
 何だかお土産を押し付ける友達(秋水にはいないが)のお母さんみたいな表情に辟易し。
「……ロバは時に頑固というが、君もそうなのか」
 結局は押し切られた。

 鈍い痺れを残しながらも少し動きやすくなった左手に、返却された小札の核鉄……シリア
ルナンバーIX(九)を握りしめながら、秋水は深々と頭を下げた。
「いろいろとすまない。ところで君の傷は武装錬金で直さなくていいのか? 核鉄が入用なら
置いていくが」
「……たぶん、しても後々無駄になると思いますのでこのままで」
「?」
 少しそわそわと部屋の随所を見まわす小札に怪訝な表情をする秋水である。
「まままこちらのコトです! ほかに何かご質問は! 鐶どののコト以外ならば何でもお答え
いたしますが」
「なら、一つだけ聞きたい。姉さんの手紙によると、君の技は『七つ』あるというが」
「そうなのです! 不肖の技は確かに七色! それはもう回復から防御まで色々と!!」
「しかし君が以前廃墟で見せた技と俺や姉さんとの戦いで使った技を合わせても

──「反射モード・ホワイトリフレクション!」
──「探索モード・ブラックマスクドライダー!!」
──「回復モード・エバーグリーン!!」
──「追撃モード・レッドバウ!!」
──「絶縁破壊モード・ザ・リアルフォークブルース」
──「射撃モード・ライドオンザバック・シルバードラゴン!!」

「白、黒、緑、赤、青、銀。その六色のみ。仲間想いの君が出し惜しみをするのはおかしい」
「う」
 困りました、という顔に気づいたのか、秋水は居ずまいを正した。
「良ければ、でいい。いったいどういう理由で七つ目の技を使わなかったのかは」
「それは……まあ、古いお話に原因があるといいますか」
 遠い目になった同年齢の少女に、秋水は貴信のいわくありげな態度を思い出したが、それ
は確かに合っていた。当然ながら記憶の内容までは分からなかったが。

「あぐっ!」
「たかが試験体ごときがマレフィックの傷を癒そうなどとは思いあがりも甚だしいぞ!」
「……やめて、やめて下さい」
「くく! やめてと来たか! 穏便に済まそうとしたボクの肩を金色の光で吹き飛ばしたロバが!」
「……ッ!」
「反論反駁の類は慎みたまえよ! 罰としてボクの武装錬金で貴様の大事なモノを殺してやる!」

 小札はため息交じりに頬をかいた。
「人生というのは色々あるものでして、残る一つの技は故あって封じているのです」
「……」
「恐らく使うとすれば、それは絶対に倒すべき恐ろしい敵に対してでありましょう。されど」
 よいしょ、とシルクハットのツバを治すと小札は微笑した。
「秋水どのは無銘くんの気持ちを汲んでくれましたゆえ、使うべきではないと思った次第」
 まあ、それだけです。といった瞬間、小さな頭がぐるぐる回り始めた。
「大丈夫か?」
「う。いろいろ使ったせいで精神力が摩耗し、気絶しそうであります。そ、その前に一言ぉ〜」
 目すらナルトのようにグルグルしながら、なお活きのいい声が飛び出した。
「次のお相手は我らが副長・鐶光どの! 不肖など足元にも及びませぬゆえご注意を!」
「分かった。回復と返答……感謝する。」
「では〜」
 実況を生業とする小さな小さな体の騒がしいロバ少女──…
 彼女は律儀に手を振ったのを最後に床へ倒れた。
「君はもしかすると、無銘以外の仲間にとっても母親かも知れない。戦うには優しすぎるから」
 母親、そのフレーズに忘れえぬ一人の女性をフラッシュバックさせたのか。
 秋水は今一度小札へ頭を下げると、次の部屋に向ってぎこちなく歩きだした。 
 即ち。

 小札 零。

 敗北。
(残りは二名。……分は悪いが戦い抜くしかない)
 疲労困憊の極致に陥った秋水が廊下を壁伝いに歩きだしたその五分後──…

 小札は胡坐をかいていた。接合部分の痛みや微妙なズレを気にしながら。
「ふう。流石にホムンクルスといえどマシンガンシャッフルなしでの修復は難しく……さてさて
次は鐶副長。さしもの秋水どのも特異体質には? いやいやしかし或いは下馬評を覆すコト
もあるやも知れませぬ! 例えばダブル武装錬金! 例えば新能力への開眼!!
「負け……ましたね…………?」
「そう、例えば負けましたね! ……ふはっ!」
 横に突然現れた影に小札は座ったまま仰け反った。
「のわわわっ!! 鐶副長! い、いつの間にそちらへ!?」
「いましがた……」
「な、なるほど。約定ゆえのご登場というワケですねっ!」
「……無銘くんの敗北、気持ち、無駄に……しましたね…………?」
 か細い声が俄かに微妙な怒りを帯びたので、小札はしゅんとうなだれ、
「申し訳ございませぬ」
 そのまま鐶の腰のあたりへと話しかけた。
「無銘くんにも申し訳ありませぬ。せっかくの健闘とご配慮を活かせず……よってその、そろそ
ろ休まれてはいかがでしょう」
 はてな。無銘をよばわりつつも向いているのは鐶である。
「ほら、鐶副長はエネルギーを絡めた戦いはしませぬし。敵対特性は効果が薄いかと!」
 だが小札はそれを当然として話している向きがある。

 ……なお、これとほぼ時を同じくして、秋水の周りを漂っていた龕灯が核鉄に戻って転がり
落ちたというから、ますます小札の呼びかけは分からない。
「さて」
 お尻を浮かした小札はぴょこぴょこと正座をして膝に手を当てた。
「かく敗戦に至りました以上は取り決め通りお願いする所存!」
「……」
 鐶は一瞬怨みがましい視線を小札に送った。
「……私は、特異体質と武装錬金を駆使しても…………”零”には……なれないんでしょうか」
「はい?」
「なんでもありません」
 言葉が終わるか終らぬかのうちに、鐶の握ったキドニーダガーが小札の喉首を横一文字に
通り過ぎ、やがて彼女は粘液に塗れる衣服の上でホムンクルス幼体へと姿を変えた。

「リーダーからの伝達事項その四。敗北者には刃を。私の回答は……了解」

 鐶は秋水の立ち去った方向を見ると、ぼそりと呟いた。
「次はいよいよ…………私。頑張らないと」

 やがて小札の居た部屋は誰もいなくなり、ボロボロの廃墟がさらさらと砂に変わり始めた。


前へ 次へ
第060〜069話へ
インデックスへ