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第067話 「滅びを招くその刃 其の伍」



194 名前:名無しさん 投稿日:[ここ壊れてます]: ID:kakukoto0
   >>193
   頑張れスネーク そっちに行けないオレのためにまずは美少女をうpするんだ

195 名前:193 投稿日:[ここ壊れてます]: ID:876543210
   http://*******/***/*****.jpg
   (マジでグロ注意。画面の端にあるのはID書いた紙な)
   見ても文句いうなよホント… 俺なんかメートルぐらいの場所にいるんだぜorz

196 名前:名無しさん 投稿日:[ここ壊れてます]: ID:kakukoto0
   ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!
   こっち見んな!! 首だけこっち見て笑うなあああああああああああああ!!!!

 そのグロ画像がリアルで>>193の頭上を滑空した。
 反射的にそれを撮影しようと携帯を構えた頃にはもう遅い。群衆の垣根を弾丸のように乗り
越えたグロ画像は交差点のはるか向こうでくるりと宙返りを打ち、羽根を生やすと恐ろしい速
度で天に昇って行った。それめがけて銀色の全身コートが恐ろしい速度で疾駆してもいる。
 一体何が起こっているのか分からない。隣の者に聞こうにも、やっぱり携帯片手に呆気に
取られているだけで分からない。
 仕方ないので>>193は本日二度目のポルナレフAAを使用した。縮小版の。

 そして彼(または彼女)のあずかり知らぬ領域で、下記のように状況は推移していた。

「人気のない場所へ奴を誘導する。ついて来い」
 ガンマンならば銃口から紫煙がくゆっているだろう。
 鐶の居たすぐ前で拳を突き出す防人に斗貴子はそんな錯覚を覚えた。
(私が攻撃するより先に吹き飛ばすとは)
 バルキリースカートで斬ろうとした頃にはすでにブラウンのグローブがちりちりと空気を焼き
ながら鐶の腹に迫っていた。一体いつの間に距離を詰めていたのか。傍観者たる斗貴子さえ
考える余裕もなく、鐶は身を丸め、残暑でむせかえる風を吹き散らかしながら望まぬ飛行を
遂げていた。

(ホムンクルスといえど子供の姿をした者を殴るのは嫌な気分だが、奴らの本拠地を突き止め
るにはああするしかない)
 銀の長い裾をはためかせながら防人もまた群衆を飛び越え追撃に移った。
 どこからともなく、引きつった声が漏れた。
「すげえ。アスファルトがまるでゆで卵の殻みたいに砕けた……」
 つま先で蹴り割った道路を起点に加速した銀影が、だだっ広い交差点をグンと縦断していく。

「初め……まして。私は鐶光(たまきひかる)といいます。鐶は金偏(かねへん)……です。でも
王偏(たまへん・おうへん)の環でもいいです。どっちもパソコンの変換候補に……あったような」
 空を飛びながら、鐶は誰にともなく自己紹介をしていた。
「…………あれ?」
 しかし周囲には誰もいない。彼女は腕組みをして考え込んだ。
 そして結論。くるりと宙返りを打つと、みぞおちの辺りに白鳥じみた白い手を当てた。
「殴られて吹き飛んだよう……です」
 フクロウのように百八十度旋回した虚ろの視線の先には、夏臭い砂ぼこりを足元にうっすら
毛羽立て徐々に間合いを詰める防人しかいない。群衆ははるか彼方だ。
「……搦め手は無理のようなので…………空中から…………攻撃……しますね」
 背中から広げた大きな翼が落下と後退の慣性をふわりと相殺する。
「残量は……十分」
 そしてちらりと短剣に一瞥をくれると、緩やかに羽ばたき、ホバリングへと移行。
 専門用語ではコレを停空飛翔(ていくうひしょう)という。有名なハチドリ以外ではハヤブサ科
のチョウゲンボウがこの習性を持つ。エサのネズミなどを捉える直前に行うのだ。
「……とにかく、相手はまだ六人…………。『切り札』の出番は……後、ですね」
 羽ばたきに波打つスカートからポケットを探り当てた鐶は、そこから取り出した純白のバンダ
ナで赤い頭頂部をすっぽり覆い、三つ編みの付け根へリボンのようにくくりつけた。

(まずは俺が先陣を切ろう)
 自動車顔負けの速度で周縁視野の景色が流れ行き、停空飛翔中の鐶の姿を防人は捉えた。
 バンダナを被った以外変化なし。防人は迷わず足を進める。
(果たしてどこまで戦えるか分からないが)
 かつて五千百度の炎に身を晒し、「回復しても以前と同様に戦えるかどうか」と明言された
防人である。
 攻撃を加えた筈の手に嫌な疼痛が走り、ただの疾走にさえ呼吸は微妙な──傍目からは
一糸も乱れていないが防人にだけは分かる範囲での──乱れを見せている。

「貴殿には私と戦士・斗貴子を敵の元へ運搬してもらう」
「ふぇ!? 無理だよそんなの」
 根来に詰め寄られた千歳は、ぶかぶかの再殺部隊の制服の肩やスカートのホックを懸命に
押さえながらぶんぶんと首を振った。
「だってヘルメスドライブが運べる質量は最大百キログラムまでで、大人なら二人分までだよ?
だから三人運ぶのなんて無理。みんなで走った方が早いんじゃ」
「いや、無理ではない」
 三人の状況を見た斗貴子は根来に同調した。千歳も「あ」と口に手を当てた。
「そういえば皆、服が……」

「振り向くな……! 希望の空に……飛ばせ……イーグル」
 それがまるで呪文だったかのように鐶のバンダナへ何かが浮かんだ。
 丸々とした瞳と先端が黒く染まった鉤状の黄色いくちばしと、そして布地の上半分を染める
黒の色。こちらは目の少し下から、涙か頬ひげのようにUの字で垂れ下がっている。
 明らかにそれは鳥の顔であった。目の下の黒い模様が「頬ひげ状パッチ」という身体的特徴
を意識しているのであればハヤブサの顔だろう。
 奇しくも鐶の背中から生える翼もまたハヤブサよろしくブーメランのように尖っている。
 ホムンクルス特有のメカニックな形状とハヤブサの色彩(上面は青灰色、下面も白地に黒の
縦斑)を共有しているのだ
「ちなみに……イーグルはワシで、ハヤブサはファルコンですが……えぇと、その、いいです」
 何がどういいのか分からぬが、鐶はともかく太陽に向って垂直に上昇した。
「……カラス?」
 途中軽く肩が当たった鳥を不思議そうに眺めながら、鐶はゆっくりと頭を下げ──…
 
 やや影の濃くなった道路の中央で防人は歩みを止めた。
 両側にはビル街があり、正面高くには羽根を生やした少女が浮かんでいる。
(敵がまだもう一人残っている以上、これ以上の戦力の減少は食い止めたい。だからまずは
俺が奴に攻撃を加え、他の戦士の追撃を促す)
 昇りゆく鐶に逃走の気配は見えない。
(倒せずともいい。シルバースキンリバースを当てる隙さえ生まれれば──…)
 防人は拳を固めると、低く腰を落として身構えた。
(だがただ撃つだけでは仕損じる恐れがある。まずは隙を作るコトに専念だ)

 群衆はそれまでそこにいたセーラー服とぶかぶか服の幼女と陰気臭い殺人少年の姿が消
失しているのに気づくとみな一様に首をひねった。
 本当にそんな連中は居たのだろうか。
 思い返せば一連の出来事は総て夢の中の物だったような気がしてきた。
「あの。すいません。この辺りでこう、銀色のコートを着た体格のいい人を見ませんでしたか?
おかっぱ頭のセーラー服の女の子でもいいんですけど」
「えぇと。銀色ならあっちの方に飛んで行ったと思うけど、本当に居たのかなぁ、アレは」
「そう。ありがとう」
 問われた者は答える最中こそ茫然としていたが、やがて耳に届く声が恐ろしく湿った艶のあ
る声だと気づくと慌てて横を見た。しかしそこではもう長い黒髪が人混みにサっと隠れる瞬間で
声の主がいかなる姿かは分からなかった。
「私の治療のためにちょっと遅れちゃったわね。とにかく急ぎましょう」
「はいはい」
 乾いたノド声と同時に二つの影が滑るように交差点を後にした。

 ハヤブサは獲物を見つけると、まずはその斜め上まで飛びあがる。
 そして獲物めがけて斜めに急降下し、後ろについた鋭い爪(後趾・こうし)によって重傷ない
し致命傷を与える。アオバトなどは無残にも片翼が吹き飛ぶというから威力は推して知るべし。

 ……そして鐶は防人を獲物と認めたらしい。
 翼を揃えバンダナのハヤブサ顔を下向けて、轟然たる滑空を開始した。

 群衆はビル街に向って轟然と落下する影を見たが、最早近づこうという者はいなかった。
 
 鳥類最速は急降下時のハヤブサである。
 一説では急降下角度が30度なら時速270km。45度ならば実に時速350km。
 500系新幹線の最高時速が300kmなのを考えるとなかなか恐ろしい。
 資料によってはリニアモーターカーをも凌ぐ時速440kmという驚異的数値さえある。
 そもハヤブサの語源は「はやとぶさ(素早い翼)」なのだ。
 それが居並ぶビルのガラスを水しぶきのように巻き上げつつ、防人へ殺到!
 いつしか完全にハヤブサの形状と化した鐶は腰をぐなりと曲げ足を突き出し。
 防人はありったけの力でアスファルトを踏みぬきながら、順突きを繰り出した。
 転瞬。
 蹴りあげる後趾の爪が防護服を貫通し、防人の胸を斬り裂いた。
 一方、彼の拳は鐶の服部に深々と突き刺さった。
 同時に両者の激突によって行き場をなくした時速300km越えの急降下の衝撃と防人の踏
み込みの衝撃が彼らの接点で拮抗し反駁しあい、やがて爆発のようにあたりを薙いだ。
 道路は路側帯も横断歩道も巻き込んで打ち砕け、ガラスの雨もヘキサゴンパネルも吹き飛
んだ。アスファルトの破片が手近なビルの玄関に飛びこみ派手な音を立てた。歩道の隅では
白いガードパイプがいくつも無残にひしゃげ、半ばから折れるイチョウの街路樹さえあった。
 もし防人に競り勝った要因を聞けば、「地面に足をついていた」その一点のみ主張するだろう。
 奥歯を噛みしめ拳を振り抜いた彼は、かろうじてだが鐶を吹き飛ばした。
 彼女は中空に漂っていたため踏ん張りが聞かない。攻撃前はそれでも翼と重力による滑空
によって攻撃に不足はなかったが、しかし攻撃後の支えとするには、防人の攻撃の威力を相
殺するには翼二つではいささか不安定すぎた。
(一撃必殺・ブラボー正拳)
 放った技を呼びながら、防人は大腿部に両手を当て痛々しい吐息をついた。
(カウンターならばと思ったが、今の俺ではかつての威力の半分も出せないようだ……)
 わずかしか戦っていないのに、疼痛と疲労と虚脱感が一気に襲いかかって胃の中の物を全
て戻したくなるほどの嫌な感覚がある。
「だが」

「み、みんな年齢を吸い取られて小さくなったから、一度に三人を運べるんだよ」
 一瞬で五十メートルほど吹き飛んだ鐶は薄く眼を剥いた。
 吹き飛ぶ彼女のすぐ傍に六角形の楯が出てきたと見るや、三つの影が出現したのだ。
「よって追撃をさせてもらうぞホムンクルス!」
「シークレットトレイル必勝の型。真・鶉隠れ」
 舞い飛ぶ鐶が態勢を立て直そうとする頃にはもう遅い。
 嵐のような処刑鎌と忍者刀が彼女の身を膾のように切り刻んでいた。

 どうやら翼が破れたらしい。墜落し路地裏に滑り込んだ鐶は、ゴミ袋やくすんで雨に汚れた
段ボールを吹き飛ばしながらも何とか人間形態へと姿を戻し、ゆっくりと立ち上がった。
「……合流…………しましたか……」
「ええ。絶縁破壊も何とか身動きできる程度までは治してもらったから」
「クソ! 何で俺が元・信奉者なんかを運ぶために遅刻しなきゃならねェんだ!」
 上方から迫りくる矢と戦輪を無表情の短剣で弾いた鐶は、「あ」と声を漏らした。
「コイツがブレミュ最後の一人……って、なんか思ったよりちっこいな」
「とにかく、遅れてすみません先輩! 今度こそは力になります!」
「遅刻しちゃったけど、その分は何とか取り戻すから許して頂戴ね」
 うっすら蒼いスターサファイアに似た虚ろな瞳が見上げた先では──

エンゼル御前。
早坂桜花。
中村剛太。

 一体と二人が建物の屋上から地上を見下ろしていた。
 そして路地裏に至る角には、欝蒼とした目つきの根来と彼の影に隠れる千歳。
 その横に遅れて着地したのは防人。
「貴様の望むとおり、これで六対一だ」
 人混みに潜んで散々奇襲を繰り返したお前だ。文句はいわせない。
 歩みを進める斗貴子の眼光は確かにそう告げていた。

「見て……ください」
 しかし会話はかみ合わない。
 鐶がぼんやりとバンダナを指すと、一体いかなる仕組か、白い生地に黒や黄色や赤の模様
がみるみると浮かび始め、やがてひどく漫画的なニワトリの顔がプリントされた。
 
.  M
(・<>・)← こんな感じの。

「スゴい! どこで売ってるのソレ!?」
 沈黙する戦士の中で千歳だけがきらっと瞳を輝かせた。
「さっき……首を回転させたフクロウにも……なります」
 いうが早いか、バンダナはまたもこんなんになった。→(`・<>・´)
「わぁ、スゴい!」
(アイツが訳の分からないコトを話してる間に仕掛けますか?)
(待て。様子を見よう。斃すのではなく生け捕りにしなくてはならないからな)
(って話してるようだぜブラ坊たち
(総角クンの所在を聞き出すためね)
(了解)
 ヒソヒソと話し出した防人たちに鐶は首を九十度ばかり傾げた。するとバンダナのフクロウ
顔も心持ち不思議そうになったからいやはや何とも不思議な装飾品である。
「あの……。変身した…………鳥さんの顔を浮かべることが……できるのですが」
 首を戻し、戦士に手を差し出す鐶はどうやら話を聞いてほしいらしい。そこまで見抜いた斗貴
子だが、しかしホムンクルスには苛烈なのが彼女でもある。
「黙れ化物。仕掛けるならさっさと仕掛けてこい」
「……化物」
 相変わらず無表情の鐶だが、バンダナのフクロウは目を丸くしてじんわり泣いた。
「無表情だけど実は傷ついてるんだよね。分かるよ。何か分かるよ!」
「貴殿は少し黙っていろ」
「う」
「あら?」
 どうやって登ったのか。二階建ての建物の屋上から地上の戦士へと一瞥をくれた桜花は、
とんでもない異変に気づいた。
 そこにいるのは中学生程度まで幼くなった斗貴子と、あまり小さくはなっていないが良く見る
とややあどけなく少し縮んでもいる根来、そして明らかに子供になっている千歳である。
(なんで?)
 めくるめく笑気は口を押さえるだけでは抑えようもなく。美しい顔はみるみると紅潮しクスクス
という笑いとともに震えた。
「笑うな! コレは奴の武装錬金のせいでこうなったんだ!」
「気をつけろ。斬りつけられると年齢が吸収される。ちなみに相手は人や鳥ならば自由に姿を
変えられる。例えば河井沙織やハヤブサなどに」
「わ、分かりましたブラボーさん(クス)。津村さんみたいにならないよう(クス)、気をつけます」
「だから笑うか喋るかどっちかにしろ!」
 目を三角にして肩をいからす斗貴子を剛太はだらしない顔で見ていた。
(こんな先輩もいいかも)
 幼いのに凛然としているギャップがたまらない。セーラー服がややだぶついているのも好印象。
(いいなあ。ちっちゃい先輩もいいなあ)
 ほんわかと斗貴子を眺める剛太に檄が飛び、
「キミもしっかりしろ!! というか敵に集中しろ!」
「あ……忘れ物…………」
 その集中すべき敵は、何かを思い出したように手を口へ突っ込んだ。
 もちろんその隙を見逃す斗貴子ではない。一足飛びに斬りかかり……
 やにわに鐶の背後で見慣れぬ緑の扇が勃興するのを認めるや、狭い路地を三角飛びに駆
け上がり、桜花たちと合流した。
「クジャクの羽?」
 肩を並べた御前が不思議そうに呟き、つられて下を覗き込んだ剛太が血相を変えて桜花と
斗貴子へ飛びかかった。
「きゃ」
 剛太の脇にしっかと抱きとめられた桜花はほのかに顔を赤くしたが……
 それはさておき、クジャク。ギリシア神話では嫉妬深いコトで有名なゼウスの妻・ヘラの持ち
物である。
 ある時彼女はゼウスの浮気相手たるイオを監禁した。
 しかし見張りを命じた百目の巨人・アルゴスはヘルメスの持つ笛に眠らされ寝首をかかれた
ので、死を惜しみ、その百ある目をクジャクに移し替えたという。
 (文献によっては眠らされたアルゴスへの罰としてむしり取ったとも)
 ちなみに雄のクジャクの持つ立派な扇形の羽根は、一見すると尾羽に見えるが実は違う。
 正しくはその一つ上にある「上尾筒(じょうびとう)」なのだ。
 さて今、建物同士の狭隘いっぱいに広がったそれから、羽根が嵐のように飛び散った。
 剛太が桜花と斗貴子へ飛びかかったのもむべなるかな。鐶から見て前方のみならず上方に
さえ羽根は飛散し、先ほどまでの斗貴子の立ち位置を撫で斬られたケーキのように削った。そ
の威力をいち早く見抜いた剛太は彼女たちを両脇に抱えるように跳躍したのだ。
 かくて直撃を免れた三人だが、しかしその背後で飛ぶ羽根からは、黄色と緑と赤に彩られた
目玉がベアリング弾のように爆裂してめたらやったらに建物を破壊していく。
 掠ったのは一つや二つでもない。取り残された御前の「何じゃこりゃあー」という叫びを背後
に聞きつつ剛太は踵の戦輪を唸らせ一気に地上へと飛び立った。
 途中視界に入った防人が影さえ見せず嵐のような弾丸をことごとく撃墜していたのに舌を巻く
一方、彼の背後で千歳が頭を抱えてしゃがみこんでいるのは呆れる思いだ。その姿にまたも
笑いを噛み殺した桜花には辟易だ。
 もちろん、バルキリースカートで着地の衝撃を殺した斗貴子には惚れぼれする。
 そんな剛太に桜花がややムっとしたのには気付かない。剛太だから気付かない。
 ともかく着地した剛太が「いい判断でしょ今の」と斗貴子に笑いかけようとした瞬間、ドリルの
ように鮮やかにきりもむ飛び蹴りが彼の頭を直撃した。
「やいやいやい! よくもオレ様だけ見捨てやがったなコンチクショー!!」
 被弾したらしい。ボロボロの御前が息せききって文句を垂れている。もっとも、蹴りの意味に
はもっと別のニュアンスがあるかも知れないが。
 一方剛太は情けない声を立て、まるで千歳を真似たようにしばらく頭を抱えてしゃがみこみ……
 鈍痛から立ち直るやいなや立ち上がり、御前と顔を突き合わせて言い争いを始めた。
「るせェ! 武装錬金なら多少ダメージを受けても平気だろうが!」
「平気じゃねーっての! ヤバくなったら自動解除されちまうっての!」
 喧々囂々。桜花は満面の笑みでそんな喧嘩を見た。
「ったく。ゴゼンも人格の一部だというのにいけしゃあしゃあと。というかケンカをやめろ!」
 一喝によって二人の喧嘩は強制終了した。
 剛太はモーターギアを、御前は桜花の手元で矢をそれぞれ羽根に向って撃ち始めた。
 並び順でいうと、防人の右に剛太、桜花、斗貴子、後ろに千歳。
 左の根来は「忍法天扇弓(てんせんきゅう)。──」と扇を放って羽根を撃墜中。
 斗貴子としてはそんな彼らを援護に飛び込んで斬りつけたいところだが、しかし先ほどのクジャ
クの羽根のような予想外の行動もある。うかと単独行動すればキドニーダガーの年齢吸収の
餌食になる可能性もある。
 踏みとどまったのはそういう理由もあるし、桜花の状態を知りたくもあったからだ。
「ダメージといえばケガの方はどこまで回復した」
「ようやく動けるぐらいまで。……走ったり飛んだりするのはまだ無理そうね」
 斗貴子の問いに、桜花の瞳は憂いに満ちている。
 弓を構える腕は微妙だが打ち振るえ、姿勢の継続さえ容易ではなさそうだ。
「隠しても仕方ないから白状するけど、剛太クンに手を引いて貰ってやっとココに来れた位」
 硝子が弾け壁が割れ、千歳の悲鳴が一段と甲高くなる戦場で桜花は悲しげに目を細めた。
 矢が羽根に当たり、共に消滅。しかし相手の攻撃が途絶える気配はない。
「そういえば。例の小札とかいうホムンクルスに神経を破壊されたというが……まだ」
「ええ。半日も経ってないもの。せいぜい5〜6時間といったところね」
 その小札から回復を浴び病院に搬送され治療を受けた桜花だが、斗貴子の見るところ血色
は悪く、立っているのも辛そうだ。
「だったら何でわざわざ」
「秋水クンがたった一人で三人の敵を倒して核鉄を奪還してくれた以上」
 流れてきた羽根を処刑鎌で弾こうとした瞬間、疼痛に体が引きつり反応が遅れた。
「私が寝ていられるワケないじゃない」
 しかしそれは、御前が勢いよく射出する矢に見事撃墜された。
「それに半病人はお互いさまじゃなくて?」
 桜花はくすりと魅惑的な笑みを浮かべた。
「鳩尾無銘から受けた傷、まだ完治してないでしょ」
 言葉に詰まる斗貴子の横で、防人が被弾し剛太が果てなき攻防に憔悴を浮かべた。
「だいたい、怪我をいうなら剛太クンだってブラボーさんだって一緒だし」
 物腰こそ柔らかいが、言外には有無をいわさぬピシャリとした気品のある桜花だ。
「そう。マトモに戦えそうなのは再殺部隊の出歯亀ニンジャだけだっての。だって聞いた話じゃ
アイツ、今日が退院予定日だしな。で」
 もう一人の無傷たる千歳はすっかり年齢が退行し、防人の後ろで空気の読めぬ応援歌を歌っ
たり流れ弾にビビり倒している。斗貴子は見た。桜花がそんな千歳に「ウケて」いるのを。
「数の上じゃこっちが有利だけど、状態を考えたらそれでようやく互角かもね」
 それが証拠に誰一人として鐶の羽根の乱射に踏み込めずにいる。
(シルバースキンを持つ戦士長ならこのまま歩いて突入していっても良さそうな物を……)
 しかしその場に留まっているのは、接近したところで決め手に欠けているのを自覚している
せいか。もしケガさえなければたちどころに突入し、一撃の元に倒せるかも知れないが。
「……あ、そうそう。私の療養のために借りていた核鉄、返しておくわ」
 桜花が差し出したのは。
 シリアルナンバーXIII(13)とLXXXIII(83)の核鉄である。
 秋水が無銘と貴信から奪い、根来が持ちかえった物である。にも関わらず先ほどの奇襲の
際、防人がこれらを使っていなかった理由が斗貴子にようやく分かった。
 きっと桜花は桜花なりに傷を治そうとし、防人もそれを承諾したのだろう。
 秋水が奪還した桜花のXXII(22)のみならず無銘や貴信の物を使い、戦線復帰するために。
「まったく。核鉄三つで治療とは無茶をする。いいか。確かに核鉄には治癒効果があるが、そ
れは生命力を強制変換しているだけなんだぞ。使いすぎれば却って死に近づく」
 手指を拳銃のようにすぼめて斗貴子は思わず詰め寄った。
「以前、キミが瀕死の重傷を負った時にも三つの核鉄で止血をしたが、それは死の危険が迫
っていたのと、カズキにせがまれたから止むを得ず許可しただけだ。今とはワケが違う」
いかに絶縁破壊によって神経のカバーたる髄鞘(ずいしょう)を破壊され身動きできなくなっ
たとはいえ、あくまで入院すれば治る見込みのケガなのだ。生命を削ってまで前線に出てくる
必要はない。斗貴子はそれをいいたいらしい。
「あら。気にしてるのはそういうコトなの? 私はてっきり、『核鉄三つも使ったのだからそれに
見合う戦果を上げろ』とでもいわれるかと思ってたけど」
「上げたければ勝手に上げろ。だが戦えなくなったらすぐに離脱しろ。いいな。カズキに感謝し
ているなら無駄に命を捨てるような真似はするな」
 皮肉交じりの意見に斗貴子はそっぽを向いた。
「ええ。分かってるわ。それにしても」
「なんだ」
「ずいぶんトゲが抜けたみたいだけど、何かいいコトでもあったの?」
「……確かに最近の私は褒められたものではなかった。すまない」
「あらあら」
 桜花から斗貴子へと移った核鉄が。
「戦士長! それから戦士・根来」
 核鉄が宙を舞う。シリアルナンバーXIII(13)が防人へ、LXXXIII(83)が根来へ。
 頷いた彼らの手へとそれぞれ見事に収まった。
「アレ?」
 剛太は首を傾げた。
「キャプテンブラボー、LII(52)の核鉄持ってないんスか?」
「それがだな、火渡から、大戦士長の捜索のために戦士・犬飼にしばらく預けろという要請が
あって」
「戦団に返却したそうだ」
 吐き捨てるように言葉を継ぐ斗貴子は苦渋満面だ。
「って。こっちが核鉄ない時に相変わらず不条理な。ていうかまだ見つからないんですか大戦士長」
「ああ。だからキラーレイビーズを更に増やして捜索にあたるらしい」
 いったい何者が照星をさらったのか。気になるところではあるが、戦闘中に熟考する余地は
ない。この会話とて片手間なのだ。
「そっちは分かりましたけど、どうして出歯亀ニンジャに核鉄渡したんですか?」
「戦力やケガの状態からいえば私たちより彼がダブル武装錬金を使う方が確実だからだ。流
石に戦闘中に回復をする余裕はないだろうしな」
「なるほど」
 納得がいった。そんな様子の剛太に斗貴子は眉を潜めた。
「ええとだ。一応聞いておくが、ケガは大丈夫なのか?」
「まぁそこそこには」
「そこそこって、……やっぱり桜花のいう通り、完治はしていないのか?」
「まあまあ。俺のコトなんか気にしなくてもいいですよ」
 彼は親指を立てて嬉しそうに笑った。
「全ては先輩のためですから」
 声と同時に投げた戦輪は羽根を何十枚となく両断し、美しい軌道で剛太に還った。
「先輩に笑顔が戻るなら、多少のケガなんて我慢しますよ俺は」
 彼はグっと力瘤をつくるような仕草をすると、柄にもなく真剣な表情をした。もっともそれはすぐにいつもの軽薄な表情になり、わいわいまくし立て始めたが。
「相手が何を仕掛けてこようとしっかり守りますから、先輩は大船に乗った気持で安心して戦っ
てください! それと、ちょっと元気になったようで何よりです」
 はぁ、と斗貴子は肩を落とした。この後輩はどうしてこうも気楽なのか。
「ならいい! 戦うというのならちゃんと戦士長か私に従ってもらうからな!」
「了解ッ!」
 ノリ良く直立不動で敬礼する剛太をよそに、根来は薄く呟いた。
「もうそろそろか……」

 そんな短いやり取りの間、羽根の発信源たる鐶側では。
「……ずぶずぶ」
 拳、手首、一の腕、肘……と鐶の手が口にみるみると呑まれていく。細い頸が異様に波打ち
巨大な質量を嚥下している所をみると、彼女はどうやら消化器系へと手を入れているらしい。
「ずぶ、ごふっ……ごふ。げほ…………」
 ちょっと苦しかったらしい。鼻が咳きこみ虚ろな瞳から数滴の涙がこぼれた。だがえずきな
がらも鐶は『何か』を掴んで引きずり出した。
 それはポシェットだった。唾液などの分泌液にテラテラと濡れ光っているのを除けば、ファン
シーグッズショップの店頭にあっても違和感はないポシェット。
 色は白く、大人の拳を縦二つ横二つ並べたような大きさ。
「……これは羽毛じゃないので……しまってました」
 誰にいっているのか何を考えているか分からないが、鐶はびたびたのポシェットを大事そうに
肩にかけた。


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