インデックスへ
第070〜079話へ
前へ 次へ

第075話 「滅びを招くその刃 其の拾参」



「ダブル武装錬……」
「させません」
 鐶の口から伸びたキツツキの舌が核鉄に張り付き、凄まじい速度で手元へと回収した。
(この舌……! そうか、根来や千歳さんの核鉄を奪ったのはコレか。恐らく戦士長のもう一つ
の核鉄はストレイトネット解除時に素手で奪っているだろうが)
 鐶は核鉄をポシェットにしまった。斗貴子は核鉄の奪還も考えたがかぶりを振った。
(欲目をかくな。今は章印への攻撃を集中するのが先決)
「……そういえば、割符……あの人が持っているかと思いましたが」
「ああ。貴様らが狙う割符は私たちのうち誰かが持っている。だが易々とは奪わせない!」
 銀成学園玄関前で雷光のごとき斬撃がぶつかり合った。

 現在の状況
・津村斗貴子 … 銀成学園にて鐶光と交戦中
・中村剛太&早坂桜花&エンゼル御前 … 銀成学園へ移動中。
・防人衛 … 戦闘不能(年齢吸収により26歳から0歳に退行)
・根来忍 … 戦闘不能(年齢吸収により20歳から0歳に退行)
・楯山千歳 …

「斗貴子ちゃんたちにはいわなかったけど、実は毒の羽根は掠っただけなんだよ」
 救急車の中で医師の問診に対して千歳はそう答えた。、
 防人と根来、そして千歳を収容した救急車は、サイレンを鳴り響かせながら街をゆく。
「あのコが羽根を投げる前にね、何とか気づけたの。あ、さっきまでの口の痺れとくしゃみはズ
グロモリモズの毒だって。きっと、群衆を操っている時に羽根の細かな粒子が飛んで、私の口
に入ったんだね。他の人が気付かなかったのは、私ほど小さくなってなかったからかな?」
 戦闘組織らしく、救急車に直接乗って駆け付けた医師は目を丸くしていた。
「そして毒があるなら、瞬間移動のせいでいつも遠くにいる私に羽根を投げて攻撃するのは読
んだから咄嗟に回避! でもそれに夢中で落ちて気絶しちゃったの……ダメだね私」
 発熱と麻痺はけして軽くない千歳が、息も絶え絶えながら明瞭な分析を見せている。
「というコトで治療は点滴だけにして欲しいの。ちょっと回復さえすればまた戦える筈だから」


354 名前:永遠の扉 [sage] 投稿日:2008/09/27(土) 17:55:16 ID:l0lo6/3RP
「そうはいうが、君は核鉄を失くしているじゃないか。元々直接戦闘には不向きな上に、体も小
さくなり、毒だって浴びている。落下による打撲だって軽くない。医師として再び君を戦場に送
るのは許可できない。行った所で無駄にやられるだけだ」
「それでもまだやれるコトはあるの。お願い」
 千歳は鞄から夏みかんを取り出し、手を当てた。
「これを使えば一回だけ斗貴子ちゃんたちを助けれる筈なの。幸い、敵はもう私が戦闘不能だ
って思ってるから、うまくやれば必ず虚をついて逆転できる」
 夏みかんの皮と繊維が一気に割り開かれた。
「これをくれた戦士・根来の為にも、こんな私を褒めてくれた防人君の為にも……お願い」
 甘酸っぱい匂いの中で見た意外な光景に、医師は言葉を失くした。

・楯山千歳 … 戦闘継続可能

(私は……ブレミュの副長……。けど)

 初戦を紙一重で制したのは、斗貴子。
 うねる処刑鎌を浴びた鐶が運動場を吹き飛び、植え込みを散らしながら窓ガラスに衝突した。

(いつも中心にいるのは……小札さん)

 破片をじゃりじゃりと踏みながら立ち上がろうとした所に斗貴子が肉薄し、章印が何度目かの
貫通を浴びた。場所はどうやら普通の教室らしい。机が規則正しく並び、後ろには半紙の群れ。

(…………さっきだって、戦う順番を決める時……みんなの……無銘くんの口に上るのは……
三番手の小札さんばかり。次の私には……何も。リーダー曰くそれは実力への信頼……。でも)

「くるっぽーっ!!」
 鐶は顔を真白なハトに変形させた。そしてひどく機械的な無表情の嘴から白く濁った液体を
ドバドバと垂らした。斗貴子は非常に複雑なニュアンスで顔を引きつらせつつ後退した。する
と、彼女の足が乗っていた辺りで床板が白煙を上げて溶けた。ハトの育雛は少々変わってお
り、そ嚢に蓄えたタンパク質と脂肪満載の「ピジョンミルク」という物質を与えるのだ。(材料は
カタツムリやミミズなど。本来ハトは草食性だが育雛期においては肉食を嗜むのだ)
 だがそういう離乳食じみたミルクも、ホムンクルスにかかれば強酸性の溶解液になるらしい。

(この体はたったそれだけの機能しか……ないのです)

「げっげっげ!」
 ジャワガマグチヨタカの顔になった鐶は凄まじい声で喚きながら外へ出ようとあがいた。その
時、突如として全校放送のチャイムが鳴ったが、邪魔する斗貴子の周囲を飛び跳ねながら机
やイスをむさぼり食うのに忙しいので気にする余裕もない。

(強さと引き換えに五倍速で老いゆくだけで……決して私を救ってくれる体では……ないので
す。クロムクレイドルトゥグレイヴは……ボロックナイフだけに……抗がん剤。特異体質の副作
用を抑えるために芽生えた武装錬金。私を蝕む年齢をせき止めるただ一つの手段……けど)

「ぐるげっ?」
 爬虫類じみた顔が木片をむしゃりながら斗貴子を見ていると、裂帛の気合いがかかった。

(それは結局…………ただの誤魔化し。例えば私が……特異体質で小札さんに変身したとし
ても、小札さんそのものにはなれないように……一人だけ歳をとるのに変わりはありません……)

「けーっ! けーっ! けーっ!」
 耳を貫かれた異形の鳥が天井を仰いでもがいた。」

(年齢と姿形を無限に変えられても……私は零にだけはなれないのです。始まりからやり直し
て普通に歳を重ねるコトも……無銘くんの一番好きな人になるコトも……できないのです。ま
だ人間だった頃でさえ……どんなに頑張ってもお姉ちゃんに拒絶されていたように……私は
……こんな性格だから、小札さんのように……好かれるコトはないでしょう)

「はなせ、はなせ」
 片言で喚く鐶の体がふわりと浮いて、処刑鎌に思い切り投げられた。
 だがその途中で、がっちりと固定されていた頭から胴体がすっぽ抜けて、壁をブチ壊しつつ
廊下に出て行った。反動で鐶の生首は処刑鎌の刺さった部分から前後二枚にスライスされた。

(認められるのは……きっとこの体質と武装錬金の強さだけ……。それさえ私が老衰を迎え
るその時……そう遠くない未来で……終わります)

「ぎょぼぎょぼぉ!」
 自動回復が発動した。あまりの光景にさしもの斗貴子も立ちつくした。廊下の方からブリッジ
した首なし胴体が四足獣のごとく走ってくる。しかも首の切断面からびゅっびゅと白濁したピジョ
ンミルクを吐いてくる。斗貴子がそれを避けた隙にスライスされた鳥の頭から長い舌が伸びて
胴体に張り付き、再び回復の光が満ちた。分割されていた鳥の頭は、プラモデルの頭部パー
ツのように固い音を立てて接合した。
「ガマグチさんちのツトムくん、この頃少し、変よー♪」
「ヤマグチだ!」
「それは……ウソ、です」
「ボケ倒すのもいい加減にしとけ! だいたい変なのはお前だ!」
 またも首を百八十度逆にしながら呟く鐶に、斗貴子はツッコミがてら痛烈な一撃を見舞った。
「しまった思わず。クソ。章印を貫けば良かった」
 廊下側の壁に叩きつけられた鐶は、瓦礫ごと教室の外へ輸出された。

(本当は……ホムンクルスになった時……ニワトリさんに私の自我を食べられていた方が…
…楽、でした。でも、今は……まだ頼って貰えてる今だけは……戦わないと。……あれ?)

 壁を突き破りながら廊下に出た鐶は、凄まじい破壊痕に首を傾げた。
「……いつの間にこんな所に? あ、フクロウさんで首を回転しないと。……ほうほう」
「つくづく化物だな貴様。しかも章印狙い以外は効果が薄い。痛みを感じた様子もない」
「痛みなら……感じてます。……化物でもありません」
「ウソも大概にしろ。まあいい。貴様がトチ狂っている間に生徒達は避難させた。これ以上、生
徒から年齢を吸収できないぞ!」
「……避難? どうやって」
「御前様だけを放送室に先行させたの、で、御前さまの頭についてるアンテナってマイクにも
なるから、そこ経由で私の声を全校生徒へ伝えておいたわ」
 桜花の横で不服そうに顔を背けた剛太が不満げにボソボソと呟いた。
「この学校どうなってんだ。元・信奉者が現役時代から生徒会長で、しかも信用されてるとか」
「普段の努力の賜物よ。優等生演じるのは大変だけど、いろいろ便利だから」
 鐶の背後数メートルの位置に桜花と剛太が現れた。
「そしてわざわざ校内にお前を入れたのは、飛翔を防ぐためだ。私たちの奇襲を防ぐつもりだっ
たのだろうが、室内戦となればお前も条件は同じ。……勝負だ」
「なるほど。ちなみに……私は頭部を鳥にした時だけちょっとおかしくなります。これも副作用……」
(ちょっとじゃないだろアレは!)
(何が「ちなみに」なんだ?)
 一同はツッコミたい衝動を抑えながら攻撃を開始した。
 
(……「不審者が乱入したから避難して下さい」? 確かあの声は)
 誰もいない教室を見繕って手持無沙汰に過ごしていたヴィクトリアは思わず立ち上がった。
(あの声は早坂桜花。というコトはどうやら普通の人間相手じゃなさそうね)
 窓際に寄って見下ろした校庭には、無数の胎児が蠢いている。
(ま、錬金の戦士に手を貸す義理なんて私にはないし、せいぜい頑張るコトね。辛い時に誰
からも手を差し伸べられないのは苦しいでしょうけど、それもせいぜい数時間。百年味わうの
に比べたらまだまだアナタたちは幸せよ)
 悪魔的微笑をたっぷり浮かべて不幸な戦士を嘲りつつ、携帯電話を取り出し千里にメール
を送った。文面は簡潔。生徒会長の言葉通りすぐ避難する。外で待ってて。それだけだ。
(私はこのコさえ守れればそれでいいもの。誰が好き好んで錬金戦団に加担なんか)
 パチリと閉じる携帯電話の小気味よさとは裏腹に、薄く細めた眼にはひどい不快が浮かんで
いる。そんな自分にもやもやとした胸のつかえを覚えながらも、ヴィクトリアは避難すべく歩き
出した。
(そうよ。パパやママや私をあんな目に合わせた戦団なんかに協力なんてしたくないわ。だい
たい、アイツだっていってたじゃない)

──「元々これは俺達戦士の戦い──…君が手出しする必要はない」
──「寄宿舎に帰るんだ。皆、君の帰りを待っている。俺も帰還を望んでいる。だから戻れ」

(そう、アイツだって──…)
 階下から轟音が響き、校舎が軽く揺れた。
「…………」
 ヴィクトリアはしばらく黙った。黙る間にも様々な破壊音が耳に鳴り響き、縛った髪がさざな
みのように揺れ動いた。
 しばらくするとヴィクトリアは、皮肉混じりの笑みで瞑目した。
「全く、アナタは本当にいつもいつも嫌なコトばかり炙り出してくれるわね。だから嫌い。錬金
の戦士の中でも信奉者の中でも特別に嫌い」
 負けたとはいえ、きちんと戦いを選び何人かの敵を倒したであろう秋水だ。
 それに比べてどうか。
(百年ずっと恨むばかりで何もしなかった『誰かさん』は。……みっともないわね)
 その誰かさんは秋水が戦っている間、陽の光をたっぷり浴びて「日常」とやらを甘受していた。
 今も怨嗟に浸りかけ、直面する事態を無視しようとしていた。
「コレじゃただ地下から出ただけで、昔と同じじゃない。本当、嫌なコトに気づかせてくれるわ」
 炙り出された軽い嫌気が、尖った瞳をすうっと細めた。
「……そうね。戦士は気に入らないけど、ホムンクルスを放置してあのコ(千里)を危険に晒す
のはもっと気に入らないし、第一、私がつまらない疑いをかけられて苦しむ羽目になったのも
きっといま暴れてる化物のせい。なら戦士を利用して意趣返しをしてやるべきじゃない」
 あくまで協力ではなく利用。ヴィクトリアは冷たい目を極北の夜明けのように光らせた。
「それに、河井沙織とかいうコの件じゃ随分つまらないコトも口走ったし」

──「そのね、沙織がいなくなってしまったから探して欲しいんだけど……頼んでもいいかな?」
──「か、代わりに一つだけなんでもするから」

「色々不愉快だけど、鬱陶しい利子を戦団につけられる前に」
 もう一度携帯電話を取り出すと、千里にメールを打った。

『ゴメン。ちょっと色々な人に借りてた物があるから、逃げる前に返してくるね』

「だあもう! 生徒は全部避難したんじゃねえのかよ!」
 剛太は狼狽した。
 廊下の彼方に飛んだ鐶を追撃していたら、ちょうど丁路になった部分から女生徒が走って
きたのだ。折悪しくそこへ鐶が羽根を射出した。女生徒はその射線上に出ていた。
 上記の剛太の叫びは、女生徒が羽根に怯え竦んだその瞬間に発せられたものであり、かつ、
彼が女生徒を体当たりで救うための掛け声でもあった。
「……あ、ありがとうございます」
 一瞬だけ剛太に押し倒される形になった女生徒は、少し頬を赤くしながらおずおずと頭を下
げた。もっともその頃には剛太は立ち上がって背を向けていたので、二人とも相手の顔を碌に
見るコトはなかったが。
「礼なんていいからさっさと避難して! つか何でまだこんな所にいるんだ!」
「あ、あの! 人を探してたんです。金髪を両側で縛った制服姿の童顔の女のコを。名前は……」
「ハイハイ。見つけたらちゃんというから」
 桜花の手を取ると剛太は取りつくしまもなく廊下の向こうへ駆けた。

「さっきのって、桜花先輩だよね? 廊下の向こうには津村先輩もいたし。どういうコトなの?」
 女生徒─千里は、背後から響く轟音に時おりビクっと震えながら出口に向かい始めた。
「よく分からないけど津村先輩たちに任せた方がいいわね。私の出る幕じゃとてもとても」
 世にも情けない顔で溜息をつく千里は、ふと別な話題を想起した。
「あのランニングシャツの男の子……一体誰なんだろう」
 生まれて初めて密着した異性の体の感触を思い出すと、どぎまぎせざるを得ない。
 見た感じ千里より年下に見えた。でも服はぶかぶかで、まるでお兄さんの服を無理して着て
いるような感じだった。そこから見える肩や胸は鍛えてあるらしく、意外に逞しい。
 それを思い出すと心なし上気した顔は、やがて眼鏡をうっすら曇らせるほどに火照りだした。
 なお、この物語よりおよそ四ヶ月近く後、千里は剛太と再会を果たし、少し特別な感情を抱く
コトになるが、この時のわずかな邂逅がどれほどの影響をもたらしたかは定かではない。

 ドアはレールの上でひしゃげて傾き、教室と廊下を隔てる窓も無事な物の方が少ない。
「……本気で攻めているのに…………勝てません」
 気息奄々と佇む戦士たちに鐶はやや戸惑いを浮かべた。

 (以下は本来の年齢 → 現在の年齢)
 斗貴子 18 → 13
 桜花   18 → 12
 剛太   17 → 12

(あと一回……深く斬りつければ確実に胎児にできるのに……。第一)
 斗貴子は無銘に負けた。剛太は貴信に、桜花は小札に。
(私は……昔リーダーたちと敵対した時……無銘くんも貴信さんも小札さんも……圧倒しました。け
れど、単純な実力の差で片付けられない何かが……あります。そもそも……校庭で)
 生徒たちの年齢を吸収して胎児にしたのは、斗貴子を逆上させて倒しやすくするためでもある。
(なのに主導権を握れませんでした。話通りの性格なら……確実に逆上する筈なのに、どうして?)
「『なぜ翻弄できない?』 そんな顔をしているな」
 翼の防御が貫かれ、章印に鋭い切っ先がめり込みかけた。
「それは戦士長が身を呈して糸口を掴ませてくれたからだ! おかげで私達は迷いなく攻められる!」
 咄嗟に鐶はバルキリースカートを掴んで手近な壁へ斗貴子を叩きつける。が。
「これでも津村さんは冷静さを取り戻してるのよ。だから支援する私達も動きやすい」
 腕の動きに合わせて二ダースほどの矢が鐶の全身に突き刺さった。むろん、章印にも。
「先輩舐めんな! 第一ここで負けたらあの出歯亀ニンジャに何いわれるか!」
 だが入れ替わりに剛太の飛び蹴りが逆袈裟に顔を断ち割り、章印を破壊した。
(意志の力と連携が、実力以上の実力を? なんだか、ベタ……です。年齢もつでしょうか)
 即座に回復した鐶は短剣を握る拳に力を込めた。
(……年齢の残量は……柄の部分に浮かんだデジタル数字で……分かります。数字が微妙
な凹凸を描くので…………握ってるだけで把握できます……)
 斗貴子が壁を弾いて舞い戻ってきた。
 そこから放たれる鋭く青い稜線を捌きながら、鐶は生唾をごくりと飲み込んだ。
(年齢の残量は……残り186年……!? うち62年は小札さん達から回収した分で、32年
は調整体さんから貰った分だから……さっき生徒さんたちから補充した年齢はもう……100
年未満……? そんな……。十代半ばの生徒さんをあれだけ斬りつけたのに……残りはたっ
たの5〜7人分ぐらいしか……!?)
 鐶の肩とみぞおちに矢が刺さり、腹部に戦輪がめり込んだ。
 その隙に斗貴子は叫びを上げながら、何度目かの章印貫通をした。
(これで残り年齢は174年。回復はまだ10回以上……けど、今のままではマズイ、です)
 鐶の周囲にまたカラスが寄ってきた。それは根来の忍法による効果だ。鐶は少し勘案すると
カラスに斬りつけ年齢を吸収し、そっと受け止めたヒナたちを廊下の隅に置いた。
「……踏みつぶさないで下さい。このコたちはただ寄ってきただけ……です」
 ここは室内。他のカラスが寄ってくるまでしばし時間があるだろう。だがその「しばし」の間に
他の者へ化けたとしても、桜花が生徒を避難させた校舎では意味がない。
(考えさえすれば……変身能力にもまだ使い道があるかも知れませんが……それは『今まで』
と変わらない戦法……ココからはもう一段階上の力こそ……必要)

 まず最初に異変を感じたのは桜花である。
 後方支援ゆえ遠巻きに戦いを見ていた桜花は、鐶が脇腹に手を当てるのを見た。
 最初は痛みをかばっているのだろうと気にも留めなかったが、どうも様子が違う。
「引いて二人とも! もしかしたら新しい攻撃が来るかも!」
 叫びと同時に無数の剣が斗貴子たちに降り注いだ。正確にいえば一メートルはあろうかという鋭い羽根。
剣の束を投げ捨てればこうなるのではないかと思えるほど、床をざんざんと貫いた。
 咄嗟の回避に尻もちをついた剛太の足の間にも、銀と輝く羽根が唖然と厳然と突き立っている。
(さ、さっきまでいた場所に、何で突然こんなモノが。アイツがいわなきゃやられてたぞ……!)
「私が……唯一名前をつけた必殺技。カウンターシェイド。……早坂秋水さんを倒した技です」
 呟く鐶であるが、ただ短剣を体の前で振っているだけである。
「ただの素振りじゃねェか。それにどんな効果が」
「ボサっとするな剛太!! 死にたいのか!」
 叫びとともに斗貴子は剛太の首が掴んで後方へ引いた。
(すげェ。63キロある俺を片手で。さすが先輩。見た目にそぐわず力があるのがステキ)
 剛太がホヤホヤと顔を緩める間にも、銀の刃は襲い来る。しかし斗貴子は理不尽に勃発す
る地雷原の爆風のようなそれらを出現直前に察知し、間隙をすいすいとすり抜けていく。
 剛太ならずとも「さすが」といわざるを得ない回避能力である。
 鐶が短剣を振るうたび、先ほどの一メートル超の羽根がざくざくと空間に現れ出でる。
 ただ降るのではない。真横に切っ先を向ける物もあれば斜め右下から斜め左上を衝くのも
ある。その逆も然り。大きさこそ均等だが向きはバラバラだ。しかも羽根は密集する。不揃い
な指向性の元に。剛太と斗貴子を追って現れる羽根の塊は、歪な花か花火のようである。
 落ちた羽根がちょうど行く手にあった消火器を竹か大根のように斬り落とした。
 真赤に尖る容器から垂れる白い消火溶剤を見た瞬間、剛太は斗貴子をほどいて着地した。
(俺なんか連れてちゃ先輩がやられる! どこまでも運んでほしかったけど!)
 だが羽根はまだまだ咲き乱れ、斗貴子と剛太はたたらを踏むように避けるので精一杯である。
(おそらくコレも年齢操作! まだ短い羽根かその元になる羽芽を毟り)
 鐶がそれを投げた軌道上で剣を振るっているのを斗貴子は見た。
(あれは目標へ斬り飛ばすのもあるが、年齢を与えて羽根を巨大化させるのも兼ねている!)
(だから遠距離攻撃は無理そうね。遠くに届く前に羽根が成長しちゃうから。でも、近づけない)
 桜花は時おり数メートル先で開花する羽根の群れを矢で迎撃しながら切歯した。
(タネはもう……見抜かれているでしょう。しかしコレは囮に……すぎません)
 鐶は身を捩るとポシェットのフタを開けた。
「できれば……コレは…………コレだけは……最後の一人に使いたかった……です」
「なんだなんだなんだ!? アイツのポシェットに入ってるのは」
「私の……基盤(ベース)は……あくまでニワトリ。ニワトリ型のホムンクルスです」
 白いポシェットに黒く長い物体がだらりと垂れた。
「そしてニワトリは……鳳凰に進化できます」
「何をいってるんだアイツ。生物学的にありえねェだろそれ!」
 剛太の叫びの中で、御前は気付いた。
「ポシェットに入ってるのってまさかソーセージ? にしちゃちょっと黒すぎるような」
「……これこそが『切り札』…………進化の鍵……です」
 李隆編「まじない」にいう。
「黒魚(オオサンショウウオ)の腸に硫黄の粉末を詰め、秋なら鉄器に密封するコト五日間、冬
なら鉄器に密封するコト七日間。そうしてできた物体を、二〜三日絶食させたニワトリに与え
れば、鳳凰に進化する……そう、です。だから私は絶食……してました」

──「ビ、……ビーフジャーキー、食べます? 私は……絶食中なので無理、ですが…………」

──「沙織(※ 鐶変身中の方)のコトだけど、最近体調悪そうだったから心配で」
──「あ、そういえば昨日の夜は食欲なかったというか何も食べてなかったよね……アレ? 朝か
──らだったかな? うーん。おとといもご飯やお菓子食べてなかったような気も。どうだろ?」

「……一気に説明したので……息、切れました。そして……」
 鐶が腰を捻ると同時に、30センチメートル間隔で規則正しく捻られた長大なソーセージが宙
を舞い飛んだ。その間にも鐶の手は動き、飛びかかりかけた斗貴子や剛太を銀羽で制止した。
「鳳凰に進化すれば……今よりも遥かに……強くなります」
 やがて黒魚の腸を器用に口でキャッチした鐶は、それを体内へと勢いよく吸い込んだ。
(……私は負けるワケにはいきません。それが無銘くんに認めて貰えるただ一つの手段だから)
「…………『振り向くな。涙を見せるな』…………です」
 金色の火柱が鐶の体を覆い尽くした。


前へ 次へ
第070〜079話へ
インデックスへ