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第081話 「総ての至強を制するモノ 其の弐」



「おかしい。どうして爆発した筈の道路が直っている?」
 銀成市に残存する戦士のうち動ける者は秋水と総角のいるアジトへ急行中。
 案内人の鐶を小脇に抱えた防人に斗貴子と千歳が並走し、根来は影のように飛んでいる。
 冒頭の呟きが漏れたのは根来以外の一団が住宅街の一角を通り過ぎた時である。
 そこは先ほど鐶が光線を見舞ってガス爆発を誘発した場所なのだが、今はまったくの無傷。
 なにぶんアジトへ急行中の身だから斗貴子は質疑を引っ込めたが、しかし歩みを進めていく
うち先ほどの戦いで破壊された建物や電柱や道路がことごとく修復しているのを見るにつけ、
斗貴子は思わず横目で鐶に詰め寄った。ゆらい彼女は率直だが短気な部分もあるのだ。
「……それは……この街全体に年齢を『与えて』いたから、です」
 途切れ途切れにボソボソと喋るためどうも要領を得ないが、千歳の通訳によるとこうらしい。

a.クロムクレイドルトゥグレイヴで年齢を『与えた』場合

『死』を除くあらゆる状態変化は武装解除ともに『消失』する!
(対象が本来の年齢より未来の時間軸にあるため)

. ┌      本 来 の 年 齢      ┐ ┌ 与えた年齢 ┐
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┿ ━ ━ ━ ━ ━ ┥

 この状態の対象に対する破損・決壊・治癒・成長などの諸々の変化は総て「与えた年齢」の
方へと生じる。そのため武装解除または年齢の吸収によってこの状態から年齢が減少すると
諸々の変化は消滅。(なお、吸収した年齢が与えた分を下回る場合、つまり

「吸収分<与えた分」

の場合は後者に対する前者の比率分だけ効果が薄まる。
 単純にいえば10歳年齢を与えた相手へ10cmほどの切り傷をつけた後に年齢を4歳分吸
収すると、相手の傷は4cm分消滅する)

b.クロムクレイドルトゥグレイヴで年齢を『吸収した』場合

あらゆる状態変化は武装解除後も『継続』する!
(対象が本来の年齢より過去の時間軸にあるため)

. ┌      本 来 の 年 齢      ┐
┣━━━━━━━━┿ ━ ━ ━ ━ ━ ┥
└ 吸収後の年齢 ┘└吸収された年齢┘

 この状態において対象に発生した様々な変化は「吸収後の年齢」へ帰属するため、武装解
除後も継続される。(「吸収後の年齢」は純然として「本来の年齢」の一部!)
 ただし、武装解除に際しては

「状態変化を負った時の年齢 / 本来の年齢」

 の割合分だけ状態変化は軽減されもするのだ。
 20歳の相手から10歳分の年齢を吸収し10cmの切り傷をつけた後に武装解除をすると、
(つまり相手が10歳の時に傷をつけ20歳に戻すと)、傷は5cmに縮む。

(なるほど。街が直っているのは合点が行った。確かに年齢を与えられ、銀成市だけ時間が
進んでいたからな。というコトは学校も直っているだろう)
 先ほどの戦いで鳳凰と化した鐶に散々と攻撃を浴び、ともすれば倒れていても不思議では
ないほど重傷を受けた斗貴子が総角のアジトへ急行できているのも上記の理由だろう。
(私は年齢を吸収されていたから、武装解除とともに傷が少し治ったらしい。だが……)

「私たちは重傷だからココに残るわ。屋上に行ったのも顛末を見届けたかったからだし」
「でも俺達の核鉄は無傷だから先輩に預けます」

 桜花と剛太が聖サンジェルマン病院に残留すると決めたのはつい先ほどである。

「斗貴子先輩も重傷ですけど、どうせ止めたって行くんでしょ? なら回復ぐらいはしといて下さい」
「本当は頼めた義理じゃないけど……秋水クンのコト、お願いね」

 その後病院から防人たちと飛び出して、桜花や剛太の核鉄当てつつひた走る斗貴子である。
(無理をさせているのは百も承知だ。だが戦士・斗貴子がいなければ実質的に戦える者が根
来だけになってしまうのもまた事実。辛いだろうがもうしばらく頼む)
 千歳は非戦闘要員。防人は本来重傷な上に、先ほど鐶からシルバースキン越しとはいえお
ぞましい攻撃の数々を浴びている。加えて鐶の拘束に二重拘束を用いているために今は生身
で街を走っている。表情こそ往年の気丈さに満ちているが顔色はすこぶる悪い。
(戦士長がこんな状態だ。私もどれほど戦えるかは分からないが、首魁さえ倒せば戦いが終
わるというこの時に寝ているワケにはいかない!)
 その横で千歳はいつものように沈静な瞳を静かに光らせていた。
(元を正せば総角主税の拘束は私と戦士・根来の任務)
「…………」
 根来は無言で蝙蝠の如く闇から闇へと跳躍する。彼だけは武装錬金の特性ゆえか比較的
軽傷であり、戦闘に支障がないように思われた。
 だが彼らが目指す敵は無数の武装錬金を扱える者。果たして根来忍法の効力や如何。

「やれやれ」
 スッと着地した総角は周囲を見回すと困ったように眉を潜めた。
 散らばっているのは破壊された右篭手や鉄鞭、割れた盾に折れた矢だ。
「俺の部下を倒してきただけあり」
 百雷銃(ひゃくらいづつ)という赤い筒でできた大蛇を一刀のもとに両断した秋水が猛然と
突っ込んでくるのを認めると、総角は鎖分銅を右手に出現させた。
 総角と秋水の距離はおよそ10メートルほど。
「今さら並の武装錬金は通じないか」
 急行電車の如くりりーっと殺到した分銅が秋水に着弾したと見えたのは一瞬のコトである。
彼の影が陽炎のように消えた。その足元で分銅が床板を滅茶苦茶に破砕するころにはもう
秋水は総角の懐に飛び込み鋭く右に切り上げた。。
 だが総角は総角で足を悠然と後ろに送り紙一重でソードサムライXを回避。上体を一切逸ら
さず直立不動のまま避けたのは実に剣客らしい所業である。
 一拍遅れの甲高い金属音とともに鎖分銅が蛇のように波打ち地面に落ちた。ただでさえ長く
しかも彼方の秋水めがけ飛来しびーんと伸びきっていたハイテンションワイヤーだから、総角
が身を引いても右切上から逃れられず切断されたとみえる。
 そのまま息もつかせず秋水は諸手で面を狙い打ったが──…
 がきりという手ごたえが走った。見れば総角の額の前で短剣が刀を受け止めている。
 クロムクレイドルトゥグレイヴの鍔だ。十手のごとくぐなりと曲がり刀身との間にわずかな隙
間がある鍔が、日本刀の切っ先を見事に受け止めている。
 しかも総角が短剣をひねると。どういう理屈か愛刀を通して秋水の両腕がひねられた。隙あ
りとばかりに金髪が稲光のように光りながら半身で突きを見舞ってくるからたまらない。
「中条流の富田勢源は一尺二寸(約36cm)の薪で真剣持ちの相手を制したという……」
 柄を含めた全長でさえ30cmあるかないかのキドニーダガーだ。獲物の長さなれば秋水の
方が遙かに勝っている。なのに総角は悠然と間合いに踏み込み突きを次々見舞っていく。
「覚えておけ。剣技極まるところ獲物の長さは関係ない」
 耐えかねた秋水が間合いを取っても次の瞬間には短剣で日本刀を払いのけて懐に入って
くる。こうなると武器が長い分だけ秋水は不利である。
(その上確かこの武装錬金の特性は──…)

──特性は年齢のやり取り、です

 鐶のつぶやきが電光のようによぎる。
(一太刀でも掠れば年齢を吸収される! ならば!)
 当たらぬよう当たらぬよう身を引きながらやがて秋水は突き出された短剣めがけソードサム
ライXの茎尻(なかごじり。普通の刀ならば柄頭に当たる部分)を振り落とした。
 果たして腕と剣の重量と下方への勢いがブレンドされた衝撃は短剣を叩き落した。
 という予想図は茎尻がロッドの横を滑りぬけた瞬間に雲散霧消、あろう事かクロムクレイド
ルトゥグレイヴはマシンガンシャッフルへと姿を変え、秋水の服越しに丹田へ密着している!
 これも数多の武装錬金を使える総角ならばこそ。
 六角の宝玉から漏れ出すセルリアンブルーはいわずと知れた絶縁破壊の妖光である。 
「フ……」
「甘いのはそちらだ!」
 秋水がぐるりと手首を返すとソードサムライXが翻った。短剣を逃し空振った分だけ勢いがあ
る。よって一瞬にして刀身がロッドに密着し、絶縁破壊のエネルギーを吸収した。
「どうかな」
 続いて山のような巨体からの拳を垂直に切り上げた。相手はむろん兵馬俑。
 そこを胴斬りにすると兵馬俑の無銘はどうと倒れ伏し背後の総角を露にした。だが秋水は
何故かそちらに向かわず勢いよく反転し──…
 斬り飛ばされたウォーハンマーが宙を空転し壁に叩きつけられた。
「兵馬俑の後ろにいたのは龕灯で投影した偽物だ」
「フ。見抜かれていたか」
 取っ手付きの棒となったギガントマーチを放り捨てると、総角はバツが悪そうに鼻をかいた。
「あれを囮にお前の後ろへ回り込んで跳躍し、重さを利して一撃を加える……いい策だと思っ
たが見抜かれていては仕方ない」
「いい加減遊びは止めたらどうだ。総角」
 余裕綽綽の総角に立腹したのか、秋水の声が幾分不快を帯びている。
「遊びじゃないさ。俺は数多くの武装錬金を使える反面、一つ一つには本来の創造者のように
熟達していない。一番得意なアリスでさえ本家の8割程度の再現率しかないしな。よってお前
のように優れた戦士を相手に逐一出して模索と試しを真剣にやっている」
「それが遊びだというんだ」
 踏み込んだ秋水を総角はチェーンソーで受け止めた。
 刃と刀身の境目からギガギガと火花が舞飛んだ。少したちこめた嫌な臭いは誰かの髪が焼
けたせいだろう。そんな中で両者は激しく鍔競り合いを始めた。
「使いこなせてもいない武装錬金を湯水のように出して相手を嘲弄する事のどこが真剣だ!」
 一転、彼は叫びと共に左前に踏み出しつつ、左拳で総角の右小手を押した。
 剣道でいう裏崩しである。しかし本来なれば柄を握っているべき総角の右手は「チェーソー
の取っ手」を握っている。これは手を持つ生物ならば全部の指をググっと握りたくなる形状で
ある。然るに剣道においては粛然たる重心を保つにはむしろ人指し指と親指を添える程度に
し、なおかつ親指の先を下方斜め前にすべしと推奨している。
 要するに総角が裏崩しに耐えかねて後方へ軽くつんのめったのは、そういう剣道的な重心
の保ち方を失念した上にチェーンソーというバランスの悪い武器を持っていたためであろう。
 そのライダーマンズライトハンドへすかさず秋水は剣を振り下ろし、真っ二つにした。
「君が戦いにおいて遊ぶのは勝手だが、出し惜しみしている間に倒されては能力の底上げと
やらも意味をなすまい。これまでの目論見も水泡に帰す。そろそろ本気で戦い始めたらどうだ」
 強く踏み込んだ右足もそのまま、剣を下した秋水は見事な残心を取っている。
「……フ。しつこく本気を勧誘するのは自分の傷を気にしてのコトか?」
 総角の手元から金色の光が飛び、床に沈み込んだ。
 秋水は何が来るか察したらしく、残心から脇構えに移行するのと同呼吸で地を蹴り総角へ
殺到。だがその頃総角は遥か彼方に退避しており、刃はむなしく空を切る。そこを亜空間から
現出した忍者刀が狙い打った。
 真・鶉隠れ。そしてシークレットトレイル。もはやこの地下空間で何度使われたか分からない。
 刀を狙うか本体を狙うか秋水に逡巡が生じた。
 嗚呼、それにしてももし秋水の服が根来謹製の学生服であるならば亜空間に埋没できた筈
なのだ。思い返せば総角が秋水を着換えさせたのはそういった有利をつぶすためなのか。
 兎にも角にも「しつこく本気を勧誘するのは自分の傷を気にしてのコトか」といわれ一気に
斬りかかった秋水だからやはり指摘は正鵠を射ているらしく、動きにどこか精彩がない。
 秋水の足下から一瞬にして周囲へ金の軌道を描いた刀は、亜空間へ没するまでもなく黒い
蝶の姿へと形を変えた。どうやら刀は飛びながらちりぢりに溶けていたらしい。
「行け。黒色火薬(ブラックパウダー)の武装錬金、ニアデスハピネス」
 三本指を立てた総角の声に呼応するかのごとく、充満する蝶達が爆発した。

「……痛いです。痛い……です」
 戦士たちは困っていた。というのも連れてきた鐶がカラスに目をつつかれ始めたからだ。
「どうやら根来の忍法がまだ効いているようだな」
「いかに変身や変形を繰り返そうと無駄な事。私の忍法死人鴉は丸一昼夜ほどは継続する」
「や、やめて下……痛っ」
 もちろん鐶はシルバースキンを付けているからカラスの攻撃など通じない。けれど賢いカラス
たちだから帽子から覗く虚ろな瞳を狙っている。ちなみに肩にかかる赤い三つ編みはすでに
ぼろぼろに食い破られており非常に痛ましい。
 千歳はしばらく考えた後、鐶にそっと呼びかけた。
「鳥語で説得してみたらどうかしら?」
(なんだ鳥語って。そんな物あるワケない。……くそ。冷静そうに見えてこの人もなんだかズレてる)
「あ、なるほど……。その手が……!」
(あるのか!?)
 おかしなコトを言い出した千歳とそれにポンと手を打つ鐶に斗貴子はげんなりした。
「かぁ、かぁかぁかあ。かぁ? かぁ! かあかあかあ!」
 交渉の後、カラスの攻撃はますます激しくなった。
「問答無用……だそうです。あ、あの……ドーナツあげますから……誰か……助けてくれませんか?」
 抱えられたまま困ったように頭を両手で押える鐶を、防人は呆れたように眺めた。
「その、なんだ。キミは戦ってないとそういう性格なのか? どうもギャップが」
「は、……はい。よく……いわれます」
「ええい鬱陶しい! アジトにはまだつかないのか!」
 何事かと眺める通行人たちに辟易しながら斗貴子は駆ける。

(如何なエネルギーといえどソードサムライXの刀身に触れさえすれば吸収できる)
 黒煙と粉塵が占める世界の中で秋水は日本刀を振り下ろした。
 爆発のエネルギーは下緒を通り飾り輪へと蓄積されている。小気味のいい光波がソードサ
ムライX全体にバチリと立って収束したのがその最たる証。
(とはいえニアデスハピネスの数が多すぎた。ダメージはあまり受けなかったが総てを相殺し
きれなかったため視界が悪い。早くここから)
 濛々たる煙を突き破って青い処刑鎌が秋水の肩や脇腹を刺し貫いた。
(これは……バルキリースカート……?)
「この武装錬金は生体電流で動く。よって素肌に着装している方が能率的だ」
 鮮血が吹き出し白い剣道着をじわりと濡らした。取り落としかけた刀を秋水はかろうじて手繰
り寄せ思うさま斬り上げた。むろんその挙動は体に刺さった処刑鎌を切除すべくの物である。
 しかし三本の処刑鎌は剣閃を避けるように素早く引き下がった
「まあ、素肌ならどこでもいいらしい。あのセーラー服美少女戦士は太ももに付けていたが、
男の俺がそれをやったところで誰も喜ぶまい。俺も嬉しくはない。ま、小札になら付けたいが」
 煙を縫ってぬうっと現れた総角は腕を捲り、二の腕に一つ、一の腕にもう一つの装具を付け
ていた。前者から伸びる処刑鎌は二本。後者から伸びる処刑鎌は一本。合計三本。
「フ。本来なら四本だが、俺の印象度や創造者との相性を鑑みると三本の発現が限度らしい。
しかし何だな。あの廃墟で彼女に逢えたのは幸運だった。おかげでこんな素晴らしい武装錬金
を手に入れるコトができたからな」
 三本指を無造作へ前に突き出したポーズのまま、総角は処刑鎌を振るい始めた。
(惑わされるな。いかに速く数で勝り精密であろうと所詮は三本)
 体当たりを喰らわせる心持ちで接近した彼に三本の処刑鎌が殺到した。
(三人の敵を相手にしているつもりで戦えば問題はない! それに……!)
 頭上から振り下ろされた処刑鎌があった。しかし秋水はむしろそれより後ろを狙う心持ちで
剣を振り上げた。果たして可動肢は断たれ処刑鎌が落ちた。
(睨んだ通りだ。刃の部分を狙わずとも十分無効化できる)
 次の剣閃はモールド付きの丸い関節を叩き割った。三本目の処刑鎌は根元の細い接合部
を切断されて地に落ちた。むろん秋水は止まらない。
(ここで)
 逆胴の構えに移行し──…
「がっ……!?」
 不明瞭な声を漏らしたのはむしろ秋水の方である
「もうそろそろ逆胴でくる頃だと思っていた。ドンピシャだな」
 総角の両腕は変質していた。甲冑を思わせる重苦しい装甲に覆われていた。
 二の腕の半ばには腕章と盾を織り交ぜたような奇妙な防具があり、そこには「2」とも「5」と
も「Z」ともつかぬ奇妙な紋様があった。手首には円盤状のガードが付き、その先の手を覆う
のは六角形の二辺を鋭く尖らせた手甲である。
 だが秋水に異変をもたらした元凶はそれではなく……
 総角の肩から伸びる一本の西洋大剣(ツヴァイハンダー)である。
 それが総角の左肩甲骨辺りから伸びる『三本目の腕』に支えられた状態で、秋水の右胸を貫
通していた。
 よく見ると総角の左胸には肩ベルトを思わせる金具がついており、これで不安定な位置にあ
る『三本目の腕』を補強しているらしかった。
「西洋大剣の武装錬金。アンシャッター・ブラザーフッド」
 剣を引き抜くと同時に総角はニヤリと笑みを浮かべた。
「突っ込んできてくれたおかげで刺しやすかったぞ」
 秋水がからりと剣を落として膝をついた。口からはせき込むような呼吸音と血の粒が飛散する。
「さて、先ほどのお前の望みどおりに使ってやる」
 総角の姿が2つに増え4つに増え……やがて24体にまで増殖した。
(増殖……。サテライト30か)
 口元に手をやり血泡を拭い去り、秋水は決死の思いで立ち上がった。
(落ち着け。数こそ多いが意識は一つ。連携や複雑な動作においてはむしろ本来の総角より
拙い。武器も月牙一つ。一体につき一撃で仕留めれば勝機はまだある!)
「行くぞ」
 24の声が同時に重なり──…
 しばし剣道場に嵐が吹き荒れた。
 秋水は斬った。斬りまくったといっていい。正面の総角を両断し、返す刀で背後の総角の面
頬を叩き割り、身を屈めて足を刈り取り立ち上がりざまに斬り上げてスルスルスルスルと月牙
の猛襲から逃れながらまた斬った。腕が飛び足が転がり首さえ落ちて腹は裂かれ……とにか
く地獄のような絵図が繰り広げられ、血の宴もたけなわという時……
 沢山の総角の死骸がにわかに霧とけぶった。そしてそれは一体の総角の背中へと密集して
羽となり眩いばかりの光を放った。
「惑え! 精神地獄(ワンダーランド)!!」
 数多くの視線を潜り抜けた剣客だけが持つ洞察力というものがある。
 この瞬間の秋水にはまさにそれが発動した!
 彼は総角がチャフで集めた幻惑の光を放つより一瞬早く!
 飾り輪を眼前にまで放り投げ、そして!
「はああああああああああ!!!!」
 裂帛の叫びとともにそれまで蓄積した全エネルギーを解放!
 チャフの光をも上回る激しい閃光が発生した!
 ……総角が使ったのはアリス・インワンダーランドというチャフの武装錬金である。
 密集状態のチャフは乱反射を利して強烈な発光を行い、それが人の視覚神経に入るとその
者の忌み嫌う記憶をランダムかつ際限なく視聴させ、精神の地獄へと導く。
 だが。
「フ。光を光で相殺したか。しかしまさかアリス・インワンダーランドすら破るとはな」
 傷を負いながらも双眸に確かな光を宿して立つ秋水に、総角は軽やかな声を掛けた。
「しかし信奉者だったお前がどうしてバタフライ殿の武装錬金のカラクリを知っていた?」
「……今までは知らなかったさ。ただ霧が光っているのを見た時、咄嗟に防ぎ方を思いついた。
それだけだ」
(だがそれでも幾らかの光は視覚から流れ込んだ筈。よって通常より減少したとはいえ忌まわ
しい記憶を見せられたのに変わりはない」
 全身傷を負いながらなお粛然と立ちすくむ秋水である。
「……フ。どうやら精神力でその地獄から這い上がってきたと見える。なら、頃合いだな)
 総角が手を上げると一つの黒い影が秋水に殺到し、そして消滅した。
「傷は追えど心はまだ充分に活きているのは分かった」
 焦りと呆気。秋水はしばらく思案していたが、やがて何が起こったかを知ると涼しい瞳をみる
みると驚愕に見開いた。
「傷が回復している? いや、傷だけじゃない。体力も……武装錬金も……?」
 軽くなった体にしつらえたように、ソードサムライXからは傷が消え、血のぬめりも脂の曇りさ
えも消滅している。
「衛生兵(メディック)の武装錬金、ハズオブラブ。人呼んで愛のため息」
「衛生兵? 道理で傷が」 
「全快しているだろう? 貴信の星の光も小札の緑の技も大した回復力だが、こちらにはまず
及ぶまい。錬金術の産物さえ癒すからな。しかし本家本元に至っては黒いトリアージさえ覆す」
(本来の? ……いや、今まで総角が使ってきた武装錬金と同じか。彼が使うからといって彼
の武装錬金ではない。あくまで彼の使う武装錬金は借り物)
「使い手は『金星』。性格最悪の痴女だ。ま、今いわずともいずれ知るコトになるだろうがな」
 秋水は言葉を呑んだ。金星? 金星とは誰なのか。気にはなったが聞いたところではぐらか
されるのが関の山のように思えた。そのため事態の進展に貢献しそうな言葉だけを告げた。
「なぜ、回復した?」
 総角は認識票に手を伸ばし、しばし沈黙の後に呟いた。
「今までのはあくまで小手調べ。だが見極めた。今のお前は全力で戦うべき相手だとな」
 そして認識票がぎっしりと握られ、高らかなる声が響いた。
「出でよ! 日本刀の武装錬金・ソードサムライX!!」
(俺の武装錬金。という事は……)
 冷たい汗が秋水の頬から顎を伝い、剣道場の床にぽたぽたと溜まった。
 発動したソードサムライXの刀身を総角は左手でそっと持った。
「一つ、断わっておく」
 そして彼は剥き出しの茎尻を右肘関節の内側に乗せ、肘を直角に折り曲げた。
「俺は数多の武装錬金を使えるが──…」
 やがて右手の人差し指と親指の分かれ目が茎に当たった。
 彼はそのまま刀を持った。左手を茎尻に添えた。
「刀一本握る方が遙かに強い」
 言葉どおりに静かに刀を握り締めた総角の瞳は、ギラギラと底冷えを始めている。
 彼がやったのは『右手の握り位置を決めた』ただそれだけと理解しながらも、秋水は体の芯
から異様な震えが到来するのを感じた。
「だからお前が傷だらけのままだと死にかねない。だから回復した。それだけだ」
(雰囲気が変わった。言葉通りに本気という訳か)
 震えのようにはもちろん恐怖もある。だが昂揚もある。
「……不思議な話だ」
「ほう」
 秋水は正眼に構えた。
「俺は君に一度負けている。そして今は倒さなくてはならない。だがこうして真剣を手に相対し
ていると、そういう遺恨などなかったかのような心持ちになってくる」
「そういう精神は恐らく貴信が呼び起したのさ。純粋に武技に興ずる精神をな」
「かも知れないな」
 総角は脇構えを取ると、鋭く笑った。
「わざわざ虎の子の武装錬金まで使って回復してやったんだ。せいぜい楽しませてもらうぞ」


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