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第102話 「最善手」



 最善手。考えられうるなか最高の一手。

 大戦士長救出作戦開始直前、突如として敵対組織首魁の襲撃を受けた円山円が驚愕に口角泡を吹きながらも咄嗟に描
いた最善手は

『犬飼倫太郎のみを離脱、自分は戦部と共に足止め』

 であった。
 必ずしも、誤りではない。錬金術史研究家はこれよりさき数百人と現れ、坂口照星救出に端を発す一連の大決戦の各戦況
にさまざまな正誤を下していくが、少なくてもこの時の円山の判断については『戦士長クラスだった』と見解を一にする。つま
りはそれほどの、戦術・戦略双方に対する『最善手』だった。

(犬飼は)

 戦闘において決定打に成り得ない……とする円山の判断力は残酷だが正鵠を射たものだ。今夏犬飼が、まだ怪物になり
きってすら居ないヴィクターV武藤カズキとその同行者に敗れたことは記憶に新しい。対していま現れ急襲の途上にある
メルスティーン=ブレイドは、カズキが結局単身では降せなかったヴィクターの発するエナジードレインの中、12時間連続
で戦っては離脱を繰り返した身長57mの機械人形と、10年前、巨大化なしの刀一本で互角に渡り合った挙句、中層ビル
一棟分の質量有する片腕を平然と斬り飛ばしたいわば魔人。犬飼が加勢してどうにかなる相手でないことは明白すぎるほ
ど明白だ。

 士気の問題も、ある。犬飼に課せられた使命はもともと

『坂口照星の捕まっている場所の捕捉ならびに本隊到着までの監視』

 に過ぎず、戦闘に関しては戦団は求めず、犬飼も──口先でこそ虚勢を張っては居たが──期するところは薄かった。
 しかもかれは戦団の本隊が到着しだい、安全な後方へと下げられ、あとは監禁場所特定の叙勲を座して待てばいいだ
けの立場にあった。

 さまざまな安堵を確約された兵は、弱い。

 川をもう半ばまで渉(わた)ってしまった兵はもう、追撃に対し振り返る気力さえないのだ。渉りきれば逃げられるという心
理が働きあとはもう逃げの一手である。そんな者と連携合従して戦ってみよ、いざというとき恐慌で以て足を引かれる可能
性こそ高いではないか。

 だからこそ、犬飼の卑屈な精神をもよく知る円山は、決めた。

『犬飼倫太郎を離脱させる』。

 戦略的にも申し分ない割り振りである。『先遣隊の一員・円山』という極めてミクロな戦術の一単位からすれば敵組織首
魁に急襲されたのは圧倒的不利だが、戦団というマクロな戦略単位からすれば絶好のチャンスでもあった。

(火渡戦士長と彼に匹敵する戦力をここに呼び集中させればメルスティーンを斃せる……!)

(緒戦からレティクルに大打撃を……!!)

 本隊への伝令に犬飼は全く最適だ。安全圏に逃げたがる心境にあった彼を安全圏めがけ放てば、命惜しさで凄まじい
速度を発揮するであろう。走って逃げるのではない。疾駆する軍用犬(ミリタリードッグ)の武装錬金、キラーレイビーズに
しがみついて離脱するのだ。競輪選手は自転車で自動車を抜き去るというが、犬飼、生死の鉄火場でまさか劣りもしない
だろう。
 円山は冗談抜きでその速さに命を賭けた。犬飼が本隊へ駆ける間も、報告する間も、来援が急行する間も、円山はメル
スティーンと戦わなくてはならないのだ。戦部と言う、現役戦士中最多のホムンクルス撃破数を誇る記録保持者(レコード
ホルダー)を相方に据える豪勢を得てもなお、不安は、色濃い。

(何しろレティクルの盟主の大刀の特性は『特性破壊』!! 10年前一度は戦団に破れ収監されたお蔭で私なんかでも
知り得ているこの事実……あのコ(斗貴子)に破られた胃を再び痛ませるには充分……!)

 戦部の十文字槍・激戦の特性は『高速自動修復』! 例えば創造主が黒色火薬の蝶の群れに跡形もなく吹き飛ばされた
としてもたちどころに完全再生させる反則スレスレの武装錬金!
 だが対するメルスティーンの『ワダチ』は斬りつけた武装錬金の特性を破壊する魔の大刀! もしそれが激戦に接触した
場合……どうなる!!?

 円山円は、考える。

1.槍本体のダメージをも修復する激戦だから破壊された特性もを直し原状復帰。

2.再生しない。『高速自動修復』の特性が壊される以上、修復活動が行われる道理なし。

3.精神がより勝る創造主の武装錬金特性が優先。

(1なら来援までの時間は余裕で稼げる。3でかつ序盤こっちが不利だとしても、10年前の駆け出しのころ既に火星の幹部
相手に段々と食らいつけるようなっていた尻上がりな戦部の闘争本能なら盛り返せる。……。けど、問題は……!)

 2。

(激戦の特性が完全に破壊されるなら私と戦部の時間稼ぎはかなり辛いものになる……!)

 かといって円山に『逃げる』という選択肢はない。勇猛さや使命感ゆえではない。単に『足が遅い』からだ。

(私の武装錬金は風任せの風船爆弾……軍用犬ほどの速度は見込めない。走って離脱? 生身でバスターバロンと渡り
合った剣士相手に? 少なくても初手からそれをやれば絶対、背後から……!)

 キラーレイビーズは2頭1対の武装錬金だから、片方に分乗するという選択肢も円山は一瞬描いたが(犬飼ちゃんの護衛
用に片方は残しておくべき! 他の幹部と遭遇した場合のために!)と考え直す。

(てな訳で私は足止めで残らざるを得ないのだけれど……)

 緩やかに迫ってくる大刀の剣士の纏う、禍々しい陽炎に見た目女性の麗人は一筋の汗を頬に垂らす。

(相当危険ていうか死んじゃうかも……。い、いえ! それでも戦部の、現役戦士中もっとも多くのホムンクルスを斃してき
た記録保持者(レコードホルダー)のサポートが得られるんだから生存のメは上がる筈……! 戦部は酔狂だけど根来ほ
ど非情でもないから、私と犬飼ちゃんの護衛を仰せつかっている以上、こっちを見捨てたりはしない……! むしろそうい
うハンデすら楽しむタイプ!)

「アヒ アヒ」

 円山の腰板の辺りから緩やかに浮き上がっていく無数の風船は総て白黒左右のツートンカラー。両目が縁取られている
せいでゾンビ化したアヒル口のパンダにも見える。それが「アヒアヒ」と奇声を上げながら膨れていく。

(このバブルケイジも牽制程度にはなる筈!)

 長い思考であるが実時間では刹那の瞬間すら過ぎていない。突如として現れたメルスティーンにただならぬ衝撃を受けた
円山が、ネガが反転したようなスローモーな世界を見つめながら考えた、走馬灯のような圧縮思案である。

(そして)

 メルスティーンは踏み込んでくる。円山は、身構えた。

(犬飼ちゃんの離脱が戦団全体の最善手である以上、彼は盟主に狙われる! 武装錬金が犬で、私たちの中で一番足が
速いから! まず伝令を潰し! 孤立した私と戦部を各個撃破するというのが……最善手、でしょうね! メルスティーンの)

 果たして隻腕の剣士の巨大な刀は……振り下ろされた。

 円山に、向かって。

(え…………!?)

 雪崩れ込んでくる鈍色の剛刃を、秀麗なる男性はただただ唖然と眺めた。

(な、なんで私を…………!? 初手で潰すメリットなんて──…)

「ふ」

 メルスティーン=ブレイドは嗤う。軟らかな長い金髪を持つ、優しげな30代前後の男性は、細めた眼差しを甜睡が如く
彩って、しかし限りない悪意を纏い嗤笑(ししょう)する。

「ふ。あるのさ」

 言葉を発するまえ短く笑うのがこいつの癖なのだろうかと、冷たく凍る円山の意識が考えたのは一種の現実逃避であろう。

 死をもたらしつつある隻腕の剣士は、目で笑う。

(ふ。なにしろ君らの中で唯一ぼくを完全抹殺しうるのは円山円、君、だからねえ。バブルケイジ……だったかな? 触れ
るだけで身長を15cmも吹き飛ばす武装錬金……。なかなか脅威じゃないか。平均的な一般男性なら12〜3発当たるだ
けで必ず……死ぬ。ぼくはリヴォみたく2mも身長ないからねえ、危険視して当然さ)

 その、2mはあろうかという刀に、肉厚い刀身に、危慄すべき紫雲の闘気がもやもやと収束していく。だけなら、円山も看過
できた。だが重大なのは、刀が紫雲を帯びつつも既に、円山の頭上50cmほどの間合いで、薪でも割るような気軽さで彼の
正中線を狙っている点であった。

(どこかしこにある風船の射出装置! ぼくならそれを敵に密着させ13連射して殺(こわ)す! ふ、思わぬタイミングでそれ
をやられたら少しばかりヤバいんでね、だからまずは円山さ! 初手で円山さえ壊せば後はどうとでもなる!!)
(あ、有り得ない! 私を斃す間に犬飼ちゃんが逃げ出したら……メルスティーンの索敵範囲の外へと脱出したら…………
来るのよ次から次に! 戦団の最高戦力の数々が! 貴方を押し包んで殲滅しに……!!)

 盟主である以上、そういう戦略的な絶対不利が見抜けぬ訳がないと混乱する円山に、メルスティーンは頬を歪める。

(ぼくはね、別に構わないんだよ。犬飼など逃げればいい。増援もまた来ればいい幾らでも。ふ、10年前戦団に負けたぼく
だから? ま、物量で責められたらいずれは壊されるだろうが……

『だからなに』?

ぼくはただ破壊(こわ)したり破壊(こわ)されたりを演じたいだけ、なのさ…………!!)

 円山の描く犬飼離脱は確かに最善手だった。正道に沿ったものだった。

 誤算があるとすれば……2つ。

 1つ。円山が即死能力に特化しうるバブルケイジを婉曲な拷問器具程度の認識で修めていたこと。

 2つ。メルスティーンがむしろ嬉々として戦団の増援を望んでいたこと。

 結果円山は、彼自身の潜在的な危険性を彼以上に評価したメルスティーンの『最善手』に晒される。

 すなわち。

「『飛天無限斬』!!

 声と共に放たれた電瞬を避ける術など円山は……持ち得なかった。耳奥から背筋に走る精髄がただ赤々と硬直し、
心臓が縮んだ。迫る刃。身じろぎ1つできない円山のした、両断された肉塊が大地に遺される未来視は──…

 大量の出血を添え、現実の物と、なった。

 全身を通り抜ける凄まじい衝撃に一拍遅れてやってきた、視界の、テレビカメラを蹴転がしたような動顛(どうてん)ぶり
の中、円山は確かに両断された体を……見た。

 左右に分かれた、戦部厳至を。

(────────────────────────────!!?)

 この少し前からの彼の動きこそ正に奮迅というべきであった。酔狂ゆえにメルスティーンの歪な最善手を察知するやすぐ
呼応していた彼はまず──…

 すぐ傍らで棒立ちになっていた円山を肩の側面で弾き飛ばしワダチの射程距離外へ追放! 
 同時にメルスティーン必殺の銀閃が正中線を濡れ光らす中、犬飼の方を見やり視線で何事かを指図! 
 これだけでも既に常人には真似できぬ行動だが、真に恐るべき行動は巨躯が股の付け根までバッサリと割られた直後にきた。

「えっ!」

 円山の胸倉が戦部の左腕に掴まれた。真っ二つに斬られたばかりの半身が、断面から、トマトとチーズの和合液のような
不気味なねばっこい線をとろォりと残る半身と引き合っているさなかにおいて、頸を切られたてのニワトリの痙攣走りのような
おぞましさで円山の胸倉に左手を伸ばし、そして掴んだのだ。

「ななっなにを……!!」

 むんずと無造作に円山を投げ飛ばす間にも、投げ飛ばされた方が余りの勢いに地面と水平に落ち葉巻き上げつつ推進し
始める間にも、戦部の独立した右半身は動いている。十文字槍の中央の穂先をメルスティーンのみぞおちに突き立て──…

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 飛んだ。片足の力みだけで戦部はメルスティーンごと……高さ30cmほどの空間をX軸方向に20mほど…………滑翔した。

(えええええ!!!? かかッ片足で、えええ!!?)

 半分だけの体が隻腕の剣士を槍で縫い止め跳躍するさまは妖怪絵巻のような地獄変、蒼褪めた犬飼があわあわと口を
動かしたのもむべなるかな。

 やや遅れて同じ方角に飛ぶ円山が見た、落ち葉を巻き上げながら戦部(右)に向かっていく戦部(左)は高速自動修復のため
引かれたものであるらしい。十文字槍のある方へ合流するのは特性上、自然だろう。

 戦部(右)とメルスティーンの背後で大木の幹がどんどんと大きくなり──…

 激しい激突音に輪唱するよう無数の梢がさらさら揺れた。

「ほう」

 腹部にふかぶかと槍を刺され、女物の服に赤黒いシミを滲ませるメルスティーンの静かな表情は、背骨を砕いて貫通した
切先が古い巨木の幹に楔となって打ち込まれた後でもなお、変わらない。

(戦部がメルスティーンを縫い付けた以上! 私にしろって言ってることは!!)

 中空で円山はベルトに手をかける。戦部(左)に投げ飛ばされた勢いは凄まじく、いまだ収まらない。

(…………)

 犬飼の判断力は、やっと現実に追いつき始めた。

 そして完全に両断が治癒した戦部は…………両手で朱色の鞘を持ち……力を込める。
 メルスティーンの切先はようやく落ちきったばかりである。長大な刀ゆえ大技の後は隙ができる。

(そこを……狙う!!)

 風船爆弾(フローティングマイン)の武装錬金・バブルケイジの主だったパーツは白黒半々の顔持つ風船! だがそれは
本体ではない! 本体というべき風船の産生装置はベルト状! 風船の生まれいずるバックルは普段! 臀部やや上、
腰骨のあたりにつけている!

 だが!!

(私がターゲットにされた以上、ここで決めないと……殺される!!! 犬飼ちゃんが救援呼ぼうが、呼ぶまいが、必ず!!)

 バックルはいま円山の右手にあった!! 投げ飛ばされた余勢は終盤だがメルスティーンは既に間近!

(これを彼に密着させ……連射!! やったコトない使い方だけどそうでもしなきゃ斃せない相手よ!!)

 狙うはメルスティーンの右腕側。

(彼は隻腕、右腕が……ない! さっきの一撃見る限りスゴイ剣士のようだけど、剣が握れない方向からなら少しはバブル
ケイジも当てやすくなる筈!! もっともそれも戦部に縫いとめられている間だけ、だけど……!!)
「ふ。最善手だが……忘れてもらっちゃ困るねえ」
 ふっと戦部の頬が緩んだのは、メルスティーンの体が十文字槍を押し返し始めたからだ。木と密着していた筈の体がみる
みると隙間を広げていく。盟主が動けるようになったが最後、戦部のスローイングによって有無もなく懐に飛び込みすぎて
いる円山など、切り紙の如く裂かれるだろう。
(っ! しまった! そういえば彼はホムンクルス調整体! それもDrバタフライの作ったような劣化コピーじゃなく…………
100年前ヴィクターの離反のころ猛威を振るった高出力(ハイパワー)を超える高出力(ハイパワー)の持ち主……!)
「ふ。『ぼくの体がどうあれ』、マッシブな戦部に競り勝つ理由は破壊への執念ただh「キラーレイビーズ!!!」
 2頭の軍用犬が十文字槍の左右それぞれに特攻した。
「ほう」
 押し返され再び縫いとめられたのを意外そうに、だが楽しそうに目を丸め認識する盟主は見る。戦部の肩越しに来た影を。
「さっきのアイコンタクト。要するに押さえ込めばいい訳だ。バブルケイジが当たるまで」
「そういうコトさ」
 野太い笑みを浮かべる戦部に、やや卑屈な笑みで犬飼が応じたのも一瞬、彼は犬笛を吹き直す。両目に青い閃光を一瞬
灯したレイビーズたちは唸りながらメルスティーンを再び大木へ縫い止めていく。
 猛烈な、そう、嗅覚探知専門に過ぎないキラーレイビーズが発する、純然調整体をも凌駕する不可思議な力は……しかし
おかしい。円山もまた訝しみかけたが……気付く!!
(……っ! この力、安全装置なしの基本状態(デフォルト)……!? 細かい操作など一切不能で犬笛の所持者以外かみ
殺す筈なのに……どうして指示通……まさか戦闘前の戦部とのやり取りの影響……?)
 戸惑うのはしかし誰よりも……犬飼。
(……おかしい。リミッター解除しているとはいえ、高出力を超える高出力の調整体が、盟主が……ボクなんかの武装錬金に
……押される? こいつの力はなんていうか……ホムンクルスじゃなく……人間の…………ような)
 だが彼は100年前すでに存在していた。見た目も20代後半……、しかも十文字槍が胸部を貫通してなお平然だ。人外と
定義づけるほか犬飼に術はない。
(そこも気になるけど! 今は!!!)

 円山のバックルがメルスティーンの右肩に、当たった。

「膨らます傍から! 当てる!!!」

 射出装置から出た風船がすぐ、メルスティーンに当たって弾けた。およそ180cm前後の長身は……確かに縮む!」

「見事! だが!!」

 やっと先の飛天無限斬の硬直を脱した大刀がほとんど土塊を爆発させるような勢いで地面を擦り……摺り上がる。
 攻撃対象に変更は、ない。
 裂膚の激甚たる鋭い刃先とまたも狙われた円山が催すのは『長い階段の一番上で前に向かって転びかける』身の毛の弥
立(よだ)ち、滑稽なほど状況に不釣合いな凡々とした感興を走馬灯が映して仕方ない。
 刀は、迫る。僚友の加勢はもう見込めない。犬も槍も盟主の押さえに回っているのだ。

(避ける!? それとも風船で防御!? いえ刀より盟主の方が私に近い!! だったら…………だったら!!)

「膨らます傍からあああああああああ! 当・て・続・け・るゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウ!!!」

 ほとんど狂ったような表情で舌さえまろびだし絶叫する円山が選択したのは回避ではなく……連射。風船爆弾の、連射。
 決定的な破裂音の輪唱が轟く。みるみる小さくなる盟主に確実なヒットを確認し確信し撃ち続ける円山だが

(ばっ! それで怯んで斬撃をやめる盟主じゃないんだぞ!!)

 犬飼の唖然を肯定するようにメルスティーンは笑う。
 振りぬかれた大刀の奏でる死の颶風は確かに円山の正中線を……捉えた。

 決定的な静寂が、訪れた。あらゆる生気を失った中性的な麗人の短髪が風のはためきを失いダラリと垂れた。



 後世の歴史家は、いう。この緒戦最初で行われた自己犠牲的な連射こそ最善手、だったと。

『津村斗貴子に当たったバブルケイジはバルキリースカートをも縮ませた』

『ならば盟主が縮めば縮んだ分だけ縮む』

『彼が手にしている、武器形状ゆえに手にせざるを得ないワダチが、大刀が』

『縮むのさ』

 戦部の放擲に起始する円山の滑空は盟主にバックルをブチ当てた時点で緩衝され停止(とま)っている。
 緩やかに沈降を始める円山円のしなかやな体のほんの5mmほど先を白刃が通り過ぎ……破裂音と共に消滅した。

 生暖かい剣風1つ浴びるだけで済んだ無傷の円山が、なのにほとんど死人のような土気色になったのは無理なき話。

(ギ、ギリギリだった……! もっと縮むと思っていたのに、元が長いから、長いから……! ワダチがもう7mm長ければ)

 かすっただけの箇所がボコっと膨らみ、下から上めがけ赤黒く腫れていく。メルスティーンの斬撃、並みの衝撃では、ない。

(もう7mm長ければ……ほんのわずか掠め斬っていただけでも…………破壊衝撃がダムダム弾で…………死んでいた
…………!!)

 気象(きあがた)サップドーラーと合流する少し前の少女戦士が聞いた、風船爆弾の破裂を示す紙鉄砲のような音は、30
を超えていたという。1発あたり15cmを吹き飛ばすバブルケイジだから、身長およそ180cmの盟主に総て当たっていたと
すれば消滅は免れない。

 そう、普通ならば。

 当たってさえいたのであれば──…

 絶対に。


 大木に縫いとめられていた盟主の姿は、確かに、忽然と、消えていた。
 先ほどまで彼を縫いとめていた戦部の十文字槍は今、女物の服だけを古びた巨木のひび割れた表皮に磔刑している。
 根元にわだかまっているのはいかにも手触りがなめらかそうなスカート。


 遠方の虚空。

(まさか勝ち逃げをやらかしたのか…………?)

 漆黒の空間に浮かぶスクリーンで戦況を見た水星の幹部・ウィル=フォートレスは水銀色のうなじをビッシリ濡らしていた。
 アルビノの、少年だった。雪のような肌を持ち、やや神経質だが少女めいてもいる愛らしい顔立ちの中で燃えるような緋色
の唇を震わせている。

(マズい。メルスティーンはただ死ぬだけじゃ滅ばない。魂が閾識下のエネルギーの海に隠れ潜むだけだ……! 正体は
いま以って不明だが『そういう能力』を秘めている!! ぼくはそれを何度も見たし、苦しめられた!)

 この時系列は幾度となく繰り返された歴史の1つである。ウィルにとっては関与改変しうる最後の周(チャンス)。

(『インフィニティホープ』で数え切れないほど過去に飛びやり直し続けた目的はただ1つ! メルスティーンの完全消滅!
ただ死なせるだけでは奴の魂は武装錬金の根源たる閾識下の闘争本能(うなばら)に潜伏し……ボクが恋人を、勢号を、
蘇らせんとするたび妨害する……! マレフィックアース……総ての武装錬金を超常の攻撃力で底上げできる最強の魔人
と引き裂かれたボクに、復活させるための歴史改竄で新たな戦いを、破壊を、起こさせようと……する!!)

 愛しき少女と再会したいが一心で、通算2万年に届くループを続けてきたウィルであるが、小札零をホムンクルスにした
瞬間、改竄能力は失われた。『とある幼体』に隠されていた能力が小札のホムンクルス化と共に発動し、ウィルの要塞を
……破壊。過去への時間跳躍を不能とした。

(メルスティーンを完全消滅しうるのは覚醒した早坂秋水の『エネルギー吸収と放出』……なんだけど、マズい……。彼と
ブツかる前に、円山相手で死なれるのは……マズい! だがメルスティーンにすればそれこそが最善手……! ボクの
企みに乗らず緒戦で華々しく散りさえすれば、『勝ち逃げ』、今からの決戦など知らぬ存ぜぬでやり過ごし…………ボクの
最後の希望である早坂秋水が死んだ200年以上先の遥かな未来で勢号を再び殺すのを……待てばいいだけ……だから!)

 彼の力量であれば円山相手の即死も回避できると知り抜いているウィルであるが、破綻者が時に自滅的な打ち筋を選ぶ
のも知っているから顔色は桜づかない。

(どっちだ……!? 奴はまだ生きている……? それとも本当に、死んだ…………!?)


 戦場。

「アヒ アヒ」

 弾け損ねた幾つかの風船が漂って、鳴いている。衝突の勢い余って尻餅をついた麗人が、1人。

(ウ…………ソ…………)

 バブルケイジの炸裂の果て盟主が消滅したという事実に、円山は、一瞬だが……混乱。

(斃した?            本当に?                            私が功労賞
             私が盟主を……? やった            ジャイアントキリング
                               ありえない               勝ったわね戦団
   確認       意外に無敵ねバブルケイジ           消滅して服だけ   確定
       勝ったと思った瞬間が           呆気ないけど10年前とっくに負けてる奴 当然
   この戦いもうすぐ終わるからエステの予約        安心したときこそマズい  ギリギリを制したから 勝ち
                           確認
 私なんかが斃せる訳……                  特性さえハマれば勝つのが武装錬金……

                       確認                                              ) 


 歓喜と疑念が席巻する脳髄に真当な思考力を取り戻させたのは胃痛であった。
 神経性のものにも近いが古傷の色合いも濃い。先日、故あっての裂傷がようやく癒合したばかりの胃が警鐘を打ち鳴らす。

(あの子みたく……津村斗貴子みたく半端に身長が残っていたということだけは絶対ない! あの時があるからこそ今回は
端数分の身長で飛んでこられるのを警戒して監視した! 一発一発確実に当たるのを、しっかりと! 目視した!! 盟主
は槍に縫いとめられたまま縮んだ! 私は監視を怠らなかった! 彼が小さくなったせいで拘束から逃れていたならすぐに
気付いたし、最後2〜3cmになった盟主にさえバブルケイジは確かに当たった! 仕留めた……ようにしか、見えなかった
…………!)

 並みの幹部が斯様な顛末を迎えたのなら円山は油断できた。だがメルスティーン=ブレイドは盟主。

(共同体における最強はほとんどの場合……盟主! それともL・X・Eでいうヴィクターのような存在を隠しているとでもいう
のレティクルエレメンツは……? 今のが盟主のクローンだって可能性も…………!)

 戦闘開始前犬飼が「クローンが得意だっていうし、本物な訳が」と叫んだのを思い出す円山であったが、複製にしては
圧倒的すぎた威圧感がイエスをなかなか告げさせない。

(或いは他の幹部が密かに……助けた…………?)

「アヒ アヒ」

 風船はなおも鳴く。バックルで製造途中の者でさえ早めの産声を……あげている。

 遅疑に硬直する円山だが(固まってても仕方ないでしょ他の幹部が来ているかも知れないなら尚更)と己を鼓舞し立ち上がる。
どのみち盟主の生死などは戦団とレティクルが完全決着した後でなければ分からぬものなのだ。

(いま私が取るべき最善手は……死角への風船配置! メルスティーンがさっきまで居た位置は戦部が監視しているから……
私が注意すべきは死角!)

 盟主生存や幹部来訪が現実のものである場合、彼らの最尤は普通なにであろう。死角からの急襲ではないか。根来を
朋輩に持つ円山ならではの、亜空間をも織り込んだ四次元的発想の防備の始点はバックル、風船の製造装置である。

「アヒ アヒ」

 バックルに視線を移しゆく円山を聞きなれた声が撫でる。垂れた白目の風船が催促しているのを想像しながら方針を、
まとめる。

(ここから大量の風船を放出!! さすがにシルバースキンみたいな防御壁にはならないけど、機雷のごとく敵の接近を
知らせるぐらい──…)

「ふ」

 円山の視線はバックルの中の黒目と絡まった。

(え…………?)

(バブルケイジに、黒目…………?)

 鼻梁と眼窩の浮いた一個の風船が捩れながら円山の顔面めがけ極限まで伸びきったのと、その顔面が十文字槍に貫か
れ血しぶきを上げたのはほぼ同時であった。

「は……はい?」

 遅参する恐怖に血色を失くす円山の眼前で、戦部の野太い腕がしゅっと唸るや風船は射出装置から切除され吹き飛んだ。
巨人のコンドーム・サイズにまで伸びきった元は一個の風船爆弾が槍の傷口から空気を噴射したのだ。大気と踊る残骸を
喜悦の戦部、鋭く見据える。

「やはり斃れてはいなかったようだな……メルスティーン」
「ふ、ご名答」

 ぐるぐると螺旋軌道で同じ場所を巡りつつ小さくなっていく風船爆弾の声は確かにメルスティーンのそれであった。だが果たせる
かな、長身隻腕の肉体は少しも見えぬ。

「ど……どういうコトだよ戦部! まさか盟主の奴……身長を吹き飛ばされる直前咄嗟に、根来のような特性で風船の中へ
……逃げ込んだ!!?」
「根来? ふ、違うね。我が『特性合一』真の恐怖は…………ここからさ!!」
(解除!! 盟主がどう潜んでいるか分からないけど私さえ武装解除すれば炙りだせ「遅いよ」

 風船が弾け飛んだ瞬間、万物の循環が氷結した! 槍を突き出し踏み込みかけた戦部も、軍用犬を風船から離すべく
犬笛に口をつけた犬飼も、手元のバックルを幾何学的なパーツへ解体し始めていた円山も……そしてこの当時そろそろ
各幹部の襲撃を受け始めていた無数の戦士たちも……その総ての動きを静虚の時空に委ねた。

「ふ。究極の破壊、それは」

 破裂した風船の風圧が円山たちの居る一帯を駆け抜けた。風で髪がそよぐ中、手元で像を結んだ核鉄と、先ほどまで
コンドーム様の風船があった場所に佇むメルスティーンを見比べた円山は己が最善手に間違いがなかったと確信し、安堵
の息を深くつく。

「何かするつもりだったようだけど、解除のお蔭で阻止できたようね」

 胸板から弾けた血が頬にこびりつき、ネトっとした筋を垂らした。円山円は悲鳴すら上げることなく、安堵の笑みのまま
凄まじい音を立てて前方へ転がった。

 風船が弾け、万理の循環が渋滞した瞬間、飛び交う颶風は変貌した。白く輝く風の円弧が銀光りする肉厚の大刀となって
円山円を切り刻んだのを目撃出来た者はメルスティーン=ブレイド以外だれもいなかった。

「円山……?」

 犬飼は訳もわからぬといった様子で僚友を見ていたが、ほぼ死微笑の面頬の下に真紅の瀦(みずたまり)が絶望的な
速度で広がっていくのを認めた瞬間、森全体へ木霊する同口同音の電撃的な迸りは彼を円山に駆け寄らせる原動力と
相成った。

(ケガの状態も気になるが……預けていた無線機! 通信手段が全滅したら…………伝令! 合流地点まで行かなきゃな
くなる!そうなったら果たして出来るのか……!? この盟主から逃げのび……られるのか……!?)

 斬撃のせいだろう。円山の携帯電話ともどもバラバラのジャンクとなって散らばっている。修復は明らかに不可能であった。

(くっ! 非常時用が……! ボクのケータイはまだあるけど……山だぞここは! 火渡戦士長たちまで届くのか電波……!)

 思考を切り裂くよう掠め去ったひゅんという音の正体を犬飼が突き止めたのは、縦に裂けた胸ポケットから落ちていく真二
つの端末を見た瞬間だ。大刀を軽く振り終わった盟主はちょっと肩を竦めた。

「ふ。高かったろうに……悪いね。けど君のようなタイプを壊し壊されへ引きずり出すにはこういうシチュが必要、だろ?」
(いったい何を……! というか戦部のは!? 戦部のが無事なら今すぐこの状況を戦団に……!)
「諦めろ犬飼。俺のもやられた。両断の時なのか『その次』なのか……。ともかく電信はもう総て断たれた、諦めろ」

 腕を揉みねじりながら、これも一興と言わんばかりに薄ら笑う戦部に犬飼は理解する。

 円山が、盟主の奇襲直後すぐ「犬飼を離脱させるほか戦団に急報する術はない」と判断した真の理由を。

(円山は……アイツは……分かっていたんだ。盟主がまず連絡の手段を、無線や携帯を潰してくるって……!)

 或いはその鋭さ故に狙い打たれたかも知れない血みどろの朋輩の前で犬飼は叫ぶ。どうして、どうやって、やられたのだと。

「メ! メルスティーンお前!! いったい何を……!!!」

 座り込んで円山を抱え、彼の核鉄を傷に当てる犬飼の咆哮に答えたのは戦部であった。

「今しがた奴が言った通りだろうさ。『特性合一』。バブルケイジに身長を吹き飛ばされた瞬間、その特性そのものと化した
のさコイツは」
「特性そのもの!? どういうコトだよそれ!!?」
「ふ。究極の破壊、それは合一。ぼくは10年前の敗北で悟った。『並みの抵抗では壊される』。ならどうすればいいか? 
簡単さ。ぼくはぼくを壊す特性そのものになってしまえばいいと。陽明学の死地の脱し方さ。万物の観念が幻想と考え、
天地と人間に差がないと認識し、己が全身を総ての循環が抵抗なく通過していくと考えれば、たとえ形而上においてぼく
の五体が千切り裂かれたとしても……破壊者の五爪にこびりつく破片のぼくからぼくは再生できるのさ」
「なっ…………」
 犬飼という卑屈げな青年の顔が歪んだのも無理はない。常人には計り知れぬ観念だ。
「まあ深く考えるな。要するにこいつは……2m足らずのこいつは、4m分の身長を確かに吹き飛ばされたにも関わらず、
再生し、反撃したということだ」
「そ、それぐらいお前の激戦にだって」
「どうだろうな。俺はバブルケイジで消滅したコトがないから分からん。ダメージであれば高速自動修復する激戦だが、身長
の吹き飛ばしは果たしてダメージと認識されるか、どうか」
 つまりワダチの修復能力は激戦以上……? 唖然とする犬飼に荒武者めいた記録保持者は太く笑う。
「メルスティーンの面白いところは再生ではなく反撃にある。合一を解除する際コイツは、自分が受けたダメージを斬撃に換
算して……返した。だから円山が倒れたのさ」
「っ! それじゃまるで例の鳩尾の敵対特性──…」
「あれより始末が悪いさ」。陣羽織姿の大男は肩を揺すった。「敵の武装錬金特性を反転させ相手にぶつける鳩尾でも、
その最中負わされたダメージぐらい素直に受け入れる。だが……メルスティーンは」
「総てそのままそっくり相手へと……返す。ついでにいうと鳩尾の敵対特性は相手の武装錬金によって威力が上下し、もの
によってはまったく無害の場合もあるが…………ぼくの特性合一は刀にて確実にダメージを返す。蓄積で、壊す」
(ふ、ふざけるな!)
 犬飼は歯噛みした。
(だ、だったらどう斃せっていうんだよ! 戦団最強を誇る火渡戦士長の五千百度の炎に合一したら……どうなる!? 斬撃
は火炎同化さえお構いなしに切り裂いてダメージを通すのか!? もしそうなってしまったら……

いったい誰がこいつを倒せるっていうんだよ……!?)

 戦部の眼光は寧ろ彩度を増す。

      解除                                       バブルケイジ
「円山が最善手を打ったにも関わらず斬撃が返ってきたのは、メルスティーンが武装錬金それ自体ではなく既に発動した
『特性』そのものと一体化していたせいだろう。いわば究極の後攻。身長を吹き飛ばされるという、確定済みの事象と合一
しそれを斬撃に転嫁した以上」
「武装解除しても手遅れだったという訳だ。鳩尾の敵対特性を浴びた武装錬金は、伝え聞く銀成の限りでは創造主(津村
斗貴子)の気絶に伴う武装解除と同時に鎮静したというが、ふ、ぼくの特性合一に斯様な宋襄の仁はないと思って頂こう。
当方を攻撃したという事実が存在する限りは……相手が矛を収めようが、死のうが、合一の斬撃は必ず返る。相手の破
壊を糧に……循環的斬撃で以って壊し返す!」
『昔』一戦交えたカウンター使いから学んだ知恵さ……悪びれもせず盟主は嗤う。
「ちなみにもし仮に時間系統の武装錬金で、ぼくが攻撃されたという事実を因果律ごと消し去った場合……特性合一は一応
キャンセルされるが、しかしぼく自身への攻撃もまた無かったコトにされる……。かといって特性合一という事象のみの消去
でぼくの落命を目論んだとしても無駄なコト。改竄という事象そのものに、ぼくとワダチはオートで合一し、復活し、反撃する
……!! 実証済みさ、ウィルや法衣の女でね」
(時間系統の武装錬金なんて聞いたコトもないが、ほぼ無敵なその能力でさえ解除できない……だと!?)
(シークレットトレイルや激戦、無銘と被る点のある特性合一だが、こと改竄能力への耐性は他の追随を許さない、か
 犬飼は驚愕するほかなく、戦部は冷静にただ考える。
「ふ。究極の破壊とは合一……。全を一にするなれば一を除く全の殻みな悉く毀(こわ)される……。人はね、なだらかな世
界を求める物だが、だったら外めがけ放った敵意は一毫も減少させず己が身に引き戻すべきじゃないか。それこそが循環
じゃないか。因果が巡り悪行が己に跳ね返るというのであれば、それこそが循環であるべきじゃないか」
(とにかく円山を連れて離だt……待て!)
 犬飼は気付く。
(メルスティーンが、自分の受けたダメージ総て相手に返せるっていうなら、じゃあ何で円山は原型を留めてる!? 風船
爆弾の、合計身長4mを消し飛ばすダメージを押し付けられたっていうなら、円山の体なんてとっくに消滅してる筈じゃ……)
「その点はまあ、戦部がねえ。庇いさえしなければ円山など粉にできたのだけれど」
 声でやっと犬飼は気付く。激戦が、十文字槍が、穂先から修復の煙を上げていることに。
「盟主の奥の手を暴くために円山をぶつけたからな。見殺しにしないのはせめてもの礼さ」
「その対応の速さ……お前!! 最初からこうなるって感づいてたのか!?」
「何を怒る? 敵が円山に狙いを絞ってきた以上、身長を吹き飛ばされた時の用心を備えていると見るのは当然だろう」
「……! あーくそおかしいと思うべきだった! 円山にトドメのような役割譲ってる時点で戦部らしくないって! だよなお前なら
最後の一撃は自分でって思うよな!!」
「がなるながなるな。一度は足止めを選んだ以上、遅かれ速かれ円山はこうなっていたさ。なら敵の奥の手を暴きつつも
致命傷だけは俺によって防がれる今のような退場が……『最善』だろうさ」
 どうせ決戦は始まったばかり、くたばらねば騙し騙し他の戦線へ加勢できるだろうしな……。それなりに戦団全体の戦略を
踏まえている配慮だが、当て馬にされた円山にとってはいい迷惑だろう。
 実際、犬飼も悪びれ一つない戦部に心底ゲンナリしたが
(だが他人のコイツが防げたってことは、特性合一で跳ね返るダメージは論理能力じゃなく……物理攻撃って訳か。鳩尾の、
奴が解除しない限り創造主を攻撃し続ける敵対特性よりは……論理能力よりは…………防ぎやすい……? いや違うな、
斬撃は恐らくメルスティーン自身の剣腕に基づいているだろうから、防人戦士長クラスの身体能力か、或いはヴィクター再殺
のとき共闘した早坂秋水並みの剣腕がないと対処できない……! ん? …………。待て待て。と、いうか、さっきこいつ、
槍で、木に……!)
 ふ、気付いたようだね。盟主は軟らかく笑う。
「そ。ぼくが無効化し返せるダメージはあくまで武装錬金特性に基づく物オンリー。シルバースキンを例に取ると二重拘束
(ダブルストレイト)で反射されるぼく自身のエネルギーは更に返せるが、防護服の硬さで覆われているだけの拳なら……
ふ、実は普通にダメージ追ってしまうよ、ぼく」
 ふ。笑う戦部が激戦を見たのは特性が攻撃向きではないからだ。
(……ッ! そうか! だから十文字槍で大木に縫いとめられたのか! あれは戦部本人の膂力の仕業であって特性の
埒外! だからメルスティーンは)
(あの一撃に特性合一を……使えなかった。つまり俺は仕留められる。レティクルの、盟主を……!)
 膨れ上がる戦意に感応し甘美な予想に片頬を緩める盟主は、続ける。
「かの津村斗貴子の処刑鎌も然りだねえ。高速機動で動いている限りは何度章印を刻まれようが復活できるが、手に持っ
ただけの鎌なら……。ふ。ちょっと貫かれるだけで絶息は免れない」
(弱点をバラしている……? ブラフか? それとも特性抜きの勝負なら持ち前の身体能力で勝てるという……自信?)
 10年前こいつが敗れた原因もそこにあるのさ、戦部は言う。
「当時は『特性破壊』だったが、弱点は変わらない。とある剣士との純粋剣技に敗れ去り、捕縛されたと聞いている」
「そう。ぼくが一番恐れるのは、彼とか、防人衛のような、武技だけを極めるタイプさ。ふ。昔いたミッドナイトって幹部も実の
ところ愉(こわ)くて愉(こわ)くて仕方なかったよ。母の仇を討ちたいだけの健気な少女が挑んでくるたび徹底的に壊したの
は、そうでもしなきゃこっちがやられていたからだ。このぼくでさえ加減できないほど彼女は……強かった」
(どうする? 喋っている間に……逃げるか?)
 己の非力と円山の重傷を踏まえた犬飼の検討もまた最善手であろう。伝令を全力で務め、戦部への加勢を一刻も早く
連れて来るのが、足の速い犬型自動人形を持つ組織人としての……最適解答。

 犬飼は決して馬鹿ではない。大言壮語こそ時々吐くが、それは理知ゆえに己の限界をいやというほど知っているからで
もある。一種の、鼓舞なのだ。限界を弁えているからこそ、『それはできない』と口にしてしまうと、本当に心から、何もかも
諦めてしまいそうだから、大口を叩いて自分を鼓舞しようとしている。
 代々続くハンドラーの名家の中にあって唯一本物の犬が苦手で、伝統のカリキュラムをこなせず落ち零れた青年だから、
自分にできないコトなど分かっている。メルスティーンという怪物相手に殺すと啖呵を切って残ったところで戦部の足を引く
だけだというのは……分かっている。
(けど……)
 拳は震える。逃げるコトはいま誰もが認める最善手だと分かっているのに、割り切れない。
(逃げて伝令さえやり仰せば確かにボクは叙勲される。敵のアジトを見つけた功ともども評される。でも……それでボクを見下して
きた奴を……本当に見返せるのか……? 『ヴィクターVに見逃された奴が今度は盟主に背を向けた』って笑われるだけじゃ
……ないのか…………?)
 かといって残留して戦うのは匹夫の勇。負けるのは確定。円山も手当てが遅れ死ぬだろう。万が一戦部までもが殲滅され
れば……犬飼倫太郎は一族最大の恥として…………存在そのものを抹消されかねない。

(でも、ヴィクターVは……ヴィクターと戦って…………勝ったんだぞ。地球を守るって意味では…………勝ったんだぞ)

 かつて戦団に甚大な被害を与えた魔人相手に、真向からブツかり……意思を、貫いた。
 月に追放しただけと軽んじる気分など犬飼にはない。戦団を、地球を、人々を、エナジードレインの災禍から守りたいという
激しい意思を達成するためヴィクター共々月に消えた『ヴィクターV』。

 化物にすぎないと思っていた彼でさえ、己より強い存在相手に、矜持を振るい戦い抜いたのに──…

(ボクは……盟主を相手に…………逃げる、のか?)

「逃げていいんだよ。君の判断は、ふ、正しい」

 盟主は哂(わら)う。犬飼の葛藤など見透かしたように。

「先も述べた通り、ぼくは君を追撃したりはしない。円山も然りだ。本当は特性合一で完全殺害したかったが、初手からの
見事な読みで致命傷だけは防いだ戦部に免じて見過ごしてやろう。ふ、手合わせして確信したが『見逃す方が』……きっと、
もっと……」
(……?)
 快美にゾクゾクと震える中世的な顔立ちの真意を犬飼が掴んだのは、坂口照星救出がひと段落した後である。
「なぁに」。戦部の大きな掌が犬飼の頭を覆う。
「離脱も任務の一環。恥ではないさ。なんなら証言してやってもいい」
「証言……?」
「ああ。戦後、お前を怯惰と誹る輩が出たのなら、俺はお前がここまで浮かべた苦渋の総てを伝えてやるさ。ようやく芽生えた
当たり前の、強い者を見て戦いたがる本能に疼きながらも現状の力量を正しく踏まえ、極めて身の丈に合った戦術・戦略双
方に対する最善手を見事選んだと……必ずそう証言してやる」
 舌なめずりしながら盟主に近づいていく戦部に(情けというかギブアンドテイク、か。要するにサシでやりたいと……)と、親切
な様でいて自分勝手な有り様に犬飼はつくづくと肩を落とす。
「というか残留を考えかけてたのは、お前みたいな単純な欲求じゃないんだけど」
「同じコトさ。勝敗や評価がどうあれ、戦った方が手応えがあると、ヴィクターVでさえ成しえたコトを成せない方が恥であると
特性合一を見てなお考えられる時点でお前は俺と変わらんさ」
(コイツ……。俺の考え読みやがって……!)
 結果から言えば命の恩人で、であるが故に複雑なカズキへの感情を指摘された犬飼の頬がビキビキと波打つ。
「と、言うか……そろそろ合流地点へ連れてって欲しいんだけど……」
 か細い声に犬飼は「円山、気付いたのか……!?」と眼下を見る。しゃがんだまま抱え続けている彼の体温は流血が
減るにつれ低下の度合いを薄めていた。
「ふ。とはいえ縫合が必要な傷であるのは変わりない。この場に留まったところで大したサポートはできないよねえ」
(……確かに。出血が止まっているのは核鉄あらばこそだ。傷はうっすらと癒合し始めているが、激しく動けばまた開く。
剣術主体のメルスティーン相手にまた風船爆弾を展開して戦うのは…………無理だ)
(またさっきの不可解な攻撃がきたら…………死ぬでしょうね、今度こそ)
 だから2人で逃げたまえとメルスティーンは気軽に掌を左右に振る。
「いまからぼくは特性破壊の方も戦部に試したいんだ。内向きの高速自動修復相手じゃ特性合一は決め手にならないけど、
ワダチのいま1つの特性であれば結構可能性がある……からねえ」
「……! 併用できるの!? 原則1人1つの特性なのに……2つ!? その『合一』っていうのは、アナタの精神の成長
に伴い特性破壊が進化し形を変えたものじゃなく……別個の物……なの!?」
「何を驚くんだい? 動植物型のホムンクルスに武装錬金を使わせる無茶をやると存外結構出てくるケースさ。人間と動植
物型のような異なる精神が共存していると……ふ、例えばさっき話に出た鳩尾無銘のように、『兵馬俑』と『龕灯』のように、
まったく異なる2つの武装錬金を1体のホムンクルスが発動できるというパターンは、ある」
「ならば大刀が2つの特性を有していても不思議ではない、と」
 戦部の問いは言外で穿っている。『もう1つあるという貴様の精神は、『何』なのか』と。
「未来のぼく自身……といっても信じてはもらえないだろうねえ」
(何を言っているんだコイツは……?)
「なに、与太として聞き流してくれたまえよ。ただ君たちの記憶……ヴィクター再殺の頃の物は、結構、混濁しているんじゃ
ないかな? それこそ犬飼、奥多摩でヴィクターVと交戦していた頃を思い出してみたまえよ。円山や、早坂秋水と共に
ヴィクターと戦っていたような気が……しないかい?」
「何を馬鹿……な」
 言われた青年はハっと息を呑む。灰色の岩の目立つ島で、千歳や毒島とすら共闘していた記憶が幻妖なる鈴の音と共
に脳髄を刺す。
(こ、これはいつの、だ……? 違う……! 惑わされるな……! ヴィクターV再殺が中断された後の……バスターバロン
との回復の時間稼ぎの戦いの、筈……!! でも……、ボクが早坂秋水と対面したのはその頃だったのか……? 巨大ヴィ
クターにバスターバロンが敗れる直前じゃ……なかったか?)
 円山も同様の覚えがあるらしく、困惑を浮かべる。
「ふ。仲間が、ウィルが、時間に対し結構な無茶をやってくれたからねえ。あるんだよ、別の歴史の記憶が、君たちに。歴史
がリスタートするたび消え損ねた記憶が蓄積している。いわば別系統の歴史の君たちの精神が……宿っているのさ」
「何が……いいたいの?」
「円山。君なら分かると思うがね? ここまで言えば、君なれば、ワダチが2種類の特性を宿すことが、有り得るのか、そうで
ないのか……ふ、実感できると思うがねぇ」
「…………」
 黙りこんだ円山に犬飼の疑念が向く。(何か、あるのか……? 円山だけが分かる、『何か』が……?)
「ともかく、まあ、さっさと伝令に行きたまえよ犬飼。ふ、君の戦略的価値は認めるが……戦術的には大して壊し甲斐もない」
 挑発でも、なんでもない、からっとした言い草に、犬飼の心理の古傷が……刺激された。

 かつて、犬飼にとっては人に害を成す化物に過ぎなかった者が、武装錬金を指定し、言った。

『コレは化物を斃すための力で……人を守る力』

 そして彼は犬飼を見逃し、命をつなぎ……去っていった。

(またボクは……見逃されるのか…………!!)

 飛びかかりたくなる激情を制止したのは水平に遮る十文字槍。

「白状するぞ犬飼。先の特性合一。俺は円山を無傷で守るつもりだった」
「…………な、に……」
「守れる、つもりだったのさ。どれほどの連撃が来ても総て捌けるよう俺は十二分に備えていたが……」
「ふ。想定以上だったから、円山は戦線離脱級の傷を負う羽目になったのさ」
 だから犬飼、君ごときが激昂して飛びかかってきても、即死だよ? と当たり前のように目を細めて立たずむ盟主。

(ク…………ソ……!! どいつもこいつも舐めやがって…………!)

 歯噛みするが、結局はもう、離脱しかない。戦団一の記録保持者の想定すら上回る攻撃を放てる盟主相手に踏みとどまっ
ても犬死するしかないと悟ってしまった犬飼は、頭を振り、盟主とは逆の方向へ歩き出す軍用犬の背中に円山を乗せる。

「ああそうそう。言うまでもないが、生きて合流地点へ辿り着きたくば止血は続けておいた方がいい」
「何を当たり前のことを──…」
「ふ。屈辱を与えた分のサービスなのだがねえ。ぼくは、『君の生存』もコミで忠告してあげてるのだけれど…………」
 不可解な文言。もちろん犬飼は無傷である。どこも、出血していない。
(なのに円山の止血が、ボクをも……? あ)
 ぺとぺとと歩を進めるレイビーズの傍に、赤い雫が、落ちていく。
「ふ。そうさ、その通り。そろそろ『開演にして開園』……だからね!」
 メルスティーンの言葉と共に彼方から轟音が響いた。ぎょっとそちらを見た犬飼の網膜に、膨れ上がる巨大な火球が映った。
 円山は別の方角で雪崩と竜巻が並存するのを見た。戦部の鼓膜を劈いたのは亡者としか思えぬ不気味な呻き……。

(戦いが始まった!? 合流前に!? 火渡戦士長はともかく……慎重なサップドーラーが)
(いきなり大技って……。どうやら戦団、初手から劣勢みたいね……)

「戦士諸君は合流地点を必ず目指す。行きたまえ。呼びたまえ。せっかく生かしてやるのだから、ぼくを壊す手伝いぐらい
務めてみたまえよ犬飼」
「……戦部、証言の約束、必ず守れよ」
 開戦前、真当な『言葉』らしい言葉を投げかけてくれた戦部に不安げな一言だけを残して。

 犬飼は円山とともに軍用犬で……駆け始めた。


「ふ。やっと邪魔者が消えたねえ」
 片手を広げる盟主をしばし無言で見つめた戦部はゆるゆると槍を構えつつ、問う。
「宋襄の仁がないと言った割に……随分と甘いな」
「ん? ああ、彼らを逃がしたコトかい? ふ、まあ普段なら戯れに……7年前のネコの飼い主の如く壊してあげたかもだけど
10年前一度戦団に負けたぼくだからねえ、盟主なりの事後の策って奴さ」
 話が見えんな。苦笑しながらも飛びかかるコトはしない陣羽織の大男。雑味にしか思えぬ戦闘前の会話すら妙味と楽しむ
風流が彼にはある。
「ふ。端的に述べようか? 懐柔ならぬ壊柔……勧誘相手の心証を害したくなかったのさ」
「……フム?」
「何しろこれから決戦だ」。大刀を一振り瞑目する盟主を遠方からの喚声が通り過ぎた。
「幹部は最悪……全滅する。勝ったとしても何人かは確実に死ぬだろう。ぼくは一応盟主らしいからねえ。『次』と出くわした
ならダメもとで誘っておく義務ぐらいあるだろう。だから犬飼と円山を逃がしてやった」
 寛容だろ? 爽快でさえある笑みを湛えるメルスティーンに軽く片目を見開いた戦部は、不敵に笑う。
「生憎だが俺は戦士の方が水に合っていてな。犬飼にも話したコトだが人ならざる連中は人の身で葬ってこそ……」
「ホムンクルスにはならぬまま幹部の座に就く……ふ、珍しいが前例がない訳でもないよ?」
 だとしても断るさ。戦部は片腕を伸ばし槍の穂先で盟主を指す。
「俺は大戦士長とも戦いたくてな。何より貴様達がバスターバロンを抑えているのが気に喰わん。組む相手なら既に先約
済みでな。それに横槍を入れるような無粋な連中とつるむつもりなど毛頭ない」
「……? ああ、ヴィクターV武藤カズキのコトかい? 確かに『この先の歴史で月まで彼を迎えにいく』破壊男爵を坂口
照星ごと拘禁しているぼくらは……武藤カズキの帰還を阻んでいるぼくらは……ふ、まあ、憎いだろうね」
「憎悪で俺は戦わんさ」。足を摺り、距離を詰め始める戦部。
「俺が戦う理由は昂ぶるがため。貴様達レティクルは組むに値せんが……強くはある。しからば答えは1つだろう」
「……素晴らしい! その信念! その希求! その酔狂! 是非とも倒し同輩にしたくなった!!」

 無造作にくくった長い総髪をくゆらせながら、戦部は踏み込み、十文字槍を繰り出した。

.

..


「左腕のみで訓練……ですか?」

 聖サンジェルマン病院の地下で早坂秋水は片眉を顰めた。

「ええ。念のためよ」

 呟くのは瞑目する妙齢の女性……楯山千歳。故あって視力を奪われている戦士である。

「もしレティクルが銀成市(このまち)に再び現れた場合、私たちは苦しい戦いを強いられる。音楽隊との抗争が比較にならな
ほどの苦闘を……」
「だから俺も、常に五体満足で戦えるとは限らない……ですか?」
 その通りよ。頷く千歳を秋水は否定できない。彼女は木星の幹部の策略によって両目に武装錬金を打ち込まれ、仮とはい
え失明状態にあるのだ。だからその現状で戦えるよう訓練を施していた秋水だったが、今度は千歳の方から具申が来た。

「あなたの得意技は逆胴。右手一本で握った日本刀で相手の左胴を狙う必殺の一撃だけど、もし何らかの理由で右手が
使えなくなった場合、戦闘力は激減する」
「だから左腕でも……ですか?」
「ええ。決戦の土壇場で、ここまで頼り続けた一撃を喪失する衝撃は大きいの。それでも残った腕で、左腕で、戦う術を会得
しておきさえすれば、きっとそれは支えになる筈よ。レティクルは……強い。何が起きるか分からないから…………今のうち
にやれるコトはしておいた方がいいと……思うの」
 考えたコトもなかったという顔を秋水はした。
(……油断していたのかもな。総角を倒し、木星の幹部さえ出し抜けたから、今の俺なら常に万全の状態で戦えると無意識
にそう、思っていた。けど……そうだな。戦いは、何が起きるか、分からない)
 桜花を守れると思っていた頃のカズキとの戦いの顛末は、彼を背後から刺し、守るべき桜花に残酷な飛び火を浴びせる
苦いものだった。
「訓練の相手……お願い、できますか?」
 左腕一本で竹刀を握った秋水に、千歳は笑って、頷いた。

「あなたにはこれ以上、私みたいな後悔を重ねて欲しくないから……」

 なんとなく、秋水とまひろの約束に気付いているようで、それを守って欲しがっているようで、

(優しい女性(ひと)だな……)

 と美剣士は双眸を潤ませる。



 駆け始めて、わずかな頃。

「円山。あと20秒したらバブルケイジを発動できるか?」

 軍用犬に揺られる犬飼は、並走する朋輩に呼びかけた。

「え? できなくはないけど……血しぶきが地面に落ちたら他の幹部に追跡されない?」
「……分かっている。さっき盟主が止血を促したのは”それ”を言外で伝えるためだってのも含めて」
「…………。なのに止血をやめさせようとする以上、何か……あるのね?」
 ある。森の地面に容赦なく刻まれる軍用犬の足跡を溜息混じりに見ながら犬飼は告げる。

「断言する。不意の遭遇戦さえなければ、ボクたちが次に出会う幹部は……決まっている。追ってくるのは──…」



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