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第072話 「滅びを招くその刃 其の拾」



 焦点、という言葉がある。
 光学においては平行光線が収束する点を指し、日常的な言葉の意味ではもっぱら人々の
関心や注意が集まるところを示してやまない。
 これよりしばし時系列は物語上の描写要求により巻き戻さざるを得ないが、その中において、
『焦点』は先に挙げた二種の意味で一人の戦士へと向き、或いは彼自身を焦点に変ずるコト
となる。

(ここは住宅街。戦士・カズキの突撃槍のようにブラボチョップで捌くコトはできない!)
 防人衛は放たれた光線に鋭い眼光を吸いつけながら、肩の広さまで広げた両足を重々しく
アスファルトに預け、右拳だけを腰の辺りで軽く起こした。
「全員、俺の背後に隠れろ」
 仁王に似ている。斗貴子は無言の気迫に頼もしさと一抹の畏敬を覚えつつ、防人と背中合
わせで素早く膝立ちにしゃがみ込み、混濁中の千歳を正面切って抱き抱えた。
 その面持ちが見える場所(つまり防人からは斗貴子一人分を挟んだ後ろ)で、剛太は身動き
できない桜花の手を引き無理やりしゃがみこませ、御前はほぼ同サイズに縮んだ根来をあた
ふたと抱きかかえながら剛太の足元に何とかたどり着いた。
 転瞬、防人の銀の防護服に光線が命中した。
 もっとも通常の打撃や斬撃ならば傷一つ受けないシルバースキンである。よしんば破壊され
たとしても瞬時に修復する。
(……おかしい)
 部下は鐶の攻撃意図を測りかねた。
 果たして高圧電流を鳥の特異体質によって転化した疑似荷電粒子砲は、防護服に命中する
やいなや表面を流れ滑り落ち、防人とその背後の戦士一同の脇を通り過ぎるにとどまってい
る。それは戦士たちにとって僥倖だが、鐶にとってはこれほど大技を無為に防がれるのは不
利としかいいようがない。
 とはいえ光量と熱量は流石にすさまじい。戦士たちの面頬の照度は一気に跳ね上がって白
みに白み、アスファルトを焼き砕きながら後方彼方へと流れゆく奔流には汗がだくだくと吹きあ
がって蒸発し、熱ぼったい霧が呼吸と同時に気管支の粘膜を火傷させるのではないかとさえ
思わせた。
(千歳を封じたのは納得がいく。瞬間移動での回避を防ぐためだ)
 それを思わば防人は鐶というホムンクルスの周到さに舌を巻きつつ戦慄せざるを得ない。
 彼女は根来が捨て身で拘束を行ったその瞬間にはもう次の段取りを整えていたのだ。紙杖
環を破りリバースも破り、光線という切り札を命中さすべく、千歳に狙いを移していた。
 斗貴子を鐶の頭上へ運んだ直後だから瞬間移動には若干ながら遅れが生ずる。その瞬間
めがけ鐶は髪から羽根を飛ばし、見事に封じたのだ。
(だがそこまでするなら、俺以外の戦士を一ヶ所にまとめるのが最善の筈)
 数多くの戦いをくぐり抜けた者だけが持つ直感が防人に疑問をなげかける。
 現にシルバースキンは光線を防ぎ、他の戦士への一切の手だしを許していないと。
 しかも先ほど射出したアナザータイプのシルバースキンはようやく防人の意思に従い彼の左
へとヘ舞い戻り、ヘキサゴンパネルから元の防護服へと戻りつつある。
 防人は光線の中へ右拳を突き出した。それに呼応するように大航海時代の海軍の軍服が、
彼の傍らで甲高い音を打ち鳴らしながら細かいヘキサゴンパネルへと分解し、それが帯と連
なり流れてゆく。
(もしコレを戦士・斗貴子たちのうち何人かに着せれば光線への防御は成せる。だが)
 勘案すると鐶の光線射出は派手で脅威であるが、非常に穴も多い。
(だが、あの根来の捨て身さえ看破しリバース射出を読み切り、俺達をまんまと出し抜いたよ
うなホムンクルスが今さらそんな防ぎやすく拙い攻撃を仕掛けるだろうか? 勝負を急がねば
ならない何らかの理由があるのか。それとも──…)
 光線は弱まりつつある。恐らく電線から洩れる電流は鐶の限りない収奪によって尽き果て始
めているのだろう。
(もしこの攻撃の目的が、俺達の全滅でないとすれば?)
 アスファルトが焼き削られ、切断されたガス管に火花散らす電線が鞭のように当たるやいな
や、轟音が耳をつんざき紅蓮の嵐が吹き荒れた。
(考えろ。奴は強い。俺以外の戦士なら普通に攻めればいずれは必ず斃せる。つまりこの光線
そのものは、各個撃破を狙った物ではない。それは俺達をわざわざ集結させた所からも明白。
かといってそこに俺を含める以上、全滅を狙った物でもない)
 炎の匂い染みついてむせる中、防人は見抜いた。
(ならば奴の真の狙いは!)

「リーダーからの伝達事項その五。残る戦士六名をただちに無力化し、最後の割符を奪還せよ」

 爆風が銀色の帽子をさらい上げ、防人の素顔を明らかにした。

「私の回答は……了承」

(狙いは、俺だ!)
 光線の停止とまったく同時に鐶が防人の顔面めがけて短剣を打ち下ろした。
 電柱を蹴って加速をつけたのだろう。光を追って滑空した鐶はすでに防人の斜め上空五十
センチメートルほどにいる。
 飛沫のように散る光の中、防人は鐶を見据えながら軽く身を引いた。同時に赤い円弧がびゅ
っという風切り音を奏でながら黒い前髪をバラバラとひじきのように斬り飛ばしたが直撃には
至らない。
 そも光線射出に伴い年齢退行している鐶だ。見た目およそ四歳ほどになっているのは、セイ
コウチョウのヒナたるべく敢えて幼くなったせいだろう。よってリーチは短く、密着状態といえど
まだ回避の余地はある。
(やはりな。本当の目的はあの光線によって爆発を引き起こし、俺の素顔を明らかにするコト!
先ほどまではシルバースキンによって通じなかったが、素肌さえ覗けば奴の年齢吸収は俺に
も有効……ならば現状ただ一人、奴を捕縛できる俺を無効化しにかかるのは当然)
 おぞましくも「髪を斬られた」その程度の取るに足らない攻撃でさえ「斬りつけた深さに応じて
対象から年齢を吸収する」短剣の特性の範疇らしく、防人は二・三歳ほど身の縮むのを感じた。
 感じつつも何千何万と戦闘反復を繰り返した体は、身を引きながらも握り固めた岩のような
拳を鐶のみぞおちにたたき込んでいる。四歳というまさに幼児の姿の鐶にそうするのは、やは
り忍びなくもあるが、防人はそれに耐え、あらゆる衝撃と障害を打ち破るように拳を振り抜いた。
(攻撃さえ読めばこの程度は──…)
 足場にしていた電柱めがけて逆戻りに吹き飛ぶ鐶は、しかし中空で何かに背中を撃ちつけ、
驚くほど柔軟な振幅を見せた。かすかだが無表情に驚きが浮かび、そのせいか飛翔も忘れ
彼女はただ落ちていく。
「これは……?」
 鐶は見た。帯状に連なるヘキサゴンパネルが周囲三百六十度総てを取り巻いているのを。
 それは公園にある球状のジャングルジムに似ていた。もしくはワイヤーだけで構成された球、
またはハリボテ状態の大玉。スイカの黒縞のごとく縦にのびゆく数本の円弧へ、水平のリング
(正確にはヘキサゴンパネルが連なったリング)が絡みつき、それはそれは見事な球体を構成
していた。鐶が弾き飛ばされた方角では人二人が通れそうな長方形の穴が開いていたが、そ
れも彼女の侵入と同時にちりちりとヘキサゴンパネルが塞いだ。恐らく鐶を入れるために敢え
て開けていた穴なのだろう。
「シルバースキン・ストレイトネット」
 とは、白銀の防護服を分解・射出し網状に再構成する技である。
「先ほど解除したアナザータイプを仕掛けておいた。最初は戦士・斗貴子たちを守るために展
開しようと思ったが、お前の狙いを考えればこちらの方が確実。これ以上守勢に回れば火力
に劣る俺達は確実に負けるからな」
 防人の手つきに合わせ、ストレイトネットの球はみるみると縮小を始め、網目も子供一人通
れるかどうか怪しいほどに小さくなっていく。
 正に鳥を捕縛する網のように。もしくは鳥籠のように。
 無表情のまま寂然と佇む「長身の女性」がその中で両手さえ広げられないほど、ストレイト
ネットは狭く小さく絞られていく。
 そうして電柱の周囲には住宅街とまるでそぐわぬ奇妙な球体のケージが浮遊した。
「……」
 鐶は無言無表情のまま足の爪を鋭くして蹴りあげた。しかしそれを浴びたヘキサゴンパネル
の帯は、本来の硬質が嘘のように伸びすさり、やがて強烈なスプリングのごとく足を弾いて元
の形へと戻った。
「斬れ……ません」
「無駄だ。ストレイトネットはシルバースキンリバース同様、内部からの攻撃を全て遮断する。
ヘキサゴンパネルが『周囲から自動で絡みつく』『網のように伸びて戻る』という違いこそある
が、いずれもひとたび敵を捕らえさえすればまず脱出は不可能。……俺が解除しない限りは」
 ストレイトネットはかつて三十体からなるムーンフェイスの群れさえ見事に捕縛し、無限増殖
という悪魔的な手段すらも封じたのだ。
「お前が光線に乗じて仕掛けてくるのは読めていたからな。俺も光線に紛れてストレイトネット
を展開しておいた。リバースに比べれば発動までに少々時間がかかるのが難点だが、俺だけ
に焦点を絞り、年齢吸収に勝負を賭けていたお前なら見落とすと思っていた」

”攻撃はあらかた見ている”
”喰らっても回復ができる”
”なら年齢吸収の際に多少のダメージを負っても問題はない”
”仮にリバースを正面切って放たれても、既に見ているから避けられる”

「お前はそう考えていた筈だ」
「……はい」
「だが戦士・根来が教えてくれた。お前は勝負に出る時、『自分が相手の手の内を総て読み切
った』と確信する癖がある。判断力も攻撃力も申し分ないが、それを信じ切りやすい脆さも秘
めている。だからあの拘束(忍法紙杖環)のような虚を突く攻撃をされると……至極お前はか
かりやすい。強いていうならそれが唯一の弱点」
 防人の右拳が握られるのと同時に、あたかもスイカや魚を入れる網のごとくストレイトネット
が鐶の体に密着した。
「そして……切り札を残しているのはお前だけではないというコトだ」

「やった! 捕らえた!」
 歓喜の声をあげる御前を眼下に置きながら、剛太はふうと息吐き尻もちをついた。
「たく。手間かけさせやがって。けど何とかコレで終わりか。流石キャプテンブラボー」
「……いや」
 斗貴子は息を呑んだ。
「『切り札を残している』? 『残していた』じゃなくて? まさか……戦士長」
 彼はただ背中だけを部下に向けているから表情は伺えない。
 しかし桜花の濡れそぼる瞳には鏡のように映った。
 薄くくすぶりながらもなお鮮やかに白く輝く服と、ぼさぼさと乱れた黒髪が徐々に縮むのを。
「すまないな。できれば俺もストレイトネットで勝負をつけたかった」
 振り返った防人のその姿を見た瞬間、誰からともなく沈痛な呻きが漏れた。
 右こめかみから唇の左端にかけて一本の巨大な斬り傷が開き、血がいつ尽き果てるとも知
らずだくだくと流れている。そこにうっすら覗く白い物体はただの脂肪か、それとも骨か。いずれ
にせよ非常に深い傷であるコトは想像に難くない。
「ウソだろ……? あのキャプテンブラボーがやられるなんて」
 剛太は悪寒をきたしたように瞳孔をめいっぱい拡充させ戦慄き
「認めたくないけど事実よ」
 桜花はきゅっと下唇を噛みしめた。
(ケガさえなければ、私たちをかばっていなければ、もっと違う結果になっていたでしょうに……)
「逝くな、逝くなブラ坊ぉ〜!」
 御前に至ってはライト型の目の輪郭が歪んで見えるほど涙を流している。
「コラコラ、そんなに泣くな御前。俺なら大丈夫だ。死にはしない。ちょっとばかり乳児になるだ
けだ」
 からからとした調子の中で防人は敢えて明るい言葉を選んでいるらしく、その語調には所々
空転がみられた。しかしそれが古びた弦楽器のような心地いい軋みを帯びているのは、彼の
人柄によるせいだと斗貴子は思った。
(この前といい、どうして私はそういうコトをいなくなりそうになってから気付くんだ)
 平生の気楽で飄々とした調子で斗貴子を悩ます上司なのに、有事にはそこにいるだけで安
心して戦える不思議な存在感を防人は秘めている。
 斗貴子は兄という存在を持ったコトはないが、或いはこの七年間の防人はそうだったのかも
知れない。時に厳しく時に優しく、上司という枠を超え、親身になって斗貴子に接していた。
(あの時、五千百度の炎から身を呈してかばってくれもした。今だって光線から守ってくれた。
なのに私は──…戦士長に何もしてあげられない。重傷を負わせてしまったのは私にも責任
があるというのに)
「そう気に止むコトはない。全ては俺が勝手にやったコト。キミやキミたちさえ無事なら俺はそ
れで十分満足だ。たまに笑顔の一つでも見せてくれればそれでいい」
 沈み込む斗貴子に防人は微笑交じりにウィンクした。泣くな、といいたいのだろう。

「とりあえず何があったかだけは説明しておく。あの時──…」

 防人の拳を浴びた鐶は、身を丸め、うっすらとえづきながらも左腕をしならせた。
 そこにはもう一本の短剣が握られていた。
 右腕にあったのは、どこかシークレットトレイルの面影を残す、今一つの短剣。
 ダブル武装錬金。根来の落とした核鉄をいつの間にか回収・発動した鐶は、右腕にそれを
握り、左腕には自前のクロムクレイドルトゥグレイヴを握っていた。
 と気づいた防人は回避に身をよじろうとしたが……
 以前に負った満身創痍。度重なる打撃による疲弊。攻撃の反動。
 体内に鬱積した薄暗い淀みがわずかに彼の動きを鈍らせた。
 それでも防人は死力を振り絞り剣先を紙一重で避けた。
 避けたつもりだった。
 しかしそこでやにわに鐶の腕が伸びた。
 同時に彼女の姿は、五歳から七歳のそれへと変じていた。
 年齢吸収。

「奴は俺の髪を斬って吸収した年齢を、自分の体に反映した。そしてリーチを稼いだ」

 成長を遂げた腕が防人の紙一重をやすやすと突き破り、彼の顔を斬り裂いた。

「すまない。俺が奴の攻撃さえ避けていれば決着はついていたのだが、力及ばずこの有様だ。
傷は言い訳にもならない。戦士が常に最善の状態で戦えるとは限らないからな」
 防人の体が、縮んでいく。
「だがせめて、奴の回復の秘密を暴く時間ぐらいは稼いでみせる」
 グローブが中身が抜けたようにやや膨らみを失し、同様に腕や体、足からも防人の頑健な
肉体の影が消えていく。
「それが戦士・根来へのケジメだ。声に騙され、リバース射出のタイミングを見誤った俺の」
 肉体の縮小とは裏腹に、ストレイトネットは強い軋みをあげ鐶をいっそう拘束していく。
「だからこそ胎児になろうと最低三分は拘束を継続してみせる。お前たちはその間に奴の回
復の秘密を暴け!」
「た、たった三分で? 無理ですよキャプテンブラボー! ここまでの戦いで見抜けなかったコ
トが三分ぽっちでできる筈が」
「……やるんだ剛太」
 狼狽を強く嗜める斗貴子に剛太は沈黙し、バツが悪そうに唇を曲げた。
(くそ。今の俺カッコ悪ィ。新人(ルーキー)丸出しじゃねェか)
「なぁに。ブラボーなお前たちならきっと暴けると信じている。落ち着いて考えさえすれば、案外
簡単に見抜けるかも知れないぞ。だから俺は……やれるコトをやっておく」
 少年を経て幼児を経て乳児にさえ退行する防人は、斗貴子に視線を吸いつけた。

(後は任せたぞ戦士・斗貴子。キミなら戦士・剛太や桜花を見事に指揮できると信じている……)

 斗貴子は防護服の襟からこぼれ落ちる胎児へと必死に手を伸ばし、つまずきそうになりなが
ら何とか抱きしめた。

(先ほどいった通り……あと一太刀か二太刀斬りつけられればアウト……気をつけろ)

 眼光はそれだけを告げると、皺まみれのまぶたをそっと降ろした。

「……はい」
 生白くも柔らかい防人を、斗貴子は沈痛な表情で抱きしめた。
「気持ちは分かるけど、今は彼女の秘密を暴くのが先よ」
 その肩に弱々しく手を当てた桜花は、すぅっと鐶を見据えた。
「拘束は大丈夫そうね。私たちは回復のカラクリを暴きましょう。御前様はブラボーさんと千歳
さん、それから根来さんの介抱をお願い」
 てきぱきと指示を始めた桜花に剛太の怪訝そうな視線が刺さり、斗貴子は防人を御前に渡
してすくりと立ち上がった。
「そうだな。戦士長の犠牲を無駄にする訳にはいかない。……いかないんだ」
 たおやかな紺に染まるスカートの傍で小さな拳が握りしめられているのを見た御前の表情が
綻んだ。
「そうそうその意気。んじゃ俺はブラ坊を。よいしょと」
 防人を抱えて飛ぶ御前をよそに、剛太は急に驚愕の表情で鐶を指さした。
「アイツ、歳を取ってる……?」
 つられて鐶を見た斗貴子も眼を丸くした。
 登場した時の彼女はおよそ十代前半。電柱の頂上にいた時は四歳ほど。
 それが……
「三十代!?」
 千歳を凌ぐほどすっかり熟れた美しい顔が、ストレイトネットの中から戦士たちを見下ろして
いた。身長も桜花ほどはある。肉体のすみずみまで豊穣に溢れ、むせかえるほど濃密な色香
を帯びている。
「……戻るときに吸収しすぎました。これもクロムクレイドルトゥグレイヴの一機能、です。斬り
つけた物からダイレクトに私の体に年齢を反映……できます。さっきは……光線のためにヒナ
へなる必要があったので、四歳になっていたので……あの人から年齢を吸収して……戦いや
すい年齢へと変化しました」
 剛太はノド声で怒鳴った。
「んな馬鹿な! ホムンクルスは不老不死の筈! 歳をとるなんてありえねェ!」
 斗貴子だけが息を呑んだ。
「老化もある意味ではダメージ。武装錬金の特性ならば或いは」
「いいえ。歳をとってしまうコト自体は……特異体質の副作用」
 のびやかな肢体を立ち上がらせた鐶は、目を細めてキドニーダガーを握り締めた。
「私は……あらゆる人と鳥に変形できるのと引き換えに…………五倍の速度で歳を取ってい
きます」
「な……?」
 一瞬、鐶の体に輝きが満ちたかと思うとシルエットが見る間に縮み、十代前半特有のなよな
よとした体つきに戻った。
「変形に特化した細胞は……それだけ変質しやすいというコトです……。私はホムンクルスで
すが他の人とは違って…………老いていきます。一年に五歳……。去年、リーダーたちと敵対
して仲間になった時は七歳……。けれどそれから一年後の私は十二歳……。来年はきっと十
七歳…………。私だけがきっと……一人だけ歳を取っていくコトでしょう…………たった一人、
ブレミュの中で…………私だけがいつかお婆さんに。だからいつか私は……私をホムンクル
スに改造したお姉ちゃんを探し出し……特異体質を直したい……です。だからリーダーたちと
旅を……」
「何か悲しい身の上話を始めてるようだけど、回復の秘密とは無関係っぽいから無視しましょう」
 桜花はにこりともせず呟いた。


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