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第068話 「滅びを招くその刃 其の陸」



(羽根が)
(やんだ!)
 路上を覆い尽くすミサイルとベアリングの合わせ技。
 その静止に戦士一同は身を固くし、一方の鐶はクジャクの羽根を畳んだ。
「……あ」
 鐶の無表情の中で、スターサファイアの瞳だけがゆっくりと下を向いた。
「ダメージを……受けています)
 腹部には蜘蛛の巣のようなヒビ割れが入り、一の腕やのびやかな足といった部分には無数
の創傷ができている。
(当然だ。戦士長の攻撃を受けて無事でいられるホムンクルスなどまずいない。しかも私たち
が追撃したからな。つまり、考えるまでもないが)
 斗貴子の見るところ、少なくても絡め手さえ使われねばダメージを与えられる相手。
 そう、傷ついた戦士たちでも一斉に攻撃をしかければ攻略は可能。彼女はそう判断した。
「『命に関わるケガ』…………でしょうか」
 すくりと面を上げて虚ろな瞳を投げかける。
 ただそれだけの挙措に、斗貴子はいい知れぬ怖気を覚えた。
 動揺も怒りも苦しみも、痛みさえも浮かばぬ虚無の瞳だ。
 かつて見た自動人形・無銘の方がまだ人間味があるのではないかとさえ思われた
「お腹の中はぐしゃぐしゃ……。歩くのも……飛ぶのも困難…………。あ、でも」
 鐶の体表はやにわに半透明になっていく。赤い髪も肩にかかる三つ編みもその先端のリボ
ンも透けていき、「あっ」と斗貴子が呻く頃にはもはや何もかもが見えなくなった。
 静寂が訪れた。響くのは彼方のカラスの声のみだ。まるでゴーストタウン。
 そんな殺伐とした静寂の中、防人だけがからからにひび割れた声を漏らした。
「まさか、奴の狙いは」
「え? 何?」
 八つの視線を向けられた千歳はまるで気付いていない。
 赤く細い短剣が後頭部に振りかざされるのを。
 まったくその光景は奇妙であった。
 ポルターガイストかはたまた透明人間の所有物か。
 『まったく誰もいない』空間で、短剣だけが真赤な光を円弧を引いている。
 然るにその光景よりも剛太が唖然としたのは、短剣が千歳に達するよりも早く飛びすさり、彼
女をかばった根来にだ。
 かつて同僚たる円山をまるで木偶人形のように囮にした彼が仲間をかばう。
 意外といわずして何といおう。しかも彼は負傷した。千歳を横に抱えるその肩から半透明の
血の幕が風にけぶって滴り落ちて、身長は縮み顔つきも幼くなっていく。
 いうまでもなく、年齢を吸収された証だ。
 鐶の武装錬金の特性を話にこそ聞いていた剛太であるが、目の当たりにするとその畏ろし
さをまじまじと実感せざるを得ない。
 掠るだけでも如実に年齢を奪う武装錬金。それは血肉を奪い神経を断つよりおぞましい。

 (以下は本来の年齢 → 現在の年齢)
 根来   20 → 12

「だ、大丈夫? ごめんね私のせいで」
「心配は無用。筋力こそ落ちているが戦闘に支障はない」
 流石に剣呑な目つきが少年らしい丸みを帯びて、生白い肌がますますきめ細かくなってい
る。そんな根来だ。しかし内面にいかなる変化もないらしく、千歳への応対はにべもない。
「貴殿にはまだ利用価値がある。そう判断したからこそ敢えて助けただけの事」
(そーはいうけど、コイツが仲間助けるってのもなあ……)
 剛太はかつて刃を交えたこの合理主義者の意外な行動に顔をしかめた。
「くそ。群衆に紛れたり姿を消したり、つくづく厄介なホムンクルスだ」
「でもさぁ、どうやって姿消してるんだアイツ? 武装錬金の特性は年齢のやり取りだし」
 唇に可愛らしい手を当てて考え込む御前の頭を桜花は一撫でした。
「それで姿を消すのは無理ね。そして瞬間移動や亜空間の利用じゃなさそう。とくると」
 防人が親指と人差し指で作った輪を目に当てた。
「心眼! ブラボーアイ!!」
「何か分かりましたか戦士長。というかそれ、対象に当てなくても分かるものなのですか?」
「見極めた! あれはハチドリの能力の応用だ」
「といいますと?」
「キミはなぜコガネムシやCDが見る角度によって色が変わるか知っているか?」
「確か……、重なり合う薄い膜やCD表面に刻まれた凹凸に光が干渉するからとか」
「そう、その通りだ。奴はそれを使っている。確か前、何かで読んだが……」
 ハチドリなどの金属光沢を持つ鳥の羽毛は、角質層、メラニン層、空気層がほぼ交互に重な
っている。そして光線はこれらの層を透過しながらも各層の境目で反射するのだ。
 こんな風に。



 もちろん、同じ方向へ反射する光は重なり合い、光の持つ「波長」によって色が決定される。
 例えば455〜492ナノメートルの波長の光は「青」だ。380〜455ナノメートルなら「紫」。
 ちなみに波長というのは要するにチーターマンに出てくるミミズみたいな奴だ。

 〜 こんなん。で、

 〜
 〜  こう重なると(一波長またはその整数倍ずれて重なると)、その色は強くなり

 〜
.  〜 こう重なると(半波長ずれて重なると)、その色は消滅する。

 そうして最終的には無数の光の重なり合い、つまり「薄層構造に基づく干渉色」の中で最も
強い物が外へと現れる。あたかも前述のCDやコガネムシのように。
 鳥類学者グールドが金箔に透明なオイルとニスを塗りこめてまで丹念に丹念に再現したとい
うハチドリの美しい緑は、しかし上記の洒脱な資材に寄らずして天然自然の中で当たり前の
ように作成されるのである。これもまた神秘といえよう。
「つまり奴は特異体質によって全身にハチドリのような組織を作り、光を乱反射させ、光学迷
彩によって姿を見えなくしている!」
 んな無茶な。論理の飛躍に斗貴子は驚いた。
「いや、相手は動いてるんですよ。その度に色を変えてるんですか? 大体、全身に細胞が
いくつあるか分かったもんじゃないですし、特異体質だとかで細胞を変形させれるにしても限
度というものが……」
「……正解、です」
 どこからともなく響く声に斗貴子はげんなりした。いっそ声の出所に処刑鎌を突き刺してやろ
うかと思ったが、しかしどうも声はあちこちに反響し建物の間をたゆたっていて分からない。
「あ、分かった。きっとハチドリじゃなくてアフリカにいるコウギョクチョウの応用だよ」
 千歳はポンと手を打って生き生きと語り出した。
「私も何かのテレビで見たけど、この鳥のオスはね、羽根の細かい部分(小羽枝(しょううし))
にハチドリのような薄層構造があるんだよ。で、向きがそれぞればらばらで光を乱反射させて
色を変えているの。だから、特異体質で……」
 ふふんと得意気に指を立てて聞きかじりの知識を披露する千歳に、防人の得心が発動した。
「成程。全身の小羽枝の向きをナノ単位で変え、周囲と同じ色を身にまとっているというワケか。
カメレオンの保護色のように」
「いや、だから戦士長? 緑一色の森とかならいざ知らず、こんな街中で」
 斗貴子のジトっとした瞳が微妙な濃淡のあるビル壁を見た。場所によっては突然まったく違う
色の建物に変わっている所だってある。ゴミ袋だって落ちてるし、先ほどの破壊痕だってそこ
かしこにある。
 それら全てをひっくるめた背景への対応を勘案すれば果たしてこの光学迷彩の是非はどうか。
 もはや斗貴子にいわせれば、不可能というかホラ吹き嘘っぱちの領域だ。
「あ、でも先輩。コレならできそうじゃないスか。アイツ、細胞を操れるんでしょ? だったら」
 剛太は以下のような仮説を立てた。

・鐶はフクロウよろしく首を三百六十度フル回転させ周囲の景色を把握。
・そしてリアルタイムで微細な景色の色や光の当たり具合などを算出し、全身へ送信!
・特異体質にて目まぐるしく全身の色彩情報を次から次へと更新し光学迷彩を実行。

「できるかあ!!」
 後輩の突拍子もない憶測に斗貴子はキレた。ついでに千歳を狙っていた赤い短剣の周囲を
何度もガキガキと攻撃した。もっとも手ごたえはなかったが。
「フザけるな! コンピュータじゃあるまいしそんなマネがホムンクルスごときに!」
「あら。でも鳥って目がいいらしいからできるかも知れないわよ?」
 桜花まで乗ってきた。御前も。
「まあ、手間がかかるから、どうせ化けるなら人混みで一般人にでも化けた方が簡単だろうけど」
「人間たる私でさえ修練一つで、逆三角のプリズムへと凝結する唾液を吐けるのだ。奴が小羽
枝をどう傾ければどういう色になるかの判断を養えたとしても不思議ではない。あとは景色の
瞬間記憶と自身の立ち位置の把握さえちゃんとさえすれば……あながち不可能ではない」 
根来まで乗ってきた。「……正解」という声もした。斗貴子は泣きたくなった。
(というかそんな唾液を吐けるのはお前だけだ! 人間離れするのも大概にしろ!!)
 何とも荒唐無稽な話である。しかし現実に行われているのだから仕方ない。
 斗貴子は現実から逃げるように声の出所を探した。しかしどこから響いているのか分からない。
「ちなみに……いまの私の全身は……羽毛で、ふわふわもふもふして……ます」
「知るか!!」
 とまれ足やポシェット、攻撃前の短剣は羽毛にしまって隠蔽しているようだ。だから見えない。
 なお、ハチドリのような色彩を「構造色」といい、これにもある程度の分類があるが余談にな
るため割愛する。
「で、戦士長。肝心の敵の所在は?」
「すまない。奴が消えた瞬間の映像で仕組みを見破るのが精いっぱいだった」
「……記憶から見抜いたのなら。さっきのポーズはいらなかったのでは?」
「何にせよ、かような仕組みで姿を消しているのなら手立てはある。……見ろ」
 無造作に天を指す人差し指を斗貴子が目で追うと、ビル群の中にぼかりと開いた青空に黒
い粒がゆるやかに密集しつつあった。
「カラス?」
 そういえば先ほど鳴き声が聞こえていたが、こっちに向ってきていたのか? と斗貴子は毅
然とした眉を引き締めた。
「そう。カラスだ」
 やがて群れを成した無数のカラスたち、一匹がとある一点に向って急降下をすると残りがそ
れに続き、かぁかぁと泣き叫びながら一見何もない部分を蹴ったりつつき始めた。
「まさか奴はあそこに?」
「ああ。先ほどすすった奴の体液と私の唾液を混ぜ、吹きかけておいた。これはカラスの攻撃
性を誘発する忍法だ。出典は海鳴り忍法帖 」
「もういい。お前が何をしようと私は驚かない。忍法でも何でも好きに使ってくれ……」
 げんなりの極致たる斗貴子を根来は知ったこっちゃないという様子で朗々とやや嬉しそうに話し始めた。
「先ほど奴が頭上より木を降らせた瞬間、咄嗟にそれへ斬りつけ亜空間を通り抜け、奴の背後
から密かに浴びせておいた。それも奴が貴殿を牽制すべく羽根を撃ち放つ間隙あればこそ──…」
(そういえばさっき根来は着地してたが、アレは木から飛び降りたせいか)
 防人の感心を感じたのか、根来はますます喜色を湛えカラスの群れを見た。
「奴の血液じみた汁を吸ったのはこの忍法のため。伊達や酔狂でああしたと思ったか?」
(思ってた!)
 防人も千歳も斗貴子も、あと現場を見てない桜花や剛太や御前さえも頷いた。
「無論、奴にカラスの攻撃などは通じないだろう。しかしそれでもカラスは寄ってくる。いかに姿
を消そうと変えようとな」
「あ、ああ……。せっかくのふわふわもふもふが……」
 カラスがツツーっと水すましのように横へ移動した。
「無駄だ。もはや姿を消そうと姿を変えようとカラスは貴様を追跡する」
(どうやらカラスが奴の目印らしいな。それにしても何なんだこのニンジャもどきは)
 ストレスでキリキリ痛むブラックストマックを押さえながら、斗貴子は見た。
 何もない空間へと稲光とともに昇りつめ、透明な空間へ忍者刀を差し貫く根来を。
「我が根来忍法、とくと味わえ」
 すると短い呻きとともに羽毛が散り、根来を背に生やす鐶の姿がさあっと現れた。
「モーターギア! ナックルダスターモード!!」
 いち早く動いたのは剛太だ。根来の退避と入れ替わりに鐶の懐に飛び込むと、短剣がかす
るよりも早く彼女を中空へ撃ち上げた。
「射って! 御前様!」
 遅れて飛び出す斗貴子の左を桜花の矢が通過し、舞いあがった鐶の体へ面白いようにぷす
ぷすと刺さって行く。展開しかけた羽根も突き破り、制空権を見事に封じた。
(人気のない場所へ誘導だったな)
 手近な建物を足掛かりに電光のように天へ昇る斗貴子の視界の遥か先にあるのは……。
 オバケ工場。
(倒せない場合を考え、まずはあちらに向けて吹き飛ばす!)
 太陽の光を浴びて青白く輝く処刑鎌。その稼働肢に淀みはなく、丸いモールドの関節も油差
したての新品の機械を思わせるしなやかな音で駆動した。
(敵は残り二体。この街を脅かすホムンクルスは……残り二体!!)
 斗貴子は瞑目した。
 様々な悪感情をもたらしてきた閉塞漂うこの戦いもいよいよ終盤。
(私にできるコトは決して多くないが──…)
 一番に思い浮かぶのは励ましてくれたまひろであり。
 平和に暮らすその友人たちであり、他の生徒たちであり。
(今はカズキが守ろうとした人たちが平和に暮らせるよう、全力を尽くすだけだ!!)
 戛然と瞳を開くと、加速が敵の間近へ斗貴子を運んでいた。
「臓物をブチ撒けろ!!」
 青白い稲光の中、鐶の左腕と右足が吹き飛んだ。そしてひび割れた腹部は処刑鎌の腹を
もろに浴び、敵を誘導すべき方向へと吹き飛ばした。
(……? 右腕にも攻撃を当てたのに切断できていない?)
 短剣を握る鐶の腕だけがほぼ無傷なのを疑問に思ったのは束の間の事。
「えと、たぶん『今の』私の体重は25kg以下みたい」
 無音の楯が現れる
「俺(75kg)と共に瞬間移動できるからな」
 銀の直垂が風に舞う。
「顔は変わってないから追跡できるんだよ」
 千歳が防人からぱっと手を放し、いずこかへと消え去る。
(私たちと同じく、年齢退行を逆手に──!?)
 やや感嘆の色混じる驚愕に目を見開く斗貴子の先で。
「粉砕! ブラボラッシュ!!」
 百とも千ともつかぬ拳が機関銃のように鐶へ叩きこまれた。
 猛禽類についばまれた小鳥のごとく、彼女は右腕を除くあちこちを拳大に食い破られ、おぞ
ましい加速音とともに銀成市上空を突っ切った。
「やはり全盛期の半分……、いや三分の一の威力もない。ムーンフェイスならもっと大きく破
壊できたんだがなぁ」
「……いや、十分です戦士長」
 斗貴子は呆れた。五千百度の炎で焼かれてなおホムンクルスを徒手空拳で突き破れる威
力があれば十分でないか。
 鐶の行く手には高層ビルがあった。竣工間もないのだろう。ガラスが鏡のように濡れ光ってい
る。そこに鐶は成す術もなく激突し、薄氷のように(ガラスが)ブチ割れた。
「マズい。ああまでするつもりはなかったんだが」
 防人は拳を突き出したまま「しまった」という気配を漂わせた。
 まさかケガをした自分の攻撃力で壊れるとは思ってなかったらしい。
(ったく、根来といい戦士長といい。こういう所のガラスの強度は並じゃないんだが……)
 ちなみに数か月先の防人はますます回復し、パピヨンパークという場所で「斗貴子やカズキ
が何度も攻撃せねば死なない牛」でさえほぼ一撃で葬ったりする。
 そしてホムンクルス狩りに目が眩み、カズキも斗貴子も容赦なく殴り飛ばすのだ。
 さて、ビル。内部はオフィスだ。日付は日曜日か土曜日か分からぬが、とにかく出社してい
た者たちは流石に目を剥いた。
 ガラスが割れたと思うと少女が飛び入ってきてびゅーっと部屋を縦断していく。
 机上の書類が枯れ葉のように何十枚となく捲りあがった。風圧で青やピンクのバインダーが
飛び、パソコンの薄いディスプレイも写真立てじみた気軽さでバタバタと倒れた。イスに座って
おやつのチョコをかじってたおじさんがいたが、鐶が掠ると猛然とギュラギュラ回転してチョコ
味したビターなバターになった。
 最後のはおじさんのジョークだが、女子社員は盆の上の冷えた緑茶を悲鳴とともに取り落と
し、重役のカツラが吹き飛んで禿頭が露になった。笑っていいかどうなのか、新入社員の男は
表情を動揺と抑圧にくしゃくしゃにした。
 しかもセーラー服の少女がバインダーや書類の嵐の中を駆け抜けさえもする。
 何が何やらと唖然とする社員たちをよそに、鐶のぐなりとした肢体は輝くガラス編に彩られな
がらオフィスを脱出し、また防人の拳打を浴び隣のビルへ。それを突っ切ると斗貴子に弾かれ
そのまた隣と似たような光景を振りまきつつやがて高度を下げ──
 ブロック塀に突っ込むと、左官が苦労して積み上げたそれをバラバラの瓦礫と化した。

 オバケ工場まで4kmの地点。
「さ、流石にちょっとやりすぎだよ!! 大体、六対一とか卑怯じゃあ……?」
 防人と瞬間移動した千歳は、瓦礫の下でぼろクズのようにつっぷす鐶を泣きそうな表情で見た。
「愚問だな。数の利点を行使するのは戦いにおいて至極当然の事」
 亜空間から稲光とともに出た根来に、斗貴子は着地がてら首肯した。
「化物へ正々堂々挑む必要などない」
「先輩がそういうなら賛成」
「同感ね」
「そそ。仕掛けてきたのはコイツだし」
 破壊痕を追ってやってきた剛太と桜花と御前も頷いた。
(あー、確かに正論なんだが、人として何か間違っているような)
 千歳を除けば、合理主義者、腹黒×3、腹黒一号に絶対服従……とロクなメンツがいない。
 しかし防人は強く出れない。何故ならホムンクルス討伐のためとはいえ。
(俺も街を壊してしまっている!)
 恐る恐ると防人は背後のビル群を振り返った。ガラスがブチ破られたのが何棟もある。
 破壊痕はどう見ても、趣味程度に日曜大工を嗜む彼では手に負えない範疇の物だ。
 さすがの防人でも効果的な追撃と街への配慮は両立できなかったらしい。
 しかもそれに加えて、鐶との最初の攻防で壊れた物が沢山ある。
(すまない。時間はかかるかも知れないがいつか必ず治す。それまでしばらく耐えてくれ)
 迷惑をかけたビルの人たちに誓う防人は、帽子のツバをくいと押えて哀愁が漂っていた。
 カズキがいればそれこそ「今にも泣きそうな表情(カオ)してた」と見抜くだろう。
「まあとにかく、コレでこいつを無力化できた。後は総角の所在を吐かすだけ──…」
 左官泣かせの瓦礫たちがバラバラと押しのけられた。下からの何かに。
「ありがとう…………ございます」
「!!」
 戦士一同は息を呑んだ。
「おかげで……『命に関わるケガ』を負えました」
 もうもうたる土埃の中で鐶が立ち上がっている。
 肌の血色はいい。衣服(実は羽毛)も新品同様。肩の三つ編みも艶がある。手足は無傷。
 それらを見た者は防人も千歳も根来も桜花も剛太も、斗貴子さえも愕然と目を開いた。
「ウ!! ウソー!!」
 両手で顔をヒョウタンのようにヘコます御前は戦士一同の代弁者であったろう。
「与えた筈のダメージが」
 一筋の汗を垂らす斗貴子の横で、口を覆う桜花が血色をみるみると青くし打ち震えた。
「回復している……!?」
 あらゆる攻撃のあらゆる痕が消失した鐶は、虚ろな瞳でゆっくりと踏み出した。
「次は……私の攻撃…………です」


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