インデックスへ
第070〜079話へ
前へ 次へ

第077話 「滅びを招くその刃 其の拾伍」



「核鉄……奪い返してきます。取られたのは私の責任です……」

 九月三日午後三時ごろ──根来による核鉄奪還後の地下世界。

「フ。お前の一人のせいでもないさ」
 翼を広げまさに飛び立たんとする鐶の背後で総角は薄く笑った。
「俺達の戦いを外敵から隔絶ために避難豪を敷きながら、秋水打倒にわずかながら気を抜き
接近を許した俺にも責はある」
「…………。地下深くに避難豪を展開した段階で……外敵からの隔絶は図られています。た
だ、亜空間を渡って来れる人がいた場合……感知は……難しい、です。そもそも避難豪自体
に侵入者を感知する機能があるかどうかも分かりませんし……位置を特定されるコト自体が
予想外。そもそもリーダーがこの武装錬金を使い始めて……まだ数日、です」
「優しいフォローいたみいる」
 くすくすと胸襟を揺らめかしながら総角は微苦笑した。
「しかしやはり人様の武装錬金を数日で完璧に使いこなそうなどというのは奢りだな。踏ん張っ
てみたが内装と広さを操るのが精いっぱいだ。やはり物事というのは謙虚に観察し敬意を以
て習得に当たらねば、ああいう手痛いしっぺ返しを喰らうようだな。生兵法、まさに怪我の元」
 鐶はかまいたちの当たった手をツルリと撫でた。
「とにかくだ。今から核鉄を持ち逃げしたあの忍者を追撃しなくてはな。ヘルメスドライブで位置
さえ補足すれば後はどうとでもできるしな。さすれば戦士たちの戦力の回復を妨げられる」
 鐶は首を振った。
「やっぱり……核鉄を奪われた直接的な責任は……私にありますから。奪還は私に任せてリー
ダーは『本来の目的』に移って下さい。ここを突き止められた以上、すぐにあの場所へ移動さ
れた方が……安全。忍者さんにかまけてあの寮母さんの……武装錬金に捕捉されたら総て
は水泡に帰します……だから、どうぞ」
 鐶は倒れ伏す秋水を片手で掴み上げ、総角に差し出した。差し出された方はやれやれと肩
をすくめた。自身より一回り大きい青年を無造作に掴み高々と掲げる少女はなかなか恐ろしい。
「お前は軽くいうが、核鉄が戻れば敵は一気に六人になるぞ。その辺りは理解しているんだな?」
「はい」
「……フ。まずはその『はい』に混じった私情から吐き出してみろ。納得がいけばお前に任す」
「…………私は……ブレミュの中では一番新参……加入して一年ほど……です。なのに副長
を……務めているのは、この体に宿る特異体質と武装錬金の特性が……たまたま他の人た
ちより強かっただけ……です。そんな私が……無銘くんたちが必死に傷を負わせた人(秋水)
を不意打ちだけであっけなく倒したのは」
「いいとこ取りのようで納得できない。という訳だな。まぁ、分からんでもないが」
「……はい。そしてその後の私の失敗のフォローをリーダーにさせたくもありません。私の不始
末は私自身が……処理します」
「成程。無銘たちと同じように能力を尽くして戦い抜き、同じように傷を負いたいという訳だな」
「はい」
 虚ろな瞳に精一杯力強い光を灯して頷く鐶をしばし眺めると、総角は瞑目した。
「……フ。いいだろう。特異体質を仕込んだのはお前の姉だが、それを変幻自在の域まで高め
たのはこの俺だ。調査と試しと修練の末、上手くいくかは不安だったが何とか功を奏し、この一
年でお前は格段に強くなった」
 秋水を肩に抱えた総角が手を振り下ろすと、光る長方形が床に伸びた。部屋の隅から隅を
繋ぐその線分はどうやら上から降っているらしい。見上げた鐶は天井が徐々に開いていくの
を見た。
「戦士六人。いずれも決して弱くない連中だが、お前なら十分に渡り合える。という訳で……
今回の伝達事項その五。残る戦士六名をただちに無力化し、最後の割符を奪還せよ」
「……感謝します」
 小学校のプールが入るほど広がった穴から地上へ向けて、鐶は飛び立った。

「そしてそれから何時間経ったか……フ。予想通りとはいえ鐶が銀成市の時間を進めたから
考えるに余りある。しかしアイツは気にしていたが、別に不意打ちで秋水倒そうと核鉄奪い返
すフォローを俺がしようと、他の連中は気にしないと思うんだがなぁ。アイツらは単純だからこう
感心するさ。『鐶らしい』……とな。全く、素直に見えて少々悲観的で思いつめやすいのがアイ
ツの欠点。しかしそれをいおうが納得しないだろうし、俺としてもアイツに戦って貰った方が何
かとやりやすいのもまた事実。まぁ、仮に負けても大局に影響はない──…」
 一人ごちる総角をよそに秋水はまだ目覚めない。

 九月四日正午ごろ──鐶変身後の銀成学園。

「っの!!!」
 オウギワシの巨大な爪をかろうじて処刑鎌で捌く斗貴子だがそのわずかな硬直を狙ってカン
ムリクマタカの爪が袈裟掛けに振り下ろされた。しかし左翼に展開したバルキリースカートは
これを迎撃。頭上を覆う三つの爪を垂直に斬り飛ばした。その頃すでにオウギワシの爪もくる
くると巻ききられ何本か地上に落着。まさに高速機動。星座に違わぬ獅子奮迅の戦いを一人
繰り広げている斗貴子である。
 しかしややダブついたセーラー服はあちこちが裂かれ、白い生地にはぞっとするほど鮮やか
な赤い滲みが点在している。
 対する鐶。こちらはいよいよ異形めいた姿である。
 オウギとカンムリの猛禽二種の脚は鐶の脇腹の辺りから不揃いに生えていた。双方形状は
微妙に違うが根本から爪の先まで鐶の倍ほどと長さは同じ。人間の足とは逆に曲ったジグザ
グの伸び様はクレーン車のアームに似た武骨さだ。
 果たしてそれらの脚は鐶を起点に90度ほど後方に移動すると、大地を揺るがすほどの音立
てて床にめり込んだ。位置でいえば鐶の左右斜め後方。50センチメートルと離れておらず、特
徴的な尾羽とは目と鼻の先で床にヒビ入れ沈んでいる。
 真っ当な戦士なら関門の突破を確信しいざ本陣と踏みこむところであるが、斗貴子は咄嗟に
飛びのき、そう広くない廊下の中央で瞳も鋭く凝々と鐶を睨み据えた。
(来る!)
 短剣を横ぐわえにした鐶は無造作に組んだ両手を斗貴子に突き出した。すると両の拳は癒
着したままペリカンの顔へと変じ、間髪入れずにその特徴的な嘴を開けた。
「ぶぁぁあああっ!」
 その中の闇に灯った一滴の光は瞬く間に大口径の奔流と化した。
 光線射出の音と反動の軋みと猛禽二種の腕が姿勢制御のために床を削る泣き声が入り混じっ
た。それらの衝撃に耐えるべく鐶が噛み据えた短剣の柄からしばらく歯型が消えなかった。
「ペリカンだけに……日通のペリカンビーム。元は生体エネルギー……です」
(ペリカン便だ! いちいち下らないコトをいうな化物!)
 短剣をくわえたまま器用に喋る鐶をよそに、斗貴子は飛んだ。
 残影は淡雪のごとく光にかき消され、天井にざくりと処刑鎌を刺した斗貴子が横目を這わす
と50メートルほど先の突き当たりが貫かれるのも見えた。
(ようやく校舎の隅まで来たようだな。突き当たりにあるのは倉庫。中の物は無事だろうか……?)
 沈黙のまま斗貴子はすぐ鐶に向って跳躍した。。
 片や見慣れた処刑鎌で短剣を流麗に捌きつつ章印を狙い、片や前面に回した尾羽をハサ
ミオヨタカのそれよろしくバツリと交差。一拍置いて断裂を広げたセーラー服の腹部から錆び
た匂いのする液体が床へと降り注ぐ。章印を貫き後退させねば胴斬りだっただろう。
 着地した両者は遥かな背中合わせで一呼吸ついた。
「……先ほどから短剣だけは回避し、胎児になるのを避けているようですが…………ダメージ
からみる限り……そう長くは……。でも」
 振り返った斗貴子は処刑鎌に首をもたげさせたまま寂然と佇んだ。
 いつしか鐶は視界から消えている。にもかかわらず斗貴子はそれが当然という表情でヒビの
入った処刑鎌をしばし見つめ──…鎌の一つを背後へ旋回させた。
 一見何もない空間だったそこで、何故か黒ずんだ羽根が何枚も弾かれ、そして消えた。
「……例の煩雑な光学迷彩で姿を消し、ズグロモリモズとやらの毒羽根で私を狙ったのだろう
がそれも無駄だ。仕掛けさえ分かれば私のバルキリースカートに映ったわずかな色調の歪み
や、気配を頼りに所在を暴くコトなど容易い」
 処刑鎌が何もない空間に突き刺さった。
「そろそろ毒羽根は打ち止めか、良くても残り僅か。戦士・千歳いわくその毒は生物濃縮由来。
大量に作れる物ではない。でなければ最初から使っているだろう。そして……今ので確信した」
 章印を貫かれた鐶が現れ、斗貴子は彼女をそのまま前方へ向かって振り抜いた。
「鳳凰に進化したといいつつ頼るのは他の鳥の能力ばかり。先ほどの飛行速度や全身本当
の意味で自由自在に変形させられる能力自体は確かに切り札といえなくもないが……鳳凰
そのものの能力がそんな物とはまったく聞いたコトがない」
 ますます校舎の端に近づいているらしい。先ほど突きあたりにぼっかり空いた灰色の穴を近
景に鐶はしゃなりと着地した。自動回復をしながら鎌を引き抜いたのはいうまでもない。
「にも関わらずお前が鳳凰への進化を切り札にした理由。それは恐らく……『自己暗示』!」
 広がりかかった五色の翼の少し止まったのはいかなる感情のせいか。
「私の知る戦士も先ほどのお前と似たようなコトをしていた。武装錬金の高速自動修復に必要
なエネルギーをホムンクルスを喰うコトによって賄う──…奴にとってそれは栄養の摂取とい
うより自らの闘争本能を高め、エネルギーを得るための儀式(セレモニー)にすぎなかったが」
 戦部厳至という戦士がいる。
 彼は「食べた者の命や強さを取り込む」という古代の戦士の信仰を固く信じ、本来人を喰う
ホムンクルスという強者を喰らうコトによって闘争本能を昂ぶらせ、高速自動修復に要する莫
大なエネルギーをまさしく字面の通りに”賄って”いた。
「お前もそれと同じだ。更なる強さを得るため『ニワトリが鳳凰に進化できる』という伝承を信じ、
加工した黒魚(オオサンショウウオ)の腸を取り込んだ。そうして鳳凰になったと暗示をかけ、
限界以上の出力を引き出し、通常なら不可能な変形を可能にしている!」
 水を打ったような廊下に斗貴子の声だけが響く。
「そもそも鳳凰のような空想上の生物に変形できる道理はない。その姿も見せかけ。鳥の中で
最も鳳凰に近い物に化けたのか、それとも複数の意匠を混ぜて鳳凰に見せかけているのか。
いずれにせよ姿も自己暗示の一つなのは間違いない。更に」

──「できれば……コレは…………コレだけは……最後の一人に使いたかった……です」

「お前が今の姿になるのをためらった理由や、最初から鳳凰の能力で私たちに挑まなかった
理由を考えると、弱点は自ずと見えてくる」
 言葉を遮るようにハチクマとツバメの嘴が鐶の胴体から出現し、斗貴子に襲いかかった。
 それを避けつつ章印を狙おうとした斗貴子だが、額のあたりで扇状に広がった羽(クルマサ
カオウムの物)がにわかに射出されるやいなや全身へモロに浴び、二つの嘴も腹部に突き刺
さった。しかし斗貴子は呻きを噛み殺すように頬を震わせ次の言葉を続けた。
「一つは稼働時間の短さだ。自己暗示で無理に能力を引き出している以上、そう長くは持たな
いに決まっている。違うか? 剛太と桜花を速攻で吹き飛ばしたのも、私たちの連携に手間
取り、変身が解けるのを恐れたため。そしてもう一つの弱点は!!」
 肘から生えたレンカクの鋭い爪が斗貴子の脇腹を貫通した。のみならず爪はベニフウチョウ
の長い尾と化し。傷口を起点に細い脇腹を締め上げた。
 そして迫るはクロムクレイドルトゥグレイヴ……。
「もう一つの弱点は、変身解除後に訪れる何らかのリスク!」
 白い装甲に覆われた鐶の脛を四本の処刑鎌で激しく打ちすえ、斗貴子は飛びのいた。つい
でに斬り裂いた長い尾は、結び目が衝撃でほころび地面に落ちた。
「特異体質とやらで速く老いていく以上、鳳凰への変身にも相応のリスクがあるだろう。ここま
で出し惜しんだのも、切り札を使った上で私たちを倒し損ねる事態を恐れたためだ。変身が終
わった後に戦士が一人でも残っていれば負けかねない。そういうリスクをお前のいう進化は必
ず孕んでいる。……違うか!?」
 斗貴子はベニフウチョウの尾を踏み砕き、獅子のように叫んだ。
「だから実力差があろうと直撃と短剣さえ避けていけばいい! そうして章印を狙っていけば、
変身のリスクによる弱体化か、年齢切れによって必ず勝てる!」
「否定はしません。……けど」
 鳳凰の姿に戻った鐶は正面切って左肘を曲げた。あたかもガッツポーズのように。
「そうなる前にあなたを倒し、残る二人も時間内に倒し、……割符と核鉄を奪取すれば私の任
務は果たされます。でも誰が割符を持っているかは分からないのですが……残る二人も倒せ
ばそれで……いいのです」
(……割符を持っているのは私だ。だが割符はあってもなくても同じコト。私が倒されれば残る
二人も末路は同じ。……せめて彼らが戻ってくれば話は違うが……難しいな)
 唇を噛む暇もあらばこそ。鐶の肘は中心から分割し、正面側へとカバーのように倒れた。
人間ならば本来骨や筋肉があるべき部分は、代わりに黒いアームが詰めていた。そしてそれ
は駆動音を立てながら伸びた。折りたたみハシゴのように一定の長さごとに丸い関節がつい
ており、それで曲がって鐶の腕に収まっていたようだ。
「……適応放散、行きます」
 伸びたアームの先には小鳥らしき頭がついていた。しかもそれは増えた。一気に十四セット
にまで増殖し、五メートルほどの距離をけたたましく飛び抜け斗貴子を襲った。
「舐めるな! 今さらこんな小粒な鳥で!」
 あたかも伝説上のヤマタノオロチのごとき群塊であるが、悲しいコトにいずれも成人男性の
握りこぶしほどの大きさしかなく、いずれの鳥も猛禽類のような獰猛さがまるでない。
 実はこれらをフィンチといい、ホオジロ科の鳥である。現在では合計14種類が確認されてい
る。特にこのうち13種類のフィンチに関しては特に「ダーウィンフィンチ」と呼ばれ、ダーウィン
の進化論に影響を与えたコトで知られている。(残り1種はココスフィンチといい、ガラパゴス諸
島より北東約1000キロメートルのココス島に生息している)
「元を正せば同じ鳥……。けれどガラパゴス諸島の様々な食糧事情に適応していくうち、同じ
種類でありながら……異なる形へと進化していきました。それが……適応放散」
 斗貴子の周囲を飛び交う鳥のクチバシは微妙ながら違っていた。丸く尖っている物、鋭く尖っ
ているもの、細いのもあれば大きいのものあり、いかにも頑丈そうに丸くそびえているのもある。
 その中で比較的おとなしそうな小さいクチバシの鳥は斗貴子の首筋に傷をつけるやいなや
血を吸い始めた。これはハシボソガラパゴスフィンチである。吸血フィンチともいい、本来はカ
ツオドリの尾羽の付け根を傷つけて血を吸うのである。
 それを処刑鎌で叩き落とした斗貴子だが、鳥の群れは次から次へと襲い来る。打っても打っ
てもゴムのように伸びるばかりである。だから襲撃がやまない。しかも鐶に向おうとすればよ
り執拗に打撃を繰り出してくるからまるで埒が明かない。
(埒が開かない?)
 斗貴子は首を傾げた。弱点を指摘された後にしては鐶の攻撃は緩慢すぎる。もっと大きな
技を放ってくると思いきや、フィンチという数以外さほど取り柄のない鳥を差し向けている。
(時間をおけば剛太たちが合流するかも知れないのに……これはおかしい。真意は──…)
 彼女の周囲に浮遊したフィンチ十四種類の口が火を噴いたのはその瞬間である。
 火炎を吐く、などという生易しいものではない。がっくりと開いた嘴の奥から覗いた黒光りの
筒が銃火を噴いた。ミサイルポッドを吐くのもいた。ミサイルそれ自体を射出するのもいた。かぁっ
と疑似荷電粒子砲を吐いたのはマングローブフィンチという黄色い個体である。基本的に黒い
フィンチだが例外的に黄色いのも三種類いる。この時生体エネルギーを光り輝く刃と留め振り
下ろしたムシクイフィンチもその一つだ。
(ここまで来てやられるワケにはいかない!あと少し、あと少しなのに……!)
 身をかがめフィンチの包囲網をかいくぐった斗貴子の足元へ、三つに分裂したミサイルが着
弾して破裂した。爆風そのものと弾け飛んだ破片が靴下に刺さり、斗貴子はよろけた。そんな
彼女の頭上にヘキサゴンパネルを刻み込んだ三角柱が飛んだ。むろん小ぶりな鳥の頭から
射出されたため、500ミリリットルのペットボトルほどしかない。だが側面のヘキサゴンパネル
は上から順に硝煙あげつつミサイルとなって飛び立った。チョーク大した無数のそれらは斗貴
子の周囲で爆散し、無数の花火を廊下に煌かせた。そこから飛び出たいま一つの三角柱はち
ょうどYの字に展開し、裏側についたマイクロミサイルをダメ押しとばかりに花火へ撃ち込んだ。
 その最中にフィンチの口から覗いた銃口は三種類あった。内一つはひどく細く、次第にせきこ
むように電子音を鳴り響かせると細い閃光を撃ち始めた。残る二つはラッパのように先が広がっ
ており、間断なく実弾を吐き散らかしている。
「……もちろん、フィンチさんたちはこんなコトをしません。けど……その、私は……ロボットが好
きなのでこうしてます。無銘くんは好きな忍法を……真似てるから……私もその真似を……。
こういう状態じゃないと……なかなかできないので…………」
 ラジオアンテナのキャップらしき物を嘴にたたえたフィンチがなぜかそれをズルズルと吐きな
がら場所を移動した。やがてその動きの軌跡に沿って流れた黒い線は慌ただしく火線を走ら
せながら爆発した。いわゆる爆導索のようだ。
 もはや破壊が破壊に入り混じる混沌へと疑似荷電粒子砲が撃ち込まれ、わっと硝煙を散ら
したがそれも束の間。再び三角柱が撃ち込まれ無数の花火の煙に巻かれた。時折その中で
ブン、ブンと蜂がはためくような音がするのは、フィンチの口から生えた光刃が斗貴子を探して
手当たり次第に暴れているせいである。その数は二本あり、時々瓦礫が無残に飛び散る音
が響いた。
 そしてまたミサイルが三つに分かれて着弾。
 もはや鳥やホムンクルスの常識を逸脱した異常な様子である。鐶の自己暗示の極まるとこ
ろついに彼女の特異体質は様々の限界制約の類を乗り越え、自らの肉体を重火器に変ずる
ところまで及んだのだ。これも平素より変形に慣れ親しみ時には別人にさえ成り変る鐶なれば
こそ勃発した独特の異常現象であろう。
 やがて煙幕の向こうに微かな影が映ると、二種のフィンチが大口開けて噛みついた。
「流石に精密動作は不可能で、煙幕でまだ確認もできませんが……これだけやれば恐らく私の──…」
「ああ勝ちだよ! ただしてめェは先輩には勝ってねェ!! この俺が勝たしちゃいねェ!」
「な……」
 鐶は目を丸くした。
 薄まった煙幕からはっきりと見えたのは斗貴子とは似ても似つかぬ少年である。
「良かった。どうやら間に合ったようですね先輩」
「剛太」
 抱きすくめられるような姿勢で斗貴子は剛太を見上げた。
 彼があらゆる攻撃を浴びたのは想像に難くない。全身真赤に濡れている。ランニングシャツ
から覗く肩は被弾し腹部を裂かれズボンには無数の破片が刺さり、左頬も光線が掠ったらし
く火傷と創傷を負っている。もはや無傷の部分を探す方が難しい。
「私を……かばってくれたのか。すまない。礼をいう」
「いいですよお礼なんて。だっていったでしょ」
 彼は傷の痛みなどないように人懐っこい笑みを浮かべ、親指さえ立てた。
「先輩はしっかり守るって」
 言葉と同時に剛太の体が跳ねた。
「キツツキフィンチは道具を……使えます。仕留められなかった時の……保険でした」
 一瞬目を見開いた彼はすぐに攻撃の正体に気づいたらしく、フっと瞑目した。
「気にしないで下さい。俺、結構満足してますから。どの道、今の攻撃で戦闘不能でしたし」
 剛太が縮み倒れていく過程で、斗貴子は見た。
 頭を垂れて倒れゆく剛太の背中から血がぶわりとたなびくのを。
 恐らく光の刃に斬られていたのだろう。出血量から見る限りけして軽い傷でもない。
 そんな血の薄膜の向こうには、短剣を突き出すようにくわえた黄色い鳥が浮いている。
 斗貴子は激高の赴くままその鳥を一打した。薄膜から赤いしぶきが飛んだ。
(どうして年齢吸収のために背中を斬りつけた! 剛太はそこに深手を負っているんだぞ!!)
 同時に鐶は章印にモーターギアを浴びて仰け反った。更に自動回復をしたところへいま一つ
の戦輪が追撃。更に年齢を削り取った。回復のためかそれとも斗貴子の一打のせいか、鐶の
腕が俄かに縮み短剣ごと彼女の体へ戻った。
「俺から吸収した年齢ぐらいは削っときます」
 胎児と化しつつそう言い残した剛太を、斗貴子は胸にそっと抱きしめた。
「そして回復の時間稼ぎも」
 肩へ突き刺さった鋭い感覚は斗貴子を振りかえらせるに十分だった。
 視線の先には淡いピンクの蛍光に包まれる桜花がいた。しかもちょうど彼女の脇腹や腹部
から制服越しに血が噴出し、黒いストッキングに包まれた脛にもじわじわと赤い模様が浮きあ
がりつつあった。いずれも斗貴子の負った傷とほぼ同じ部位である。
「鏑矢……? ちょっと待て!」
 斗貴子は慌てて剛太を床へ横たえ、肩に刺さったハート型の鏑矢を引き抜いた。
「まったく。皆どうしていつも途中でそうするのかしらね。」
 微苦笑はもはや死美人のように半透明である。
「自分の状態をよく考えろ! いま私の怪我を全部引き受けたら確実に死ぬぞ!」
「想像通りの反応ね。やっぱり津村さん意外に優しい」
「そそ。絶対に途中で矢を抜いてくれるから死にゃしないって信じてたぜ。さて、オレ様も気合
い入れなきゃな!」
 斗貴子の頭上を飛び越えた御前が、回復したての鐶の章印を射ぬいた。
「で、どう? 怪我の具合は?」
「……完治ではないが動けるぐらいには治っている」
「そう。あ、お礼をいうなら剛太クンにいってあげなさい。彼、あなたのために私を無理やり連れ
てきたんだから。本当に一生懸命、『斗貴子先輩のために』って。彼がいなかったら私はここ
にいなかったし、ただ強引に引っ張って来られただけなら傷を引き受けたりしなかったわよ」
 弓を下げた桜花が一瞬くらりと身を揺るがせたが、すぐ粛然と踏みとどまった。
「穴から降りてきて何とかここに辿りついた時もそう。あなたをただ守りたい一心で、何も迷わ
ずあんな攻撃に飛び込んだんだから。……本当、無茶しすぎね」
「そうか……。キミも頑張ったんだな。ありがとう。おかげで勝機が見えてきた」
 戦場に似つかわしくない優しい眼差しの中で、剛太にそっと服が掛けられた。
「好かれる訳ね」
 ぽつりとした呟きに斗貴子が桜花を見ると、何事もなかったような笑顔が咲いていた。
「私のコトなら気にしないで。ほとんどは秋水クンのためだもの。ここで負けたら顔合わせられ
ないし。ずっと辛い思いをさせちゃったから、たまには……私も痛い目見なきゃ」
 御前の胸に鐶の羽根が刺さったのと時を同じくして、桜花は気死したごとく頭をふらつかせた。
「ひょっとしたら……前にいったかも知れないけど。秋水クンだけを…………恨まないであげ
てね。ああなっちゃたのは……私にも責……任あるから」
 消え入りそうな言葉を紡ぎながら桜花は傾斜していく。
「考えなしに傷を引き受けるからだ! しっかりしろ!」
 呼びつつ駆け寄ろうとした斗貴子に御前の叱責が刺さった。
「だぁ! 何してんだよツムリン! 後ろからアイツが行くから気をつけろ! あと……!」
 その言葉を最後に御前が爪で斬り裂かれ、ジジっと電子音を立て──…
「絶対勝てよ! みんなみんなツムリンに賭けたんだ!」
 最後まで憎まれ口を叩きながら消滅し、桜花も床へと倒れ伏した。
 だが鐶は止まらない。御前を斬った爪を斗貴子の背後に浴びせた。しかし間一髪御前の叱
責で我に返った彼女は避けた。されど事態は連綿と続く。
 ものいわぬ桜花の傍から鐶は素早く核鉄を拾い上げ、既に掌中にあった剛太の核鉄ともど
もポシェットにしまった。
「二人の核鉄まで!」
 激高の様相で躍りかかった斗貴子は爪としばらく格闘したが、やがて押し負け吹き飛ばさ
れた。そして無残にも廊下をもんどり打ちながら滑り抜け、突き当たりにある部屋へと雪崩れ
込んだ。何かが崩れ何かがぶつかる凄まじい音が廊下全体に鳴り響く。
「これで一対一。そして終わり……です」
「……私はここに転校してまだ日が浅い」
 廊下の奥から斗貴子の声が響いた。
「それでもまひろちゃん達がいろいろ案内してくれたから、施設の所在は一通り知っている」
 焼け焦げたドアが溶けた床に倒れるその部屋はひどく暗い。
「だから知っている。ここは倉庫だ。不要になった物や普段使わない物をしまっている」
 鐶はわずかだが足を止めた。斗貴子の様子からただならぬ気配を感じたのだ。
「私はただここまで追い詰められたワケじゃない。逆だ。お前を弾き飛ばしながらここを目指し
ていた! もっとも辿りつけたのは……剛太たちのおかげだ。私一人では来れなかった!」
(まさか……最後に弾き飛ばされたのは……わざと……?)
「そして!」
 弾丸のような速度で倉庫から飛び出した斗貴子を、鐶はただただ愕然と見つめる他なかった。
「ダブル武装錬金!!」
 彼女のしっかと握りしめられた核鉄が瞬く間に展開し、新たなる四本の処刑鎌が鎌首をもた
げる様を、鐶は狼狽と混乱の中でただ見つめるしかなかった。
「そんな……! あ、ありえないです……! どうしてそんな場所に核鉄が…………!?」
「ドレスの言い伝えを知らないようだな。仮にも演劇部員の一人に化けていたのに」
「え?」
「銀成学園演劇部に古くから伝わるドレスのコトだ。これには言い伝えがある。年に一度、文
化祭での演劇発表の場で奇跡を起こすと。もっともコレはまひろちゃんからの又聞きだが」

──「でね、演劇部に昔から伝わるドレスはスゴいんだよ。何年かに一度、学園祭で発表する劇で
──突然”ぴかーっ!”って光って短剣とか斧とか、えぇとなんだっけ……その、忘れちゃったけど、
──とにかくカッコいい武器が出てくるんだって」

「まさか、その奇跡というのは…………核鉄のせい……?」
「ああ。胸の部分に縫い付けてあった。そして年に一度しか使わないドレスは普段倉庫にある!」
 風のように向かい来る処刑鎌に対し、鐶は右腕から黒いアームを展開した。
「……適応放散」
「行くぞ! 最後の勝負だ!」
 再び解放された適応放散のフィンチ14種類と8本の処刑鎌が獣のように向かい合った。


前へ 次へ
第070〜079話へ
インデックスへ